「どこがマズかったんだろうな・・・」
降り続ける雨が黒髪を濡らす。
重く額にかかった前髪から滴る雨粒が不快だった。
―ジ、ジジ、ィィィ・・・―
崩壊した石造りの礼拝堂の瓦礫の下からは、肉が焼けるような匂いと音が漏れている。
下敷きになった‘子爵級悪魔’の肉体が再生している証だ。
巨大な甲殻類を思わせる甲羅と鋏を持つ悪魔は、重アーティファクトであるハンマーバレットが射出した鉄球の直撃による胸部の破損を、この音と匂いと共に僅か数十秒で再生させていた。
礼拝堂の内部に誘い込み崩落に巻き込んだが、悪魔の持つ再生能力はカナンの予想以上に強靭なものだったらしい。
「・・・奥の手のはずだったんだけどな」
悪魔が再生を終えるまで早くて数十秒、遅くて一分程度か。
その間に次なる一手を考え、行動に移さなければならないが、雨と泥に塗れた尼僧服の冷たさと重さが、カナンから思考力を奪っていた。
右腕に固定したハンマーバレットの重量が、重くのしかかる。
「どこがマズかったんだろうな・・・」
振り続ける雨の中、カナンはもう一度呟いき、自分の招いた過失を探る。
礼拝堂に悪魔を誘い込む際に、巨大鋏に左足を挟まれた時か。
いや、あれは幸運だった。
足首から流血と痛みは断続的に続いているが、咄嗟に引き抜いたので、足健は切断されずにすんだ。
だとしたら、甲羅を前面にした体当たりを避けきれなかった時か。
おかげで呼吸が苦しく、上体に力を入れるたびに脇腹に激痛が走る。
肋骨の何本かにヒビが入っているだろう。
もう少しボリュームのある胸だったら、いくらか衝撃も緩衝できたかもしれない。
それとも、直接指揮を執ったイルドルフ司祭の待機命令を聞かずに、一人飛び出した時か。
だが、この村に生存者がいる可能性がある以上、増援の到着は待っていられなかった。
「・・・いいえ、違うわ」
カナンの視線は、傍らに倒れた銀髪の少女に注がれる。
自分が一人で行くと決断したはずなのに、少女の‘私もいく’の一言に甘えてしまった。
身勝手な自分の行動に、友人を巻き込んでしまった。
手甲から射出する鋼線で巧みに悪魔の動きを制限してくれた援護を活かせず、軽装の革鎧を引き裂く一撃を防げなかった。
「つまりは・・・」
全てが悪かったのだ。
イルドルフ司祭の言葉を信頼せず、待機命令を無視した事。
同行を申し出る‘相棒’の好意に甘えたこと。
敵の戦力を見切れず、‘相棒’にまで負傷が及んだこと。
焦りの余り、自分も負傷し、敵に反撃の隙を与えたこと。
全てが、自分の軽率な判断と過信による過ちだ。
「ごめんね、フィリス」
傍らに倒れた銀髪の少女に、カナンは語りかける。
ハンマーバレットを持ち上げようとするが、脇腹と左足に激痛が走る。
‘切り札’である第一種封印弾をしようした‘グングニル’を使用しても、射出の反動に軸足が耐え切れそうにない。
どんなに破壊力を持った一撃でも、当たらなければ意味が無い。
要するに、手詰まりだ。
後悔と自責の念が、ハンマーバレットを更に重くする。
「迷惑かけたのに、今日こそダメかもしれない・・・」
「・・・いつもの事よ」
消え入るようなカナンの声に、銀髪が揺れフィリスが呼応する。
「あなたが突き進むのもいつもの事。‘ダメかもしれない’と思うのもいつもの事」
フィリスが傷口が開いた両腕をだらりと下げながら、身を起す。
「そして・・・」
立ち上がりながら、カナンに小さく微笑む。
暗殺者として育てられたフィリスが、カナンとであってから見せるようになった小さな、そして極上の笑みだ。
「あなたの私の二人で、それを切り抜けるのもいつもの事でしょ?」
「・・・そうだったわね」
カナンは頷くと、額にへばりついた前髪をかき上げた。
フィリスの言う通りだ。
困難に突き当たった時、フィリスにこうして励まされるのもいつもの事だ。
瓦礫が大きく揺れる。
再生を終えた悪魔が、姿を現す合図だ。
「フィリス!私の体をしっかり支えて!」
カナンの力強い声に頷くと、フィリスは裂傷を負った両腕をカナンの腰に回し、左足に力を込める。
「‘聖ナニアの名の下に福音を祝福を明証し、我、順列に言霊を並べる’!」
聖句と共に、銀の聖印から‘第一封印弾’を取り出すとハンマーバレットに装填する。
鉄球が流体金属に戻り流れ出すと、‘神殺しの槍’グングニルと再形成され円形に配置される。
『裁きを!』
悪魔が瓦礫を吹き飛ばすのと同時に、唱和の声が響いた。