「己の犯したミスに気づいているか?
‘あと、一手’まで詰めながら、敗れる事を理解しているか?」
落ち着いた、だが力を帯びた発声は、三十歩の距離を越え、ひび割れた顔を抑えて立ち尽くすラニエル・ベルザインに染み透る。
銀縁の眼鏡の奥からの眼光も、また同様。
射るような鋭さで、ラニエルの一挙一動即を監視する。
「初手から、間違えていた。
‘方舟’を浮上させたければ、イルドルフ程度の小物を抱き込むべきでは無かった」
「おい!
誰が、‘小物’だ!」
横で聞いていたイルドルフは、抗議する。
アダスタとの戦闘で損傷した体は、八割まで再生している。
痛みはあるが、運動機能は回復している。
「序盤を勢いで突っ走り、周囲に優勢を錯覚される分、性が悪い。
終盤で勢いで押し切れなくなると失速し、手詰まりになる」
淡々とした口調の為、言葉の内容以上に辛辣な印象を与える。
「それはない!
というか何しに来たんだ、ライナス!」
抗議しながらも、イルドルフは思い出す
これはライナス流の諧謔だ。
二十五年前、ライナスがこの手の軽口を叩く時は、決まって‘調子がいい’時だった。
「懸念はしていたのよ。
異端審問局の中でも、最も合理的な判断をする‘鉄翼鷲’なら、私の真の目的に気づく可能性がある。
覚醒したアダスタを核として‘方舟’を浮上させるという、真の目的に。
異端審問局課長と逆十字団死徒が混戦の中、よく私の思考を読んだわね」
「貴様の思考など、読んではいない」
ライナスは、吐き捨てる。
「俺が理解したのは、一つだけだ。
若返った肉体を得て‘紋章’の力を制限無く使えるのであれば、ハリネヅミの様にAFで武装してくればいい。
だが、最小の装備で留めていた。
なぜか?
アダスタとの最終決戦を見越していた。
過剰なAFに頼って、勝てる相手ではない。
俺や、ロイドリッツ達を越えていく過程で、自身の感覚を研ぎ澄ます。
同時に、方舟と一体化した‘大地母神’が、アダスタが覚醒する前に、‘紋章’により出力上昇させた上位AFで目覚める事を警戒していた」
「・・・なるほど。
長きに渡る宿敵、そしてかつての友だっただけの事はあるわね。
そこまで、見抜かれるとは」
「だから、言っただろう」
鉄杖を構え、ライナスは言う。
「貴様は、初手から間違えていたんだ。
イルドルフ程度の小物を、抱き込むべきではなかった」
「ふん」
ため息とも、苦笑ともとれる息を吐き、ラニエルは顔を抑えた手をはずす。
鉄杖を打ちつけられた右頬を中心に走る、皹。
皮肉にも、‘銀水晶’を停止させた事で、感情の表現手段を無くしたラニエルに、‘表情’を与えていた。
目元からは黒い涙。
口元には、釣り上った口角。
そして、細かい皹は皺の様にも見え、完璧な美を持っていたラニエルが、幾分老け込んだ印象を与える。
「でも、私にはまだ切り札がある」
無造作に袖口から、拳大の円盤を放つ。
爪先ほどの薄さの円盤は、かすかな唸りを上げ高速で回転し、イルドルフとライナスに迫る。
右手で三枚。
左手で三枚。
それを二回。
計十二枚の回転する円盤が、けたたましく囀る鳥のように、時間差を持って螺旋を描く。
「‘釣刀独楽’!?
