壁が崩れた。
攻める側が守る側が篭る壁を崩す。
強固な壁の一点に、複数の力を束ねる事で破壊する。
古来より戦場で何度も行われてきた光景だ。
だが、有史以来、ロスト・アーティファクト『戦神都市(バトル・シティ)』により構築された城壁が崩された事は初めての事だ。
壁に照射されていた全く同じ振動数の衝撃波が無数の束となり、唸り、共鳴する事で産み出された数百倍の破壊力が、『歴史』を凌駕した瞬間だ。
壁を取り囲んだ『無貌の洗礼者』達は、衝撃波の射出を停止すると、自分達が穿った城壁の穴に吸い込まれるように移動を開始する。
陶器のような無機質な顔には、表情というべきものを一才浮かぶものはない。
歓声も、殺気も発することなく、膝下の『脚』を蠕動させ、無言の侵攻を開始する。
城壁の内部は幾何学的な紋様が組合わさった六角形の空間であった。
穿たれた穴に意外は、内部移動の為の扉も廊下も無い、完全な閉鎖空間。
上空からの攻撃に対する防御を優先した『闘神都市』の緊急展開の為、内部構造までは把握しきれなかったためか、取り残された人間が二人。
押し寄せる『無貌の洗礼者』達にとっては、まさに袋のネズミであったが、二人の会話は何処か余裕が残されていた。
「見ろよ、お客さんだ。ダッセー格好だな」
一人は不適な笑みを浮かべた、燃えるような赤髪の女。
長身に纏った外套を押し上げる厚い肩幅からは、桁外れの膂力を秘めていることが分かる。
「おまけに、お前以上に愛想のないツラだ」
手甲を嵌めた左手で、傍らの男の首に手を回す。
「・・・」
男は無言で、女が絡めた手を外す。
女より更に長身だが、かなりの痩躯であった。
しかし、頼りない印象はなく、陰鬱な表情と相まって、寧ろ抜き身の刀に似た危険さを漂わせている男だった。
「思い出すよなぁ、決勝前に急遽組まれたタッグ戦。誰かさんが足を引っ張らなければ、ヴァイス・エンデミオンの首はあたしのものだったのに」
「お前が・・・」
男は伸ばした黒髪の間から除く眉間を僅かに歪めて反論する。
「勝ちを譲ったのだろう。あの男の復讐のために。最初から俺一人で出ていれば、負けはしなかった」
「あ~あ、言ったね。言っちゃったね。そこまで言った以上、覚悟は出来ているんだろうね」
「無論・・・」
腰から下げた長剣の鞘に手をかける。
「当に出来ている。・・・地下闘技場が崩落したあの日から」
「上等!」
叫ぶと同時に、赤髪の女は外套をはねあげると、欠損した右腕の根本に埋め込まれた金の腕輪から白い奔流が放たれる。
直後に形成される光輝く『栄光の腕(グローリー・アーム)』
「派手にいこうぜ!派手に!」
黒髪の男が抜いた剣より、すすり泣くような振動音が放たれる。
そして、刀身を白い湯気に似た煙が渦巻く。
「行こう、エンブロイ・エッジよ。・・・我が『悪意』のままに」
溢れでる『無貌の洗礼者』達に対して、赤と黒の闘争本能が突貫する。
一人は『隻腕のクォンタル』。
笑い、足掻き続けることで、片腕で幾つもの大切なものを掴み、幾つかの大切なものをつかみ損ねてきた女傑。
一人は『白き幽鬼イサナ・ク=ジョン』
数奇な運命に導かれ、逆らう事で、無明の奈落へ落ちることを拒み続ける男。
奇妙な縁で結ばれた二人だからこそ、理解していた。
これが最後の戦いであることを。
派手に散る方が、インパクトはあると思うんやが・・・。
「今さら、何よ?」
「何故、この任務を承った?『作戦参加者の死が、勝利への第一歩』と説明されたこの任務を?」
「・・・本当に、今さらだな。地下闘技場が無くなったんだから、ダラダラ生き続けるのも面倒かな、って思っただけよ」
「・・・生きる事は、罪ではあるまい」
「まーね。・・・本当は、断れなかったのさ。新『八課課長』の頼み方が、何と言うかさ」
「ニール殿に似ていたから、か?」
「・・・あんたこそ、『強さを極める事が、我が真理』だったんだろ?最後に生き方を曲げちまっていいのかい?」
「微塵も曲げてはいない」
大きく開いた首筋の裂傷から流れる血は、色白のイサナの顔色を、蒼白の領域まで変えていた。
だが、手にした波状の刃を持つ魔剣エンブロイ・エッジを握る拳を更に硬く握りしめ、迫る『無貌の洗礼者』の群れを霞む眼で見据えながら、『白き幽鬼』は子供のような笑みを浮かべた。
「『誰かを守る強さ』もまた真理、と気付いただけだ」
「あんたの話で感心したのは初めてだね」
クォンタルは、額に貼り付いた前髪を掻き上げようとして、苦笑する。
左腕も、ついさっき'無貌の洗礼者`の一体にくれてやった所だ。
右肩に装着したAFにより光の奔流を固定化した『栄光の腕』に、全ての意識を集中させる。
「じゃあな、また何処かで」
別れの言葉は言わない。
確実に死を迎える事になろうとも、再会の約束をする。
それが、地下闘技場での掟だった。
「ああ、必ず」
そして、最終奥義。
『エンブロイ・エッジ・アマタ(天打)!』
幾重にも重なった衝撃波が、閃光と共に波状に広がる。
『静寂歯車(サイレント・ギア)!』
高速域まで回転させた『栄光の腕』より放たれた円輪が、眩い輝きを放つ。
「素晴らしい、実に素晴らしい!」
遥か上空から、『闘神都市』の一角で放たれた閃光を見下ろしながら、'結合`のゴイコチェアは高らかに叫んだ。
「決して勝てることのない、約束された敗北を受け入れ、散っていく美学!見事な美しさでございます!実に儚き美しさでございます!」
体を捩りながらも道化師は笑い続けた。
だから、その強化されたはずの聴覚は聴くことはなかった。
-地上に鳴り響いた、終わりと始まりを告げる鐘の音を。