肉厚のカーテンが閉められた部屋の中で、脚を開く。
白い太ももが、花開く百合のように暗闇にさいた。
甘く、湿った蜜の香りがベットを中心に部屋中の空気を侵食する。
「美しい」
ニナンの太ももの間に座り込んだ男が、掠れる声でうめいた。
ニナンは肢の甲で、重厚な髭を蓄えた男の頬をさする。
「実に、美しい」
震える声が感極まると、厚い舌がニナンの脚を嘗め回す。
「姫、麗しき我が姫よ。・・・このような日は、この罪深いこの日は神になんと懺悔すれば」
「それ以上は、口にしてはなりません」」
ニナンはベットに沈み込んだ上体を起こすと、しなやかにくねらせ、男の胸に飛び込む。
「この日は平凡な日です。勇壮な騎士に恋焦がれた一人の少女が‘女’になる、それだけの日」
白い両手を男の首筋に這わせ、金髪がまとわりついた汗ばんだ額を男の唇によせる。
「私は‘姫’ではありません。・・・ただの‘女’です」
「・・・!!!」
男は、ニナンの言葉通り、それ以上口にしなかった。
獣染みた息を吐くと、ニナンの纏った薄絹の夜着を引き裂き、夢中でニナンの口を吸う。
太い指が、硬さを残す薄桃色の乳房の頂をまさぐる。
太股に押し付けられた硬直した塊から逃げる様に腰をそらせるが、男は強引にニナンの両脚を押さえ込むと、一気に腰を沈めた。
「ああっ!」
喘ぎ声が、ニナンの柔らかな唇から洩れた。
甘く湿った蜜の濃さがいっそう濃くなる。
「姫!姫!姫!」
律動と同調する如く、男は叫ぶ。
ニナンは白い喉を逸らせながら、男の体に絡みつく。
絶頂の頂は近い。
「・・・お願いです」
耳朶を噛むように、囁く。
「・・・‘姫’と呼ばないで」
「ああ、‘ミランダ’姫!」
緑鱗騎士団の重鎮。
質実剛健な堅物であり、無口にして騎士団の内外からの信頼も厚い。
名門の血を引く婦人と今年十歳になる嫡男がいる。
それが男の肩書きだ。
だが、ニナンの前では肩書きの下に隠された性癖をさらけ出す。
二十年前、男が恋焦がれた深窓の令嬢、‘ミランダ姫’。
当時は下級騎士であった男に手が届くはずもなく、ミランダ姫は去る大貴族に輿入れとなった。
以来、男は姫を思い、自慰に明け暮れた。
他人の手で、汚され、辱めれ、喘がされている姫を思い、何百、何千回と。
妻が娶り、正子が誕生しても、その行為は止まることは無かった。
ニナンに出会うまでは。
ニナンが『夢見る午後の庭』にやってきたのは一年前だ。
司教座都市随一の娼館において、ニナンは一年で最大の稼ぎ頭に上り詰めた。
少女の面影を残した美貌、柔らかな金髪、白くしなやかな美態。
恵まれた容姿も去ることながら、ニナンには他の娼婦には持ち得ない最大の武器があった。
客の望むままの役割を演じられるという武器が。
男の望む『ミランダ姫』にしても、実在する彼女は四十歳を過ぎた中年女である。
男の抱き続け、妄想の中で何度も抱いた『ミランダ姫』をニナンは嗅ぎ分け、吟味し、再構築した。
忘れることの出来ない、快楽と共に。
結果、堅物で知られた男は、ニナンの上客として、『夢見る午後の庭』に通い詰めている。
「この『夢見る午後の庭』では、規律を守れないものには出て行ってもらう。私はそう言われてきたけど・・・」
控え室に戻ったニナンは、湿らせた布で体を拭きながら、愛想笑いを浮かべる中年女性を軽く睨む。
「貴女は例外なのかしら、女将さん」
「そういわないでおくれよ。『一日の客は三人まで』。これは確かにあたしが決めた規律さ」
