神器編小話「闇」
ぬかるみのようにまとわりつく闇の空間に一人立つベルザイン。
耳が慣れてくると、機械の駆動音に似た振動が足元から伝わってくる。
「時間遡行?」
呟きは虚空に広がらず、その響きは飴のように下へ下へ降りていった。
「まあ、そのくらいは考えるだろうね」
また声は眼下に沈んでいく。
少し静けさが戻った頃、
「この時間軸だけで‘8000京人’だったか。ふん、意外に少なかったな」
約8000京人。
方舟が他星系移民船団と最後に交信した際に明らかになった、移民計画開始から当時までの人類の出生数だ。
彼らの人生、そして彼らが育む次の世代の人生、そのまた次の世代の人生…は、すべて人類の出生を管理するマザーシステムにより事前に天文学的な計算量をもってシミュレートされている。
そして彼女の言葉を借りれば『現在のところおおむね予想の範囲内に収まっている』という。
その計算のなかにはこの方舟の行方も、…ベルザインの行動も、とうぜんに含まれている。つまり…
「彼らが時間遡行に頼ろうとするのも予想の範囲内だったか?」
無音。
「ボクがこうなるのも予想の範囲内だったか?」
無音。
「才能ある少年たちが少女に似せた道具に心をとらわれ、互いに命を奪いあうこともか?」
無音。
「非生命の自動人形が歴史の奥に封印された主を復活させようと、悠久の時間を一人で戦うこともか?」
無音。
『貴方ってすごいのね、ベルザイン。この方舟で、いや、もしかしたらこの銀河で、貴方以上に賢い人間なんていないのじゃないかしら』
『ベルザイン。我々は人類の発展と幸福のためにこの身体を得たのだ。我々自身の可能性を追求するためではない』
『おい、俺たちこのままでいいのかよ。意気揚々と星の大海原に飛び出したかぎりはよ…新天地の冒険と生活に心躍らせるのが開拓者ってもんじゃないのか』
『貴方と同じ講義で学ぶことが出来て光栄です。私は法務部門、貴方は技術管理部門と畑は異なりますが、ともにこの方舟を支えていく仲間です。どうぞよろしく、できれば末長く…お願いします。私はマクシミリアン…マックスと呼んでください』
これも全部予想の範囲か?ええ?
…
…
ふと、暗闇の上空からどろりとした感触の声が降りてきた。
『時間遡行技術の確立は想定の範囲内でした。すでに時間遡行が各星系で試行されているシミュレーションパターンが存在します。誤差100年前後』
途中はどうあれ、誰かはもうやっているだろう、ということか。
ぽつり、と声がでた。
「ふざけるな」
洗礼者たちに…「やりたいことはなんでもやってみろ」と事あるごとに煽り…
自分自身も…興味のでたものはどんなささいなことでも意図的に…追求してしまう…
「何がおきるか… 何がおきるか…
やってみなきゃ、わからないじゃないか」
息を吸う。
「ふざけやがって」
重くて泥のような闇の空間が、ベルザインの大声に、少したわんだ気がした。
「アニー…マックス…ロバート…知っていたか?
お前らの最後が、こんな感じになるんだって、あの機械はわかってたんだってさあ?
ユグドラシルの中の争いも、方舟の不慮の事故も…
「ふざけるなよ。
ふざけるな。方舟クルーの未来だって?そんなもの僕の気持ちひとつに決まっている。
だけど僕はシステムを超える可能性を見つけてみせるよ。マックスとは違ったやりかたでね…」
暗闇に溶けていく
解説:
ベルザインが「自分が一番優れてることを証明したい」のはこの小話でも同じのつもりだったんだけど、
「マグ世界は実はSFでした、それを自覚してるのは法皇様ベルザインアニエスら方舟クルーだけでした」を考えたときに
クルーよりも方舟計画者側のほうが色々リスクヘッジを考えていそう
→人間が考えるより機械に考えさせたほうが効率良さそう
→機械(マザー)がまるっとお見通しってのが、ママから離れて遊びたい盛りのお子様ベルザインには我慢ならん
という感じに
実際の小話のベルザインは育ちが良くて金と暇が大量にある(友達はいない)ゲーマーって印象あるかも
ランキング一位になるとか育成キャラカンストさせるくらいしかすることがないという