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2-4 「‘鋼翼の執行人’と‘光の聖女’と‘神楽士’」前編

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匿名ユーザー

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うっすらと開いた視界の中、夜空に浮かんだ月が見えた。
奇麗な月だが、少し寂しい。
もうちょっと柔らかさが欲しい。
ぼんやりとする意識の中、ロイドリッツはそんな事を思った。

「待ちくたびれました。・・・相変わらず、人を待たせてばかりですね。ロイドリッツ司祭」
 やや、幼さを伴った声が掛けられる。
 尼僧服からこぼれる、緩やかに波打つ蜂蜜色の髪。
 人懐っこさと気品が同居する美貌は、眉が僅かに吊り上げている。  
「どうにも・・・」
 身体を横たえられている事に気づいた。
 ひんやりとした石畳の感触。
 痺れる手足。
 そして、激痛を送る左胸と左眼。
「君の事は怒らせてばかりだな。サーシャ司祭」
 ロイドリッツは笑った。
 左胸の上に乗せられた、サーシャの繊手から暖かな光が流れ込んでくるのを感じる。
 火傷の皮膚を流水で冷やされる様に、激痛が和らいでいく。
 癒しの奇跡
 歴代サーシャに受け継がれてきたベスティアの聖痣による奇跡のうち、もっとも基本的な力。

「・・・俺はどのくらい寝ていたんだ?」
「私がジャンルイジ審問官達と、ここに辿り着くまでに一時間。
 ロイドリッツ司祭の治療を開始してから更に三十分」
「ああ、そうかい」
 ロイドリッツが首を僅かに傾け、墓地の奥へと視線を送る。
「・・・紋章官殿は今頃、審判の門に辿り着いている頃か。
 もう少しサボッて居たいが、サーシャ司祭の癒しで身体動かせるみたいだ。
 働かなければ怒られるよな」

 薄い笑みと共に軽口を叩くと、ロイドリッツは身体を起す。
 身体は痛むが、起きなければならない。
 サーシャのベスティアの聖痣は、使用者に肉体的負荷が掛かる。
 三十分は長すぎる。
 休ませなければ、サーシャが倒れる。
 ここで起き上がらなければ、サーシャは限界を超えてもベスティアの聖痣を使い続けるだろう。


「また、嘘なのでしょう」
 起き上がろうとしたロイドリッツを、サーシャの冷たい一言が留める。
「・・・人聞きの悪い言い方はやめてくれ」
「一命は取り留めただけです。
 まだ、本格的に動くのは無理があります」
「本格的に動かさなければ、いいだけさ」
「まだ、左眼の治療も終わっていません」
「左眼?、ああ・・・」
 イルドルフの光剣で切り裂かれたのを思い出した。
 今は治癒薬と包帯を捲かれているようだが、どちらにせよ眼球が潰れている。
 再生させるとなると、サーシャに更なる負担を掛ける事になる。
「子供の頃から、キャプテン・カドックに憧れていたからな。
 眼帯が似合うようになれば、成す夢は御心と共にってやつだ」
 首を傾げるサーシャに、肩をすくめて見せる。
「女の子は知らないか。男なら子供の頃に誰もが憧れる、伝説の海賊なんだけどな」 
「そんな話は今はいいです。
 とにかく、今は・・・」
 
 サーシャの言葉は遮られた。
 ロイドリッツが口元に差し出した一指によって。
 唐突にして、強制的な制止。
 だが、サーシャは理解する。
 敵が居る。
 自分には、気配は感じとる事は出来ない。
 しかし、会話の途中でロイドリッツに残された隻眼に宿った真摯な光。
 その光が語る状況の逼迫さは感じ取る事は出来る


 正規の戦闘訓練を受けていない、サーシャには敵の正確な位置は感じる事は出来ない。
 だが、ロイドリッツはこの闇の中でも、しっかりと見えているのだろう。
 一眼を、月光を遮る様に湧き出てきた白霧の遠方に向けている。

「・・・お待たせいたしました。サーシャ・アトワイデ・リーベンデール様」
 芝居がかった声が、霧の彼方より響く。
「・・・誰です?」
「ここに控えるは、逆十字団死徒No7鋼翼の執行人
 ・・・貴女を本来の姿に戻っていただく為、推参いたしました。
 これより、貴女をお連れしたい場所へ、ご同行いただきます」
 サーシャの眉根に僅かな嫌悪感が浮かぶ。
「嫌だと言ったら?」
「言わせませんよ」
 声に僅かな嘲笑が混ざった。



「こいつは・・・」
 少しばかり厄介だ。
 起き上がったばかりのロイドリッツは、思案する。

 恐らく声の主鋼翼の執行人は、自分がイルドルフに敗北した直後からこの状況を待っていた。
 サーシャを連れ去る機会を待っていた。
 法王庁の外部に出る事は滅多にない第四課課長光の聖女サーシャ。
 イルドルフに敗れた自分を、第八課審問官達と加勢に来たサーシャが見つける。
 治療の為残ると言うサーシャ。
 ライナスの元へと急ぐ八課審問官達。
 この時点でサーシャは、瀕死の自分と二人だけになる。
 鋼翼の執行人にとっては連れ去るのは容易なはずだ。
 しかし、まだ手は出さない。
 サーシャの聖痣の力は癒しだけではない。
 聖撃を発動され、万が一、という危険性を考慮したのだろう。
 サーシャの聖痣癒しに注がれるのを待っていた。
 サーシャが肉体的にも、精神的にも疲労するのを待っていた。
 事実、今のサーシャは、倒れる直前まで負荷が掛かっている。
 さしずめ、意識を取り戻しただけの自分は、サーシャを脅迫する人質か。


「もし、断るのであれば、そこの神楽士殿は、神の御許に召される事になるでしょう」
「・・・ほうら」
 ロイドリッツは思わず苦笑する。

 さて、どうする?
 サーシャは、実戦経験は皆無に等しい。
 半生のこの身を囮として、サーシャを逃がすか?
 だが、霧の中、分散するのは危険だ。
 手元に残った下位の天奏司文符で、どこまでやれるか?
 刺し違えるくらいには、持っていけるか? 

「・・・ロイドリッツ司祭」
 耳元でサーシャが囁く。
キャプテン・カドックは、南望岬の決戦で、どう戦ったかご存知ですか?」
 ロイドリッツは一瞬、呆気に取られた。
 そして喉の奥で、低く笑う。
「・・・君はカドックを知らないじゃなかったのか?」
「あら、知らないとは一言も言ってません。
 ・・・それで、ご存知ですか」
「・・・もちろん」
 ロイドリッツは数枚の天奏司文符を手に、立ち上がる。
相棒に背中を預けて戦い、圧倒的不利な状況を覆した
「さすがです」
 サーシャが満足気に頷く。
 ロイドリッツの押し殺していた笑いが、大笑いに変わる。
 サーシャは悲観も混悩もしていない。
 ただ前を向き、隣に立つ仲間を信じている。
 
「では、いくか、聖女殿」
「頼みますわ、神楽士様」

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