転フェイズ⑥
西の城壁。
切り落とされた巨大な白き魔獣の首が、自分の体に虚ろな視線を向けていた。
「・・・ふうっ」
`湖畔の英霊'より外れ落ちた白き仮面の下から、一つため息が漏れる。
直後に。
その身に纏っていた外装が外される。
-冠を模した頭兜の下からは、肩に届くほどの長さの栗色の髪。
-ドレスのような防刃布の下からは、皮鎧を身に付けた引き締まった体。
-自動弓と一体化した手甲の下からは、絞りきった筋肉を持つ腕。
-装甲ブーツの下からは、カモシカを連想させるしなやかな脚。
-穂先の外された槍は、光の刃を放つ大鎌`テスティレンス・サイズ'
身に纏っていた`嵩張る服を'脱ぎ捨てる、アンジェは二度、首を左右に振った後、大きく延びをした。
「くつろぐな!」
城壁の上より、その仕草を見ていたエムレは、大声で怒鳴った。
-'湖畔の英霊`の代役
それが、ルナン司祭よ与えられた、空中要塞迎撃作戦におけるアンジェの任務だった。
-作戦の要
-最初の迎撃要員
その役割と内容を聞いた時は、誰もが不可能だと思った。
破損状態にありながらも、尚、'正確無比な殺戮人形`であり続けている'湖畔の英霊`の代役など、人間に務まるはずがない。
-気に食わねえ
作戦の是非を問う喧騒の中、エムレは胸の内で舌打ちした。
それは、アンジェが代役を指名された事による嫉妬からくるものであり、
同時に、アンジェなら代役が務まるだろうと納得してしまった自分に対する舌打ちであった。
「ボサッとしてんじゃねぇ!北東の城壁が崩された!
陸戦部隊が進行中だ!
ラーガンのおっさんと、俺とお前、三人で『明星』が上がるまでの、時間を稼ぐぞ!」
「・・・分かったわ」
エムレの言葉に、アンジェは素直に頷くと、`テスティレンス・サイズ'が展開した刃を収納した。
「俺は城中でルナン司祭に報告してから向かう!お前は、城壁の外回りで、ラーガンのおっさんと合流しろ!」
「嫌よ」
「あんっ?」
たんっ
`テスティレンス・サイズ'の柄を城壁の真下につくと、軽く跳躍。
そのまま小柄な体は空中を駆け上がり、城壁の上に立つエムレの真横に着地する。
「・・・中を通った方が、近いもの」
言い残すと、中庭に向かって跳躍し、着地と同時に北東の城壁に向かって駆け出していた。
「・・・なんだよ」
エムレの前に残されたのは、強烈な魔獣の血の臭いと、汗ばんだ髪が跳ね上がる際に残された、微かな少女の香り。
「・・・気に食わねえ」
顔を真っ赤に染め上げたエムレは、すぐにアンジェの後を追う。
その呟きは、誰に向けたものかは、エムレ自身にも分からなかった。
続く
西の城壁。
切り落とされた巨大な白き魔獣の首が、自分の体に虚ろな視線を向けていた。
「・・・ふうっ」
`湖畔の英霊'より外れ落ちた白き仮面の下から、一つため息が漏れる。
直後に。
その身に纏っていた外装が外される。
-冠を模した頭兜の下からは、肩に届くほどの長さの栗色の髪。
-ドレスのような防刃布の下からは、皮鎧を身に付けた引き締まった体。
-自動弓と一体化した手甲の下からは、絞りきった筋肉を持つ腕。
-装甲ブーツの下からは、カモシカを連想させるしなやかな脚。
-穂先の外された槍は、光の刃を放つ大鎌`テスティレンス・サイズ'
身に纏っていた`嵩張る服を'脱ぎ捨てる、アンジェは二度、首を左右に振った後、大きく延びをした。
「くつろぐな!」
城壁の上より、その仕草を見ていたエムレは、大声で怒鳴った。
-'湖畔の英霊`の代役
それが、ルナン司祭よ与えられた、空中要塞迎撃作戦におけるアンジェの任務だった。
-作戦の要
-最初の迎撃要員
その役割と内容を聞いた時は、誰もが不可能だと思った。
破損状態にありながらも、尚、'正確無比な殺戮人形`であり続けている'湖畔の英霊`の代役など、人間に務まるはずがない。
-気に食わねえ
作戦の是非を問う喧騒の中、エムレは胸の内で舌打ちした。
それは、アンジェが代役を指名された事による嫉妬からくるものであり、
同時に、アンジェなら代役が務まるだろうと納得してしまった自分に対する舌打ちであった。
「ボサッとしてんじゃねぇ!北東の城壁が崩された!
陸戦部隊が進行中だ!
