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  • 寝ぼけ署長04新生座事件

harukaze_lab @ ウィキ

寝ぼけ署長04新生座事件

最終更新:2019年11月01日 05:42

harukaze_lab

- view
管理者のみ編集可
寝ぼけ署長
新生座事件
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)粒揃《つぶぞろ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)長|宛《あて》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]
-------------------------------------------------------

[#6字下げ]一[#「一」は中見出し]

 いま東京の新劇界で最も注目されている劇団に「新生座」というのがありますね。自分の小劇場を持っているし、スタッフは粒揃《つぶぞろ》いだし、レパアトリイはがっちりとして清新で、善《よ》かれ悪《あ》しかれ問題になるものを欠かさないし、なによりも強い団結と相互信頼のちからで、今や押しも押されもしない堂々たる存在になっているそうです。モリエールが演《や》れて久保田万太郎が演れる、ド・キュレルのあとで近松物の新しい上演に成功するというのですから、一部の批評家の反感は避けられないとしても、啓蒙《けいもう》時代をぬけたばかりの新劇界では、なんといっても相当に買われて不当ではないと思います。……私がこんなことを云うとさぞ可笑《おか》しくお思いでしょうが、この市はふしぎに演劇界と深い縁があるのです、いつの頃からか「あの市の公演で成功すれは劇団としていちにんまえになれる」ということが云われていましたし、現在でも興行者なかまではかなり有名なことだそうです。おそらく偶然の結果が幾つか集まって、縁起をかつぐ人たちにそんなことを云われるようになったのでしょうが、一面にはこの市の各階級を通じて、演劇にひじょうな興味と鑑識をもっていることも事実ですし、その端的なあらわれの一つに寛《ゆる》やかな検閲制があります。東京や大阪はもとより、他の都市で上演禁止を命ぜられたものが、当市では許可される例が少なくない、思想的なものでもずいぶん寛大でしたし、明らかに風俗壊乱でないものなら、グラン・ギニョルばりの残虐劇に近いものでも幾たびか上演されました、なにしろ「あそこは演劇の自由市だ」などと云われたくらいですから。
 新生座がこの市で初めて公演した時の騒ぎは忘れられません、なにしろ十日間の公演ちゅう、客席と楽屋に私服警官が毎日十人ずつ臨検しているし、新聞では三面トップ、「舞台上の殺人?」とか「恐怖の演劇」などとでかでか書きたてるようなありさまで、全市の視聴が市立劇場へ集注したと云ってもいいくらいでした。
 城趾の公園の桜が咲きだそうとする、田園の小川や田溝《たみぞ》などにのっこみ鮒《ぶな》を覘《ねら》って釣竿《つりざお》が並ぶ、そういう季節になった或る日のこと、署長|宛《あて》に来た郵便物の中に一通の妙な手紙があるのをみつけました。親展書の他《ほか》はいちど私が眼をとおし、必要と認めるものだけ署長に渡す定りなのですが、そのときは余り文面が異様なので、署長に渡したものか握り潰《つぶ》すべきかちょっと迷いました。というのが、宛名はただ「署長様」としか書いていないし、差出人は「みつ」とあるだけです、然《しか》も手紙の文句というのが、……ちょっとお待ち下さい、この話に就いて二三の資料がありました、すぐ出して来ますから。
 ああこれです、「助けて下さい」いきなりこう書きだしてあるんです、「わたくしは殺されようとしています、すぐ来て助けて下さい、けれど手紙を差上げたことは内証にして下さいまし、さもないと……」そして終《しま》いに「新生座みつ」とありました。ひじょうに急いだとみえ、手帳をやぶいて鉛筆でなぐり書きにしたものです。大き過ぎる音は音のように聞えないそうですが、文句があまり異常なので、私にはどうも信じ兼ねる気持が強かった、そして殆んど握り潰そうと思ったのですが、そのときちょうど毎朝新聞の記者で青野庄助という青年が部屋を覗《のぞ》きました。
「おやじは留守かい」
「いやいるよ」私は顎《あご》をしゃくりました。
「例の如《ごと》しか」彼は帽子をあみだにはねながらはいって来ました、「おやじが居眠りばかりしているんで世間も眠っちまやがった、こう平穏無事じゃあ社会部の記者はあがったりだぜ、なにかないかね」
 青野とは親しくしていましたし、正義感のつよい信頼のできる男でしたから、私はふとその手紙を出して見せました。彼は卓子に腰を掛け、ふんと鼻を鳴らしながらうち返し見ていましたが、「新生座っていうと明日から市立劇場で蓋《ふた》をあける劇団だな」そう呟《つぶや》いたとたんに彼は眼を光らせました。
「これ貰っていっていいか」
「冗談じゃない、いま来たばかりなんだ」
「だがどうせ屑籠《くずかご》へ入れるんだろう」
「それは僕の知ったことじゃない」
「おれに任せて呉《く》れ」彼は卓子からとび下りました、「探訪の結果に依《よ》っては連絡をとる、決して無良心なスクープはやらない、頼むよ」
 新聞記者の六感がどんなものか私は知っていました、彼はなにか感じたのです、それが却《かえ》って私を要慎《ようじん》させました。私が拒むと、彼はその手紙を持って、「よし、そんならおやじとじか談判だ」そう云って署長室へはいってゆきました。……私が郵便物の整理を終って、椅子から立上ったときです、青野は帽子を握りつぶしながらとび出して来て、えらいけんまくで「くそっ、寝ぼけ署長め」とどなりました。
「嗜眠性《しみんせい》脳炎にでもなって犬に食われちまえ」そして手荒く扉を閉めて出てゆきました。

