ードクン
大地の脈動は続いている。
いや、意識しなくてもはっきりと体感できるほど、大きくなっている。
「何だ。・・・一体、何だって言うんだ」
呻くようにイルドルフは呟く。
「・・・お祝い申し上げます、紋章官様」
イルドルフの漏らした呟きに答えたのは、鈴のような声だった。
背後から迫る足音。
「貴方の勝利です。
貴方の力で切り開いた未来により、望んだもの全てが手に入ります」
高見の見物で、この状況を演出した人物。
イルドルフとアダスタの一騎打ち。
そして突如出現した大蛇の正体すら、知っているであろう人物。
その人物は、イルドルフの真横で歩みを止めた。
「さあ、参りましょう、紋章官様。
あの扉の奥に、全ての結末が待っています」
「お前は・・・銀水晶か?」
思わず、確認した。
隣に立った銀水晶を見て、イルドルフは一瞬言葉に詰まらす程、その姿は異様な物に変化していた。
イルドルフに差し伸べた手を延ばす動きは、機械の様にぎこちない。
その腕も、紗を纏った肢体も、冬の月輪のような美貌も、造形めいた陶器のような材質となり、接続線と大小無数の罅が浮かんでいる。
詰まる所は、自動人形(オートマター)。
銀水晶ことラニエル・ベルザインは、永久動力`銀水晶’で可動し続ける最高クラスの自動人形だ。
高度な知能。
永遠に等しい命。
対象に異形の力を与える`銀爪芽’
異界の上位物質を固定化する`夢幻刃’
単独絶対の秘技も、動力源である`銀水晶’があってのものだ。
今、ラニエルは銀水晶を完全停止させ、予備動力のみで動いている。
最優先しているのは、思考と記憶回路の維持。
可動のみを目的とした運動機能は、柔軟さを失い機械じみた動きとなっている。
外見は、体表の維持を停止させたため、人形じみでいる。
会話も声こそ依然のものだが、感情味が無く、無機質なものだった。
今のラニエル・ベルザインは、戦闘力は皆無の初期型自動人形と大差はない。
「つまりは・・・」
利用される事は分かっていての逆十字団加入だった。
それでもなお、現在の状況に対して、ラニエルには問い詰めたい事は山ほどあった。
「そういう事か」
しかし「銀水晶を停止させたラニエル・ベルザインの姿」が、イルドルフに全てを理解させる。
銀水晶を停止させた理由は二つ。
一つ、アダスタの聖石と同じく、高出力の永久期間である銀水晶は、大蛇の標的となる危険性があるため。
二つ、ラニエル・ベルザインとしての目的を達成したため。
「目覚めたというのか」
ラニエルの目的。
アダスタを飲み込んだ大蛇の群れ。
そして、イルドルフ自身の25年前の記憶。
バラバラのイメージが、張り合わされた切り絵の様に一つに繋がる。
導き出される結論は・・・。
「くっそ!」
イルドルフ崩壊した扉の奥へ走り出す。
ようやく再生が始まった足は、筋繊維が剥き出しのままだが、痛みなど気にならない。
ラニエルは文字通り「人形の様に」従順な動きで、イルドルフの後から付き従う。
ーどうした、イルドルフ。
走りながら、誰かが語りかける。
イルドルフの内なる声だ。
その声は、逆十字団への転生前、本来のイルドルフの声に似ていた。
ーお前は気づいていたんだろう。
ーこの最悪の結果を。
ー気づいていながら、気づかない振りをしていたんだ。
ーお前は、最低の卑怯者だ。
そうだ!
卑怯者の異端者として全ての責任をとる。
いかなる罰も受ける。
だから、あの時、出来なかったことを、25年前に出来なかった事を、もう一度だけ、やり直させてくれ!
ー責任を取る?罰は受ける?
ーお前一人で取れる責任か。
ーお前一人で背負える罰か。
ー都合のいい詭弁で、仲間を騙し、自分を騙していたんだろう?
違う!