質を保つためには、量を一定に確保しなくてはいけない。
娼婦の質も、娼館の質も。
「ただ、どうしてもという客が、あんたをご指名なんだよ。金払いも凄くいい。後で特別手当も、特別休暇も出すからさ」
「分かったわよ、女将さん。捨て子同然だった私を育ててくれた恩は忘れていないよ」
嘘だ。
恩の千倍、借りがある。
だが、それを出すのは今ではない。
「やってくれるのかい!?」
「女将さんの頼みなら、断れないでしょう?」
偽りの笑みを向ける。
「ありがたいねえ。ええと、客の‘注文’は・・」
‘娼婦’という職業は、ニナンにとって辿り付いた最後の場所だった。
親に捨てられ、親戚に裏切られ、権力者に見捨てられ、貧困に追い立てられたニナンが唯一逃げ込む事が出来た場所。
だが、その場所がニナンにとっての‘勝利をもたらす戦場’である事を知ったのは、客をとり始めてからすぐだった。
ベットはニナンの戦場だった。
敵に対峙し、つかみかかり、その体の奥底に潜む官能の糸に二度と消えない傷を負わせる。
傷が疼く度に、更なる強い快楽を求めて、相手は呻き、彷徨い、そしてニナンの前に服従する。
皮膚一枚に守られた自尊心は、その都度屈服し、破壊され、磨耗していく。
ニナンが‘戦場’でまみえた相手は、貴族、官僚、大商人、騎士、学者、そして聖職者まで。
その全てが、ニナンにひれ伏し、賛辞する。
自分を捨てた世界が、自分にひれ伏す。
革命など起こさなくても、ニナンは世界の中心であった。
金や快楽目当ての他の娼婦達とは、目的も意識も違う。
「さて、と」
ストッキングの端をガーターに止め、純白のレースで揃えた下着の上に、尼僧服を纏う。
金髪を二重に束ねると、頭布の下に押し込む。
‘最後の客’の指名は、‘敬虔な尼僧’であった。
背徳的な趣味とも言えるが、かつてニナンは‘七歳の幼女’から‘堕とされた天使’まで演じた事がある。
それに比べたら‘健全’な客と言えそうだ。
『夢見る午後の庭』の最上階、毛足の長い絨毯が敷かれた廊下を渡り突き当りの部屋を二度、ノックする。
この館の最高級の部屋であり、ニナンが何度も呼ばれる事になる部屋だ。
「開いている、入れ」
硬質な声が、ニナンを招き入れた。
「失礼いたします」
意識して謹聴した声を出し、睫を伏せたまま扉を開けた。
百年樫より削りだされた重厚な扉だ。
ニナンにとって、この扉を開けるのは最後の日となる事を、この時はまだ知らない。
扉を閉めながら、ニナンは薄桃色もカーテンが閉められたほの暗い部屋に足を踏み入れた。
「失礼します」
今の自分は、敬虔な尼僧だ。
慈愛に満ちた、それでいて無防備な笑みを浮かべる。
客の求める、無防備な獲物を装う。
襲ったら最後、逆にニナンの獲物となる。
部屋に足を踏み入れると、ニナンは長椅子の上に、‘獲物’を見つけた。
一般女性による想像の限界を越えた年齢・容姿の男に、ニナンは抱かれた経験がある。
驚くほどの老人、醜悪といっていい人相の男も、ニナンにとっては唯の獲物に過ぎない。
快楽を与え、屈服させ、官能に歯型と爪痕を刻む。
行為を終えた後、ニナンを絶賛し、再来の約束をねだる男たちは、ニナンにとっての生きている証だ。
きつい体臭の持ち主の相手をするのだけはきつかったが、それでも咳き込みを喘ぎ声に見せかけるくらいの術は持ち合わせている。
そのニナンが、今日の客を視界に捕らえると、一瞬だが硬直した。
年齢や容姿が問題なのではない。
逆だ。
青灰色の瞳。
冴えた鼻梁。