[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]

 官舎へ帰って夕食を済ませてからでした、署長は背広に着替えながら、「新劇の俳優というのに会う気はないかね」と云います、私はすぐ今朝の手紙を思いだしました。
「なにそんな意味じゃない」署長は頭を振りました、「あの劇団には知った人間がいるんだよ、角谷貞夫といってね、たぶん来ているだろうと思うんだが……」
 私もすぐ立って着替えました。
「新生座というのは、ずいぶん苦闘して来た劇団だ」官舎を出ると、署長は溜息《ためいき》をつくような調子でこう云いました、「新劇界ではくさわけとも云えるし、時流に媚《こ》びず、正しい演劇精神を守る点では稀《まれ》な存在だった、本当に価値あるものが栄える時代なら、第一流として注目もされ、酬《むく》われもしただろう、然し悲しいことに日本では観客も批評家も新奇を追うことに急で、がっちりと正道を歩く、じみな仕事には飽き易《やす》い、経営は楽にならないし、仕事はどこまでも研究的だ、そこで若い者はちょっと踊れるようになり人気がつくと、あきたりなくなってとびだしてしまう、もっとみいりがよくて、世評にのぼる派手な劇団へね、……よくけちがついた、悪い興行師に食われたのも度《たび》たびだ、不入り続きで半年も休んだり、幾たびも主役女優を抜かれたり、……然し初めからの幹部たちはよく頑張ったよ、まったく悪戦苦闘というやつだったがね」
「たいへんお精《くわ》しいんですね、署長」
「僕かい」署長は煙ったいような眼をしました、「ああ、警視庁で検閲をやっていたじぶんから知合いでね」
「署長が今ここにいることを知っているんですか」
「知らないだろうね」こう云って署長は頭を振りました、「新生座がここへ来たのは、ここでひと人気とろうというのに違いない、どうか成功させてやりたいと思うが、蓋《ふた》をあける前からこんな不吉な事が起こるようではな……」
 やっぱりそうだ、署長の頭にはあの手紙の問題があったんだ。私はそう思うと同時に、新生座に対する署長の好意が、どうかこんどもよき実を結んで呉れるようにと祈りました。……栄町五丁目の吉田屋という三流どころの旅館に、一座は泊っていました。名だけ通じたので、単なるひいき客ど思ったのでしょうが、相対して坐っても、署長が「僕だよ」というまで相手にはわかりませんでした。
「これは奇遇です」角谷貞夫という男はぱっと顔を輝かせました、「五道さんがいらっしゃるとは知りませんでした、こいつは幸先《さいさき》がいいですね、まずひとつ乾杯させて下さい」
「じゃあこれで頼むよ」署長は用意して来た紙包を渡しました、「なに遠慮される程のものじゃない、どうせ引幕などというわけにはいかないんだ、心ばかりの前祝いだから」
 押し問答がありました。
「では頂きましょう、然しお断わりしておきますが、こんどの開幕劇はクウルトリイヌの『署長さんはお人好し』ですよ」
「それを先に聞くんだったね」
 みんな気持よく笑いました。
 広間のほうに席が設けられ、十八人の座員が並んで、簡単な肴《さかな》の膳《ぜん》に麦酒《ビール》と葡萄酒《ぶどうしゅ》とサイダーが配られました。五人の幹部は署長と馴染《なじみ》ですが、他は初対面の者が多いので、座長格の角谷が一人ずつ紹介をしました。私はそのとき女優の名に注意していたのですが、葉川美津子というのが一人で、あとは「みつ」というのに符合する名がありません、然も葉川美津子はもう三十を出たかと思える、色の黒い、ひどく陽気な、平凡すぎる容姿の女で、どうにもあんな手紙を出す人柄にはみえないのです。私は待つことにしました、そのうちにはなんらかのかたちで、必ず当人がその存在を示すだろうと信じましたから、……杯がまわるにつれて、思ひ出ばなしや高笑いの声が賑《にぎ》やかに響き始めました。みんな愉快そうでした、知的な仕事をする者に独特なわかりよさで、諧謔《かいぎゃく》を投げあい、酒落《しゃれ》や軽口に興じています。だがそのなかに、そういう雰囲気とはまじりあえないで、ひそかに反感をさえいだいていると思える人間がいることを、私はやがて気づいたのです、それは幹部の渡辺謙一と、若手の人気俳優だという星野欣三、そしてまだごく若い女優のひとり佐多玲子の三人でした。
 ――たしかに、あの三人にはなにかある、謎《なぞ》は必ずあのなかにある。
 私はこう思って、それとなく監視を続けていました。署長は常になくいい機嫌に酔いました、そして間もなく、「このなかにみっちゃんという名の子がいるかね」と大きな声をあげました、私はどきりとして、思わず署長の顔をぬすみ見ました。
「みつというのは僕の昔の恋人の名でね、同じ名の子には必ず敬意を表することにしているんだ、いたら此処《ここ》へ来たまえ」
「はあい、わたくしみつです」女優の一人が片手をあげました、「本名は橋本みつと申します」
「わたくし林三都子です」
「わたくしは小野美津乃と申します」
 つまり三人いたわけです、そして小野美津乃というのが、さっきからひそかに監視していた佐多玲子の本名だと知って、私の神経はにわかにひき緊《しま》りました。

