harukaze_lab @ ウィキ
胡椒事件
最終更新:
harukaze_lab
-
view
胡椒事件
山本周五郎
-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)赧《あか》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)々|精《くわ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)くりくり[#「くりくり」に傍点]
-------------------------------------------------------
[#3字下げ]「なあに」嬢さん[#「「なあに」嬢さん」は中見出し]
丸ノ内東通十号館の五階に、「欧米商事会社」という外国商館がある、社長はポオル・レノックスというフランス系のカナダ人で、顔の赧《あか》い白髪《しらが》頭の愉快な老人だ。――その商館の秘書課に相良百代《さがらももよ》という少女がいる、年齢《とし》はようやく十六歳、水蜜桃のような頬をした、くりくり[#「くりくり」に傍点]と敏捷《すばしこ》そうな愛くるしい眼つきの娘《こ》で社員たち皆から、
「相良のなあに[#「なあに」に傍点]嬢さん」
という綽名《あだな》をつけられていた。
人一倍に注意深いというか、好奇心が強いというのか、どんな些細な事でも決して見逃さず、――これはなに、どうしてこうなるのかと一々|精《くわ》しく訊《き》き糺《ただ》さずにはおかない。あの打番号器《ナンバー・リング》という、ガチャンと押すだけで数字が順々に印字される器械、あれを説明してくれとせがまれて悲鳴をあげた社員もいる。また真空輸送管《ニュウマティック・パイプ》と言って、金属管の中が真空になって居り、片方から書類を入れてスイッチを押すと、スポンと音がして片方へ飛出《とびだ》す器械、その構造を根掘り葉掘り訊かれて汗をかいた者。……見る物聞く事なんでも一応は、
「これなあに[#「なあに」に傍点]? ――」
と熱心に訊くので、遂《つい》にそれが綽名になってしまったのである。
もうお正月も七種《ななくさ》を過ぎて、松飾《まつかざり》の取れた巷に残雪の白さが、痛いような寒さを見せている或日のこと、秘書課の自分の机でせっせと記帳をしていた百代は、隣の席にいるタイピストの和田千代子が、妙な器械をかけているのに眼をつけた。
「あら、それなあに[#「なあに」に傍点]和田さん」
「また始《はじま》った」
千代子は優しく睨んで、
「これね、今日から使う蝋管蓄音機よ、――今までは社長が話すのを私が速記して、それからタイプライターするでしょう、それを今度っからは社長がこの蝋管へ吹込《ふきこ》んで置くの、それを私が聞きながらすぐにタイプするのよ」
「あら厭《いや》だ、その方が却《かえ》って面倒臭いじゃないの?」
「面倒臭くはないことよ、一々私を呼ぶよりこうして吹込んで置く方が手早いし、速記だとつい間違《まちがい》が多くなるけれど、これなら二度でも三度でも聞直《ききなお》せるでしょう。だから商用文などの時は安全なのよ、――掛けるから見てらっしゃい?」
そういって和田千代子は、備附《そなえつけ》の小型蓄音機へ蝋管を掛けた。――すると、ポオル社長の柔らかい英語が、極めてはっきりと、適度の速さで聞えて来る。千代子はそれを聞きながらトントンとタイプライターに叩いた。
「すてきだわ!」
「ね、便利でしょう? 社長室へ行ったら見ていらっしゃい、あの大テーブルの脇に小さなラッパが出ているわ、それが自動式の蝋管吹込器なのよ」
「お昼休《ひるやすみ》の時行って見て来よう、和田さん一緒に来て説明して頂戴ね」
「ほほほほ、なあに[#「なあに」に傍点]嬢さんに捉まったらお昼休も何も目茶目茶だわね。でも……貴女《あなた》はどんな事にも注意を忘れないから感心よ。もし学問で身を立てる事が出来たら、きっと御国のために役立つ立派な学者になれると思うわ」
そういって微笑したが、千代子の何気なくいったこの言葉がそのまま、それから間もなく本当に実現したのである。――百代の優れた注意力は、学者にはならずとも立派に御国のために役立つ時が来たのだ。
「はい控《ひかえ》願います」
タイプを済ませると、千代子はいま打った手紙を日本文に訳して、百代の方へ渡した。注文書の分類保管が彼女の仕事である。
「あら、また胡椒の注文ね」
百代は受取《うけと》って帳簿をあけながら、
「先月から胡椒ばかり買うのね、九州から大阪、名古屋と買って、今度は北海道じゃないの、日本中の胡椒をみんな買占《かいし》めるつもりなのかしら」
「貴女《あなた》はまたよく覚えているのねえ」
「だってこんなに買えば誰だって忘れやしないわ。一体どうするのかしらこれ?」
「そらまた始った」
和田千代子はくすっ[#「くすっ」に傍点]と笑って、
「お昼の時間に蝋管吹込器の説明をしてあげますからね、胡椒の方はまたこの次にして頂戴、わかって?」
「はい畏まりました」
ペンを取ったが、
「――でも変ねえ、今年は世界中胡椒が不作だとでもいうのかしら」
如何《いか》にも不審そうに呟《つぶや》くのだった。
[#3字下げ]夜学生[#「夜学生」は中見出し]
商館の退《ひ》けるのは午後四時である。百代は退け時間が来ると誰にもかまわずこつこつと帰って行く、百代は兄と二人で神田のアパートメン卜・ハウスに住んでいる、――兄の申吾《しんご》も昼間は科学工場の試験課に勤めているが、夜は物理工学の専門学校へ通うので、早く帰って夕食の支度をするのが百代の毎日の受持だった。
申吾の帰ったのは五時を過ぎていた。
「お帰んなさい、今日は遅いのね」
「僕の課からまた一人出征したんだ、これから仕事が今|迄《まで》の倍になるよ」
「じゃあ学校へ行くの大変ね」
「馬鹿な、出征する事を思えば、どんなに忙しくったって高が知れているさ、――少し遅いからすぐ御飯にしてくれよ、今夜のおかず[#「おかず」に傍点]何だい?」
「今朝お約束した物よ!」
「|揚げ馬鈴薯《ポテト・フライ》か、そいつは万歳だ」
子供のようこ喜ぶ兄と、向かい合って坐る貧しい食卓、百代は給仕をしながら、元気に今日一日の事を話していたが、ふと思い出したように上衣《うわぎ》のポケットから一枚の紙片《かみきれ》を取出して、
「お兄さん、これなあに[#「なあに」に傍点]?」
「またおはこ[#「おはこ」に傍点]のなあに[#「なあに」に傍点]か、――どれ」
箸を持ったまま受取って見ると、何やら英語で、化学式が書いてある。
「なんだいこれは、何か薬品の化学式じゃないか、どうしたんだ」
「それ何の薬品だか分からない?」
「必要なら検《しら》べてやろうか」
「お願いするわ、少し気になる事があるんだから、――誰にも知れないようにしてね」
「密偵みたいな事をいうなよ」
申吾は紙片《かみきれ》をしまって、
「あ、もう五時二十分だ、大変大変」
と急いで残りの御飯を掻込《かきこ》んだ。
それから三日目の晩だった。十時半頃夜学から帰って来た申吾は、もう床に入っていた百代の枕許へ、――書物鞄《バッグ》を置くのももどかしそうに坐って、
「百ちゃん、ちょっとお起きよ」
といった、顔つきがいつもと違っている。
「どうしたの、何かあったの?」
「この間の化学式を書いた紙ね、あれどこから持って来たんだい、どうしてまた僕に検べて貰う気になったのか話してごらん」
「あれ分かったの?」
百代は思わずむっくり起上《おきあが》った。
「何だったのあれ※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
「それより先に訳を話してごらん」
「何だか……笑われそうだなあ、でもいいわ、みんな話すわね。実はこうなのよお兄さま、あたしの会社でこの夏からこっちずっと胡椒を買うの、それがちょっとやそっとじゃないのよ」
「胡椒? ――胡椒……?」
「九州の方から北海道まで、とても沢山《たくさん》、まるで日本中の胡椒を総浚《そうざら》いにするかと思うほど買っているの、他の物と違ってお薬味にしか使わない胡椒でしょう、あたし何だかそこには隠れた意味があるのじゃないかって考えたのよ。――あたしが胡椒を嫌いなせいかも知れないわね」