こんな古式な暗殺具を!」
精密な構造と、極細の鋼糸で使用者の意のままに操る飛翔武器。
これだけの数を操るには、どれ程の技量が必要なのか。
回避行動をとろうとするイルドルフを、ライナスは鉄杖で制する。
「よく聞け、イルドルフ」
鉄杖を、唸りを上げる刃の嵐に振り下ろす。
「走れ!」
振り下ろされた鉄杖は、先端が六条の鉄釘になり、‘釣刀独楽’を迎撃する。
鉄釘と‘釣刀独楽’は、互いにぶつかり、はじき、勢いを逸らし、軌道を変化させる。
イルドルフは、怯えず、迷わず、響音鳴り響く舞踏会場に飛び込んだ。
ライナスの妙技によって、刃の嵐の中に、一瞬だけ細い道が示される。
ラニエルとの間合いをつなぐ、直通路。
ラニエルが‘釣刀独楽’の操作を失った僅かな間に、イルドルフは疾走する。
一瞬で間合いに進入し、喉元に向かって手刀を放つ。
イルドルフが習得した体術で、最も得意とする技。
ロイドリッツ戦では、不意をついたとは言え、その左胸を貫いた必殺の型。
シュッ。
鮮血の花が暗闇に咲いた。
「‘大地母神’が目覚めた今、AFは使えない。
私が‘銀水晶’を完全停止させれば、戦闘能力は著しく低下し、自身の身を守ることすら危うくなる」
「くっ!」
イルドルフは、切り裂かれた右腕を押さえ、後退していた。
手刀がラニエルの喉を貫く寸前、頭上から、‘黒い獣’が襲い掛かった。
前後に身をかがめて、振り下ろされる鉤爪を潜り抜けなければ、切り裂かれていたのは、右腕一本では済まなかっただろう。
「だから、‘切り札’を用意した。
AFを使用せず、極限の戦闘能力を誇る切り札」
「・・・まさか」
「ここで、出会うとはな」
イルドルフは息を飲み、ライナスが苦笑する。
「紹介するわ。
逆十字団No4‘混濁の魔獣’オルティアよ」
獣の叫びが暗闇に響いた。
- 新生逆十字団 第三章四節 「混濁の魔獣」 -
~ ◇ ~ ◇ ~ ◇ ~
「面白い娘がおる」
きっかけは、ベルンのそんな一言だった。
「荒削りじゃが、強くて、巧くて、速い。
性格は、激情家で、木訥で、融通が利かない」
- 審問官向きの性格とは言えませんな.
「全くだ。誰かにそっくりじゃな」
イルドルフの返答に、ベルンは顎髭を揺らして満足気に笑う。
「良い環境に巡り会えば、間違いなく、七課の柱となる逸材になる」
白い顎髭をさすりながら、ベルンは好孝爺のを浮かべていた。
ベルンが、善人の顔で誉めまくる、もしくは正論を語る時は、きまって裏がある。
「大した事ではない。
混成錬金術の実験体として`魔獣’の能力を付与され、実験の首謀者である異端錬金術師を倒して裁判待ち、ただそれだけの娘じゃ。」
‘エステベリの異端実験’。
または‘異端錬金術師エステベリの魔獣創造事件’
第七課が担当し、つい先日解決した異端案件だ。
イルドルフの指示の元、ベルンが指揮を取り、罪人や神跡記録官率いて解決にあたった。
「ついでに、自身より、より`魔獣’の浸食が深い姉がいてな。
‘姉さんを助けるためなら、何でもする’という気概もいいと思わんか?」
ベルンとは、出会ってから二十年近くの付き合いがある。
言いたい事は分かる。
次の異端審議会で、その娘を`猟犬’として、七課の管轄に置く事を発案しろ、と言いたいのだろう。
`猟犬’を統括する十二課、`猟犬’が増加する事を好ましく思っていない一課、対立状態が続いている八課、九課がどう動くか。
いや、それこそ大した問題ではない。
`聖ロハスの間’には異端審議長以下、十三人の課長のみしか立ち入る事を許されていない。
若い頃のように、最前線で動き回る事は出来ない。
だが、若い頃に出来なかった異端審議会に最前線の声を伝える事が、今の自分に出来る。
最前線では、今の若い審問官達が全力を注いでいる。
自分は、自分にしか出来ない事を、誇りをもって実行する、それだけだ。
ただ、一つ気になる事がある。
今までも、今回の件に近い事例はあった。
用は、`秘密裏に助けたい’人物がいた場合、ベルンはその経験を生かして書類操作や死亡を行い、`バレなければ問題ない’と言わんばかりに偽装工作を行ってきた。
今回のように、`正規の手続き’を踏むのは初めてだ。
-歳を取り、不正を働くのに、気後れをするようになったのか?