[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]

「じゃあ橋本のおみっちゃんから来たまえ」
 署長がそう云うと拍手が起こり、その女優が活溌《かっぱつ》に立って来ました。私は席を三人ばかり隔てていましたので、少し乗出すようにして聞き耳を立てました。署長は飲み物を訊《き》いて、サイダーを注《つ》いでやりながら、すばやくなにか囁《ささや》いています。だが言葉は聞えません、橋本みつはけげんそうな顔で、署長の顔をぼんやり見返すだけでした、それで充分だったのでしょう、署長は杯をうち合せて、「林の三都ちゃん」と次を呼びました、それから小野美津乃を、……然《しか》し三人とも、期待するような反応はまったく示さなかったとみえ、署長はかなり拍子ぬけのしたようすでした。
 けれども私は見ていました、小野美津乃が立って来たとき、渡辺謙一と星野欣三が、彼女の姿をじっと見まもっていたのを、……渡辺の粘《ねば》りつくような(毒々しいくらいな)眼つきと、そして星野の燃えるような、なにかいちずに思い詰めているようなまなざしとを。
 みんなでシュミットボンの「街の子」の歌を合唱してから、署長と私はその宿を出ました。暖かな、おぼろ月の、うっとりするような晩でした。酒と文芸論と歌と、我われの生活とはかけ離れた、青春の夢や歓《よろこ》びに満ちた宴《うたげ》のあとで、こうした静かな宵の街を歩くことは、もしなにも心に懸《かか》ることがなかったらどんなに楽しかったでしょう、然し私は間もなく、自分の観察した三人のことを話しました。署長は黙って聞いていましたが、「どうも単純じゃあないね」と呟《つぶや》くように云いました。
「どの娘が手紙の主か、探りをいれてみたがわからない、助けを求めるくらいだから、なにか合図くらいはしそうなのに、……それさえできない事情があったのか、それとも、……とにかく明日は劇場のほうへいってみよう」
 署長の云うとおりです、殺されるから助けて呉れなどという手紙をよこして、こっちからいってみればそんなけぶりをみせる者もない、それほどの危険なら、あの場で「助けて下さい」ととびついても来られる筈《はず》です。では単なるいたずらでしょうか、……いや、私の頭にはあの三人の異様な容子《ようす》がこびりついていました、なにかある、なにか変事が起ころうとしている、そういう気持がどうしても頭から去りませんでした。
 翌日、私は署長に伴《つ》れられて新生座の公演を観《み》にゆきました。市立劇場はさして大きくもないし、古いうえに照明やその他の設備などもよくありませんが、英国風のがっちりとおちついた建物で、新劇の上演などにはいかにも調和した雰囲気をもっています。私たちはまず楽屋を訪れました、そして幹部の部屋へ案内されたのですが、はいろうとしたとき、中で激しく云い諍《あらそ》っている声が聞え、思わず扉口で立止りました。それほど諍いの声は激しかったのです、……私たちがはいるのと入違いに、渡辺謙一がひき歪《ゆが》んだような冷笑(またしても毒々しい感じの)をもらしながら出てゆきました。角谷貞夫はつとめて平静に迎えましたが、よほど昂奮《こうふん》していたのでしょう、指が震えていましたし、居合せた他の幹部たちも妙に不安なようすでした。
「昨夜はどうもわざわざ恐縮でした」角谷はこう云って私たちを直《す》ぐ廊下へ伴れ出すのでした、「もう間もなく開きますから、席のほうへ御案内いたしましょう」
「……なにかあったのかね」
「いやなんでもありません」署長の問いを避けるように、彼は慌《あわ》てて話を変えるのです、「こんどの賠償という五幕はぜひごらん下さい、創作劇では珍しく突込んだ心理描写をやっています、作者がまだ若いし、独逸《ドイツ》の近代劇にかなり影響されていますが、とにかく」
「あの戯曲は読んだよ」署長がそう遮《さえぎ》って云いました、「悲劇喜劇の正月号に載っていたのを、女を三人殺すあれだろう」
「そうです、お読みになったんですか」
「主役はたしか池田とか云ったが、あれは誰が演《や》るのかね、君かね」
「いや一日交代です、今夜は私ですが、渡辺と佐藤と倉島と一木、この五人で代る代る演ります、殺される女三人も同様です」
「つまり競演というわけだね」
「みんなの演技力を見て貰う意味です、新しい土地ではこれが劇団に馴染《なじ》んて貰ういちばんいい方法だと思いまして」
 楽屋から奈落《ならく》へ下り、観客席へ出た私たちは、二階へ上って正面の第一列に椅子を取りました、そこには既に新聞記者たちが四五人いて、顔み知りの者がこちらへ挨拶《あいさつ》しました、その中に毎朝の青野もいたのですが、彼は身を縮めて、私や署長の眼から※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]《のが》れたいようすにみえました、社会部のエキスパアトが、芝居の初日に現われる、然も昨日あの手紙の事があるので、私にはすぐ彼の意図が読めたし、私たちにみつかりたくない気持もわかるので、苦笑と共に自分でも緊張するのを感じました。