百代はちょっと笑って続けた。
「それが何だか気懸りになっていた時、社長のポオルさんのお部屋で、あの妙な化学式の紙を拾ったのよ、あれは書損《かきそん》じらしくって、テーブルの上にはもっと精しく書いたのが置いてあったわ、それであたしいつもの癖が出てつい[#「つい」に傍点]何だか知りたくなったものだから」
「分かった、よく分かったよ」
申吾は妹の言葉を遮ったが、口の内で――胡椒、……胡椒、と二三度呟いたと思うと、急に膝を乗出《のりだ》して、
「百ちゃん、君に頼《たのみ》があるんだ」
「なあに改《あらたま》って」
「いま君の話したもう一枚の方ね、精しく書いてあるという方、――なんとかしてそれを手に入れてくれないか」
「だって、どうするのウ」
「どうしてもいい、持出《もちだ》す事が出来なかったら写しだけでも取って貰いたいんだ。精しい事は後で話すが、殊《こと》によるとある重大な事件が隠れているか知れないんだ、頼むから一働きしてくれないか」
兄の様子がただ事でないのを見て、百代も急に顔をひきしめながら、
「いいわ、出来るかどうか分からないけど、失敗を覚悟でやってみるわ」
「有難《ありがと》う、或《あるい》は僕の考え過しかも知れない、然《しか》しそうでないとすると大変なんだ、よく注意してなるべく気づかれないようにね」
「――うん」
百代は兄の眼を見ながら力強く頷いた。
さて引受《ひきう》はしたものの、人眼の多い事務室の中で、殊に出入《でいり》の厳重な社長室から、どうしてあの紙片《かみきれ》を取出《とりだ》したらよいか、――それが何か重大な事件と関係がありそうなだけに、百代は先《ま》ず足の震えるような気後《きおくれ》を感ずるのだった。
[#3字下げ]夜の冒険[#「夜の冒険」は中見出し]
丁度《ちょうど》それから五日目、金曜日の退け時間だった。昼の内は駄目だという事がわかった百代は、皆が退けた後し化化ようと思ったので、人々が退社の支度で混雑している隙に、――すっと旨く書類戸棚の中へ忍込んだ。
五分、十分、外人経営の会社はどこでも、始業終業ともに時間が正確である、四時を打って十分もすると、事務室の中はひっそりと鎮まってしまった。然し社長だけは退け後も残務を執《と》るのが例だ、――その日も五時近くまで、電話を掛ける声や、がたがたと椅子《いす》の音をさせていたが、やがて社長室から出たと思うと、戸棚の隙から洩れていた電灯が消え、外から事務室の扉《ドア》へ鍵を掛ける音がして、全く森閑と鎮まってしまった。
窮屈な戸棚の中で一時間以上も中腰になっていた百代は、両脚がすっかり痺《しび》れて、ぎしぎしと鳴るほど腰の骨が痛んでいた。
――もう大丈夫。
と思ったが、念のため更《さら》に十分ほど待ってからそっと書類戸棚を出た。
電灯は消えていたが、幸いすばらしい月夜で、すっかり暮れたビル街の向こうの屋根の上から、窓の硝子《ガラス》越しに明るい光をさんさんと投げている。百代は裂けそうに波打つ胸を抑えながら、社長室の扉《ドア》を明《あ》けた。――いつもは鍵を掛ける筈《はず》の扉《ドア》が、訳なく明いたのも幸運であろう、素早く入って後を閉めると、あとは夢中で大テーブルの側へ走り寄り、射込《さしこ》んで来る月光を頼りに、テーブルの上の書類を捜し始めた。
然し見当らなかった、テーブルの上は勿論、鍵の明いている抽出《ひきだし》は全部底までひっくり返してみたが、あの化学式を書いた紙片《かみきれ》はどこにもないのだ。
「金庫の中へしまったのかしら」
と捜し疲れて呟いた時である、――かちり[#「かちり」に傍点]と事務室の扉《ドア》の鍵を明ける音がして、電灯が一時にぱっと点いた。
――社長が引返して来た。
百代は水を浴びたように立竦《たちすく》んだ。社長室の扉《ドア》に鍵が掛っていなかったのは、すぐ戻って来るためだったのだ。
――みつかったら大変だわ。
そう思ったが外へ出る方法はない、足音はずんずん近寄って来る、切羽詰って百代は、いきなり大テーブルの下へもぐり込んだ。――殆《ほとん》ど同時に扉《ドア》が明いて、社長のポオル・レノックスが一人の痩せた小柄の男と共に入って来た。二人はフランス語で何か話しながら、大テーブルを挟んで椅子に掛けたが、その時ポオル社長の靴の先が、百代の膝頭へこつんと当った。
――あっ!
百代はみつかったかと、息の止るほど驚いたが、相手は話に気を取られているためか、そのまま靴を引込めて話し続けている。
時間過ぎの事務室、しかも夜になってからの社長室で、二人は何を話しているのだろう。普通の商談なら何もこんな時間と場所を選ぶ筈はない、是《これ》はきっと秘密を要する事なのだ、きっとそうに違いない。――そう思ったけれど、残念ながら百代にはフランス語はわからなかった。
――半分でもあの言葉の意味がわかったら。
と口惜《くや》しそうに歯噛《はがみ》をしたが、そのうち天の教《おしえ》とでもいおうか、ふとすばらしい名案を思いついた。それは先日教えられたばかりの「蝋管吹込器」の事である、その器械は大テーブルの脇に取りつけてあって、丁度ポオル社長と客との中間にラッパが出ている。旨くスイッチを入れさえすれば二人の話はそっくり蝋管に記録されることが出来るのだ。
――そうだ、その他に手段はない。
頷いた百代は、静かに、息を詰めながら体を捻《ねじ》ると、蝸牛《かたつむり》のような忍耐強さで少しずつ少しずつ膝をずらして行った。
大テーブルの下といっても少女一人が隠れるには広くはない。しかもつい鼻の先には社長の肥った脚が動いているのだ、ほんの一|糎《センチ》動き損っても万事|終《おわり》である。百代の体はびっしょり冷汗に包まれた、――すっかり向《むき》を変えたところで、今度はテーブルの脇にあるスイッチを入れるのだが、これこそ千番に一番の冒険である。百代は逸《はや》る呼吸を鎮めて、まず指先をテーブルの横へぴったりつけ、それから二人の話声《はなしごえ》の緩急を計りながら静かに指を上へ向けて這わせて行った。全身の血管は今にも破裂しそうに脈|搏《う》っている、ともすると膝頭はがくがくと震えそうになる。
――神様、神様。
思わず胸に念じた時、指先は吹込器のスイッチに届いた。百代は夢中でそれを押した、そして微《かす》かな微かな廻転音が聞えて来た時には、危くそのまま気絶しそうな安堵と喜びに襲われた。
これは五分に足らぬ時間のあいだに行われた事であるが、百代には一日の長さほどにも思われた。それから後はただ器械の音が二人に気づかれないようにと祈るだけだった。彼等は更に十分余りも話し続けたが、幸い廻転音を聞きつけた様子もなく、何やら契約書のような物を取交した後、固く握手をし合って椅子から立上った。――そして社長の愉快そうな笑声《わらいごえ》が、客と一緒に事務室の方へ出て行き、やがて廊下の彼方《かなた》へと全く足音が聞えなくなった時、百代は張詰《はりつ》めていた気が一時に緩んで、思わずふらふらと倒れてしまった。
[#3字下げ][#中見出し]拳銃《ピストル》[#中見出し終わり]
だが百代はすぐに起上った。――電灯をつけたまま行ったのだから、客を送ってすぐ戻って来るに相違ない。
――早くここを脱出《ぬけだ》さなければ。
と勇を鼓してテーブルの下から出る。蝋管吹込器の蓋を明けようとした時、ふと見やったテーブルの上に、さっきまで捜していた紙片《かみきれ》が、――あの化学式を書いた紙片が置いてあるでまないか。
「今の客と話していた用件はこれだわ」
歓喜に胸を躍らせながら、素早く紙片《かみきれ》を掴んでポケットへ押込《おしこ》む、その刹那だった。不意に、扉《ドア》の明く音がしたと思うと、
「――何ヲシテ居ルカ!」
という喚声が聞えた。
「あっ!」
愕然と振返る、眼の前に、社長の秘書でコリガンという、矢張《やは》りカナダ人の大きな男が突立《つった》っている。しかも右手には無気味な消音器《サイレンサー》を着けた拳銃《ピストル》が光っていた。――百代は我を忘れて窓の方へ走り寄ろうとするとたんに、後で、
ピュン!