薄い唇。
束ねられた流れるような白金髪。
超然とした美貌。
ニナンの経験のなかでも、最高の容姿に思わず息を呑んだ。
同時に警戒が強まる。
‘恵まれた容姿を持つ青年’という種類の客は、初めてではない。
女性に不自由しない財産を持ちながら、ニナンの元へ訪れる彼らは皆特殊な性癖を抱えていた。
女性の下着を身につけ、ハイヒールで踏まれることを要望した者。
哺乳瓶を加え、排泄行為に耽る者。
手錠や剃刀を使用する者。
どれも被虐的な要望であり、一般的な性行為よりも体力的な消耗が激しい。
まして、目の前の美青年は神父服を着込み、ニナンには尼僧服を着用する事を要望してきた。
この青年は何を望むのか。
「どうなさいましたか?」
微笑みながら、ニナンは問いかけた。
決して悟られることのない期待と軽蔑、そしてある種の哀れみを込めて。
「罪を告解したい」
青年が長椅子に座ったまま言った。
高音であるが、耳障りの良い声だった。
「どのような事でしょうか?」
ニナンは答える。
快楽を求めてくる気配はまだない。
茶番でも猿芝居でも、もう少し続ける必要がある。
「人を殺した」
淡々と語る青年の言葉に、ニナンの直感は告げる。
-真実だ。
所詮は直感である。
根拠は無い。
だが、そう思わせるだけの超然とした雰囲気が、美貌の青年から漂っている。
「たくさん、殺した」
更に、青年は告げる。
その冷たい表情に変化はない。
罪悪を感じていないのか、感じる心を失っているのかは判断は出来なかった。
だが、ニナンは娼婦である。
そして今の役割は、‘尼僧’である。
ならば、その役割に沿って行動するのみだ。
「あなたの罪は許されます」
両手を胸の前で組み合わせ、微笑みを浮かべながら、ニナンは青年に近づく。
「なぜ?」
青年の瞳が、ニナンを射抜く。
冬の湖に似た深い眼光に、一瞬幻惑されそうになる。
「あなたの告解は、本来罪ではないからです」
「人を殺すことが、罪ではないと?」
ゆっくりと、頷く。
「人として最も尊厳を伴う行為は、ご存知でしょうか?」
青年は沈黙する。
「生きることです」
「懸命に生きている事が、人にとって最も尊いこういです。
そのために人は様々な事をします。
食べ、泣き、笑い、怒り、妬み、働き、奪い、騙し、そして…」
青年の目を見据えたまま、ニナンは続ける。
「殺す。人が生きることで、起こりうる全ての行為は発生の必然があります。
生きるために騙す事が必要であれば、それは正しい行為。
生きるために殺す必要があれば、それも正しい行為
敗北を、逃走を、喪失を選ぶ事よりも、遥かに優れた正しい行為」
いつの間にか、ニナンは饒舌になっていた。
青年が求める以上の事を、しゃべっている気がする。
誰かが、ニナンの口を借り語っているかのような感覚さえあった。
「生きるために犯した罪であれば、地上の法律で裁かれることはあっても、神に罪に問われることはありません。
何故ならば、そうして生きるのが人だからです。
人が人として生きていれば、神は罪を問うことはできません。
…そう、できやしない」
ニナンが語り終えると、短い沈黙が訪れた。
全身に、性的衝動に似た高揚感が渦巻く。
同時に、しゃべり過ぎた、との自覚はある。
‘尼僧’の役を越え、ニナンの心の奥底に沈む本音が、口から出た。
自覚していた以上の、神への失望、生への執着。
‘娼婦と客’の戯れ事として、様々な役を演じてきたが、このような事は一度もなかった。
-なぜ?
