前段
・付近の街が洗礼者の支配を受け、子供攫いが横行している、との情報を入手したキールベイン
・事件解決のため、キールベインは洗礼者の支配地域の情報を持つジグ・ブライトに協力を求める。
・ジグ・ブライトは、「任務失敗の際には、キールベインの首を差し出す事」を条件に引き受けるが・・・
【転フェイズ】
揺れる川辺を見ながら、水面に伸びた桟橋に佇む桟橋ジグ・ブライトは手にした金属製のマグカップに少量の『奇跡』を示す。
瞬間、炎に包まれ一瞬で熱せられたカップに、水筒から紅茶を注ぐ。
白い湯気と同時に広がる香を楽しみながら、ジグ・ブライトは『奇跡』の力を噛み締める。
いつでも、熱いお茶が楽しめる。
これだけでも『洗礼者』になった価値はあると思っている。
「遅かったな」
紅茶を一口啜った後、桟橋に姿を見せた神父服姿の青年に労うように声をかける。
急いで来たのであろう、両肩で荒い息をついている。
「捜していた洗礼者は、既に船で出ていたよ。連れ去られたガキ供と一緒にな」
紅茶をさらに一口啜る。
「賭けは私の勝ちでいいな、『私はお前に協力する。お前が任務に失敗した際には、私に首を差し出す』。神に宣誓までした言葉だ。卑しくも聖職者が、宣誓を保護にしたりはしないよなぁ?」
紅茶を飲み込んだ白い咽がククッと揺れる。
賭けの内容は、金髪の異端審問官から言い出してきた事だ。
ジグとしても、年若い異端審問官が素直に自害する事を期待していた訳ではない。
だが、この優等生顔をした異端審問官が、どんな言い訳を並べて取り繕うのかは興味があった。
だから、敢えてジグの知りうる一部の情報しか提供せず、一部の探索にしか協力しなかった。
さて、どんなもっともらしい美辞麗句で言い訳をする?
「僕の首は差し上げます」
異端審問官が切り出した答えは、予想とは違っていた。
「ただし、洗礼者を捕らえ、子供たちを取り返してからです」
その目には迷いがなく、言葉にも淀みがなかった。
「お前!?」
「ここから出たのであれば、到着は下流のサンラーグの街かベイル港のどちらかです。雪上船を使えば、先回りできます」
不可能だ。
いや、限りなく不可能に近い。
だが、青年は神父服を翻し、雪上船の係留場所に向かおうとしている。
「・・・いい加減に」
その背中に何か言おうとして
「いい加減に諦めろ!」
胸の奥に溜め込んでいた、本音が出た。
「今から間に合う?
はっ、無理に決まっている」
「この季節なら、夕方から夜半にかけてヘルデ山脈から西風が吹き下ろします。逃がさないように帆を張れば不可能とは言い切れません」
「追い付いてどうする?相手は上級洗礼者だ。複数の『奇跡』を同時に使うぞ?」
「それは」
「倒したとしてもどうする?同様の、いや、それ以上の力を持つ洗礼者はまだまだいる。調停者ベルザイン相手に何が出来る?お前たち法王庁の残党共は、とっくに詰んでいるんだよ!諦めろ、いい加減諦めろ!」
以前の私みたいに。
最後の言葉は、辛うじて飲み込んだ。
「・・・諦めてますよ。とっくに」
青年からかえってきた答えはまたしても予想とは違っていた。
「昔から言われてました。僕には『何かを為すために何かを捨てる覚悟がない』と。覚悟もない人間が異端審問官に馴れるはずがないと。つまり、何かを得るには何かを『諦める』ことが必用だと。」
淡々とした口調に僅かに寂寥が混じる。
「実際に見習い時代に死に直面することもありました。死ぬのは怖かったですけど、片方を諦めることは出来なかった。その瞬間、分かったんです」
「僕は『諦めることを諦める』事にしたんです」
「無理だなんて言わないで下さい。まだやれる事は残っています。子供たちは助けます。アスガルドは秩序のもとへと戻ります。その前に調停者ベルザインが立ち塞がろうとしてもです」
「・・・呆れた馬鹿だ」
「懐かしいですね。友人にも良く言われました。」
「いいだろう。もう少しだけ付き合うよ、お前の馬鹿が何処まで続くか見届けてやる」
納得した訳ではない。
だが、若い異端審問官のあまりに稚拙な、そして混ざりけのない想いを乗せた言葉に、胸の支えが洗い流されたのも事実だった。
「ご同行してくれるんですか?」
「ついて行かなければ、首を貰えないからな」
そう言うとジグ・ブライトは異端審問官キールベインと並び、雪上船へと向かった。
【クライマックスフェイズ】
「ぐっ!」