という低い銃声がして、百代の頬を掠《かす》めた弾丸《たま》がぴしっ! と壁へ突刺さった。
ピュン! ピュン※[#感嘆符二つ、1-8-75]
二発、三発。百代は思わず足が竦んで、くたくたとそこへ崩折《くずお》れてしまった。如何《いか》に気丈でもまだ十六の少女である。しかも消音器《サイレンサー》の着いた拳銃《ピストル》の無気味な響《ひびき》には、全く身動《みうごき》のならぬ圧《おさ》えつけるような力があったのだ。
「君ハ秘書課ノ相良百代ダネ、今日マデ可愛イ顔デゴマカシテキタノニ、トウトウ正体ヲ現シタナ。――間諜《スパイ》ダッタノカ※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
「いえ、あたくし、そんな」
「今更隠シテモ駄目ダ、社長ガ俺ニ夜勤ヲ命ジタ訳ガコレデワカッタヨ。君ハ気ヅカナカッタロウガ、俺ハ誰ニモ知レナイヨウニ、毎晩|此室《ココ》デ夜番ヲシテイタノダ」
「でもあたくし本当に、あの」
「弁解ハ沢山ダ、間諜《スパイ》ヲスルクライナラ、ソノ結果ガドウナルカクライ承知ノウエダロウ。コレカラタップリオ礼ヲシテヤルカラ待ッテイルガヨイ。――下手ニ動クト射殺《ウチコロ》スゾ」
にやっと冷笑したコリガンは、身を翻して事務室へ出ると、外から扉《ドア》へ鍵を掛けて何処《どこ》かへ出て行った。――もう駄目だ、恐らく彼等は自分をここから誘拐するだろう、そうすれば折角《せっかく》の苦心も水の泡である。たとえ自分の身はどうなっても、掴んだ秘密だけは兄の手に渡したい。……百代はがば[#「がば」に傍点]とはね起きるや、蝋管吹込器の蓋を明けて見た、幸運である! さっきの会話のあとが少し残っていた。百代はスイッチを入れるとラッパへ口を寄せて、
「お兄さま、百代は力限りやりました。ポオル社長には確かに秘密があります、どうかこの蝋管の話をよく調べて下さい。そして早く秘密を暴露してやって下さい、――百代はここから誘拐されますがどんな事があっても見苦しい真似は致しません。日本の少女として立派に自分の処置はつけますから、安心してポオル社長の方を片附けて下さい。お兄さまの成功と……御幸福を祈ります」
これが兄への最後の言葉になるかも知れぬ、そう思うと胸が迫って、嗚咽《おえつ》を我慢することが出来なかった。――それからすぐに蝋管を外すと、中の空洞へ化学式の紙切《かみきれ》を押込み、テーブルの上にあった大型封筒の中へ入れて、表へ兄の会社の宛名を書くと、その脇へ赤インクで大きく、
[#3字下げ]これを宛名の所へ至急お届け下さい、お礼は五円差上げます。
と走り書にした。そして西側の窓へ走り寄って手早く硝子《ガラス》戸を明けると、建物と建物のあいだの細い通路へ落した。――それを拾う者があれば、たとえ中を明けて見ても唯《ただ》の蝋菅である、そんな物より五円の礼金を貰う方がいいに定《きま》っている。
「大丈夫お兄さまへ届くわ」
と吐息をつきながら、窓を閉めて振返った時、扉《ドア》を明けてコリガンが社長のポオル・レノックスと共に入って来た。
「コノ小娘カ?」
日頃は愉快な老人だったが、今見るレノックスはまるで人相が変っていた。鷲のような鋭い眼を光らせながら、大股に近寄って来たと思うと、
「コンナチビノ分際デ、我輩ヲスパイシヨウトハ大胆不敵ナ奴ダ」
「生カシテ置イテハ危イデスゼ」
「言ウマデモナイ、シカシココデ殺《ヤ》ル訳ニモ行クマイ。――例ノ手デ送出《オクリダ》シテ置ケ、ソシテ『人殺シジャック[#「ジャック」に傍点]』ニ片附ケサセロ」
「承知シマシタ」
英語で話すのだが大体は分かる、百代はもう観念の眼《まなこ》を閉じていた。
[#3字下げ]申吾の活躍[#「申吾の活躍」は中見出し]
「相良さん、誰か貴方《あなた》を訪ねて来ましたよ」
給仕にそう呼ばれて申吾ははっ[#「はっ」に傍点]と振返った。――百代は昨夜遂に帰って来なかった。十六の妹には無理な頼だと知っていただけに、殆ど心配で眠れずに会社へ来たところだ。
「受附に待っていますよ」
「有難う」
足も宙に走って行くと、待っていたのは妹ではなくて、一見|屑拾《くずひろい》と思える汚い老人であった。
「相良は僕ですが、何か用ですか」
「お早うございます」
老人はおどおどおじぎしながら、嵩張《かさば》った大型封筒を持っている右手を差出《さしだ》して、
「実は今朝早くに、丸ノ内東通の裏んところで、こんな物を拾ったのでがす。なんだか表に此方《こちら》様の宛名が書いてあるんで、悪戯《いたずら》かも知れねえとは思いましたがお届けに上ったような訳でがす」
「どれ見せてくれ給え」
受取ってみると、正に妹の筆蹟である。――申吾はいきなり老人の手を握って、
「有難う、有難う、よく届けてくれました、悪戯《いたずら》どころか大変大切な品物です」
「そりゃあようがした、お役に立って俺《わし》も嬉しゅうがす。――ところで、そのう、……何か他に書いてあったように思いますがのう」
「ああお礼の事ですね、無論差上げます、いますぐ持たせてよこしますからちょっと待っていて下さい」
申吾は会計部へ走って行って五円借り、それを給仕に持たせてやると、自分は事務室へ入って封筒を破いた。――中から出て来たのは蓋音蝋管である。
「――何だろう、これは」
呟きながら空洞を覗いて見ると中に紙片《かみきれ》が押込んである、引出してひろげると、それこそ妹に頼んだ例の化学式の紙片《かみきれ》だった。
「やったな百代! これを手に入れたが自分が出られないので、こうして僕に届けてよこしたに違いない。――五円という礼金を書いたところなど中々頭がいいぞ」
思わず笑って蝋管の方は捨てた。ああ、申吾はその蝋管の重大さに気づかないのであろうか? ――彼はそのまま机に向かって抽出《ひきだし》の中から雑記帳を取出し、先日から検べていた自分の化学式と照らし合わしていたが、やがて膝を打って、
「しめた、矢張り思った通りだ。これでポオル・レノックスの首の根を押さえてやれるぞ」
と両方を一緒に掴んで立上る、とたんに靴の先へかちんと当った物があった、見るといま捨てた蝋管である。――そのまま行こうとしたが、申吾はふと額へ皺を寄せて立止った。
「待てよ、この紙片《かみきれ》を届けるだけなら、何もこんな嵩張《かさば》った物へ入れる必要はない筈だ。――殊によるとこの蝋管にも何か意味があるのかも知れないぞ」
後になってこの時の事を話す度《たび》に、――あの時|若《も》し靴の先へ蝋管が当らなかったらと思うと、ぞっとして冷汗が出ると申吾はいうが、実際それは危い一瞬だったのである。
申吾はこの事務所でも同じ器械のある事を思い出してすぐに社長室へ駈けつけた。社長はまだ出勤していない、これ幸いとタイピストの席へ行って掛けてくれるように頼んだ。
「貴方《あなた》の歌でも吹込んであるんですの?」
「そんな暢気《のんき》な物じゃないんだ、早く掛けてくれ給え」
「馬鹿に急ぐのね」
若いタイピストは焦《じ》らすように、微笑しながらわざとゆっくり器械のスイッチを入れた。――申吾は身を乗出すように耳を澄ましている、蝋菅からはすぐ早口の会話が聞え始めた。
「あら、フランス語ね」
「黙って、――」
申吾は急にタイピストの持っていた鉛筆をひったくると、テーブルの上へ紙をひろげて、会話の要点を次々と書き始めた。――次第に彼の顔は引しまって来る、紙の上には左のような字が走り書に記されて行った。
[#ここから1字下げ、折り返して3字下げ]
一、フランス美術展覧会はアメリカへ廻る。
一、荷送人はコクトオ商会。
一、絵の荷造は嵩張るからね、それに貴重品扱いだから間違はないよ。
一、倉庫の工合はどうだ。
一、万事O・Kさ、神戸の五番は便利に出来ている。税関でも重要美術品は大切にしてくれるからな。
一、船は明後日《あさって》の朝だね。
一、積込《つみこみ》が終ったら五万|磅《ポンド》の小切手を切ろう、これが済んだら儂《わし》も日本を引揚げるよ。
[#ここで字下げ終わり]
それから嫌は雑用の話になって、会話していた二人の声は遠退《とおの》いた。――申吾はよし! とばかり鉛筆を抛《ほう》り出して立上ったが、その時、蝋管から急に鮮やかな日本語が聞え始めた。しかもそれは百代の声である。ぎょっとして立竦む申吾の耳へ、「お兄さま、百代は力限りやりました」
というあの覚悟の言葉が響いて来た、言々句々が肺腑を抉《えぐ》るようだった。
「――百代はここから誘拐されますが、どんな事があっても見苦しい真似は致しません。日本の少女として立派に自分の処置をつけますから、安心してポオル社長の方を片附けて下さいお兄さまの成功と……御幸福を祈ります」
語尾は哀れ嗚咽にふるえていた。さすがに耐えかねて、申吾も腕で顔を蔽《おお》いながら、