ラーガンのおっさんと、俺とお前、三人で『明星』が上がるまでの、時間を稼ぐぞ!」
「・・・分かったわ」
エムレの言葉に、アンジェは素直に頷くと、`テスティレンス・サイズ'が展開した刃を収納した。
「俺は城中でルナン司祭に報告してから向かう!お前は、城壁の外回りで、ラーガンのおっさんと合流しろ!」
「嫌よ」
「あんっ?」
たんっ
`テスティレンス・サイズ'の柄を城壁の真下につくと、軽く跳躍。
そのまま小柄な体は空中を駆け上がり、城壁の上に立つエムレの真横に着地する。
「・・・中を通った方が、近いもの」
言い残すと、中庭に向かって跳躍し、着地と同時に北東の城壁に向かって駆け出していた。
「・・・なんだよ」
エムレの前に残されたのは、強烈な魔獣の血の臭いと、汗ばんだ髪が跳ね上がる際に残された、微かな少女の香り。
「・・・気に食わねえ」
顔を真っ赤に染め上げたエムレは、すぐにアンジェの後を追う。
その呟きは、誰に向けたものかは、エムレ自身にも分からなかった。
続く
- 371:拾郎:2016/03/28 17:41No.832
-
続き
『北の教会』中庭
堅牢な造りの城壁内部は、『暴風の王女』が放った広範囲の‘烈風’により、最大規模の嵐が通り過ぎた後のような惨状を晒していた。
本城に寄り添うように建てられた尖塔は、特に強風による被害を受け、見張台の屋根は崩落した。
「くっ」
鉄道騎士マーティンは、崩落した瓦礫の下より這い出す。
レンガ造りの天井の崩落により全身に打撲を負ったが、懐に手を入れ馴染んだ形状を確認すると、埃まみれの顔に安堵の表情を浮かべる。
測量用双眼鏡。
マーティンの鉄道騎士としての誇りとも言うべき大事な品であり、『北の教会』の切り札のための最初の一手は、ここから始まる。
「・・・再集結してきている」
双眼鏡を覘き込んだマーティンは、遥か上空を旋回するグリフォンの姿を確認する。
‘暴風の王女’の‘烈風’により、‘空中要塞’が鎮座する五百メトルーの高度へと‘押し飛ばされた’グリフォンの群れだが、同時に吹き飛ばされた濃縮硫黄の臭気が消えた事により、次々に落ち着きを取り戻していた。
マーティンが観測を続ける間も、恐慌状態から回復したグリフォンが、旋回の輪に加わる。
「個別に襲い掛かって来てくれれば、各個撃破が可能だが・・・」
巨大な有翼魔獣をその背で駆る騎手達は、編隊を組みなおし時間差による降下攻撃を行うつもりなのだろう。
「もう少し、侮ってくれていいんだぜ」
集結するグリフォンの数、飛行速度、地上までの距離を、瞬時に試算し、‘残された時間’を算出。
‘烈風’によりワイヤーを切断された伝声管に変わり、古典的な鏡を利用した光信号で、中庭で指揮を執るキンラーセンにメッセージを送る。
-襲撃予測時刻まで
「襲撃予測時刻まで、後三分!」
マーティンより送られた光信号を、キンラーセンは読み取ると同時に大声で叫ぶ事で、大型投擲弓(バリスタ)の応急修理に走り回る鉄道騎士を中心とした迎撃部隊への激を飛ばす。
城壁に配置されていたバリスタは、有翼の大型魔獣に対し、威嚇以上の有効性を持つ『北の教会』に残された数少ない兵器だ。
‘暴風の王女’による初激で、十機全てが城壁より落とされた後、古城全体を襲った‘烈風’により、その全てが大破、ないし中破していた。
西側城壁にてイエティを撃破し駆けつけたキンラーセンは、損傷規模の少ない三台に絞り、修理を命じた。
キンラーセン自身も、‘聖ナタリア鋼の鎧’による熱量変換による増力効果を最大限に利用し、バリスタ一台を持ち上げている。
持ち上がったバリスタの下に潜り込んだ鉄道騎士と訓練生が、折れた車軸を手際よく交換している。
「ここが正念場だ!『明星』を輝かせるか否かは、この三分にかかっている!」
「・・・三分だってよ」
破損した油圧ジャッキ交換のため、油まみれになりながらバリスタの基部に取り付いたジェームスは、伸ばした右手に握ったレンチの感触に、顔をしかめる。
落下の衝撃により外枠が歪んでおり、ボルトが外せない。
超重量兵器であるバリスタに仰角を付けられる油圧ジャッキは、対空迎撃の生命線だ。泣き言は許されない。
「いや・・・、三分もある」
腰袋より取り出した小型ハンマーで歪みを矯正。
再度伸ばしたレンチは、ボルトを挟む込みスムーズに回った。
「狭骨警告の鉄橋修理の時に比べれば、吹雪がないだけ有難い話だ」
四箇所固定の一つ目のボルトが、心地よい金属音と共に填った。
「お前は根性無しか!違うよな!?」
横転したバリスタを前に、ギムオンが叫ぶ。
右腕に装着した‘慈悲なき動輪’の回転リールが、伸ばした鎖を巻き取るため、高周音域の作動音を更に高める。
最大限まで伸ばした鎖の先端は、城壁上部の矢防壁に括り付けられている。
回転リールの左右より外された‘戦輪(チャクラム)’が、鎖を撒き付けた‘定滑車’となり、ワイヤーで結ばれたバリスタをゆっくりと持ち上げる。
「そうだ!お前はやれば出来る奴だ!」
ガチャリ、ガチャリと鎖が巻き取られる音と共に、ギムオンの肩に骨が外れる程の負荷が掛かるが、‘根性’で更に回転数を上げる。
自慢の逆立てた前髪は、脂汗によりベッタリと額に張り付いていたが、ひたすら横転したバリスタを‘持ち上げる’事に専念する。
だが、
ギッギッ
バリスタが半分ほど持ち上がった時点で、‘慈悲無き動輪’は限界に達し、回転が止まる。
鎖を通して伝播するバリスタの全重量が、ギムオンにの肩に圧し掛かる。‘骨が外れる’どころではない。‘引き千切られる’程の激痛だ。「・・・マジかよ」‘慈悲無き動輪’を装着した右腕が、僅かに下がる。
「駄目だ!」
叫び声と共にギムオンの背後より飛び込んできた訓練生姿の若者が、鎖を握り、全力で鎖を引き絞る。
ロメロ・バストン。
十二教区出身の、戦斧を得意とする若者。
摩擦により皮手袋が破け、血の色に染めながら鎖を握り、足腰と背中の力を込め鎖を引き続ける。
「素手で触る馬鹿がいるか!回転に巻き込まれたら、肉が抉られるだけじゃすまないぞ!」
「何もしないよりはいい!・・・俺は、弓が使えない!」
奥歯を食いしばりながら、ロメロは叫んだ。
「西の城壁防衛でも役に立たなかった!クソでかい鳥には、俺の戦斧は届かねぇ!」血を滲ませながら、ゆっくりと鎖を手繰る。
「だから、俺は‘今’、全力を出さないと後悔するんだ!」
「・・・いい根性じゃないか。一緒に持ち上げるか、希望って奴をよ!」
ギムオンが強張った笑みを浮かべると‘慈悲無き動輪’の回転数が安定し、横転したバリスタはゆっくりと持ち上がっていく。
『空中要塞』・閲覧の間
「なぜ、・・・‘洗礼者’達が敗れる」
『空中要塞』の展望室より、ウルライヒは眼下で繰り広げられる戦闘の結果を驚愕の眼差しで見下ろす。
‘感染’のガザルド
‘硬岩’‘増力’のヴィゴ
‘暴風’のファスターシャ
いずれも、一人で並の洗礼者十人分に匹敵する能力者達だったはずだ。
それが、なぜ寄せ集めの集団に過ぎない『北の教会』に敗れた?
