【小話】「覚めない夢」
その都市はかつては巨大な繊維産業とともに発展を続けていた。
だが、神聖暦から創成暦へと暦が替わり、いくつもの大きな争いが起こるにつれ、街の機能は破壊され衰退していった。
最初の争いから五年が経過した現在では、産業機能は失われている。
かつての住民達は去り、街の利権を争っていた権力者達も次なる獲物を求めて消え去った。
今では新時代の潮流に乗り損ねた者、ふるい落としれた者達が集まり、かつての大都市の残脂を啜りながら、大規模なスラムを形成していた。
都市外壁に、こびりつくように設営されたあばら家群に端を発し、新たに住み着いた住民達が迷路のような生活圏を形成していた。
ロープに吊られた洗濯物の下をいくつも潜り、打ちっぱなしの木材で壁が作られた建物、そこがこの街の典型的な酒場であった。
ひび割れた床に、黒ずんだ染み。
蝋燭の煤と、煙草の煙。
罵声と下卑た笑い声。
安酒と汗の匂い。
そこに-。
「人を探している」
良くとおる女の声に、店内は静まりかえった。
一人の女が毅然とした姿勢で店内に足を踏み入れる。
頭から被っていたローブを取ると、黒髪がこぼれ、毅然とした表情の整った顔が表れる。
ざわっ。
沈黙のあと、騒然とした客達が居場所を入れ換える。
厄介ごとを嫌うものは奧へ。
そして女に近寄る者は。
「はっ、大した美人だな、おい」
髭面の男が、酒臭い息を吐きながら、店内の中央まで進んだ女の声に前に近寄る。
同時に数名の男が、入り口を塞ぐように移動する、
「俺は誉めたんだぜ、礼ぐらい言ったらどうだ?」
男の手が、旅荷物を背負ったら女の肩を掴む直前に
「クリスタとこの街では呼ばれている、と聞いた」
店内の空気が一転する。
奧へ下がった者達は怯えた表情を浮かべる。
興味本意の冷やかしで覗いていた者達は、顔をしかめる。
そして、女の前に立った髭顔の男からは薄ら笑いが消えた。
「・・・知らねえなぁ。まあ、座れよ」
男はふたたび女の肩を掴もうと手を伸ばすが、掴む直前に女は素早く体を入れ替え、男はたたらを踏む。
「お前には用はない。クリスタと名乗る者を知っている者はいないなか!?」
「・・・舐めやがって」
充血した目付きで男が振り替えると同時に、遠巻きで見ていた数人が懐に手を伸ばした。
②
髭顔の男が振るった拳は、二度、空を切った。
黒髪の女は、左右の爪先を軸に軽く体を動かしただけで、大降りの攻撃をかわしきった。
逆に男はバランスを崩し、テーブルを巻き込み、転倒する。
さらに。
「知ってる者はいないのか?」
女は男に平然と背中を向け、酒場を見回す。
懐に片手を忍ばせた男達も、射ぬくようなその視線を浴びると、指一本動かす事はできなかった。
「・・・ふざけやがって」
男は床に這いつくばったまま、女の背中を睨みつけ、革靴の踵に手を伸ばす。
「旦那、それはまずい。野暮ですよ、野暮」
穴蔵のような酒場の一番奥の客席から、軽い口調の声が制した。
「・・・テメエか。邪魔するな、ファス」
「邪魔はしませんよ。でも、どうせやるなら、派手にいかないと・・・」
薄汚れたテーブルから立ち上がったのは、年の頃は二十二、三の若者だった。
やや、灰色がかった銀髪に、温厚な表情。
青色の上着の袖口からは、洒落たブレスレットが覗いている。
「旦那も、俺も、ボスに怒られる。そりゃ、こってりとね」
ファスと呼ばれた若者が、少し間を置いて答えた。
まるで、頭を冷やす時間を与えたかのようだ。
