赤い色をぶちまけた床。
辺り一帯には、鉄臭い匂いが充満する。
この場にNo7がいれば、きっとこう言っただろう。
「彼らの存在は醜い。だけど、血の色だけは綺麗だ」と。
それらは数十にも及ぶ肉塊と化した、元は人であったもの。
激しく殴打され、陥没した部位と引き千切られたようなパーツは過剰に死を演出している。
その場に、ただ一つだけ人の形をした影がある。
全身を返り血で染め上げた影――彷徨える逆十字団No8――は、新たな気配を感じ構える。
彼の口の端が、にいっ、と歪んだ笑みを形作った。
「過去、この大陸には大国があった。だが、それらは新たな勢力により作り替えられた。
そして今、この半島で同じ事が繰り返されようとしている。
……そう、法王庁という大きな権力は新たな存在に作り替えられる必要があるのだ」
大仰な仕草で、男は振り返った。
その顔は歪んだ使命感に満たされた顔。
「だから法を破り、平穏を壊し、人間を殺すというのか?」
その場に現れた異端審問官、イザーク・フェルディナンドは銃を構える。
それは銃と呼ぶにはあまりにも巨大な鉄塊。
常人であれば両手で持つのがやっとといった、それをイザークは片手で構える。
「再構築するには、一度全てが壊れる必要がある。異端審問官になるための講義で習わなかったか?」
黒い神父服を纏った死徒No8――“処刑神父”ザルツ――は血溜まりの中、銃を構える。
巨大な鉄塊で出来たそれを、イザークを鏡に写したかのように、やはり片手で構える。
「私が習ったのは、一つ。異端即滅。唯一にして……それが全てだ」
「くくっ…お前とはこれでしか語り合う事ができないようだな」
恍惚の表情を浮かべながら、手にした巨大な銃を構える。
一瞬の静寂。
その静寂を破ったのは、双方の銃口から射出された弾丸。
礼拝堂の木製の机や椅子が、派手に飛び散る。
ステンドグラスの煌びやかな混色が照らすステージで、二つの影が踊る。
「くははははははっ!!」
一際大きな音が響き、ザルツの巨大な銃――クルエルファング――が机を吹き飛ばす。
「……………」
轟音と共に飛来する机を、イザークの鉄塊――クルエルクロス――が弾き飛ばす。
木片を撒き散らしながら机が大破した。
バラバラと破片が落ちる中、二人は互いに銃口を突きつけていた。
「何故分からないのだ? 世界は次のステップへと移ろうとしている。
それなのに古き過去にとらわれ、未来を閉ざすのか?」
「未来を閉ざすのでは無い。過去を……現在を守護する為に我々が存在するのだ」
ザルツは自嘲気味に笑う。
「変わらないな。昔から変わらないよ。お前は」
対するイザークの冷静な表情は眉一つ動かない。
「お前は変わった。変わり過ぎたくらいだ」
互いが互いの過去を回想し、言葉の無い会話を交わした。
「……………」
二人のとばっちりを食らっていた傷ついた神像が、自重により落下する。
轟音が重なった。
互いの引き金が引かれ、互いを撃ち抜いた。
同じ制作者が作った一対のアーティファクト“クルエル”は、今や敵同士。
命を刈り取る死神の鎌は、まだどちらにも振り下ろされていない。
双方ともに鮮血の糸を引きながら、ごろごろと転がる。
「まだだ。まだ、昔語りは終わってはいない。……こんな中途半端なところで終わるなよ? イザークッ!」
初めて黒衣を自らの血で染めたザルツは、体勢を立て直す。
「再確認した。お前は異端だ。ザルツ……いや、彷徨える逆十字団死徒No8“処刑神父”。お前を異端と認識し、速やかに排除する」
同様に体勢を立て直し、片手で鉄塊を構える。
―
◇
―
◇
―
◇
―
「なにいっ!?」
驚愕の声を上げたのは、『処刑神父 ザルツ』だった。
至近距離での殴打。
ザルツの身体ではなく、その武器を狙った一撃。
両者の武具が、金属の悲鳴を上げながら砕け散る。
驚愕は一瞬だけ。
しかし、その一瞬で勝負は決まった。
「うおおおおおおおっ!!」
血だらけのイザークは空いた左拳に全ての力を込め、殴りつける。
地に転がる似非神父に、容赦なく拳の弾幕を浴びせる。
「ごふっ」
肺から強制的に吐き出された息に、血が混じる。
全身、そして口元を血に濡らしたザルツの額に、懐から取り出された銃口が突きつけられる。
「はあっ、はぁ、っ…くっ……これで終わりだ……『処刑神父』」
男の宣言するような声が響く。
迷いの無い、輝く十字架を背負う者の言葉。
「っ、くっ…くくくくっ……」
仰向けで銃口を突きつけられている男からは、笑い声が響く。
どこか歪な、どす黒い逆十字を体現する男の嗤い声。
「イザークゥウウウウ! 結局お前達がしている事は、他者を力で排除する事に他ならない!