『水の大蛇』にも似た水流の直撃を受け、キールベインは石床に叩きつけられる
水流を放った聖別者は、薄い唇を歪めと笑った。
「没落を理由に家名を剥奪された、名門ハーグベルツ家が、三十年降りにこのサンラーグ地方に帰任した。
統治すべき血筋が、統治すべき土地に帰ってきたのだよ。」
アスガルド半島北部丘陵地帯の中心部、サンラーグの街。
その『領主の館』は、大理石で彩られた白亜の建造物だった。
天井まで支える幾つもの柱は、表面に施された精密な彫刻から水が流れている。
水路は館全体に張り巡らせており、壁も床も至るところから流水が溢れていた。
いずれも三年前に『赴任』した新領主が自身のために新たに建造したものだ。
「調停者ベルザインにより、我が血筋の正統性は示された。
法王庁により不当に奪われたハーグベルツ家の名誉はここに回復したのだよ」
「そうかい!」
靴の踵まで濡らしたジグ・ブライトが、長髪を振り乱しながら右手を振るう。
白手袋で覆われた掌から出現した『炎の矢』が、領主=フォルク・ハーグベルツを襲うが、着飾ったその痩身に届く寸前、足元に滴る水が壁となり、炎の矢を防ぐ。
「・・・二重洗礼者の自律防御『奇跡』か」
ジグ・ブライトは眉を歪めて、舌打ちをする。
これで、三度目。
繰り返してきた攻撃は、如何なる手段であろうと館中に張り巡らせた水が鉄壁を成す
「下浅の身では命乞いの作法すら知らないと見える。
調停者より授かりし、『水流』と『堅牢』。
二重洗礼を受けた我が身にとって、触れる水総てが鎧であり、武器である。
この『奇跡』の前では、いかに優れた戦士であろうと、我が身に触れる事は出来ない。
すなわち、新時代においてこの『奇跡』を授かった事こそが、正統な血筋に連なる領主の証なのだよ」
「貴方は領主ではない」
隠そうともせず高笑いをするフォルクを、静かな力強さを込めた声が制した。
「・・・馬鹿が、なぜ立ち上がった?」
舌打ちしジグ・ブライトは、後方から歩みよるキールベインを睨み付けた。
その静かな、だが力強い歩みを見て思わず道を譲る。
「民人が君主を立たせる。貴族を持ち上げる。
だから、領主には義務が付きまとう。
治め、守り、導くという重く、尊い義務が。
貴方は収まる器じゃない。
力で奪い、領民を縛りつけ、自領の子供たちを実験材料として献上し、独りで立っているだけで、民人から尊厳を奪い、恐怖で縛る。
・・・そんな領主がいるものか!」
「だっ、黙れぇ!」
無数に放たれる『水撃』を右手に填めた『シャランサの右手』で弾きながら、走りだす。
「だが、我が身に攻撃を与えるようにも・・・」
水壁が防ぐ、と言おうとしてキールベインが、腰袋から弾薬を放った事に気づく。
重火器用の拳ほどの大きさもある弾丸が、『優しく』弧を描き、フォルクの足元に転がる。
同時にキールベインが身を屈めると、その頭上を掠め飛来した『炎の矢』が弾丸を直撃する。
屋敷を揺るがす程の、轟音と爆発。
足元からの爆風に対し、水壁が自動展開し爆風を防ぐが、その衝撃で天井近く吹き飛ばされる。
「まさか!?」
「触れる水総てが鎧であり武器、だったな。遠慮なく使え」
驚愕の叫び声を上げるフォルクに対して、ジグ・ブライトは酷薄な笑みを浮かべ、炎の矢を放つ。
「空中で『触れる水』があるものならな!」
【エンディングフェイズ】
「浮かない表情ですね」
「・・・誰のせいだと思っている?」
「誰のせいだなんですか?」
「・・・殺すぞ」
「お前が気にくわない」
「最初に協力をお願いしたときにも聞きました」
「そのお前の意図を理解し、攻撃を合わせたあの館での自分も気にくわない」
「そこは、許してあげたらどうですか?」
「・・・殺すぞ」
「でも、貴方のおかげですよ」
「何?」
「子供達を無事に救い出す事ができました」
「フンッ!」
「と言う訳でお別れです。貴方の協力は生涯忘れません。今後も健やかにお過ごし下さい」
「待て」
「待ちましょう」
「お前の首をまだ貰ってない」
「そこは・・・『任務に失敗した時は差し上げる』と>>71でもありますし」
「『アスガルドに秩序を取り戻す』とも、>>71で言っている」
「・・・言ってますねぇ」
「お前の任務を見届けてやる。失敗したら首を貰う」
「それは・・・」
「聖職者が約束を反故にするのか?」
「いえ、嬉しいですね。それなら貴方と最後まで一緒に旅ができます」
「・・・殺すぞ」