[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]

 客の入りはよくありません。第一の「署長さんはお人好し」の開幕までにようやく四分という、情けないありさまでした。その一幕物はご存じのとおり気の好い警察署長が色いろな人物に翻弄《ほんろう》され、さいごには狂人のために石炭庫へ閉籠《とじこ》められるという、フランス流の酒落《しゃれ》と諧謔《かいぎゃく》に富んだもので、署長を星野欣三が演りました。なにしろ警察署長がさんざんやっつけられる芝居だし、こっちには「寝ぼけ署長」がいるというわけですから、新聞記者たちの喜びは大したもので、幕が下りるといっせいに拍手しながら、顔はみんなこちらへ向けてげらげら笑うのでした。
「賠償」五幕はおもくるしく暗い芝居でした。或る実験医学の研究所へ通っている資産家の青年が平和な楽しい新婚生活をしている、一日、激毒物の壜《びん》の置き方を誤って、妻がそれを飲み、悶死《もんし》してしまう。五年ばかり経つ、男は前妻の妹と結婚する、ところが同棲生活を始めると共に、亡妻の幻影に苦しめられる、「潜在意識で妹を欲していたために姉を毒殺した」そういう妄想に捉《とら》えられる、第二の妻は彼を助けて、研究のほうへ頭を転換させようと努力する、或る日、妻と猟にゆこうとして、銃を検《しら》べているとき、とつぜん猟銃が発射し、妻は即死する。十年間の放浪生活、淫酒《いんしゅ》、賭博《とばく》、賭博《とばく》、そして第三の女が彼を救おうとする、然し再び妄想と幻影が彼を捉える、罪悪感が「賠償」を要求する、彼は第三の女を殺すことに依って賠償を果そうとする、そして寝室でそれを決行する。……過失に依る二回の偶然の殺人は彼を苦しめた、然し計画的な殺人のあとでは、それが法律で罰せられるゆえに、却《かえ》って妄想の苦悶から救われる。善不善、良心と法律、これらの問題がかなり突込んで描写されているのです。
 その夜は主人公の池田公一を角谷貞夫、第一の妻は布川あやめ、第二の妻は忘れましたが、第三の女は葉川美津子が演りました。第一幕の毒死と、第三幕の猟銃の誤射、第五幕の寝室の殺人、この三場面の演技は迫真力のある、かなり強烈なものでしたが、入りの少ない観客席には、残念ながら反響らしいものはみえませんでした。
 芝居が終ってから、署長は私を伴《つ》れて楽屋を訪れ、混雑している中で祝辞を述べて廻りました。そこへ二三の新聞記者もやって来ましたが、その中に青野庄助がいるのを認めただけで、署長と私とは先に劇場を出て来ました。
「良い芝居ですがあまり受けないようですね」
「君は芝居なんか観ていたのかい」署長はこう反問しました、「それじゃあきっと、……あの事なんかまるで気がつかなかったね」
「あの事って、なにかあったんですか」
 署長は答えませんでした。
「何かあったんですか署長」私はこう重ねて訊きました、「仰《おっ》しゃって下さい、いったいどんな事が……」
「第三幕だよ」署長はぽつんとこう云ったものです、「あの猟銃の発射するところさ」
 私は考えてみました、然し格別な印象はなにもありません、それ以上は訊いても答えて貰えないことは明瞭です。私は官舎へ帰るまで、そして帰って寝てからも、署長の言葉と第三幕の轟烈《ごうれつ》たる銃声が耳について仕方がありませんでした。
 明くる朝、署で郵便物の整理をしていると、また例の「みつ」という女文字の手紙が来ていました、こんどはそのまま署長のところへ持ってゆきました。
「必ず来ると思ったよ」署長は封を切りながら呟《つぶや》きました、「だが……」
 さっと眼をとおすと、なにか思いがけないことを読みでもしたように、暫くその手紙を眺《なが》めていましたが、やがて私のほうへ押してよこしました。それには次のような意味のことが書いてありました。「このまえ差上げた手紙は取消します、私のことは構わないで下さい、みんな思い違いでした、昨夜は宿へ来て下さいましたが、もう二度とあんなことはなさらないようお願いします、どうか私に構わないで下さい、新生座みつ」こんどはペンで書いたしっかりした字体でした。
「これはどういう意味でしょうか」
「書いてあるとおりか、その逆かだね」署長は椅子の背に頭を凭《もた》せかけました、「……医者は患者より聡明でなくてはならない」
「私には危険信号のように思えるのですが」
「やる気があるなら君に任せるよ」
「やってみたいと思います、少なくとも三人の目標は掴《つか》んでいるんですから」
「早合点はいけないぜ」署長はじっと私を見ました、「相手は俳優だからな、表情とか、身振りとか、発声とか、人の感情を動かす色いろな武器を持っている、要慎《ようじん》したまえ」
 私は笑って頭を下げました、然しおそらく確信のない笑いだったでしょう、署長はちょっと頭を振りながらこう呟きました。
「真昼に空を仰いでも、青い空と雲しか見えないけれども、深い井戸の中へはいれば、白昼に星を見ることができる、……晩には僕も劇場へゆくよ、今夜は芝居を観《み》にね」

