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  • 平安喜遊集03もののけ

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平安喜遊集03もののけ

最終更新:2019年11月01日 06:18

harukaze_lab

- view
管理者のみ編集可
平安喜遊集
もののけ
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)因幡《いなば》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|揖《ゆう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JISX0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「竹かんむり/祿」、第3水準1-89-76]
-------------------------------------------------------

[#6字下げ]一[#「一」は中見出し]

 因幡《いなば》ノくに法美《ほうみ》ノ郡の郡司《ぐんじ》、粟田ノ安形《やすかた》はこの三日というもの食がすすまなかった。朝餉《あさげ》は焼いた干魚を一尾に、乾した猪《いのしし》の肉、汁を三椀に、めしを五杯、食後に乾酪《かんらく》三片。夕餉には汁が三椀に焼いた鮮魚を二尾、乾した鹿の肉をもどして焙《あぶ》ったもの五片、芋入りのめし六杯にむぎなわ[#「むぎなわ」に傍点]を三杯、食後の乾酪が五片で、ほかには間食として無花果《いちじく》を十五と、胡桃《くるみ》を三十、焙った芋などという程度であった。
「なさけない」と安形はげっぷうをしながら嘆いた、「こんなことでこの躯《からだ》の健康を保つことができるだろうか、みろ、こんなに痩《や》せてしまったぞ」
 彼は脂肪でくくれたまるい大きな腹を、平手で叩きながら、またげっぷうをし、顔のあぶら汗を押しぬぐった。
「国司ノ庁から権介《ごんのすけ》どのがまいって、京の検非違使《けびいし》が人をつかわされたと聞いてからのことだ」と安形は息をついた、「どなたか高貴の方が流罪にでもなられるのか、それともこのおれの人材が認められて、都へ召されるのかと思ったが、そうではなかった、そんなまともなことではなく、つかみ[#「つかみ」に傍点]峠のもののけ[#「もののけ」に傍点]を退治に来られるとのことだ」
 彼は顔から頸《くび》、頸から胸と汗を拭き、自分のまるく固く大きく張りきった腹を眺め、そうして急に狼狽《ろうばい》して、両手で腹をたくしあげ、あちらこちらを撫《な》でまわしたうえ、ようやく指先で臍《へそ》をさぐり当てると、いかにも安心したように微笑し、深い溜息《ためいき》をつきながら首を振った。
「おどろいた」と安形は呟《つぶや》いた、「なくなっちまったかと思った」
 対屋《たいのや》のほうで酔った唄声と、踊りでもおどるらしく、拭縁《ぬぐいえん》を踏み鳴らす音が聞えた。
「あのとおりだ、お聞きのとおりまたやっていますよ、ええ」と安形は云った、「あれが京から来た検非違使の者たちです、矢筈《やはず》ノ景友という判官《ほうがん》をかしらに、三人の看督長《かどのおさ》、火長に兵十人という人数が、昨日まいって以来あのありさまです」
「この私はもと藤家の庄司であった」安形は続けた、「いまは国司の直轄で郡司になっているから、接待の費用はもちろん国税でまかなうことになる、私のはら[#「はら」に傍点]がいたむわけではない、この私は半銭の損をするわけでもないからどっちでもよろしい」彼はふと咳《せき》をし、頸のうしろを掻《か》きながら、ぶつぶつと呟いた、「そんなことは云うまでもない、貢米の中からおれのくすねる分が減るのはわかっている、どっちでもいいなどと云っているような場合ではないさ、おれにはこんなことになるだろうという予感があった、国司ノ庁からあの権介どのが知らせに来たとき、ふとそういう予感がして食欲がなくなったのだ、うん、しんていを云えばそのとおりさ」
 安形はとつぜん笑った、「へ、へ」と笑って手をこすり合せ、「そんなことを心配するな」と自分の心中の声に向って、一種のめくばせをした。
「なにしろ検非違使の一行を接待するんだからな」と彼は云った、「百姓や漁夫どもを威《おど》すにはいい口実じゃないか、これで今年の秋は思うさましぼりあげてくれる、例年の倍以上はくすねてみせるぞ」
「だが、それは個人の問題だ」安形はその肥えた顔に、義憤の表情をそっくりつくりだそうとつとめながら云った、「国家万民の立場から考えてみれば、こんなばかげた浪費はない、相手はたかがつかみ[#「つかみ」に傍点]峠のもののけ[#「もののけ」に傍点]、年に五人か十人の愚民どもをとり殺すだけで、ほかにこれというほどのわるさをするわけでもなし、うっちゃっておいてもべつに帝の御威光を損ずるなどということでもない、それにもかかわらず十五人という多勢で、京からはるばるとやって来て、あのとおり、――農民漁夫たちの血と汗をしぼりあげた税金で、昨日からぶっ続けにあの騒ぎだ、これでは民百姓があまりに可哀そうではないか」
 安形はそこで首を捻《ひね》った、「――そうだ、これは管轄ちがいでもある、これは検非の庁で扱う事件ではない、検非の庁には検非の庁の職掌がある、こんな因幡ノくにのもののけ[#「もののけ」に傍点]なんぞを退治するのは、国司の役目か、もし京から来るとすれば兵部省、……それとも兵衛府かなにか、そんなような役柄があった筈で、検非違使の管轄外であることは慥《たし》かだ、紛れもない、これはもののけ[#「もののけ」に傍点]退治という名目で、かれらは官費の遊山旅としゃれたのに相違ない、うん、要するに官界の風紀の紊乱《ぶんらん》、中央官吏どもの恥を知らぬ汚職沙汰だ」
「だいぶ御憤慨のようだが」と妻戸の向うで云う者があった、「はいってもいいかね」
 安形は眸子を凝らしてそちらを見た。するとそこに、検非違使の判官、矢筈ノ景友のくつろいだ姿を発見した。安形は奇妙な叫び声をあげ、自分の肥えた巨大な躯を自分で持ちあげ、信じられないほど敏速に敷物からすべりおりると、ひいひい声で召使を呼び、判官のために敷物を直させた。
「お呼び下さればまかり出ましたものを」と安形は低頭して云った、「暑中は午睡をとりますのが年来の癖になりまして、ついうとうとしておりました、なにか粗相がございましたら御勘弁を願いとうございます」
「坐ったまま午睡とは達人だな」景友はにこりともしなかった、「しかも寝言で、官界の風紀がどうとか云っていたようだが」
「いかなる高貴の方であられようとも」と安形は汗をたらしながら答えた、「寝言ばかりは自分でもどう致しようもないかと存じます」
 景友は歯を見せて、「おまえは田舎に置くには惜しい男だ」と云った。
「だがまあ、楽にしろ」と景友は衿《えり》を左右にひらいて、片手を振った、「おれはつかみ[#「つかみ」に傍点]峠のもののけ[#「もののけ」に傍点]を退治に来た、院の特旨でおれが選ばれたのだ、院とはどなたをさすかもちろん承知であろうな」
「それはむろん国司ノ庁の属官と致しまして、院がどなたであらせられるかぐらい存ぜぬことには」
 景友は手を振った、「もうよし、おまえの話しぶりを聞いていると舌長《したなが》ノ三位《さんみ》を思いだしていけない、――舌長ノ三位とはたれびとの渾名《あだな》か知っているか」
「それはもう国司ノ庁の属官である以上は」
「要談にかかろう」と景友が遮《さえぎ》った、「つかみ[#「つかみ」に傍点]峠のもののけ[#「もののけ」に傍点]について、詳しい仔細《しさい》を話してくれ、但し誇張や作り話はいけない、国司ノ庁の属官などにこだわらず、事実をあるがままに話すのだ、あるがままだぞ」
「あるがまま」と復唱し、ながれる汗を押しぬぐって、安形は自分自身に問いかけた、「この人は信じてくれるだろうかしらん」
「さあ始めてくれ」
「ええ、――まず峠の故事でございますが」と云いかけてから、安形は念を押すように改めて反問した、「あるがままにですな」
 景友は黙って待っていた。

[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]