「なに、カンじゃな。四十年ちょい、異端審問官を続けてきたこのワシのな」
皺の浮いた目元を緩め、ベルンは笑った。
`笑み’さえ武器にするベルンの、本心からの笑顔だ。
「会ってみれば、分かるぞ、イルドルフ。
あの娘は、必ず大器に成長する。
そういう魅力を持っている」
なるほど。
- ベルンがそこまで惚れたのなら、仕方がないのだろう。
七課課長として、責務を果たすだけだ。
「そうじゃ、いい判断だな、イルドルフ。
これで七課の将来は安泰じゃ。
ちなみに、その娘の名前は・・・」
~ ◇ ~ ◇ ~ ◇ ~
「オルティア!」
イルドルフの叫びが、地下墓所に響く。
箱船に張り巡らされた‘血管’は、徐々に鼓動を活性化させている。
浮上の時は迫っている。
ラニエル・ベルザインを捕獲し、逆十字団を殲滅させる時間は、一刻を争う。
しかし。
「なぜ君がここにいる!」
イルドルフとライナスから箱舟までの距離は差は五十歩程。
その間に立ちふさがるのは、小柄な体躯でありながら、異形のシルエット。
肉食獣を思わせるしなやかで力強い両腕は、分厚い獣毛で覆われ、先端には巨大な肉切包丁のような鉤爪。
圧倒的な跳躍力と敏捷性を生み出す、羚羊の様な脚。
嗅覚を中心とした鋭敏化した五感。
複数に生物の長所を取り入れ、融合させた異端実験の混合生物。
ゆえに`混濁の魔獣’。
胸部と腹部は、法王庁時代には装備を拒んでいた板金鎧で覆っている。
その胸甲に意匠として刻まれるのは`逆十字’。
鎧の違いこそあるものの、間違える事はない。
七課所属の`猟犬’、オルティアに間違い無い。
だが、イルドルフの知るオルティアとは、大きく印象が異なる。
すぐにその違和感の正体に気づく。
表情がない。
喜怒哀楽を明確に示していた少女の面影を残していた顔から、感情というものが完全に消えていた。
精巧な人形のような無表情だ。
後部で結ばれた肩先まで延びた髪だけが、かろうじてイルドルフの知るオルティアの面影を残している。
「・・・」
イルドルフの呼びかけに、オルティアは反応しない。
その青い瞳に感情の波が走る事はない。
感情が持たないのではない。
逆だ。
最初から一つの感情で塗りつぶされている。
「・・・分かっているか、イルドルフ?」
「・・・ああ」
無言のまま、ラニエルを庇い佇むオルティアからは、凄まじい殺気が立ち上っている。
洗脳などではあり得ない、体感から発せられる猛々しい殺気。
オルティアを覆いつくすたった一つの感情。
すなわち、怒りだ。
表情を破壊する程の巨大な怒りが、`混濁の魔獣’を包んでいる。
「・・・`助けたい’とか`まずは話し合い’とかほざくなよ」
超上級者同士の、拮抗した実力の世界。
そこでの勝負は、僅かな迷いが、決定的な敗因となる。
必殺の一撃をくぐり抜け、込死の刃を首筋に掠めながら掴み取る、千際一隅の勝機。
迷いがあれば、その勝機を取り逃がす。
`手加減を加えるべきか、全力でいくべきか’
`生かすべきか、殺さない程度に止めるべきか’
一瞬でも躊躇すれば、勝機は失われ、相手からの反撃を浴びる。
そう理解するには十分すぎるオルティアの殺気。
ライナスは、僅かに左足に重心を乗せ、右手の槍を前傾気味に構える。
速度を重視した構え。
「分かっている」
対象的にイルドルフは体を斜に構え、両足に均等に体重を乗せる。
相手の行動合わせ、対応可能な構え。
イルドルフに迷いはない。
行動の選択は、最初から決定している。
「助けてから、ゆっくり話し合うさ」
「さあ、No4」
ラニエル・ベルザインの声が合図だった。
「たっぷりと遊んで上げなさい」
直後。
イルドルフは大きく後方に跳躍する。
鉤爪の一閃。
なんの予備動作もなく瞬時に間合いを詰め、無造作かつ居合いに似た鋭さの一振り。
「くっ!」
跳躍したイルドルフが着地するよりも、早く。
オルティアは、イルドルフの頭上へと跳ねる。
鉤爪の切っ先は、イルドルフの左胸に向かって振り降ろされる。
空中にあるイルドルフに逃げ場はない。
「馬鹿が!」
