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「法王庁襲撃編 No6‘暗闇の矢’」

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  2-10「法王庁襲撃編‘No6 暗闇の矢’」



 第一教区‘聖都ロンバルディア’
 漆黒の夜の切れ間から差し込む月明かりが、高い塀に囲まれた‘法王庁’の中庭を照らす。
「‘異端者’よ。汚れた‘使徒’の力を持つ哀れな‘魔女’よ」
 痩せた人影を取り囲む聖騎士達は、みなやや黒みがかった銀製の鎧で全身を纏っていた。
 錬金術か鉱物学に詳しいものが見れば、‘聖ナタリア鋼’より三階位上位の硬度を誇る‘リムリア銀’製であることが分るかもしれない。
 しかし‘逆十字団死徒 No6 暗闇の矢’には、そのどちらの知識も無かった。
「‘嘆きの壁’を越えて来た事を後悔するがいい。‘壁’の内側には我々がいる。‘地上で最も天国に近い場所’を守護するための栄誉を与えられた‘聖冠騎士団’がいる」
 白鳩を模した飾り羽の付いたフルフィスの兜の奥から語りかけて来る声は、若い女性のものだった。
 硬質な声の中に、相手を傅かせる品性がある。
「‘法王庁’を守護するための‘最強の聖騎士団’がいる」
 白羽の騎士の声は、透明感がありよく響き渡ったが、‘暗闇の矢’には、届いていなかった。

 先程から自分を取り囲んだ騎士達が、自分の‘力’をその鎧で、盾で、剣で、逸らし、弾き、砕いている事は理解していた。
 幼い頃に発現し、周りの者に恐怖を与え、蔑みの視線を投げられ、‘異端’として扱われてきた自分の‘力’。
‘あの方’に出会うまで、生きるために、そして奪うためだけに数多くのものをねじ伏せてきた‘力’が、黒銀の騎士達には、通じない。
ギンッ!
 聖騎士が構えた月桂樹の紋様の刻まれた盾が、‘No6’が放った不可視の衝撃を弾き、弦楽器の主弦が切れるような音を立てる。
 個々へのダメージは与えているが、統制の取れた連携と、微動だにしない鋼の精神が、騎士達に致命傷に至るまでの蓄積をさせていない。
 だが、それでも‘暗闇の屋’は、‘力’を振るい続ける。
 絶え間ない‘力’の使用により、白い両腕の毛細血管が破裂し、赤い血を   冷たい石畳の上に垂らし続けながらも、長く垂れた髪を振り乱し、戦い続ける。
「幸運な事がある‘異端者’よ」
 白羽の騎士の声に、聖冠騎士団の動きがとまり、静かに間合いをとる。
「我々は、‘もっとも慈悲深い’騎士団として知られている」
 祈りを捧げるような静厳な手つきで、一斉に胸に剣を当て、構える。
「我らが剣を振るえば、確実に‘永遠の眠り’が訪れるのだから」
 自分を取り囲む聖騎士達を一瞥すると、限界を越え‘力’を使用した‘No6’は、内側から湧きおこった細かい震えに全身を支配されながら、か細い声で呟いた。
「・・・お許しください」
「・・・‘裁き’を」
 白羽の騎士が冷然とした声と供に、剣を振り下ろすのを合図に、幾重にも整然と揃えられた剣が、‘No6’の細い体目掛けて殺到する。

『お許しください』
 ‘No6’は、彼女が唯一敬愛する人物に、許しを請う。
 幼き日、両親からさえ一度も与えられなかった温もりを与えてくれた人物を、強く思う。
『囮の役割は、ここまでしか果たす事が出来ませんでした』
 既に、法王庁大聖堂内部の‘マデル天蓋’に辿りついてるであろう深紅の瞳を持つ男に、思いを馳せる。
『アウグス・フォルケンス様』
 ‘彷徨える逆十字団’の頂点に位置する、絶対的な存在の男の‘臥せ名’を口にするが、溢れ出した血が喉を塞ぎ、声にはならなかった。
『どうか、・・・ご無事で』
 四方から白刃に全身を貫かれながら、‘逆十字団No1 全てを知る者’の両腕に抱かれている自分を思い、無事を祈ると、‘No6’シリン・カランは微笑みながら、息絶えた。


