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小話「茨のサスキア」

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匿名ユーザー

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(一敗地にまみれたからといって、それがなんだっていうの?)
吹雪は止んでいた。
曇天の間から細い光明の柱が地上に差し込んでいる。
その輝きに照らされた一面の白銀の中を、私は歩いてゆく。
(生きている。そのことが何よりも重要なのだわ)
雪と疲労が足に絡みつき、もつれさせる。
(生きていればこそ、何度でもやり直せるのだから)
雪と汗を吸い冷え固まった着衣が、私の背を丸ませる。
(そうよ、まるで何てことないのだわ)
柄まで凍って握れなくなった長剣を、腰でひきずりながら進む。
(この先に行けば街があるというし)
時折吹き付ける突風に身をかがめる。
(そこで一息ついて)
風が止む。
(装備を整えて)
立ち上がる。
(それからまた、進まなければ)
私はまたよろよろと歩き出す。
しかし、何度目かの西からの突風が、ついに私の体勢を崩した。
かがむ間もなく、まっさらな雪の上に倒れこむ。
(…!)
視界が雪に埋まっていく。
(いけない)
体の芯から熱が抜けていく。
(立ち上がらなければ)
けれど、腕に力が入らない。
(どこでもいい、動かさなくては)
けれど、関節はまるで動かない。
(嫌)
まるで、油の切れた機械のように、
(こんなことで)
死んでしまうの?
(栄光ある逆十字団の死徒が──)

 

次に目を開けたとき、目の前には小さな焚き火があった。
周りは木に囲まれていて、ゆらゆらと揺れる炎に淡く照らされていた。
火の脇には携帯用の小鍋が直にくべられていた。
「おお、起きた」
男の声がした。
その方向に頭を動かそうとすると、首の後ろがきしんだ。
「いっ」
「動くな、動くな。今、あったかいのを持ってくから」
焚き火に近づく影があった。
分厚い防寒着を着込み、そのくせひょろ長い印象を与える男だった。
火中の小鍋を棒切れで外に押し出す。
年季の入った小汚い木の椀で鍋の中身をすくい、近寄ってくる。
目の前に来ると、男はしゃがみ、椀を顔の前にもってきた。
良いにおいがした。
湯気で中身は見えない。
「飲ませてやろうか」
私は素直に頷いていた。
「よし」
だが唇まできた椀は、急に引っ込められた。
中身を飲むためにすんでまで止めていた息が、耐えられず抜けていく。
「すまん、忘れてた」
男は椀を自分の口にもっていった。神妙な顔つきで一口すすり、
「うん、大丈夫だろう」
と言った。
今度こそ私の唇に椀があてられた。
熱いものが体の中に流れていく。味などわからない。
その一口を飲み終わると、さっきとは比べ物にならない、長い長い息が吐き出された。
男が私の手を片方ずつ取り、椀にあてがわせる。
その上から男の手をかぶせるようにして椀を支え、また口元に。
手に椀の熱がと男の体温が伝わってくる。
三口目になると、塩気が感じられるようになった。
四口目で獣肉の脂分を唇のまわりに感じるようになった。
五口目ですべて飲み干すと、私の体には、たしかに熱が宿っていた。
私の手から椀を取り戻すと、男は自分も鍋から汁をすくって飲み始めた。
私はその姿をぼんやりと眺めていた。

 

焚き火は小さくなっていたが、まだ燃えていた。
男がじれったいほど長い間隔で、一本一本枯れ枝をくべている。
一度に入れればもっと盛大に燃えて暖かいのにと思ったが、何か言われると面倒なので黙っていた。
それより先に、私には言わねばならないことがあった。
「お礼を言うべきでしょうね」
「いいってことよ」
枯れ枝で火をいじりながら、彼は答えた。
「こういうとこじゃ、お互い助けあいさ」
「…そうね」
口先では同意をしながら、私は別のことを思っていた。
(芝居にもほどがあるのだわ)
男の声に心のこもっている様子はなかった。
そして終始おどおどして、こちらの目を気にしている。
(まるで、観客の顔つきを伺ってばかりだった聖パレナ劇場大根役者たちのよう)
改めて眺めてみると、男の姿は私の最初の印象を大きく裏切るものだった。
おそらく熊皮を使っているであろう防寒着は汚れきっていて、表皮のあちこちが擦り切れ、ひび割れて地が見えているのを、麻糸で縫い止めていた。
その隙間から内側に見える綿入りの服も、すそがほつれ、脂ぎっている。
わずかに現れている顔や手の肌は凍傷か何かでどす黒くまだら模様をなしていて、それが蝙蝠のそれに似た奇怪な顔に張り付いている。
(醜いわ)
と、私は率直に心の中で呟いた。
(もっとも、この手合いはどこにでも見かけたものだけれど)
だから、彼が何を考えていて、何を求めているのかもわかっているつもりだった。
(かまうものですか)
焚き火と獣肉のスープに与えられた温もりにまどろみながら、私は思った。
(利用できるところは利用させてもらいましょう)


