小話:課長集結話1-①
その日、第二福音線は満員の乗客を乗せて、第二教区の平原を走っていた。
天候は快晴、窓から入る風も春を感じさせる暖かさを保ち、先頭車両である87年式蒸気機関車のあげる軽快な蒸気音と重なり、
まさに旅日和であった。
そう、天候だけは。
俺たちの乗った二等客車は、春の‘種蒔祭’と重なり、故郷へと帰る出稼ぎ労働者で溢れていた。
網棚いっぱいに積み込まれた労働者達の荷物は、家族への土産が詰め込まれ、列車が揺れるたびに、落下の恐怖を俺に与えて続けている。
ただでさえ、半島北西部と聖都ロンバルディアを結ぶ第二福音線は老朽化しており、乗り心地が悪い。
おまけに、二等客車は軽量化を第一に設計され、カーク材の床と座席は長時間座っているのは硬すぎた。
その硬い座席と床に、手荷物満載の労働者達が所狭しと乗り込み、持ち込んだ酒瓶を空け、逞しくも宴会を始めている。
よって、天気は良い、風も良い、ただし車内環境はすこぶる悪いという状況となっている。
本来なら、別の列車でもよかったんだ。
だが、俺たちはどうしても今日中にロンバルディアへ帰還する必要があった。
最もロンバルディアに早く着くのが、俺たちが今乗っている列車であり、そして俺たちが駅についた時には、既に一等客車の切符は売り切れていた。
くそったれ。
「そのわりには・・・」
俺の隣の座席に座った同行者が、俺に声をかけた。
「うれしそうな顔をしているのう」
皺枯れた声。
白髪に老眼鏡。
積まれた荷物に隠れてしまう程の小柄な体。
手には、馴染んだ聖典。
ある意味、俺の師とも言える爺さんだ。
「爺さん、年の話をするのは酷だと思うがな。また目が悪くなったか?俺のどこが、嬉しそうに見える?」
「ふふっ」
年甲斐もなく、気色悪い笑みをもらすと爺さんは答えた。
「一つ、三ヶ月ぶりの聖都への帰還を喜んでいる。
二つ、帰還後、ワシの護衛から開放される事を喜んでいる」
爺さんは、指を一つづつ立てながら講釈を垂れる。
そして三本目の指を立てた際、深い皺に刻まれた顔に浮かべた笑みを、一際大きく広げた。
「三つ、幸福な者の中にいる事を喜んでいる。そうであろう、ウーベ・ゼラート?」
俺は何かを言い返そうとしたが、気の利いた切替しを想い付く前に、突然の衝撃が列車を襲った。
耳障りな金属音と蒸気の排出音が、最高速に達していた列車が急ブレーキをかけた事を知らせる。
車内は網棚から落下する荷物と散乱する酒瓶、そして怒号と悲鳴が充満した。
「なんだ?」
「検問のようじゃの」
爺さんの言葉に俺は、窓に手をかけ全開に引き上げると、上半身を突き出した。
確かに、戦闘車両の前方線路には、列車の進行を塞ぐように有刺鉄線を巻きつけた木材が積まれている。
木材の傍には、深緑色の皮鎧を着用した衛兵が十数名待機しており、先頭機関車から身を乗り出した鉄道騎士と激しく言い争っている。
先頭車両より6両分後方に位置する二等客車では、言い争いの内容は聞き取る事はできなかったが、列車が停車すると同時に、
待機していた各車両に乗り込んできた皮鎧の兵士達が、戦闘車両と同様であろう宣言を声高に行う。
「第二教区森林衛視隊だ。これより、当列車に積載された全ての荷物の検査をする。諸君らは静粛にご協力願いたい」
こんな平原のど真ん中で、森林衛兵隊?
