『北の教会』が拠点としている古城から雪走馬車で一時間。
小高い山の中腹で馬車が止まり、二人の人影が馬車から離れる。
一人は御者席より降りたライナス・バルグ。
もう一人は、深い皺と白髭を毛皮の防寒着で包んだケステ・ジャイム。
中腹の雪に覆われた岩をライナスが手にした杖で三度叩く。
数秒後、岩が僅かな鳴動と共に移動し、地下へと通じる階段が現れた。
「・・・お待ちしておりました。ライナス様」
簡易的な証明の灯る階段の入り口で出迎えたのは、一体の自動人形。
女性型ではあるものの、膝、肘、首の各関節は接続部が剥き出しになっており、体表も硬質な陶器のような光沢を放っている。
『黄昏の時代』の非戦闘型自動人形だが、『教えた事は確実にこなす』使い勝手の良さから、数多く生産された。
「・・・こちらへ」
自動人形の導かれるまま、地下へと通じる階段を下っていく。
「異端審問局の課長時代も現場に出ることはほとんど無かったが・・・」
防寒着の雪を払い、樫の杖で足場を確保しながら進むケステは、前方を歩くライナスを追った。
「まるで異端者の隠れ家じゃな」
冗談とも本気ともつかないケステの呟きに、鉄の杖の突き階段を下るライナスは答えなかった。
木の杖、鉄の杖。
二本の杖が繰り出す異なる音階が、相互に地下階段にこだまする。
五分ほど階段を下ると、巨大な空間へと到着した。
「・・・ふむ」
ケステは髭を震わせて、唸った。
大聖堂に匹敵する広大な円筒状の空間。
壁面に埋め込まれた蒼灯石が発する淡い光に照らされた円筒の内側には、均等な間隔で足場が組まれ層が三層であり、吹き抜け構造の塔の内側に似ている。
自動人形に案内された二人はその三層目、つまり『塔』の最上階に該当する階に立っていた。
「異端者の隠れ家どころか・・・」
足場の縁に立ち階下を覗き込むと、地下からの吹き上げる風がケステの髭を揺らす。
「英雄譚に出てくる邪教の神殿ではないか」
各層の床材・壁材に練成印を固定化・安定化を促進するヤドリ木の木材で構成され、‘六角の蚤’で彫られた円筒の内側を一周する練成印。
天上部からは滑車で吊るされた大人の身長ほどの二対の灰色の円柱。
最下層に刻まれた幾何学模様の三重の円状練成陣。
各階層には案内した個体と同型のオートマターが練成印の点検・確認を実施している。
「この年寄りに再び歩くきっかけをくれた、あの少年に、エムレ・ゼラードに感謝しなければならないな」
後方のライナスに振り向いたケステの目には、好奇心の光が灯っていた。
「‘積層型多重連成陣’。ワシの人生の中でも、これでだけ巨大なものを見せてもらうのは初めてじゃ。・・・・長生きもしてみるものじゃな」
「ケステ司祭に宣誓して頂きたい事は2つ」
鉄杖をつきながら、ライナスがケステの隣に歩みよる
「‘これから行う実験の立会人となって頂く事’。そして、‘その内容を一切他言しない事’」
「宣誓しよう。先の内容を神の名において、我が生命をかけて必ず守る」
異端審問局に属する者なら、誰もがその重さを知る‘宣誓’。
慎重主義者のライナスらしい。
だが、そのライナスがケステをここまで招き入れた意味を考えると、震えが走る。
知的好奇心、すなわち武力を持たないケステを知の守護者として異端審問局課長として押し上げた原動力が、ケステを奮わせる。
「さあ、何を見せてくれるか、ライナス・バルグ」
続く
- 131: 拾郎:2016/02/17 18:09 No.403
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②
「・・・始めてくれ」
ライナスが最下層へと呼びかける。
各層の自動人形は退避路へと身を寄せ、壁に埋め込まれた蒼光石がその光量を落とす。
間もなく『塔』の内側は闇に包まれた。
「むっ?」
