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小話 カナンとフィリス2

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匿名ユーザー

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もう頭にきた!」 

山林の中、取り残されたように月光を浴びる廃砦。 
大発掘時代に、希少鉱物を多数産出していた優良炭鉱を狙う盗賊団や、山岳地帯の魔物から守るべく建設された歴史を持つ。 
強力な私設軍を所有するドーヴァリン商会が炭鉱を買収してからは、その役割を失っていた。 
その砦の城壁から、異端審問官カナン・ヨハナンは落下した。 
いや、落とされた。 
落下途中で城壁を蹴り、砦外部の水車小屋の板張りの屋根に体を向け、受け身をとる。 
「話し合おうって言ってるのに・・・」 
崩れ落ちた瓦礫を掻き分け、カナンは、沸騰する感情と供に立ち上がった。 
落下の際に頭巾ははずれ、光沢を放つ黒髪が、巻き上がった粉塵によって灰色に染まっている。 
尼僧服の右肩からわき腹にかけては大きく破れ、下に着込んだ鎖帷子と白い肌の一部がのぞいている。 
背中に背負っていた重AFハンマー・バレットが収納された木箱は、瓦礫の中で落としたようだ。  

「これが第九課のやり方って事ね!!」 
埃のパック’で煤けた頬を、汚れの上からでも分かるほど真っ赤に染めあげる。 
瓦礫の上に立つと城壁を見上げ、二つの人影に向かって叫んだ。 

「そっちがその気なら、私も手加減しないから!」 
叫びながら、カナンは一歩前進する。 
「最初から‘手加減してくれ’なんて一言も言ってないぜ、トロくさいお嬢ちゃん‘」 
城壁の上で、第九課異端審問官アルデ・ステルリアは、余裕の笑みと共にカナンを見下ろした。 
大柄かつ引き締まった身体を包む尼僧の裾を夜風にはためかせながら、手にしたアーティファクト‘煉栽棍’を翳す。 
長杖状AFの先端で鈍く輝く二対の輪は、カナンを吹き飛ばした一撃の余熱で夜風を焦がしている。

「アルデさん、‘トロくさい’などと言っては失礼ですわよ」 
長身のアルデの隣で対照的な小柄な影が軽やかに言った。 
「こちらの第七課異端審問官カナン・ヨハナンさんは、‘氷結地獄’と言われたセックヴェアグ炭鉱に潜入して、異能力者も含む‘反乱軍’から`輝光石’を取り返してきてくれたのですから。 
光輝石’さえなければ、反乱軍の使用するアスベリア製AFのほとんどが動きませんわ。 
私たちが行動している間に、ちょうどいい目くらましになってくれたうえに・・・」 
頭巾からこぼれた細い金髪を、軽やかに夜風にそよがせると、右手に持った親指程の大きさである‘輝光石’を月光にかざした。 
「こうして私たちの元へ、反乱軍から`光輝石’を届けてくれたのですから」 
「誰が貴方たちなんかに! 返しなさいよ! それはイルドルフ司祭に届けるものよ!」 
さらに数歩前進しながらの抗議に、爽やかな微笑を向ける。 
「でしたら取り返せばいかが? 
この私から、このラーラ・メルデから取り返せるものでしたら」 

「さて、これで‘反乱軍が異端’であるという証拠は手に入れた」 
「後は、結果をベルガー課長に報告すれば、一件落着ですわ」 
「早計だわ! その`輝光石’は、炭鉱内で発掘されたものだし、第三教区で強奪されたものとは無関係よ!」 
「どっちだっていいんだよ、そんな事は。 
炭鉱の外で待っているドーヴァリンの私設軍に突入のきっかけが作れれば、なんでもいいのさ」 
「突入ですって!?」 
「本当にご存じないのかしら。七課所属の方々は、お気楽でよろしいですわね」 
ラーラは哀れんだ視線を向け、繊細な眉を潜めた。