「チッ!」
髭顔の男は大きく舌打ちをすると、背を向けた。
「俺は飲み直す、あとはテメエに任せる」
「はい、任されました」
今度は、間を置か図に答え、銀髪の下で笑顔が広がった。
「ちょっと待ちなよ、お姉さん」
再びフードを被り、酒場から出ると大股で歩く女に、ファスは追いすがる。
「て、歩くの早いな。怒らせる事があったなら、俺が謝るから、ちょっと話を聞いてくれませんか?」
青白い月光の中、足早に歩く旅装束の女の前に回り込むと、ファスは愛嬌のある「お願い」のポーズをとるが、女は一瞥さえ残さず、先を急ぐ。
「つれないなぁ。ちょっとでいいんで止まって下さいよ、'異端審問官`のお姉さん」
石化の瞳で睨まれたかのように、ピタリと女の足が止まった。
微動だにしないその背中に、ファスは続けざまに話し掛ける。
「さっきの酒場の避け方、修捕縛術って言うんでしょ?背中の荷物の形からすると、アーテファクトは杖型か、棍型だよね。接近戦、それも打撃戦が得意みたいだね」
にこやかな笑みを浮かべて、ファスは自らが異端審問官と呼んだ女に歩み寄る。
「法王庁、無くなっちゃって大変なんじゃない?俺も似たようなものでさ、前の職場の雇い主がパーッンてなったから、この街の顔役に使いパシリとして拾って貰ったんだ。でも、給料なんて、あって無いような額しか貰えないんで、参っちゃうよ。まったく、世知辛い時代になったよね」
ファスが背後まで近づいた時、女はローブの裾を翻し振り向いた。
先程酒場で見せた射ぬくような視線を、笑みを浮かべたファスに浴びせる。
「・・・よく喋るな、`暗殺者'」
「・・・へぇ」
異端審問官の一言で、銀髪の下の笑みが、深く冷たいものへと変化した。
「何処から入手したかは知らないが、お前が異端審問官について知っている程度には・・・」
俊速で繰り出された右拳を、ファスの鼻先寸前で止める。
「私も暗殺者について知っている。臭いんだよ。お前の体から染み込んだ血の臭いが、染み出している」
「お見事、ご明察、と言いたいところですけど・・・」 拳圧で舞い上がった銀髪が額に舞い落ちた時には、穏やかな笑みが戻っていた。
「もう暗殺者は廃業しました」
「廃業?」
ゆっくりと右手を降ろしながらも、異端審問官は隙を見せない。
「割りに合わないんですよ、暗殺って。
俺が所属していた暗殺ギルドは、大商人とか上級貴族とかが対象として持ち込まれる案件が多くてね。金持ちには当然護衛がいる。一人になる時は、警護設備が整っている場所。侵入するだけで一苦労さ。
依頼内容次第では、時には人目のある場所で殺せとか、第三者が疑われるような手がかりを残せ、とか無茶振りみたいな話もあってさ。
リスクだけ大きくて、見返りは少ないんだ」
大げさに肩をすくめてみせる
「で、この混乱のご時勢のドサクサで、俺を飼ってた暗殺者ギルドが潰れたから、罪滅ぼしの手段を探索中って訳さ。・・・今はどんなに金を積まれようとも、もう人殺しはしない。信じて下さいよ」
ふざけた口調で語り、笑みを浮かべた顔とは対照的に目だけは笑っていない。
「・・・どうかな」
女は僅かに肩を揺らすと、再び右腕を突き出した。
その速度は初撃を遥かに越えている。
今度は手刀。
狙いは喉元。
「・・・おっかないなぁ、異端審問官は」
‘殺す気で放たれた一撃’が、爪先が喉の皮膚に触れる位置で止められた。
脅威的な技量。
だがその神業的な技術よりファスが感嘆したのは、女が自分の目を見続けたという事実だ。
