第16章 「街道にて」
16-1 小話「街道にて」(小話「姉妹」その後)
アスガルド鉄道開通後、12教区間では、物資の輸送が格段に増加した。
『駅』が存在するその教区を代表するような大都市から、教区の中軸をなす地方都市へ。
さらには、辺境の村々へ。
それぞれの区間を結ぶ街道の重要性は増し、整備は定期的に行なわれている。
アスガルド鉄道が、半島の「大動脈」であるならば、これらの街道は、「毛細血管」ともいえる。
大都市間では、全区間が石畳で舗装された街道も存在するが、今一台の馬車が通っている「聖者の街道」は別であった。
荒れた細い道には石が転がり、車輪が通ると埃が盛大に舞い上がる。
聖者は清貧を好むのだ。
当然、馬車の乗り心地は最悪であった。
まして、麓の村で、金貨十枚で買い取った馬車ならなおさらだ。
「と、言うわけで、これから向う聖地ダンザスは‘白き衣の’シルベストルが初めて「奇跡」を示した場所なんですよ。その他にも、ここ第2教区では聖ジョージや聖パトリシアに代表される、偉大な聖人を数多く輩出しています。・・・聞いていますか、アムンゼンさん?」
御者席で手綱を握り、ガラガラと盛大な音を立てて回り続ける車輪にかき消されないよう、大声で話してい若者が、荷台を振り返った。
その顔には、こぼれんばかりの笑みが浮かんでいる。
旅用のマントの下は、名門でしられる神学校の学生服だが、ピクニックに行く子供のような笑顔だ。
「手綱を握っているときは、前を向け」
荷台から帰ってきた声は対照的だった。
辛うじて不機嫌を押さえ込んだかのような声だ。
「それよりな、キルシェ。今回の任務についてだが・・・」
「ええ、大変な名誉です。なにしろ、聖地に再び「奇跡」を使う聖人が現れたというもですから。まだ少年という話ですが、もしそれが本当なら、‘光の癒し手 サーシャ’以来三年ぶりの「奇跡」を使う聖人という事になります。」
ゴトン、と馬車が石に乗り上げ、キルシェの切りそろえた前髪が揺れた。
「‘神託院’より、その存在の確認が、この僕に与えられました。これで嬉しくなかったとしたら、神跡記録管として失格ですよ」
「・・・そういう事じゃなくてよ」
第二教区のなだらかな丘陵地帯上に延びる‘聖者の街道’へと降り注ぐ初夏の陽光が、鎖に繋がれたアムンゼンが誇る鋼の二の腕に降り注ぐ。
「あっ、ひょっとして、自分なんかが栄誉ある‘奇跡認定’に同行していいのかと思っていますか? 安心してください。前回と違って、今回は正規の手続きを踏んで、聖務条例に基づいて発行された許可証を持っていますし、アムンゼンさんの拘束を解除するコマンドワ―ドも、ちゃんと教えてもらっています。」
「まあ、結構な話だが、俺にとっては、どっちでもいい事だ」
アムンゼンの返事は、不機嫌なままだった。
「あれ、まだ何か分からないことでもありますか?」
キルシェにとって、困惑や不満の表情を浮かべるときは、その知的好奇心が満たされぬ時だけなのだろう。
依然として、不機嫌そのもののアムンゼンの表情を見て、首をかしげた。
自分の説明が不十分だと思ったらしい。
「分ってるさ。」
寝そべっていた上体を起こしながら、アムンゼンは言った。
両腕を拘束する鎖が陽光を跳ね返し、一瞬だけその表面に刻まれたコマンドワードが浮かび上がる。
「‘奇跡’が使える人間が本当にいることも、神跡記録官として優秀な奴がその確認に選ばれることも、お前さんがアレと紙一重気味な大物だってこともな。」
「いやあ、僕なんてまだまだ・・」
「そりゃもう、前回の‘混濁の魔獣’探索任務の時に、嫌って程分らせてもらったさ。それより!俺がわからないのは!」
徐々に語気が強くなり、いつのまにかアムンゼンは荷台の上で完全に立ち上がっていた。
「なんで、お前さんが言うところの栄誉ある任務に!この女もついて来ているかって事だ!」
ジャラリ、と鎖を震わせながら、アムンゼンは荷台の後方で座っている小柄なシルエットを指差した。
汗ばむくらいの気候だが、その人物はフードつきのマントを被ったままだ。
「それはもちろん、聖職規定に基づく・・・」
「前を向け!前を!」
懐から、二通目の書簡を取り出し始めたキルシェに、アムンゼンは怒鳴った。
八つ当たりに近い。
「簡単なことよ」
「ああ!?」
フードの人影が発した澄んだ低い声に、アムンゼンは過剰に反応した。
