魔術、錬金術の歴史
以下は異端とされる魔術に対し、賛美する内容があったとして79年に焚書指定されたラミノフ・グレイン書「半島における秘術の歴史」の抜粋である。
錬金術の歴史を語るにあたって、アスガルド半島における魔術の歴史も重ねて記す。
◇古代
古代アスガルド半島において、魔術の歴史は古く、古代史には「古より、ものを物と換えるものあり」と記されている。このころには魔術、呪術、奇跡など様々な呼ばれ方をしており、騙りも多かったといわれる。
◇魔術の時代
一般に魔術師達が互いの技を競い、組織をつくりはじめたのは南北朝時代になってからといわれる。これには戦乱の影響が色濃く出ており、国々を渡り腕を売る魔術師が多かった。
この時代は”個の力”が重視されていて(竜や巨神、狂戦士など)、魔術師の地位は格段に低かった。
しかし”魔術の始祖”と呼ばれる「ローナン・マギ・グラーフ」により魔術は華開いた。彼は優秀な魔術師であり、同時に政治家だった。
魔術師の組織作り、および地位向上に大きく貢献し、宮廷魔術師(軍師とも呼ばれる)という地位についたのもかれが最初といわれる。
これにより、小規模ではあるが半島に魔術師の育成機関が建設され、研究は進んでいった。様々な秘術が開発され、奇跡と呼ばれるものも多く作り出された。多人数で行う「儀式魔法」もこの頃作られたといわれる。
”魔術の始祖”「ローナン・マギ・グラーフ」
現在の錬金術の基本にもなっている四大系統(彼自身は八大系統説を唱えていた)を確立させた人物。また、ギルドの設立等を行い魔術師の地位を築きあげた。彼が築いた5つの塔は、以降魔術師たちの聖地となる。
しかし晩年は不死の研究に没頭し、自らの塔で誰に見取られること無く死んだといわれる。
◇錬金術の発展
南北朝時代の半ばになって、物理学や科学といったものが注目され、一部で研究が進んだ。
これに知識欲の高い魔術師たちが参加し、魔術を応用して研究が進められた。彼らの多くは争いのための魔術に嫌気がさし、自らの技を「錬金術」、自らを「錬金術師」と呼んだという。
なぜ錬金術というかは、常に資金に困っていた彼らが、金を作り生計を立てていたからという風説と、錬金術の最高目標である「賢者の石」が金を産み出すからという説がある。が、「物質のなかには最高のものである金が眠っている。私達はそれを捜し求める。」という言葉が錬金術師の名称を産んだといわれる。
これらの研究施設の多くが南地方に集中してたこともあり、北の魔術、南の錬金術という時代が続いた。
”錬金術師”「グランデン・アーグリフ」
正史において唯一「賢者の石」を精製した人物と記されている。彼はそれが戦争に使われることを恐れ、いっさいの記述を残さずに廃棄した。よって「賢者の石」の製造方法はその研究に関わった者達の口伝等、不確かなものしか存在しない。
いっさいの地位を拒否し、錬金術師として各地を放浪しながら研究をしており、彼についての伝説、伝記は多く残されている。四大系統全てを操ることができたともいわれる。
他に「賢者の石」を精製した人物としては、”堕落の聖人”「カエラス・オルレウス」、”殲滅軍師”「ベルザイン」などが噂されている。(注:正史には記されていない)
◇「黄昏の時代」の終焉
「統一戦争」において、戦乱の終わりと平和を望む錬金術師たちは、法王庁の支配を難なく受け入れた。
それに対し魔術師たちは他の「竜」、「巨神」とともに最後まで抵抗した。そのため魔術は異端とされ、法王庁の征伐対象となる。
結果として”ローナンの塔”の3つが破壊され、ブラウデン地方に残っていた”ローナンの塔”に追い詰められた魔術師達は、自らの秘儀・秘宝とともに炎の中に消えていった。(最後に残る”ローナンの塔”の所在地は今なお不明である。)この”ローナンの塔”の陥落を受け、魔術師達の抵抗とその歴史は終わりをつげた。
魔術師達が歴史にも残らぬ敗北を喫したのは、「第一種聖剣」所有の聖騎士には彼らの技が通じなかったからといわれている。
◇錬金術師協会の設立
もともと錬金術師達にもギルドは存在していたが、点在しており組織的なものは少なかった。それが統一され、‘錬金術師協会’が設立された。これは魔術師ギルドなども統合・整備されたもので、錬金術を使うものは必ずここに登録されることになる。また‘賢者の塔’’国庫大図書館’などもこの時期に建設された。
協会は魔術師ギルドの組織図を参考に、三段階の学校制をしいている。第一段階である「小等錬金学院」は小規模の都市なら建設されている。基礎として物質についてや自然学なども教えるため、錬金術を学ぼうとするもの以外にも商人などの子も勉強している。
卒業前に錬金術師を目指すものは適性検査をうけ、資質を認められた者は「上級錬金学院」に進学する。
これは各大都市にのみ存在し、本格的に錬金術の勉強を行うのはここからである。ここを卒業することで錬金術師の資格が認められる。飛び級制になっており、早い者で4年、平均で6年で卒業となる。しかし、卒業者より中途で挫折する者の方がはるかに多く、10人に一人程度しか最終試験には合格しない。
卒業し、晴れて錬金術師となった者の中で、さらに研究を行いたい者が進むのが「国家錬金術師」であり、その研究機関である「アカデミー」に所属することである。「アカデミー」に進学できるのはおよそ50人に一人、そこから国家錬金術師になれるのは、さらに10人に一人程度といわれている。
国家錬金術師は、協会による実力と研究内容の評価によって、1~7階位に分けられており、上位のものほど研究に対する援助等が大きく、特権が多い。国家錬金術師については他書にて詳しく記されており、そちらを参考にされたし。
現在に、錬金術は一般の生活にも受け入れられ、重宝されている。
「錬金術は市井のためにこそあれ」
名は知られぬ錬金術師の残した言葉を最後に。この書の筆を置く