アットウィキロゴ
マグノリア@Wiki
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

マグノリア@Wiki

「誰がために鋼は詠う chapter2」

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

第3章・『「龍よ(仮)」

3-2:小話 「誰がために鋼は詠うchapter2」


 この荷をアスガルド鉄道に積み込むことができさえすれば、事はよほど楽に進んだだろう。男は無理だとわかっていながら、いまでもそういった夢想をしてしまう。
 彼の傍らにあるその"荷"は、ある種の建造物、たとえば聖都ロンバルディアに点在する物見の塔ほどの大きさをもっていた。第六教区で手に入れた馬車用の皮布を何枚も縫い合わせたものにくるまり、森のより木々の深い窪地に収まっている。
 中身は、"巨神"と呼ばれかつて旧世界を闊歩した巨大人型兵器である。この地を支配する法王庁にとっては異端の器物であり、当然、私的所有も使用も認められてはいない。だからこの旅は、巨神が人目につきにくい夜の世界にかぎり歩が進められていた。
 男はこの暗緑色の皮布の余りをマントのようにして身体に巻きつけ、荷の脇のやや盛り上がった草地のうえでじっとしていた。日没までは仮眠をとろうと思うが、緊張のためにそれもうまくいかない。自分の置かれている身を考えれば当然の生理反応ではあった。
 男は法王庁の元司祭だった。遺失技術管理室室長という肩書きから推測すれば、彼が巨神に接触する機会はあったであろうこと、そしてその力に魅入られ結果として法王庁に、そして神に背を向けたのであろうことは素人でも思いつく。事実、法王庁はそのように判断し、異端審問官を派遣している。
 しかし、追撃者の想像と男のなかの真実は異なる。同僚たちの言葉が意味するところを異端審問委員会がきちんと把握していたならば、男がその手の欲求を持つような人物ではないことはすぐに判るはずであった。少なくとも男はそう信じている。
 巨神を、それがあるべき場所に還してやりたい。ただそれだけのために、男は己の身の破滅を省みず、この危険きわまる旅に飛び込んだのである。
 それ以上の理由も旅の始まりにはあったのだが、半年を過ぎると、それも忘れてしまった。