[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]

 午後三時になると、許しを得て私は署を出ました、そして市立劇場の前にある「パン亭」という料理店にはいり、毎朝新聞の青野に電話をかけました。私は彼に助力を求めたのです、青野庄助はすぐやって来ました、麦酒とカツレツを注文してから、私はまず例の手紙を見せて、彼の意見を聞きました。
「僕も危険信号だと思うね」彼は手紙を返しながら云いました、「実はこっちでもちょっと探りを入れてみたんだ、あの劇団にはなにかある、たしかになにか起ころうとしているよ」
「探りを入れたというのは、ゆうべの楽屋でか」
「いや宿屋でおとついインタービウをやった」
「あの日は署長と僕もいったぜ、尤《もっと》も晩だったが」
「僕あ午前ちゅうだ、主な俳優たちと会ったんだが、内部にかなり険悪な空気のあるのを感じたんだ、或る若い女優をめぐってね」
「それは佐多玲子じゃあないか」
「うん、本名を小野美津乃という娘だ、然《しか》し単なる恋愛問題じゃあない、劇団内部になにかトラブルがあって、それに恋愛が深刻な絡《から》み方をしている、僕にはそうみえた」
「で、結局この手紙の主は佐多玲子かね」
「わからんね、直に会えればいいんだが、あそこじゃあ絶対に一人で外へ出さないんだ」
「やってみたのかい」
「角谷という座長に交渉してみたんだ、一緒に飯を喰《た》べたいといってね、ところが座員は男女に限らず一人では外出させないという返辞だ、そして事実そのとおりなんだよ」
 青野は旅館の周囲を監視したり、女中たちから聞き込みをしたり、かなり熱心な探訪をやっていました。それに依ると新生座には厳格な規則があって、旅興行ちゅうは単独で外出したり、客に招かれたりしてはならないということが固く守られている、従ってこんどのような場合には、当人が積極的にとび出してでも来ない限り、外から容子《ようす》を探ることは不可能に近いというのでした。
「ではやっぱり待つより仕方がないな」
「そうだ」青野は頷《うなず》きました、「もしいま警察で手を入れたとしても、恐らくなにも掴《つか》めやしないだろう、その点は実にがっちりしたもんだ」
「君は今夜も芝居へゆくかい」運ばれて来たカツレツへナイフを入れながら私が訊《き》きました、「署長もゆくと云ってるが……」
「ゆくとも、問題はあの舞台にあるとさえ思っているんだ」
「どういう意味で……」
「ゆうべ賠償の第三幕で」こう云いかけてぐっと麦酒を呷《あお》った彼は、急に頭を振りながら言葉をうち切りました、「然しこれはまだ云うには早いだろう、とにかくあの舞台は注目する値うちがあるよ」
 賠償の第三幕、それはゆうべ署長の口からも聞いたことです、青野も同じことを云うからには、気づかなかった私の迂濶《うかつ》さは別として、なにかあったことは事実に違いありません、私は改めて、今夜の芝居こそは注意して観ようと思うのでした。
 その夜も客の入りはよくありませんでした、初日より或いは悪かったかも知れません、俳優たちは熱心で、入りのよし悪しなど念頭におかない精いっぱいの演技をみせましたが、それが却《かえ》って寒ざむしく感じられるほど、客席は淋《さび》しいものだったのです。……青野は「賠償」の第二幕が終ってから、せかせかと二階の席へ来ました。
「君は楽屋へいかなかったね」彼は私の隣りへ掛けるとすぐこう云いました、「僕あ今までいたんだ、面白い事実を一つ掴んだよ」
「なんだい」私は思わず乗出しました。
「佐多玲子というのは葉川美津子の娘なんだ」「だって姓が運うじゃないか」「いや葉川は芸名で本当は小野葉子っていうんだ、そしてトラブルの中心はあの母娘にある、僕はそう睨《にら》んだ、もっとあるがあとで話そう、幕があがる」
 問題の第三幕が開きました。……主役の池田は一木兵衛が演《や》り、第二の妻を佐多玲子が演りました、私はなにが起こっても見※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]《みのが》すまいと注意を集めて舞台面に見入りましたが、脚本のよさと演技の巧みさにひきずられ、昨夜とは違った意味で、いつか知ら芝居のほうへ注意をもってゆかれてしまいました。猟銃が誤って発射されるとき、銃声が昨夜ほど大きくなかったように思っただけで、結局なにごともなく第三幕は終ったのです。
「いまの佐多玲子の芝居はうまいな」廊下へ出て喫茶室へはいりながら、青野はせかせかとこう云いました、「昨夜の女優とは段違いだ、あれは大したものになるぜ、然し、……ちえっ、芝居の珈琲《コーヒー》ってどうしてこんなにまずいんだろう」
「今夜も第三幕になにかあったかい」
[いや無かった、が、無かったことが昨夜あった事を証明するんだよ、……そのまえに葉川母娘の話の続きだが、あの玲子を中心に少なくとも三人の男が対立している」