「よくいった百ちゃん、おまえは御国のために立派な働きをしたのだぞ、死んではいけない、最後まで頑張っているんだ、兄さんが助けに行くぞ、きっと助けてみせるぞ。――頑張れ頑張っているんだぞ百ちゃん」
そこにいる者にいう如く、蝋管へ向かって涙と共にいい捨てると、申吾は帽子をひっ掴んで事務所をとび出した。
[#3字下げ]神戸へ![#「神戸へ!」は中見出し]
百代の健気《けなげ》な言葉に対しても、今は妹の事に構っている時ではなかった。――申吾は真直《まっすぐ》に警視庁へ行くと、会社の関係で知合《しりあい》の高野刑事部長を呼出《よびだ》して、
「すぐ僕と一緒に神戸へ行って下さい」
と単刀直入にいった。
「何だね一体、ただそれだけじゃ訳がわからんよ」
「訳はあとで話します、重要軍機に関する大事件が起ってるんです。先に話しても信用なさらんでしょうから、事実を押さえてから説明しますよ、早くしないと手遅《ておくれ》になります」
「――たしかなのかいそれは」
「僕の首を賭けます」
高野部長は頷いて立った。
午前九時東京駅発の神戸行特急「つばめ号」は、折から降りだした雪を衝《つ》いて、西へ西へと凄《すさま》じい勢《いきおい》で疾走した。――昨夜殆ど眠らなかった申吾は、この暇に疲労《つかれ》を治して置こうと、列車へ乗るなり横になったが、そのままぐっすり眠ったとみえ、眼が覚めると既に名古屋へ来ていた。それから部長の買って置いてくれた弁当を食べて再び横になると、今度は神戸へ着くまで眠ってしまった。
「さあ神戸へ来たが、これからどうする」
とっぷり暮れた雪の神戸駅へ下りると、そういう高野部長を引摺るようにして、
「税関です、税関です」
と駅を出た。
駅前で車を拾って、雪の中を驀地《まっしぐら》に波止場へ向かう。五番の倉庫と命じて、海岸通にあるその建物の前で車を下りた。
――倉庫は荷役でもあるか明々《あかあか》と電灯を点けて、雪の中を人影が右往左往している。申吾は振返って、
「すみませんが警察部へ電話を掛けて、私服刑事を十人ばかり呼んで下さいませんか」
「大丈夫かい、そんな事をして」
「大事を取るに越した事はありません、責任は僕が負いますよ」
部長は頷いて電話を掛けに去った。――申吾は大股に倉庫の番所へ進み寄って、
「コクトオ商会の者だが、アメリカ向けの美術品の荷物は積込の支度が出来ているかね。出来ていたら見たいのだが」
「へえ、すっかり出来てます」
番所にいた事務員は顔もあげずに、
「すみませんが中へ入って御覧下さい、ちょっといま手放せない用がありますから」
「どこだね」
「西側の隅にあります。箱に刷込《すりこみ》の印がついてますからすぐ分かりますよ」
申吾は頷いて倉庫の中へ入った。――荷役の終った後らしく、中は殆どがらんとして、隅の方に一山だけ、大きな箱を積上げたのがすぐみつかった。近寄って見ると、箱の横に英語で、
[#ここから2字下げ]
サンフランシスコ行
フランス美術展覧会 重要美術品
荷受人ワアナア・レノックス
積出人コクトオ商会。
[#ここで字下げ終わり]
と刷込の文字が見える。荷受人の名が欧米商会のポオル社長と同姓だ。――愈々《いよいよ》これに相違ない、申吾が会心の笑を洩らしているところへ高野部長が戻って来た。
「電話を掛けたよ、すぐ来るそうだ」
「すみませんでした、然しお礼には十分のお手柄を進呈しますよ」
「ところで問題の事件は?」
「この荷物です」
といわれて見やった部長は、
「なんだい、これは先週まで上野の美術館でやっていた、有名なフランス美術展覧会の絵や彫刻じゃないか。この次にアメリカで展覧会を催すという話を聞いたが、これがどうしたというんだ」
「どうしたかはいま御覧に入れますよ」
そういって申吾が一歩出た時、倉庫の入口にがやがやと人声がして、三人の外国人が大きなトランクを重そうに運び込んで来た。――申吾と高野部長が思わず振返ると、三人はトランクを美術品の山の側へ下しながら、
「コクトオ[#「コクトオ」に傍点]商会ノ者ダトイッテ来タノハアナタ方デスカ?」
と訊いた。申吾は平然と頭を振って、
「いやそれは違います、コクトオ商会の扱った美術品を取調べのために来たと言ったのです、番人が聞違えたのでしょう」
「美術品ヲ取調ベル?」
白髪頭の老外人が凄じい勢で喚いた。
「税関ノ認可モ済ンデイル物ヲ、何ノ理由ガ有ッテ調ベルノデスカ、余リ乱暴ナ事ヲスルト領事ニ訴エマスゾ」
「訴えたらいいでしょう、本当にこれがフランスの重要美術品だったらお笑草だ」
「ナニ、ナニヲイイマスカ!」
「分からなければ教えてやろう、そら※[#感嘆符二つ、1-8-75]」
[#3字下げ]凱旋の曲[#「凱旋の曲」は中見出し]
そういうと同時に、申吾は隠し持ったヤットコを逆手に、美術品と書いた箱の一つへのし掛るや、見る見る帯金を剥ぐ。
「乱暴だ相良君、待ち給え」
さすがの高野部長が驚いて止めようとする暇もなく、ばりばりと箱板を押剥がした、目にも止らぬ早業《はやわざ》である。――とたんに中からごろごろと転げ出たのは、絵でもなく彫刻でもない、一|封《ポンド》ほどの布包《ぬのづつみ》にした無数の粉袋であった。
「あ、これは……※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
と仰天する高野部長の前へ、申吾は袋の一つを拾って口紐を切り、
「御覧なさい、みんな胡椒です」
と差出した。なるほど美術品どころか、袋の中にはぎっしり胡椒の粉が詰っている。――と、茫然と見ていた三人の外人は、事の露見を察したものか、突然大声に、.
「手ヲ挙ゲロ、動クナ」
と叫んだ。はっ[#「はっ」に傍点]として見ると、三人とも拳銃《ピストル》を突きつけている。先手を打たれた。――申吾は温和《おとな》しく両手を挙げる……と見せて突然、
「――やっ!」
といいさま右手に持っていた胡椒の袋を叩きつけた。ぱっと飛ぶ胡椒の煙、絶好の機転である、不意をうたれた三人は、思わず知らずこいつを眼と口と鼻へ十分に叩き込まれたから、
「ウアープウッ」
とたじろぐ、もう駄目だと思ったか、手にした消音|拳銃《ピストル》を盲撃ちに討ち始めた。――申吾は素早く箱の陰へ隠れながら、
「危い、高野さんこっちへ」
と部長を招いて、更に隙も与えず胡椒の袋を、三人めがけて次々と投げつけた。――三人は眼が明けないので逃げる事も出来ず、気違のように拳銃《ピストル》を乱射していたが、遂にはそれも投出《なげだ》して、苦しそうに身悶《みもだえ》をしながら、
「ハア、ハアーックション」
「クッシャン、ハアーックシャン」
と猛烈な嚏《くしゃみ》に襲われてしまった。――しめたとばかりとび出す高野部長、申吾も立とうとしたが、その時すぐ近くで、
「お兄さあん、お兄さあん」
と微かに呼ぶ声がするのに気づいた。しかもそれはたしかに妹の声である――不思議だな、と思って見廻した申吾は、足許に転げている大トランクをみつけた。今しがた三人で運び込んで来たやつである。
「これだ、――」
呻《うめ》くようにいうと、ヤットコを取直して夢中で金具をこじ剥がす、蓋を明けると、中にぐったり横たわっていたのは正に百代。
「おお百代、百代、無事だったか」
狂気して抱上《だきあ》げる手へ、
「お兄さまーッ」
と百代も夢中でしがみついた。ただ涙、百千の言葉にも勝る涙、涙で二人は互の胸を絞るように濡らした。
向こうでは丁度駈けつけて来た私服刑事たちが、高野部長の指図に依《よ》って三人の怪外人に手錠をかけたところであった。――高野部長は大変な御機嫌である。
「わはははは、愉快だ、こんな愉快な捕物《とりもの》は初めてだ、実に当意即妙だぞ。なにしろ胡椒|攻《ぜめ》の嚔《くしゃみ》戦などとは振ってる。全く、ま、ま、ハアックション」
「はははは部長もやられましたな、こいつは愉快だ、実に愉――ゆ、ハアックション、ハアックション」
「わはははこいっは堪《たま》らん、ハックション」
「クッシャン、ハア、ハア――」
「クッショイ、ハックショイ」
もうもうと立ち罩《こ》める胡椒の煙、そいつを吸うから堪らない、敵も味方も色とりどりに、五番倉庫は暫《しば》し嚏《くしゃみ》の展覧会という有様であった。
「あの胡椒は毒|瓦斯《ガス》の原料でした」
その夜の上り急行列車の中で、妹と高野部長を前に申吾が説明していた。
「妹が拾って来た化学式を学校で検べてみましたら、現在あらゆる国の軍部が秘密に研究している『類ホスゲン瓦期《ガス》』の最も強烈なものなんです。その合成分の重要な中心になっているのは胡椒の分子式で、しかも日本産の胡椒だけに重要成分のある事がわかったのです」
「ふうむ、そいつは重大な問題だ」