暗闇に戸惑うケステの目が、最下層の練成陣の中心に人影が歩みよるのが辛うじて判別出来た。
「・・・ようやく」
ライナスが嘆息にも似た呟きの中、最下層に明かりが灯る。
練成陣の中心に立った人影を中心に床に刻まれた練成印が輝き出す。
「・・・まさか」
床一面に刻まれた練成印の発光により照らし出された人影は赤い布で全身を覆っていた。
「‘レニスの赤布’か?」
錬金術及びAFのよる発生事象の90%を無効化させる最強の耐呪繊維で全身を覆った人影は、錬金術師の証である練成補助印が刺繍された白手袋で包まれた両手を練成陣の中央で頭上に掲げる。
ブオンッ。
最下層の練成陣が徐々に発光を強めると、二層目の練成印も微弱な発光を開始する。
二層目の光が満ちると、ライナスとケステが立つ三層目も、暗闇を照らす光で満たされた。
「ケステ司祭」
積層型多層練成陣全てが発光を開始するのを見届けると、ライナスは懐より二組の懐中時計を取り出し、その一つをケステに手渡す。
二つの時計は全く同型。
秒針が正確に同時に時を刻んでいる。
「どういう・・・」
意味だ。
ジャラリッ!
問いかけは天上から吊るされた二対の円柱を降下させる鎖の音に中断させた。
続く - 132: 拾郎:2016/02/17 18:44 No.404
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③
三層目の錬成印が星座版のように、回転を始めていた。
回転に合わせ個々の錬成印も刻々と書き変わる。
回転の速度は徐々に上がり、やがて唸るような音と共に、三層目の錬成印は全て二対の石柱に吸い込まれていく。
ごぉん!
最下層の赤布の人影が両手を振り上げるのと同時に、空間が震えた。
ジャラリッ!
二層まで引き下げられた石柱自体が回転し、発光ていた。
三層目より速い速度で回転していた二層目の錬成印は、即座に石柱に吸い込まれていく。
ガッ!
石柱の高速回転に耐えきれず、鎖が切れた。
最早光の円筒となった石柱は最下層の赤布の人影の両脇に落下し、突き刺さる。
バチッバチッ
錬成印が放つ余波に耐えきれず、壁、天上のヤドリ木の木材が剥がれていく。
「そのための、レニスの赤布か」
床と円柱に間に立つ赤布の人影は、溶鉱炉に身を晒しているようなものだ。
レニスの赤布は耐熱服となり、術者を保護している。
まばゆい光と呪力の渦のなか、両手を光の柱に宛て、詠唱を唱えあげた。
-一なる全
-全なる無
-無なるものは真理に通ず!
二対の円柱の先端を結ぶ空間に、亀裂が入った。
ゆっくりと目を空ける巨人の目のように、亀裂は徐々に拡がっていく。
亀裂の間からは、強烈な圧迫間。
最下層の錬成陣が、その負荷に耐えかねたように、内側から弾け飛んでいく。
「ライナス!」
-止めさせろ
そう叫ぶ、つもりだった。
だが、横に横に立つライナスを見たケステの口から出てきたのは、別の言葉だった。
「・・・何をしている?」
「最後まで立ち会いを、頼む」
鉄杖を放すと、ライナス・バルグは、三層目の縁より最下層の亀裂に向かって、飛び降りた。
「ライナス!」
ケステの叫びは轟音により書き消される。
最下層の三重の円陣が弾け飛び、全ての光は回転する光柱に吸い込まれていく。
ライナスが亀裂に飛び込むのと、光柱が急速に回転を止め、亀裂が閉じるのは同時にだった。
パサリ、亀裂の消滅により切断されたライナスのコートが、暗闇の空間に静かに落下する。
続く - 133: 拾郎:2016/02/17 23:02 No.408
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④
浮遊感。
落下に伴う風圧。
亀裂に近づくにつれて、皮膚の表面がチリチリと焼ける感覚。
そして閉じ行く亀裂へと飛び込んだ後には、ライナスの一切の感覚が消滅した。
