アズにゃん編・エムレ編
小話「芽生」
「『西の洞窟教会』の最後は、報告させて頂いた通りです。あの場所で、最後まで戦うべきだったと、今でも思っています。しかし・・・」
カタッ
乾いた音と供に、光を反射する小物が二つ、ライナス・バルグが構える黒檀の机の上に置かれた。
「この二つの重みが、私をこの『北の教会』まで、足を運ばせました。・・・守るべき物を守れず、救うべき者を救えず、倒すべき者を倒せなかった落伍者を叱りつけ、放り投げる事を許さなかった」
一つは、異端審問印(マグノリア)
黒くこびりついた血に汚れ、中央には『Ⅱ-0』の紋様が刻まれている。
「・・・不祥なるこの身には重かった」
一つは、薄青色の水晶体。アーティストに精通した者が見れば、『オートマターの記録保存中枢』である事に気づくだろう。
「・・・俺には、重すぎたんだ」
水晶体の表面に、小刻みに肩を揺らす巨大が写る。
「この程度のものが『重すぎる』とは、憐れむべき非力な腕だな、アズール・バール審問官」
ライナスが眼鏡を押さえて放った言葉に、アズールは思わず固く握った拳を振り上げる
アズールが所属していた異端審問局七課と、ライナスが統轄していた八課は折り合いが悪かった。
個人的にもライナスには好感は抱いていなかった。
自分が誹謗されるのは構わない。
だが、この二つは襲撃された洞窟教会で最後まで指揮を採り続けたジルボルトの意志が、そして最後の瞬間に『笑った』ジェーンドゥの思いが込められている。
その二つを踏みにじられる事だけは、赦せなかった。
「・・・だが」
振り上げた拳が、ライナスの眼鏡の奥で光る眼光が受け止める。
「本来は、ジルボルト審問官の腕により、この『北の教会』に運ばれる筈だったものだ。」
如何なる異端者も逃さぬと言われた'鉄の鷹`が放つ眼光が、アズールを射抜く。
「ならば貴官が、強き腕となれ。守るべきだった者の、救うべきであった者の、そして眠りについた友の、腕となれ。決して折れぬ、鋼の腕に」
アズールは射抜かれた。
胸のうちを苛んでいた悔恨の思いが射抜かれ、霧散していく。
一呼吸置いた後、アズールは深く頭を下げた。
「・・・感謝いたします、ライナス・バルグ司祭」
執務室から立ち去る大柄の背中を見送りながら、ライナスは自嘲気味に呟く。
「と、お前なら言うのであろうな、・・・イルドルフよ」
278: 拾郎:2016/03/05 10:56 No.634
「芽生」中編
最初に、その存在に気づいたのは、ロメロ・バストンだった。
「おい、右渡通路の二本目の柱の所だ」
修練用のウェイトをつけた斧を素振りしながら、エムレに語りかける。
今日の教官は、'聖鉄盾`ラーガンだ。
鬼教官として悪名を馳せた'ヴォルフラム`二世とも呼ばれている。
少しでも散漫な仕草をみせれば、鉄拳が飛んでくる。
エムレは、二十人近くの訓練生及び見習いを監督するラーガンの位置を確認した後、視線だけをロメロに言われた柱へと動かす。
「凄い可愛い子がいる」
「・・・あのなぁ」
エムレも美人は好きだ。
だが、ロメロの定義する美人は、非常にハードルが低い。
エムレも物心つきた頃から『先生』に拾われるまでは、スラム街で育っている為、自慢出来る出自ではない。
だが、曲がりなりにもアスガルド中央部の大都市で育ったエムレと、北部辺境出身のロメロでは、美的感覚の洗練に大きな隔たりがあった。
これさえなければ、本当にいい奴なのに。
それも。
「・・・久しぶりに大損した気分だ」
柱の影に佇み、エムレ達の修練風景を覗いていた少女は、お世辞にも美人とは言えなかった。
歳はエムレと同じくらいの十五、六。
短めの髪はボサボサ。
辺境からの避難民か。
黒いズボンと、茶色の皮服。
色白であることは救いだが、
何より瞳に気力がなく、表情が気迫だ。
愛嬌があれば五割増し、理論を持ってしても評価に値しない。
結局、全身を観察して、採点してしまった事が災いした。
「修練中に余所見するとは出世したまのだな、エムレ・ゼラート」
背後にから、ラーガンの怒気をはらんだ声がした。
ブンッ
ラーガンの巌の拳が飛んでくるのと、エムレが反射的に仰け反ってかわすのは、同時だった。
・・・避せた?
・・・あの、ラーガンの鉄拳を避せた?