「負傷した異端審問官の報告によると、ダンザスに現れたのは聖人だけでなく、‘聖剣’を使用する異端者と、‘堕天使’と呼ばれる怪物が出現したそうね。それに、奇妙な戦い方をする第三の男も板という話よ。行方をくらました聖人の探索が今回の任務ならば、その化け物達と、遭遇する可能性が極めて高いわ」
「・・・てめえ、何が言いたい」
「あなた一人では、キルシェの坊やの護衛任務は役不足と判断されたのでしょう」
フードの人物が出した淡白な結論に、一瞬、アムンゼンの巨躯が殺気に満ちたが、すぐに失せ、ドカッと再び荷台の上に腰を下ろした。
「ッチ、偉いさんって奴らは、何考えてんだか。あれだけ世間を騒がした‘混濁の魔獣’をあっさりと‘猟犬’として飼い始めるんだからな。‘神の寛容’を示したいなら、俺の刑期をドーンと減らせばいいものを」
「オルティアさんは、‘異端’の力を持っているとは言え、それは‘異端研究’に巻き込まれただけであって、別に犯罪を起こしたわけではありませんからね。何もしていない人間の身の安全を、法王庁がむやみに脅かす事はありませんよ」
悪態をつくアムンゼンに、キルシェが口を挟む。
疑問を持っている人間には、答えられずにはいられないのだろう。
「・・・ああ、そうだな。逆に言えば、何かした人間なら法王庁はその身を脅かしていいわけだ」
「・・・やけに絡みますね」
「当たり前だ!俺は前回このこの女に殺されかけたんだからな!‘混濁の魔獣’に危うく心臓を抉られるところだったんだぜ!」
分厚い胸板を覆う衣服をめくり上げて、アムンゼンは四本爪による傷跡を見せた。
「その後、しっかりと、‘異端者’の攻撃から身を盾にして、オルティアさんの事かばっていたじゃないですか」
「偶然だ!倒れたところに、コイツがいただけだ!」
あの混乱した状況でよく覚えていやがる。なんて記憶力のいい奴だ!声には出さず、アムンゼンは続けて叫んだ。
「私だって、好きで‘猟犬’に甘んじているわけじゃない!」
フードをめくり上げながら、オルティアが叫び返した。
少しくせの強いつややかな黒髪と、人目を引く美貌が現れる。
「今は動けないセフィ姉さんの頼みだから、お前らと一緒に来てやったんだ!・・・そうでなかったら、死んだって法王庁の飼犬になんかなるもんか!」
オルティアの気の強そうな美貌には、ぶつけどころのない怒りが満ちていた。
前回の事件が、オルティアとその姉であるセフィの心身に、消える事のない深い傷を負わせた事は、アムンゼンもキルシェも良く分っていた。
僅かな間だが、馬車を重い沈黙が支配した。
「・・・ダンザスに現れたその少年は、‘癒しの奇跡’を使ったそうです。重傷を負い、気絶した異端審問官の傷が、意識が戻った時にはほとんど治っていたと言うことですから、間違いないと思います。」
アムンゼンが何かを言う前に、手綱を握ったままのキルシェが沈黙を破った。
慰めるわけでもなく、淡々と話しつづける。
「だから、今回の‘奇跡認定’が済んだら、お姉さんも、‘癒しの奇跡’で元に戻るかも知れませんよ」
「そんなことが出来る・・・」
「分りません」
こわごわと声を出すオルティアに、キルシェは前を向いたまま、間髪いれず答えた。
「だけど、分らない事を分るようにするのが、僕たち‘神跡記録官’の仕事なんです。異端者の方は、異端審問官殿が引き続き調査を続けています。だから、僕たちは、‘奇跡認定’を全力で行なえばいいんです」
「・・・」
「それに、かの‘黒衣のガーラディ’もこう言ってます。‘分らないことがあるからこそ、人生は楽しめる’」
振り返ったキルシェの顔には、いつもの笑顔が満ちていた。
その笑顔に釣られるように、アルティアも少しだけ微笑む。
16歳の少女に似合った、朝露花のような笑みだった。
その顔を見ながらアムンゼンは思う。
一見まるで別のタイプの自分と、この危なっかしい神跡記録官がどこか馬が合うのは、多分二人とも‘人生を楽しんでいる’からだろう。
どの道、このボロ馬車同様、自分の命運もその細い腕に握られているのだ。
「全く、大した大物だよ。バカと紙一重だがな」
ため息まじりのアムンゼンの呟きは、僅かながら賞賛を含んでいたが、二人の耳に届く事がなかったからだ。
キルシェが後ろを向いているうちに、馬車が大きな石に乗り上げたからだ。