「特別に、順を追って説明して差し上げましょう。 
一つ、ドーヴァリン商会は圧倒的採掘量を誇る炭坑の所有により、‘国境無き王国’と呼ばれ、アスガルド鉄道の新規路線開発中の法王庁に対して少なからず影響力を持つ組織ですわ」 
歌うような軽やかさでラーラは‘説明’する。 
「二つ、ドーヴァリン商会所有の炭鉱で、反乱が発生した。 
商会は、自力解決を宣言し私設軍ともいうべき労働監督隊を派遣するも、異能力者に率いられた反乱群を三ヶ月経過しても鎮圧出来ないでいる」 
ラーラの説明をアルデが引き継ぐ。 
「三つ、‘人道的立場から’反乱の調停に乗り出した法王庁は、商会が所有する利権の弱体化、または法王庁に対する忠誠を誓わせたい。 
そのためには、早期解決をはかり、商会に対して大きな‘貸し’を作る必要があります」 
「四つ、反乱軍が異端者であれば、法王庁は様々な強権を発動させる大儀明文ができる。 
加えて、今回の件に関わりの無い外部組織に対しても、‘法王庁が法王庁である理由’を見せしめ、牽制する事が可能になる」 
「五つ、反乱軍が所有してた‘輝光石’は‘ロスト・アーティファクト’の動力源になるため、使用あろか単純所持も禁止されています」 
「六つ、よって反乱軍は‘異端者’だ。理解したか?」
月光に照らされた城壁の上で交互に語る二人の第九課異端審問官に対し、カナンは黒髪を揺らして反論する。 
「待ってよ! ‘反乱軍’の大半はドーヴァリン商会のよって強制的採掘に従事させられていた人たちよ。 
飢えや寒さから逃れるために、家族にもう一度会いたい一心で、最後の希望として‘反乱軍’に身を置かざるを得なかった。 
今回の反乱は、突入なんかしなくても解決する方法はある! 
イルドルフ司祭なら、‘反乱軍’との話し合いの場を用意してくれる!」 
「キレイ事を並べるんじゃないよ、お嬢ちゃん!‘話し合い’でどれだけの事が解決するって言うんだ!」 
苛立ちを隠そうともせず、アルデは高い鼻に皴を寄せて叫ぶ。 
「最終的な判断を下すのはは、私たちではなく‘聖ロハスの間’に座る方々です。 
つまりは今回の‘聖務’に関与した‘第七課課長イルドルフ’と‘第九課課長ヒュー・ベルガー’のどちらの対応策に、説得力があるかということですわ」 
ラーラは右手の‘輝光石’を再び月光にかざした。 
加工方法によっては‘巨神’や‘竜’の動力源となりうるクリスタルの放つ偏光が、城壁の下から見上げるカナンを照らす。 
前進していたカナンの足が止まる。 
同時にゆっくりと、そして静かにカナンの表情が変化する。 
怒りや苛立ちが消え、毅然とした決意が浮かび上がる。 
「‘文句があるなら、勝負しろ’。・・・そういう事ね?」 

「理解できれば、それでいいさ。・・・当然、アタシの‘煉裁棍’が、お前を吹き飛ばした、という事も覚えているよな?」 
「その際に私は一切手出しをしなかった、という事もお忘れなく。 
それを踏まえてここまで上ってくる勇気があなたにありまして、カナン・ヨハナン審問官?」 
「・・・いいえ」 
うなだれるように俯き、手にした小型拳銃をきつく握り締めたカナンに対し、アルデとラーラは勝ち誇った笑みを浮べる。 
「私が登るんじゃない。貴方達が降りるのよ」

「はあ?」 
「そのオモチャで私たちと勝負するおつもりかしら?」 
引き絞るようなカナンの言葉を、アルデとラーラは一笑する。 
その笑いに対し、カナンは小型拳銃を右手の肘先まで足元の瓦礫の隙間に突っ込み、応えた。 
「降りるのよ、貴方たちが。・・・こうやってね!」 

瓦礫を跳ね飛ばし現れたカナンの右腕は、鋼の手甲を連想させる固定具で覆われていた。 
小型拳銃を包み込むように、鉄鋼の先端にはハンマー・バレットが固定されている。 
瓦礫の下に埋もれた木箱をカナンは歩き回りながら探し、そして見つけた。 
埋もれた愛用品は足の感覚だけでわかる。 

「さあ、今すぐ降りていらっしゃい!」 

大人の頭部ほどもある鉄球をアルデとラーラの立つ城壁に向けた。 
鉄鋼の内側で小型銃の引き金を引く。 
増幅された銃圧が、弾丸のような勢いで射出。 
鉄球と射出機を繋ぐ鎖が奏でる金属音。 
‘大砲並み’の破壊力を持つハンマーバレットの射出衝撃を、上半身から、腰、膝、足首へと逸らし減圧。 
鉄球が城壁の石壁を砕き、爆音のような激突音と粉塵が舞い、城壁頂部は大地震のような激しい振動に見舞われる。 
城壁に亀裂がはしり、傾く。 