列車は確かに彼らの管轄内であるミルズ森林の一部を横断するものの、その管轄域は大きく外れている。
彼らの権限を最大限に拡大解釈しても、走行中の列車を強制的に停車させるなんて行為は不可能だ。
たちまち、車内は怒号と罵声が飛び交う。
「荷物検査だと!そんなものは乗車する時に、やったぞ!」
「お前等の出る幕じゃねえ!」
だが、衛兵達は構わず散乱した荷物を片っ端から空け始める。
両親、妻、そして子供へのお土産である服や本、お菓子などを開けられて、酒の入っている乗客たちは止めようとする。
だが、衛兵達も必死だ。
殺気すら感じさせる静止の声をあげ、強制的に検査を続ける。
「どうするかね?」
横目で爺さんに合図を送るが、反応はない。
聖典を広げ、この喧騒の中悠々と読んでやがる。
・・・じじい。
まあ、いい。
爺さんが‘我関せず’の態度を取るときは、‘お前の判断に任せる’という意志表示だ。
まかされた以上、好きにやらせてもらう。
あとで、文句は無しだぜ。
その間にも強制捜査は続いていた。
抵抗を続ける乗客が大多数だが、衛兵は彼らを恫喝し、強引に荷物を奪い、検める。
そんな衛兵の姿勢に、俺は違和感を覚え、同時に違和感の正体を理解した。
衛兵達の強引かつ執拗な行動の背後にあるものは、使命感ではない。
恐怖だ。
この行動を取る事しか、選択肢が残されていない。
引くことは死を意味する。
大げさな言い方だが、それに近い感情が、固く硬直した表情から伺えた。
後は、その恐怖を与えている正体を探り、そこから状況への対応策を考える必要がある。
だが、当然開いた列車の前方扉が、その回答となった。
巨躯の神父服。
銀の聖印。
そして、両腕に巻きつけた鎖。
無表情ながら知的な風格を兼ね備えた男であったが、全身から放つ圧倒的な威圧感がそれを打ち消している。
車内の喧騒は、氷水をぶちまけたかのように、終焉を迎えた。
同時に俺は舌打ちをする。
「こんな所で何をやってやがる。・・・アベラルド・ホーケン」
かつて、‘七星の預言者’ギリテスは、その奇跡の力で大海を別ち、道を開いたという。
巨漢の異端審問官アベラルドの眼前で広がる光景も、聖典に記される奇跡に似ていた。
無言のまま、アベラルドが一歩足を進める。
同時に、車内に‘道’が出来た。
満員を超える乗車率、かつ荷物が散乱した車内のはずが、アベラルドの前方のみ、人一人が通るのに十分なスペースが空けられる。
足を進めるアベラルドの後方では、凍った時間が動き出したかのように、衛兵が荷物の検査を再開する。
今度は抵抗も、抗議の声も上がらない。
ただ、乗客は視線を逸らし、顔を背け時間が進むのを待つだけだ。
アベラルドは、この客車に現れてから、一言も発していない。
ただ、その全身から放つ威圧感のみで、暴動寸前の混乱を鎮圧し、衛兵に与えられた任務を遂行させた。
はっ、大した‘奇跡’だよ、アベラルド。
修練生時代の同期としては、賞賛の一言でも送りたいね。
「九課は、探し物でもあるのか?アベラルド」
奴の‘道’の前に立ち上がった俺は声を掛けた。
「お前たち五課には、関係のない事だ」
相変わらず愛想のない野郎だ。
「関係なくはないぜ。俺はちゃんと金を払って切符を買って、この列車に乗っているんだ。
いきなり停車させて荷物検査をさせたんだ。説明義務って奴があるんじゃないのか?」
意図的に挑発的な物言いにしたが、アベラルドは俺を睥睨するのみで、乗ってこない。
とことん、愛想のない野郎だ。
アベラルドの前に立ちながら、俺は意識を周囲に満遍なく向ける。
九課の異端審問官は、原則二人一組で任務にあたる。
アベラルドの相方は、ニハト・バルバス。
静のアベラルドに対し、動の存在であり、言動は九課の中でもかなりの攻勢だ。
姿は見えなくても、ニハトの弓型AF‘賢者の嘆き’なら、長距離射撃が可能だ。
列車の外からでも、射線さえ通っていれば俺の腕を射抜く事は可能だし、列車の屋根の上からでも屋根ごとぶち抜いて先手を仕掛けてくるかもしれない。
ニハト・バルバスはそういう男だ。
だが、俺の懸念とは裏腹に、周囲にアベラルド以外の戦力保有者の気配は感じ取れない。
「そういう貴方は、誰かお探しですか?」
その声は、俺の背後から掛けられた。
後部に連結した車両を結ぶ扉から入ってきたであろう、旅装姿の神父服の男がそこに居た。
周囲の気配を探っていた俺を嘲笑うかの如く、忽然と姿を現した中肉中背の男は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「よろしければ手を貸しましょうか?ウーベ・ゼラード君」
俺の背中に冷や汗が走る。
くそっ、何でこの男がここに居る!?