「僕は自分の検べただけで見当はついたのですが、念には念を入れよと思って、妹に精しい化学式を手に入れてくれと頼んだのです。そのため妹は危く海外へ運び出されて殺されるところでしたが、然し虎穴に入って立派に虎児を掴みました。――若し妹が二人の会話を蝋管で記録するという、思い切った冒険をしてくれなかったら、五万|磅《ポンド》の胡椒はむざむざ外国へ流出したうえ、逆に日本軍を脅かす猛毒ホスゲン瓦斯《ガス》になっていたでしょう。お蔭でこっちは毒|瓦斯《ガス》の合成式もわかり、日本産独特の胡椒の特質もわかって一石三鳥の大収獲でしたよ」
「有難う、君たち兄妹《きょうだい》のお蔭で、実に意外な大事件を拾ったよ、総監が聞かれたらきっと眼を剥かれるに違いない、――だが相良君、僕が嚏《くしゃみ》をした醜態は内証だぜ」
「あはははははあれは全く秀逸でした」
「ほほほほほ」
百代までが声をあげて笑った。――スチームの暖かい車室の中は平和だ、走り過ぎる窓の外は、三人の凱旋を祝うように、白い雪が霏々《ひひ》と降りしきっている。
倉庫で捕まったのはポオル社長と秘書のコリガン、それに国際密輸団の有力な頭株の一人だった。フランス美術品とすり換えて、海外へ送り出そうとした奸策も、相良|兄妹《きょうだい》の活躍で見事に失敗し、一味は間もなく国外へ追放された。百代はその後兄の会社へ移り、矢張り「相良のなあに[#「なあに」に傍点]嬢さん」と呼ばれて人気者になっている。
底本:「山本周五郎探偵小説全集 第五巻 スパイ小説」作品社
2008(平成20)年2月15日第1刷発行
底本の親本:「少女倶楽部」
1938(昭和13)年3月
初出:「少年少女譚海」
1938(昭和13)年3月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
山本周五郎
-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)赧《あか》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)々|精《くわ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)くりくり[#「くりくり」に傍点]
-------------------------------------------------------
[#3字下げ]「なあに」嬢さん[#「「なあに」嬢さん」は中見出し]
丸ノ内東通十号館の五階に、「欧米商事会社」という外国商館がある、社長はポオル・レノックスというフランス系のカナダ人で、顔の赧《あか》い白髪《しらが》頭の愉快な老人だ。――その商館の秘書課に相良百代《さがらももよ》という少女がいる、年齢《とし》はようやく十六歳、水蜜桃のような頬をした、くりくり[#「くりくり」に傍点]と敏捷《すばしこ》そうな愛くるしい眼つきの娘《こ》で社員たち皆から、
「相良のなあに[#「なあに」に傍点]嬢さん」
という綽名《あだな》をつけられていた。
人一倍に注意深いというか、好奇心が強いというのか、どんな些細な事でも決して見逃さず、――これはなに、どうしてこうなるのかと一々|精《くわ》しく訊《き》き糺《ただ》さずにはおかない。あの打番号器《ナンバー・リング》という、ガチャンと押すだけで数字が順々に印字される器械、あれを説明してくれとせがまれて悲鳴をあげた社員もいる。また真空輸送管《ニュウマティック・パイプ》と言って、金属管の中が真空になって居り、片方から書類を入れてスイッチを押すと、スポンと音がして片方へ飛出《とびだ》す器械、その構造を根掘り葉掘り訊かれて汗をかいた者。……見る物聞く事なんでも一応は、
「これなあに[#「なあに」に傍点]? ――」
と熱心に訊くので、遂《つい》にそれが綽名になってしまったのである。
もうお正月も七種《ななくさ》を過ぎて、松飾《まつかざり》の取れた巷に残雪の白さが、痛いような寒さを見せている或日のこと、秘書課の自分の机でせっせと記帳をしていた百代は、隣の席にいるタイピストの和田千代子が、妙な器械をかけているのに眼をつけた。
「あら、それなあに[#「なあに」に傍点]和田さん」
「また始《はじま》った」
千代子は優しく睨んで、
「これね、今日から使う蝋管蓄音機よ、――今までは社長が話すのを私が速記して、それからタイプライターするでしょう、それを今度っからは社長がこの蝋管へ吹込《ふきこ》んで置くの、それを私が聞きながらすぐにタイプするのよ」
「あら厭《いや》だ、その方が却《かえ》って面倒臭いじゃないの?」
「面倒臭くはないことよ、一々私を呼ぶよりこうして吹込んで置く方が手早いし、速記だとつい間違《まちがい》が多くなるけれど、これなら二度でも三度でも聞直《ききなお》せるでしょう。だから商用文などの時は安全なのよ、――掛けるから見てらっしゃい?」
そういって和田千代子は、備附《そなえつけ》の小型蓄音機へ蝋管を掛けた。――すると、ポオル社長の柔らかい英語が、極めてはっきりと、適度の速さで聞えて来る。千代子はそれを聞きながらトントンとタイプライターに叩いた。
「すてきだわ!」
「ね、便利でしょう? 社長室へ行ったら見ていらっしゃい、あの大テーブルの脇に小さなラッパが出ているわ、それが自動式の蝋管吹込器なのよ」
「お昼休《ひるやすみ》の時行って見て来よう、和田さん一緒に来て説明して頂戴ね」
「ほほほほ、なあに[#「なあに」に傍点]嬢さんに捉まったらお昼休も何も目茶目茶だわね。でも……貴女《あなた》はどんな事にも注意を忘れないから感心よ。もし学問で身を立てる事が出来たら、きっと御国のために役立つ立派な学者になれると思うわ」
そういって微笑したが、千代子の何気なくいったこの言葉がそのまま、それから間もなく本当に実現したのである。――百代の優れた注意力は、学者にはならずとも立派に御国のために役立つ時が来たのだ。
「はい控《ひかえ》願います」
タイプを済ませると、千代子はいま打った手紙を日本文に訳して、百代の方へ渡した。注文書の分類保管が彼女の仕事である。
「あら、また胡椒の注文ね」
百代は受取《うけと》って帳簿をあけながら、
「先月から胡椒ばかり買うのね、九州から大阪、名古屋と買って、今度は北海道じゃないの、日本中の胡椒をみんな買占《かいし》めるつもりなのかしら」
「貴女《あなた》はまたよく覚えているのねえ」
「だってこんなに買えば誰だって忘れやしないわ。一体どうするのかしらこれ?」
「そらまた始った」
和田千代子はくすっ[#「くすっ」に傍点]と笑って、
「お昼の時間に蝋管吹込器の説明をしてあげますからね、胡椒の方はまたこの次にして頂戴、わかって?」
「はい畏まりました」
ペンを取ったが、
「――でも変ねえ、今年は世界中胡椒が不作だとでもいうのかしら」
如何《いか》にも不審そうに呟《つぶや》くのだった。
[#3字下げ]夜学生[#「夜学生」は中見出し]
商館の退《ひ》けるのは午後四時である。百代は退け時間が来ると誰にもかまわずこつこつと帰って行く、百代は兄と二人で神田のアパートメン卜・ハウスに住んでいる、――兄の申吾《しんご》も昼間は科学工場の試験課に勤めているが、夜は物理工学の専門学校へ通うので、早く帰って夕食の支度をするのが百代の毎日の受持だった。
申吾の帰ったのは五時を過ぎていた。
「お帰んなさい、今日は遅いのね」
「僕の課からまた一人出征したんだ、これから仕事が今|迄《まで》の倍になるよ」
「じゃあ学校へ行くの大変ね」
「馬鹿な、出征する事を思えば、どんなに忙しくったって高が知れているさ、――少し遅いからすぐ御飯にしてくれよ、今夜のおかず[#「おかず」に傍点]何だい?」
「今朝お約束した物よ!」
「|揚げ馬鈴薯《ポテト・フライ》か、そいつは万歳だ」
子供のようこ喜ぶ兄と、向かい合って坐る貧しい食卓、百代は給仕をしながら、元気に今日一日の事を話していたが、ふと思い出したように上衣《うわぎ》のポケットから一枚の紙片《かみきれ》を取出して、
「お兄さん、これなあに[#「なあに」に傍点]?」
「またおはこ[#「おはこ」に傍点]のなあに[#「なあに」に傍点]か、――どれ」
箸を持ったまま受取って見ると、何やら英語で、化学式が書いてある。
「なんだいこれは、何か薬品の化学式じゃないか、どうしたんだ」
「それ何の薬品だか分からない?」
「必要なら検《しら》べてやろうか」
「お願いするわ、少し気になる事があるんだから、――誰にも知れないようにしてね」
「密偵みたいな事をいうなよ」
申吾は紙片《かみきれ》をしまって、
「あ、もう五時二十分だ、大変大変」
と急いで残りの御飯を掻込《かきこ》んだ。
それから三日目の晩だった。十時半頃夜学から帰って来た申吾は、もう床に入っていた百代の枕許へ、――書物鞄《バッグ》を置くのももどかしそうに坐って、
「百ちゃん、ちょっとお起きよ」
といった、顔つきがいつもと違っている。
「どうしたの、何かあったの?」
「この間の化学式を書いた紙ね、あれどこから持って来たんだい、どうしてまた僕に検べて貰う気になったのか話してごらん」
