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小話「8-10-11」

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課長集合話 第3章①
夕方の冷たい風は、夜風に変わっていた。 
法衣の裾を風に靡かせ、一組の男女が法王庁西区画の人影の無い渡り廊下を歩く。 
異端審問局第十課課長ローフェルマルス。 
同じく第十一課課長フェルメノ・キルス。 

「・・・さっきの話」 
フェルメノが歩きながら問いかける。 
年齢は二十代半ばを越えているが、化粧気の薄い顔と好奇心が覗く瞳の印象か、もっと若く見える。 
長く伸ばした髪は一括りに後部で結ばれている。 
尼僧服の襟元と袖口からは、聖職者に似合わない派手な刺繍の施されたブラウスが覗いている。 
身長は女性としても低い方だが、それを感じさせない存在感を全身から放っている。 

「どこまで本心だった?」 
「全てだ」 
ローフェルマウスは、頬髯を動かし即答した。 
その口調は、長身を伸ばした姿勢同様に、威厳に満ち迷いの無いものだった。 
「あんたが異端審議長の地位を狙っていた、という話も?」 
「・・・」 
「今はもう諦めた、という話は?」 
「・・・」 
「・・・それじゃあ」 
フェルメノの口元が、笑みの形に歪む。 
「ライナス・バルグに次期異端審議長を狙って欲しい、という要請は?」 
「全て、偽る事のない本心だ」 

本来、フェルメノにとって異端審問局との他の課長とは、折り合いが悪い。 
‘審問局課長と言うよりは、傭兵隊長’という陰口は耳にしたし、実際にその通りだと思う。 
だが、現状の十一課に求めれれているのは、まさに‘傭兵隊長’であり、だからこそ自分が適任なのだろう。 
‘お堅い’連中の多い異端審議会は息が詰まるし、口実を作っては部下のクェイルに代理として出席させている。 
だからこそ、ローフェルマルスが自分に‘第八課課長ライナス・バルグとの面会への追同’を依頼されたのは意外であり、承認したのは単純な好奇心だ。

「そういう裏取引みたいな話はさ、本人同士でするもんじゃないの?」 
「ライナス・バルグは用心深い」 
ローフェルマルスは断言する。 
「用心をした上で、合理的な判断をする。‘フェルメノ・キルス’という異分子があの場に存在したからこそ、適度に警戒が分散する」 
「その割には、あっさり断られたよね。次期異端審議長への就任要請」 
フェルメノは、笑う。 

『お断りをします』 
短いが、はっきりとした返答だった。 
銀製フレームの眼鏡越しの瞳は、いつも通りの鋭さを秘めている。 
『理由を聞かせてもらおうか、‘鉄翼鷹’ライナス・バルグ』 
テーブルを挟んで対面するローフェルマルスには、動揺は見られなかった。 
静かに、ライナスの言葉を促す。 

『異端審問官は政治家ではない。権力闘争に関わり時間と労力の浪費は貴公等でやればいいだろう、‘断絶公’。 
私はその時間と労力を、異端殲滅に費やす。・・・それが、理由だ』 
口調こそ丁寧だが、ライナスの言葉には遠慮が無かった。 
ローフェルマルスがかつて何度と無く、異端審問局内部で権力の集約を狙った事を批判している。 

『だからこそ、ライナス・バルグこそが異端審議長に相応しい』 
ローフェルマルスは、なおも言葉を繋げる。 
『権力を欲した私だから、分かる。権謀を廻らせた次期もあったが、私以上に権謀に長けているのが、現審議長シモン・クレメンス、あの老人だよ。 
一度たりとも、若造である私に隙を見せる事は無かった。 
‘先代’アウグス・フォルケンスを失脚させた手腕は、更に磨かれている。 
さらに言えば、権謀に頼るような私やシモン・クレメンスのような俗物には、異端審議長は不適格だ』 
自嘲気味に笑うが、すぐに語気を強める。 

『故に、異端審問局は混迷の谷間から抜け出せずにいる。 
第二次大聖伐以降に減少したはずの異端事件は、近年は増加を辿る一方だ。 
今こそ、君なのだ、ライナス・バルグ。 
無欲であり、苛烈であるライナス・バルグが異端審問局を統べてこそ、異端審問そのものに変革が訪れる』

「あれは、無理ね。ライナス・バルグは自分の‘間合い’から動かなかった」 
フェルメノは先程のローフェルマルスとライナスのやり取りを戦闘に例えた。 
「‘欲’でも、‘義’でも、‘情’でも動かないのがライナス・バルグよ。 
‘間合い’から動かす‘引き手’を持たずに、立会いに臨んだあんたの負けよ、‘断絶公’」 
フェルメノは夜風に乱された前髪をかき上げる。 
「そうだな。ならば、フェルメノ・キルスを次期審議長にでも押し上げようか。・・・ある意味では、お前も欲はない。」 
ローフェルマルスは真顔であったが、フェルメノには冗談である事がすぐに分かった。 
先程の、ライナスとのやり取りとは、言葉に込められた重みが違う。 
だが、この手の冗談が言える男とは思わなかった。 
少し、付き合うのも悪くはないだろう。 
「ああ、それは止めといた方がいいわよ」 
「そうかな?」 
「あたしは面倒くさいことは嫌いだし、それに・・・」 
「‘異端審議長フェルメノ・キルス’、・・・語呂が悪いでしょ?」 
「ハハッ、確かにな」 
フェルメノとローフェルマルスは声を出し、笑った。