自問を前に、青年の瞳が答えを出した。
先ほどと変わらず、無表情とも言っていい冷たい表情だ。
だが、その瞳には微かな満足と期待が浮かんでいた。
同種の瞳を持つ人間を、ニナンは知っている。
ニナンが娼婦の道を選ぶ以前、他人に語る事の無かった捨てた過去。
-そういう、事か
ニナンは微笑みを浮かべた。
先ほどまでの演技ではない。
記憶の奥の閉ざされた光景に辿り付いた際に、自然に浮き出た無垢な笑みだ。
長椅子に座った青年の顔に手を伸ばす。
「あなたは、許されているのです」
白金髪の髪を撫で上げる様に、両腕で頭部を抱きしめる。
青年の美貌に、尼僧服の薄い布地越しに柔らかな乳房を押し当てる。
「それで、何の御用ですの?」
頬を傾け、唇で相手の耳を摘むように、媚態を孕んだ吐息を吹きかける。
「異端審問官様」
頭部に回されたニナンの右腕が、青年が首から提げた聖印の鎖を絡め取る。
手首を二度回すと、細鎖は首の皮膚に食い込む程絞められた。
あと一度回せば、気道ど血流を完全に圧迫する絞首紐へとなるだろう。
「素晴らしい」
青年-美貌の異端審問官が言った。
その言葉には微塵の動揺も含まれていない。
「褒めていただいているのかしら、審問官様?」
ニナンの視線からから媚態は消え、嘲りと挑発が込められる。
「なぜ、私が異端審問官だと気がついた?」
ニナンはせせら笑う。
幼き日、異端嫌疑の掛けられた故郷を焼きつした審問官と同種の瞳を忘れるはずが無い。
自分の信じる‘真実’のためなら、あらゆる行為の遂行を可能とする冷徹な瞳を。
真銀製の異端審問印(マグノリア)以上に、鮮明に覚えている。
「さあ、神のお告げ、ではなくて?」
ニナンは薄ら笑いと共に惚けた。
故郷が焼き払われてから十年が経過したが、‘生き残り’であり娼婦に身をやつした自分を、この青年審問官が探しに来た可能性は否定できない。
なにしろ、相手は‘異端審問官’だ。
「私の質問には答えて下さりませんの、審問官様?」
右手に握る細鎖を、僅かに引き絞る。
それだけで、青年の首に巻かれた鎖が、一回り小さくなった。
最強の存在である異端審問官を審問する、と言う状況に優越感を覚えたが、油断は出来ない。
先手を取った以上、このまま押し切るしかない。
「異端審問官様が、賤しい娼婦風情に何の御用ですの?」
青年の美貌に初めて笑みが広がった。
格調高い、余裕のある笑みだ。
「私は法王庁異端審問局第八課審問官、ジュノイ・アーク・…あなたをお迎えに参じました」
青年の言葉に、ニナンは身を硬くする。
やはり、自分の出自をこの青年は知っているのか。
手にした鎖を一気に引き絞ろうとした瞬間、青年はニナンの予想を超える一言を発した。
「法王庁神跡記録院、第十七次奇跡認定‘永久(とこしえ)の聖女’アイセル様」
・解説
第八課課長ライナス・バルグは、ある策の為、十年前に聖人認定を受けながら謎の失踪を遂げた聖女アイセルの‘代役’を探している。
ジュノイはライナスの命を受け、アイセルの代役として、民衆のみならず、法王庁内部も騙しきる才能を持った人材を探していた。
表面的な演技だけでなく、八課以外の全てを騙しきる精神力を持った人材は容易には発見できず、探索は難航していた。
だが、‘天才娼婦’として名を馳せたニナンの演技力と洞察力、そしてふてぶてしいまでの行動力と精神力に、ジュノイは聖女アイセルを演じきれると確信する。
「いかがでしょうか、アイセル様。
永久の聖女としての奇跡は、我々の用意するアーティファクトで再現します。
今後の貴女の人生は、ライナス課長の名の下に、八課が保障させて頂きます」
ジュノイの話を聞き終え、ニナンは息を吐く。