罵声と共に、イルドルフの体が、空中での軌道を不自然に変えた。
真下へと落下し、必殺の鉤爪を回避した。
後方より駆け寄ったライナスが、左手で空中のイルドルフの服裾を掴み、速度のみを優先し強引に引き戻した結果だ。
代償としてイルドルフは受け身もとれずに、顔面から地面に`叩きつけられ’る。
逆に対象物を失い、鉤爪を`空振り’したオルティアは、空中で無防備な姿を晒している。
「ふん」
ライナスの短槍による刺突が、オルティアの喉元を襲う。
ぐるん。
空中で、オルティアは上半身のバネのみで半回転し、鉤爪で短槍を弾く。
常識を超越した身体能力と反射神経。
「・・・だろうな」
ライナスは低く呟く。
弾かれる事を予測した、撒き餌の一撃。
狙いは、最初から、オルティアの着地点。
腰の重心を下げ、右足を踏み込みと共に、全身の筋肉で間接を加速さた、重厚な殺打を放つ。
オルティアの着地と同時に、ライナスの`溜め’を生かした一撃が、オルティアに瞬迫する。
「しゅっ・・・」
獣の唸り声を上げ、オルティアは超絶的な反射神経で鉤爪をふるう。
低い金属音と火花が散り、ライナスの必殺の一撃を受け止める。
だが、片手では不十分だ。
見かけよりも`重い’一撃は、僅かに速度を緩めただけで、鉤爪を押し切る。
「・・・ハッ」
瞬間、オルティアの口端が僅かに歪んだ。
槍の穂先が眼前に迫った時点で、逆腕の鉤爪を交差させる。
白光と共に、爪と槍が激突する。
力の拮抗は、一瞬。
オルティアの全身がしなる。
膝から腰、そして腕へ。
しなやかなバネから放たれる力が鉤爪へと伝わり、短槍を押し返す。
十字に交差した鉤爪が、ライナスへ襲いかかる。
「ライナス!」
瞬時、地に伏した状態からイルドルフが跳ね起き、膝立ちの姿勢を取る。
「合わせろ!」
「!?」
鉤爪がライナスの喉元に肉薄する中、ライナスと背中合わせの姿勢で、肘打ちを放つ。
肘打ちの先端は、押し負けていたライナスの槍の石突に打ち込まれた。
ごく自然体の一撃でありながら、単に動作のみならず、呼吸、間合い、槍に込められる力まで、完全に一致させた動きだ。
`二人分’の力が込められた槍は、その速度と圧力を二乗させ、オルティアの渾身の鉤爪に負ける事無く、爪の二本を弾き飛ばした。
槍は勢いを落とす事無く、オルティアの胸部を覆ってた板金鎧を砕き、鎖骨を打突する。
その衝撃は内蔵まで響く、呼吸を止める。
「くがっ!」
苦悶の叫び。
あるいは悲鳴か。
`混濁の魔獣’が大きく後退し、膝から崩れ落ちた。
「昔の連携っていうのも、悪くないなぁ」
赤く腫らした顔を手の甲でさすりながら、イルドルフは照れたように笑った。
連携は、無意識であった。
だからこそ、感覚で体が動いた。
発動は、一瞬のみ。
偶然ともとれる、即興。
「・・・私が、お前のレベルに合わせてやっていたんだ」
ライナスは細眼鏡の位置を修正し、吐き捨てる。
`銀水晶’は、オルティアに眠る`混濁の魔獣’を覚醒させ、死徒`No4’として、この地下墓所における最強の手駒とした。
同時に。
最強の手駒との最速にして瞬時の判断ミスが死に繋がる攻防が、覚醒させた。
二十五年前、激しい修練により研磨され、幾多の実戦により研ぎすまされていった`法王庁の黄金旋律’と謳われた最強の連携を。
ぎ、ぎ、ぎ。
二人の滓かな手応えと感傷をかき消すように、虫の羽音のような耳障りな低音が、響く。
音の発信源は、オルティアに肉体。
四肢が捻れ、底蹄類のしなやかな足と、肉食獣の力強い腕へと変わる。
筋肉が膨張し、表皮と体毛の一部は甲殻類の鎧殻を形成する。
鉤爪が変形し、肉厚の刀剣に匹敵する。
細胞の一つ一つに取り込まれた多種多様の生物因子が、生命の危機に応じて発動する。
故に`混濁の魔獣’。
禁断の異端実験により誕生した最強の異形種。
「本来であれば、如何なる理由があろうとも、存在が判明したら殺処分するべき存在だった」
ラニエルの声は誰にも届かない。
`No4’による足止めの隙に、既に箱舟内部に進入を果たしている。
「慈悲?