攻撃を受けた刹那に浮かべる反応。
恐怖か、
殺意か、
動揺か、
その感情を読み取ろうとしていた。
敵意の有無を判断する、あまりに実戦的な手法。 「・・・呼び止めた用件を、手短に話せ」
再び、頭を覆うフードを外す。
路地裏の薄闇に、黒髪と美貌がこぼれた。
とり合えず、敵意無しと判断されたらしい。
「そうだった、案内しますよ」
「何?」
銀髪の若者は、何事もなかったかのように笑顔を浮かべる。
「探しているんでしょ?、クリスタさんの事を」
続く
- 157: 拾郎:2016/02/23 23:47 No.467
-
「いい人だよ、クリスタさんは。・・・さっきの酒場の連中みたいに、嫌う人も多いけど」
ヴェルマ、と短く名乗った異端審問官を、迷路のように入り組んだ路地裏を案内しつつ、ファスは喋り続ける。
「この街に住む人達は、『敗れた』経験をしてきている。ベルザインが引き起こした新しい時代の波にも乗れず、旧時代を貫く程のプライドも示せず、流され、弾かれてこの街にこぼれ落ちてきた」
路地裏を曲がると、壁にいくつもの戸板を立て掛けた通りに出た。戸板の一つ一つの裏側のスペースで夜風を防ぎ、身を丸めて寝ている男達がいた。
「俺のボスは、負け犬達が群れて、何とか生活できる基盤をかき集めて、この街の住民に分け与えた。薄汚れた生活だけど、の垂れ死ぬよりはずっもいい。よくやってるよ、ボスは」
-悪党だけどな、と付け加える
「だからこの街には汚れた仕事はたくさんある。きつく、つらい仕事だ。心を病んでしまう人間も大勢いる。・・・クリスタさんは、そうならないように、色々頑張っているのさ」
ファスの話をヴェルマは無言で聞いていた。
ひとしきり話終えるとファスも沈黙する。
暫く続く無言の行進。
やがて、「切り花の舘」と書かれた薄汚れた看板が掲げられた建家の前で立ち止まる。
土壁の三階建て。
格子戸の隙間からは、明かりが漏れている。
「・・・一つ聞いておくよ、ここがどんな店か分かるかな?」
「宿屋か?」
「泊まれることは出来るけど、少し違う」
「酒場か?」
「お酒も出すけど、オマケみたいなものさ。客がメインで買うのは・・・」
「花か?」
「・・・もういい、少し待ってて。クリスタさんが今日来ているか、聞いてくる」
ヴェルマを残して扉を開け、ファスは店内へと進んでいく。
扉が閉まる前に、派手な衣装を着た複数の女が歓声をあげてファスを出迎えたのが見えた。
ギシギシと音を立てる階段をヴェルマは登っている。
『話はつけた』と戻ってきたファスは告げ、階段を登った一番奥の部屋にいく事を指示した。
『俺も一緒にいきましょうか?』とファスは訪ねたが、短く礼を言って断った。
罠の可能性も頭をよぎったが、罠ごと潰せる自信はある。
入り口のロビーにいた派手な衣装の女達の視線は気になったが、無視して階段を登りきる。
天窓から差し込む月明かりの中、指示された奥の部屋のドアノブに手をかける。
「・・・」
僅かな間をおいて、部屋の中に足を踏み入れる。
狭い室内。
火種が弱くなった暖炉。
強い化粧と、酒、そして煙草の匂い。
備え付けの寝具の上に横たわる、裸の男女。
白い裸身を横たえた女は、ヴェルマに対し背中を向け、寝息を立てている。
一方男は、両腕を枕にして、薄目を開けてヴェルマを見つめていた。
「貴方が、クリスタ?」
ヴェルマは、僅かに震える声で訪ねる。
「君は、ヴェルマ君か。久し振りだ、大きくなったね」
