2-7 小話「法王庁襲撃編‘No7 火連の錬金術師」
前編:
『あなたの役割は、簡単よ、‘No7’』
『他の‘死徒’が行動している間、あんたは聖都郊外の旧迎賓館に侵入する』
『私からの合図があったら、‘禁呪’を発動させる』
『今夜、聖都ロンバルディアに住む人間全てに、‘灼熱地獄’を見せてあげなさい』
『もし退屈なら、それまで少しだけ、遊んでいても構わないわよ』
「いい加減、あきらめなよ。この屋敷を囲む‘炎の壁’を、君の仲間は越えられない。それに、もうすぐ‘銀水晶’からの合図があるころだ」
既に三階建ての館内は、‘火連の錬金術師’の放った術により、炎の牢獄と化している。
呼吸を乱し、大きく息を吸い込めば、肺の中まで火傷しそうだ。
「そうの通りよ、あなたの張った‘結界’の内側に飛び込めたのは、私だけ。フィリスも、聖騎士団もいない」
噴出した汗で濡れた額に、黒髪を張り付かせながら、カナンは尚も動き続ける。
「分かっているじゃないか。つまり、君は僕の‘赤’の世界に取り残された、唯一の‘異分子’だ。自分が‘異端’になるのは、どんな気分か聞かせてよ、異端審問官?」
汗で滑る手で、カナンは手にした鉄球射出機(ハンマーバレット)のグリップを、もう一度握りなおす。
「だから、私が頑張らなきゃいけないじゃない!」
「ハハッ!」
階段の踊り場に立ったNo7‘火連の錬金術師’が、細い指で錬成印を組むと同時に、天井に備え付けられたシャンデリアが、紅蓮の炎に包まれ、カナンの頭上へと落下する。
雪山を駆ける雌鹿のように軽やかにかわすが、ひるがえった僧衣の端が炎に触れ、焼け焦げた。
「なんだよ、アイツ。・・・イライラするなぁ」
‘彷徨える逆十字団’No7‘火連の錬金術師’は、中性的な美貌を僅かに歪めて舌打ちした。
既に吹き抜けのフロアでの戦いは、十分を越えている。
それも、自分の放つ炎の錬金術に、カナンは満足に近づく事も出来ず、ひたすらかわし続ける一方的なものだった。
それなのに、目の前の異端審問官からはあきらめが感じられない。
それが、‘赤’に染めるのを邪魔している。
「本当に、・・・イライラする」
‘火連の錬金術師’は、もう一度叫ぶと、細く白い指で‘錬成印’を組んだ。
「ひとつだけ、質問に答えて」
カナンは片手に固定したハンマー・バレットを下げると、‘火連の錬金術師’に問い掛ける。
「あなた達‘逆十字団’が、ここまでする理由を教えて」
「他の連中は知らないよ。ただ僕の理由は簡単さ」
カナンの問いに、‘火連の錬金術師’はつまらなそうに答える。
「法王庁が嫌いだからさ」
「何故?」
「姉さんに嘘をついた」
「嘘?」
「‘神’を、姉さんに教えた。そんなもの、初めから存在しないのに」
‘火連の錬金術師’の声が、僅かに低くなる。
「姉さんは、いつも微笑んでいた。きれいだった。優しかった。・・・でも‘神’は姉さんを助けなかった!村が盗賊に襲われたあの日、姉さんは、ゴミみたいな盗賊に、犯され、殺されたんだ!法王庁は嘘をついた!」
「・・・」
「姉さんの髪は、きれいな‘赤’だったんだ。・・・もうすぐ、聖都ロンバルディアは、‘赤’に包まれる。法王庁の秩序が崩壊すれば、この半島も、再び覇権を争う群雄達が染める‘赤’に包まれる」
「もう姉さんは、僕には微笑まない。けれど、他の誰にも微笑まない。平等だろ?」
憧憬と、激昂と寂寥を込め、掠れた声で語る‘火連の錬金術師’を見上げ、カナンは対峙する‘異端者’の事を理解した。
目の前の青年は、姉を本当に慕っていたのだろう。
その思いが強かったからこそ、痛みも大きく、歪んでしまった。
それでも、姉を大切にする心は今も変わらず、世界を‘赤’に染めたがっている。
それだけ、姉を慕っていたのだ。
ッだからこそ
「・・・許さないわよ」
肩を震わせ、カナンは口を開く。
「そんな事、絶対に許さないんだから!」
今度は、はっきりと怒りの感情を込め、カナンは叫んだ。
炎に照らされたその顔に浮かんだ気迫に押され、‘火連の錬金術師’は思わず「うるさい!神に仕える君なんかに、僕の邪魔はさせない!」
床で燃え盛る周囲炎が広がり、広範囲に複雑な幾何学模様の円陣が刻まれる。
「自分が、放った術で‘錬成陣’を!?」
「それだけじゃないさ! 上を見てみろよ!」
先程から燃え続ける炎が、二階の壁、さらには天井で‘練成陣’を形成する。
「通常の‘練成陣’とは違う!?これは・・・‘多重錬成陣’!?」
最上級錬金術行使に必要な、この複雑な練成陣のために、‘火連の錬金術師’は、立体的な空間が必要条件となる。
当然、‘錬成陣’の規模に比例した‘等価交換’が、術者の体へと求められる。
「聖都を‘赤’に染めるための取っておきだったが、構うものか! お前を‘赤’に塗りつぶせば、姉さんも喜んでくれる!」
大きく広げた両手を組み合わせ、‘禁呪’発動のため複数の‘練成印’を連続して組む。
「四界の本流! 赤き連靭! 柱を示せ!」
詠唱を唱え終えると宣言する
「消えろよ!‘異端審問官’!」
最後の‘錬成印’を組むと同時に‘多重錬成陣’から噴出した炎の濁流が、天井を突きぬけ巨大な炎の柱が空高くそびえ立つ「ハハッ! ハハハッ! ハハ・・」
‘火連の錬金術師’は顔を引きつらせるように高らかに笑うが、笑いながら倒れこむ。
高位錬金術を使用したことにより、全身が鉛のように重かった。
青ざめたその顔を、漆黒の夜空さえ焦がすような炎の本流が照らした。
後編:
突如、笑い続ける‘No7’の足元の床を突き破り飛び出した鉄球が、木片を盛大に撒き散らした。
「許さない・・・って、言ったでしょう」
怒りを込めた呟きと供に、床に空いた漆黒の穴からカナンが跳ぶ。
「あの一瞬で、・・・地下に逃れたのか?」
目の前に立ったカナンに怯えたように、‘火連の錬金術師’は床に手をつきた姿勢のまま、後ずさる。
「そんな、何で・・・、来るなよ、来るなって言っているだろう!」
泣き出しそうな顔で叫ぶ‘火連の錬金術師’に対し、カナンは巨大な炎の柱が放つ熱風に黒髪をひるがえし、無言のまま近づくと、大きく右腕を振り上げ、泣き喚く‘火連の錬金術師’の頬を張った。
「今のあなたを、お姉さんが絶対に許すわけ無いでしょう!」
「・・・ね、姉さんが」
カナンの両目から溢れ出た涙が、煤で汚れた白い腕にこぼれる。
「お姉さんの事が本当に大切なら、お姉さんの分まで、あなたが笑えばいいじゃない!お姉さんのような笑みを、少しでも多くの人が出来るように努力すればいいじゃない!」
‘火連の錬金術師’は、ゆっくりと顔を上げ、大粒の涙をこぼすカナンを見上げた。
カナンの潤んだ瞳に、自分の顔が映っている。
その頬が、‘赤く’腫れていた。
「そうか、姉さんは・・・」
涙を溢れさせるカナンを見上げながら、遠い記憶を反芻する。
「優しかったけれど、・・・厳しかったよな」
ッ僕の、負けだな。
小さく呟くと、僅かに指先を動かして、‘錬成印’を組む。
建物全体を取り囲んでいた‘炎の壁’の一部が消え、外部からの新鮮な空気が流れ込む。
「行きなよ。・・・長くは持たないからさ」
「行くわ。・・・あなたを連れてね。」
涙を拭うと、カナンは‘火連の錬金術師’の腕を取り、自分の肩を掴ませる。
「無理だ。この道はそんなに長く持たない。君まで、逃げ遅れるよ」
「そんな事、やってみなけりゃわからないでしょ!」
「・・・しつこいなぁ」
振り払おうとする腕を強く掴むカナンに、‘火連の錬金術師’は呆れたように呟くと、だらりと垂れた左手でもう一度‘練成印’を組む。
直後、‘火連の錬金術師’の全身が炎に包まれる。
「あなた!?」
すぐに炎を消そうとするカナンだが、炎に包まれた‘火連の錬金術師’がカナンを見つめ子供のように笑っているのに気付くと、静かに呟いた。
「そう・・・お姉さんに、よろしくね」
カナンも辛うじて笑顔を浮かべると跪き、胸の前で十字をきる。
短い祈りを終えると、再び溢れ出した涙をぬぐいながら立ち上がり、狭まりつつある炎の道を走り抜けて行った。
―これで、いいんだ。
黒髪をひるがえし、走り去るカナンの姿を見送りながら、‘火連の錬金術師’は、もう一度だけ笑った。
―今度は守れたよね、姉さん。
その胸に架けられた‘逆十字印’の鎖が切れるのを確認すると、‘火連の錬金術師’ヨシュア・シグルアは、ゆっくりと崩れ落ちた。
―残る死徒は、あと5人
前編:
『あなたの役割は、簡単よ、‘No7’』
『他の‘死徒’が行動している間、あんたは聖都郊外の旧迎賓館に侵入する』
『私からの合図があったら、‘禁呪’を発動させる』
『今夜、聖都ロンバルディアに住む人間全てに、‘灼熱地獄’を見せてあげなさい』
『もし退屈なら、それまで少しだけ、遊んでいても構わないわよ』
「いい加減、あきらめなよ。この屋敷を囲む‘炎の壁’を、君の仲間は越えられない。それに、もうすぐ‘銀水晶’からの合図があるころだ」
既に三階建ての館内は、‘火連の錬金術師’の放った術により、炎の牢獄と化している。
呼吸を乱し、大きく息を吸い込めば、肺の中まで火傷しそうだ。
「そうの通りよ、あなたの張った‘結界’の内側に飛び込めたのは、私だけ。フィリスも、聖騎士団もいない」
噴出した汗で濡れた額に、黒髪を張り付かせながら、カナンは尚も動き続ける。
「分かっているじゃないか。つまり、君は僕の‘赤’の世界に取り残された、唯一の‘異分子’だ。自分が‘異端’になるのは、どんな気分か聞かせてよ、異端審問官?」
汗で滑る手で、カナンは手にした鉄球射出機(ハンマーバレット)のグリップを、もう一度握りなおす。
「だから、私が頑張らなきゃいけないじゃない!」
「ハハッ!」
階段の踊り場に立ったNo7‘火連の錬金術師’が、細い指で錬成印を組むと同時に、天井に備え付けられたシャンデリアが、紅蓮の炎に包まれ、カナンの頭上へと落下する。
雪山を駆ける雌鹿のように軽やかにかわすが、ひるがえった僧衣の端が炎に触れ、焼け焦げた。
「なんだよ、アイツ。・・・イライラするなぁ」
‘彷徨える逆十字団’No7‘火連の錬金術師’は、中性的な美貌を僅かに歪めて舌打ちした。
既に吹き抜けのフロアでの戦いは、十分を越えている。
それも、自分の放つ炎の錬金術に、カナンは満足に近づく事も出来ず、ひたすらかわし続ける一方的なものだった。
それなのに、目の前の異端審問官からはあきらめが感じられない。
それが、‘赤’に染めるのを邪魔している。
「本当に、・・・イライラする」
‘火連の錬金術師’は、もう一度叫ぶと、細く白い指で‘錬成印’を組んだ。
「ひとつだけ、質問に答えて」
カナンは片手に固定したハンマー・バレットを下げると、‘火連の錬金術師’に問い掛ける。
「あなた達‘逆十字団’が、ここまでする理由を教えて」
「他の連中は知らないよ。ただ僕の理由は簡単さ」
カナンの問いに、‘火連の錬金術師’はつまらなそうに答える。
「法王庁が嫌いだからさ」
「何故?」
「姉さんに嘘をついた」
「嘘?」
「‘神’を、姉さんに教えた。そんなもの、初めから存在しないのに」
‘火連の錬金術師’の声が、僅かに低くなる。
「姉さんは、いつも微笑んでいた。きれいだった。優しかった。・・・でも‘神’は姉さんを助けなかった!村が盗賊に襲われたあの日、姉さんは、ゴミみたいな盗賊に、犯され、殺されたんだ!法王庁は嘘をついた!」
「・・・」
「姉さんの髪は、きれいな‘赤’だったんだ。・・・もうすぐ、聖都ロンバルディアは、‘赤’に包まれる。法王庁の秩序が崩壊すれば、この半島も、再び覇権を争う群雄達が染める‘赤’に包まれる」
「もう姉さんは、僕には微笑まない。けれど、他の誰にも微笑まない。平等だろ?」
憧憬と、激昂と寂寥を込め、掠れた声で語る‘火連の錬金術師’を見上げ、カナンは対峙する‘異端者’の事を理解した。
目の前の青年は、姉を本当に慕っていたのだろう。
その思いが強かったからこそ、痛みも大きく、歪んでしまった。
それでも、姉を大切にする心は今も変わらず、世界を‘赤’に染めたがっている。
それだけ、姉を慕っていたのだ。
ッだからこそ
「・・・許さないわよ」
肩を震わせ、カナンは口を開く。
「そんな事、絶対に許さないんだから!」
今度は、はっきりと怒りの感情を込め、カナンは叫んだ。
炎に照らされたその顔に浮かんだ気迫に押され、‘火連の錬金術師’は思わず「うるさい!神に仕える君なんかに、僕の邪魔はさせない!」
床で燃え盛る周囲炎が広がり、広範囲に複雑な幾何学模様の円陣が刻まれる。
「自分が、放った術で‘錬成陣’を!?」
「それだけじゃないさ! 上を見てみろよ!」
先程から燃え続ける炎が、二階の壁、さらには天井で‘練成陣’を形成する。
「通常の‘練成陣’とは違う!?これは・・・‘多重錬成陣’!?」
最上級錬金術行使に必要な、この複雑な練成陣のために、‘火連の錬金術師’は、立体的な空間が必要条件となる。
当然、‘錬成陣’の規模に比例した‘等価交換’が、術者の体へと求められる。
「聖都を‘赤’に染めるための取っておきだったが、構うものか! お前を‘赤’に塗りつぶせば、姉さんも喜んでくれる!」
大きく広げた両手を組み合わせ、‘禁呪’発動のため複数の‘練成印’を連続して組む。
「四界の本流! 赤き連靭! 柱を示せ!」
詠唱を唱え終えると宣言する
「消えろよ!‘異端審問官’!」
最後の‘錬成印’を組むと同時に‘多重錬成陣’から噴出した炎の濁流が、天井を突きぬけ巨大な炎の柱が空高くそびえ立つ「ハハッ! ハハハッ! ハハ・・」
‘火連の錬金術師’は顔を引きつらせるように高らかに笑うが、笑いながら倒れこむ。
高位錬金術を使用したことにより、全身が鉛のように重かった。
青ざめたその顔を、漆黒の夜空さえ焦がすような炎の本流が照らした。
後編:
突如、笑い続ける‘No7’の足元の床を突き破り飛び出した鉄球が、木片を盛大に撒き散らした。
「許さない・・・って、言ったでしょう」
怒りを込めた呟きと供に、床に空いた漆黒の穴からカナンが跳ぶ。
「あの一瞬で、・・・地下に逃れたのか?」
目の前に立ったカナンに怯えたように、‘火連の錬金術師’は床に手をつきた姿勢のまま、後ずさる。
「そんな、何で・・・、来るなよ、来るなって言っているだろう!」
泣き出しそうな顔で叫ぶ‘火連の錬金術師’に対し、カナンは巨大な炎の柱が放つ熱風に黒髪をひるがえし、無言のまま近づくと、大きく右腕を振り上げ、泣き喚く‘火連の錬金術師’の頬を張った。
「今のあなたを、お姉さんが絶対に許すわけ無いでしょう!」
「・・・ね、姉さんが」
カナンの両目から溢れ出た涙が、煤で汚れた白い腕にこぼれる。
「お姉さんの事が本当に大切なら、お姉さんの分まで、あなたが笑えばいいじゃない!お姉さんのような笑みを、少しでも多くの人が出来るように努力すればいいじゃない!」
‘火連の錬金術師’は、ゆっくりと顔を上げ、大粒の涙をこぼすカナンを見上げた。
カナンの潤んだ瞳に、自分の顔が映っている。
その頬が、‘赤く’腫れていた。
「そうか、姉さんは・・・」
涙を溢れさせるカナンを見上げながら、遠い記憶を反芻する。
「優しかったけれど、・・・厳しかったよな」
ッ僕の、負けだな。
小さく呟くと、僅かに指先を動かして、‘錬成印’を組む。
建物全体を取り囲んでいた‘炎の壁’の一部が消え、外部からの新鮮な空気が流れ込む。
「行きなよ。・・・長くは持たないからさ」
「行くわ。・・・あなたを連れてね。」
涙を拭うと、カナンは‘火連の錬金術師’の腕を取り、自分の肩を掴ませる。
「無理だ。この道はそんなに長く持たない。君まで、逃げ遅れるよ」
「そんな事、やってみなけりゃわからないでしょ!」
「・・・しつこいなぁ」
振り払おうとする腕を強く掴むカナンに、‘火連の錬金術師’は呆れたように呟くと、だらりと垂れた左手でもう一度‘練成印’を組む。
直後、‘火連の錬金術師’の全身が炎に包まれる。
「あなた!?」
すぐに炎を消そうとするカナンだが、炎に包まれた‘火連の錬金術師’がカナンを見つめ子供のように笑っているのに気付くと、静かに呟いた。
「そう・・・お姉さんに、よろしくね」
カナンも辛うじて笑顔を浮かべると跪き、胸の前で十字をきる。
短い祈りを終えると、再び溢れ出した涙をぬぐいながら立ち上がり、狭まりつつある炎の道を走り抜けて行った。
―これで、いいんだ。
黒髪をひるがえし、走り去るカナンの姿を見送りながら、‘火連の錬金術師’は、もう一度だけ笑った。
―今度は守れたよね、姉さん。
その胸に架けられた‘逆十字印’の鎖が切れるのを確認すると、‘火連の錬金術師’ヨシュア・シグルアは、ゆっくりと崩れ落ちた。
―残る死徒は、あと5人