「お気付きになりませんか、閣下?」
肩を震わせるウルライヒの背中に、背後より硬質の声が浴びせられる。
「・・・なぜ、地上部隊も空中部隊も、『北の教会』を落とせない?」
編隊を組んだグリフォン連続降下は、応急処置を施されたバリスタ三機と、弓と銃火器による迎撃により、思うような効果を挙げられない。
翼を負傷した魔獣は城内に落下し、その爪と嘴で襲い掛かるが、一匹、また一匹と駆除されていく。
一方、‘硬岩’ヴィゴがにより大穴が開いた北東の城壁は、拠点防衛型AF‘聖鉄楯’により塞がれ、陸戦部隊の装備するC級AFでは、突破する事が出来ない。
AFを操る異端審問官を狙おうにも、左右に展開した銃を持つ少年と、大鎌を持つ少女が、その突撃を阻む。
「お気付きになりませんか、閣下?」
背後からのエルロイドの声は、先ほどまでの硬質のものとは異なり、僅かに優しさを帯びていた。
「・・・なぜ、ライナス・バルグは姿を見せない?」
当初、西の城壁で‘感染’したイエティを迎え撃った‘湖畔の英霊’は、大鎌のAFを駆る少女による変装であった。
ならば。
「ライナス・バルグは何処にいる!?」
「お気付きになりませんか、閣下?」
優しさと哀れみを帯びていたエルロイドの声が、ウルライヒを包み込む。
同時に。
ウルライヒの視界が揺らぐ。
「何を!?」
混乱と驚愕の声を上げるウルライヒを静し、エルロイドは子供をあやすような口調で諭す。
「ウルライヒ閣下の忠実な僕である私の卑しい‘奇跡’の一つ、‘遠視’を閣下と共有させて頂きました。・・・地上に注目して頂ければ、閣下の先ほどの疑念に対する答えがご覧頂けるでしょう」
『北の教会』・中庭
「ロイス、‘前に三歩’だ。ジャレット、九時の方向だ」
三脚台座の先端のうち、一つが破損したバリスタの基底部にしがみ付いた小柄な少年が、油圧ジャッキに連結したレバーを操作しながら叫ぶ。
「うん」
折れた三脚を支える大柄な体格の青年が、緊迫した戦闘中とは思えないほど、のんびりとした返事と共に台座を‘三歩分’押すと、バリスタは重い音と共に右に二十度、旋回する。
「私だって見えているわよ!」
射手槽に座った少女は、その強気な表情そのままに、急降下により高速で接近する一体のグリフォンを、十分に引き付けてから、撃つ。
バリスタが放つ強靭な矢に右肩を射抜かれたグリフォンは、威嚇とも悲鳴ともとれる鬨の声を上げ、速度を緩める事なくバリスタに接近し、その頭部を射抜かれた。
バリスタに衝突する直前に失速し、巨体を地面に激突させる。
「・・・あぶねぇ」
「うん」
「ありがとうございます、アズール審問官」
「・・・至近と背後は気にするな、引き続き上空を警戒してくれ」
左手一本で、バリスタの矢を投槍(ジャベリン)のように放ったアズールは、上空から視線を外す事なく次の矢を手に取った。
続く - 372:拾郎:2016/03/28 21:27No.833
-
上空を舞うグリフォンが半数程に数を減らした頃。
『北の教会』中庭の一角を覆っていた鉄板を、ルナン・クライトスが引き剥がす。
鉄板の下には古井戸。
そして
「上がれ、『明星』!」
轟音と共に、枯れた古井戸を改装した打ち上げ筒より、人間の身長ほどの、三角錘が打ち出される。
グリフォンを牽制した花火とは異なり、その底部より放出される推進材により得た推進力で、瞬く間にに上昇していく。
宵に上がる希望の明星。
『北の教会』の全ての戦力は、この『明星』の打ち上げのために一丸となり防衛に当たっていた、と言っても過言ではない。
死守した地下の射出口より、迎撃されるリスクが格段に減少した上空の導線を通り、『空中要塞』より高い六百メトルーの高さへ到達。
推進材が切れると同時に、三角錘が弾け飛ぶ。
中より現れたのは
「`湖畔の英霊'!」
ウルライヒは裏返った声で叫ぶ。
『空中要塞』より、更に上空に打ち出された自動人形が、自分を見下ろしている。
あり得ない!
天より、全てを見下ろせる事が出来るのは、調停者ベルザインよりこの『空中要塞』を授かった自分一人のはずだ!
その自分が、見下ろされるなど、あり得ない!
`'湖畔の英霊`の全身は、極限まで軽量化されていた。
外装となるパーツは、最小限に止められ、空気抵抗の影響を減らしている。
背部より放出したマントを皮膜のように展開し、降下速度と方向をコントロールしながら、右手と一体化したクロスボウを射出。
『空中要塞』の外壁に絡んだアンカー絡んだ伸びたワイヤーで結ぶ。
「エルロイド!来る、来るぞ!我が城に!ライナス・バルグの自動人形が、土足で踏みにじりに!」
砦の内部で待機していたウルライヒ直属の衛兵が、外壁から内壁へ、展覧室を目指す'湖畔の英霊`の前に立ち塞がるが、瞬時に蹴散らされていく。
衛兵の半数は、単一の`奇跡'能力を持つ洗礼者だったが、実力は地上に降下した三人には遠く及ばない。
駆け抜ける`湖畔の英霊'に、文字どおり蹴散らせていく。
「ご安心下さい、閣下」
恐慌状態に陥ったウルライヒを、エルロイドは優しく語りかける。
「我が妹が、閣下をお守りいたします。」
展覧室の窓まで跳躍した`湖畔の英霊'が、不可視の壁に弾かれる。
「ダメですよ~、ライナスさん」
数十人単位の衛兵と洗礼者を屠ってきたライナスの自動人形を止めたのは、間延びした口調の女性だった。
「ここからは昔のよしみで、私が・・・」
にこやかな微笑み。
「サーシャ・アトワイデ・リーデンバーグがお相手いたしますんね」
クライマックスフェイズに続く