‘生き残り’として、火刑台にあがるどころか、聖女として祝福を受けろということらしい。
異端審問官というのは、どこまで傲慢な存在なのか。
「お粗末な計画ね。…‘娼婦ニナン’は、身分ある馴染み客も少なくない存在よ。
人の伝聞を甘く見ないほうがいいわ。
聖女アイセルが有名になれば、必ず娼婦ニナンと同一人物と噂が立つ。燃え広がる噂は、いくら異端審問官とはいえ、止める事は出来ない」
「それにはご心配いりません、アイセル様」
ジュノイはその端正な顔を傅かせ、慇懃に答えた。
「‘天才娼婦’ニナンは、今夜、死んでいただきます」
-同時刻:西門通り
宝石商の開け放たれた扉から出てきた黒装束の人影を、衛兵隊が取り囲む。
その数、およそ二十。
「動くな、賊め!」
衛兵隊長の一声に、前列が抜刀、後列がボウガンを構える。
だが、黒装束は無言で剣を抜いた。
その左手には、黒い手袋が覆っていた。
手首を二重の金属製ベルトで固定し、かつそのベルトを十字架を象った錠前で封印してある。
顔を隠す‘道化師’の仮面が挑発的に動いた。
「撃て!」
指揮官の号令の元、放たれた矢を黒装束は地に伏せるような姿勢となり、かわす。
直後に大きく跳躍し、抜刀した衛兵達の中央に飛び込む。
「こ、こいつ!」
「なめるな!」
左右から切り込まれた剣を同時に受け、払う。
黒装束が払った剣が、切り込んだ衛兵右肩を撃つ。
「ぐわっ!」
皮鎧の上から右肩を押さえ、衛兵が苦悶の声を上げる。
「構うな、賊を抑えろ!」
止まりかけた同僚達を、肩を抑えた衛兵の怒声が叱咤する。
一斉に、刃が煌き黒装束を襲う。
黒装束は踊るように跳ね回り、白い仮面が揺れた。
「地方都市の衛兵にしては、いい錬度ですね」
‘道化師’の仮面をつけた黒装束-第八課異端審問官ジャンルイジ-は、仮面の下で笑った。
ジュノイが放った信号弾に伴い、‘凶悪な盗賊’を演じるのがジャンルイジの任だが、どうにも地が出てしまう。
衛兵達を倒す事に、ためらいはなく、罪悪感は欠片もない。
‘シャランサの左手’を使うまでもなく、得意とする素手による接近戦に持ち込めば、数秒の間に片がつくだろう。
ただ、折角の戦闘があっさり終了しては面白くない。
ジャンルイジは自分に三つの条件を課している。
苦手な長剣-刃を潰した-を使用する。
戦意を殺ぐような、一撃は禁じ手。
囲ませ、相手に背を見せ続ける。
これで少しは楽しめるはずだ。
そしてジャンルイジの予想以上に、衛兵達の錬度は高かった。
予想以上に実践慣れしている。
「もっと早く背後に回って。連携を取って、単発で終わらせない。…応援を呼びますか、いい判断です」
殺到する衛兵達の刃を極限の間合いで回避し続けながら、ジャンルイジは仮面の下で笑い続けた。
ジャンルイジと同様に、盗賊団を装った第八課異端審問官エスピノーザによる略奪・陵辱シーン。
超特濃なレイプシーンが展開されるが、略
⑮
街の見張り塔の警鐘が、遠くで鳴りつづけている。
衛兵隊の信号笛が響き渡る。
隣合わせの現実を理解すると、ニナンは呟いた。
「…たかが一人を手に入れる為に、貴方たちはここまでの事をするの?」
「大切な一人を手に入れる為ならば、我々はこの程度の事ならば何度でも実行しましょう」
ジュノイは、美貌に笑みを浮かべ、悠然と答える。
「そのために関係のない街の人達にまで、無駄な被害を出して…」
「‘無駄’?とんでもない。
この街を襲撃した‘凶悪な盗賊団’は、一ヵ月以内に‘ある異端嫌疑者の手引きによるものだった’事を証明する書簡が発見されます。
その嫌疑者には異端裁判に持ち込んでも、確定的な証拠が不足している状況でしてね。
‘司教座都市の襲撃、略奪’の罪状が付けば、有罪は決定的でしょう。