 朝の強い日光のさしこむ対屋の廂《ひさし》で、景友は三人の看督長を前に坐っていた。一人は井汲《いくみ》ノ酒男《さかお》、次は斗米《とめ》ノ護《まもる》、三番目は単に「鉾《ほこ》」と呼ばれていた。姓名はあるのだろうが、検非ノ庁の「鉾」といえば、都の隅ずみまで知らぬ者はない、と自分で云っていた。――景友は三人を順に眺めやり、がっかりしたような、うんざりしたような表情で溜息をついた。
「こいつらを伴《つ》れて来たのは間違いだったかもしれない」と景友は呟いた、「しかしどうしようがあるか、伴れて来てしまった以上、ためすだけはためすよりしようがないじゃないか」
 そして彼は三人に呼びかけた。
「おれは昨夜、ここの郡司に詳しいことを聞いて来た、その仔細を話すからよく聞いておけ」と景友は云った、「――まずつかみ[#「つかみ」に傍点]峠というのは、ここから南へ五里ほどいった山中で、つづら折りの峠道の頂上にある、伝えるところによると神代の昔、あしはらしこの命とあめのひぼこの命が、その谷を自分のものにしようとして掴《つか》みあいの喧嘩《けんか》をした、そのために谷があっちへ曲りこっちへ曲りして、いまのようにつづら折りになったのだという」
「そのころは谷が軟らかだったのですな」と斗米ノ護が訊《き》いた、「というのは、つまり谷の地面のことですが」
「もののけ[#「もののけ」に傍点]はその峠の頂上に出る」と景友は続けた、「出はじめてから四五十年になるそうだが、正体はまったくわからない、幾十たびとなく腕自慢の者が退治にでかけた、遠国から噂《うわさ》を聞いてやつて来た武士もいる、しかし、二人以上そろってゆくともののけ[#「もののけ」に傍点]は出ないし、一人でゆけば必ずとり殺されてしまう」
「その」と鉾が訊いた、「そのときどっちが勝ったのですか」
「どっちが勝ったかって」景友は鉾に眼を向けた、「勝った者など一人もいはせぬ、みんなもののけ[#「もののけ」に傍点]にとり殺されてしまうのだ」
「掴みあいをしてですか」
「なんで掴みあいをするんだ」
「その」と鉾が云った、「あしはらのなんとかの命とあめのなんとかいう命と」
「そんな話はもう済んだ、きさまおれの云うことを聞いていなかったのか」
「うかがっていました」と鉾は云い返した、「うかがっていましたが、命と命がつかみあいをして谷がめちゃめちゃに曲った、というだけで、どっちの命が勝ったかということはまだうかがってはおらないのですが」
「そんなことは気にするな、そんなことはもののけ[#「もののけ」に傍点]とは関係がないんだ」
「しかし順序としましていちおう」
「さよう、順序として私も」と護も云った、「掴みあいをしたために谷がへし曲って、峠道がつづら折りになったという理由が知りたいと思います」
「検非違使の庁の官吏と致しましては」と井汲ノ酒男が云った、「どんな場合にも事件を正確にしらべ、まいない[#「まいない」に傍点]などに左右されることなく、理非曲直、是否善悪を明白にとり糺《ただ》すことが心得の第一となっておる筈です」
「黙れ、ちょっと黙れ」景友は低い声でそっと云った、「おちついてよく聞くんだ、いいか、われわれがここへ来たのは、つかみ[#「つかみ」に傍点]峠のもののけ[#「もののけ」に傍点]を退治するためだ、そうだろう」
 三人は頷《うなず》いた。
「したがって」と景友は続けた、「どっちの命が勝ったか負けたか、どうして谷がひん曲ったかなどということは考える必要はない、それはずっと昔も昔、神代のことだと伝えられるだけなんだから」
「それにしてもです」と鉾が云いかけた。
「だ、ま、れ」と景友が囁《ささや》き声で遮った、「きさまが一番手を勤めるんだ、そんなむだ口を叩く暇に、よく話を聞いておかぬととんだことになるぞ」
「私が」と鉾は唾をのんだ、「どうしてですか」
「鉾はまっ先に進むものだからだ」
「はあ、さようですか、判官どのはそういうお考えですか」と鉾は云った、「私ども三人、酒男と護とこの私は、少年のころからいっしょに育ち、生死とも三人いっしょと誓ったあいだがらです」
「そういうあいだがらです」と酒男と護が同時に云い、あとを護一人が云った、「弓矢八幡もきこしめし、しろしめしたまえ、われら三人は生死をともにすると誓った仲です」
「それを判官どのは」と鉾が続けようとした。
「やかましい」景友はがまんを切らして叫んだ、「やかましい、きさまたちがどんな誓いをしようが、もののけ[#「もののけ」に傍点]退治は一人でなければだめなんだ、二人でいっても出ては来ない、出て来ないものが退治できるか」
 三人は互いに顔を見合せた。
「もういちど云うからよく聞け」と景友は続けた、「もののけ[#「もののけ」に傍点]は一人でゆかなければ出て来ないし、一人でいった者は、どんなに勇猛を誇る者でもとり殺されてしまった、しかもふしぎなことには、喉《のど》のところに小さな傷があるだけで、躯は骨と皮ばかりになっている、血も肉もすっかりなくなって、骨へ皮が貼《は》りついたようなありさまとなり、人がようすをみにゆくと、ああたのしかった、――と云ってにっこり笑うそうだ」
 三人はまた顔を見交わした。
「かすかな細い声で」と景友はなお続けた、「ああたのしかった、この世に生れて来たかいがあった、そう云って息をひきとるということだ」
「怖がらないのですか」と酒男が訊いた。
「ちっとも」と景友が首を振った、「死顔も微笑を湛《たた》えて、いかにも極楽往生というふうにみえるそうだ」
「それは本当のもののけ[#「もののけ」に傍点]だ」と護が二人の友に云った、「こんな味気ない、くそ面白くもない世の中に、生れて来たかい[#「かい」に傍点]があったなどと云わせるのは尋常ではない、それこそ嘘いつわりのないもののけ[#「もののけ」に傍点]だぞ」
「こうなると勇気りんりんだな」と鉾が腕をさすった、「しかし鉾という渾名のために、おれが一番手を勤めるという不公平は避けなければなるまい、ほん物のもののけ[#「もののけ」に傍点]となれば、討取った者の名誉もひときわだからな、おれは渾名を利用して名誉を独占しようとは思わないぞ」
「おまえの謙遜《けんそん》なことはわかってる」と井汲ノ酒男が云った、「これまでもその奥ゆかしい謙遜さで、おれや護をよく泣かせてくれたものだ、が、このたびはわたくし事ではない、おまえが一番手として天下に名をあげるという、一世一代の機会を邪魔しようとは思わない、そうだろう護」
「いや待て」と鉾が云った、「おれは鉾ではなく本名があるのだから、友情としておれは」
「そんなことにこだわるな」と護が云った。
「くじ[#「くじ」に傍点]引きだ」と景友が絶叫した、「友情も謙遜もくそくらえ、くじ[#「くじ」に傍点]引きだ」

[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]

