マグロワ:5話くらい①
昨夜から振り出した豪雨が、プロキア王城の無骨な外壁を叩き続けている。
城の排水機能を越える雨量に、外壁の内側には踵まで水が滞留する。
周囲から一段下がった中庭は、溢れた水が傾れ込み、プールの様な水かさとなっており、その高さは今も増している。
だが、プールと呼ぶには憚られる。
その水は、中庭に倒れたおびただしい数の兵士の死体から流れた血により真っ赤に染まっていた。
新興の軍事国家プロキア。
ヘルデ山脈の西端に居を構えるこの国は、滅亡の時を迎えようとしている。
戦に破れた訳ではない。
疫病が流行った訳でもない。
時勢という歯車に乗り、アスガルドの勢力図を塗り替えてきたプロキアの歴史が終わる。
たった三人の‘子供達(チルドレン)’によって。
半月前に「三国同盟」の為に出かけたプロキア王が、半身に大火傷を負い、王城に帰還した時より歯車は狂い始めた。
狂気を孕んだ目で、全軍で王城の守りを固め、全ての国政を放棄し、たった一人の男を探し出す王の姿に、甲冑の似合うかつての偉丈夫の面影は無かった。
決死の覚悟で忠告をした宰相の首は跳び、そして、‘あの三人’が現れ、大殺戮が行われた。
「・・・なんてザマだ」
中庭に面した渡り廊下から、‘三人のうちの一人’、イルグナーは王城の張り出し二本の尖塔を見上げる。
「双角城」とも呼ばれるプロキア城の所以である双塔の間には、張られた吊橋が豪雨でしなっている。
その吊橋の中央付近に、旅装に身を包んだ細身の女性の姿が確認できる。
雨の中でもはっきりと浮かび上がる豊かな金髪。
間違いない、アニエスだ。
イルグナーと同じく、プロキアの歴史を終わらせる元凶の‘三人’のうちの一人。
アニエスの金髪は、その怜悧な細面にピッタリと張り付いている。
その腕には、気絶した子供が抱えられている。
先代王の、唯一の肉親。戦闘員、非戦闘員を問わず、この城に残っている数少ない生きている人間だ。
「ア~ニエス、ア~ニ~エ~ス~ちゃん」
吊橋のワイヤーに、小柄な人影が飛び乗る。
戦慄すべき身の軽さで、豪雨の中で細いワイヤーの上に立ち、微動だにせずに直立する。
‘三人’のうちの最後の一人。
この城のほとんどの人間を殺戮した張本人。
手には、鬼火のように蒼白く発光する小剣。
中性的な美貌に浮かべた、嗜虐的な笑み。
‘ベルザインの子供達’の中でも、屈指の戦闘能力を誇る、‘ハッピー・トリガー’サイフォス・ベルザイン
「どうしたの、アニエスちゃん。早くボクにも、‘時間練成’を見せてよ。‘最強’と謳われた君の代名詞、やってみなよ。
あっ、そうか、片手じゃ使えないんだっけ」
子供を庇い、身構えるアニエスに、サイフォスは肩をすくめておどけてみせる。
「それにしても、まさか、君が子供一匹を庇うなんてね。‘コールド・ブラッド’と恐れられた君はどこに行っちゃったのさ?
ボクが君の為に用意していた策は、もっと凝っていたんだけどな」
舌を出し、露骨に挑発する。
「そんな顔をしないでよ。君には感謝しているんだよ。
父上から託されたプロキア殲滅が、君が誘いに乗ってくれたお陰で、たった二日で片がついた」
アニエスは、片手で練成印を組み、無音詠唱。
‘氷矢’をサイフォスに射出するが、小剣の一振りで砕かれる。
「やめてよ、今更‘元素錬金’なんて。ただの‘錬金術師’は、殺し飽きているんだよ」
小剣をクルクルと回す。
「その上・・・、こうして君を殺せる。いつか、ぶっ殺してやりたかったんだ。その澄ました、見下した面が気に食わなかったんだ。自分が一番、戦闘能力も、父上の愛も、自分に適う奴はいないっていうその面がなぁ!」
「あはははっ!本当に感謝しているよ、君を殺せば、父上愛情も、最強の称号もボクのもだな!」
小剣を一閃。
蒼白い光刃がアニエスに伸び、その右肩を凪ぐ。
「すぐには、殺さないよ、アニエスちゃん。優秀だった君が知らない事はこの世にはいっぱいあるんだ。
例えば、命乞いなんかはどうかな?やってごらんよ、このボクの前でね!」
嗜虐的な笑みを更に深め、サイフォスは刃を滅茶苦茶に振るい続ける。
イルグナーは叩きつける雨の中、尖塔の経過を見上げ続ける。
サイフォスがアニエスを弄る、一方的な光景だ。
アニエス討伐に失敗した直後、接触してきたサイフォスに共同戦線を持ちかけられ、受諾した。
必要以上の殺戮を繰り返し、戦闘に遊びを持ち込むサイフォスは、イルグナーにとっては不快な存在だったが、ベルザインの勅命を達成できずに、生き恥を晒したこの身だ。
アニエス討伐の手柄をサイフォスに獲られても、勅命が果たせればそれで良いと思った。だが、サイファスと手を組んでも、アニエスに届くか。
「心配ない、ボクに策がある。君となら必ず成功する策だ」
イルグナーの耳元で、サイファスは甘く囁き、嗤った。
「なんて、ザマだ」
イルグナーは吐き捨てるように呟く。
一方的にアニエスが弄られている。
その光景が、イルグナーに苛立ちを募らせる。
あの強く、美しかったアニエスが。
-そんなんじゃないだろう。この程度でやられるお前ではないだろう。
-サイフォス如きに、苦戦をするな!
