2-8 小話「法王庁襲撃編 No9‘剛剣喰らい’」
その日、第五教区ヘルデ山脈は、いつも通りの吹雪に覆われていた。
その、氷雪の白い散華の中、全身を覆う黒い甲冑を身につけた男は、静かに呟いた。
「アーティファクトも、錬金術の仕様も無く、この俺が、一対一の戦闘で手傷を負わされるとはな」
‘死徒No9 剛剣喰らい’は、雪原に仰向けに倒れた相手を見おろしながら呟いた。
決して相手を見くびっていた訳ではない。
苛酷な半島の大道脈ともいえるアスガルド鉄道の中でも、三大難所の一つに数えられる第五教区辺境を守護する、第五教区鉄道騎士団の噂は聞いていた。
No2‘銀水晶’に指示された法王庁特別車両襲撃のため潜伏した中腹で、遭遇した鉄道騎士が、一人の初老の騎士だったとしても、手を抜いてはいない。
‘剛剣喰らい’は、もう一度、かすり傷と呼ぶには少し深い切り傷のつけられた右腕を押さえた。
「よければ、理由をおしえようかの? 特別車両は予定通りサルザーク駅を通過しておる。ここを通過するには、もう少し時間がかかる。第五教区鉄道騎士団を生き字引とまで言われたこのアダムスの話じゃ。暇つぶしくらいには、なろうて」
白いシーツが掛けられたように斜面に積もった雪を、わき腹から流れる血で赤く染めながら、初老の騎士は、‘剛剣喰らい’に語りかける。
「なに、長くはかからんよ」
徐々に血の気が抜けた顔で、騎士は薄く笑ってみせた。
「・・・聞かせてもらおうか」
確かに、長くはかからないようだ。
あの出血に加え、氷点下の気温が老人の体温を急速に奪っている。もって、あと数分か。
手にした剣を腰の鞘に戻しながら、‘剛剣喰らい’は答えた。
「ワシらぐらいの世代だと、鉄道が通る以前も知っている。子供の頃は、鉄道開通のための工事に出向いた親父たちの手伝いにいったものだ。気を切り、山を削り、二本のレールを敷く。命がけの作業であったが、みな必死で頑張った。鉄道が、法王庁が、‘幸せ’を運んでくると信じていたからの」
「実際は、知ってのとおりじゃ。鉄道へ襲撃は、後は断たん。お前さんのような‘異端者’もいるが、鉄道の物資を狙った盗賊の方がずっと多い。」
「その中にはな、辺境出身者も多いんじゃ。供に鍬を握った仲間の息子もいた。鉄道が通ったことで、変わってしまった事が受け入れられない者もいたし、鉄道が通ったのに、変わらない事が許せない者もいた。ワシもこの地域の生え抜きじゃ。彼らの気持ちはよく分る。鉄道騎士でありながら、その事に対する答えを、ずっと探しておった。」
「それが、最近分った。この間、初孫が出来ての。息子の時は、余裕はなかったが、今は、その笑顔が当たり前のように見れることがどんなに幸せな事か、実感できる。必要な薬も、食料も、鉄道は運ぶ。それによって、守れる命がある。ワシら鉄道騎士は、鉄道を守護する事で、辺境に住む、多くのもの‘大切な何か’を守っているんじゃ。そして、その事に誇りを持っている。それが、」
「貴公ら鉄道騎士の強さ・・・」
僅かに憧憬が混じった‘剛剣喰らい’と呟きに、アダムスは頷いた。
「そろそろ時間じゃ。鉄道騎士たるもの、時間には正確でないとな。」
白髪交じりの頭に、うっすらと雪が降り積もっていた。
氷雪の舞う吹雪が運んできた、鉄道の駆動音と汽笛の音を確認すると、アダムスは目を細めた。
「お主、鉄道を狙うなら、前から三両目の強化貨物車両を狙ってくれんかの。お主の目的である法王庁の護送貨物と、その護衛であるうちの団長が乗っている。どの手を尽くそうと、‘灼熱伯’を倒せない限り、‘アスガルド鉄道’襲撃は成功せんよ。小細工を使われて、被害を大きくされては適わん」
「心得た」
「いい奴じゃな、・・・さて、今夜は、孫の夜泣きをあやすのは、嫁にまかせるかの」
ゆっくりと、眼を閉じるアダムスに、‘剛剣喰らい’は呼びかける。
「・・・何か、言い残すことは」
閉じかけた目を薄く開けると、アダムスは悪戯を仕掛けた子供のような笑みを浮かべた。
「うちの団長は、・・・‘強い’ぞ」
さらに言葉をかけようとするが、刹那、勢いを増した吹雪が、その言葉を中断させた。
風が収まる頃には、アダムスの体は冷たくなっていた。
その顔には、人生を全力で生きたものだけが許される、穏やかな笑みが浮かんだままだ。
‘剛剣喰らい’は膝をつき、剣を鞘ごとはずすと、胸の前に掲げ、その柄に額をつける。
「ご教授、感謝する」
立ち上がると、黒鉄のヘルムのフェイスガードを下げ、剣を抜く。
既に車両は、視覚で確認できるほど、接近していた。
「だが、それ以上に、‘彷徨える逆十字団’の‘死徒’は強い。否!強くなければならんのだ!」
叫び声を上げると供に、吹雪を掻き分けるように現れた純白の装甲に覆われた法王庁特別列車の三番車両に向って、死徒No9‘剛剣喰らい’こと、元聖騎士ボルツ・ボグスは、黒い弾丸となり、剣を振りかざすと跳躍した。
