吹雪により白一色に染まった森林地帯。
中規模の砦が積雪に抗うようにそびえている。
見張り用の尖塔に、防寒用コートに身を包んだ二人の男。
初老の域に差し掛かるであろう隊長は、コートの下に赤銅色の古式な鎧に着装。
一方の新兵は軽装鎧に望遠機能のついたゴーグル姿。
「こう吹雪いていれば、新法王庁の連中も動きはせんよ。ジェームズ、お前は先に戻って湯を沸かしておけ」
「自分は大丈夫です。隊長こそ先にお休みください」
気丈に答えるジェームズと呼ばれた新兵だが、顔には明らかに疲労が浮かんでいる。
「昨夜は遭難者を背負って、警戒区域から戻ってきたのだろう。…俺が新人だったころの雪中進軍訓練でもそこまではしなかった」
「分かりました、先に戻ります。隊長も無理はしないで下さい」
「問題ない。…調停者ベルザインと言えども、天候気象までは自在に操れないらしい。この5年で証明済みだ」
口にして隊長は、5年という月日の重さに奥歯を軋ませた。
5年前、審判の日と呼ばれた日を境に、アスガルド半島の歴史を一変させた。
聖典に記された箱舟が天空より聖都ロンバルディアに舞い降り、大聖堂を崩壊させた。
かつての法王庁跡地に降臨した箱舟より現れた調停者ベルザインは、いくつもの衝撃的な事実を発信した。
『アスガルドの全ての民を偽りの教義で拘束していた法王庁は、今日滅んだ』
『法王庁が独占していた旧世紀より伝わる奇跡の技術、その象徴である箱舟を私は彼らから取り戻した』
そしてこの言葉を実行する
『これより全ての奇跡の力は約束された民の元へと返される』
箱舟=外宇宙移民用惑星環境適応型宇宙船の一部の技術の開放により、いくつもの奇跡のデモンストレーションを行うベルザイン。
食料プラント開放による恵みの雨。
地殻変動装置による海の道(島である第六教区間の海底を隆起させた)
そして白兵強化システムによる洗礼(強化人間化)
ベルザインは恭順は求めず、ただ求める者に望むもの全てを与えた。
貧しきものにも、富めるものにも、己の欲望のために力を欲するものにも、その暴走を止めようとするものにも。
ただし、旧法王庁の関係者は『偽りの歴史を償うべく』厳しく処罰され、捕らえた者には恩賞を与えた。
特にかつての異端審問官はその生死に関わらず、ベルザインの元へ連れていけば、さらなる洗礼が与えられた。
- 4: 鷹安:2016/01/05 11:50 No.15
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隊長は回顧する。
審判の日以来、法王庁の命により第七教区の治安維持を任されていた自分たち騎士団は、一転して迫害される立場となった。本来の守るべき土地を捨て、辺境の砦に籠り、洗礼者による旧法王庁の残党狩りをしのぐ日々。
5年の月日は、かつての部下たちの数も減り、同様に狩られる立場となった旧法王庁関係者も、噂を聞きつけては砦に合流し、そして残党狩りの中、倒れていった。
「だが…」
隊長は呟く。ベルザインには秩序を守ろうとする理念はない。いたずらに力をばら撒き、アスガルドに混迷を撒き散らしている。そして自分は秩序を守るべき騎士団だ。かつて第七教区で暮らす人々のささやかな生活を異端審問官たちと共に守ったという誇りが、進むべき道を鮮明に照らし続けている。
「隊長」
階下へと続く階段から顔を出したジェームズの声が現実に戻す。
「どうした?」
「昨日の『遭難者』ですが、意識を取り戻したそうです」
「そうか、様子はどうだ?」
「ザストール先生がいうには、大きな外傷もなく、体力も回復しているようですが…」
「どうした?」
「墓地に刻銘に知り合いの名前があったらしく、放心状態だそうです」
「そうか」
この砦は外部でも少し噂になっているらしい。
曰く、5年に渡り死守される不落の砦、と。
ここにやって来るものは、旧法王庁の残党狩りをさけ、厳しい天候と山岳の間を抜け、最後の希望を持ってやって来る。
鉄壁を誇る騎士団に保護された約束の地、と。
だが、現実にはろくに補給品もない、地形と天候の利をいかしただけの、中隊にも満たない人数で守っている駐屯地と知り失望する。
遭難者は若い男と聞いていたが、ここで死んでいった者の中に知り合いがいたのであれば、さらには失望は大きいかもしれない。