「・・・ふむ」
ラーガンが、一瞬だけ感嘆の吐息をもらすが、すぐに悪鬼の顔に戻る。
「素振り止めぃ!これより、実技訓練に入る!」
訓練生達は、「嫌だ」という心の声を殺して「ハイッ!」と返事する。
ラーガンの実技訓練は、加減が無いことで有名だ。
「・・・その訓練」
いつの間にか、先程の少女が近づいていた。
「私も参加していい?」
少女の言葉を、誰もが言葉を失った。
「ハッハッ!勿論だ、お嬢ちゃん。・・・ここのボンクラ供に、そのやる気を少し別けてやりたいわ!」
破顔して、ラーガンは大笑する。
「・・・なんだよ」
耳元の笑い声に顔をしかめながら、エムレは悪態をつく。
無言で準備をすら少女の横顔が気に入らなかった。
・・・レベルが低すぎる
その横顔が、そう言ってるように感じたからだ。
後編に続く
279: 拾郎:2016/03/05 15:32 No.635
後編
少女の最初の対戦相手にはロメロが名乗り出た。
いつも通りに『手加減無し』を指示したラーガンの眼を盗み、上手く手加減するつもりだったのだろう。
本質的に、器用で優しい奴なのだ。
だが、その必要は無かった。
『始め』の合図と同時に、少女の模擬剣が、ロメロが被ったヘッドガードに叩きつけられた。
鉄板と樹脂コルクで補強されたヘッドガードの上からでも、ロメロを失神させるのに十分な一撃だった。
「・・・」
訓練生全員が絶句する。
「俺は弓を使うが、構わないか?」
沈黙の中、彫りの深い顔立ちの長身の男が一歩進み出た。
レーベンと言う名の山岳部小数部族出身の男で、弓の腕前は訓練生の中でも群を抜いており、達人と言ってもいい域に達している。
「いや、レーベン、お前は・・・」
「問題ないわ」
躊躇するラーガンを、少女の短い返答が静止する。
「そうか、では始めよう」
レーベンは矢じりにゴム加工をした矢を、練習用の中では一番弦の張りが強い剛弓につがえる。
もはや、『始め』の掛け声は不用であった。
無言で対峙した二人が、同時に、動く。
後退しながらレーベンが放った矢を、少女の模擬剣が叩き落とす。
その足元に狙い、二矢。
驚くべき柔軟性で、矢と矢の間で、身を捻る。
その間にも、レーベンは更に速度を上げ、移動していた。
少女の背後から矢を放つ。
カッ!
硬質な音が訓練上に響いた。
「俺の敗けだ。投降する」
レーベンの背負った矢筒には、まだ矢が残っていたが、レーベンは両手を広げ、投降の意志を示した。
背後からの矢は、少女の『背面に構えた剣』により受け止められていた。
「なるほど、なるほど、大したものだ」
唖然とする訓練生達を押し退け、ラーガンが腕捲りをしながら前に出る。
「・・・だが少々、調子に乗りすぎだ」
すうっ、とラーガンは眼を細める。
「いつでもいいわよ」
少女は淡々と答える。
カランッ
二人の間に、練習用の長杖(ロングスタッフ)が転がる。
「ちょっと待て、俺に先にやらせてくれ」
エムレがゆっくりと少女の前に立つ。
「使えよ、長武器の方が得意なんだろう?」
エムレが視線を送った渡廊下の柱には、少女の荷物と布でくるんだ「長竿」が立て掛けてあった。
「いいの?」
「後で'得意な武器を使わなかったから負けました`なんて、言い訳されたくないからな」
「待て、エムレ・ゼラート!お前では・・・」
「行くぜぇ!」
ラーガンの静止を無視し、エムレは長剣を手に斬りかかった。
「なんだ、これは?」
騒ぎを聞き付けたルナン・クライトスと供に駆けつけたアズールに、訓練場の異様な光景が飛び込んだ。
「くぉら!、離せよ!まだ決着はついてないぞ!」
防具が破壊される程の数えきれない程の打撃を受け、全身を腫らし流血させ暴れるエムレを、ラーガンと複数の訓練生が押し留めている。
興奮状態のエムレの視線の先には、折れた長杖を携えた少女が平然とした表情で、鼻血を拭っていた。
「問題児は色々といたが、ここまで荒れることはなかった。アズール、彼女は何者なんだ?」
ルナンは隣に並んだアズールに尋ねる。
アズールが『白き腕』と答えようとしたその時、
アズールに気づいた少女が振り向いた。
「気に入ったわ。私もしばらくここにいていいかしら?」
アズール以外に気づいた者はいなかったであろう。
平然とした少女の表情に、僅かに浮かんだ年相応の微笑みを。
-そうか。
アズールは、ひとり頷いた後、ルナンに答えた
「心配ない。・・・普通の小娘だ」