男はゆっくりと起き上がり、枕元の酒瓶に手を伸ばし、煽る。
「なぜ、偽名を?」
「ああ、俺は嘘をつくのが得意だからね。」
無精髭の浮いた頬に、強い臭いを放つ酒がこぼれる。
自嘲めいた笑みを浮かべた顔の左目は、包帯で覆われていた。
「・・・なぜ、戻ってこなかった」
振り絞るように問いかけるヴェルマに、だらしなく伸ばした髪をボリボリとかく
「なぜ、戻ってこなかった、ロイドリッツ・ヴァレンタイン!」
かつての法王庁異端審問局第三課所属異端審問官ヴェルマ・エフターゼンは、押さえていた思いが決壊し、慟哭した。
続く - 158: 拾郎:2016/02/24 18:06 No.468
-
⑤
宵の月は西の空高く上っている。
フードを目深に被ったヴェルマは城門を目指し、暗い街の中を歩いている。
「ちょっと待ってよ、‘異端審問官’のお姉さん」
建物の隙間から、陽気な声が呼び止める。
二時間前に「切花の館」の入り口で別れたファスが、薄汚れた壁に背を預け、足早に進むヴェルマを待ち受けていた。
「もう帰るのかい?寂しいなぁ、『切花の館』でも、お姉さんが出てくるのを待ってたんだよ」
路上に現れた青年の銀髪が、月光に照らされ鈍い光を放つ。
「・・・なぜ、お前がここにいる?」
隠密行動をとっていた訳ではないが、ヴェルマも尾行・待ち伏せには注意していた。
それでも、路地に潜む闇に身を沈めたファスに気付かなかった。
「もちろん、お姉さんを追ってきたからに決まっているでしょ」
「私を殺すために、か?」
フードの奥から発せられたヴェルマの問いかけを、ファスはいつもの笑みで受け止める。
「ハハっ、バレちゃいました?」
隠していたサプライズプレゼントが見つかってしまった子供のような笑み。
「改めて自己紹介するよ。俺の名前ははファスーティ、少し前までは、`銀の雨の'ファスーティーって呼ばれていたんだ」
対するヴェルマもフードの奥の眼光が鋭さを増す。
「・・・‘暗殺者’は廃業し、もう殺しはやらない、そう言っていなかったか?」
「‘金を貰っての殺しはやらない’と言ったはずだけど。だから、お姉さんを殺すのは・・・」
腰に巻いたベルトから、極細のワイヤーを引き抜く。
シュンッ。
一閃すると、細鞭(スモール・ウィップ)が右手に握られていた。
「俺自身の意志だよ」
「なぜ、私を狙う?」
「またまた人が悪い、分かっているくせに。クリスタさんを・・・」
一度言葉を切り、低い声で言い直す。
「ロイドリッツ・ヴァレンタインを殺しただろ?‘異端審問官’のお姉さん」
「・・・」
フードの奥の表情は伺えない。
無言で背中の荷物袋から短杖を引き抜くと、その先端に備え付けられた二重車輪が低い回転音を上げるのが、答えの代わりだった。
⑥
~ ◇ ~ ◇ ~ ◇ ~
『ロイドリッツ・ヴァレンタインが生きている』
その話を聞いた時は、最初は疑い、驚き、そして聞き流そうとした。
混迷の時代、人の噂は情報とも呼べない、当てにならないものだからだ。
だが、ヴェルマは翌日には旅支度を済ませ、自ら真偽を確めるため出発した。
組織内ではそれなりの責任のある地位にあり、責任感が強いヴェルマが、確かめずにはいられなかった。
~◇~◇~◇~
「・・・生きているだけで良かった。それ以上は何も求めないと、決めていた」
ヴェルマが構えた短杖の先端で二重車輪が回転する。
低く唸り声のような稼働音をあげ、真空の衝撃斬がファスーティーを襲う。
チッ!