 正面に気配があった。
 追いつかれた、とすぐに悟った。むしろ追撃者が堂々と目の前に現れてくれたことが驚きだった。
 この事件について異端審問委員会が動いたという噂が耳に入ったのは二日前。今日当たり、という予想はあった。彼ら審問官の行動は"冬の女王"の息吹に増して迅速であることは、法王庁に籍を置いていた身として当然の知識である。 一見どこにでもいる旅装束風の若い男はたいした荷も持たず、鞘に収めた長剣を佩いているのが目立つ程度の装いであった。
 その姿を目の当たりにしても、男は意外と何も感じなかった。焦ることもうろたえることもなかった。相手の姿が木漏れ日の中に完全に現れる間に、手元の皮袋の口紐を解き、水を一口含む余裕があった。それは、今朝近くの泉で汲んだものだった。生水であれろ過水であれ、どのみち長旅のなかではすぐに腐ってしまう代物だが、なぜかこの日に限ってただの水が飲みたいと思い汲み置いていた。ヘルデ山脈の雪解け水はすでに牛皮のにおいを吸っていたが、それでも彼の久しく使われていない喉を湿らせ、声を出す用に足るまでには回復させた。
 男は静かに言った。「さすがは法王庁の見えざる光。早いお付きだったな」
 若者は身体についた草の葉や蔓を軽く払いながら、小さく笑って見せた。
「わたくしが何者かご存知なのであれば、自己紹介の手間がいささか省けました」
 フードを取ると、刈り込んだ黒髪の下に細面の青年の顔が出てきた。若者はルーインと名乗り、所属は第九課だといった。男は名乗らなかった。
「私も久々の長旅で少し参っていますもので、いますぐにでも用件を済ませたいのですが。よろしいですか、司祭殿?」
 少しも疲れた様子を見せずに、ルーインはそう言った。
「"元"なのだろう、聖都では」
「あなたがどう呼ばれるかについては、あなたのお心次第です」
 審問官は風雨にさらされ黒褐色のまだら模様になった男の荷を見上げた。
「失踪した巨神を確保したことで、あなたの遺失技術管理室長としての責務は果たされました。あとはわれわれ異端審問官が、誰が、何のためにこの事件を引き起こしたのかを調べるだけです」
 何を言う──男は心の中で苦笑した。目の前にいるこの私以外に誰が犯人だというのだ。
 そう言おうとすると、それに先んじるように若者は続けた。
「あなたの職場や故郷の人々が、あなたの帰還を待ち望んでおります」
 男の呼吸が、ほんのわずか苦しくなる。異端審問官はその変化を見逃さない。
「よほど人望がおありのようだ。あなたの消息を問う者が毎日のように入れ替わり立ち代わり教会を訪れたと聞いています」
「それは──」男は息を整える。「神に仕える身として報われる話だ」
「では、運搬は後から来る回収班に任せていただくとして、司祭殿はここでお戻りください。街道沿いに小さな聖パトリシア教会があります。神父殿と話はつけてありますので、まずそこで落ち着かれるとよいかと」
 言いながらルーインは巨神に近づいていった。手にはいつの間にか錬金術師がはめるような聖符を織り込んだものものしい手袋をしていた。中を検分しようというのか。あるいは、すぐに制御室に乗り込んで“火”を消す気か。
 男は言った。
「その巨神は」
 自分の声に、明らかに怒声が孕まれていることに気付く。そんな気力がまだあったのか。
 審問官は振り向かず、ただ、
「なんでしょう」
と言った。
 男はもう一度言った。今度は感情を押さえ気味にした。
「その巨神は、詠うのだ」
 だがその言葉に審問官が何かを感じた様子はなかった。歩みも止まらない。ただわずかに、「存じております」という答えだけが返ってきた。
 男は思わず審問官に駆け寄った。瞬間、翻ったマントの向こうから真っ白な銃身が突き出し、男の鼻先で止まった。
「解釈の違いだと、あなたのご同僚は述べられている」
 声色が変わっていた。抑揚のない無機質な声。顔が見えないだけに、なおのこと、それは死神が発するが如き冷たい響きを伴っているように感じられる。
「巨神から感知される種の波動は、ほとんどの場合、人の感覚では感知できない。しかし幾つかの術あるいは器械に影響を及ぼすことはある。そうして間接的に観測される波動のそれぞれの表象の研究はこれまでもあなたがたの手で行なわれてきたが、そこであなたがたが発見したものは、波動は、単なる感覚器としての機能だったはずだ。 ──それをあなたは『詠う』と表現された。そういうことではありませんか?」
 なんだと。誰がそんなことを言った。
 反論したかったが、声が出ない。白い小銃の突端に穿たれた小さな穴に、精神を支配されてしまっているかのようだった。
(こんなものに──)
 しかし──銃は下ろされた。
「やはり」
 審問官は顔だけをこちらに向けた。哀れむような表情をしていた。
「魅入られたのですね」
「なんだと」
「あってはならぬことです、司祭殿。あなたともあろうお方が──」
 まただ──
 男はそう思った。

 神はすべてを造りたもうた。
 われわれの眼前にひろがるすべては、神の手により生まれしもの。空も海も山も昼も夜も暁も黄昏も太陽も月も星も風も火も土も水も草も木も石も金属も虫も獣も鳥も精霊も妖魔も悪魔も精神も肉体も生も死も善も悪も──
 にもかかわらず、「あってはならぬこと」がこの世にはあるという。教会に背く使徒、神に従わぬ精霊、聖典を捨てた司祭、大義なき戦、愛なき交わり、種なき繁殖、悪魔の奇跡‥‥
 男はかつて自問した。いったい、それは「あってはならぬこと」なのか。すでにあったことではないのか。あったことの否定とは、つまり、
(過去の──歴史の否定)
 それが法王庁自身の姿勢というわけではない。しかし、なかにはそのような思想をもち、平然と行動に移す者もいるのだ。目の前にいるこの若者も、おそらく──
(九課か。あの男の息がかかっているのなら、なおさらだな)
 だが、“裁定者”聖バルトロメイも言ったではないか。
『われら、神ならぬ人の身なれば、いかなる「ある」も「あらぬ」も定めることあたわず、ただかりそめなり。その魂、天に昇りたるときにのみ、それが天より来たるか、地獄より来たるかを知れるのみ』