その日、第五教区ヘルデ山脈は、いつも通りの吹雪に覆われていた。
その、氷雪の白い散華の中、全身を覆う黒い甲冑を身につけた男は、静かに呟いた。
「アーティファクトも、錬金術の仕様も無く、この俺が、一対一の戦闘で手傷を負わされるとはな」
‘死徒No9 剛剣喰らい’は、雪原に仰向けに倒れた相手を見おろしながら呟いた。
決して相手を見くびっていた訳ではない。
苛酷な半島の大道脈ともいえるアスガルド鉄道の中でも、三大難所の一つに数えられる第五教区辺境を守護する、第五教区鉄道騎士団の噂は聞いていた。
No2‘銀水晶’に指示された法王庁特別車両襲撃のため潜伏した中腹で、遭遇した鉄道騎士が、一人の初老の騎士だったとしても、手を抜いてはいない。
‘剛剣喰らい’は、もう一度、かすり傷と呼ぶには少し深い切り傷のつけられた右腕を押さえた。
「よければ、理由をおしえようかの? 特別車両は予定通りサルザーク駅を通過しておる。ここを通過するには、もう少し時間がかかる。第五教区鉄道騎士団を生き字引とまで言われたこのアダムスの話じゃ。暇つぶしくらいには、なろうて」
白いシーツが掛けられたように斜面に積もった雪を、わき腹から流れる血で赤く染めながら、初老の騎士は、‘剛剣喰らい’に語りかける。
「なに、長くはかからんよ」
徐々に血の気が抜けた顔で、騎士は薄く笑ってみせた。
「・・・聞かせてもらおうか」
確かに、長くはかからないようだ。
あの出血に加え、氷点下の気温が老人の体温を急速に奪っている。もって、あと数分か。
手にした剣を腰の鞘に戻しながら、‘剛剣喰らい’は答えた。
「ワシらぐらいの世代だと、鉄道が通る以前も知っている。子供の頃は、鉄道開通のための工事に出向いた親父たちの手伝いにいったものだ。気を切り、山を削り、二本のレールを敷く。命がけの作業であったが、みな必死で頑張った。鉄道が、法王庁が、‘幸せ’を運んでくると信じていたからの」
「実際は、知ってのとおりじゃ。鉄道へ襲撃は、後は断たん。お前さんのような‘異端者’もいるが、鉄道の物資を狙った盗賊の方がずっと多い。」
「その中にはな、辺境出身者も多いんじゃ。供に鍬を握った仲間の息子もいた。鉄道が通ったことで、変わってしまった事が受け入れられない者もいたし、鉄道が通ったのに、変わらない事が許せない者もいた。ワシもこの地域の生え抜きじゃ。彼らの気持ちはよく分る。鉄道騎士でありながら、その事に対する答えを、ずっと探しておった。」
「それが、最近分った。この間、初孫が出来ての。息子の時は、余裕はなかったが、今は、その笑顔が当たり前のように見れることがどんなに幸せな事か、実感できる。必要な薬も、食料も、鉄道は運ぶ。それによって、守れる命がある。ワシら鉄道騎士は、鉄道を守護する事で、辺境に住む、多くのもの‘大切な何か’を守っているんじゃ。そして、その事に誇りを持っている。それが、」
「貴公ら鉄道騎士の強さ・・・」
僅かに憧憬が混じった‘剛剣喰らい’と呟きに、アダムスは頷いた。
「そろそろ時間じゃ。鉄道騎士たるもの、時間には正確でないとな。」
白髪交じりの頭に、うっすらと雪が降り積もっていた。
氷雪の舞う吹雪が運んできた、鉄道の駆動音と汽笛の音を確認すると、アダムスは目を細めた。
「お主、鉄道を狙うなら、前から三両目の強化貨物車両を狙ってくれんかの。お主の目的である法王庁の護送貨物と、その護衛であるうちの団長が乗っている。どの手を尽くそうと、‘灼熱伯’を倒せない限り、‘アスガルド鉄道’襲撃は成功せんよ。小細工を使われて、被害を大きくされては適わん」
「心得た」
「いい奴じゃな、・・・さて、今夜は、孫の夜泣きをあやすのは、嫁にまかせるかの」
ゆっくりと、眼を閉じるアダムスに、‘剛剣喰らい’は呼びかける。
「・・・何か、言い残すことは」
閉じかけた目を薄く開けると、アダムスは悪戯を仕掛けた子供のような笑みを浮かべた。
「うちの団長は、・・・‘強い’ぞ」
さらに言葉をかけようとするが、刹那、勢いを増した吹雪が、その言葉を中断させた。
風が収まる頃には、アダムスの体は冷たくなっていた。
その顔には、人生を全力で生きたものだけが許される、穏やかな笑みが浮かんだままだ。
‘剛剣喰らい’は膝をつき、剣を鞘ごとはずすと、胸の前に掲げ、その柄に額をつける。
「ご教授、感謝する」
立ち上がると、黒鉄のヘルムのフェイスガードを下げ、剣を抜く。
既に車両は、視覚で確認できるほど、接近していた。
「だが、それ以上に、‘彷徨える逆十字団’の‘死徒’は強い。否!強くなければならんのだ!」
叫び声を上げると供に、吹雪を掻き分けるように現れた純白の装甲に覆われた法王庁特別列車の三番車両に向って、死徒No9‘剛剣喰らい’こと、元聖騎士ボルツ・ボグスは、黒い弾丸となり、剣を振りかざすと跳躍した。