お前達が勝手に決めつけた『秩序』とやらに従わない者たちを『異端』と決めつけ、排除する!
お前達が『平和』と呼ぶこの世界は、結局お前達の力により支配されているだけの偽りの平和ではないか!!」
勝敗は決しているというのに、男、彷徨える逆十字団『処刑神父』の血走った目は異端審問官イザークを見据える。
「くくくくっ………いいか?
お前達、法王庁が、正義とやらが力を持つのではない。
力を持つ者たちが自己を正当化するために正義を名乗るのだ!
よく覚えておけ!
お前達の力が無くなり、新しい力によりお前達が敗北した時、お前達は悪になる。
今の俺のこの姿は未来のお前の姿だ。
くくくくっ……あーはっはっは!」
壊れた笑い声を響かせながら、処刑神父ザルツは嗤う。
無くなった武器の代わりに、言葉で神父を断罪するかのように。
「………ふぅ」
イザークは呼吸を整え、溜め息を一つ吐く。
億劫そうに、それでも律儀に言葉を返す。
「…正義を語るつもりなど毛頭無いが、これだけは言っておこう。
お前が偽りとよぶ平和の中で、必死に生きている人たちがいる。
……ザルツ。
お前は『逆十字団』だのと名乗り、邪道を進んだ気でいるようだがそれは違う。
お前は邪道に進んだのではない。
正確に言えば、正道を進めなかっただけだ。
そんなお前に、正道を進む多くの人たちの命を奪う権利などない。
師匠は…そう言っていた」
イザークの冷たい仮面のような表情に、一瞬だけ悲しみが混じる。
「だったら!」
イザークの、数年前までは友と呼んでいた男の、悲しさの欠片に反応するようにザルツが叫ぶ。
「…だったら……なぜ、師匠は『クルエル(冷酷)』などという武具を作ったのだ……
理屈、理由を付けのうのうと生きている愚民たちを屠る為に、冷酷になれと言う以外に…」
遮るように、イザークが言う。
「俺は『クロス(十字架)』を手にした。人々は醜くも、それでもそれと戦い生きている。
祈れば全てが報われるわけでない……だが、報われる人々も存在する」
「……その報われるべき人々が、俺の両手からこぼれ落ちて行った時……
俺は『ファング(牙)』を取った。それは殺し、喰らう…それだけのもの……」
溜め息と、重い沈黙が流れる。
決して遡る事の出来ない、巻き戻す事の出来ない時間の流れは二人の男を全く別の道へと進ませた。
「お前は純粋過ぎたんだ…ザルツ………」
「くくっ……そうだなぁ……そうかもなぁ……」
どこか満足気な表情。
『処刑神父』と呼ばれた男は、静かに、穏やかに目を閉じる。
「…………」
イザークの表情は変わらない。
しかし、そのトリガーにかかる指先はわずかに震えている。
「さぁ、やれ。俺の突き立てた牙を弾き返した、十字を証明して見せろ。
……それとも、それは偽りかっ!?」
「偽りじゃない……俺は背負って行く………
『クルエルクロス』を……」
ゆっくりと指先に力がこもる。
どこか晴れ晴れとした顔のザルツが笑う。
「くくっ……先に待ってるぞ」
銃声が響いた。
俺もお前と同じ所へ行くだろう。
その前に少しでも多くの、異端を排除する。
先に行っていてくれ………ザルツ。