―残る死徒は、あと2人

間章:
「この人・・・なんだか、幸せそうな顔してますね・・・。」
 誇りある『聖冠騎士団』に入団して間もない最年少の騎士、ジョセフ・イグナチオは呟いた。
「好きなだけ暴れて壊して、異端にとってみれば最高の幸せなんだろう。・・法王庁の教義の対極に位置する、腐敗した‘幸せ’だ」
 兜の下に少年の面影を残した騎士に答えたのは、‘異端者’の体から剣を抜いた副団長のものだった。
 憎しみの感情を乗せて、唾棄するような声だった。
「いえ・・そうじゃなくて・・・うまく言えないんですが・・・」
 ‘暴れて壊す’ことで、高揚感を伴う満足を得られる人間もいるかもしれない。
 では、全身を貫かれながら、慈愛とも安らぎとも言える表情は、どう説明できるのか?
 思考をはっきりとした言語に表せないでいるジョセフの態度を、弱気な態度と取ったのか、教育係の声はわずかに強まった。
「ならば、秩序ある平穏な聖都を暴力で破壊する行為が正しいと?法王庁の守護者たる我らが間違っているとでも言うつもりか?」
「いえ・・・そんなつもりでは・・・」
 唐突に、堅い何かが当たる音が聞こえた。
 一瞬自分が殴られたのかと思い、新米騎士は目を閉じた。
 だが、その音は彼の体ではなく、目の前の倒れ動かなくなった女性を殴った音だった。
「このっ!我々っ!名誉あるっ!聖冠騎士団を!10人以上傷付けるとは!」
 負傷した騎士の一人が、怒りを露わに動かない女性を蹴った。
 それだけでは飽きたらず、男は剣を抜き放つ。
「異端者に相応しい傷を・・・・むっ?」
 
 大上段に振りかぶった男の腕を、ジョセフは掴んでいた。
「・・・・・。」
「おっ・・おい・・・」
「なんだ、貴様?文句でもあるというのか?」
 挑発的な目を向ける男を無視して、ジョセフはマントの留め具を外すと、‘異端者’である女性の体へと被せた。
 その様を見ると、男は嘲笑と共に肩を竦めた。
「そうか。平民出の卑しい貴様は、同じ卑しい存在である異端を庇うのだな?」
「・・・・・。」
 ジョセフは何も答えない。
 なぜ、自分がこのような行動をとるのかが分からないのだから答えようがなかった。
 その態度が男の気に障ったらしい。
「貴様も・・・異端か?」
 赤く濡れた剣先が、騎士へと向けられる。

 その場を納めたのは、透き通るような声だった。
「何をしている?我々の役目はまだ終わってはいないぞ?
 この先へと侵入した彷徨える逆十字団、死徒No1『全てを知る者』を止めるのだ。
 法王庁大聖堂内部の‘マデル天蓋’まで侵入を許したとあれば、末代までの恥。
 優先順位を考え、迅速に行動する事を第一とせよ!」
 その場にいた全ての男たちが敬礼し、白羽の兜を身につけた騎士団長の言葉に従う。

 新米騎士は、胸の前で剣を構え騎士風の敬礼をする。
(あなたのした事は、許されざる大罪だ。けれど、なんとなくあなたの気持ちが分かる。
 あなたは幸せだった。僕の勝手な思い込みかもしれないけれど・・・
 だからこそ救いたかった。その為に僕は聖冠騎士団になったはずなのに・・・)
 身に纏ったリムリア銀は、彼の気持ちを代弁しているかのように黒く輝いていた。
 新米騎士は頭を一振りして、自らのやるべき事を思い出す。
 そしてマントの無い影は、他の騎士たちが消えた、法王庁の奥へと走り出して行った。

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