…異端者を一人、有罪に出来るのです。この街の住人の方は、誰一人‘無駄’など存在しませんよ」
ジュノイの諭すような説明に、ニナンは笑った。
怒りよりも、恐怖よりも、笑いが沸いてきた。
ジュノイの話は、‘合理的’の一言に尽きる。
一つの街の襲撃に、三つの目的が込められている。
一つ目は、ニナンの身元を消滅させること。
二つ目は、襲撃の罪を異端嫌疑者に被せること。
そして三つ目が、その裏事情をニナンに話し、‘抵抗は無駄’である事を理解させること。
これだけ合理的にして非人道的な計画を立案・指揮する第八課課長ライナス・バルグ。
そして、その計画をためらい無く実行する精神と武力を有する第八課異端審問官。
その八課の‘操り人形’に指名された以上、ニナンには彼らが提示する選択肢しか残されていない、という事なのだろう。
彼らに‘用済み’と判断されるまで。
この圧倒的な立場の違いを理解させられた上では、笑うしかない。
「さあ、そろそろ出発のお時間です、アイセル様。
ライナス・バルグ課長が‘永久の聖女’の到着を心待ちにしております」
ジュノイの両手が、細鎖を握り締めたニナンの右腕を包み込み、諭すような口調で言った。
「待って、その前にやることがあるわ」
長椅子から立たせようとする、ジュノイの手を二ノンは押し留める。
「何か?」
「今夜は、‘娼婦二ノン’が死ぬまでの間は、貴方は私の‘お客様’よ。異端審問官様」
屈みこんだジュノイの唇に、二ノンは激しく自分の唇を押し当てた。
体を捻って、腕をジュノイの肩に回し両膝を折り曲げるようにして体重を掛ける。
立ち上がりかけたジュノイは、二ノンの体ごとあっけなく長椅子に倒れこんだ。
二人の体が激しく密着する。
「貴方のお話はよく分かりました、神父様」
形のいい耳たぶに唇を押し付け、指先で白い首筋をなぞる。
「私は明日から‘聖女アイセル’として、衆目の先頭に立って生きましょう。
私の命はあなた方の手の上にお預けします。
お好きなように、お使い下さい。
でも、今日だけは‘娼婦ニノン’として、一人の女としてあなたを愛させて下さい」
それだけ言えば、後は言葉は不要だ。
捕らえた唇に、すばやく自分の唇を被せる。
舌を絡ませ、肘掛から落ちそうになりそうなほど体を傾けながら、体勢を保つため、捲れたす尼僧服のスカートから伸びた白い足を、青年の腰に絡ませる。
割り切りの速さが、ニナンの生きる術だった。
かつて、娼婦の道を選んだ時も、それまでの貞操観念と嫌悪感を早々に捨て去り、ベットという‘戦場’で生き抜く術を一心に磨いた。
結果、貴族、官僚、大商人、騎士、学者、そして聖職者までが、ニナンに平伏し賛辞する。
戦場では、ニナンは支配者だった。
世俗のあらゆる階級が平伏す、世界の中心であった。
今回も同じだ。
今までやってきたことと、本質的には変わらない。
生きるために、騙し、利用され、利用し、搾取する。
ただ異なるのは、ニナンの‘戦場’が娼館のベットの上からアスガルド半島全土へ、ニナンの屈服させるべき‘敵’が金貨10枚でニナンを買う客からアスガルドの民衆と八課を除く法王庁へと変わるだけだ。
そして今度の‘戦場’で勝利者となれば、今度は本当の世界で、ニナンは支配者となれる。
-‘異端狩’の生き残り、貧困に追い立てられた自分が世界の支配者となる。
やってやる
それだけの才能が、自分にはある。
湧き上がる奇妙な自信と、成功した未来への恍惚感にニナンは自笑する。
確かに偽りの‘聖女’の役は、自分くらいしか務まらないかもしれない。
ニナンを選んだジュノイの選定眼は正しかったという事か。
「私があなたの罪を許したように…」
長椅子の上での愛撫。
この不自然な姿勢が、快楽の妨げとなる反面、情欲を煽る。