辛うじて回避するが、銀髪が数本、宙に舞う。
『ロイドリッツ・ヴァレンタインは、あの日に死んだんだ。天奏司紋苻も、あの日に燃え尽きた。・・・今の俺は、戦うのが怖いんだよ』
強い酒の匂い。
心身共に傷ついた姿を見るのは、予想はしていた。
『ここで彼女達の安楽剤になることが、今の俺の仕事なんだ』
充満する煙草の煙。
娼館でヒモ同然の生活を送る姿を見せつけられる事は、辛かった。
『何かに殉じなくとも、人は死ぬんだよ。病気でも、飢えでも、何もしなくても』
再び灯る煙草の火。
命をかけて戦う事を否定されたのは、悲しかった。
だが、あの一言に比べれば、大したことはない。
ロイドリッツの最後の言葉となる、あの決定的な一言に比べれば。
-戦わなくていい。貴方は私が守る。だから・・・
『一緒には行けない。君の勝手な理想に、俺を巻き込まないでくれ』
堪え忍んでいたヴェルマの精神の、何かかが壊れた。
無意識に杖型AF『首斬り姫(ギロチン・プリンセス)』に手を伸ばしていた。
薄暗い小部屋の、至近距離で放たれた不可視の真空波。
驚愕の表情を浮かべたロイドリッツの左胸から喉元を切り裂き、鮮やかな鮮血が天井まで飛び散った。
後は窓を破って飛び出し、ひたすら城門を目指し、迷路のような町中を歩き続けた。
「ここに居てはダメだと思った。ただ、一緒に来てくれれば良かった」
短杖の先端が稼働率の上昇に伴い、ヴェルマの心情を代弁するかのような悲鳴に似た音をあげる。
三連撃。
空気が切り裂かれる音を頼りに、身を捻ながらも、細鞭で、不可視の真空波を叩きつける。
ザシュ!
細鞭は四散。上着と共にファスーティーの右頬が深く切り裂かれる。
「・・・ふふっ、嘘が得意な人でも、最後は本当の事を言ったみたい。ロイドリッツ・ヴァレンタインは、法王庁が崩壊したあの日に死んでいた」
「いやいやいや、違うでしょう?ロイドリッツ・ヴァレンタインをお姉さんが殺した理由は、もっと単純で、簡潔なものでしょう?」
「・・・何を言っているの?」
ファスーティーは握部だけになった細鞭を投げ捨てると、右頬から流れた血を拭うとペロリと舐めた。
同時に切り裂かれた上着も脱ぎ捨てると、上半身をビッタリと覆う複雑な模様の鞣革制アンダーシャツ姿になる。
「・・・だってさ」
両手を振り上げると、アンダーシャツの模様が動いた。
厳密には模様に見える幾重にも捲れた極細の鋼糸が、手首のブレスレットを媒介に巻き取られている。
直後、`銀の雨'がヴェルマに対して降り注ぐ。
ファスーティーの十指が操る鋼糸が、月光を反射させながら、十方向から襲いかかった。
「!!?」
思わず身を固くするヴェルマだが、鋼糸は衣服を切り裂いただけだった。
ローブ、修道服、肌着。
荷物袋も切り裂かれ、旅用品が路上に散らばる。
「あれ、おかしいな。お姉さんは異端審問官が、必ずし持っているものを身につけてないよね?」
もう一度、ファスーティーは頬から流れた血を舐めた。
「異端審問印(マグノリア)を何でもっていないのかな?」
- 161: 拾郎:2016/02/24 23:30 No.473
-
⑦
「答は簡単。俺が『元』暗殺者であるように、お姉さんも『元』異端審問官なんだ」
ファスーティーは、薄く眼を細める。
「ロイドリッツ・ヴァレンタインは気づいていたんだ。お姉さんと一緒に行く、という意味が、法王庁の生き残りと合流する事ではなく、調停者ベルザインの元に降るという事を。