「あれ分かったの?」
百代は思わずむっくり起上《おきあが》った。
「何だったのあれ※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
「それより先に訳を話してごらん」
「何だか……笑われそうだなあ、でもいいわ、みんな話すわね。実はこうなのよお兄さま、あたしの会社でこの夏からこっちずっと胡椒を買うの、それがちょっとやそっとじゃないのよ」
「胡椒? ――胡椒……?」
「九州の方から北海道まで、とても沢山《たくさん》、まるで日本中の胡椒を総浚《そうざら》いにするかと思うほど買っているの、他の物と違ってお薬味にしか使わない胡椒でしょう、あたし何だかそこには隠れた意味があるのじゃないかって考えたのよ。――あたしが胡椒を嫌いなせいかも知れないわね」
百代はちょっと笑って続けた。
「それが何だか気懸りになっていた時、社長のポオルさんのお部屋で、あの妙な化学式の紙を拾ったのよ、あれは書損《かきそん》じらしくって、テーブルの上にはもっと精しく書いたのが置いてあったわ、それであたしいつもの癖が出てつい[#「つい」に傍点]何だか知りたくなったものだから」
「分かった、よく分かったよ」
申吾は妹の言葉を遮ったが、口の内で――胡椒、……胡椒、と二三度呟いたと思うと、急に膝を乗出《のりだ》して、
「百ちゃん、君に頼《たのみ》があるんだ」
「なあに改《あらたま》って」
「いま君の話したもう一枚の方ね、精しく書いてあるという方、――なんとかしてそれを手に入れてくれないか」
「だって、どうするのウ」
「どうしてもいい、持出《もちだ》す事が出来なかったら写しだけでも取って貰いたいんだ。精しい事は後で話すが、殊《こと》によるとある重大な事件が隠れているか知れないんだ、頼むから一働きしてくれないか」
兄の様子がただ事でないのを見て、百代も急に顔をひきしめながら、
「いいわ、出来るかどうか分からないけど、失敗を覚悟でやってみるわ」
「有難《ありがと》う、或《あるい》は僕の考え過しかも知れない、然《しか》しそうでないとすると大変なんだ、よく注意してなるべく気づかれないようにね」
「――うん」
百代は兄の眼を見ながら力強く頷いた。
さて引受《ひきう》はしたものの、人眼の多い事務室の中で、殊に出入《でいり》の厳重な社長室から、どうしてあの紙片《かみきれ》を取出《とりだ》したらよいか、――それが何か重大な事件と関係がありそうなだけに、百代は先《ま》ず足の震えるような気後《きおくれ》を感ずるのだった。
[#3字下げ]夜の冒険[#「夜の冒険」は中見出し]
丁度《ちょうど》それから五日目、金曜日の退け時間だった。昼の内は駄目だという事がわかった百代は、皆が退けた後し化化ようと思ったので、人々が退社の支度で混雑している隙に、――すっと旨く書類戸棚の中へ忍込んだ。
五分、十分、外人経営の会社はどこでも、始業終業ともに時間が正確である、四時を打って十分もすると、事務室の中はひっそりと鎮まってしまった。然し社長だけは退け後も残務を執《と》るのが例だ、――その日も五時近くまで、電話を掛ける声や、がたがたと椅子《いす》の音をさせていたが、やがて社長室から出たと思うと、戸棚の隙から洩れていた電灯が消え、外から事務室の扉《ドア》へ鍵を掛ける音がして、全く森閑と鎮まってしまった。
窮屈な戸棚の中で一時間以上も中腰になっていた百代は、両脚がすっかり痺《しび》れて、ぎしぎしと鳴るほど腰の骨が痛んでいた。
――もう大丈夫。
と思ったが、念のため更《さら》に十分ほど待ってからそっと書類戸棚を出た。
電灯は消えていたが、幸いすばらしい月夜で、すっかり暮れたビル街の向こうの屋根の上から、窓の硝子《ガラス》越しに明るい光をさんさんと投げている。百代は裂けそうに波打つ胸を抑えながら、社長室の扉《ドア》を明《あ》けた。――いつもは鍵を掛ける筈《はず》の扉《ドア》が、訳なく明いたのも幸運であろう、素早く入って後を閉めると、あとは夢中で大テーブルの側へ走り寄り、射込《さしこ》んで来る月光を頼りに、テーブルの上の書類を捜し始めた。
然し見当らなかった、テーブルの上は勿論、鍵の明いている抽出《ひきだし》は全部底までひっくり返してみたが、あの化学式を書いた紙片《かみきれ》はどこにもないのだ。
「金庫の中へしまったのかしら」
と捜し疲れて呟いた時である、――かちり[#「かちり」に傍点]と事務室の扉《ドア》の鍵を明ける音がして、電灯が一時にぱっと点いた。
――社長が引返して来た。
百代は水を浴びたように立竦《たちすく》んだ。社長室の扉《ドア》に鍵が掛っていなかったのは、すぐ戻って来るためだったのだ。
――みつかったら大変だわ。
そう思ったが外へ出る方法はない、足音はずんずん近寄って来る、切羽詰って百代は、いきなり大テーブルの下へもぐり込んだ。――殆《ほとん》ど同時に扉《ドア》が明いて、社長のポオル・レノックスが一人の痩せた小柄の男と共に入って来た。二人はフランス語で何か話しながら、大テーブルを挟んで椅子に掛けたが、その時ポオル社長の靴の先が、百代の膝頭へこつんと当った。
――あっ!
百代はみつかったかと、息の止るほど驚いたが、相手は話に気を取られているためか、そのまま靴を引込めて話し続けている。
時間過ぎの事務室、しかも夜になってからの社長室で、二人は何を話しているのだろう。普通の商談なら何もこんな時間と場所を選ぶ筈はない、是《これ》はきっと秘密を要する事なのだ、きっとそうに違いない。――そう思ったけれど、残念ながら百代にはフランス語はわからなかった。
――半分でもあの言葉の意味がわかったら。
と口惜《くや》しそうに歯噛《はがみ》をしたが、そのうち天の教《おしえ》とでもいおうか、ふとすばらしい名案を思いついた。それは先日教えられたばかりの「蝋管吹込器」の事である、その器械は大テーブルの脇に取りつけてあって、丁度ポオル社長と客との中間にラッパが出ている。旨くスイッチを入れさえすれば二人の話はそっくり蝋管に記録されることが出来るのだ。
――そうだ、その他に手段はない。
頷いた百代は、静かに、息を詰めながら体を捻《ねじ》ると、蝸牛《かたつむり》のような忍耐強さで少しずつ少しずつ膝をずらして行った。
大テーブルの下といっても少女一人が隠れるには広くはない。しかもつい鼻の先には社長の肥った脚が動いているのだ、ほんの一|糎《センチ》動き損っても万事|終《おわり》である。百代の体はびっしょり冷汗に包まれた、――すっかり向《むき》を変えたところで、今度はテーブルの脇にあるスイッチを入れるのだが、これこそ千番に一番の冒険である。百代は逸《はや》る呼吸を鎮めて、まず指先をテーブルの横へぴったりつけ、それから二人の話声《はなしごえ》の緩急を計りながら静かに指を上へ向けて這わせて行った。全身の血管は今にも破裂しそうに脈|搏《う》っている、ともすると膝頭はがくがくと震えそうになる。
――神様、神様。
思わず胸に念じた時、指先は吹込器のスイッチに届いた。百代は夢中でそれを押した、そして微《かす》かな微かな廻転音が聞えて来た時には、危くそのまま気絶しそうな安堵と喜びに襲われた。
これは五分に足らぬ時間のあいだに行われた事であるが、百代には一日の長さほどにも思われた。それから後はただ器械の音が二人に気づかれないようにと祈るだけだった。彼等は更に十分余りも話し続けたが、幸い廻転音を聞きつけた様子もなく、何やら契約書のような物を取交した後、固く握手をし合って椅子から立上った。――そして社長の愉快そうな笑声《わらいごえ》が、客と一緒に事務室の方へ出て行き、やがて廊下の彼方《かなた》へと全く足音が聞えなくなった時、百代は張詰《はりつ》めていた気が一時に緩んで、思わずふらふらと倒れてしまった。
[#3字下げ][#中見出し]拳銃《ピストル》[#中見出し終わり]
だが百代はすぐに起上った。――電灯をつけたまま行ったのだから、客を送ってすぐ戻って来るに相違ない。
――早くここを脱出《ぬけだ》さなければ。
と勇を鼓してテーブルの下から出る。蝋管吹込器の蓋を明けようとした時、ふと見やったテーブルの上に、さっきまで捜していた紙片《かみきれ》が、――あの化学式を書いた紙片が置いてあるでまないか。
「今の客と話していた用件はこれだわ」
歓喜に胸を躍らせながら、素早く紙片《かみきれ》を掴んでポケットへ押込《おしこ》む、その刹那だった。不意に、扉《ドア》の明く音がしたと思うと、
「――何ヲシテ居ルカ!」
という喚声が聞えた。
「あっ!」
愕然と振返る、眼の前に、社長の秘書でコリガンという、矢張《やは》りカナダ人の大きな男が突立《つった》っている。しかも右手には無気味な消音器《サイレンサー》を着けた拳銃《ピストル》が光っていた。――百代は我を忘れて窓の方へ走り寄ろうとするとたんに、後で、
ピュン!