ー自分の事を優れた人物と自惚れていたか。
ー利口を気取った無能程、罪は重い。
ーお前一人で何が出来る。
ーどれだけ仲間に、部下に助けられてきたか忘れたか。
ーお前一人の力で、`彼女’を救えると傲ったか。
違う!
僕は!
「ご覧下さい」
銀水晶の声で、内なる声は中断した。
地下空間に、白亜の箱船が座礁している。
「ご存じでしょう。
創世の時代、始祖となる種と超技巧を乗せて飛来した`始祖たるゆりかご’」
法王庁大聖堂にも匹敵する巨大な船。
巨大な地下神殿にも見える。
石材でも金属でもない船壁の表面は、神話の時代でありながら傷一つついていないが、船首の一部は巨大な球状にえぐり取られている。
「神話の時代より眠り続けた神の船が、再び浮上します」
破損した船首部分に、アダスタを核とした巨大な蛇玉が引き上げられ、鎮座している。
蛇玉は脈動する心臓であり、アダスタより供給される赤光を送り出している。
箱船の内外各部に延びた無数の大蛇は、浮き出た血管として赤光を箱船の重要機関へ供給する。
箱船の船尾の一部が解放され、巨大な円柱状の`浮遊補助竿’が迫り出してくる。
ードクン
大地を震わす振動は、箱船が機能を回復させる度に放つ駆動音。
ラニエルの言う通り、浮上の時は近い。
そして、イルドルフは、箱船の船首部分に浮き出た石像を見て、硬直した。
予想が、最悪の予想が的中していた。
「聖石とは・・・」
無機質な声が響く。
「創世の時代に利用されていた高濃度の燃料結晶よ。
今の時代、聖石は残存するものの、利用されている力は、マッチの火を操る程度。
マッチの火をいくら束ねた所で、機関車は動かせないでしょう」
乾いた音と共にと、ラニエルは頭部を震わせる。
笑っているのだろうか。
「ところが、奇跡がもたらされた。
義神腕アダスタ。
紋章官イルドルフ。
二つの才能が、同じ時代に揃い、互いの限界を越えてぶつかり合った結果により生み出された奇跡。
アダスタという超高密、超高純度の聖光を無限に生み出す生きた聖石。
箱船と共に眠り続ける`大地母神’を目覚めさせる餌としては十分すぎる生け贄」
イルドルフに対し、慇懃に一礼。
そして、箱船の船首、イルドルフが見据えたまま動けないでいる一点を指さす。
「感謝します、紋章官イルドルフ様。
あなたは、長きに渡る`逆十字団’の歴史の中で、最高の`No1’でした。
さあ、始まります。
法王庁も、黄昏の時代の王国さえも辿り着けなかった
`箱船’が目覚めます。
旧世紀の神の力。
逆十字団が求め続けた究極の結末。
アハハ、ハハハッ、ハハハハハハハハッ!」
異形の自動人形(オートマター)が身を捩り、痙攣させながら哄笑する。
ー分かっていたのだろう、イルドルフ
箱船の船首には、女性型の石像。
巨大な質量の`心臓’の上で、大蛇の群に飲み込まれている様に見えるが、事実は逆だ。
全ての大蛇は、この石像を始点として生み出されている。
アダスタを飲み込み、箱船全体を覆う程の大蛇が、全てこの一点から生み出されている。
ー彼女が、「生きている」のであれば、`大地母神’として覚醒し、箱船と一体化している状態でしかありえない。
ー覚醒前の人格など、消え失せている。
ー分かっていたのだろう、イルドルフ?
箱船の機能の一つであった`大地母神’。
その予備(スペア)であった彼女。
25年前、イルドルフが救えなかった`名も無き聖女’。
イルドルフの右腕の先で、散っていった彼女の名は・・・。
「フィオーラ!!」
イルドルフが叫んだ。
手遅れだ。
`大地母神’として覚醒している。
無数の大蛇。
一体化しつつある箱船。
それらを合わせ、一つの生態系として機能し、循環適応活動を行っている。
自意識などない。
そもそも人型体(スリープ・モード)の人格など、仮初めのものだ。
無駄なのは分かっている。
だが、叫ばずにいられなかった。
「目を開けてくれ!フィオーラ」
ーとうとう泣き落としまで使うか。
ーそれで解決すれば苦労はない。
もう一人のイルドルフの言う通りだ。
覚醒したフィオーラに自己意識はない。
ただ刻まれた本能のまま、世界の修復を行うまでだ。
25年前、本体(オリジナル)の`大地母神’がそうだったように。
「アハハハハハハハッ」
ラニエル・ベルザインは笑い続ける。
何を笑っているのか。
絶望に打ちひしがれるイルドルフか。
己の野望の達成か。
無機質なその笑いからは、なにも知ることはない。
笑いながら、箱船の外壁に絡みついた大蛇の体を登り始める。
虚無の暗闇と、狂気の残滓が残る地底の底でイルドルフは唯一人、取り残される。
「ううっ」
膝から力が抜け落ちる。
これが、絶望というものか。
誰かに頼りたかった。
無駄だ、部下を見殺しにした自分が誰に頼る?
誰かにすがりたかった。
無駄だ、仲間を倒した自分が、誰にすがる?
何かに祈りたかった。
無駄だ、神を捨てた自分が、何に祈る?
「まだだ!」
己を叱咤し、頬を殴る。
このまま、終われない。
終われるはずがない。
崩れ落ちる寸前の膝を堪え、走り出す。
押しつぶされそうな精神を、かろうじて支える。
今、こそ責任を果たす。
罪を背負う。
「止まれ!ラニエル・ベルザイン!」
「諦めの悪いこと」
既に箱船の中腹程まで登ったラニエルが、見下して笑う。
蛇の胴を蹴り、跳躍しながら追いすがるイルドルフは、一つの可能性に賭ける。
全てを計画し、実行に移したラニエル・ベルザイン。
ならば、箱船の機能停止方法も知っているのではないか。
その身を拘束し、聞き出す。
ーそうだ、何を立ち止まっている。
ー動け。
ー指の先が灰になるまで動き続けろ。
ー考えろ。
ー生き足掻いて、小細工を練り、砂粒程の可能性を見つけだせ。
ーそうすれば・・・
「無駄よ」
ラニエルが、右腕を追いすがるイルドルフに向ける。
手首が折れ曲がり、内蔵式の短矢を射出。
AFではない機械式の矢。
「もう、誰にも止められないわ」
イルドルフは手刀で短矢を弾くが、バランスを崩し落下する。
「それでも、止める!!」
魂を震わせるイルドルフの呼応に応えるように、地下空間に黒い風が吹き込んだ。
コートの裾をなびかせ、音もなく疾走する黒い影。
扉から箱船まで瞬時に駆け抜け、箱船上方部に向かって、跳ね上がる。
トンッ。
落下するイルドルフの背中を踏み台とし、肩口を蹴り、ラニエルに向かい跳躍した。
「なぜだ」
突如現れた異分子に、ラニエルは呟いた。
計画外の事態。
異分子を排除すべく短矢で迎え撃つ。
一閃。
コートの中から現れた鉄杖が、苦もなく短矢を弾かれる。
「なぜ、お前がここにいる」
感情の籠もらぬラニエルの声に、明らかに動揺の動揺が混じる。
降りかぶられた鉄杖は、ラニエルの顔面を打ちつけた。
陶器のような白い破片をまき散らし、ラニエルは落下する。
「なんて顔をしている」
軽やかに着地をした黒コートの男は、振り向きもせず語りかけた。
ー生き足掻いて、小細工を練り、砂粒程の可能性を見つけだせ。
ーそうすれば・・・
ー振り返った時に、アイツがいる
鉄面のように感情を殺した無表情。
だが、その口元には微かに不敵な笑みが浮かんでいる。
25年前、フィオーラと出会った頃と同じ笑み。
「俺がいなければ、何もできないか?」
「・・・ライナス」
長きに渡る政敵。
かつては袂を分け、そして刃を交えた仇。
「進み続けるのがお前だろう、イルドルフ」
そして、互いを認め合った友。
「ライナス・バルグ!」