だから断った。だから殺された。」
一息で言い切り、僅かに眼を伏せる。
「少し、いい人を気取り過ぎたんじゃないか、'クリスタ`さん・・・」
「・・・貴方、何者よ?」
「言った通り、元暗殺者だよ。ほんの少しの間だけ、『死神』っていう恥ずかしい称号を継いだ事もあったけど」
「そう、なら最初に言った通り・・・」
ヴェルマはボロ布と化した衣服を自ら破り捨て、月光に豊かな曲線を晒す。
「少し、喋り過ぎよ」
ヴェルマの白い裸身が灰色へと変わった。
「ッ!、やっぱり、洗礼者かよ!」
ファスーティーの十指の動きな連動し、鋼糸が意思を持つ生き物の様にヴェルマに襲いかかった。
だが。
「冗談だろ。鋼でも切り裂く切断糸だぜ?」
まるで、通常の糸の様に石像のようなヴェルマの体に絡みついただけだった。
「無駄よ。私の『硬果』の奇跡の前では、どんな名刀でも切る事は不可能よ」
「切れないなら・・・」
左右の指を独立した動きで、鋼糸を操る。
左手の糸は、ヴェルマの首元に巻きつく。
右手の糸は、頭上へと振り上げられ、化工岩製の建物の屋根の一部を切断すると、糸を巻きつけ、ヴェルマに叩きつける。
「叩き潰せばいいんだろう!」
轟音と煤塵が深夜の路上に撒散する。
「うおっ!?」
煤塵を中から飛び出してきたヴェルマが、右手を伸ばし、ファスーティーの首元を掴んだ。
「ロイドリッツと同じように、お前も無様に殺してあげるわ」
「違うね、ロイドリッツは『殺された』んじゃない。『殺されてあげた』んだ」
「なに?」
「ロイドリッツはあんたの気持ちにも、あんたがベルザイン側に付いた事に気づいていたんだよ。だけど、異端審問官の端くれとして、あんたと付いていく訳にはいかなかった。」
首を握り締めながらも、握り潰す事が出来ない。
ファスーティーの言葉が、ロイドリッツの最後の仕草と重なる
「だから、あんたに殺される選択肢を選んだんだ。最後まで、得意の嘘をついたんだよ」
「そんなはずは・・・」
腕が震える。
「そして俺は、あんたがこの場所に入ってくれるのを待っていた。」
右手の糸を操作し、路面にあらかじめ仕込んだ別の糸と絡める。
そのまま引くと、埋没させた火薬が四ヶ所で爆発する
崩落。
二人が立っていた路面は、地下の巨大な水路へと落下する。
元は繊維産業で発達した街であった。
巨大な工場が作られた時代は、紡績に必要な大量の水を確保するため、地下水路が建設された。
街の衰退と共に水路の管理者が居なくなった今は、大量の水が流れ続けている。
「自慢の鋼の体、水中で何処まで役に立つか、試してきてよ」
左手の糸を路面の端に絡みつけ、ファスーティーは大きな水飛沫に向かって呟いた。
⑦エピローグ(絵コンテ版)
「・・・うわぁ」
泥の様に眠った後の翌朝、ファスの部屋に訪ねて来た男の姿を見て、思わず声が出た。
悪い意味での感嘆だ。
上下揃いのダークスーツ。
袖口の銀カフス。
鋭角的なサングラス。
短く借り上げた髪は、柑橘系の精油で整え、口髭は細めに刈り揃えられている。
究めつけは、細身のネクタイを巻き付けた首回りに、ジャラジャラとぶら下がるシルバーアクセサリー。
「趣味嗜好は個人の自由ですけど・・・」
寝起きなので、遠慮はしない。
「センス無いですねぇ」
「ハハッ、君程の男が嫉妬は見苦しいぞ、ファスーティー」
男は細身の体を屈めるようにして、額に手をあてると、軽い口調でさそった。
「されより、そこまで朝飯食いにいかないか?」