という低い銃声がして、百代の頬を掠《かす》めた弾丸《たま》がぴしっ! と壁へ突刺さった。
ピュン! ピュン※[#感嘆符二つ、1-8-75]
二発、三発。百代は思わず足が竦んで、くたくたとそこへ崩折《くずお》れてしまった。如何《いか》に気丈でもまだ十六の少女である。しかも消音器《サイレンサー》の着いた拳銃《ピストル》の無気味な響《ひびき》には、全く身動《みうごき》のならぬ圧《おさ》えつけるような力があったのだ。
「君ハ秘書課ノ相良百代ダネ、今日マデ可愛イ顔デゴマカシテキタノニ、トウトウ正体ヲ現シタナ。――間諜《スパイ》ダッタノカ※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
「いえ、あたくし、そんな」
「今更隠シテモ駄目ダ、社長ガ俺ニ夜勤ヲ命ジタ訳ガコレデワカッタヨ。君ハ気ヅカナカッタロウガ、俺ハ誰ニモ知レナイヨウニ、毎晩|此室《ココ》デ夜番ヲシテイタノダ」
「でもあたくし本当に、あの」
「弁解ハ沢山ダ、間諜《スパイ》ヲスルクライナラ、ソノ結果ガドウナルカクライ承知ノウエダロウ。コレカラタップリオ礼ヲシテヤルカラ待ッテイルガヨイ。――下手ニ動クト射殺《ウチコロ》スゾ」
にやっと冷笑したコリガンは、身を翻して事務室へ出ると、外から扉《ドア》へ鍵を掛けて何処《どこ》かへ出て行った。――もう駄目だ、恐らく彼等は自分をここから誘拐するだろう、そうすれば折角《せっかく》の苦心も水の泡である。たとえ自分の身はどうなっても、掴んだ秘密だけは兄の手に渡したい。……百代はがば[#「がば」に傍点]とはね起きるや、蝋管吹込器の蓋を明けて見た、幸運である! さっきの会話のあとが少し残っていた。百代はスイッチを入れるとラッパへ口を寄せて、
「お兄さま、百代は力限りやりました。ポオル社長には確かに秘密があります、どうかこの蝋管の話をよく調べて下さい。そして早く秘密を暴露してやって下さい、――百代はここから誘拐されますがどんな事があっても見苦しい真似は致しません。日本の少女として立派に自分の処置はつけますから、安心してポオル社長の方を片附けて下さい。お兄さまの成功と……御幸福を祈ります」
これが兄への最後の言葉になるかも知れぬ、そう思うと胸が迫って、嗚咽《おえつ》を我慢することが出来なかった。――それからすぐに蝋管を外すと、中の空洞へ化学式の紙切《かみきれ》を押込み、テーブルの上にあった大型封筒の中へ入れて、表へ兄の会社の宛名を書くと、その脇へ赤インクで大きく、
[#3字下げ]これを宛名の所へ至急お届け下さい、お礼は五円差上げます。
と走り書にした。そして西側の窓へ走り寄って手早く硝子《ガラス》戸を明けると、建物と建物のあいだの細い通路へ落した。――それを拾う者があれば、たとえ中を明けて見ても唯《ただ》の蝋菅である、そんな物より五円の礼金を貰う方がいいに定《きま》っている。
「大丈夫お兄さまへ届くわ」
と吐息をつきながら、窓を閉めて振返った時、扉《ドア》を明けてコリガンが社長のポオル・レノックスと共に入って来た。
「コノ小娘カ?」
日頃は愉快な老人だったが、今見るレノックスはまるで人相が変っていた。鷲のような鋭い眼を光らせながら、大股に近寄って来たと思うと、
「コンナチビノ分際デ、我輩ヲスパイシヨウトハ大胆不敵ナ奴ダ」
「生カシテ置イテハ危イデスゼ」
「言ウマデモナイ、シカシココデ殺《ヤ》ル訳ニモ行クマイ。――例ノ手デ送出《オクリダ》シテ置ケ、ソシテ『人殺シジャック[#「ジャック」に傍点]』ニ片附ケサセロ」
「承知シマシタ」
英語で話すのだが大体は分かる、百代はもう観念の眼《まなこ》を閉じていた。
[#3字下げ]申吾の活躍[#「申吾の活躍」は中見出し]
「相良さん、誰か貴方《あなた》を訪ねて来ましたよ」
給仕にそう呼ばれて申吾ははっ[#「はっ」に傍点]と振返った。――百代は昨夜遂に帰って来なかった。十六の妹には無理な頼だと知っていただけに、殆ど心配で眠れずに会社へ来たところだ。
「受附に待っていますよ」
「有難う」
足も宙に走って行くと、待っていたのは妹ではなくて、一見|屑拾《くずひろい》と思える汚い老人であった。
「相良は僕ですが、何か用ですか」
「お早うございます」
老人はおどおどおじぎしながら、嵩張《かさば》った大型封筒を持っている右手を差出《さしだ》して、
「実は今朝早くに、丸ノ内東通の裏んところで、こんな物を拾ったのでがす。なんだか表に此方《こちら》様の宛名が書いてあるんで、悪戯《いたずら》かも知れねえとは思いましたがお届けに上ったような訳でがす」
「どれ見せてくれ給え」
受取ってみると、正に妹の筆蹟である。――申吾はいきなり老人の手を握って、
「有難う、有難う、よく届けてくれました、悪戯《いたずら》どころか大変大切な品物です」
「そりゃあようがした、お役に立って俺《わし》も嬉しゅうがす。――ところで、そのう、……何か他に書いてあったように思いますがのう」
「ああお礼の事ですね、無論差上げます、いますぐ持たせてよこしますからちょっと待っていて下さい」
申吾は会計部へ走って行って五円借り、それを給仕に持たせてやると、自分は事務室へ入って封筒を破いた。――中から出て来たのは蓋音蝋管である。
「――何だろう、これは」
呟きながら空洞を覗いて見ると中に紙片《かみきれ》が押込んである、引出してひろげると、それこそ妹に頼んだ例の化学式の紙片《かみきれ》だった。
「やったな百代! これを手に入れたが自分が出られないので、こうして僕に届けてよこしたに違いない。――五円という礼金を書いたところなど中々頭がいいぞ」
思わず笑って蝋管の方は捨てた。ああ、申吾はその蝋管の重大さに気づかないのであろうか? ――彼はそのまま机に向かって抽出《ひきだし》の中から雑記帳を取出し、先日から検べていた自分の化学式と照らし合わしていたが、やがて膝を打って、
「しめた、矢張り思った通りだ。これでポオル・レノックスの首の根を押さえてやれるぞ」
と両方を一緒に掴んで立上る、とたんに靴の先へかちんと当った物があった、見るといま捨てた蝋管である。――そのまま行こうとしたが、申吾はふと額へ皺を寄せて立止った。
「待てよ、この紙片《かみきれ》を届けるだけなら、何もこんな嵩張《かさば》った物へ入れる必要はない筈だ。――殊によるとこの蝋管にも何か意味があるのかも知れないぞ」
後になってこの時の事を話す度《たび》に、――あの時|若《も》し靴の先へ蝋管が当らなかったらと思うと、ぞっとして冷汗が出ると申吾はいうが、実際それは危い一瞬だったのである。
申吾はこの事務所でも同じ器械のある事を思い出してすぐに社長室へ駈けつけた。社長はまだ出勤していない、これ幸いとタイピストの席へ行って掛けてくれるように頼んだ。
「貴方《あなた》の歌でも吹込んであるんですの?」
「そんな暢気《のんき》な物じゃないんだ、早く掛けてくれ給え」
「馬鹿に急ぐのね」
若いタイピストは焦《じ》らすように、微笑しながらわざとゆっくり器械のスイッチを入れた。――申吾は身を乗出すように耳を澄ましている、蝋菅からはすぐ早口の会話が聞え始めた。
「あら、フランス語ね」
「黙って、――」
申吾は急にタイピストの持っていた鉛筆をひったくると、テーブルの上へ紙をひろげて、会話の要点を次々と書き始めた。――次第に彼の顔は引しまって来る、紙の上には左のような字が走り書に記されて行った。
[#ここから1字下げ、折り返して3字下げ]
一、フランス美術展覧会はアメリカへ廻る。
一、荷送人はコクトオ商会。
一、絵の荷造は嵩張るからね、それに貴重品扱いだから間違はないよ。
一、倉庫の工合はどうだ。
一、万事O・Kさ、神戸の五番は便利に出来ている。税関でも重要美術品は大切にしてくれるからな。
一、船は明後日《あさって》の朝だね。
一、積込《つみこみ》が終ったら五万|磅《ポンド》の小切手を切ろう、これが済んだら儂《わし》も日本を引揚げるよ。
[#ここで字下げ終わり]
それから嫌は雑用の話になって、会話していた二人の声は遠退《とおの》いた。――申吾はよし! とばかり鉛筆を抛《ほう》り出して立上ったが、その時、蝋管から急に鮮やかな日本語が聞え始めた。しかもそれは百代の声である。ぎょっとして立竦む申吾の耳へ、「お兄さま、百代は力限りやりました」
というあの覚悟の言葉が響いて来た、言々句々が肺腑を抉《えぐ》るようだった。
「――百代はここから誘拐されますが、どんな事があっても見苦しい真似は致しません。日本の少女として立派に自分の処置をつけますから、安心してポオル社長の方を片附けて下さいお兄さまの成功と……御幸福を祈ります」
語尾は哀れ嗚咽にふるえていた。さすがに耐えかねて、申吾も腕で顔を蔽《おお》いながら、
「よくいった百ちゃん、おまえは御国のために立派な働きをしたのだぞ、死んではいけない、最後まで頑張っているんだ、兄さんが助けに行くぞ、きっと助けてみせるぞ。――頑張れ頑張っているんだぞ百ちゃん」
そこにいる者にいう如く、蝋管へ向かって涙と共にいい捨てると、申吾は帽子をひっ掴んで事務所をとび出した。
[#3字下げ]神戸へ![#「神戸へ!」は中見出し]
百代の健気《けなげ》な言葉に対しても、今は妹の事に構っている時ではなかった。――申吾は真直《まっすぐ》に警視庁へ行くと、会社の関係で知合《しりあい》の高野刑事部長を呼出《よびだ》して、
「すぐ僕と一緒に神戸へ行って下さい」
と単刀直入にいった。
「何だね一体、ただそれだけじゃ訳がわからんよ」
「訳はあとで話します、重要軍機に関する大事件が起ってるんです。先に話しても信用なさらんでしょうから、事実を押さえてから説明しますよ、早くしないと手遅《ておくれ》になります」