「落ち着いたら、薪割り係でもやらせますか? 銃は持っていませんでしたが、戦闘班に加わるタイプでもなさそうでしたし」
「銃だと?その男は他にも…」
隊長が言葉を繋ごうとしたとき、閃光が走った。
直後に轟音、地鳴り、そして熱風。
振り向くと砦の右前方の森の一部が、降り積もった雪ごと吹き飛び、赤く焼けた大地を露出している。
「敵襲!」
ジェームズが尖塔に吊るされた鐘を鳴らし、吹雪が鐘の音を散らしていく。
「ジェームズ、伝令! 支援班は城壁の上で射撃準備! 明かりはつけるな、狙い撃ちにされる!戦闘班は正面内側で俺が合図を送るまで待機だ!」
「まさか隊長、お一人で先陣をきるつもりですか!? この爆発は炎熱系か、下手すれば爆破系統の洗礼者が相手ですよ!?」
「俺を誰だと思っている?」
隊長は防寒コートの留め具を外す。
現れたのは赤銅色の、左右非対称の全身鎧。
関節からは薄く蒸気が上がり、鎧の表面は焼けた石炭の様に鮮やかな赤色を放つ。
但し、左手を中心とした一部は赤錆の様に変色したままだ。
鎧の胸には車輪を中心に二本の槍が図案化された紋章。
「第七教区鉄道騎士団、団長灼熱伯キンラーセンだ!」
吠える様に叫ぶと鎧を軋ませ、白い闇に向かって跳躍した。
キンラーセンが出陣し、慌ただしく迎撃配置につく騎士たちが駆け回る砦の中庭で、擦り切れた神父服姿の若い男が、無数に並ぶ墓石の前で膝をついていた。
墓標代わりの小さな十字架のひとつに、焼け焦げた黒い革手袋が掛けられていた。
手袋の手首には何重にも鎖が巻かれているが、そのうち数本はちぎれている。
男はその手袋を握りしめると絞り出すように墓標に向かって語りかけた。
「まさか、君ほどの実力を持ちながら……まだ信じられないよ、ジャンルイジ」 - 5: 拾郎:2016/01/05 21:07 No.16
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続き③
「奇跡よ、我が前に示せ!」
「奇跡の前に砕け散れ!」
二人の人影の掌から同時に放たれた白熱が積雪を一瞬で蒸発させ、樹齢百年に届くかという木々を薙ぎ倒した。
白煙の先には、雪に埋まれた砦が吹雪のカーテンの間から覗く。
「俺の街だとよう、ガキの頃からケンカで俺に勝てるヤツはいなかったぜぇ。手下も大勢いたし、女にも不自由したことはねえ」
防寒用のフードの下の頬に刀傷を浮かべた男は傍らの相方に、酒場で語る与太話、といった口調で語りかける。
「だが、ピッカピカの鎧と剣をぶら下げた騎士様達が街にきてからはよう、俺は何度も牢屋にぶちこまれて、手下も女もいなくなりやがった。誰も俺にケンカで勝てるヤツはいないのに、つまらねぇ荷卸の仕事で小銭を頂戴する生活だったんだぜ」
傷顔の男は、ここで口唇を釣り上げ、笑う。
「だが、今はこの俺が騎士団を追い詰める立場だ。こ
れが新時代だ!、この俺様が洗礼者だ!奇跡を与えてくれた調停者様万歳だ!」
「それでは」
浮かれたように語る刀傷の男の話を傍らで聞き流しながら、長髪を風雪になびかせつつ、マフラーを口元まで引き上げると、刀傷の男の言葉を否定も肯定もしなかった。
旧時代では対照的な生き方をしてきたが、この新時代に調停者から授かった能力も、新時代を待ちわびていた渇望も、今、果たすべき使命も全く同一であったからだ。
「・・・ならば騎士団相手に遅れはとらないことだな」
マフラーを口元まで巻き付けた長髪の男は、冷たい視線を正面に向けたまま、注意を促す。
「あん?」
その視線の先には、赤銅色の鎧に身を包んだ騎士が、砦を背に長剣を構えていた。
「一歩も先には通さない、という訳ですか」
「ケッ、騎士様ってヤツはどいつもこいつも胸くそ悪い」
同時に対照的な二人の掌に光が灯る。
鋼ですら焼き付くす、炎熱の白刃が、それぞれの右手と左手に。
「奇跡よ、我が前に示せ!」
「奇跡の前に砕け散れ!」
一旦切ります - 6: 拾郎:2016/01/06 18:24 No.17
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④
白熱の光球は二条の奇跡を描いてキンラーセンに迫る。
「狙い撃ちができるだけでも・・・」
少しはやるようだ。
キンラーセンは口髭の下で呟く。
ベルザインにより‘洗礼者’となったものは、多種多様な‘奇跡’を授かる。