なんだ、俺はアニエスの敗北を受け入れられずに苛立っているのか。
-違う。アニエスは、この手で倒さなければならない相手だ。正面からアニエスを倒し、初めて‘最強’を誇れる。ベルザインに顔向けも出来る。
ならば、なぜそうしない?
だまし討ちにも似た手口の片棒を担いだ後ろめたさもある
だったら、今から、塔を駆け上がり、その手でアニエスを打てばいいだろう。
だが、両足は動かない。
アニエスとサイフォスの戦いが始まってから微動だにしない。
「・・・なんてザマだ」
先ほどから繰り返してきた呟きは、自分に向けられたものだった事を理解する。
そして、気づいた。
自分は「役立たず」になる事が怖いのだ。
かつて何人もの「役立たず」達が処分される姿を見てきた。
戦闘に特化した‘子供達(チルドレン)’が、ベルザインから見捨てられば、何が残る?
親の温もりも知らず、友と笑い合った経験もない、哀れな「役立たず」が残るだけだ。
それが、怖い。
怖くて足が動かない。
もう一度、アニエスを見上げた時。
目が合った。
視界も煙る豪雨の中、確かに目があった。
全身に斬撃を負い、切り刻まれながらも、その目には強い意志の光が宿っていた。
暗闇の中に輝く月光の輝き。
イルグナーが思わず見とれた直後。
アニエスは、片手に抱えた子供を、中庭へと放り投げた。
「ははははっ!本心が出たな!偽善者を気取るな!」
サイフォスが嘲笑が響く。
違う。
イルグナーは理解した。
アニエスは託したのだ。
自分に。
あの子の命を。
迷い、立ち止まっている「役立たず」に託したのだ。
「おおおおっ!!」
微動だにしなかった足が、自然に動いた。
迷い立ち止まっていたイルグナーの背を強引極まりない手段で押し出された。
血に染めの水の上を全速力で疾走し、水面を滑るように、落下する子供に向かって飛び込む。
衝撃を両腕に走り、ずっしりとした重さが圧し掛かる。
アニエスから託された命の重さ。
『少しは役に立つじゃないか』
囁き、笑うアニエスの声が聞こえたような気がした。
「やったぞ、アニエス!」
上空に向かって、イルグナーが吼える。
だが、その目に映ったのは、切り裂かれた吊橋から真下に向かって落下するアニエスの姿だった。
「どうしたの、イルグナー?怖い顔してさ」
羽のような軽さで落下してきたサイフォスが、渡り廊下の柱の影に子供を預けるイルグナーの背に語りかけた。
「さあ、約束通り、アニエス討伐の手柄は君にあげるよ。
ボクはプロキア壊滅令が果たせただけで満足さ」
「不要だ」
「何だって?」
「・・・俺は、ベルザイン様の下へは戻らない。今のままで、戻る訳にはいかない」
「へえ、好きにすれば?」
向き直ったイルグナーは、サイフォスに静かに宣言する
「その前に・・・」
背後から飛来したサイフォスの小剣を、イルグナーの右手が受け止める。
「最初から俺を殺すつもりだったんだろう?」
気づいたのはついさっきだった。
舞い降りたサイフォスの手に、小剣が握られていなかったのを見た瞬間に、全てを理解した。
掴んだ小剣を、サイフォスの足元に向かって投げ捨てる。
血溜まりの水の中に小剣は沈んでいく。
一瞬、サイフォスの顔から表情が消えた。
直後に湧き上がる、嫉妬、憎悪、そして憤怒。
見下していた相手に、見抜かれていた屈辱。
「当たり前だろ!バーカ!」
子供以下の悪態。
水面から飛び出した小剣が、サイフォスの手に収まる。
「光栄だろう!本来なら殺す価値もない君を、この‘子供達(チルドレン)’最強のこのボクが直々に手を下してやるんだ!」
「お前は‘最強’ではない」
激昂するサイフォスに対し、イルグナーは奇妙なまでに冷静に答える。
「強がりはみっともないよ、イルグナー!この土砂降りの雨の中で、君の‘トリック・ボム’は使えやしないんだから!
