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2-3 「‘断絶公’‘紅蓮腕’と‘紋章官’」

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匿名ユーザー

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凶刃がイルドルフに迫る。
イルドルフは、大きく右方に跳躍する。
直後、凶刃が振り下ろされた石畳は五欠片に寸断された。

「これで三度目だな、貴公と直接戦うのは」
聖職衣の上からはおったローブを翻し、ローフェルマルスは歩み寄る。
「一度目は、名もなき聖女事件の際だ。
・・・新人の貴公がわが聖ゲロニカの断頭台から逃げきれるとは、正直驚いたぞ」
一見して、無防備な前進。
しかし、手にした長剣型AF聖ゲロニカの断頭台が、その無防備さを埋めている。

A級AF聖ゲロニカの断頭台
AF能力は単純に二つ。
1
つ目は斬撃の強化
2つ目は斬撃の増加
斬るという単純な動作を強化と同時に複製再現し、同時に四つの分身した斬撃を作り出す。
つまり、聖ゲロニカの断頭台に狙われた者は、使用者の二倍の膂力を持った相手に、五人から切りかかられる事になる。

「二度目は、第二次代征伐
・・・まさか課長になってから断絶公と戦う事になるとは思いませんでした」
イルドルフはブーツの側面から小さなナイフを抜き取る。
異端審問官見習いが、AF訓練用に使用する初歩的なAF。
柄に装填された小型サテイル炉により、エネルギー性の光を発生させ、刃を包む。
原理は先ほどまで使用していた金刃枝と同じだが、威力は遥かに劣る。
だが。

「これで、三度目」
ローフェルマルスが、前傾姿勢から踏み込む。
「決着をつけようではないか、紋章官
加速した断頭台の一撃が、イルドルフに振り下ろされる。

「・・・僕も、覚悟を決めています」
イルドルフの右腕に握られたナイフから、光の刃が伸び、断頭台の一撃を分身ごと受け止める。
AFである以上、その能力を増加させる、それがイルドルフの右腕に刻まれたマトレイヤの紋章
「・・・あなたが望むなら応えましょう、断絶公


「ハッ、よく捌くわ!」
 頬髯の下で、ローフェルマルスの口元が釣りあがる。

 重AFに分類される聖ゲロニカの断頭台
 絶え間なく繰り出される、多重斬撃。
 その全てをイルドルフは、避わす。
 あるいは、ナイフ型AFの出力を調整し、受け流す。

「・・・認めるぞ、紋章官
 華麗な身のこなしと、磨ぎ澄まれた技能。
 その二つがイルドルフに同居する。
 という構図だが、ローフェルマルスは攻めさせられているに過ぎない。
 多重斬撃とは言え、聖ゲロニカの断頭台は正面攻撃に限定される。
 初手を交えて以来、イルドルフはローフェルマルスの踏み込み時の軸脚に注意を払っている。
 攻撃の一歩目を踏み入れた時点で、瞬時に攻撃範囲と回避リスクを計算し、防御行動に移る。
 重AFの欠点である、単調な攻撃は理解している。
 それ故、独自の修練を積み、変則的なを習得した。
 事実、今まで速度で遅れをとる相手を何人も屠ってきた。
 だが、イルドルフの体術と経験は、その遥か上をいっている。


その上で、イルドルフは反撃のタイミングを伺っている。
紋章の発動次第で、イルドルフのナイフは、長刀にも広刃剣にも刺槍にもなる。
間合いの内側に潜りこむ事も、間合いの外側から抉る事も可能だ。

「・・・用心深い事だ」
 それでも、攻めさせているのは警戒しているのだろう。
 ローフェルマルスの持つ聖跡能力、因果断絶を。

「・・・真(まこと)の輝き見事なり、流石はマトレイヤの紋章ぞ」
 石畳を蹴り、ローフェルマルスが踏み込む。
 同時に、イルドルフは後方に跳躍し、間合いを計る。
「・・・かつては貴公を羨んだ。持たざるこの身を嘆いた」
 下段。
 石畳を粉砕しながら、重厚な一撃がイルドルフを追う。
 

「貴方程の男が、この僕の紋章程度を羨むか、断絶公?」
 後方の墓石の上に静かに着地したイルドルフが、問う。
 その胸に刻まれた逆十字に、五条の刀傷が奔っている。
 致命傷には程遠い、超回復の前には意味をなさない傷。
 それでも、届いた

「欲したのは、紋章ではない。貴公の持つ・・・」
 更にローフェルマルスは、走る。
 横薙ぎの構え。
 イルドルフは、即座に長刀を構え、迎え撃つ。
人望だ」

「互いに異端審問局の責務に誇りを持つ身でありながら、野心を持つ我が身と・・・」
 AF同士が激突し、空気が捩れる。
「一途に信じる貴公との間には、度し難い人望の差があった」
 悲鳴にも似たAFの共鳴音が響く中、ローフェルマルスは静かに語る。
「だが、その人望は、時に目障りな存在であった貴公に、一片の尊敬を抱かせた。
 我が十課が貴公の七課と衝突した際、徹底抗戦を避けた理由がそこにある」
 イルドルフは、紋章の力を強化し、長刀両手剣へと変える。
 さもなくば、押し負ける。