『ここまでだ、神に徒なす者ども』
天にも届かんばかりの炎を背に、騎士たちの先頭にいた者が叫んだ。
なぜ、生きている。
(この炎はお前たちを滅ぼすための炎なのに)
敵の一人が叫ぶ。
『我ら聖マルト疾風騎士団、20と1名。剣の一振り、矢の一本までも、我が主のために捧げたるものなり』
そして残りの者が唱和する。
『我ら聖マルト疾風騎士団、20と1名。剣の一振り、矢の一本までも、我が主のために捧げたるものなり』
炎に照らされてぎらぎらと光る甲冑が押し寄せる。
その瞬間、私はなんのためらいもなく背を向けた。
彷徨える逆十字団の死徒が、こんな、こんなところで──
(死んで、たまるか)
私は聖都の路地裏を駆けた。

 

右足の裏に違和感を覚え、私は覚醒した。
周囲は明るくなっていた。
違和感を覚えたほうへ目をやると、ゆうべ私を助けたあの男が、私の下半身をまさぐっていた。
足裏の感触は男の顔面だった。
すなわち、私は眠りながら素足で彼の顔面を蹴っていたのだった。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
自分が腰から下のものを失っており、腿まで丸見えになっていることのほうが、よほど問題だった。
私はもう一度男の顔を蹴り、腰に巻くものを探した。
幸いすぐ足元に自分の着物があったので、それを身に着けた。
まだ体の節々が痛く、四肢が思うように動いてくれない。
男は二度蹴られて面食らったのか、蹴られた体勢で地面に腰を落としたまま、呆然と私の着替えを見ていた。
(まあ、こんなところでしょうね)
着込みながらも私は冷静だった。
(でも、こんな寒さにお互い素肌をさらすなんて、正気の沙汰じゃないわ。
そのことをわかってるのかしら?わかってないのでしょうね)
男は愚かだから。
服を着終えると、私は焚き火に近づいた。
露出した足が寒い。間違いなく腰も冷えたろう。一刻も早く暖めねばならない。
男はしばらく私の動作を見たあと、よろよろと立ち上がった。
蹴られた部分をさすりながら、実に情けない表情をしている。
「す、すまねえ、俺…」
「いいのよ」
その先を聞いたところで、私には何の意味も無いからだ。
私はわざと男から視線をそらした。
「私にできるお礼はこんなものだろうと、思ってたんでしょうね」
「え?い、いや」
男はただ戸惑っているようだった。
(開き直ることもできないのかしら)
「申し訳ないのだけれど、今、私の体は人様とお楽しみするような状態じゃないの。
それはご存知ですわよね?」
「あ、ああ…だから本当に、す」
「でも、助け合いですものね」
「え?あ、あ」
男はああ、しか言わなくなっていた。
(愚鈍なのね)
私は内心で呼びかけた。
(それに女一人を組み伏せる力も無く、それを補う度胸も無い)
私は背負い袋を開き、紅い小箱を取り出した。
小箱は片手に手に入るほどの大きさで、一見して宝石類を入れる化粧箱に見える。
「これを差し上げますわ」
私は箱を開けて見せた。
いま、男の目にはビロードの内張りの真ん中に据えられた一粒の種が見えているはずだ。
「これは天使の実というものです。ご存知かしら」
男は実から視線を外さずに首を横に振った。
(そうでしょうね)
「では、異端審問官はご存知?」
そのとき、男は明らかに身震いをしたようだった。
表情には深いおびえが走り、思わず両の肩を手で押さえている。
「そう…。なら、説明の手間が省けましたわ
この実は彼らの力の源なのです」
私は反応を待った。
しかし、男には何の変化も無かった。
私は続けた。
「いかように扱っていただいても構いません。
興味が無いなら、適当な者に譲れば、一生遊んで暮らせるだけのお金にはなりますわ」
しばらくして、男の口が開いた。
「くれるというならもらうが、どうして、こんなものを?」
「だって、命を助けていただいたのだもの」
力なく笑ってみせる。
「でも、私に出来るお礼はもうこれくらいなのです。…足りないかしら」
「そんなこたねえ、が…」
案の定男はうろたえていた。
(受け取ってしまいなさい)
私は瞳で誘った。
ところが、男はこちらの予想と違うことを言った。
「あんたこの先、どうすんだ」
(あら、なにを今更)
「街に着きさえすれば、なんとでもなりますわ」
「キルシャーの街なら、もうないぞ」
「…ええ!?」
大きな声を出してから、しまった、と思ったが、男の表情に変化はなかった。
キルシャーは何某という騎士団によって壊滅させられた。
人は殺され、建物は壊され、皆雪の大地にすり潰すように埋められた。
いまやあそこは盗賊すら寄り付かない死の街だ。
そう男は語った。
(そこまでするのか)
身震いがした。寒さのせいでないことは明らかだった。
「前から異端の巣だって噂の耐えない街だったからな」
(ええ、そうよ)
私は心の中でだけ同意した。
(これで逆十字団は北の拠点を失った。けれど)
「あんなちっこい街をぶっ壊すことはなかったと思うが、これもご時世だな」
(奴らにしてみたら取るに足らない小さな組織だわ。私たち死徒とは違う。
神を呪いこそすれ、それ以上の何をもできぬ弱き者たちの集まり──それを)
自分の目の奥が熱く、視界が赤くなるのがわかった。
「そういうわけだから、あんた、この先はやめとけ」
「そういうわけにはいかないのですわ!」
思わず、吼えていた。
「私には、やらねばならない仕事がありますの」
「…」
私は立ち上がった。
「キルシャーの街がないのでしたら、次の街まで行くまでです」
足元の荷物を手短にまとめ、私は男に背を向けた。
「ほんとうにありがとう。あなたへのご恩はけして忘れませんわ」
「そんなに大事な仕事かい」
「命をかけるに値する仕事ですわ」
「命を」
「命をです。もっとも、か弱い女の命一つにどれほどの値打ちがあるかは存じませんけれど」
「わかった」
背後で、じゅ、と火を消す音がした。
「俺も一緒に行こう」
男も立ち上がっていた。
「気軽に仰りますのね」
「どの道あの街には行くつもりだった」
「お会いしたときは反対方向だったわ」
「その時はやめるつもりでいた。だが」
男は私がさっき渡した小箱に視線を落とした。
「こいつをもらったおかげで、もう一度行く決心がついた」
「…」
「たぶんこりゃあ運命だ。神様が俺に行け、やれ、と言ってる」
「何をなさるおつもり?」
「話せば長くなる。歩きながら話すよ」
(まるで別人だわ)
男が背を丸めずに立つと、昔見た聖カルバンの像に似ていた。
それはとてもやせっぽちで、みすぼらしかった。
そして瞳に力があった。