 ならば、誰が決めたのだ。誰が──

(わたしは)
 男は気付いた。
(誰の存在をも否定したくないのだ)
 過去の中にすら居場所を与えられなかった幾多の人々を、男は知っている。改宗を拒み、異端の烙印を押され地図からも消された村々のなかに、男の故郷もあったのである。
 男はしかし、神の教えを信じた。教会を信じた。そうすることで、せめて彼らの魂が神の眼前に立つことだけでも許してもらおうとした。
 それが適わぬ願いだと気付くのに、さほど時間はかからなかった。
 魂の行き先を決めているのは、神ではなく教会だった。その中に居たのは、神の声を聞き人々に勇気と正義と安らぎと癒しを与える聖人ではなく、ステンドグラスの前と墓地と領主の館の間を往復しているただの人間であった。

 そして、傍らに在るこの哀れな存在もまた消される運命にある。姿かたちは残るとしても、それが本来の姿であった時代の記憶は残されまい。
『龍よ──』
 それは、たしかにそう呼びかけていた。
 ただ己の在るべき場を求め、ただ己の在り方を認めてくれる存在を求める、ただそれだけのことをこの巨神は欲しているのだ。
 すでにこの世に彼の居場所がないかもしれないことを、彼は知っている。だがそれでもなお、彼は「在る」ことを──自分と同様の存在に相対しての確信的な「在る」ことを──欲している。
 そのような思いを知ってなお知らぬ振りをすることに、男はもはや耐えられようもなかった。

 審問官は話を続けた。
「あなたはご存じないだろうが、われわれ異端審問官の間ですら、下賜された旧時代のアーティファクトに魅入られ神の道に背く者が──まれにではありますが──いるのです」
 なにやらこちらの表情を探るように、慎重になっている。「というのも、これらのアーティファクトには使用者にそれ自体への注意関心を向けさせるような機能が仕込まれていることがあるためです。しかし、その機能が事前に発見されることはまずない。それだけ巧妙に仕掛けられているのです。全身が遺失技術の塊である巨神ともなれば、なおさらありうることです」
 男は笑った。
 自分が巨神に魅入られているというならそれだけでも十分罪のはずが、それを──巨神のせいにするか。
 ならば、そういうことにしてやろう。
「なにか、仰りたいことがあるようですね」
 笑顔がカンに触ったのだろうか。若者は少し目を細めてそう言った。
「いや、大したことじゃないが」
 男は異端審問官の目を見た。
「君も聞いてみろ、この巨神の詩(うた)を」
 ルーインは見つめ返しながら言った。
「結構です。あなたほどのお方が洗脳されたほどのものだ、駆け出しの身の私などが耐えられるはずもない」
「そうか」
 男は皮布に覆われた巨神を見上げた。
「君の教わってきた神は、偏狭だな」
「どうでしょうね」
「偏狭だよ。まあ、私の信じた神でもあったのだがね」
 頭上で、ぶちん、という音がした。ルーインが舌打ちして銃をふたたび男に向けながら、音のした方を見上げる。
「あっ」
 ぶちん、ぶちん、という音はさらにつづき、皮布があちこちから剥げて行く。その奥から、銀の地に藍色の縁取りの装甲が姿をあらわしはじめていた。
「止めなさい! 止めろ!」
 もはや異端審問官の声は男にとってなんでもなかった。
 涼やかな一瞥で流すと、男は言った。
「べつに新派に組する気もなかったがね──仕方がない」
 轟音とともに、男の足元が一斉に盛り上がった。ただの隆起と思われていた地面は、実は巨神の腕がカムフラージュされていたものだった。
 ルーインがあわててその場所から離れると、すでに巨神は全身の頼りない戒めを断ち切って、森の巨木よりも大きい身体をあらわしていた。
「よく聞きたまえ、若い異端審問官よ。わたしはたったいま、君たちの神を捨てた」
「戻ってきなさい!」
 顔の脇を銃弾がかすめた。頬に熱を感じたが、男はかまわなかった。
 巨神は男をその懐に抱くようにその腕を動かしてく。
 下で審問官が叫んだ。
「残念です、司祭殿。あなたを待っている人々がいるというのは本当だったのに。あなたの優しき魂はたしかにわたしにも感じられたのに」
「わたしが優しいだって?」
 男は巨神の体内に在る制御室に入りながらつぶやいた。
「だとしたら──優しすぎたのだろうな」
 巨神の全身が微細な振動を帯びていく。
 詠いはじめたのだ。
「良い声でな、ジオクリス。あの若者は龍ではないが、なかなか手ごわいぞ」
 巨神の眼を通して室内に投影される外部映像のなかで、異常な瞬発力をもって巨神の眼前に迫る異端審問官を見つめながら、男は静かに巨神の"闘争本能"と共鳴していった。

「誰がために鋼は詠う chapter1」<<

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー