凶刃がイルドルフに迫る。
イルドルフは、大きく右方に跳躍する。
直後、凶刃が振り下ろされた石畳は五欠片に寸断された。
「これで三度目だな、貴公と直接戦うのは」
聖職衣の上からはおったローブを翻し、ローフェルマルスは歩み寄る。
「一度目は、‘名もなき聖女’事件の際だ。
・・・新人の貴公がわが‘聖ゲロニカの断頭台から逃げきれるとは、正直驚いたぞ」
一見して、無防備な前進。
しかし、手にした長剣型AF‘聖ゲロニカの断頭台’が、その無防備さを埋めている。
A級AF‘聖ゲロニカの断頭台’。
AF能力は単純に二つ。
1つ目は斬撃の‘強化’。
2つ目は斬撃の‘増加’。
‘斬る’という単純な動作を強化と同時に‘複製再現’し、同時に四つの‘分身した斬撃’を作り出す。
つまり、‘聖ゲロニカの断頭台’に狙われた者は、使用者の二倍の膂力を持った相手に、五人から切りかかられる事になる。
「二度目は、‘第二次代征伐’。
・・・まさか課長になってから‘断絶公’と戦う事になるとは思いませんでした」
イルドルフはブーツの側面から小さなナイフを抜き取る。
異端審問官見習いが、AF訓練用に使用する初歩的なAF。
柄に装填された小型サテイル炉により、エネルギー性の光を発生させ、刃を包む。
原理は先ほどまで使用していた‘金刃枝’と同じだが、威力は遥かに劣る。
だが。
「これで、三度目」
ローフェルマルスが、前傾姿勢から踏み込む。
「決着をつけようではないか、‘紋章官’」
加速した‘断頭台’の一撃が、イルドルフに振り下ろされる。
「・・・僕も、覚悟を決めています」
イルドルフの右腕に握られたナイフから、光の刃が伸び、‘断頭台’の一撃を分身ごと受け止める。
AFである以上、その能力を増加させる、それがイルドルフの右腕に刻まれた‘マトレイヤの紋章’
「・・・あなたが望むなら応えましょう、‘断絶公’」
「ハッ、よく捌くわ!」
頬髯の下で、ローフェルマルスの口元が釣りあがる。
重AFに分類される‘聖ゲロニカの断頭台’。
絶え間なく繰り出される、多重斬撃。
その全てをイルドルフは、避わす。
あるいは、ナイフ型AFの出力を調整し、受け流す。
「・・・認めるぞ、‘紋章官’」
華麗な身のこなしと、磨ぎ澄まれた技能。
その二つがイルドルフに同居する。
‘力’対‘技’という構図だが、ローフェルマルスは‘攻めさせられている’に過ぎない。
多重斬撃とは言え、‘聖ゲロニカの断頭台’は正面攻撃に限定される。
初手を交えて以来、イルドルフはローフェルマルスの踏み込み時の軸脚に注意を払っている。
攻撃の一歩目を踏み入れた時点で、瞬時に攻撃範囲と回避リスクを計算し、防御行動に移る。
重AFの欠点である、単調な攻撃は理解している。
それ故、独自の修練を積み、変則的な‘型’を習得した。
事実、今まで‘速度’で遅れをとる相手を何人も屠ってきた。
だが、イルドルフの体術と経験は、その遥か上をいっている。
その上で、イルドルフは反撃のタイミングを伺っている。
‘紋章’の発動次第で、イルドルフのナイフは、‘長刀’にも‘広刃剣’にも‘刺槍’にもなる。
間合いの内側に潜りこむ事も、間合いの外側から抉る事も可能だ。
「・・・用心深い事だ」
それでも、‘攻めさせている’のは警戒しているのだろう。
ローフェルマルスの持つ聖跡能力、‘因果断絶’を。
「・・・真(まこと)の輝き見事なり、流石は‘マトレイヤの紋章’ぞ」
石畳を蹴り、ローフェルマルスが踏み込む。
同時に、イルドルフは後方に跳躍し、間合いを計る。
「・・・かつては貴公を羨んだ。持たざるこの身を嘆いた」
下段。
石畳を粉砕しながら、重厚な一撃がイルドルフを追う。
「貴方程の男が、この僕の‘紋章’程度を羨むか、‘断絶公’?」
後方の墓石の上に静かに着地したイルドルフが、問う。
その胸に刻まれた逆十字に、五条の刀傷が奔っている。
致命傷には程遠い、超回復の前には意味をなさない傷。
それでも、‘届いた’。
「欲したのは、‘紋章’ではない。貴公の持つ・・・」
更にローフェルマルスは、走る。
横薙ぎの構え。
イルドルフは、即座に‘長刀’を構え、迎え撃つ。
「‘人望’だ」
「互いに異端審問局の責務に誇りを持つ身でありながら、‘野心’を持つ我が身と・・・」
AF同士が激突し、空気が捩れる。
「一途に‘信じる’貴公との間には、度し難い‘人望’の差があった」
悲鳴にも似たAFの共鳴音が響く中、ローフェルマルスは静かに語る。
「だが、その‘人望’は、時に目障りな存在であった貴公に、一片の尊敬を抱かせた。