― ◇ ― ◇ ― ◇ ―

シーンが描きたかっただけで特にこれ以上発展しません。

・時代
旧逆十字団壊滅直後くらい

・場所
第12教区南部の雪原地帯

・登場人物
死徒ナンバー21 “茨の”サスキア
生まれは上級貴族。令嬢として蝶や花のように育てられる。
15の頃に一族が地域の貴族同士の権力争いに破れ、挙句異端の汚名を着せられて法王庁に滅ぼされてしまう。
裸同然で逃げ落ちた彼女を“銀水晶”が拾い、死徒として育てた。
生い立ちの名残が口調などに残る。
もともと細剣と馬術の腕前は一流。
凡人としてはかなり強い。そしてマグ的には並。
まあ、よくある話。というか適当。
口調優先でできたキャラ。
所有AFなどはこれから考える。
逆十字団壊滅により逃亡中。
もはや他の死徒はいないと考えた彼女は、氷壁の向こう側に渡り、大陸に活路を見出そうとしている。具体的には大陸で新生逆十字団を立ち上げ、同士が果たせなかった野望をかなえようとする。
もちろん氷壁は渡れずその前とかで絶望的な死に方をすることが確定しているわけですが、話としてはその後本当は生き延びて渡れたかも知れないよね、みたいな終わらせ方にしたい、と妄想。


愚鈍のメランコ
12教区南部の街キルファーを根城にする盗賊の一人。
小話開始時は壊滅したキルファーから逃げ延びる途中だった。
キルファーはまるごと盗賊とか悪い人たちの街です。貧しいから仕方なかったんだよう。でも人情とかあるんだよ。本当に。
でも滅ぼされちゃったちくしょう。
でも命が惜しいから逃げるぜちくしょう。
で、サスキアから悪魔の目をもらっちゃって再び復讐心に燃えてみたぜちくしょう。
という設定を今作った。

このあといろいろあって結局復讐のためじゃなくサスキアを守るために悪魔の目を使用。理由は「そのほうが俺が燃えるから」。

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