「・・・さて」 
一頻りに笑うと、ローフェルマルスは法衣の下から、淡い輝きを放つ聖印を取り出す。 
「‘異端審議法十一条’の意味は覚えているな?」 
「‘二十四時間以内の全課長招集’でしょ?。大丈夫よ、明日の審議会は顔だすって」 
フェルメノは蝶でも追い払うかの様に、右手を振る。 
「‘鉄翼鷹’の前では、流石の‘断絶公’も完敗だったわね。今夜は面白いものを見せてもらったわ。 
・・・お礼代わりにに、野暮用があれば聞いてあげるわ」 
一礼代わりに夜風に笑みを残し、フェルメノは立ち去った。 

「・・・‘断絶公’の完敗、か」 
夜の外気は温度を下げ、夜霧が立ち込める中、ローフェルマルスは静かに呟いた。 
「お前は気づかなかったか、‘紅蓮腕’フェルメノ・キルス?・・・あの瞬間の、ライナス・バルグに‘隙’が生まれた瞬間を」

『時勢というものがある、ライナス・バルグ』 
ローフェルマルスは、 
『今の八課は、人材が揃っている。 
ザッシュ・ネイビスの反乱を鎮圧したジャンルイジ。 
セレティコ渓谷で百人討ちを達成した、エスピノーザ・クフォン。 
‘失われた聖女アイセル’を発見し保護したジュノイ・アーク』 
『・・・そして』 
話を黙って聞いていたフェルメノが、腕組みを解き、凍傷により赤黒変色した右手を見せる。 
『フェルメノ・キルスに手傷を負わせた、ルシアーノ・ベルティ』 
『貴公の八課は、時勢に乗っている。私が十年前に乗ることが出来なった流れにな。 
異端審議長となり、異端審問局の改革を行うのは貴公しかいない』 

『私は私のやり方で異端の殲滅を行う。 
・・・これまでも、これからもそれは変わる事はない』 
僅かに、ライナスの言葉には感慨めいた感情が含まれていた。 
『話が終わりなら、お引取り願おう』 
『・・・承知した。丁重なもてなしに感謝する、ライナス・バルグ』 
法衣を揺らし立ち上がると、ローフェルマルスはフェルメノに退散を促す。 

『一つ、言い忘れていた』 
扉を潜る直前に、ローフェルマルスは立ち止まった。 
『第二課課長アディール殿は、次期審議長に推挙された際、高齢を理由に断るそうだ。・・・変わりにある人物を推薦する事を決めている』 
『・・・その人物とは?』 
僅かに、ライナス・バルグの‘間合い’が揺れる。 
ローフェルマルスは、静かに‘間合い’に足を踏み入れる。 
『・・・第七課課長‘紋章官’イルドルフ』 


理性の‘箍(たが)’で押さえ込まれているライナス・バルグの感情が、あの瞬間に確かに乱れた。 
フェルメノは気づくことはなかった。 
ライナス自身も気づいていないだろう。 
だが、ローフェルマルスにとっては十分な収穫と言えた。 
当初の予想以上の収穫と言っていい。 

「さて、‘次’を楽しみとしようか、」 
含み笑いを残すと、ローフェルマルスは夜霧に溶け込み、消えた。


『課長集合話:8.10.11課』@覚書 

・久しぶりに書いてて躓きまくった。 
『十課課長ローフェルマルスが、ライナスに次期異端審議長の座を狙うよう促す話』というのが当初のコンセプト。 
十課と現異端審議長との確執や、十課審問官も出てくる予定だったが、まとまらずに大幅にそぎ落とす羽目に。 

・そもそも十課課長のキャラが固まっていなかったのが苦戦の理由。 
>>102-111では‘丁寧語キャラ’だったんだよな。 
九課課長ヒュー・ベルガーと被るから、‘知略に富んだ自信家のおっさん’にキャラ変更。 
しかし、‘策略家タイプのおっさん’のキャラストックが自分の中に無い事が判明し、これまた苦戦。 
‘武人タイプのおっさん’なら、腐る程あるんだけどな。 

・結果、キャラ・構成供に分かりづらい小話に。 
あとで再構成しよう。 
 
・『全てが揺ぎ無いライナスを釣るには、未だに燻っているイルドルフへの対抗心』 
そこを突いた点については、ローフェルマルスを評価。 
ライナスのキャラに少しだけ幅が出来たけかも。 
良くやった、おっさん。

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