「・・・いえ、結構です。第九課課長ヒュー・ベルガー司祭」
声が震えるのを必死で押さえる俺を、ヒュー・ベルガーはもう一度、穏やかな笑みを浮かべた。
異端審問局第九課課長ヒュー・ベルガー。
異端審問にかけては、その才能を示す逸話は多数。
異端審問外での、不審行動に関する悪名は更に多数。
俺自身としては、噂は別にして、ヒュー・ベルガーに対し、好印象も悪印象も持ち合わせていなかった。
法王庁の廊下で擦れ違えば、会釈する程度の間柄だ。
第一課課長のような峻厳さも、第二課課長のような静謐さも感じる事はない。
中肉中背。
常に浮かべている穏かな笑み。
巡廻神父出身と言われ、‘ああ、なるほど’と納得する程度の‘普通の人’という印象だった。
そのヒュー・ベルガーが俺の背後に立っている。
不意打ちに備えて全方位を警戒し、向けられる敵意に十分に備えていた俺の背後に、だ。
「長旅で疲れているようだね。・・・休息は取ってますか?」
ヒュー・ベルガーは、俺の全身を一瞥すると、気遣うように声を掛ける。
異端審問官をやっている以上、殺意を向けられた経験は多々あるが、その事で恐怖を感じた事はない。
殺意を向けられた以上、攻撃がくると予想できる。
予想できるものは、対処法もあり、対処できるものを恐れる必要はない。
だが、このヒュー・ベルガーは、違った。
自身の部下であるアベラルドを牽制する俺に対し、いつも通りに接するその姿は、法王庁の廊下で擦れ違った時の‘普通の人’のままだ。
敵意、警戒、嫌悪、好意、あらゆる感情を、その穏かな笑みからは感じることが出来ない。
予想が出来なければ、対処法が取りようもなく、俺に焦燥を抱かせた。
「無理はよくない。・・・もう少し座っているといい」
穏かな笑み。
穏かな口調。
それだけで、威圧感の固まりのようなアベラルドより数倍危険な圧力を俺に与える。
・・・なるほど。
賞賛と悪評が立つわけだ。
これが法王庁で見せることのない、‘巡検士’ヒュー・ベルガーか。
状況を理解できない乗客達が、俺とヒュー・ベルガーのやり取りを不思議そうに見ている。
「どうしました、ウーベ・ゼラード君?」
穏やかな笑み。
優しい声。
「座らないのですか?」
だが、そこには絶対の強制力があった。
俺にだけ向けられた、桁以外の圧力。
その誘いを拒絶すればどういう行動をとるのか、微動だにしないヒュー・ベルガーの笑顔からは推測できない。
くそっ、どうする?
「気遣いは無用じゃ、本人が立っていたいそうだ」
真横からの声の主に、ヒュー・ベルガーは視線を移す。
声の主は、俺の横の座席に座った小柄な老人だ。
・・・じいさん?