我が十課が貴公の七課と衝突した際、徹底抗戦を避けた理由がそこにある」
イルドルフは、‘紋章’の力を強化し、‘長刀’を‘両手剣’へと変える。
さもなくば、押し負ける。
「だが、この場で貴公は死ぬ。このローフェルマルスに敗れるのだ」
丁寧に整えられたローフェルマルスの総髪が逆立っていく。
「なぜなら、貴公は異端者だからだ。
異端者であれば、この‘断絶公’、常に遅れは取らぬ!」
イルドルフは、異変に気づく。
だが、同時にその気づきが遅かった事も理解する。
「しまっ・・・」
「ローフェルマルスの名において発令する!‘因果断絶’!」
「間に合ってくれ!」
イルドルフは状況を理解し、瞬時に行動を決断する。
‘因果断絶’能力が完全に発動する前に、ローフェルマルスを倒す。
光刃を滑らせ、‘聖ゲロニカの断頭台’の下を潜り、ローフェルマルスの胸を薙ぐ。
聖職衣を、下に着込んだ聖ナタリア銅の鎖帷子ごと切り裂き、真一文に負わせた傷から鮮血が散る。
だが、浅い。
致命傷には至らない。
「ならば!」
間髪を置かず、二撃目。
先程より、僅かに深く踏み込む。
手応えはあった。
肉を切り、骨を裂く感触。
光剣の軌跡が残光を残し、ローフェルマルスの心臓からは血飛沫が上がる、はずだった。
「残念だったな、‘紋章官’」
やけにゆっくりと、ローフェルマルスは、‘聖ゲロニカの断頭台’を振り上げる。
「既に、貴公は‘因果断絶’の支配下にある」
振り下ろされた‘断頭台’の柄が、イルドルフの頭部を穿つ。
衝撃と共に、吹き飛ばされ、割れた額から血の華が咲く。
聖跡能力、‘因果断絶’。
対象範囲数メートル以内に於いて、任意の行為と結果を断絶する。
ローフェルマルスが発動させる、奇跡の力。
後天的に、‘聖別’により奇跡の能力を得た第一課の聖別者達。
先天的に、奇跡の能力を授かった奇跡認定局の聖人達。
過去のいかなる聖別者も聖人も、この‘因果断絶’を発動させた者は存在しない。
そう、ローフェルマルス唯一人を除いては。
「理解は早いようだな。流石は‘紋章官’。
貴公から‘断絶’したのは・・・」
ローフェルマルスの傷は、決して浅くは無い。
大きく裂けた胸部からは、流血が止まらない。
「‘切る’。
我が‘因果断絶’が発動している間は、いかなる刃も無意味だ。
例え、‘マトレイヤの紋章’で強化された刃だとしてもだ」
‘聖ゲロニカの断頭台’を杖にし、荒い呼吸を吐く。
胸の傷よりも、体力の消耗が激しい。
逆立った髪が、先端からゆっくりと白く変わって行く。
「貴方らしくないな、‘断絶公’」
イルドルフは、割れた額を手の甲で抑える。
こびりついた血を拭うと、傷は既に塞がっていた。
「僕が警戒していたのは、‘因果断絶’を貴方自身に使う事だ。
使い慣れた貴方であれば、足枷も盾として戦う事も可能だろう?」
「ハハッ!」
ローフェルマルスは頬髯を震わせ、笑う。
「それでは、駄目だ。
その状況でも、今の貴公とは対等とはいかぬ。
良くて相打ち。
‘七課課長イルドルフ’相手に、相打ちは良くても、‘逆十字団死徒イルドルフ’相手には、相打ちでは許されぬ」
話しながらも、ローフェルマルスの髪は徐々に白く染まる。
イルドルフは、ローフェルマルスから視線を外さず考える。
己の生命力を対価とし、発動させる‘因果断絶’。
ローフェルマルスにとっては負担が激しく、‘切る’事を断絶されたとは言え、イルドルフなら素手戦闘でも切り抜けられる。
このままでは、相打ちどころか、ローフェルマルスの敗北は必至だ。
だが、ローフェルマルスの自信は揺るがない。
異端者を屠るという、絶対的な自信は揺るがない。
何故だ?
「答えが知りたいか、‘紋章官’。ならば・・・振り返るが良い」
「・・・」
「貴公の死が、やって来た」
イルドルフは理解した。
ローフェルマルスは‘決着をつけよう’とは言ったが、あくまで勝利という‘結果’に拘った。
策略家である反面、直接的な戦闘を好み、またそれを誇りとするローフェルマルスが、選んだ‘過程’。
それが・・・。
「・・・‘因果断絶’すらも、捨て札にして、最後の切り札は貴方という事か」
イルドルフは背後をゆっくりと振り向く。
墓石の先端に、尼僧服姿の女性が佇んでいた。
頭巾から溢れた髪を無造作に束ねた後ろ髪。
繊細な刺繍が施された胸元と、派手な飾りが付けられた袖口。
右手には軽量化された手甲(ガントレット)
腰には、墨銀色の細剣。
獲物を前にした肉食獣に似た笑みに浮かぶ瞳が、イルドルフに注がれている。
「・・・十一課課長‘紅蓮腕’フェルメノ・キルス」