同情?
貴方の下らない理由によって、魔獣は生き延びた。
そして`猟犬’として、実戦につぐ実戦。
魔獣の体内の生物因子は、あらゆる環境への適応を学習していった。
私が、そのタガを外すきっかけさえ与えれば、`混濁の魔獣’はあるべき姿へと還っていく」
「分かるかしら、イルドルフ。
史上最強の`混濁の魔獣’を誕生させたのは、貴方自身よ」
咆哮を残し、混濁の魔獣は突進する。
先程までと速度は大差ない。
だが、初速から最高速に至るまでの時間が桁違いに短い。
瞬時にイルドルフへと向かう。
「やばいぞ!」
「避けるな!受け止めろ!」
待避の姿勢を取りかけたイルドルフだが、ライナスの声に体勢を取り直す。
振り下ろされる鉤爪を、交差させた両腕で受け止める。
重い。
一撃の圧力に、イルドルフの両腕と両膝が悲鳴を上げる。
直後、駆けつけたたライナスが蹴りを放つ。
狙うは、イルドルフの無防備な横腹。
「げふっ」
うめき声を残し、横転。
突如、攻撃の対象を失った混濁の魔獣には、一瞬の虚が生まれる。
その虚を突いたのは、ライナスの背後から走り込んだ、巨躯の男だった。
~ ◇ ~ ◇ ~ ◇ ~
ーそれほどの人材をよく見つけたな
`猟犬’の手続申請を取りながら、ベルンに問いかける。
「そこじゃよ」
ベルンは髭をなぞり、笑う。
その質問を待っていたと言わんばかりの笑みだ。
「実のところ、見いだしたのは、ワシでは無い。
若い連中が、勝手に引き込んできおった」
「間接的には、キルシェ少年のお手柄じゃが、直接的にはあの罪人の若造が`口説き落とした’」
ベルンの笑みがさらに深くなる。
今日一番の会心の笑みだ。
「あの、問題児がな」
~ ◇ ~ ◇ ~ ◇ ~
重厚な火花が、暗闇に散る。
「嘆かわしい話だぜ」
ライナスの背後から割って入り、混濁の魔獣と対峙した男の、太い声。
長身に、筋肉質の体躯。
年期の入った革鎧。
「聖バロウスの鎖がS級罪人に使用されている理由、忘れちまったのか?」
ジャラリ。
男の両腕の枷を繋ぐ、重厚な鎖が立てる音に、混濁の魔獣は、怯えた様に僅かに後退する。
「限界まで精製された鍛鉄。
単純に堅く、絶対に切断は不可能。
・・・初めて戦り合った時にも、説明してやったよな?」
鷹揚な足取りと、自然体な姿勢。
箱舟の浮上という、極限の緊張下に晒されているこの地下墓所に置いて、まるで緊張感の無い口調。
「逃げるのも、死ぬのもお前の自由だが、借りた恩をしっかり精算しろ。
借り逃げなんて、甘い話はこの俺には通用しないんだよ」
混濁の魔獣の体に力が漲る。
同時に、自然体だった男の体から圧倒的な闘気がほとばしり、空気が震えた。
「それを今分からせてやるぜ!このアムンゼン様がな」