「た、単純すぎますわ!」 
「破城鎚じゃあるまいし!」 

二人がバランスを崩したのは、僅かに数秒。 
卓越した反射神経で、足場を確保し、重心を整える。 
だがその数秒の間に、背後から伸びた極細の鋼糸、がラーラの右手から‘紫水晶’を絡め取っていた。 
「なんですの!?」 
「操糸術か!」 
振り返った二人の異端審問官は、城壁の端に立つ細身の人影と、その手に吸い寄せられるように収まる‘紫水晶’を確認した。 
肩幅で切り揃えた艶やかな銀髪と、まだ少女の面影を残す顔立ち。 
実用性を重視した軽装の皮鎧と。 
状況を把握する冷静な眼差しが、少女の素性と実力を物語る。
「ラーラはともかく、アタシの背後を取るとはな。 
不意打ちはいつでも可能だったろうに、この瞬間を待っていやがったのか!?」 
「ちょっとアルデ審問官、人のせいにしないで下さります!? 
そもそも下調べをしたのは貴方でしょう? 
派遣された第七課に‘操糸術’に長けた腕の立つ護衛がいるなんて聞いていませんでしたわよ!?」 
アルデが‘煉裁棍’を構えなおすのを横目で確認しながら、ラーラは腰帯に挟んだ二対の小剣‘イグニアの蒼流’を抜刀する。 
「‘腕の立つ護衛’ではないわ」 
‘煉裁棍’の先端に灯る紅蓮の炎と、‘イグニアの蒼流’の結露した刀身が放つ青光に照らされた銀髪の‘元’暗殺者・フィリスは、掌中に収めた‘紫水晶’を懐に収めながら、静かに呟く。 
「私は、ただの‘カナンの友達’よ」 
短い訂正を残すと、フィリスは背後の城壁の外へ広がる暗闇に、跳ねた。 
「逃げたぞ、ラーラ!」 
「分かってますわよ!」 
フィリスが立っていた城壁の矢切り壁に、鋼糸が巻きつけていた事に気づいた二人は、フィリスの消えた場所に殺到する。 
そして、その瞬間に再びの激震が二人を襲った。 
傾きかけた城壁は、カナンが放った二度目の鉄球の直撃に耐え切れず、積み重なった石壁が積み木のように、一斉に崩れる。 
今度は足場や手すりを確保すればいいという問題ではない。 
「く、崩れましてよ!」 
崩れ始めた城壁の上で、退路を確保しようとするラーラの襟首を、アルデの左腕が掴んだ。 
「何を・・・」 
「‘輝光石’が奪われたのはお前のせいだ」 
アルデの上体が弓の様にしなる。 
「責任もって取り返して来い」 
崩落が始まる中、小柄なラーラの体はアルデの豪腕によって、フィリスが消えた夜の森林地帯へ投擲された。 
「ア、アルデ審問官!?」 
ラーラの叫びは、城壁の崩落の轟音にかき消され、残雪の混じりの湿った落ち葉が、ラーラの体を受け止める。 
一瞬、同僚の安否に対する不安がラーラの頭を掠めたが、すぐに逃走したであろうフィリスの追撃の算段と、受身の難易度も考慮せず放り出された怒りに変わった。 
「分かりましたわ。・・・逃がさなくてよ」


「今、思い出したことがある」 

完全に崩れた城壁が巻き起こした粉塵に、咳き込みながらアルデは言った。 
長身を包む尼僧服は所々が擦り切れ、赤く滲んだ肌が覗いている。 
「第七課には、重アーティファクトを使いこなす‘白き腕’の二つ名を持つ女異端審問官がいるってな」 
「これで一勝一敗。・・・さっきはあなたが私を落し、今度は私があなたを落した。だから・・・」 
「決着は接近戦で付ける、と言う事でいいかしら?」 
「・・・バカだな、お前」  
右手に馴染む使い込まれた愛用のアーティファクトの感触に、アルデの顔に野性的な笑みが広がる。 
「アタシは接近戦が得意なんだぜ?」 
「でしょうね、でも・・・」 
カナンは左手でハンカチを引き裂く。 
頭巾を失い乱れた黒髪を後部で縛りながら、アルデの眼光を受け止め、言った。 
「私も接近戦が得意なの」 
僅かな間の後、アルデの夜空へ高く響く笑いへと変化した。 

「いいね、最高だよ。‘トロくさい’とか言って悪かったな‘白き腕’。・・・さあ、はじめようか」 
「手加減はしないわよ?」 
「ハッ!誰が頼んだ?」 
月光の下、夜霧を焦がす紅蓮の炎と、重厚な射出音が響いた