「こういうしだいで、このおれがいまこうして坂道を登っているわけだ」と斗米ノ護は独り言を云った、「世間ではあんな場合によくくじ[#「くじ」に傍点]引きで事をきめる、くじ[#「くじ」に傍点]引きがいちばん公平だと思っている、迷信だ、とんでもない迷信だ」
「なんですかねえ」と案内の男が振向いた、「なにか仰《おっ》しゃいましたですかねえ」
「仰しゃらない、気にするな」と護は片手を振った、「くじ[#「くじ」に傍点]はもっとも不公平なものだ、なぜと云え、くじ[#「くじ」に傍点]にはくじ[#「くじ」に傍点]運の強いやつとくじ[#「くじ」に傍点]運の弱い者がある、その証拠はこのおれと鉾だ、あいつはくじ[#「くじ」に傍点]となれば必ず勝つし、おれはくじ[#「くじ」に傍点]となれば必ず負ける、もしも木と石を水へ投げこんで、どっちが浮くかを賭《か》けるとしたらどうだ、石のほうへ賭ける者がいるだろうか、え、どうだ」
「さようですねえ」と案内の男が振返って、汗を拭きながら答えた、「この曲りが下七番ですからねえ、あと八番九番と曲れば、こぼれ[#「こぼれ」に傍点]坂にかかるという順ですよねえ」
「気にするな」と護は手を振り、ゆっくりと坂道を登りながら続けた、「――くじ[#「くじ」に傍点]引きが公平だなどというのは、その石に賭けるのと同様、まったく無条理でばかげたことだ、現の証拠、初めに指名された鉾が二番手にきまり、このおれが一番手としてこのとおり、このつづら折りの坂を登っているじゃないか」
「そう仰しゃりますな」と案内の男が振向きもせずに云った、「人間はさまざまなものでしてねえ、そんなふうなことならこの世にみれんはない、もののけ[#「もののけ」に傍点]にとり殺されるほうが安楽だなどと云ってねえ、わざわざつかみ[#「つかみ」に傍点]峠へ登ってゆく者さえありますからねえ」
「もののけ[#「もののけ」に傍点]」と云って、護はぎょっとしたように立停った、「忘れていた、そうだ、おれはもののけ[#「もののけ」に傍点]退治にゆくところだ、京からこの因幡ノくにまではるばる来て、くじ[#「くじ」に傍点]引きをして、いまこうしてこの坂道を登っているのは、ほかのことではない、つかみ[#「つかみ」に傍点]峠のもののけ[#「もののけ」に傍点]を退治するためだ、はあ、これはえらいことになった」
「そのとおりですよねえ」と案内の男は登り続けながら云った、「もののけ[#「もののけ」に傍点]と云っても、そんなにたのしくとり殺してくれるなら、生きていて苦患《くげん》をみるより、死ぬほうがましかもしれませんですよねえ」
「ふむ」と護は汗のたれ落ちるのも気づかずに考えこんだ、「――ふむ、ふむ」
 案内の者は大きな声で饒舌《しゃべ》りながら、ゆっくり坂道を登っていた。斗米ノ護はそのうしろ姿を見やって下唇を噛《か》み、無意識に顔の汗をぬぐった。
「もののけ[#「もののけ」に傍点]は一人でゆかなければ出ない」と護は呟いた、「ということは、一人でゆけば誰彼の差はないということだろう、だとあってみればなにもこのおれがゆかなければならない、という理由はないじゃないか、たとえば、向うへゆくあの案内の者はどうだ、あの男は年も四十を越している、多少うすのろのようにもみえるし、これ以上生きていなければならないというわけもあるまい」
 斗米ノ護の顔が明るくなった。
「おれはまだ二十三であり、検非違使で看督長まで出世した」と云って彼は自分の赤い狩衣《かりぎぬ》の袖を左右にひろげて見た、「これから大志《たいし》にも廷尉《ていい》にも、判官にも出世する望みがあるし、喰《た》べたいものでまだ喰べることのできない物が山ほどある、そうだ、廷尉判官にはならなくとも、喰べたい物を喰べたいという、この一つの目的だけでも死ぬことはできない」
「そうだ」と彼の表情はさらに明るくなった、「それに反してあの案内の者はどうだ、四十年も生きていればこの世の事はおよそ経験してしまったろう、おそらく子だくさんで生活も苦しく、このさき生きていてもさしたる希望はないに違いない、だとあってみれば、なにもむりに生きている必要はないじゃないか、ねえ」
 彼は案内の者の口ぐせをまねし、元気な足どりで坂道を登りだした。
「あの男を峠へやろう」と彼は歩きながら自分にいった、「そうして、もののけ[#「もののけ」に傍点]があの男をとり殺すのを見ていて、好機があったらとびだせばいい、にんげん看督長ともなるとこのくらいの知恵ははたらかせるものだ」
「さようです、ねえ」と案内の者は云っていた、「こんな田舎にも善人ばかりはおりません、都のことは知らないですけれども、ねえ、考えてみると田舎のほうが悪性な人間が多いのじゃないかと思うのですが、ねえ」
「峠はまだ遠いか」
「わたくしの名ですか」と案内の者が反問した、「へへ、名なんぞはないも同然でございますよ、道傍のおんばこのほうがましなような人間ですから、ねえ」
「耳が遠いらしいな」と護は呟いた、「うすのろのうえに耳も遠いらしい、こういう男をむだに生かしておくという法があるだろうか」
 案内の者は立停り、汗を拭きながら、前方の曲り角を指さした。
「あの角を曲るとこぼれ[#「こぼれ」に傍点]坂です」と案内の者は云った、「その坂を登りきるとすぐ峠の頂上ですから、ねえ、わたくしはここで帰らしてもらいます」
「ちょっと待て」護は腰の銭嚢《ぜにぶくろ》の中から、幾らかの銭を出して与えた、「取っておけ、これからしてもらいたいことがあるんだ」
 案内の者は掌の上の銭を、不満そうに見、不満そうに護の顔を見た。
「それをやるから、おまえ先に峠へいってくれ」と護は云った、「おれは蔭に身をひそめて、もののけ[#「もののけ」に傍点]が出て来たらすぐにとびだしてゆく、つまりおまえを囮《おとり》にしてもののけ[#「もののけ」に傍点]をさそいだす、退治るのはおれ、おまえは囮、こういう仕組なんだ」
 案内の者はもっと不満そうな眼で、掌上の銭と護の顔とを交互に見比べていた。
「欲の深いやつだ」護は口の中でぶつぶつ云い、さらに幾枚かの銭を加えた、「これでどうだ」
「案内の駄賃ですか、ねえ」と案内の者は銭をしっかり握りしめた、「都の人はいつも金を持っていらっしゃる、おらが銭という物を持ったのは、生れてからこれで三度めですよ、田舎者はうすのろで、まがぬけていて知恵がねえですから、ねえ、一生ばかばかりみてくらすですよ、まったく哀れなもんですよ、ねえ」
「さあ、いってくれ」と護が促した、「おれがちゃんと控えているからな、決して間違いのないようにするから」
「それだらまあこれで」と案内の者はゆっくりと踵《きびす》を返した、「死骸は明日みんなで引取りに来ますから、ねえ」
「どうするんだ、これ、待て待て」
 護は案内の者を捉まえようとしたが、その手は空を掴んだだけで、案内の者は若い鼬《いたち》のようにすばやく、二十四五間も坂下のほうへ逃げのびていた。

[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]