「わしにも教えてくれんかの?随行権限まで行使して、こんな列車一本に何を拘る?」
ヒュー・ベルガーの視線を正面から受け止め、爺さんは白髪頭を僅かに振る。
「`聖務の遂行’とだけお答えしましょう。・・・私が協力要請を出していない以上、あなたこそ、これ以上聞き出す権限はありません」
「ふむ、では質問を変えようか」
爺さんは、座席の脇に立てかけていた杖を手に取る。
樫の木に似た材質の?一見なんの変哲もない杖だ。
ただ、その握りには、『閉じられた目』の紋章が彫られている。
「射開け、‘見つけるもの’」
爺さんが杖を掲げると、『閉じられた目』が開き、姿を現した紫水晶に似た宝玉が輝く。
同時に俺が首から提げた聖印が、僅かに輝く。
右脇のホルスターに納めた銃型AF‘ケルベロス’に至っては、杖の輝きに共鳴するように振動した。
アベラルドにも、同様の現象が起こっていた。
発行する聖印と、僅かに振動し続ける鎖型AF‘咎人の鎖’を巻き付けた鎖をいぶかしむ。
ヒュー・ベルガーに訪れた変化は更に顕著であった。
右腰に吊した古びた長剣は、車内を照らす程発光し、首から提げた聖印は、赤色光を放ちながら胸の中程まで浮かび上がっている。
「審問局課長のみが所持を許された真銀制‘異端審問印’が活動状態にあるのは、異端審議法十一条、すなわち‘24時間以内の全課長招集命令’の証。
・・・もう一度、問おう。第九課課長ヒュー・ベルガーよ」
立ち上がった爺さんは、自分の黒服の襟元を開いて見せた。
浮遊した聖印が放つ、赤色光がヒュー・ベルガーを照らす。
「招集命令が発令されている状況で、この場所で何をしているのか、このワシに教えてくれぬか?
・・・この第五課課長ケステ・ジャイムにな」
‘見つけるもの’。
異端審問局第五課課長ケステ・ジャイムが所有する杖型AFの名称だ。
杖の先端に搭載された紫衝石より、十六象限幾何学に基づく不可視の波動を放出する。
放出された波動が、効果範囲内に存在するAFの固有振動数と同一の振幅であれば、AFは外部からの振動により、擬似的な稼動状態となる。
今回、爺さんが‘見つけるもの’をから放った波動は、十六象基準振幅値3000~4000。
効果範囲は半径10メートルと狭いが、B級AF以上であれば確実に同調する。
結果、この車両に存在するAFが共鳴反応を示した。
爺さんが、‘見つけるもの’を降ろすと、AFの共振反応は収束した。
俺の‘ケルベロス’。
アベラルドの‘咎人の鎖’。
ヒュー・ベルガーの古びた長剣。
そして俺たち四人が下げている聖印。
これらの発光が収まると、列車内には静寂が訪れた。
ヒュー・ベルガーが浮かべた笑みは変わらない。
自然体の佇まいも変わらない。
だが、その全身に纏った余裕が完全に消えていた。
「・・・‘静総師’殿」
ヒュー・ベルガーが爺さんと改めて向きあう。
同時に俺の背後でアベラルドが僅かに動く。
両腕に巻かれた鎖が重厚な摩擦音が、主人の意図を汲み取った忠実な番犬の唸り声を連想させる。
「法王庁からの招集命令には、もちろん了承しております。
・・・四時間後に特別列車を手配しております。
ロンバルディアまでは直通で二時間半、‘二十四時間以内の召集’には間に合います。
よろしければ、ご一緒に特別列車に乗車されてはいかがですか?」
「その特別列車を走らせれば、在来線に多大な時刻調整が発生するぞ。
既存の列車でもケニス駅で乗り継ぎを行えば、お主が手配した特別列車の二時間前にロンバルディアに到着出来る。
・・・ヒュー・ベルガーよ。
我々に課せられた使命は大きい。
同時に我々に与えられた権限も大きい。
権限を行使すれば、大きな波紋が広がる。
故に、正しい知識を正しく活用することが、必要なのじゃ」
「お話、同意いたします」
爺さんの言葉にヒュー・ベルガーが深く頷く。
いつの間にか、消えていた余裕が復活している
「流石は法王庁最高の経験と学識を備えたケステ殿のお言葉、胸に染み入ります。
ただ、一つ補足させて下さい。
