巨体。
幾重にも撒きつけた、黒い外套。
そして複雑な紋様が刻まれた白い仮面で顔を隠す。
仮面の先端は鳥の嘴を思わせる鋭利な曲線。
闇夜に浮かんだ悪霊のような風体が、廃都に佇んでいる。
「ッ!」
対峙するジグ・ブライトが舌打ちしたのは、気圧されている自分を叱咤するためだ。
異様な容貌ではない。
得体の知れない能力でもない。
一言で言えば、威圧感。
ただ、無防備とも言える姿で佇む巨体から発せられる威圧感に、ジグ・ブライトは気圧されている事を認識していた。
「・・・なるほど、『ベルザインの子供たち(チルドレン)』か」
右手と左手、それぞれに火球と炎の矢を燈しながら、呟く。
調停者ベルザインにより洗礼が与えられた洗礼者の中でも、上位の能力を持つ者はそう呼ばれている。
噂には聞いていたが、実際に対峙してみると、背筋を冷たくさせる存在感があった。
「・・・嘆かわしいことです」
仮面の下から声が漏れた。
低いが聞き取り易い音域の声だが、どこか無機質な響きがある。
「慈悲深き神が望むのは・・・」
「知るかよ!」
先の先を取り、ジグ・ブライトは仕掛ける。
七本に分裂させた炎の矢を正面から、曲斜にて打ち出した火球を上方から。
同時に。
微動だにしない仮面の巨躯が、ジグの視界で僅かにブレた。
-‘空気の断層’による防御壁
-‘断空’の奇跡能力か
刹那の見極めの直後に‘空気の壁’が、炎の洗礼を受け止め、爆発。
爆風が長髪を乱す中、ジグは両手を振り上げる。
射出の直後に既に発動させていた‘三の手’が展開。
‘空気の壁’の周囲を、‘炎の半円’が包み込む。
「直接攻撃はお好みではないらしいが、蒸し焼きならどうだ!」
炎の出力を強化すれば、数秒で内部温度は数百度を超える。
だが。
「何だと?」
足元の石畳がめくれ上がり、黒い蔦状の何かがジグの足首に撒きつく。
足元を引きずられて転倒すると、更に地中より這い出てきた黒い蔦が喉元と、腰周りを締め上げる。
「がっ!」
振りほどこうと首元を掻き毟るが、ただ自らの爪で皮膚を傷つけるだけだった。
ただ、触感により蔦の正体が、「布」である事は判別できた。
きつく喉元に撒きついた布により呼吸が止まる。
腰周りに撒きついた布は、コートと上着を食い破り、剥き出しとなった白い腹部に血がにじむほどの赤い痣を刻む。
もはや炎の半球の強化どころの話ではない。
朦朧とする意識が失われる前に脱出を試みて、ひたすらもがいた。
-銃声が三発。
-石畳への兆弾と、千切れ飛ぶ、布。
「かはっ!」
喉元が開放されると激しく咳き込みながら、肺の奥まで空気を取り入れる。
腰と足首の拘束が緩むのも確認すると、這いずるように膝立ちの姿勢をとる。
続けざまに銃声。
仮面の巨躯に氷塊が飛ぶ。
第二種祝福弾の一つ、‘氷結弾’。
無数に襲いかかる氷塊を、仮面の‘嘴’から発せられた‘炎の息吹’で瞬時に蒸発した。
「大丈夫かい、‘姐さん’」
膝立ちのジグの肘を、駆けつけた小柄な人影が掴んだ。
エムレ・ゼラード。
『北の教会』の成長株。
‘空中要塞攻略後’は、色気付いたのか、製髪油で前髪を立たせている。
ただし、今は頭部に幾重にも撒きつけた包帯で、自慢の前髪は潰れていた。
「くたばれっての!」
呼吸の整わないジグを庇いつつ、エムレは射撃を継続する。
通常弾と炸裂弾を交えた連続射撃。
だが、通常弾は‘意思をもつかのように外套から伸縮する黒布’に絡めとられ、炸裂弾は‘空気の壁’により射線をずらされる。
「・・・多重洗礼者か」
「やばい!姐さん、上だ!」
エムレの叫びに反応したジグが上空を見上げると、数十の水塊が落下してきていた。
その一つ一つが、人を飲み込むのに十分な大きさだ。
-水牢
飲み込まれれば、確実に‘溺れ死ぬ’
「‘壁よ’!」
ジグはとっさに両腕を振り上げ、炎の半球を自分とエムレを包むように発動させる。
が、質量が違いすぎた。
巨大な水蒸気爆発。
炎の壁は呆気なく破られるが、水牢に閉じ込められる前にジグとエムレは大きく後方に駆け出していた。
「何なんだ、アイツは!」
走りながらエムレは叫び、炸裂弾を左右の建造物に対して放つ。
崩壊した建物の瓦礫が仮面の巨躯の前を防ぐ。
以前、背後からは圧倒的な威圧感を感じるが、幸いにも追ってくる気配はない。
「・・・分からん」
ようやく正常な呼吸に戻ったジグが、濡れた長髪を搔き揚げながらこたえた。
多重洗礼者と言えども、三つの奇跡を行使するのが限界だと言われている。
それ以上の使用は人間の精神が耐えられないとも。
だが。
‘断空’
‘操布’
‘火息’
‘水牢’
確実に系統の異なる四種の奇跡を使用していた。
「・・・あれが‘ベルザインの子供たち(チルドレン)’か」
廃都の街並みを走りながら、侵入に使った地下道を目指す。
悔しいがここは逃げの一手だ。
「助けてくれた事は感謝するがな・・・」
地下道へ通じる鉄蓋を開けるエムレに、ジグは呼びかける。
「‘姐さん’はやめろ」
鉄梯子を降りながらエムレは反す。
緊張から開放された影響か、たわいの無い会話が続く
「いいじゃないか。‘空中要塞’で、キールベインさんが‘宣誓’したって聞いたぜ」
「それは!?」
思わず声を荒げたジグだが、その表情が凍りつく。
二人が降りた地下通路の奥には白い仮面が浮かびあがっていた。
「その身をゆだねなさい、迷える子羊よ」
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