ニナンとて、第八課に裸で乗り込むつもりはない。
まずは、この美貌の青年を快楽で篭絡し、支配下におく必要がある。
表面的には第八課に、ライナス・バルグに忠誠を誓わせながら、ニナンにとっての僕として利用する。
「…あなたも私の恋焦がれる罪を許して下さい」
巧みに動くニナンの手の下で、ジュノイはされるがままに身動き一つしない。
外見に反し、女性経験がないのかもしれない。
だとしたら、なおの事好都合だ。
男は、初体験の相手を‘特別な女’と思い込む傾向がある。
徹底的に利用するには、絶好の条件だ。
尼僧服は既にはだけ、乱れた下着からは、白い乳房が覗いている。
相手の視覚にその扇情的な姿が入るように上体を起こすと、青年の神父服のボタンをはずし、右手を差し込む。
柔らかな絹のように艶めくニナンの指が、あるものを捉えた。
驚愕がニナンの全身を支配し、全ての動きが硬直する。
「ご満足いただけましたか、アイセル様」
ジュノイは半身を起こして、ニナンの体を引きずり起こす。
「あなた、お、女?」
ニナンの指が捉えたのは、精悍な体に横たわる緩やかな双丘の膨らみだった。
美貌の青年は、男装の麗人であったのだ。
完璧な観察眼を自負するニナンが肌を合わせながら、その事を見抜けなかった。
男を陥落させる千の術を持ち合わせるニナンも、女性相手の術と経験は皆無だった。
衣服を正したジュノイは、呆然と見上げるニナンに冷笑を返した。
「それではいきましょう、アイセル様。
第八課へ、ライナス・バルグ課長も下へ」
おわり
構成について
娼婦が好きです(フィクション作品において)
過酷な状況の中で、生きる強さとちっぽけな誇りを見せる姿がカッコいいのです。
具体的な例をあげると、ベルセルク断罪編に出てきたルカ姉。
また、優等生ヒロインが書けない悩みがありました。
天然、正統派を問わず、‘聖女’がストックとして存在しなかったので、‘娼婦あがりの聖女’なら、書けるのではと思い試してみました。
やはりお話を作る上で、ヒロインポジションが会ったほうが、核が出来やすいですね。
ついでに鷹安さんにアドバイスを頂いた得ろシーン適当に入れてみました。
あと「‘ホンモノ’として振舞う‘ニセモノ’」の話が好きです。
‘成り行き(あるいは利害目的で)ホンモノになりすましていたが、ホンモノのフリをしているうちに、心境に変化が訪れる→窮地に陥った時、周りがホンモノと認めてくれる’みたいな。
『何かの間違いではないのかな?この子は確かに私の子供だが?』みたいな。
熱血専用で言えば、『インチキ賢者、本物になる』みたいな。
ワンピースで言えば、『嘘吐きの誇りにかけて、この話を嘘にする!』みたいな。
のび太のパラレル西遊記で言えば、『あの、僕、本当は…』『お前は孫悟空だぜ』「そう、僕は斉天大聖孫悟空!』みたいな。
キャラ設定について
ジュノイ ←黒カナン
ニナン ←黒フィリス
立位置共通ながら、性格・能力等、真逆
ジュノイ・カナン共通
・所属課の紅一点
・上司(ライナス・イルドルフ)に対する忠誠(愛情込み)
・コンビ撃ちで更に能力発揮、相棒は女性協力者
・不遇な最後を遂げる(予定)
真逆
カナン ⇔ ジュノイ
・おせっかい ⇔ 合理主義・能力主義
・勝気、男勝り ⇔ 男装
・接近戦得意 ⇔ 接近戦苦手
・直情、行動的 ⇔ 交渉、外交得意
ニナン・フィリス共通点
・相棒となる異端審問官と行動するうちに、自身の価値観が変わっていく
真逆点
フィリス ⇔ ニナン
・優しい罪人 ⇔ 腹黒聖女
(元暗殺者) (元娼婦)
・無欲 ⇔ 強欲(支配欲)
・控えめ ⇔ 野心的
・しっかり者の妹 ⇔ 暴走する妹
・相棒と友情を育む ⇔ 相棒と愛憎を育む