[#6字下げ]六[#「六」は中見出し]

「一人は幹部の渡辺謙一だろう」私がそう云いました、「それから若手の星野欣三、僕はそう見たがね」
「星野はたしかだ、渡辺には気がつかなかったが、成瀬京太郎と吉岡東作、この三人が玲子をめぐって激しい競《せ》り合《あい》をやっている、君の見た渡辺謙一を入れるとすれば、四人だね」
「玲子は誰に好意をもっているんだ」
「わからない、寧《むし》ろ誰にも好意をもっていないんじゃないかと思う、あの娘は芝居もうまいが男を操るのも上手《じょうず》だ、彼等をひき寄せたり突放したり、歓《よろこ》ばせたり失望させたり、実に巧みにあやなしている、尤《もっと》もそれには母親の葉川が軍師になっているらしいが、とにかくあの四人の他《ほか》にも、葉川母娘に操られている男はかなり有るようだ、つまり新生座の癌《がん》的存在と云ってもいいだろう、ところが母親は老《ふ》け役《やく》女優ではすばらしい腕を持っているし、娘がまたあのとおりずばぬけてうまい、母娘を放逐することは劇団にとって致命的な打撃になる、……悲劇が起こるとすればこの点に中心があるんだよ」
「うまく三面記事が出来たね」とつぜん私たちのうしろでそう云う声がしました、「さすがに新聞記者は眼と耳が速いよ」
 振返ってみると、いつ来たものか、すぐうしろの卓子で、わが寝ぼけ署長が紅茶を啜《すす》っていました。
「だが書いちゃいかんぜ、青野さん」署長は銀貨を卓子の上へ置きながら、人をばかにしたような調子でこう云いました、「書いちゃいかん、さもないと君は後悔するぜ」
 そしてゆっくりと廊下へ出てゆきました。私は青野を見ました、彼は署長のうしろ姿に向って拳《こぶし》を振上げ「たぬき爺《じじ》いめ」と低く罵《ののし》りの声をあげました。
「あのおやじが署長になってから警察記事は止ったきりだ、事件らしい事件記事は根を断っちまった、だがこんどはそうはさせないぞ、みているがいい、こんどこそは」
 彼の言葉に符を合わせたように、間もなく思いがけない出来事が起こりました。それは第五幕の芝居ちゅうです、……第五幕では主役の池田公一が、十年放浪の生活のあと、第三の女性に(林三都子の役)救われるのですが、前に云ったような心理的原因から、寝室でその女を殺すという筋です。演技はカタストロフィーに向ってぐんぐん進みました、そして寝室での男女の対話が激しくなり、男は女を寝台の上へ投げだします、女が叫ぶと、男はのしかかって寝台の上で女の首を掴む、女の髪毛が白いシーツの上から床へ垂れる、男は女の首を絞めます。
 ここまで来たときでした、階下の観客席からとつぜんするどい女の声で、いけませんいけませんと叫びだした者があるのです。
「いけません、皆さん止めて下さい、あの人は本当に殺します」
 それは非常に鋭い、ひき絞るような叫びでした。舞台上の息詰るような演技と、その異様な鋭い叫び声とは、劇場内の有ゆる人たちを撃ち、慄然《りつぜん》とさせました。
 観客たちは椅子から半ば立ち、叫んだ声よりは舞台の上へといっせいに注意を集めました。
 二俳優の演技も一瞬止ったようです。然しそれはごく僅かな時間のことで、その場面はすぐ暗転になり、場内には明るく電燈が点《つ》きました。……もちろん、観客たちの好奇心はそれでおさまりはしません、いま暗転になった舞台で、果して殺人が行われなかったかどうか、とつぜん叫びだした女はなに者か、みんなそれぞれの意見や想像を述べ合うので、客席は騒然たるありさまでした。
 場内が明るくなったとき、私は青野がいないのに気づきました、署長はと見ると、ひとかわ後ろの席で惘然《もうぜん》と口髭《くちひげ》を舐《な》めています、私は急いで廊下へ出ようとしましたが、署長に呼止められました。
「楽屋へゆくんです、いまの女優が」
「掛けていたまえ」署長はけだるそうに舞台へ顎《あご》をしゃくりました、「挨拶《あいさつ》が始まるよ、なにも心配することはないのさ」
 実際そのとき暗転幕の前へ、スポットを浴びて角谷貞夫が出て来ました。彼は明らかに昂奮《こうふん》し、思いなしか声が震えていました。客席に拍手が起こり、角谷は挨拶を始めましたが、ひどく感情的な、突っかかるような調子が耳ざわりでした。
「お騒がせして申し訳ありません、唯今の叫び声は演技の妨害を覘《ねら》った悪戯《いたずら》だと思います、わが一座には決してあのような事実はございません、残念ながら悪戯をした人間を捉《つかま》えそこないましたので、なんのための妨害か判明しませんが、今後いかなる悪意ある妨害を受けましょうとも、我われの演劇に対する情熱は不動です、どうぞ公演ちゅう皆さまの御援助をお願い致します」
「昨日の第三幕はどうした」とつぜん二階の隅のほうから絶叫があがりました、「猟銃に弾丸が填《つ》まっていたじゃないか」
 角谷は絶句し、客席は騒然となりました、私はすぐ声のしたほうを見ましたが、そこにはもう誰の姿もみえませんでした。

[#6字下げ]七[#「七」は中見出し]