「そこ!」 
「ちい!」 
月光の下、廃砦の中庭で、二人の異端審問官の戦いは続いていた。 
黒髪をなびかせながらカナンが振るったハンマーバレッドは`近距離仕様’となっている。 
射出口と鉄球を結ぶ黒鎖の長さはカナンの身長程度。 
その形状は‘ヘビーフレイル’に近い。 
冷え切った夜の空気を震わせる一撃を、アルデは身を屈めて避けると、反撃のため地面を蹴る。 
「遅いんだよ!」 
重量武器を使用した直後に生まれる大きな隙。 
高速で回転する二対の輪から炎を吹き出す‘煉裁棍’を振り下ろす。 
「どっちが!」 
「なに!?」 
直後にアルデは、‘煉裁棍’を振り下ろす直前で、回避を余儀なくされた。 
背後から高速で引き戻された鉄球が、アルデの右肩口をかすめ、カナンの右腕の手甲に納まった。 
「ちっ!」 
鉄球が掠めた衝撃でアルデの頭巾が吹き飛び、燃えるような赤髪が月光の下に晒される。 
舌打ちと供に大きく後方に跳んだアルデは、内心カナンの戦闘感覚に賞賛に近い感覚を覚えた。 
「やるじゃないか」 
その破壊力の代償に、攻撃直後に隙を生じる‘フレイル’という武器の短所を、カナンは鎖を‘最適な’長さに調整する事で消していた。 
引き金の加減による銃圧と連動した鉄球の自動射出・巻上げ機能で、鎖の長さを攻撃の度に調整する。 
‘最適な鎖の長さ’は‘最適な間合い’となり、豪腕・俊敏であるアルデを防戦一方に追い込んでいた。 
ズレのない正確な間合いを計るのは、カナンの研ぎ澄まされた戦闘感覚によって生み出されている。
「・・・だがな、‘白き腕’」 
両足を開き、挑みかかるような姿勢で立ったアルデは、不適な笑みと供に直後に放たれた‘ヘビー・フレイル’の一撃を、両腕に構えた‘煉裁棍’で受け止めた。 
「見切っちまえば、こっちのもんなんだよ!」 
重量武器による衝撃は、覚悟の上で、敢えて回避はしなかった。 
このまま鉄球を‘殺す’事ができれば、右腕に装着した手甲と鉄球を結ぶ鎖は、動きを制限するだけの‘枷’になる。 
そうなれば決着は一瞬で付く、はずだった。 


「くっ!!」 
‘煉裁棍’とアルデの豪腕をもってしても鉄球の衝撃は止まらず、アルデの長身が大きく空を舞い、朽ちかけた厩の壁に叩きつけられた。 
アルデの見切りより遥かに‘重い’一撃だった。 
厩の壁を壊し、乾ききった飼葉と土ぼこりに塗れながら、アルデは苦痛の吐息を漏らす。 
息を吸い込むだけで胸骨に激痛が奔った。 
「く・・・そっ、・・・く、そっ、くそっ!!」 
「決着は私の勝ち、という事で異存はないわね?」 
苦悶に体を捩るアルデに、カナンが静かに近づく。 
その視線が自分の安否を気遣っていることが、アルデの神経を逆撫でた。 
「ふ、ざけるな!!!」 
敷き詰められた涸れきった飼葉の上で、アルデは叫ぶ。 
「最終的に、‘紫水晶’が、ベルガー課長の元に届けられれば・・・」 
胸骨から広がる熱を伴った痛みを押し込め、アルデは無理やり笑う。 
「アタシ等の勝ち、だ!!!」
「・・・そうはならないわ」 
「ハッ、ハ・・・ハハハ!!!」 
アルデは身を捩り、うつ伏せの姿勢のまま笑い続ける。 
「アタシの相棒は、口喧しくて細かい所ばかり指摘するが、過去の‘追撃’において、一度も‘異端者’を取り逃がしたことは、ない。・・・ただの、一度も、ね」 
「それが何?フィリスはスピードだけじゃない。鋼糸を使った立体戦闘に、自然環境の中での穏身にも長けているわ。・・・捕まえられるなら、捕まえてごらんなさい」 
黒鎖を巻き上げたハンマーバレットを構えたカナンの手は微動だにしないが、声には僅かな動揺が奔る。 
対照的にアルデには余裕が生まれる 

(・・・分かりやすい奴だ) 