カフェというよりも定食屋。
店内は掃除中との事なので、路上に置かれた酒樽をテーブル代わりに羊肉を挟んだ黒パンをかじる。
見た目はともかく、味は美味しい。
「・・・それで、そろそろ聞かせて貰えるんですかね?」
「ああ、君には世話になったからね。暫く出掛けるから、その前に聞きたい事があるなら答えるよ」
「・・・旅支度のつもりですか、その格好が」
「イメージチェンジっていうのは、大事なんだよ」
「悪い意味で、逆に目立ちますよ、'ロイドリッツ`さん」
「そうかなぁ」
ファスの言葉にサングラスを外すと、ロイドリッツ・ヴァレンタインは、隻眼を細め苦笑いをした。
以下、実はこうでした話
「よく、あのAFの真空波を浴びて生きてましたね」
「ああ、アレね」
ロイドリッツは、胸ポケットから煙草を取り出し、揺らして見せる。
あの時。
ヴェルマ・エフターゼンが、「首斬り姫(ギロチン・プリンセス)」を発動させた時、部屋には煙草の煙が充満していた。
「二重車輪構造のAFは、発動直前に逆に方向に空気の渦が出来るんだよ。逆算すれば、見えない刃も軌道が読める。・・・天奏司紋苻の取り扱いに比べれば簡単だけど、流石に怖かったよ。浅すぎず、深すぎず、軌道に身を晒して心臓の真上を斬られるのは」
「そのわりには派手に流血してましたね?」
「裸の相手なら小細工出来ない、という先入観を持ちすぎだったからね、ヴェルマ君。血糊袋を隠す所はあったのに」
ロイドリッツは潰れた左目を叩く。
・無気力期間は演技?マジ?
「『戦いたくない』っていうのは本心だったさ。元々、仕事は嫌いだったから、居心地のいい場所に流れたら、あの場所にいつくことになった。底から上を見ていると、色々見えてくるものもあるんだよ。それに最終的には底に落ちてくる物も多い。特に情報ってやつはね」
「・・・いい歳して、高等遊民気取りですか」
・ヴェルマをどう思ってた?
「真面目過ぎる子だったから、きっとベルザインに何か理想を見ちゃったんだろあなぁ。かわいい部下だよ、頼りになったんだ。俺は期待に応えられなかったけどね。・・・あの場で言葉だけで説得するよりも、ベルザインの本当の姿を見せつけないと、ヴェルマは連れ戻せない。俺は法王庁壊滅の日に、あの化け物の一端を見た」
「だから、居心地のいい場所を捨て旅立つ、と。ロイドリッツ・ヴァレンタインは死んだんだ事にし、動きやすい情況を作って」
「面倒くさい事は、最初に終わらせといたほうがいいだろう?」
「ベルザインの真実を暴く、は面倒くさくないんですか?」
「嘘をつくのと、嫌がらせは得意なんだ」
・なんで偽名がクリスタだったの?
「それ、俺が好きだった舞台俳優の名前。」
「アダスタとちょっと被ってますよね」
「被ってますねぇ」
・これからどうするの?
「やっぱり、『北の教会』に合流ですか?」
「個人のほうが動きやすい事もあし、組織だと迷惑をかけてしまうことをやるつもりだから、暫くは好きに動くよ。」
「・・・この街で俺と初めて会った時、なんて言ったか覚えてますか?」
「ああ、暗い瞳をしてダークキャラだった頃の君ね」
「それはいいです?」
「夢をいつでも見れるし、いつでも覚める事が出来る」
「おれにとって、贖罪は覚めない夢なんです。多分、一生見続けなくてはいけない夢」
「それが悪夢と限った訳じゃないだろ。それより素直に『一緒に行く』と言ったらどうだい?」
「あなたと違って、嘘は苦手なんですよ。」
小話『覚めない夢』 完