「春に花を咲かせるには・・・」
ルナン・クライトスは、荒れ果ててた城の中庭の一角で、鍬を振り卸しながら、 語る。
「良い種を、良い時期に、良い土に撒くところから始まる。良い土は、よく耕すことと適度な水、そして養分が必要だ」
「園芸の話はどうでもいいけどさ」
手慣れた手つきで鍬を振るうルナンに、呆れたような視線を向ける少年が口を挟む。
年の頃は15、6。引き締まった身体を修道服で包んでいる。
短く揃えた茶色の髪、知性と野生が同居する瞳、そして物怖じしない口調からは生意気盛りである事が伺える。
「俺を呼びつけたのは、『教会』の外で『異端審問』をやらせてくれる、て話なんだろ?」
「・・・察しがいいな」
ルナンは大きく鍬を振り卸す。
「そして、まだ良い土を作る段階だ、と言う話はでもある。私の言っている意味がわかるな、エムレ・ゼラード?」
「種を撒く時期を逃すと、咲くはずの花も咲かないんだぜ、ルナン課長」
「ならば、次の季節を待てばいい、待てることも立派な才能だ」
「今まで何度も待ってきたさ。でもみんな帰って来なかった。先生も、クソ親父も、戻って来なかった」
ルナンが統括している『北の教会』の中でも、エムレは若手ながら優秀な戦闘能力を有している。
少年の頃に異端者に育てられ、異端者が討伐された後は、罪人として第五課審問官ウーベ・ゼラードと供に様々な聖務に望んでいた。
その功績により、罪人としての刑期を恩赦された後は、ウーベ・ゼラードと養子縁組をし、異端審問官を志した。
少年の頃から、いくつもの修羅場を潜っているため、その年令に不釣り合いな程の度胸、判断力、戦闘能力を供えている。
『北の教会』での実績は著しく、先日も襲撃を仕掛けてきた洗礼者三人を相手に、撃退する活躍を見せた。
だが、
「俺だっていきなり聖都に向かうような事はしないさ。偵察でも買い出しでも何でもいい。第七教区、せめて第八教区までいかせてくれよ」
自惚れの一言で切り捨てるのは酷だ。
エムレは自身の経験も踏まえた上で、自分に出来る事をやろうとしている。
だが、現在『北の教会』に襲撃をかけてくる洗礼者は、小物に過ぎない。
実力を秘めた洗礼者は、二年前のあの日以来、片翼鷲を打つために機会を伺っている。
同時にそれは『北の教会』にとっても、ライナスによりもたらされた貴重な準備期間だ。
続く
- 35: 拾郎:2016/01/15 20:01 No.83
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②
「キールベインさんから、鉄道騎士団の生き残りと合流したって報告があったんだろ?鉄道騎士団だぜ、あの灼熱伯だぜ?種は自分て撒くだけじゃない、庭の外にも芽がででいるかもしれないじゃないか」
上手い事を言う。
こちらのプライドを擽る言葉にも感情的になることはなく、説得に必要な情報を絡めて反論してくる。
一瞬感心したルナンだが、次の一言で凍りつく。
「だから、『異端者』達に遠慮する事はないんだ」
洗礼者、さらには調停者ベルザインでさえ『異端者』と呼ぶのは、『北の教会』の指導者であるライナス・バルグが結成以来続けている。
法王庁は依然健在であり、ベルザインですら異端者の1人に過ぎない、というスタンスだ。
ライナスには複数の意図があり『異端者』という言葉を使用している事は、五年間補佐してきたルナンには分かっているが、若いエムレはその一面のみしか捉えていない。
「条件をつけよう」
ルナンは手にした鍬をエムレに向ける。
「私からこの桑を奪えれば、お前の希望を叶えよう。時間は次の定刻の鐘がなるまで、私以外に被害をださないのなら、武器の使用も許可する」
エムレは素早く動いた。
実践で育ってきたエムレにとって、判断の速さこそ最大の武器だ。
右手を腰から下げた銃型AF『ケルベロス』に伸ばす。
養父ウーベ・ゼラードからエムレへと受け継がれた三種複合型AF。
「ただし、」
鍬の柄が、銃底をつかみかけたエムレの右手を打つ。
「私も反撃するがな」
「だと思ったぜ」
エムレにとっては『ケルベロス』を抜こうとして見せたのは、ルナンの注意を引き付ける為のフェイクに過ぎない。
二手目に移ろうとして、その脚が止まった。
いつからいたのか、視界に入ったのは中庭を見下ろす壁の上で、杖をつく初老の男。
銀フレームの眼鏡の奥からの鋭い視線に射抜かれ、エムレは動く事が出来なかった。
「・・・ライナス課長」
「エムレ・ゼラード」
片翼鷲の呼び掛けに全身が震える。
「は、はいっ!」
「貴官に聖務を与える」