そこは漆黒の闇だった。
前後も。
左右も。
落ちているのか。
上がってあるのか。
全てが認識不可能な完全な闇。
直後に闇は広がり広大な空間となった。
天に上るかのような。
星空に浮かんだかのような感覚。
知覚すら出来ないほどの広大な空間に、何かが煌めいている。
認識しようと意識を向けると、『自分の背中』であることに気づいた。
夢の中のような感覚が、現実に戻る。
ライナスが見た、自分の背中は、三層目の縁より亀裂に向かって飛び込んでいった。
「ライナス!」
隣に立っていたケステが、下層部を覗き混みながら叫ぶ。
そして、『自分の背中』を目撃したライナスは、自分が飛び込んだ位置に『落下』した。
同時に『飛び込んだライナス』は、消滅直前の亀裂に落下し、直後に錬成陣は瓦解。
石柱も光を失い、『塔』内部は、即座に闇に包まれる。
「ケステ司祭」
膝だちの姿勢で着地したライナスは、自分が手放した杖が倒れる直前で手に取り、立ち上がる。
「時計を・・・」
自分も懐から懐中時計を取りだし、呆然とライナスを見つめるケステに、時間確認を促す。
その誤差、二秒。
先程、ライナスは二秒前の自分の背中を見ていた事になる。
「立ち会いの感想を、お聞かせ願いたい。」
「取りあえずは・・・」
ケステは髭をツルリと撫でた後に答えた。
「年寄りの寿命を縮めるようなまねはやめてもらいたい」
「他には」
「2つ、分かった事がある。一つは時間遡行は成功したこと。もう一つは、同時刻、同空間に同一人物が存在出来ること。これはお前さんの計画にとって重要な前提条件、即ち前進じゃ」
幾分落ち着きを取り戻したケステは講義する。
「前進。・・・これだけの多層構造錬成陣でも、二秒しか前進しなかった」
「それがどうした。『アニエスの遺産』が実証された以上、遡行時間の延長はいくらでも考察は可能じゃ。ライナス・バルグ、お前さんはこのアスガルドで誰よりも・・・」
ケステは、シワだらけの顔に更にシワを増やしながら言う。
「ベルザイン打倒に二秒分、近づいておる」
ケステの言葉にライナスは眼鏡をかけ直し、歩き出す。
「やはり貴方に立ち会いを頼んだのは正解立ったようだ、'静老師`ケステ・ジャイム」
「・・・今さらその呼び方はよせ、'鉄翼鷹`」
「もう少しお付き合い頂きたい。」
「分かっとる。実験結果を検証するのじゃろう。まずは、二層目の錬成印の構造からじゃな。集束タイミングが早すぎた」
「それについては・・・」
ライナスは崩れかけた足場より、最下層に視線を送る。
「術者本人に確認するのがいい」
崩れた石柱の間で、焼け焦げたレニスの赤布をほどいた人影が、こちらを見上げている。
その素顔を確認したケステは、今度こそ驚愕の声をあげた。
「お、お主は!?」
取りあえず完 - 134: 拾郎:2016/02/17 23:17 No.409
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解説
三行で言うと、
『タイムベントの実験は成功した』
『このあとは、タイムベントの出力を上げて、遡行可能時間を長くする方法を思考錯誤する』
あれ、二行でまとまった。
とにかくタイムベントは『超燃費の悪いクルマを動かす』ようなものなので、
第一部中盤は、PCはライナスから『(タイムベントの出力上昇に役立ちそうな)AFの探索、または奪取』を依頼される事が増えると思います。
最終的には第一部終盤で、ライナス囮作戦によりベルザインさんが補完している『動力源』を奪取し、タイムベントを発動させる構想です。
案1:『銀水晶(銀たんの内部に入っていた永久機関』
案2:『24AF(「ベルザインの子供たち」が所有しているものを奪取)案3:『聖剣インフェルノ・メーカー」「オーシャン・ディバイダー」