16-1 小話「街道にて」(小話「姉妹」その後)
アスガルド鉄道開通後、12教区間では、物資の輸送が格段に増加した。
『駅』が存在するその教区を代表するような大都市から、教区の中軸をなす地方都市へ。
さらには、辺境の村々へ。
それぞれの区間を結ぶ街道の重要性は増し、整備は定期的に行なわれている。
アスガルド鉄道が、半島の「大動脈」であるならば、これらの街道は、「毛細血管」ともいえる。
大都市間では、全区間が石畳で舗装された街道も存在するが、今一台の馬車が通っている「聖者の街道」は別であった。
荒れた細い道には石が転がり、車輪が通ると埃が盛大に舞い上がる。
聖者は清貧を好むのだ。
当然、馬車の乗り心地は最悪であった。
まして、麓の村で、金貨十枚で買い取った馬車ならなおさらだ。
「と、言うわけで、これから向う聖地ダンザスは‘白き衣の’シルベストルが初めて「奇跡」を示した場所なんですよ。その他にも、ここ第2教区では聖ジョージや聖パトリシアに代表される、偉大な聖人を数多く輩出しています。・・・聞いていますか、アムンゼンさん?」
御者席で手綱を握り、ガラガラと盛大な音を立てて回り続ける車輪にかき消されないよう、大声で話してい若者が、荷台を振り返った。
その顔には、こぼれんばかりの笑みが浮かんでいる。
旅用のマントの下は、名門でしられる神学校の学生服だが、ピクニックに行く子供のような笑顔だ。
「手綱を握っているときは、前を向け」
荷台から帰ってきた声は対照的だった。
辛うじて不機嫌を押さえ込んだかのような声だ。
「それよりな、キルシェ。今回の任務についてだが・・・」
「ええ、大変な名誉です。なにしろ、聖地に再び「奇跡」を使う聖人が現れたというもですから。まだ少年という話ですが、もしそれが本当なら、‘光の癒し手 サーシャ’以来三年ぶりの「奇跡」を使う聖人という事になります。」
ゴトン、と馬車が石に乗り上げ、キルシェの切りそろえた前髪が揺れた。
「‘神託院’より、その存在の確認が、この僕に与えられました。これで嬉しくなかったとしたら、神跡記録管として失格ですよ」
「・・・そういう事じゃなくてよ」
第二教区のなだらかな丘陵地帯上に延びる‘聖者の街道’へと降り注ぐ初夏の陽光が、鎖に繋がれたアムンゼンが誇る鋼の二の腕に降り注ぐ。
「あっ、ひょっとして、自分なんかが栄誉ある‘奇跡認定’に同行していいのかと思っていますか? 安心してください。前回と違って、今回は正規の手続きを踏んで、聖務条例に基づいて発行された許可証を持っていますし、アムンゼンさんの拘束を解除するコマンドワ―ドも、ちゃんと教えてもらっています。」
「まあ、結構な話だが、俺にとっては、どっちでもいい事だ」
アムンゼンの返事は、不機嫌なままだった。
「あれ、まだ何か分からないことでもありますか?」
キルシェにとって、困惑や不満の表情を浮かべるときは、その知的好奇心が満たされぬ時だけなのだろう。
依然として、不機嫌そのもののアムンゼンの表情を見て、首をかしげた。
自分の説明が不十分だと思ったらしい。
「分ってるさ。」
寝そべっていた上体を起こしながら、アムンゼンは言った。
両腕を拘束する鎖が陽光を跳ね返し、一瞬だけその表面に刻まれたコマンドワードが浮かび上がる。
「‘奇跡’が使える人間が本当にいることも、神跡記録官として優秀な奴がその確認に選ばれることも、お前さんがアレと紙一重気味な大物だってこともな。」
「いやあ、僕なんてまだまだ・・」
「そりゃもう、前回の‘混濁の魔獣’探索任務の時に、嫌って程分らせてもらったさ。それより!俺がわからないのは!」
徐々に語気が強くなり、いつのまにかアムンゼンは荷台の上で完全に立ち上がっていた。
「なんで、お前さんが言うところの栄誉ある任務に!この女もついて来ているかって事だ!」
ジャラリ、と鎖を震わせながら、アムンゼンは荷台の後方で座っている小柄なシルエットを指差した。
汗ばむくらいの気候だが、その人物はフードつきのマントを被ったままだ。
「それはもちろん、聖職規定に基づく・・・」
「前を向け!前を!」
懐から、二通目の書簡を取り出し始めたキルシェに、アムンゼンは怒鳴った。
八つ当たりに近い。
「簡単なことよ」
「ああ!?」
フードの人影が発した澄んだ低い声に、アムンゼンは過剰に反応した。