 角谷は更に弁明を重ねて引込みましたが、客席には釈然としない気分が濃く、そのため第五幕第二場はひじょうな緊張のうちに、注目と興味を浴びて演ぜられる結果になったわけです。……その第二場が始まるとすぐ、青野が席へやって来ました、彼はせいせい息をはずませながら、昂然として署長にこう云いました。
「明日の毎朝新聞をぜひ見て下さい、署長、そのあとで誰が後悔するかを定《き》めましょう、お先に失礼します」
 そして彼は廊下へとびだしてゆきました。
「いま向うの隅でとなったのは青野じゃあなかったでしょうか」私はふと思いついて、こう署長に囁《ささや》きました、「あの声はどうも青野だったと思うんですが」
「いいはんじょう[#「はんじょう」に傍点]だったね、もちろんあの男さ」
「そしてあれは本当ですか、ゆうべ第三幕の猟銃に弾が填まっていたというのは」
「明日の毎朝新聞を見たまえ、きっと僕が話すより精《くわ》しく書いてあるよ、但し精しいという点だけだろうがね……」
 劇場での出来事と、翌日の毎朝の記事とは、全市を沸き立たせました。……ここにその切抜があります、このとおり三面のトップへ初号の大標題《おおみだし》で「舞台上の殺人」とやってありましょう、さすがに名は隠してありますが、「某女優をめぐる恋の紛争」とか「幹部俳優間の嫉視《しっし》反目」とか「過失を装う舞台上の謀殺」とかいう煽情《せんじょう》的な小標題がついています。
 要約すれば、さっき申上げた葉川母娘をめぐる恋の競《せ》り合《あい》と、演技上の意見のくい違いから幹部のあいだに反目がある、それに一座を粛正しようとする良心派が加わり、これらが某女優を中心に今や紛糾の爆発点へ来ている。……そしてその危険は既に現実となった、「賠償」の第三幕に猟銃を誤って発射し、妻を即死させる場面がある、通例として芝居の銃声は舞台裏で擬音係がやるものだ、初日の芝居では舞台裏でも擬音係が銃声を発したが、舞台で主役の持っている銃からも轟然《こうぜん》たる銃声が起こった。……猟銃には実包ではなかったが、空弾が填まっていたのだ、記者は舞台の書割《かきわり》の一部が、微《かす》かに焦げているのを実際に見た。もし初日の客に炯眼《けいがん》の士がいたら、そのとき舞台上の二人の俳優が、ひじょう驚愕《きょうがく》にうたれたのを見抜かれたに違いない、劇の筋そのものが驚愕を描いているのだが、そのときの二俳優の驚きは演技を遙かに超《こ》えたものだった、即《すなわ》ち、そこでは過失を装って謀殺が行われようとしたのである。
 それから二日めの夜、同じ劇の第五幕で叫ばれた、「止めて下さい、あの人は本当に殺します」という出来事をとりあげて、これは一座の中の誰かが客席から見ていて、まさに起こらんとする事件の怖《おそ》ろしさに耐え兼ね、我知らず叫びだしたに違いない。折から二階にいた記者は、すぐさま階下へ駆け下りてみたが、案内人の証言に依《よ》ると劇場から外へ出た者はなかった。