「――たしかなのかいそれは」
「僕の首を賭けます」
高野部長は頷いて立った。
午前九時東京駅発の神戸行特急「つばめ号」は、折から降りだした雪を衝《つ》いて、西へ西へと凄《すさま》じい勢《いきおい》で疾走した。――昨夜殆ど眠らなかった申吾は、この暇に疲労《つかれ》を治して置こうと、列車へ乗るなり横になったが、そのままぐっすり眠ったとみえ、眼が覚めると既に名古屋へ来ていた。それから部長の買って置いてくれた弁当を食べて再び横になると、今度は神戸へ着くまで眠ってしまった。
「さあ神戸へ来たが、これからどうする」
とっぷり暮れた雪の神戸駅へ下りると、そういう高野部長を引摺るようにして、
「税関です、税関です」
と駅を出た。
駅前で車を拾って、雪の中を驀地《まっしぐら》に波止場へ向かう。五番の倉庫と命じて、海岸通にあるその建物の前で車を下りた。
――倉庫は荷役でもあるか明々《あかあか》と電灯を点けて、雪の中を人影が右往左往している。申吾は振返って、
「すみませんが警察部へ電話を掛けて、私服刑事を十人ばかり呼んで下さいませんか」
「大丈夫かい、そんな事をして」
「大事を取るに越した事はありません、責任は僕が負いますよ」
部長は頷いて電話を掛けに去った。――申吾は大股に倉庫の番所へ進み寄って、
「コクトオ商会の者だが、アメリカ向けの美術品の荷物は積込の支度が出来ているかね。出来ていたら見たいのだが」
「へえ、すっかり出来てます」
番所にいた事務員は顔もあげずに、
「すみませんが中へ入って御覧下さい、ちょっといま手放せない用がありますから」
「どこだね」
「西側の隅にあります。箱に刷込《すりこみ》の印がついてますからすぐ分かりますよ」
申吾は頷いて倉庫の中へ入った。――荷役の終った後らしく、中は殆どがらんとして、隅の方に一山だけ、大きな箱を積上げたのがすぐみつかった。近寄って見ると、箱の横に英語で、
[#ここから2字下げ]
サンフランシスコ行
フランス美術展覧会 重要美術品
荷受人ワアナア・レノックス
積出人コクトオ商会。
[#ここで字下げ終わり]
と刷込の文字が見える。荷受人の名が欧米商会のポオル社長と同姓だ。――愈々《いよいよ》これに相違ない、申吾が会心の笑を洩らしているところへ高野部長が戻って来た。
「電話を掛けたよ、すぐ来るそうだ」
「すみませんでした、然しお礼には十分のお手柄を進呈しますよ」
「ところで問題の事件は?」
「この荷物です」
といわれて見やった部長は、
「なんだい、これは先週まで上野の美術館でやっていた、有名なフランス美術展覧会の絵や彫刻じゃないか。この次にアメリカで展覧会を催すという話を聞いたが、これがどうしたというんだ」
「どうしたかはいま御覧に入れますよ」
そういって申吾が一歩出た時、倉庫の入口にがやがやと人声がして、三人の外国人が大きなトランクを重そうに運び込んで来た。――申吾と高野部長が思わず振返ると、三人はトランクを美術品の山の側へ下しながら、
「コクトオ[#「コクトオ」に傍点]商会ノ者ダトイッテ来タノハアナタ方デスカ?」
と訊いた。申吾は平然と頭を振って、
「いやそれは違います、コクトオ商会の扱った美術品を取調べのために来たと言ったのです、番人が聞違えたのでしょう」
「美術品ヲ取調ベル?」
白髪頭の老外人が凄じい勢で喚いた。
「税関ノ認可モ済ンデイル物ヲ、何ノ理由ガ有ッテ調ベルノデスカ、余リ乱暴ナ事ヲスルト領事ニ訴エマスゾ」
「訴えたらいいでしょう、本当にこれがフランスの重要美術品だったらお笑草だ」
「ナニ、ナニヲイイマスカ!」
「分からなければ教えてやろう、そら※[#感嘆符二つ、1-8-75]」
[#3字下げ]凱旋の曲[#「凱旋の曲」は中見出し]
そういうと同時に、申吾は隠し持ったヤットコを逆手に、美術品と書いた箱の一つへのし掛るや、見る見る帯金を剥ぐ。
「乱暴だ相良君、待ち給え」
さすがの高野部長が驚いて止めようとする暇もなく、ばりばりと箱板を押剥がした、目にも止らぬ早業《はやわざ》である。――とたんに中からごろごろと転げ出たのは、絵でもなく彫刻でもない、一|封《ポンド》ほどの布包《ぬのづつみ》にした無数の粉袋であった。
「あ、これは……※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
と仰天する高野部長の前へ、申吾は袋の一つを拾って口紐を切り、
「御覧なさい、みんな胡椒です」
と差出した。なるほど美術品どころか、袋の中にはぎっしり胡椒の粉が詰っている。――と、茫然と見ていた三人の外人は、事の露見を察したものか、突然大声に、.
「手ヲ挙ゲロ、動クナ」
と叫んだ。はっ[#「はっ」に傍点]として見ると、三人とも拳銃《ピストル》を突きつけている。先手を打たれた。――申吾は温和《おとな》しく両手を挙げる……と見せて突然、
「――やっ!」
といいさま右手に持っていた胡椒の袋を叩きつけた。ぱっと飛ぶ胡椒の煙、絶好の機転である、不意をうたれた三人は、思わず知らずこいつを眼と口と鼻へ十分に叩き込まれたから、
「ウアープウッ」
とたじろぐ、もう駄目だと思ったか、手にした消音|拳銃《ピストル》を盲撃ちに討ち始めた。――申吾は素早く箱の陰へ隠れながら、
「危い、高野さんこっちへ」
と部長を招いて、更に隙も与えず胡椒の袋を、三人めがけて次々と投げつけた。――三人は眼が明けないので逃げる事も出来ず、気違のように拳銃《ピストル》を乱射していたが、遂にはそれも投出《なげだ》して、苦しそうに身悶《みもだえ》をしながら、
「ハア、ハアーックション」
「クッシャン、ハアーックシャン」
と猛烈な嚏《くしゃみ》に襲われてしまった。――しめたとばかりとび出す高野部長、申吾も立とうとしたが、その時すぐ近くで、
「お兄さあん、お兄さあん」
と微かに呼ぶ声がするのに気づいた。しかもそれはたしかに妹の声である――不思議だな、と思って見廻した申吾は、足許に転げている大トランクをみつけた。今しがた三人で運び込んで来たやつである。
「これだ、――」
呻《うめ》くようにいうと、ヤットコを取直して夢中で金具をこじ剥がす、蓋を明けると、中にぐったり横たわっていたのは正に百代。
「おお百代、百代、無事だったか」
狂気して抱上《だきあ》げる手へ、
「お兄さまーッ」
と百代も夢中でしがみついた。ただ涙、百千の言葉にも勝る涙、涙で二人は互の胸を絞るように濡らした。
向こうでは丁度駈けつけて来た私服刑事たちが、高野部長の指図に依《よ》って三人の怪外人に手錠をかけたところであった。――高野部長は大変な御機嫌である。
「わはははは、愉快だ、こんな愉快な捕物《とりもの》は初めてだ、実に当意即妙だぞ。なにしろ胡椒|攻《ぜめ》の嚔《くしゃみ》戦などとは振ってる。全く、ま、ま、ハアックション」
「はははは部長もやられましたな、こいつは愉快だ、実に愉――ゆ、ハアックション、ハアックション」
「わはははこいっは堪《たま》らん、ハックション」
「クッシャン、ハア、ハア――」
「クッショイ、ハックショイ」
もうもうと立ち罩《こ》める胡椒の煙、そいつを吸うから堪らない、敵も味方も色とりどりに、五番倉庫は暫《しば》し嚏《くしゃみ》の展覧会という有様であった。
「あの胡椒は毒|瓦斯《ガス》の原料でした」
その夜の上り急行列車の中で、妹と高野部長を前に申吾が説明していた。
「妹が拾って来た化学式を学校で検べてみましたら、現在あらゆる国の軍部が秘密に研究している『類ホスゲン瓦期《ガス》』の最も強烈なものなんです。その合成分の重要な中心になっているのは胡椒の分子式で、しかも日本産の胡椒だけに重要成分のある事がわかったのです」
「ふうむ、そいつは重大な問題だ」
「僕は自分の検べただけで見当はついたのですが、念には念を入れよと思って、妹に精しい化学式を手に入れてくれと頼んだのです。そのため妹は危く海外へ運び出されて殺されるところでしたが、然し虎穴に入って立派に虎児を掴みました。――若し妹が二人の会話を蝋管で記録するという、思い切った冒険をしてくれなかったら、五万|磅《ポンド》の胡椒はむざむざ外国へ流出したうえ、逆に日本軍を脅かす猛毒ホスゲン瓦斯《ガス》になっていたでしょう。お蔭でこっちは毒|瓦斯《ガス》の合成式もわかり、日本産独特の胡椒の特質もわかって一石三鳥の大収獲でしたよ」
「有難う、君たち兄妹《きょうだい》のお蔭で、実に意外な大事件を拾ったよ、総監が聞かれたらきっと眼を剥かれるに違いない、――だが相良君、僕が嚏《くしゃみ》をした醜態は内証だぜ」
「あはははははあれは全く秀逸でした」
「ほほほほほ」
百代までが声をあげて笑った。――スチームの暖かい車室の中は平和だ、走り過ぎる窓の外は、三人の凱旋を祝うように、白い雪が霏々《ひひ》と降りしきっている。
倉庫で捕まったのはポオル社長と秘書のコリガン、それに国際密輸団の有力な頭株の一人だった。フランス美術品とすり換えて、海外へ送り出そうとした奸策も、相良|兄妹《きょうだい》の活躍で見事に失敗し、一味は間もなく国外へ追放された。百代はその後兄の会社へ移り、矢張り「相良のなあに[#「なあに」に傍点]嬢さん」と呼ばれて人気者になっている。
底本:「山本周五郎探偵小説全集 第五巻 スパイ小説」作品社
2008(平成20)年2月15日第1刷発行
底本の親本:「少女倶楽部」
1938(昭和13)年3月
初出:「少年少女譚海」
1938(昭和13)年3月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