だが、キンラーセンの5年に及ぶ‘洗礼者からの残党狩り’を退ける日々を送った経験上、その‘奇跡’を使いこなす者はごく僅かであった。
かつて、異端審問官は厳しい訓練を積み、強力な力を秘めたAF(アーティファクト)を授かった。
錬金術師は、学院において理論と心理を習得し、錬金術を習得した。
『ただ、望んだから』というだけで、ベルザインにより‘奇跡’を授かった者の多くが、その‘奇跡’に振り回され、『強大な力を持った素人』が大量に生み出された。
力を持つ者には責任が伴う。
力を持つ者には覚悟が伴う。
‘洗礼者’には、そのどちらも不足している。
異端審問官も錬金術師も、絶え間ない研磨・修練の果てに、力を得て、責任と覚悟の元に行使してきた。
もちろん、鉄道騎士団もだ。
「おおおっ!」
肺のそこから覇気を纏った咆哮をあげ、両手を顔前で交差し、両足で大地を踏みしめ、二対の光球を受ける。
炸裂。
衝撃。
爆音。
炎熱が面頬から露出した頬を焦がし、降り積もった雪を大量の水蒸気に代え、土砂を巻き上げた。
キンラーセンも衝撃の代償に両腕に痺れが残るが、構わず走る。
全身を覆う赤銅色の甲冑は、鉄道の蒸気音にも似た駆動音と共に、水蒸気の噴煙を切り裂き‘洗礼者’達に対し距離を詰めた。
「・・・なるほど、これが灼熱伯が纏う‘聖ナタリアの鎧’」
「ケッ、これ見よがしに正面から受け止めて、‘火は効かぬと心得よ’てか!?舐めやがって!」
間合いを詰めるキンラーセンに対し、左右に分かれて後退した‘洗礼者’は、感嘆と侮蔑の声を漏らす。
「・・・続けるか?」
長剣を構え直したキンラーセンの鋭い眼光が、二人に対し突き刺さる。
その赤銅色の鎧の表面は赤く輝き、関節からは白い蒸気が立ち上っている。
- 7: 拾郎:2016/01/06 18:36 No.18
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⑤
「クソが!調子にのるなよ!」
噛み付きそうな視線を向ける傷顔の男を押さえるように、長髪の男は一歩だけ歩を進める。
「流石は音に聞こえた鉄道騎士キンラーセン殿。改めまして、私はジグ・ブライト、向こうはジョング・フェス。当人は‘傷持ちの(スカーズ)’ジョングと呼ばれる事を好んでいるようです」
ジグと名乗った長髪の男は、血気に逸る‘傷持ち’ジョングを抑えるように、落ち着いた名乗りを上げる。
その口調と物言いからは、上流階級育ちである事が伺えた。
「‘聖ナタリアの鎧’が貴公等の能力に耐性がある、と知ってまだ続けるか」
「僭越ではありますが・・」
マフラーの奥から自信に満ちた声を上げると、その右掌に光球を灯す。
その数、一つ、二つ、さらに三つ。
「今の貴方では我々には勝てません」
「数を増やしたところで・・・」
キンラーセンの言葉を無視するように、三つの光球が細くよじれ、‘矢’に似た形状へと変わる。
「‘奇跡’よ、我が前で穿て!」
ジグ・ブライトの右掌から放たれた、三本の‘矢’の初速は、先ほどの光球の速さを遥かに超えていた。
「ぬうっ!」
対応が遅れたキンラーセンの左腕、それも‘聖ナタリアの鎧’が機能を失い、赤錆に似た色を浮かべた箇所に‘矢’が立て続けに突き刺さる。
-初手の時点で、‘聖ナタリアの鎧’の不備を見切っていたのか?
留具の一部が弾け飛び、僅かに後退したキンラーセンに対し、‘傷持ちの’ジョングが喜悦を浮かべ眼前に迫る。
「どうした!騎士様よ!」
その左掌は、握った拳の包むように炎熱の光を纏っていた。
「奇跡で潰れろ!」
-ドンっ
キンラーセンが長剣を構え直すよりも早く、胸部装甲に叩きつけられた拳が爆ぜる。
その熱ではナタリア鋼は傷つかない。 だが、その衝撃はキンラーセンの呼吸を一瞬とめ、背骨にまで伝わるほどの衝撃を鎧越しに伝えていた。
熱による攻撃ではなく、衝撃により‘殴り殺す’つもりだ。
体勢を立て直そうとすると、二撃目の‘矢’が左膝へと突き刺さる。
今度は整備不良箇所ではなかったが、思わず片膝を付く。
間髪置かず、再度光球を左手に灯した‘傷持ち’が、頭部を狙い拳を振るう。
辛うじて剣を振るい、牽制する。
その剣を弾こうと、突き刺さる‘矢’。
直後に迫る‘拳’。
独自に変化させた‘奇跡’と、独自のコンビネーションによる連撃。
完全に後手に回った形だ。
-押し切れる!
キンラーセンの背筋に冷汗が流れた直後、爆発が起り雪と土砂が舞い上がった。
キンラーセンを援護した爆発であったのだろう。
火薬の硝煙が充満し焼け焦げた匂いが積雪の森林に充満している。
爆風による‘洗礼者’の牽制、しかも大木を利用し、キンラーセンが直接爆風を浴びる位置に着弾させている。
砦に残った支援隊によるものではない。
砦にはここまでの火力を持った砲弾も、この吹雪の中正確に着弾させる技術を持った射撃手もいない。
「くえっ!なんだ、誰が邪魔しやがった!」
爆風で舞い上がった土砂をまともに浴びた‘傷持ち’は、泥交じりの唾を吐き出し喚く。
「まだ、これだけの戦力が残っていたのか」
自ら後方に跳ぶ事で爆風の影響を最小に抑えたジグ・ブライトは、乱れた長髪をかき揚げると砦より歩みよる人影を確認する。
右手には小型の楯と一体型の重火砲。
銃口から硝煙が上っている事から、先ほどの支援射撃の主と見て間違いないだろう。
あれほどの重火器を持ちながらの精密射撃、かなりの腕だ。
だが、それよりも。
ジグ・ブライトは、露になった人影に視線を奪われる。 すき切れた漆黒の神父服。
そして首からさげた銀色の輝きを放つ泰山木の花が刻まれた聖印、すなわち異端審問印(マグノリア)。
間違いない。
「異端審問官!」
「遅くなり申し訳ありません、キンラーセン隊長」
傍らに立った青年神父は顔を覆うゴーグルを金髪の上に上げると、キンラーセンに手を差し伸べる。
「そうか、昨日ジェームスが連れて帰ってきた‘遭難者’は・・・」
「ええ、僕です。・・・鉄道騎士団に命を救われたのは、これで二度目ですね」
青年の顔に笑みはない。
だが、微笑みを向けられているかのような不思議な安心感があった。
その眼差しは、キンラーセンの記憶にある少年のものと完全に重なった。
差し出された手を握ると、キンラーセンにも力強く立ち上がる。
「ならば、お前と共に戦うのもこれで二度目だ、キールベイン!」 - 14: 拾郎:2016/01/07 19:20 No.28
-
⑥
~◇~◇~◇~
「こんなはずはねぇ、・・・俺は、‘洗礼者’だ。‘奇跡’を使えば、喧嘩で負ける事はねぇ」
うわ言のように呟きながら、‘傷持ち’は、叩きつけられた雪原から上体を起こそうとしたが、力がはいらない。
一撃必殺を狙ったはずの炎熱球の拡散の‘奇跡’。
だが、その動きは完全に読まれ、炎熱球の射出と同時に対峙した審問官より投げつけられた‘楯’に防がれ、至近距離で自ら放った炎熱球による強烈な熱風と閃光を浴びる事になった。
閃光と爆風により目が焼かれ、視力の回復もままならない。
-限界。
-敗北。
‘奇跡’の力をいくら放とうとも、捉える事ができない異端審問官の前に、そんな二文字が浮かぶ。
だが、冷たい雪の感覚が、かつて「街をシメていた」頃の屈辱の光景を強制的に思い出させる。
発端は、酒場でのつまらない喧嘩や、ケチな窃盗や、ちょっとした恐喝だった。
圧倒する事で味わう、スリルバレーと興奮。
そして満たされる自尊心。
だが、必ず最後に現れた騎士団により捕獲され、冷たい敷石の路上に押さえつけられた。
そして放りこまれる先も決まって冷たい石牢だった。
「それ以上は動かないで下さい。・・・今手当てします」
若い異端審問官の声が現実に引き戻す。
慈悲か?
哀れみか?
勝者の特権か?
「ふざけるなぁ!」
絶叫とともに全ての力を左掌に集中させる。
呪詛にも似た屈辱の記憶を吐き出そうと、こぼれ掛けた栄光の日々を掴もうと、残った力の全てを集まる。
掌に灯る白球の輝きが強くなるのに反比例し、髪が白髪化し、体表からは生気が抜け、特徴的な顔の傷でさえも皺で覆われていく。
「いかん!」
「撃つな!」
視力は回復していないが、忌々しい鉄道騎士と異端審問官がいる方向は焦りを帯びた声から判別できる。
重い体を支え、立ち上がるのも苦にはならない。
この一撃で、惨めな過去と決別し、栄光の日々を、新たな世界がつかめるのだから。
「これが俺の‘奇跡’だぁ!」
絶叫と共に、左手の特大の白熱球を放つ。
直後、巨大な爆発が起こった。
「・・・愚かな」
「・・・」
キンラーセンは呟き、キールベインは無言で十字を切った。
‘傷持ち’の最後の一撃は、付近の巨木に直撃した。
薙ぎ倒された巨木からは枝葉に積もった大量の雪が落ち、周囲の木々からへと連動する。
結果、‘傷持ち’が立っていた緩やかな斜面に大量の落雪が殺到し巨大な雪崩となり、‘傷持ち’自身を飲み込み、白い噴煙と共に消えていった。 - 15: 拾郎:2016/01/09 01:18 No.47
-
⑦
僅かな感傷に浸る間もなく、放たれた白熱の‘矢’が、二人を戦闘に引き釣り戻す。
「もう起きたか」
「あの傷で、動きますか?」
昏倒していたはずのジグ・ブライトは朦朧とする意識の中、'矢`を放ち続ける。
`傷持ち'が倒されるよりも早く、接近を許した異端審問官に右腕を捕まれ、肘を砕かれた。
続いて、キンラーセンの長剣の柄による一撃を鳩尾に受け、悶絶した。
だが、ここで終われない。
終われるはずがない。
鮮やかな長髪も、マフラーも、刺繍の施されたコートも、戦闘により飛び散った炭化した木片と泥土、そして自らの嘔吐物によりひどく汚れている。
折れた右肘を左手で支え、'矢`を放ち続ける。
「今更、異端審問官だと!ふざけるな!」
「あやつ、このままでは死ぬぞ」
岩陰から一歩を踏み出そうとするキンラーセンを、擦りきれた革手袋を嵌めたキールベインの右手が制した。
「申し訳ありません、キンラーセン隊長。ここは、僕に任せてくれませんか?」
「・・・断っても行くつもりだろう」
強い意思を込めた口調な、キンラーセンは行けとばかりに首を降る。
「君の力を貸してもらうよ、ジャンルイジ」
岩陰から飛び出したキールベインは降り注ぐ'矢`を避けながら、右手の手袋、墓標から借りてきた至近距離専用AF「シャランサの右手」をはめ直す。
同時に手首から垂れ下がる鎖が、拘束するかのようにキールベインの手首に巻き付いた。
損傷率は高いが、いくつかの機能は確実に稼働している。
「貴様達異端審問官が破れなければ、この創世は起こらなかった!今更貴様達に、何ができる!?新たな世界で、新たな異端を狩続けるか!?」
「僕達の使命は変わらない」
正面に飛来した`矢'を右手で払い除けながら、キールベインは叫ぶ。
「法を守る、即ち!」
何度も挫折を味わっても変わらなかった。
五年前の敗北でも変わることはなかった。
異端審問官を志した時から変わらない最初の思いを叫ぶ。
「アスガルドに暮らす全ての人々の平穏を守る!」
正面に位置したキールベインの眼差しを受け、ジグ・ブライトは震えた。
その震えが怒りか、それとも別の感情なのかは濁った精神では判断出来なかった。
「ならば、お前の自身を救ってみろ!」
掌には槍にも匹敵する'矢`
「そして・・・」
絶叫と供に投げつける。
「この私を救ってみろぉ!」
『接近戦のコツ?』
かキールベインの質問に、相棒は面倒臭いという態度を隠そうともしなかった。
『そんなもん、殴りたい所をなぐっときゃいいんだよ』
つまらないことを聞くな、と言わんばかりに無精髭を掻きながら答える。
『いつも殴れる訳ではないでしょう?そもそも距離を詰めなければ殴れません』
『そんときは、諦めるか・・・』
手にした酒を一口飲み、答えた。
『殴れる所を殴るんだ』
「`烈弾'解放!」
発生させた振動を、接触対象に伝える最も初歩的なシャランサの右手の能力を発動させると、キールベインは前方の地面に拳を叩きつける。
衝撃で津波の様に隆起した雪と土砂が、ジグ・ブライトを飲み込んだ。
「救うつもりです。貴方のことも」
今度こそ気絶したジグ・ブライトを雪の下から引き上げながら、キールベインは自分に言い聞かせるように呟き、空を見上げた。
灰色の雪雲からは太陽を望むことはできなかったが、吹雪はいつの間にかに止んでいた。
「そして、このアスガルドも」