十一課イベント「落しものと拾いもの」①
「と、言う訳だからさぁ・・・」
灰色の壁を抜けた冷風が、フェルメノの髪を乱す。
低所得層の住宅群。無造作に修復・増築され、後数年もすれば『スラム』と呼ばれるような貧民区。
薄い板を無造作に打ち付けた集合住宅の屋根の上で、異端審問局第十一課課長フェルメノ・キルスは、追い詰めた相手を諭した。
「大人しく、君が匿っている子の居場所を教えなよ。
これ以上手間取らせると、面倒が増えるわよ」
フェルメノの問いかけに、追い詰められた男は奥歯をかみ締める。
視線を後方にずらし退路を確認するが、三階建の集合住宅からは飛び移れる建築物は、見当たらない。ようやく男は理解する。
自分はフェルメノから逃げてここまで来たのではない。
フェルメノに追い込まれて、この場所に来てしまったのだ。
視覚的には分からない、自分が立って初めて理解する‘袋小路’に。
フェルメノは勝ちの見えた遊びを終わらせるように、男に提案してくる。
だが、その無造作な態度とは裏腹に、全身から放たれる威圧感に男は思わず後ずさりする。
足元の薄い屋根が軋んだ音を立てる。
「あの子は何も知らない!たまたまあの場所に居合わせただけなんだ!」
「・・・だから、それを判断するのは、‘上’の連中なんだってば」
「あんな子供を‘異端審問’に掛けようというのか!?」
「・・・それを判断するのも‘上’の連中よ」
『駄々をこねる聞き分けの無い子供』に付き合っているようのものだ。
男の頑なな態度に、フェルメノは呆れたようにため息をつく。
「そんな事、アナタが一番分かっているじゃない、クェイル・バーネット?」
「しかし!」
子供をあやすような口調と共に、ゆっくりと近寄るフェルメノに、クェイルは尚も食い下がる。
「あの子に事情があるのかもしれない。
それは不幸な理由かもしれないし、同情すべき内容かも知れない。
君は、その事情を知ってしまったかもしれない。
・・・だけど、私達はその子を異端審問局に連れて行かなければならない」
諭すような優しい口調とともに、フェルメノはゆっくりとクェイルに近づく。
「なぜなら・・・、私も君も、異端審問官だから」
「・・・」
フェルメノの言葉は正論だ。
一分の反論の余地もない。
理解は出来る。
だが。
「納得が出来ないんです・・・フェルメノ、課長」
間近に迫ったフェルメノに、クェイルは頭をさげる。
最後の談判、いや懇願に近い。
直後。
視認するもの困難な速度で、フェルメノも拳がクェイルの鳩尾に叩き込まれた。
「ごっ!!!」
呼吸が止まる。
衝撃が先で、痛みが後。
腹から伝わった一撃が背骨を砕き、背中が裂け、臓物が後方に吹き飛ぶような感覚。
だが、ギリギリで意識はある。
おそらく‘手加減’したのだろう。
「折角下手に出てあげたんだからさぁ、素直に乗っときなよ」
崩れ落ちたクェイルを覗き込むようにフェルメノが屈んだ。
微笑みを浮かべた表情は、先ほどまでと大差はない。
だが、口調が変わった。
形ばかりの『説得』の要素は消えている。
さらに違うのは、目。
無駄な抵抗を続ける獲物に対する、冷酷な光が灯っている。
「次は腕を折るわよ。・・・さあ、あの子の居場所はどこ?」
右手が捻るように掴まれた。
骨が軋み、関節が歪むのが分かる。
‘脅し’をするような人間ではない。
これは‘警告’であり‘予告’なのだろう。
だけど、屈する訳にはいかない。
相手がフェルメノ・キルスだろうと、譲れない一線がある。
「・・・言うものか」
「あっそう。なら私は先に言っておいてあげる。・・・腕の次は目だから」
フェルメノは、あっさりと掴んだ右腕を引き絞った。
本来は曲がらない角度に向けて。
折れる、その感覚が脳に届く直前、フェルメノはクェイルの右手を離した。
そして、爆風。
クェイルの体は宙に舞い、屋根か街路のゴミの山に落下した。
「・・・何が」
起こったのかは理解できない。
確認する時間もない。
唯一つ確かなのは、まだ終わってはいない事だ。
クェイルは痛む体をゴミの山から引きづりだすと、狭い街路の奥へと走りだした。
「まあ、アンタ達が仕事しないのは分かっていたけど・・・」
クエイルが落下した後、フェルメノは無造作に頭を掻いた。
先ほどまでクエイルが倒れていた屋根は、聖瑠弾により吹き飛んでいる。
「邪魔だけはしないでくれる?仮にもアンタ達は私の部下なんだから」
フェルメノの視線の先には、巨漢と痩せぎすの影。
すなわち
「ねえ、ラデル・ボルトにスミリー・バンケット?」
「へへっ、あの小僧には借りがあってな。・・・たまたま、返すのにいい機会だった訳だ」
ラデルは厚い唇は釣りあげながら、腰帯から引き抜いた鉄棍を構える。
「あの‘新入り’は賢いフリをした馬鹿だ。」
聖瑠弾の弾層を投げ捨てると、口元を覆った薄布の奥でスミリーは目を細め笑った。
「正論に付き合うのはつまらないが、・・・馬鹿の相手をするのは面白い」
ーだから、行かせてやれ
「・・・そんなに鼻骨を折られたいの?、それとも、奥歯を飛ばされないと分からない?」
「かー!、出たよその態度。自分に勝てるはずがない、っていう上から目線」
大げさにラデルは顔を覆う。
「仕方ないから相手してやる、か?別に構いませんがね」
「あんたは知らないだろう、俺とスミリーが‘組んだ’時、どれだけ強いのか、を」
「・・・あははははっ!」
一瞬、呆気に取られた後、フェルメノは笑い出す。
「なるほど、飼い犬に反抗されるのも悪くはないわね。じゃあ貴方たちが証明してみなさい。‘馬鹿の相手が面白い’かどうかを。・・・今回は特別に顎も砕いてあげるから」
その目に獣の光が宿っている。
フェルメノの‘本気’の顔だ。
「上等だぜ!」
「お相手しようか。・・・フェルメノ・キルス!」