君の動きで、ボクの敏捷性についてこれるのかい?
さあ、この‘ハッピー・トリガー’に殺されろ!」
絶叫するサイフォスの口、何かが飛び込んだ。
衝撃。
遅れて届く、爆発音。
「‘雨の中使えない’じゃない」
イルグナーの右手は、サイフォスに向かってまっすぐに伸びていた。
窄められた手のひらからは、僅かに硝煙が昇っている。
「‘着火 ’が出来なければ使えないんだ」
窄めた手に持っていたのは、棒状の投擲刃。
手のひらの奥で、小型の‘爆弾’を精製し、着火。
手のひらを銃筒とした投擲棒は、弾丸となり、対象物を貫いた。
「・・・つまり」
サイフォスの口蓋から飛び込み、後頭部を貫いた投擲棒は、遥か背後の城壁に突き刺さっている。
「お前の負けだ、‘ハッピー・トリガー’
「あはっ」
笑おうとしてが、笑えなかった。
口を動かすと同時に、血反吐が飛び散り、後頭部からは脳漿が飛散した。
「これだから、女は信用出来ない」
吊橋から落下した際の,両手を組み合わせた姿勢で硬直している。
祈りを捧げる乙女の彫像にも似ている。
片手でアニエスを支えて泳ぎ、何とか渡り廊下までたどり着く。
幾分弱まった雨の中、何とかその体を押し上げる。
「・・・助けた訳じゃないからな」
誰が聞いている訳でもないが、イルグナーは言い訳がましく呟いた。
そして、横たえたアニエスを見て、硬直する。
衣服のいたる所が、サイフォスの光刃で切り裂かれ、白い素肌が覗いていた。
「意外に・・・」
胸があるな、と呟こうして視線が釘付けになった。
露出する胸元から除く、ネックレス。
その先端には、幾何学的な形状の水晶。
自ら発光し、複雑なプリズムを形成している。
かつて、一度だけ見たことがある。
場所は、ベルザインの学術塔。
「全く、意外だ」
イルグナーはため息を吐く。
「‘銀水晶’にこんな所でお目にかかるとは」
【書いているうちに固まってきた現状の設定】
‘ハピトリ’
→ボク口調のゲハハキャラ。
動かし易いが、かませ臭がハンパない。
‘一機目’なのであっさり退場。
再登場する度に、狂気に侵食されていくのはお約束?
特殊能力が思いつかなかったので、小剣一本押しと身の軽さ設定。
どうでもいいけど「はぴ☆とり」と略称を平仮名でかくと萌えアニメがエロゲっぽくなるよね。
‘イルグナー’
→爆弾精製能力というのは、ジョジョ第四部読んだ時からカッコいいと思っていたため、今回使用。
得手不得手がハッキリしており、非常に状況に応じた使い方が出来るので、面白い。
ジョジョでも『真空では爆発しない』とかやってたし。
‘アニエスたん’
→ベルザインの最高傑作。最強のチルドレン。
だったけど、ある理由で‘銀水晶(永久機関の方)’をパクッて逃走中。
冷徹な暗殺者だったチルドレン時代よりは、現在は丸くなっている、はず。
イルグナーとの会話の相性によっては、固さ具合が変わるかも。
「時間が停止している物体に力を加えたらどうなるの!?」(AA略
→ジョジョ世界では壊せるよね。
花京院も『時を止めた』時に、腹ぶち抜かれたし。
マグ世界では、『時間が進まないので、壊せない』という設定にした。
壊せる設定だと攻撃側が超有利になるから、アニエス無双過ぎるので少しバランス調整。
その代わり、防御力が無限上昇。・・・バランス悪いままじゃん。