「相棒の持つ‘イグニスの蒼流’は、‘熱を追尾する’特殊能力がある。 
霧の立ち込める深夜の山林でも、相棒にとっては明かりをつけたまま走る相手を追走するようなものさ。きっと、今頃・・・」 
同時に、雷鳴のような轟音と閃光が、夜の静寂を引き裂いた。 
背後を振り返ったカナンの顔を、山端から天へと延びる‘二本の蒼い光柱’が照らした。 
「相棒が‘蒼流閃’を使う頃さ。・・・これで、アタシ達が、また一勝」 
「フィリスは、負けたりしないわよ!」 
「・・・それにな」 
白い頬を紅潮させながら向きなおしたカナンに対し、うつ伏せの姿勢のまま、アルデの左腕が動いた。 
その手に握られた飼葉の下に埋もれた錆付いた鋤が、カナンの尼僧服の裾に突き刺さる。 
「ちょ、ちょっと?」 
アルデは鋤を捻じり上げカナンの裾を巻き上げると、一息で引き寄せる。 
「アタシも‘負けた’なんて一言も言ってないぜ、‘白き腕’!?」 
仰向けに倒れ、軽々と引き寄せられるカナンに、炎を纏った‘煉裁棍’が叩きつけられる。
鋤で尼僧服の裾を巻き取られたカナンは、仰向けに転倒し、そこに練栽棍を降りおろせば、終わるはずだった。 

だが、カナンは腰帯に挟んでいたナイフで、絡み取られていた裾を裂き、辛うじて脱出していた。 
アルデの胸中に不快感が溢れる。 
必殺の間合いから逃げられた事に対してではない。 
もっと、根源的な事だ。 
「あんた、`反乱軍’を救いたいんだろ? 
反乱軍の大半は、冬場の飢えを凌ぐ食料と引き替えに、炭坑で半強制的に労働を課せられている貧民達。 
そいつ等を異端扱いにさせないためには、このアルデ・ステルリアを倒し、紫水晶を七課課長イルヂルフの元へ届けなくてはならない」 


「そのために、アタシを殺す覚悟はあるのか?」 
不意に頭をよぎった疑問を口にする。
カナンが裾を切り、アルデの練栽棍から逃れる瞬間、カナンには大きな勝機があった。 
アルデが見せた、攻撃の直後に生まれる大きな隙。 
だが追撃はなかった。
致命的な一撃を放つ機会があったにも関わらず、だ。
「どうした、答えろよ?」 
カナンは無言で、予備弾倉を装填したハンマーバレットを構える。 
射出の衝撃に備え、片足を後方に構える。
大きく裂けた尼僧服の裾が夜風に煽られ、白い脚が露出する。 
「ハハッ、そういう事かい」 
無言は、肯定。
アルデは、笑った。 
そして理解する。 
至近距離でのハンマーバレットの使用は、手加減ができない。 
相手に致命傷を与える事をカナンは嫌い、アルデを攻撃しなかった。 
いや、出来なかった。 
笑いながら一歩を踏み出す。 
「笑えるしかないな。殺す覚悟もない奴が・・・」 
踏み込んだ足で大地を蹴り宇、加速。 
同時に、練栽棍を降りかぶる。 

クラフト・ドライブ起動。 

先端の二輪が高速で回転開始。 
摩擦熱が夜霧を焦がす。 
「殺し合いをするなんてさ!」
「・・・笑われる事にはなれているわ」 
カナンはハンマーバレットの撃鉄を引く。 
フルフェリア砂鉄が装填された三号弾丸。 
ハンマーバレットの鉄球が、フルフェリア砂鉄に反応し、形状を円盤状へと変化させる。 
直後、降りおろされた練栽棍を受けとめる 

衝撃。 

腕から全身へと駆け抜けた加圧に構えた右足が耐えきれず、後方へ吹き飛ぶ。 
辛うじて転倒を堪え、ハンマーバレットの`盾’を構える。 
間髪おかずに、アルデの追撃。 
今度は横殴りの一撃。 
`盾’を両手で支え、衝撃に備える。 
「みんな私の話を笑うけど・・・。 
真剣に話を聞いてくれる人もいる。 
私を頼ってくれる人もいる。 
私を支えてくれる人もいる。 
・・・司祭様は私を信頼して、この事件を私に任せてくれた」 
先ほどよりも重い衝撃。 
だが、今度は倒れない。 
下半身を踏ん張り、踏みとどまる。 
「だから、絶対に負けない!」 
「やってみろよ、白き腕!」 
アルデの凶暴な叫びと共に放たれた蹴りが腹部に叩きつけられた。

