「これは意外に・・・」
手にしたペンをメモ帳の上に置き、椅子の背もたれで大きく伸びをする。
十一課の執務室の片隅の専用机で、クェイルは安心から大きく息を吐く。
机の上には、経理伝票の山。
それぞれ日付、支出項目、金額桁別に、フォルダに綴られている。
クェイルが十一課に転属してから五ヶ月。
執務室の掃除が終了し、無造作に山積みにされていた伝票整理に手をつけた。
誰に言われた訳ではない。
ただし、誰も言わなければ、ここでは整理する人間がいない。
元々、地方都市の文官あがりだ。
事務仕事はなれている。
「覚悟はしていたが・・・」
仕訳したメモ帳を片目に、小さくうなづく
「結構、順調な進捗ですね」
異端審問局内部で各課の年間予算は、前年中に割り振られている。
予算は課長、または権限委譲を受けた側近が管理する事になっている、らしい。
本来であれば、課長であるフェルメノが管理すべきだが、あまりに手付かずなので自主的に整理をする事にした。
そして、計画性には疑問符がつくものの、決して無駄遣いはしていない事に感心した。
仕訳が一段落したので、自宅から紅茶を注ぎ、蒸らす。
そもそも、十一課は浪費課の集まりだ。
ラデルは酒豪にして大食漢である。
一度、飲みに出ると、店ごと借り切る勢いでの大宴会になる。
時折喧嘩を始め、物損請求されている。
自分専用の店を経営したほうが、まだ安く済みそうだ。
スミリーは、とにかく高級志向だ。
いい酒、いい服、いい装飾品。
一点モノを好む。
私服に至っては、ほぼ全着オーダーメイドで作っているらしい。
こちらは仕立て屋を経営したほうがよさそうだ。
バノーリは質実剛健の印象でいたが、最近になって趣味に金をかける事が分かった。
古武器、戦術書、戦記の収集。
他人には、価値が分からぬものに、湯水のように金をかけ集めている。
周囲の評価がどうであれ、本人が欲しければ、なんとしてでも手に入れる。
最も収集にはある法則があるのだが、クェイルがそれに気づくのはもう少し先になる。
「あれ、クェイルしかいないの?」
陽気な声と共に、フェルメノが執務室に入ってくる。
それを考えると、浪費家と思っていたフェルメノが実はそうでもない事に気づく。
衣服や装飾品など、頻繁に購入している印象があるが、その殆どは市販のものであり、気に入ったものは長く着用している。
むしろ、髪飾りや耳飾などの小物類は、露天で安く買っており、自他共に認める倹約家であるクエイルが、値段を聞いてその安さに驚いたほどだ。
つまり、『買い物を楽しむ』という女性的な感覚を、好戦的というレッテルを貼られているフェルメノも持っていた事なのだろう。
クエイルは内心安堵する。
フェルメノの異端審問官としての才覚に誰よりも惚れ込んではいるものの、人間性としては常識人であって欲しいと内心願っていた。
金銭感覚というある意味、地に脚がついた分野で確認する事ができた事に満足している。
「随分、機嫌がいいみたいですね」
「あら、分かる?」
見れば、分かる。
自分の考えや、重要な作戦などはあまり話さず周囲にを振り回すフェルメノだが、「喜」の感情だけは直接的に表現する。
子供のように笑顔を振りまいている所からすると、今日は相当機嫌がいい。
「皆がそろったら発表しようと思ってたけど、まあいいわ。
クェイルにだけ先に教えてあげる」
「ははっ、なんですか」
注いだ紅茶が飲みごろなのを確認し、口元に運ぶ。
「昨日、城を買っちゃった」
「ぶっ!!!!」
>>>続かない。
フェルメノが「気に入った」との理由だけで衝動買いした城。
しかしその裏には、秘密が隠されていた。
早速、招待されたクエイルと十一課面々は、その真の理由を知る事となる。
案①:城はある異端組織の活動拠点となっている、との噂。
城は地方有力者の管理下に置かれていた為、迂闊に手が出せない状況だった。
政治的駆け引きを嫌った(面倒くさがった)フェルメノは、所有者になる事で、強制捜査に乗り出す。
案②:城はボロ城。
買値の十分の一の価値もない。
失望するクエイルだが、帰り際に地元の治水工事を目撃する。
フェルメノが払った代価は、城を共同管理していた地元自治体に渡り、
凶作続きで疲弊した地元を潤すには十分な金額だった。
クエイル「来年の予算では、城を改築しましょうか」
フェルメノ「・・・野暮」
案③城は黄昏の時代に建築されたもの。
「隠し財宝がある」→「大人の宝探しゲーム」の流れに。
城の内部にはトラップ満載。
体力、知力が限界まで試される。
最深部の宝箱には「ご苦労様でした。十一課課長」の張り紙
クエイル「・・・悪ふざけが過ぎますよ」
フェルメノ「十一課の底上げが出来たんだから、安いものでしょ?」