山頂付近の岩場にたった巡回牧師は、眼下に広がる‘白の渓谷’での顛末を見届けていた。
同士カノンは‘悪魔の目’使用の甲斐も実らず異端審問官にやぶれ、‘灼熱公’が留まったアスガルド鉄道も、何とか渓谷を抜けたようだ。
その後、走り去る列車からあがった信号段弾に導かれるように雪上船を駆る鉄道騎士が現われ、船体に備え付けられたバリスタを使い、荒縄を射出して岩場に取り残された二人を巻き上げる。無事に谷から上がった後、悪態をついていた巨漢に神父服の若者が何かを言い、その両腕に鉄枷をはめた。
「第一幕終了、といったところですか。出演者の皆さんには申し訳ありませんが、休憩時間はありません。今ごろ同士マルガレーテが、第二幕の開幕しているでしょう。ふふっ、舞台演出家としても、これからが忙しくなる。・・・それにしても完全に‘悪魔’化した同士カノンを僅か二人で倒すとは。」
三人を乗せた雪上船は、山頂からの風に帆を膨らませ、灯りが燈り始めた平野部へと消えるのを見届けると、男は初めて踵を返す。
「?」
男の動きが止まる。十歩と離れていない場所に、もう一人の男が立っている事に気付いたからだ。
長身かつ、細身の男だった。
「かつて戦乱の時代、この山脈の白き頂きに、女王ヘルデの城があった。」
古の戦装束を纏った全身は、鍛鉄のように引き締まっている。
「知性と美貌、そして魔力を持ったヘルデを求めて、多くの漢勇が彼女を求めたが、平穏の二文字を知らぬ吹雪と、狂乱を具現化したような氷の魔獣がそれを拒んだ。故に、彼女が微笑むのは、いつも不屈の心をもった者だった。」
長く伸びた髪が、谷からの風に煽られ、白い肌の端正な顔が露わになる。
「時代は変わり、ヘルデの名前はかろうじてこの山々と供に残った。法王庁が治める世になっても、彼女が好む男は変わらなかったようだな。・・・彼らの勝利は当然だ。」
そして、背中には、持ち主の三倍以上の前兆を誇る槍。すなわち‘神槍ダマーシュ’。
「いずれ、ご挨拶をと思っていたところですよ、ロベール・エリクセン。・・・間もなく‘白き腕’にも舞台に上がってもらうことになっていますからね。」
笑みを浮かべたままの牧師に対し、ロベールは三枝(みつえ)の紋が刻まれた小さな金細工のペンダントを投げてよこす。
「‘竜殺しアスタール’の伝承まで持ち出されては、法王庁ならずとしても、興味はある。・・・とんだ、三文芝居であったがな。」
「なら、この場所にもはや用はないでしょう。」
「確かに。ならばキールベインとプレバンスとの再戦と思ったが、奴らは、いずれ鳳(おおとり)となる若鳥のようだ。傷が癒え羽ばたけば、さらに成長が望める。決着をつけるのはそのときでいい。」
ロベールが背中へ腕を伸ばし‘ダマーシュ’をとる。
「ならば、この戦場で無傷なのはお前だけだ。・・・‘長剣エンブロイ・エッジ’を持つ者よ!」
「・・・いいでしょう。特別にお相手しましょう、‘白き腕’。‘竜殺しのアスタール’が眠る‘白の渓谷’ならば、あなたにとって墓標は不要でしょうから」
牧師の顔にはうっすらとした笑みは浮かんだままであったが、声からは笑みが消えていた。ゆっくりと、剣を抜く。
対照的にロベールの全身からは、押さえようの無い歓喜が吹き出していた。呼応するかのように、ダマーシュに白く輝く紋様が浮かび上がる。
「さあ、始めよう!」
瞬間、二条の光りが交差する。
「なかなかの一撃だ。どうやら‘ダマーシュ’同様、‘エンブロイ・エッジ’もこの時を待ち望んでいたようだな。」
「・・・貴様」
牧師の、右目から頬にかけて、紅い線が引かれていた。
被っていた仮面が二つに割れるように、牧師の顔から笑みが消えた。
「自分が舞台に上がることは本意ではありませんが・・・」
低く、身をかがめ、長剣を凪ぐ。
「特別に・・・殺してあげます。ロベール・エリクセン」
一度は治まっていた吹雪に、二人の奏でる銀光りの間奏曲は、かき消された。
拡散しっぱなしになるかと思いきや見事にまとめたね。流石だな兄者。
巡回牧師がやや負けモードに入っているのが気がかりだが
それでもエンブロイ・エッジ(実は適当ネーミング)がここまで
立っただけでも奇跡のようなもんです。
ちなみにこの話は隠しザッピングで北天時代の女王ヘルデのエピソードに続くんですってよ!(脳内噂)
以下脳内ボツエピソード。
雪上船で移動中に敵の襲撃。
クレスリー「……お前さん、そこの長包みを取ってくれんか」
ザック「ん、これか……ん?」
クレスリー「(包みをほどきながら)審問官さま、操舵を頼まれたい。ここは俺がやろう」
キールベイン「いえ、ここはわたしたちに。あなたには失礼だが、相手にするには敵が多すぎる」
クレスリー「だからこそ。俺はあんたさまがたを無事に列車に届けるのが任務。ここで応戦して果てられては、困る」
キール「クレスリー殿!」
ザック「(にやにやして二人のやりとりを聞いていたが)このおっさんにやらせてやろうぜ、審問官さんよ。」
キール「なにを言っ──」
突如、敵の雪上船から襲撃者。真上から突っ込んでくる白刃。
キールが身を伏せようとした刹那、襲撃者を貫く槍。
無造作に振るわれ、遺体は景色の中に飛んでいく。
見ると、いつの間にか雪上船のへりで槍を構えているクレスリー。
ザック「へっ、そんなこったろうと思ったぜ」
キール「なんですか」
ザック「第五教区北方守護『銀の秘蹟騎士団』所属、“一番槍の”クレスリー──それが、あのおっさんの昔の肩書きよ」
(ここで1ページまるまる使ってかっちょよく構えているおっさんクレスリーと若き騎士の絵がダブってるコマを想像して欲しい)
ザック「ようは、血が滾って仕方ねえのさ。二つ名も無闇に先頭きって突っ込むことからきたもんだ」
クレスリー「昔の話だ。……しかしお前さん、なぜそれを?」
ザック「あんたの後輩と、昔な(にやり)」
キール「(驚いたような困ったような顔をしつつ)仕方ありませんね。ここは、頼みます」
クレスリー「承知!」
(あとはおっさん大暴れ)
‥‥そりゃあ我ながらボツにもするさ。