「負傷した異端審問官の報告によると、ダンザスに現れたのは聖人だけでなく、‘聖剣’を使用する異端者と、‘堕天使’と呼ばれる怪物が出現したそうね。それに、奇妙な戦い方をする第三の男も板という話よ。行方をくらました聖人の探索が今回の任務ならば、その化け物達と、遭遇する可能性が極めて高いわ」
「・・・てめえ、何が言いたい」
「あなた一人では、キルシェの坊やの護衛任務は役不足と判断されたのでしょう」
フードの人物が出した淡白な結論に、一瞬、アムンゼンの巨躯が殺気に満ちたが、すぐに失せ、ドカッと再び荷台の上に腰を下ろした。
「ッチ、偉いさんって奴らは、何考えてんだか。あれだけ世間を騒がした‘混濁の魔獣’をあっさりと‘猟犬’として飼い始めるんだからな。‘神の寛容’を示したいなら、俺の刑期をドーンと減らせばいいものを」
「オルティアさんは、‘異端’の力を持っているとは言え、それは‘異端研究’に巻き込まれただけであって、別に犯罪を起こしたわけではありませんからね。何もしていない人間の身の安全を、法王庁がむやみに脅かす事はありませんよ」
悪態をつくアムンゼンに、キルシェが口を挟む。
疑問を持っている人間には、答えられずにはいられないのだろう。
「・・・ああ、そうだな。逆に言えば、何かした人間なら法王庁はその身を脅かしていいわけだ」
「・・・やけに絡みますね」
「当たり前だ!俺は前回このこの女に殺されかけたんだからな!‘混濁の魔獣’に危うく心臓を抉られるところだったんだぜ!」
分厚い胸板を覆う衣服をめくり上げて、アムンゼンは四本爪による傷跡を見せた。
「その後、しっかりと、‘異端者’の攻撃から身を盾にして、オルティアさんの事かばっていたじゃないですか」
「偶然だ!倒れたところに、コイツがいただけだ!」
あの混乱した状況でよく覚えていやがる。なんて記憶力のいい奴だ!声には出さず、アムンゼンは続けて叫んだ。
「私だって、好きで‘猟犬’に甘んじているわけじゃない!」
フードをめくり上げながら、オルティアが叫び返した。
少しくせの強いつややかな黒髪と、人目を引く美貌が現れる。
「今は動けないセフィ姉さんの頼みだから、お前らと一緒に来てやったんだ!・・・そうでなかったら、死んだって法王庁の飼犬になんかなるもんか!」
オルティアの気の強そうな美貌には、ぶつけどころのない怒りが満ちていた。
前回の事件が、オルティアとその姉であるセフィの心身に、消える事のない深い傷を負わせた事は、アムンゼンもキルシェも良く分っていた。
僅かな間だが、馬車を重い沈黙が支配した。
「・・・ダンザスに現れたその少年は、‘癒しの奇跡’を使ったそうです。重傷を負い、気絶した異端審問官の傷が、意識が戻った時にはほとんど治っていたと言うことですから、間違いないと思います。」
アムンゼンが何かを言う前に、手綱を握ったままのキルシェが沈黙を破った。
慰めるわけでもなく、淡々と話しつづける。
「だから、今回の‘奇跡認定’が済んだら、お姉さんも、‘癒しの奇跡’で元に戻るかも知れませんよ」
「そんなことが出来る・・・」
「分りません」
こわごわと声を出すオルティアに、キルシェは前を向いたまま、間髪いれず答えた。
「だけど、分らない事を分るようにするのが、僕たち‘神跡記録官’の仕事なんです。異端者の方は、異端審問官殿が引き続き調査を続けています。だから、僕たちは、‘奇跡認定’を全力で行なえばいいんです」
「・・・」
「それに、かの‘黒衣のガーラディ’もこう言ってます。‘分らないことがあるからこそ、人生は楽しめる’」
振り返ったキルシェの顔には、いつもの笑顔が満ちていた。
その笑顔に釣られるように、アルティアも少しだけ微笑む。
16歳の少女に似合った、朝露花のような笑みだった。
その顔を見ながらアムンゼンは思う。
一見まるで別のタイプの自分と、この危なっかしい神跡記録官がどこか馬が合うのは、多分二人とも‘人生を楽しんでいる’からだろう。
どの道、このボロ馬車同様、自分の命運もその細い腕に握られているのだ。
「全く、大した大物だよ。バカと紙一重だがな」
ため息まじりのアムンゼンの呟きは、僅かながら賞賛を含んでいたが、二人の耳に届く事がなかったからだ。
キルシェが後ろを向いているうちに、馬車が大きな石に乗り上げたからだ。