「・・・私の勝ちね」
地下墓所へと通じる階段から上がった‘銀水晶’は、月を見上げ、その銀髪を月光に躍らせた。
今頃は地下墓所の‘審問の扉’の前で、逆十字団No1イルドルフと異端審問局第一課課長アダスタが死闘を繰り広げているだろう。
‘マトレイヤの紋章’を制限無く使用可能なイルドルフ。
‘聖アストラエルの祝福’を宿したアダスタ。
この二人が戦えばどちらが勝つのか、‘銀水晶’にすら予想はつかない。
強いて言えば、長期戦になった時点でアダスタの有利か。
しかし、‘銀水晶’にはどうでもいい事だ。
『審問の扉の前で、イルドルフとアダスタが戦う』
この状況にさえ持ち込めば、どちらが勝とうと過程こそ違うものの、結果は変わらない。
どちらが勝とうと、法王庁は滅び、アスガルドは焼かれ、そして‘銀水晶’の目的は達成される。
「私の・・・勝ち」
もう一度、口に出して呟く。
歴史の影で、何度も結成された‘彷徨える逆十字団’。
都度、法王庁と敵対し、牙を向き、滅ぼされてきた‘逆十字団’。
だが、‘銀水晶’は、一度も敗北と思ったことはない。
全ては‘銀水晶’の長きに渡る目的のための過程であり、敗北も勝利も、その為の余興に過ぎない。
-しかし。
「私の、勝ち!」
勝利を手に入れてみると、言い表せない高揚感がある。
最強の駒を揃え、磐石の布陣を敷き、法王庁の一手を出し抜き、手に入れた勝利。
世界の全てが、‘銀水晶’により、塗り替えられる。
「・・・もういいわよ、‘白銀の翼’」
‘銀水晶’は、地下階段入り口で2対の翼を広げる小柄な少女に声を掛ける。
目を閉じる少女は、翼から放出されている不可視の‘感覚糸’に意識を集中している。
‘感覚糸’は少女を中心に、蜘蛛の巣状に展開し、その直径は聖令都市クラスの街を完全に内側に収める。
‘感覚糸’通じて、少女が拾い上げる情報は唯一つ。
すなわち‘銀水晶に向けられる敵意’。
先天的な‘異形’であった少女が、‘銀水晶’に出会った後、新たに獲得した能力だ。
先天的能力者が、本来の能力の強化発展ではなく、全く新たな能力を自力で獲得する事は極めて珍しい。
その様は、健気でもあり、可笑しくもある。
「・・・状況に変化は?」
「ありません。四つの箒星が、間もなくこのボケニア陵墓内に進入します」
‘感覚糸’を張り巡らせる事は、使用者の神経と肉体に多大な負担をかける。
少女は荒い息を堪えながら、答える。
「私も、これから討って出ます」
「必要ないわ。
‘銀水晶’は、右手を少女の頬に添える。
「外周に配置した‘死徒’達で十分よ。
あなたには、あなたにしか出来ない事をやってもらうわ。
だから、今は休んでいなさい」
「はい、‘銀水晶’姉様の為なら喜んで!」
喜悦の笑みを浮かべて、少女は頷く。
何もかも、‘銀水晶’の思い通りに進んでいく。
「一つだけ・・・」
「どうしたの?」
思案の色をめぐらす少女に、‘銀水晶’は優しく声を掛ける。
「北西の方向で、新たな矮星がこちらに向かい進んでいます。
・・・他の四つに比べて、進行速度は遅いのですが」
「北西?・・・ああ、それなら心配ないわ」
北西であれば、この陵墓に足を踏み入れたイルドルフが最初の戦闘を行った方角だ。
対峙した相手は、第八課課長ライナス・バルグ。
死に損ないの‘鉄翼鷲’が、意識を取り戻し、向っているのだろう。
‘湖畔の英霊’と銘された十三体の自動人形のうち、イルドルフに破壊されたのは数対。
残った手駒で、最後の勝負でもするつもりか。
だが、遅い。
あまりに遅い。
既に決着は付いている。
今更、ライナス・バルグが、‘死徒’数人を倒そうと、結末は変わらない。
‘銀水晶’の目的は達成される。
「‘鉄翼鷲’も、地に這うようではおしまいね」
手にした懐中時計を、北西の方向に向ける。
‘戯針計’は、AFが放出する波長を測定する。
さて、‘湖畔の英霊’は何対残っているのか?
「・・・?」
‘銀水晶’の切れ長の眉が、僅かに歪む。
‘戯針計’は全く反応しない。
測定したAF波長は‘0’。
‘湖畔の英霊’どころか、真銀製のナイフ一本も持っていない事になる。
「・・・血迷ったの、ライナス・バルグ?」
口に出してから、自分の言葉を否定する。
ライナス・バルグは、決して自暴自棄になるような男ではない。
素手でのイルドルフとの決着を望んでいる?
ライナス・バルグは、そんなロマンチシズムを持ち合わせた男ではない。
何よりも冷徹で、何よりも完璧主義者。
「まさか?」
‘銀水晶’は呟く。
辿りついたのか。
‘銀水晶’の目的に。
イルドルフも、他の‘死徒’も知りえない真の目的に。
ありえない。
ライナス・バルグに与えられた僅かな情報から、その結論に至る事は不可能だ。
だが、ライナス・バルグが『AFを投棄して』こちらに向ってくる理由はなんだ。
自殺行為に等しい行動を、完璧な合理主義者が取る理由はなんだ。
やはり気づいている。
ライナス・バルグは‘銀水晶’の目的に気づいている。
「・・・今すぐ‘伝声糸’を全ての‘死徒’に繋いで」
「?」
突如の命令に、‘白銀の翼’は呆気にとられる。
「全員にこう繋いで。‘ライナス・バルグを殺しなさい’」
「ですが、外敵の侵入は・・・」
「命令よ‘No6’。・・・二度とは言わないわ」
凍てつくような言葉を残し、‘銀水晶’は踵を返す。
慌てて‘翼’を展開し、‘伝声糸’を放出する‘白銀の翼’を残し、地下墓所へと通じる階段を下りていく。
もう一手、打つ必要が出てきたようだ。
地下墓所で行われているイルドルフとアダスタの戦闘の決着を、操作する必要が出てきた。
「・・・ただ、それだけの事」
自分に言い聞かせるように、‘銀水晶’は呟く。
だが、針の穴程の懸念材料がある。
万が一、真相に気づいたライナス・バルグがイルドルフと接触したら、どうなるか?
‘銀水晶’の目的が、永きに渡る年月の悲願が、水泡に帰す可能性がある。
二度と掬えぬ、真の敗北を味わう可能性がある。
「そうはさせない」
地下階段に響く足音に冷たい声が重なる。
「・・・そのための‘逆十字団’よ」