止む事のない練栽棍の連撃を、カナンがまともに受け切れたのは、最初の二、三撃だけだ。 
全て、手を抜くことのない重さを持った攻撃に、カナンは後退を余儀なくされる。 
防御し、とばされ、逃げる。 

傾いた流れをアルデは確実に掴む。 
圧倒的なスタミナに基づく攻撃は、戦闘が長引くほどアルデを有利にしていく。 
逃げるカナンと追うアルデ。 
この構図が覆る事はない。 
「あら?・・・まだ片づいていませんの?」 
優雅な問いかけは、アルデの背後からだった。 
「これから片づけるところさ。黙ってみていろ」 
答えながらも、アルデは自分が息切れしている事に気がついた。 
そういえば、随分と走った。 
だが、走った甲斐はある。 
廃砦が乱立するドーヴァリンの森林部を抜け、後ろは鉱山地帯。 
炭坑の地下へと通じるエルベ渓谷が、カナンの前方を断絶している。 
雪解けの渓流が流れる谷底から吹き上げる風に裾を乱しながら、カナンは振り返る事を余儀なくされる。 
もう、逃がさない。
「・・・そっちの糸使いの囚人女はどうしたよ?」 
「お逃げになってしまいましたわ。カナンさんを見捨ててね」 
ラーラは手にした二対の短剣を掲げて見せる。 
一度ターゲットを捕らえるとその熱を関知する。 
どれだけ巧妙に隠れようとも、半径300メトルー以内であれば、その居場所を使用者へと教える。 
「だけど、御覧になって」 
ラーラは袖から輝鉱石を取り出し、月光にかざしてみせる。 
「フィリスさん、でしたかしら? 
随分と逃げ回っていましたけど、最後はこれを放り投げてお逃げになりましたわ。 
当然、自分の命は大切ですものね」 
ラーラはハンマーバレットを構え直すカナンに、同情するかのような視線を向ける。 
「これをベルガー課長に届ければ、後は公正な異端審問の開催を待つだけですわ」 
「公正?・・・自分達が書いたシナリオ通りの異端審問が公正ですって!?」 
「もういいだろ。お前の御託は聞きあきた」 
傍らのラーラを制し、アルデはゆっくりと歩き出す。 
無造作に練栽棍を構え、降りかぶる。 
「あばよ、`白き腕’」
「それはどうかしら?」 
アルデに対して、カナンは笑った。 
イタズラ自慢する、子供の笑みだ。  
笑いながら、ハンマーバレッドを射出する。 
足下の岩場に向かって。 
使用弾丸は強化弾。 
単純な破壊力なら、通常弾最強だ。 
爆薬が仕掛けれたかのような、轟音と衝撃。 

一瞬で岩場は粉砕され、崩落する。 
カナンは無数の岩塊と共に、渓谷の底へと落下する。 
「アルデさん!」 
「ち、道ずれのつもりかよ!」 
カナンへと近づいていたアルデはもとより、足下まで亀裂が入ったラーラも大きく後方へ跳躍し、着地する。 
はずだった。 
が、二人の体は空中で静止する。
「これは!?」 
「糸!?」 
脱出を試み、もがく。 
蜘蛛の糸に絡めとられた蝶のように身をよじるが、手足はますます絡みつく。 
「・・・動けば窒息を早めるわ」 
冷静な声は真後ろから聞こえた。 
「どうして・・・熱反応は無かったわ」 
背後から、フィリスが追い越していく。 
その体は、銀髪から革靴の先端まで水に濡れていた。 
「水に潜って、`イグニアの蒼流’の感知以下まで体温を低下させていたというの? 
この寒さの中で」 
残雪の残る山岳部、それも夜だ。 
水温は氷点下近くまで低下する。 
「カナンの優先する事はもう決まっている。 
私もすぐにいかなないと。だから・・」 
ラーラの手から輝光石を取り上げると、 
崩落した崖の縁煮立ったフィリスは一言だけ残し、その身を軽やかにひるがえしたした。 
「殺さないであげる」 
「・・・不覚を取りましたわ」 
ラーラは唇を噛む。 
慢心と言えば慢心。 
油断と言えば油断。 
文字通り、手のひらに納めた勝利を、取りこぼした。 
「・・・私たちの‘負け’ですわね」
「くそっ、アタシを誰だと思っている 
殺す覚悟もない奴らが、このアデル様に向かって・・・」 
「絶対に許さねえ!」

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