 護の下唇がだらっと垂れ下った。案内の者の動作は、――予想もしなかったが、あまりにすばやく、信じられないほど敏速で、殆んど眼にもとまらないくらいだった。
「悪く思わないで下さいよ、ねええ」と案内の者が向うから叫んだ、「判官さまによく云われて来たので、おまえさまの云うことをきくわけにはいかねえのです。死骸のことは引受けましたですから、気をおとさずにしっかりやって下さいましよ、ねええ」
「あれがうすのろか、護」と護は自分に問いかけた、「あれが耳の遠いうすのろか、――銭をあんなに呉《く》れてやって、きさまあいそ笑いまでしたぞ」
 案内の者は坂道をおりてゆき、まもなく曲り角を曲って見えなくなった。
「どうしよう」と彼は呟いた、「このままゆくか、それとも、なにも出なかったと云って帰るか」彼は考えてみて首を振った、「判官はそんな手に乗るような人間じゃあない、あいつはこれで出世するつもりだ、院の仰せつけなどというが、じつは自分から願い出たのだ、伴ノ蔵人《くろうど》が出世をしたから、是が非でも自分も出世をするつもりなんだ、――そんなら自分でやればいい、自分の出世のためなんだから自分でやるのが当然じゃないか、そうじゃないだろうか天下の諸君、われわれのような下っ端の小吏員に死の危険を冒させて、うまくゆけば自分が出世をするなどという、こんな不当な、人道を無視したことがゆるされていいだろうか」
 ねええと云いかけて、彼はいまいましそうに口の脇をつねった。そのとき脇のほう、――どっちからとはっきりは云えない、ただ脇のほうというより云いようがないが、――一人の極めて美しい、十六七歳になる娘があらわれ、不審そうに護のようすをみつめた。
「もし、あなた」と娘は呼びかけた、「道にでもお迷いになったのでございますか」
 護は一歩さがった。
 ――こいつもののけ[#「もののけ」に傍点]だな。
 そう思ったので、一歩さがりながら太刀の柄に手をかけた。娘も逃げ腰になり、それでもなお護のようすを見まもりながら、もし道に迷ったのなら戻るがよい、この先にはもののけ[#「もののけ」に傍点]の出るところがあって、不案内な人には危険だから、と注意をした。
「どうぞお戻りなさいまし」と娘は繰り返した、「お屋敷の姫さま以外には、この峠を無事に越せる人はありません、遠国から来られた強い武士たちでさえ、一人として生き帰った者はないのですから」
「屋敷の姫」と護は訊き返した、「――それはこの辺に住んでおられるのか」
「はい、そこをはいったところにお屋敷がございます」
「もののけ[#「もののけ」に傍点]の出るという、つかみ[#「つかみ」に傍点]峠のこんな近くに、どうしてまたそのような人が住んでおられるのだ」
 娘は可笑《おか》しそうに、袖で口を押えながら含み笑いをした。たいそうあどけなく、また愛らしい笑いかたであった。
「あなたも疑ぐっていらっしゃいますのね」と娘は云った、「お屋敷の姫さまがもののけ[#「もののけ」に傍点]ではないかって、そうでございましょ」
「私も[#「も」に傍点]――ですって」
「ええあなたもですわ」と云って娘はまた愛らしく笑った、「よその土地から来た方はみなさまそうお思いになりますの、そしてこの土地の人たちはもののけ[#「もののけ」に傍点]を恐れて、誰もここへは近よりませんわ、ですからお人嫌いの姫さまには、ここがどこよりお気に召しているんですの」
「姫がお人嫌いですって」と護が訊いた、「いったいそれはどういう方の姫ぎみですか」
「あら、お聞きになりませんでしたの、粟田ノ郡司さまの一の姫でいらっしゃいますわ」
「郡司の館には泊ったが、姫の話は聞かなかったな」
「そうかもしれません、郡司さまは一日じゅう喰べることにかかっていて、ほかのことはなに一つ頭にないのですから」と云って娘は声をひそめた、「――わたくし姫さまの侍女で糸野ちすじ[#「ちすじ」に傍点]と申しますの、どうぞよろしく」
 斗米ノ護は一|揖《ゆう》し、自分の名を告げた。
「なるほど」と彼は云った、「郡司の館には二日いたが、朝から晩まで喰べどおしに喰べていましたな、しかし私も、食事は人間のたのしみの中で最上至高なものだと思うのです、まず毛物や鳥や魚を見てごらんなさい、かれらはただ腹を肥やすため、飢えないためにだけ喰べる、かたちよく切るとか刻むとか、焼くとか煮るとか、焙るなどということを決してしない、もちろん味をととのえるとか、食器を選ぶなどということもしないしまたできもしない、人間と鳥けものの違いはこの点だけではっきり区別ができる、要約すれば、食物に対して深い関心を持つ者こそ、もっとも人間らしい人間だといえるでしょう」
「では姫さまのお屋敷へいらっしゃいませよ」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]があいそよく云った、「郡司さまに似て姫さまもお口が奢《おご》っていらっしゃいますから、腕のいい料理人もおりますし、諸国から取り寄せた珍味がたくさんございますわ」
「しかし私はつかみ[#「つかみ」に傍点]峠へゆかなければならないのだ」
「つかみ[#「つかみ」に傍点]峠ですって、まあ」ちすじ[#「ちすじ」に傍点]は身ぶるいをした、「いけませんわそんなこと、だっていまわたくしが申したとおり、あそこにはもののけ[#「もののけ」に傍点]がいて」
「本当のことを云おう」と護は声をひそめた、「私は京の検非違使の者で、そのもののけ[#「もののけ」に傍点]を退治るために来たのだ」
「いけません、いいえいけません」ちすじ[#「ちすじ」に傍点]はおろおろした、「あなたがどんなにお強くとも、あのもののけ[#「もののけ」に傍点]を退治ることなんかできません、あなたはとり殺されてしまいます」
「しかし、姫は峠を越せると云ったでしょう」
「姫さまはべつです」と云って、ちすじ[#「ちすじ」に傍点]は指の爪を噛み、それから急に護を見た、「――そうだわ、姫さまはお一人でも平気で峠をお越しになる、それにはなにか特別なまじないとか、護符といったような物があるのかもしれません、そうじゃないでしょうか」
「私にはわからないな」
「きっとそうよ、――さあゆきましょう」
「どこへです」
「もちろんお屋敷よ」と云ってちすじ[#「ちすじ」に傍点]は手をさしのべた、「姫さまに会って、特別なまじないとか護符などがあるなら、それを教えてもらってからいらっしゃればいいでしょ」
「それは、もしそうできるなら」
「さあまいりましょう」ちすじ[#「ちすじ」に傍点]は彼の手を取った、「都からいらしったと聞けば、姫さまもきっとおよろこびになり、たくさんおふるまいをなさるにちがいありません、今夜はゆっくりお泊りになって、それから峠の話をなさいまし、はい、ここが御門でございます」

[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]

「鉾」は心の中で思った。
 ――この娘は十六歳にちがいない。
 女についての勘なら、誰にも負けないし決して狂いはない、このあばら骨の二枚めあたりの擽《くすぐ》ったくなるような感じは、十五歳でもなく十七歳でもない、十七歳ならもっと下のほうへ感じる筈だし、十五歳ならぜんぜんこんな感じは起こらないだろう。
「ここを曲りますの」と娘が云った、「向うに見えるのがお屋敷の御門ですわ」
「なるほど」と云って鉾は顎《あご》を撫で、それから誘惑的な眼つきで娘を見た、「――この樹蔭でちょっと休んでいきませんか」
「もうすぐですもの、お屋敷へいって汗をながしてからになさいましな」
「いや、このままでは汗臭い、ちょっと風を入れて汗を乾かしてからにしよう」
 鉾は道傍の岩に腰をおろし、赤い狩衣と白衣の衿をくつろげ、顔から胸、腹と汗を拭き、布袴《ぬのばかま》の裾の紐《ひも》を解いてたくしあげ、みごとな毛脛《けずね》をあらわしながら、横眼ですばやく娘の表情を見た。
 ――へっへ、やっぱり十六だ。
 娘は逞《たくま》しい毛脛を見ると、一瞬間、吸い寄せられるような眼つきをし、すぐに赤くなって眼をそむけた。十五歳なら、よっぽどませていない限りあんな眼つきはしないし、十七歳ならあんなに早く眼をそらしはしない。へっへ、これはまさに十六さ、と彼は心の中で揉《も》み手をした。
「わたくしたちお止め申しましたのよ」と娘は自分の話を続けた、「お姫さまもやめるようにって、これまで誰ひとり助かった人はないんですから、それは検非の庁の方ならお強いには相違ないでしょうけれど、相手がもののけ[#「もののけ」に傍点]で変幻自在ですから、断念なさるほうがいいでしょうと、繰り返しお止め申したんですの」
「あいつは融通のきかない男でしたよ」と鉾は云った、「おおまくらい[#「おおまくらい」に傍点](大食漢)でね、もう朝から晩まで腹をへらしどおしで、喰べ物のことばかり考えたり話したりしているんです、どこのなにそれが美味《うま》いというと、遠近の頓着なしにとんでゆくし、男のくせに自分で庖丁《ほうちょう》を持ったりする、というわけです」
「わたくしたちの御忠告を聞いて下さればよかったのに」
「それはどうですかね」と鉾は首を片方へかしげた、「私が死骸を引取ったのですが、もちろん案内の者や郡司の家の子たちを伴れて来たんですが、まだ息がありましてね、姿は骸骨のようになっていて、血も肉もすっからかんでしたが、それでも私が呼び起こすと、かすうかな声で――ああ美味《うま》かった、もう腹がいっぱいだ、って云うんです」
「まあ――」と娘が云った。
「それからさらに、おれは七たび生きてもこんな美味い物は食えないだろう、生れて来てよかった、もう死んでも心残りはない、と云ってそのまま絶息しましたよ」
「それはどういう意味でしょうか」
「もののけ[#「もののけ」に傍点]にたばかられたんでしょうな」と鉾は軽侮するように鼻柱へ皺《しわ》をよせた、「自分が血肉を吸い取られているのに、なにか天下の珍味でも喰べているように思ったんでしょう、そうだとすれば、あれほど喰べ物に執着していたのだから、たとえたばかられたにしても、本人にとっては満足だったと思うのです」
「わたくしにはそうは思えませんわ」と娘はかぶりを振った、「お役目だからしかたがないかもしれませんけれど、そんな死にかたをなさるなんてあんまりお可哀そうです」
「私はあの男が羨《うらや》ましい」と鉾は云った、「あなたのような美しい人に、これほど哀れがってもらえるなら、私だってよろこんでもののけ[#「もののけ」に傍点]退治にでかけますよ」
「いけません、それだけはいけません」娘は恐ろしそうに遮った、「あなたはお約束なさいましたわ、お屋敷で一と晩お泊りになって、もののけ[#「もののけ」に傍点]は出なかったと云って帰るって、ちゃんとお約束なすったではございませんか」
「もちろん約束はしました」
「それに」と娘はなお云った、「退治の役を仰せつけられたのは矢筈ノ判官という方で、あなた方はお供をしていらしっただけ、そうでございましょう」
「判官はくえない人間です」と鉾は云った、「こんどの役目だって自分から願い出たんでしてね、あなたは御存じないだろうが、――ときにあなたはなんという名前ですか」
「糸野ちすじ[#「ちすじ」に傍点]と申します」
「失礼ですがお年は、十六くらいですか」
「あら、よくおわかりになりますのね」と云って娘は彼をじっとにらんだ、「きっと都ではたくさん女の方たちをお泣かせなすったのでございましょう」
「えへん」と鉾は咳をした、「京では私は、鉾と呼ばれています」
「鉾ですって」
「鉾です」と彼は云った、「形と使い方をお考えになればわかるでしょう、鉾は尖《さき》するどく、柄は太く固く、取ってしごけば昼夜を問わず、なんどきたりとも役に立つという」
「わかりました」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]が遮った、「ではその鉾で退治にいらっしゃるおつもりでしたのね」
 やまが育ちの十六ではまだわからないかな、と鉾は心の中で思った。
「その退治の件ですが」と鉾は話を戻した、「京の東ノ洞院《とういん》に三位なにがし、――名は云わぬほうがいいでしょう、三位なにがしという中納言がいて、それに一人の姫がある、判官はその娘が欲しさにこの退治を願い出たのだ、それなら、いまあなたが云うとおり自分で退治するがいい、三位なにがしの姫を貰って左衛門佐《さえもんのすけ》にでも出世をするつもりだろうが、それは判官自身の問題で、こっちには関係のないことなんだから」
「そうよ、そうですとも、判官さまが御自分でなさればいいのよ」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]が云った、「さあまいりましょう、お屋敷にはわたくしなどよりきれいな侍女たちがたくさんいますわ、お好きな者を選《よ》り取り見取り、ゆっくり骨休みをなさいまし」
「あなたのような美しい人が」鉾は岩から腰をあげた、「ほかにもたくさんいるっていうんですか」
「ほら、ごらんなさいまし」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]が一揖した、「もうお屋敷へまいりました、あそこに侍女たちがお迎え申していますわ」
「これはどうだ」と鉾は仰天し、わくわくしながら手をこすり合せた、「いま立ちあがったと思ったらもう屋敷の中にいる、おまけにあの大勢の美女たち、――見てくれ、このきらびやかな広間と、あの眼のさめるような美しい娘たち、この世ながらの極楽か竜宮か、夢ならばさめなさめなと云うところだ、ほっほっほ」