・・・聖典には‘信仰は教会のみならず、在野にこそあり’との一節があります。
私はこの一節を最大限に活かすため、課長という立場に立っています。
机上の人間にとっては事が、現場では実行できない事はよくあります。
そんな立場に置かれた部下達を守り、理解をする為、私は巡検を続けています。
・・・現場での真実が、知識より重要なこともあるのですよ」
その瞬間だけ、俺はヒュー・ベルガーが浮かべた笑みの奥に隠された感情を理解できた。
痛烈な嘲笑であり、皮肉だ。
正論を嘲笑い、正論を語った爺さんを皮肉を浴びせた。
理解すると同時に、俺は自分が侮辱されたかのように、いや、それ以上に首筋が熱くなった。
確かに爺さんは、異端審問官を経験せずに課長となった。
その意味では、歴代異端審問課長の中でも異色の存在だ。
‘現場を知らない’と言われれば、それまでかも知れない。
だがな、ヒュー・ベルガー。
あんたは知らないだろう。
あんたが嘲笑ったこの爺さんが、どれだけの爺さんなのかを。
そもそも、俺と爺さんがこの列車に乗っていたのは、‘最果ての異端審問’を終えて帰庁の最中だった。
爺さんの命令で先行し、現地に乗り込んだ俺が状況の確認と調査を行う。
後日、後発で到着した爺さんが、俺の報告と事前の調査内容を元に異端審問を行う。
俺が第五課所属となってから、何度も行われてきた異端審問のパターンだ。
だが、今回は少し状況は違った。
アスガルド北部辺境の極寒地で、異端の嫌疑を掛けられていた少数民族‘北の穂先族’だ。
‘北の穂先族’は、大柄の体格と濃い体毛、狩猟と熊羊の放牧、口伝の巨神伝承、族長と祈祷師という独自の文化を持つ。
ある事件をきっかけに、近隣住民と北の穂先族との関係は急速に悪化し、俺が現地に到着した際もいつ争いに発展してもおかしく無い程、状況は緊迫していた。
実際、俺は爺さんに対し行動を遅らせるように連絡した。
暴動に発展した際に、爺さんを守りきる自身が無かったからだ。
しかし、爺さんはやってきた。
自分の知識を持って公正な異端審問を行う事で、北の穂先族と近郊住民の両者の諍いを解消できる事を確信し、己の責務を果たすべく極寒の地へ乗り込んだ。
爺さんは、武器は使えない。
身体能力的には、普通の老人と変わりない。
だが、それを補って余りある知識と、その知識を活かす術を持っている。
あんたに理解できるかい、ヒュー・ベルガー?
色々な思いが駆け巡り、喉元までこみ上げる。
ヒュー・ベルガーは、そんな俺を何かを期待するような眼差しで見つめている。
待っているのだ。
俺が感情を暴走させ、抗議することを。
更に煽ることで、俺が銃を手にすることを。
後方に控えたアベラルドが俺を捕獲し、九課が五課に対して‘貸し’を作ることを。
「・・・北風に向かって伸びる木と、野犬に立ち向かう鼠を比べるものではない。困難に立ち向かう行為には変わらないからだ」
俺の口から出たのは、自分でも思いもよらない言葉だった。
何を言っているんだ、俺は。
この話は確か?
「・・・聖典からの引用ですか、ウーベ・ゼラート君?」
さしものヒュー・ベルガーも、僅かに困惑しているようだ
「いや、俺の作った寓話だ」。
そして直ぐに、いつもの笑みを浮かべる。
「アベラルド審問官、撤退です。ご協力いただいている森林衛兵隊の皆さんにも伝えてください」
「・・・・」
僅かに不満そうな表情を浮かべたアベラルドだが、無言で頷く。
「失礼しました‘静総帥’殿。・・・かつて紛失した遺失AFが運送される、という情報があったため、念のため、第二福音線を通過する全車両を対象に検問を行っていたのですよ。
しかし、無駄だったようですね。先ほどの‘見つけるもの’使用時に反応がなければ、この列車は神の加護の元にあるようです」
ごく自然な語り口調であり、表情だ。
筋は通っており、異端審問官の権限においては、十分な理由となる。
だが、何かが引っかかる。
それだけが理由ではないはずだ。
爺さんも眉根に皺を寄せたところを見ると、納得はしていないのだろう。
