『お目覚めですかな』
『落下の衝撃で朦朧としていました』
-落下?
『そうです。あそこから貴方は墜ちてきたのですよ』
見上げると、はるか上空に眩しい光を漏らす丸い穴。
あの高さから、落ちたと言うのか?
それにここは何処だ。
足下は抜かるんだ湿地が広がり、節くれだった枯れ木が所々に生えている。
数百メルテ離れた四方には、巨大な壁が高くそびえ、天井部にはあの光を漏らす穴が見えた。
壁は果てしなく高い。
まるで巨大な井戸の底から空を見上げているような感覚だ。
いや、地獄のような光景、か。
『そろそろご理解頂けましたか、'火息`のソルフィ様』
ソルフィ?
ああ、私の名前だ。
そうだ、'火息`のソルフィ。
百人の部下を従え、巨大ギルドを仕切る洗礼者。
『南の王国』からも一目置かれる、広範囲に展開する火炎使い。
それが私だ。
その私の館に突如現れた、仮面を被った巨躯の男が、何かを言った?
『貴方を頂きに参りました、そう申したのです。』
そうだ。
その戯れ言に怒った部下を男は平然と殺し、そして私と戦闘になった。
『その過程で貴方は絶望したのです。その精神を私は拾い上げた。この'強欲の臓腑`で。』
わからない。
まだ、思い出せない事がたくさんある。
まず、お前は誰だ、!
先程から姿も見せずに!
出てこい!
『私は最初からいますよ、貴方の目の前に』
なに?
前方を視ると、確かに十歩ほど離れた場所に巨体躯の仮面の男が不動の姿勢でたっていた。
『この'強欲の臓腑`は、私の奇跡`強欲'により展開し、貴方と私の深層意識を繋いでいる空間です。今の私も、そして貴方も、精神だけの存在。おやおや、疑ってはいけません。自我をしっかり保って下さい。精神を世界で自分を疑うことは、自殺と同じ事を意味しているのですから』
『あの館で'ちょっとしたご挨拶'のあと、貴方は私と`神聖なある行為'を行ったのですが、その途中で貴方は絶望してしまったのです。ああ、思い出さなくても結構です、大切な話はここからですから』
『通常絶望してしまったら、そこで終わりですが、私の`強欲'は、もう一度機会を与えます。ここは精神世界。貴方はあの天井の光を目指してください、その先には貴方の肉体が待っております』
天井の光だと?
登るのか?
あのそびえる壁を?
『おっと、諦めたら行けません。ここは精神世界です。諦めると、ほら』
足元が、途端に柔らかくなった。
ずぶり。
量膝まで沼地に沈む。
『ああ、大変です。貴方の`火息'は、この世界でも使えます。さあ、よく考えて!恐れず、諦めず、前を見て!』
いつの間にか、巨躯がち近づいていた。
耳元で、無機質な声が響く。
『三度目は無いのですから』
絶叫。
焦って手足を動かすが、さらに沼地に沈んでいく。
『私は頂きに来た、と申しました。私が頂くものは常にあなた方が捨ててしまうものです。この身に錦は不用です。誰かが捨てた布が有ればいい。王座も不用です。疲れたなら誰かが切った、切り株に腰かければいい。私は力を望まない。誰か捨てた、奇跡を私はただ拾うのです。』
体が沈む。
誰か、助けて。
いらない。
金も。
地位も。
奇跡もいらない。
だから、助けて。
『人が不用とし、捨ててたものを拾うだけ。ゆえに我が奇跡は`強欲'。誰も見向きもしないものを集める、欲深き奇跡だと、調停者は言っていました』
もはや、男の声を聞くものはいない。
ただ、沼から沫が一つ浮かび、弾けた。
275: 拾郎:2016/03/04 07:53 No.619
解説
奇跡:強欲について
単独ではなにも出来ない能力です。
奇跡能力を持つ者と精神接合した状態で、相手を諦めさせる(絶望を与える)事で、対象者の精神を深層意識下に沈め、以降は対象者の奇跡を使用する事が出来ます。
ヴィエラビーチェは、常に深層意識下より沸き上がってくる`沈められた洗礼者'の負の感情に晒されていますが、『転げ落ちた敗者の泣き言』など、彼にとっては『日常的に使うドアの軋む音』ほども気にする事ではありません。