[#6字下げ]六[#「六」は中見出し]

「どうも食がすすまない、まるで食いたいという気持が起こらない」粟田ノ安形はかち[#「かち」に傍点]栗を剥《む》いては喰べ剥いては喰べ、皮や渋皮をそこらへ吐きちらしたり投げやったりしながら、伽羅《きゃら》ノ工人《たくみ》のまわりを歩きまわっていた、「あの斗米ノなにがしとやら申す大食漢が――どうぞあの男が成仏しますように、いや、あの男には驚いた、おれも若いころにはずいぶん底なしに喰べたものだが、あんな大食漢は見たことも聞いたこともない、あれではもののけ[#「もののけ」に傍点]にとり殺されずとも、やがて食い死にに死んだに違いない、もしもあの男があと十日もここにいたらと思うと、それだけでもおれは胃の腑《ふ》がいっぱいになって、――おい、誰かあるか」
 痩せた若い家来がひょろひょろとあらわれた。
「乾した無花果を持ってまいれ」と安形はどなった、「籠へ入れてまいれよ」
「郡司の殿」と伽羅ノ工人が云った、「そのように歩きまわったりどなられたりしては、気が散ってとんと仕事になりません、どうかお静かになすって下さいまし」
 若いけれどもひどく痩せた家来はひょろひょろと去り、郡司安形はかち栗の渋皮をぺっと、唇のあいだから吹きとばした。
「大きな口をきくな」と安形は肥大して垂れさがった腹を両手でたくしあげた、「きさまこのおれに命令する気か」
「私はあなたのために申上げるのです、この木像を仕上げる期間は十日でしょう」
「期間は十日、今日は六日めだ、それがどうかしたか、――これ、誰かあるか」と安形は足踏みをして喚いた、
「申しつけた物をどうした、乾し無花果はどうした」
 安形のちから足のために家が震動し、伽羅ノ工人は慌てて木像を支えた。それは十七八の少年の等身像で、装束《しょうぞく》は細長、黄柳色の地に白で亀甲を浮かしたもの、内衣は白、奴袴《ぬばかま》は薄紫の地にやはり白で雪輪が散らしてある。髪は大元結《おおもとゆい》で背にすべらし、眉はもも眉。おもながのふっくりした顔だちが、いまにも口をきくかと思われるほど、浮き浮きとした美しい出来であった。
「なんという乱暴なことを」と伽羅ノ工人は怒った、「もしこれが倒れでもしたら、塗り直すのに十日もかかりまずぞ」
「きさまおれを威す気か」
 痩せてはいるがまだ若い家来がひょろひょろと来て、乾し無花果の入ったあけび[#「あけび」に傍点]の籠を安形に渡し、またひょろひょろと去っていったが、その姿が遣戸《やりど》の向うへ隠れようとするとき、彼の哀れな溜息と、独り言を云うのが聞えた。それは「ああ」と長く引っ張った消え消えの溜息であり「た、べ、た、い、なあ」という哀切な言葉であった。
「私はもうがまんできない」と伽羅ノ工人は立ちあがった、「あなたは付きに付いてどなりたてる、おまけにいつもぼりぼりぱりぱりなにかしら喰べどおしに喰べながら、その食い太った達磨岩《だるまいわ》のような躯で歩きまわっている、やれ食がすすまない」彼は郡司の口まねをし、身ぶりをまねた、「喰べたいという気持が起こらない、へん、そうかと思うといまの御家来、若いのに痩せ細ったいまの御家来、これも朝から晩まで哀アれな声で、た、べ、た、い、なあーと云いずくめだ、へん」彼は絵具だらけの手を左右に振った、「肥え太ってるのも喰べ物、痩せさらばえたのも喰べ物、一日じゅう喰べ物のことばかり聞かされる、――こんな環境の中で芸術的な昂奮《こうふん》が持続するわけはない、私はもう御免を蒙《こうむ》ります」
「まあまあ、まあまあ」と安形は籠の中の無花果を喰べながら工人をなだめた、「まあまあ、そう怒らずに、とにかくこれは検非違使の庁の仕事なのだから」
「いやもうたくさんです、こんな大きな木像を、極彩色で、しかも代価は銭一と袋」工人は掌でなにかの重さを計るような手まねをした、「いくら郡司の殿の仰せでも、こんなばかげた仕事はまっぴらです」
「銭一と袋だって」安形はとぼけて眼をみはった、「このおれが、そんなことを云ったか、いや、それはなにかの聞き違いだ」
「聞き違いですと」
「いまも申すとおり、これは検非違使の庁の命令で、云ってみれば内裏《だいり》から仰せつけられたのも同然、お受けをした身にとっては名誉この上もなく、代価などという卑しいことは問題にもならぬ筈だ」
「みなさんお聞きになりましたか」と伽羅ノ工人は一礼して云った、「郡司の殿のあの肥え太った巨躯《きょく》をよく見て、そうしていまの言葉を覚えていて下さい、この木像の代価として、郡司の殿は検非の判官から砂金十両を受取っているのです、砂金十両ですぞ、それはもちろん、検非の判官は判官で検非の庁の公金をもっとくすねているに違いない、それはもう疑いのないことでしょう、だがそれは私には関係がない、私は郡司の殿から木像の製作を頼まれた、郡司の殿は砂金十両という代価を受取ったのに、製作者である私には銭一と袋だと偽り、こんどは名誉の問題にすりかえて半銭も代価は出さないという、これでもなお辛抱すべきでしょうか」
「どうやら怒ったようだな」安形は脇へ向いてほくほくした、「木像はもう仕上ったも同様だ、へっへ、こういう手合は名誉でごまかすか、さもなければ怒らせればいい、さあ、もっと怒れ、もっと怒れ」
「いや辛抱はできない」と工人は続けて云った、「こういう卑劣に屈するのは芸術をけがすことになる、私は芸術的良心にしたがってやめます、失礼しました」
「これ待て、なにをするのだ」
「私はこの仕事をやめるのです」と云って工人は木像を担ぎあげた、「どうかそこをどいて下さい」
「それはならぬ、断じてならんぞ」安形は籠を下に置き、肥大した腹をたくしあげながら叫んだ、「そのほうはこの郡司の屋形を使い、おれの弁当を喰べた、したがってその木像の所有権はこのおれにある、下へ置こうぞ」
「そんな理屈があるか」と工人は云い返した、「いかに郡司の殿でもそんなむたいな理屈がとおるものではない、これは私の作った木像です、私を通して下さい」
「ならぬならぬ、それを置いてゆかぬ限りここは通さぬ」と云って安形は絶叫した、「ものども出てまいれ、世にもすさまじい強盗《がんどう》じゃ、これ、――そこを動くまいぞ」
 伽羅ノ工人は巧みに逃げだし、そこへ五六人の家来たちが駆けつけて来、安形は足踏みをしながら叫んだ。
「あいつを捉《つか》まえろ、あいつを捉まえて木像を取り返して来い、いそげ、いそげ、いそげ」