だが、爺さんがそれを追求することはなかった。
「・・・結構。ご苦労であったな、ヒュー・ベルガー司祭」
「こちらこそご迷惑をお掛けしました、ケステ・ジャイム司祭」
二人の別れの挨拶は、他人行儀なものだった。
アベラルドを従えて、車両から降りる際、ヒュー・ベルガーは、振り返った。
「良い部下をお持ちになられましたな」
甲高い汽笛が、陽光降り注ぐ平原に鳴り響く。
先頭機関車に搭載されたヘルメス機関が、炉に石炭が投入される度に、重厚な駆動音と共に客車を牽引し、加速する。
駆動音が心地よい振動に変わる頃には、第九課による検問ははるか後方に消えていった。
「ふふっ」
俺の隣に座った爺さんが、今日二度目の気色悪い笑みを浮かべる。
「・・・なんだよ」
「別れ際に、ヒュー・ベルガーが『良い部下を持った』と言いおった。・・・その意味が分かるかの?」
「・・・さあな」
正直な感想だ。
無論、言葉通りの褒め言葉ではないだろう。
だが、恥ずかしい話だが、今の俺はヒュー・ベルガーとの至近距離の対峙から解放された安堵感から、言葉の裏まで気を回している余裕は無かった。
「あれは、ワシの弱点を指摘したのじゃよ」
「弱点?」
「そうじゃ。そこそこの腕を持ち、そこそこの知恵もある。実力差を理解していても、立ち向かわざるを得ない安いプライドと、薄っぺらな忠誠心を持ち合わせている。
ワシがそんな部下を持っていることを、ヒュー・ベルガーは弱点と見たのじゃ」
「・・・まさか、俺の事かよ」
「他に誰がいる?
ヒュー・ベルガーにとっては、そんな相手こそ、罠に掛けやすい。
自尊心のみならず、忠誠心を持ち合わせていれば、いくらでも利用してくる。
これから先にいくらでも、ワシの弱点をつけると判断したからこそ、今回はおとなしく引き下がったのじゃろう」
じゃあ、ナニか?
平たい話が、俺はヒュー・ベルガーに目を付けられたのか?
今度は、俺にターゲットを絞って罠を仕掛けてくると?
勘弁して欲しい。
また、あの化け物じみた圧迫感の中で、立ち回らなければいけないのか。
「心配するなよ、爺さん」
俺は内心を悟られないように、軽い口調で強がる。
「‘罠は掛かって、噛み千切る’。・・・あんたが拾った野良犬は、世界一優秀な野良犬だって証明してやるよ」
少なからず、今日はヒュー・ベルガーの動揺を誘えた。
強引かつ前向きに考えれば、俺にだって勝機はある、はずだ。
「分かっておる」
俺の露骨な強がりに、爺さんは頷いた。
「‘静総師’ケステ・ジャイムに、分からぬことはない」
芝居がかった口調と共に、爺さんは笑った。
今度こそ、気色悪い笑い方をいやめろ、と言うべく立ち上がったが、それは適わなかった。
俺が立ち上がるのを待っていたかのように、隣の席で宴会を再開していたおっさんが、俺の肩に手を回す。
「よお、兄ちゃん。さっきは見ていて爽快だったぜ!」
「あの‘異端審問官’に吠え面かかせたんだからな!」
・・・俺も異端審問官なんだが。
どうやら、状況を理解していなかったらしい。
確かに、アベラルドに比べると、俺には圧倒的に威圧感は不足している。
一応、神父服は着ているんだが。
それにしても、人気無いな、‘異端審問官’は。
「まあ、飲め。飲んでくれ!」
強烈な味の蒸留酒が、俺の喉に流し込まれる。
列車が停車するまで、『異端審問官を退けた英雄』は、ひたすらこの洗礼を浴びることになった。
第五課課長所有AF「見つけるもの」
・形状:杖型
・発動能力:AFの感知
AFに反応する不可視の波動の放出により、有効範囲内のAFを擬似的な稼動状態にすることが可能。
・特殊発動:AFの強制作動
※前提技能:「十六象限幾何学」「AF知識」
発動条件を揃えたAFに完全な個別振動数を放出することにより、強制作動させる。
個別振動数の計測には、「十六象限幾何学」「AF知識」で対象AFに応じた難易度判定に成功することが必要。
敵所有の広範囲型AFとか、傷ついた見方のAFを強制作動させることが出来れば、結構有効だと思うんだ。