「だが、この場で貴公は死ぬ。このローフェルマルスに敗れるのだ」
 丁寧に整えられたローフェルマルスの総髪が逆立っていく。
「なぜなら、貴公は異端者だからだ。
 異端者であれば、この断絶公、常に遅れは取らぬ!」
 イルドルフは、異変に気づく。
 だが、同時にその気づきが遅かった事も理解する。
「しまっ・・・」 
「ローフェルマルスの名において発令する!因果断絶!」


「間に合ってくれ!」
イルドルフは状況を理解し、瞬時に行動を決断する。
因果断絶能力が完全に発動する前に、ローフェルマルスを倒す。
光刃を滑らせ、聖ゲロニカの断頭台の下を潜り、ローフェルマルスの胸を薙ぐ。
聖職衣を、下に着込んだ聖ナタリア銅の鎖帷子ごと切り裂き、真一文に負わせた傷から鮮血が散る。
だが、浅い。
致命傷には至らない。

「ならば!」
間髪を置かず、二撃目。
先程より、僅かに深く踏み込む。
手応えはあった。
肉を切り、骨を裂く感触。
光剣の軌跡が残光を残し、ローフェルマルスの心臓からは血飛沫が上がる、はずだった。

「残念だったな、紋章官
やけにゆっくりと、ローフェルマルスは、聖ゲロニカの断頭台を振り上げる。
「既に、貴公は因果断絶の支配下にある」
振り下ろされた断頭台の柄が、イルドルフの頭部を穿つ。
衝撃と共に、吹き飛ばされ、割れた額から血の華が咲く。

聖跡能力、因果断絶
対象範囲数メートル以内に於いて、任意の行為と結果を断絶する。
ローフェルマルスが発動させる、奇跡の力。
後天的に、聖別により奇跡の能力を得た第一課の聖別者達。
先天的に、奇跡の能力を授かった奇跡認定局の聖人達。
過去のいかなる聖別者も聖人も、この因果断絶を発動させた者は存在しない。
そう、ローフェルマルス唯一人を除いては。

「理解は早いようだな。流石は紋章官
 貴公から断絶したのは・・・」
ローフェルマルスの傷は、決して浅くは無い。
大きく裂けた胸部からは、流血が止まらない。
切る
 我が因果断絶が発動している間は、いかなる刃も無意味だ。
 例え、マトレイヤの紋章で強化された刃だとしてもだ」
聖ゲロニカの断頭台を杖にし、荒い呼吸を吐く。
胸の傷よりも、体力の消耗が激しい。
逆立った髪が、先端からゆっくりと白く変わって行く。


「貴方らしくないな、断絶公
 イルドルフは、割れた額を手の甲で抑える。
 こびりついた血を拭うと、傷は既に塞がっていた。
「僕が警戒していたのは、因果断絶を貴方自身に使う事だ。
 使い慣れた貴方であれば、足枷も盾として戦う事も可能だろう?」

「ハハッ!」
 ローフェルマルスは頬髯を震わせ、笑う。
「それでは、駄目だ。
 その状況でも、今の貴公とは対等とはいかぬ。
 良くて相打ち。
 七課課長イルドルフ相手に、相打ちは良くても、逆十字団死徒イルドルフ相手には、相打ちでは許されぬ」
 話しながらも、ローフェルマルスの髪は徐々に白く染まる。
 
 イルドルフは、ローフェルマルスから視線を外さず考える。
 己の生命力を対価とし、発動させる因果断絶
 ローフェルマルスにとっては負担が激しく、切る事を断絶されたとは言え、イルドルフなら素手戦闘でも切り抜けられる。
 このままでは、相打ちどころか、ローフェルマルスの敗北は必至だ。
 だが、ローフェルマルスの自信は揺るがない。
 異端者を屠るという、絶対的な自信は揺るがない。
 何故だ?

「答えが知りたいか、紋章官。ならば・・・振り返るが良い」
「・・・」
「貴公の死が、やって来た」
 イルドルフは理解した。
 ローフェルマルスは決着をつけようとは言ったが、あくまで勝利という結果に拘った。
 策略家である反面、直接的な戦闘を好み、またそれを誇りとするローフェルマルスが、選んだ過程
 それが・・・。
「・・・因果断絶すらも、捨て札にして、最後の切り札は貴方という事か」
 イルドルフは背後をゆっくりと振り向く。

 墓石の先端に、尼僧服姿の女性が佇んでいた。
 頭巾から溢れた髪を無造作に束ねた後ろ髪。
 繊細な刺繍が施された胸元と、派手な飾りが付けられた袖口。
 右手には軽量化された手甲(ガントレット)
 腰には、墨銀色の細剣。 
 獲物を前にした肉食獣に似た笑みに浮かぶ瞳が、イルドルフに注がれている。

「・・・十一課課長紅蓮腕フェルメノ・キルス」

 

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