[#6字下げ]七[#「七」は中見出し]

 井汲ノ酒男はいい機嫌に酔っていた。まわりには糸野ちすじ[#「ちすじ」に傍点]をはじめ、十五六人の美しい待女たちがい並んで、代る代る酒男に給仕していた。
「これはいい酒だ、おれは生れてこのかたこんな美味い酒を飲んだことはない」彼はそう云ってから、糸野ちすじ[#「ちすじ」に傍点]に眼くばせをし、身を乗り出して囁いた、「――あれは、どなたの姫でしたかな」
 ちすじ[#「ちすじ」に傍点]は御簾《みす》の内へ眼をやった。垂れてある御簾をとおして、白地に秋の千草の模様を染めた几帳《きちょう》が見え、幾人かの待女が、その几帳のまわりに坐っているのが見えた。
「国の司《つかさ》、因幡守頼遠《いなばのかみよりとお》さまの姫ぎみです」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]が囁き返した、「お年は十七、それはそれは譬《たと》えようもなくお美しい」
 酒男は手をあげて遮った、「それはもう国司の姫ならお美しいに相違あるまいが、――どうしていつまであんなところにいらっしゃるんですか」
「もちろん御接待のためですわ」
「御接待、私のためにですか」
「お招き申したのですから、姫ぎみが御接待にお坐りあそばすのは、あなたへの礼儀でございます」
「それが困るんだ」酒男はもっと声をひそめた、「身分が違うからここへ出ていただくわけにもゆかず、と云ってあそこに頑張っておられ、いや、御接待にお坐りあそばされていては、せっかくの御馳たも喉をとおらぬ、どうかひとつここは御退座を願って、無礼講ということにしていただけまいか」
「でもわたくしどものようなおかめやおたふくばかりでは」
「とんでもない」酒男は額の前で手を左右に振った、「ちすじ[#「ちすじ」に傍点]どのはじめ、これにおられるおなご衆たちほど、粒ぞろいの美人は、都でもめったに見られるものではない」
「まあお口のうまいこと」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]が媚《こ》びた眼つきでにらみながら云った、「それが本当なら、このまえいらしった斗米ノ護さまや鉾さまも、そう仰しゃる筈ではございませんか」
「いやいや、あの二人はだめだ、護はもう食いけ一方、鉾は女好きだが、色香をめでるなどというゆとりはない、女とさえみれば老若美醜に頓着なく、ただもう鉾を押っ取って、めったむしょうに数をこなすだけが能、――であったが、いや待って下さいよ」
 酒男は大盃でぐっと呷った、「そういえば先日、死骸を引取りにまいったとき、いまわの際に鉾がいじらしいことを申したよ、さよう、ああ本望だ、おれは天人のような美女たち百人と寝て、この世のものとも思えないたのしみを味わった、これで死ねれば極楽だ、――こう申したが、あれは、あなた方のことではなかったかな」
「もしもそうなら、いまも御無事でいらしったでしょう」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]が云った、「わたくしたちは云うまでもなく、姫ぎみまでがおとめ申しましたのに、役目だからと仰しゃっていさましく峠へ登ってゆかれました」
「あの男が、いさましくですって」
「わたくしたちがもう少し美しくて、あの方のお眼にとまるような者が一人でもおりましたら、恐ろしい役目のことなどもお忘れになったかと存じますけれど」
「こんなきれいな方たちを措いて、あの鉾がもののけ[#「もののけ」に傍点]退治にでかけたとすると」酒男は膝《ひざ》を叩いて、高笑いをした、「――や、わかった、こなたたちあの男を振ったな」
「振るとは、なにをでございます」
「このことよ」と云って、酒男は曲げた肱《ひじ》でぐっとなにかを突くまねをした、「あの男が云い寄ったのを、こなたたちは片端からこうやって、振って振って振りぬいたな、そうであろう」
「まあ」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]は袖で顔を掩《おお》った。
 酒男ははかげた声で高笑いをし、他の侍女たちはみな「まあ」と云って、一人残らず袖で顔を掩った。それらの嬌声《きょうせい》や動作は、すべてが集約的にちすじ[#「ちすじ」に傍点]と同一で、殆んど同じ糸で操られている人形、といったふうな感じにみえた。
「あいつはいつもそれでしくじる」と酒男は笑いやんで云った、「あいつは自分の鉾の逞《たくま》しさだけが自慢で、幾つ数をこなすかということばかり考えている、色のしょわけ、恋のてくだ、などというたのしみはまったく縁がない、味もそっけもなしのただそれだけ、これではいうことではなく毛物の噛みあいで、どんな女でもたまったものではない、都には人が多く、変ったもの好みをする女たちもいないではないが、あの男に眼をくれるような者はないし、たまにいい仲になっても命が大事、たちまち逃げだしてしまうというわけよ」
「斗米ノ護も似たようなものだ」と酒男は大盃を飲み干して続けた、「美味を求め、珍味を喰べ飽きるところに人間の人間らしさがあり、尊さがあるのだ、などと口では云いながら、金も暇もない悲しさには、せいぜい芋粥《いもがゆ》か臭くなった乾魚の品さだめ、うまいまずいにかかわらず、腹の裂けるほど食えば満悦といったあんばいだ」
「まあま、井汲さまのお口の悪いこと」
「唐の国のなんとやら申す聖人も云っていることだが、色情と食欲にうつつをぬかすやつは人間として下の下だよ」と酒男はいきまいた、「そこへゆくと酒は神仙に通ずる、唐でも本朝でも、天下に名をなし偉大な業績を残す者はみな酒を飲む、一口に云っても酒飲みのことを酒仙というくらいではないか」
「あなたも酒仙のお一人ですのね」
 酒男は額の前で手を左右に振った、「とてもとても、おれなんぞは及びもつかない、まだほんの初心に過ぎないが、――お」彼は御簾の内を見て口をすぼめた、「姫ぎみはもう御退座とみえるな」
「はい」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]が答えた、「井汲さまが無礼講にと仰しゃいましたから」
「それはかたじけない、そうだとすると、まずくつろがせていただくかな」酒男は狩衣をぬぎ、布袴をぬいで、大あぐらをかいた、「やれやれ、これでようやく人間らしくなった、いや肴《さかな》はそのまま、こんなにうまい酒に肴などは無用、それは見ているだけのものよ、さあどしどし注いでもらおうか」
 侍女たちが代る代る酌をし、彼はいい機嫌に飲み続けた。
「なんといううまさ、なんという酔いごこちだ」と酒男はおらび叫んだ、「これはこの世のものではない、これこそ天上の神の酒だ、おれはこの酒を飲みつくしたら、その場で死んでも本望だぞ」
「さあ、――」と自分が叫ぶのを酒男は感じながら、ひょろひょろと立ちあがった、「さあひとつ、さかな[#「さかな」に傍点]にひと踊り踊ってみせよう」
「まあうれしい」とちすじ[#「ちすじ」に傍点]が云った、「みなさん場所をあけましょう」
 侍女たちはうしろへさがり、酒男は扇をさっとひらいた。
「はあ、いがやがや」と彼はうたいながら踊りだした、「ろがやがや、はがやがや、にがやがや、いがろがはがにがや、にがや――」

[#6字下げ]八[#「八」は中見出し]

 矢筈ノ景友は弓をしらべていた。
「これはおれの将来を左右する問題だ」と彼は独り言を云った、「紀ノ基助は高御門《たかみかど》の院司になったし、鳴滝《なるたき》ノ綱は市司《いちのつかさ》といううまい座に坐った、これは東西の市日ごとに、商人どもからたっぷりうまい汁が吸える、彼はその金で大蔵卿にとりいるつもりだ」
「また、毛野正敦《けのまさあつ》は近衛府の将監《しょうげん》に任命された」と景友は続けた、「みんな金か人の手蔓《てづる》か、恥知らずな阿諛《あゆ》へつらいでとりついたのだ、おれはそれを貶《けな》しはしない、やむを得ないことなんだ、いかに頭がよく才能があっても、家柄か金がなければ世に出られない、こんなことでいいのか、などと喚き叫んだところで、犬も驚きはしないという世の中だ」
 景友は伸びあがって斜面の下を見た。
 そこはつかみ[#「つかみ」に傍点]峠から五十歩ほど下に当る。急な斜面には松林が繁っており、谷は濃い霧に掩われていた。案内の者に木像を背負わせて、ここへ来たのは早朝|丑《うし》ノ下刻《げこく》、峠道のまん中に木像を立てさせてから案内の者は帰らせ、彼は一人で、この斜面の中腹に身をひそめたのであった。
「まだ暗すぎる」と彼は下を覗きながら呟いた、「それにこの霧だ、木像はここからも見えない、どうか霧が晴れてからにしてくれればいいが」
 景友はまた松の木蔭へ戻った。
「おれには基助のような豪族の父もなし、綱や正敦ほど卑屈にもなれない、だからこの因幡のもののけ[#「もののけ」に傍点]の話を聞いたとき、すぐにとびついたのだ」彼は胡※[#「竹かんむり/祿」、第3水準1-89-76]《やなぐい》の中の矢をしらべながら云った、「来てみるとたいした変化《へんげ》ではなさそうだが、京では大江山の鬼の再来でもあるようなひどい騒ぎで、退治の役を願い出るなり、おれの名は都の隅ずみまで拡がったし、出立のときには藤ノ大納言卿まで送りに出てみえられた」
「たいした変化ではないって」と景友は自分の言葉に反問した、「現にあの三人、護と鉾と酒男がとり殺されたではないか、かれらは頭もよくなかったし、それぞれに大きな弱点を持っていた、しかし検非違使の看督長としては腕も立ち胆力もあり、たいした変化ではないようなものに、たやすく殺される男たちではなかった、それは慥《たし》かなことだ」
 景友は松の木蔭から伸びあがって、下の峠道を眺めやった。谷の対岸にそば立つ山の、いちばん高い三角形の峰のところが、真珠色に明るくなり、谷を閉じこめていた濃い霧の動きだすのが見えた。
「慥かなことだって」とまた景友は自分に訊き返した、「――いや、まだわからない、おれがあの三人を供に選んだのは、三人がそれぞれ弱点を持っていたからだ、人はその弱点によって身を亡ぼすことが多い、したがってもののけ[#「もののけ」に傍点]が、どんなぐあいに惑わしかけるかということも、三人それぞれの死にかたで判別できる筈だ、おれはそう思った、ところが、大ぐらいの護も、女に眼のない鉾も、臨終にはそれぞれ満足し、もうこれで死んでも本望だと、よろこんでいたということだ」
 景友はまた峠道を見た。霧はかなり薄くなり、谷から吹きあげる微風に揺られて、濃淡の条《しま》を描きながら、極めて静かに、峠の下の方へと動いていた。
「かれらは遊山に来たのではない」と景友は自分の考えを検討するように呟いた、「目的はごくはっきりしていたし、もののけ[#「もののけ」に傍点]退治には危険が伴うということも、はっきり知っていた筈だ、にもかかわらず、二人ともあっさりとやられてしまい、刀を抜いたようすさえもない、そこでおれは考えたのだ、――これは人間では抵抗できないに違いない、おれ自身にだって弱点はある、たとえば出世をしたいという欲だ、もちろんおれに限ったことではないし、自分で弱点だと気づいていればもう弱点ではないだろうが、それでもなお出世欲を捨てるわけにはいかないとなると、これは相当な弱点かもしれない、ということをつきつめると、どんな人間にも抵抗できない誘惑がある、特にこのもののけ[#「もののけ」に傍点]には人間ではかなわないものがある、と思った」
「これまでの思案は当っている」景友は峠道を見おろしながら続けた、「井汲ノ酒男も同じような死にかたをした、おそらくは酒だろうが、三人の中では剛胆な彼まで、天上の神の美酒を味わった、もう死んでも思い残すことはない、と云ったという、――彼は彼の人間的弱点で捉まったわけだ、もちろん、おれが美少年の木像を作らせたのは、もののけ[#「もののけ」に傍点]の裏をかく計画であるが、慥かではない、もののけ[#「もののけ」に傍点]がこれにひっかかるという比率は十対一ぐらいかもしれない、だが十対一にもせよ、人間では抵抗できない誘惑、という前提からすればためしてみる値打はあるだろう」
「や、霧が晴れる」彼は峠道を覗いた、「木像が見えてきたぞ」
 対岸の三角形の峰の脇に、輝かしい金色《こんじき》の雲があらわれ、峠道がかなりはっきりと眺められた。木像はその道のまん中に立っている、極彩色のその美少年像は、金色の雲の放つ光りの中で、殆んど生きている人間のように見えた。
「さあ根くらべだ」景友は弓と胡※[#「竹かんむり/祿」、第3水準1-89-76]をいつでも取れるように置き直した、「もしこの手がだめならどうしようもない、誰がいってもだめだということは、伝説だけではなくあの三人が証明した、おれだけはなどという、無根拠なうぬぼれはおれはもってはいない、や、待てよ」
 景友はすばやく松の木蔭へ身をひそめた。
 道の上へ美しい姫があらわれた。道の片方は断崖《だんがい》、こちらは山続きであるが、ひとところ大きくへこんで、笹と松の茂った平地がある。たぶんそこから出て来たのであろう、白絹の掻取《かいどり》姿で、年は十七八、細おもての凄《すご》いような美貌に、したたるばかりな媚をたたえていた。
「いま屋形の庭で、侍女たちと蹴鞠《けまり》をしておりましたの」と姫は云った、「するとあなたのお姿をおみかけしましたので、失礼ですけれどお呼びとめ申しました」
 木像はもちろんなにも云わなかった。
「なぜなら、あなたは道を間違えていらっしゃるからです」と姫は云った、「この道をもう少しお登りになると、つかみ[#「つかみ」に傍点]峠の頂上で、そこには恐ろしいもののけ[#「もののけ」に傍点]がいます、――なにか仰しゃいまして」
 木像は立っているだけであった。
「ふしぎだ」とこちらの斜面の上で、景友が首をかしげていた、「聞くところによると、妖怪変化は、めざす相手にしか姿は見えぬという、脇の者には決して姿は見えないというが、それではあの娘は人間か、いやいやそんな筈はない、この峠にもののけ[#「もののけ」に傍点]の出ることは都までも聞えているし、たとえ噂を聞かぬにしても、どこぞの姫君ともみえるあのような乙女が、こんなところへ独りで来る道理はない、あれはもののけ[#「もののけ」に傍点]に相違ないぞ」
 道の上では姫が、木像の美少年を恍惚《うっとり》とした眼で眺め、全身に羞《は》じらいのしなをみせながら、熱心に話し続けていた。
「ええ、国司の娘ですけれど、わたくし躯が弱いものですから、ここに山荘を造って住んでいますの」と姫は云った、「いいえ、男などは一人もおりません、気づまりですからとしよりも置かず、若い侍女たちだけを相手に暢《のん》びりくらしていますの、はい、躯もこのごろはすっかり丈夫になりましたから、来年の春になったら両親の許《もと》へ帰ろうかと思いますの」
「ふしぎだ、じつにふしぎだ」と景友は斜面の上でまた呟いた、「どうしても化性《けしょう》の物には見えない、美しい顔も、手足も、衣裳の模様まではっきり見える、これははやまってはならぬぞ」
 だが彼はゆだんなく、弓を取り、二本の矢を持ち添えて、いつでも射かけられるように、用意をととのえた。
「あなたのまえにも、京の検非違使から三人みえました」と姫は続けていた、「侍女が知らせて来ましたので、屋形へお招き申し、どうぞ思いとまるようにと、代る代るおとめしたのです、それをおききにならなかったため、お三人とも命をなくされてしまいました、あのとき侍女たちの云うことをきいて下すったらと思うと、わたくしいまでもくち惜しゅうございますわ」
 姫は袖で眼をぬぐい、木像の美少年をそっと見あげて、におやかに微笑した。
「涙などごらんにいれて恥ずかしゅうございますわ、ごめんあそばせ、ね」と姫は媚びた声で云った、「屋形の庭からあなたのお姿を見て、自分でお呼びとめにまいりましたのは、侍女たちではおとめできなかったからですの、こんなことを申上げては、慢心しているとおぼしめすでしょうか」
 姫は両手で自分の胸を抱いた。
「ああもう」と姫は声をふるわせた、「どうおぼしめそうと構いません、わたくし本当のことを申しますわ、ええ、わたくしあなたのお姿を一と眼見たとき、胸のここが焼けるように熱くなって、どうしてもお声をかけずにはいられなかったのでございます、いいえ、おさげすみになっても構いません、わたくし生れて初めてこんなおもいを知ったのですし、嘘いつわりのない本心を申上げるのですもの、さげすまれても恥ずかしいとは思いませんわ」
 姫は胸を抱いたまま身もだえをした。
「わたくしがこんなに申上げても、あなたはお言葉ひとつかけては下さいませんのね」姫の声には嬌《なま》めかしく怨《うら》めしげな調子があらわれた、「お口もきかず、わたくしのほうを見ても下さらない、ねえ、どうなさいましたの、そんなにわたくしがお嫌いなのですか」
 斜面の上では景友が「お」と口の中で叫んだ。姫の態度が変ったのである。それまでは優雅に、嫋々《じょうじょう》としてみえたのが、なにか気にいらないことがあって怒りだしたらしい。木像のまわりをまわりながら、両手を握り緊めたり、あらあらしく袖を振ったりした。
「都にいらしったのですから」と姫は激しい口ぶりで云った、「それはもう美しい方や賢い愛らしい方たちと、たくさんいいおもいをなすったでしょう、ここは都ではございませんし、わたくしはこのとおり美しくも愛らしくもございません、けれどもあなたを想うこの心は、あなたがお愛しになったどんな方にも負けはしません、お願いですわ、あなた」
 姫は木像の前にひざまずき、胸の上で両手の指をひしと握り合せた。
「わたくしのこの胸の炎をしずめて下さい」と姫は哀訴した、「さもなければわたくし死んでしまいます、いいえ、女がいったんこうと思いこんだ以上、ただこのままでは死ねませんわ、死ぬまえにたったいちど、あなたのお手で抱いて下さいまし、あなたのお肌に触れるだけでいいのです、あなたのお口から一と言、やさしいお言葉をかけて下さればいいのです、どうぞあなた、たったいちどだけこの願いをかなえて下さいまし」
 だが木像の美少年は微動もしなかった。すずしげな眼も、濃い眉も、乙女のように赤くひき緊った唇も、非情そのもののように、なんの表情もあらわれなかった。
「ようございます」姫は立ちあがった、「あなたがそんなに情けを知らないお方なら、もうお願いは致しません、その代りわたくしにも女の意地というものがございます、命までもと思いこんだからにはこのままあなたを放しはしません、自分の力であなたをひきとめ、あなたをわたくしのものにしてみせます」
 斜面の上では、景友がまた低く叫んだ。姫の髪の毛が逆立ち、大きく片手を振ったと思うと、銀の糸のような物を木像に投げかけたのである。
「正にもののけ[#「もののけ」に傍点]だ」と景友は呟いた、「この眼に狂いがなければ――」
 彼は弓に一の矢をつがえた。
 姫は怒りと呪いの言葉を叫びながら、左右の手を振り、銀色の糸を次つぎと木像の美少年に投げかけた。紛れはない、いまだ。景友は松の木蔭から踏み出した。矢頃は五十から六十歩であろう、彼は弦をひきしぼった。
「おちつけよ」と彼は呟いた、「一の矢を外すとしくじるぞ」
 呼吸を計り、覘《ねら》いをさだめた。第一矢は弓を放れて空を切り、姫の胸へ突き刺さった。姫は絶叫してよろめき、片膝を地に突いた。景友は二の矢を射た。二の矢も胸へ突き刺さり、姫は仰向けに倒れてもがいた。掻取の衣裳が乱れ、髪の毛の元結が切れた。
「苦しや、なに者だ」姫は半身起きあがり、立とうとしてまた腰をおとした、「なに者がこんな、非道なことを」
 黒髪が顔にふりかかり、歯をくいしばって、姫はするどい苦悶《くもん》の呻きをもらした。矢筈ノ景友は弓を投げ、太刀を抜きながら道へおりて来た。姫は屹《きっ》と振返った。
「これは」と姫は叫んだ、「――こなたのしたことか」
「おれは検非違使の判官景友という者だ」と彼は太刀を構えて云った、「この峠に棲《す》んで何十百年、とり殺した人間の数は知れまい、だがもはや運の尽きだぞもののけ[#「もののけ」に傍点]、せめてみほとけの救いでも願うがよい」
「苦しや、人間はこれほど無慈悲なものか」
「おのれこそ、数知れぬほど人をとり殺していながら、なにが無慈悲だ」
「わたしは無慈悲に殺しはしなかった」と姫は声をふり絞って云った、「わたしの手にかかった人間は、みな、たのしむだけたのしみ、満足し、よろこんで死んでいった」
 景友は太刀を振りあげた。
「あの男たちは」と姫は続けた、「この世では得られないたのしさやよろこびを、充分に味わった、臨終にも微笑をし、これで死んでも本望だと云った」
「それはただあやかし惑わされたにすぎない」
「では飢えこごえて、失望や不満にさいなまれ、老いさらばうまで生きるほうがいいと仰しゃるか、いやいや」姫はかぶりを振った、「あの男たちはそうは思うまい、あなたがもしあの男たちのようであったら、どちらを選ぶかは明白なことだ、あなたもやはり、この世ならぬたのしみに酔い、よろこび満足して死んだことであろう」
「ああ苦しや」と姫はすぐに続けた、「わたしの手にかけた者は、極楽にある思いをして死んだのに、人間であるあなたは、わたしをおとしにかけたうえ、このように無慈悲な殺しかたをなさる、人には憐《あわ》れみや情けはないのか、あなたの心は痛まないのか」
「やれ、景友」と彼は自分に云った、「これが惑わしの始まりだぞ」
「あなたの心は痛まないのか」
 姫が身を起こしたとき、景友は太刀でさっと、その胸を刺しとおした。
 姫は「あ」と叫んで前のめりに倒れた。景友は太刀を構えで見まもった。倒れた姫の躯のまわりに、黒い煙のようなものが舞いあがり、景友はうしろへとびのいた。
「あなたの心は痛む」と黒い煙の中から声が聞えた、「あなたの心は一生、いやしがたく痛むだろう」
 やがて黒い煙は消えてゆき、すると姫の姿もなくなっていた。景友は「や」と口をあき、眼をみはって、用心ぶかくあたりを眺めまわした。そして、いままで姫の倒れていたところに、一|疋《ぴき》の蜘蛛《くも》が死んでいるのを発見した。それはこれまでに見たこともない大きさで、およそ人の拳くらいあり、二カ所に傷のあるのが認められた。
「慥かに、おれはもののけ[#「もののけ」に傍点]を退治した」と云って景友は溜息をついた、「だがはたして、これを持っていって人が信用するだろうか、――まずみなさん、あなた方はこれを信用なさいますか」
 木像の美少年は無表情に立っていた。



底本:「山本周五郎全集第十三巻 彦左衛門外記・平安喜遊集」新潮社
   1983(昭和58)年3月25日 発行
底本の親本:「オール読物」
   1959(昭和34)年10月号
初出:「オール読物」
   1959(昭和34)年10月号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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