然《しか》も四分の入りで客席は疎《まば》らだから、叫んだ当人が場内にいれば発見されない筈《はず》はない、即ち、叫んだのは一座の者で、内部の激烈な紛糾と、なにが起こらんとしつつあるかを知っている人間だ。「数千人の見ている舞台上で、公然たる殺人が行われようとしている」記事はこう結んであります、「今夜か、明日の晩か、いつか必ずその舞台上で、公衆の観《み》る前で、見えざる手が誰かを殺すだろう、……当局は即刻、新生座の公演に中止を命ずべきである」
 この記事を読むと、署長は鼻でふんといいました。それからのどかな春の朝日のさし込む窓際へいって、城山公園のほうを暫く眺《なが》めていました。私はなんとも気まりが悪くなってしまいました。
「どうも、すっかり青野にだしぬかれまして」
「……なにがだい」
「お引受けしたんですが手懸《てがか》りがなくなって、青野にこんなスクープをされてしまって、どうも申し訳ありません」
「ああそのことかい」署長は向直って、ゆっくり椅子に掛けました、「それなら、なにも申し訳なくはないよ、事件はなにも始まってやしない、人山を見る、我水を見るさ、なにかあるならこれからだ、急ぐことはないよ」
「捜査係にも頼んでいいでしょうか」これは実のところ弱音でした、「私ひとりではどうも不安心なんですが」
「もう十人ずつ遣《や》ることになってるよ」署長は大きな欠伸《あくび》をしました、「楽屋と客席を見張るようにね、交代で毎晩やることに定めた、いい芝居を観るだけでもむだじゃないからな」
「十人ずつですか」私は思わず訊《き》き返しました、「署長もそれ程にお考えなんですね」
「人山を見る、我水を見るさ」
 私は半ば茫然《ぼうぜん》として、いかにも眠たげな署長の横顔を見まもったものです。

[#6字下げ]八[#「八」は中見出し]

 その夜からの新生座の公演ほど、観客に昂奮と戦慄《せんりつ》を与えたものは無いでしょう。前夜の噂《うわさ》と毎朝新聞の記事とで、好奇心に駆られた客は、開場の二時間も前から詰掛け、開幕前に早くも満員の札が掲げられました。また楽屋に五人、客席に五人、それぞれ制私服の警官が張込んでいて、絶えず周囲を警戒してまわる、それがいっそう場内の空気を緊張させるようでした。
 楽屋には張込がいますから、私はずっと毎《いつ》もの席で芝居を観ました、「賠償」の幕が開いてからの、客席のありさまは御想像に任せます。
 その夜はなに事もなく、寧《むし》ろひじょうな成功で終演しました。翌日の新報知紙に、新生座の名で毎朝の記事に対する抗議が載りましたが、それは逆に市民の好奇心を煽《あお》ったに過ぎません、四日めも満員、五日めも同様で、芝居は曾《かつ》てない喝采《かっさい》のうちに終りました。然し、六日めになって、佐多玲子の欠勤と代役の掲示が出ました。……それは「賠償」の開く前のことでしたが、垂幕の上にその掲示が出ますと、隣りにいた青野が弾《はじ》かれたように椅子から立ちました。
「おい一緒にゆこう」彼は私の腕を掴み《つか》ました、「いよいよ始まったぞ」
「楽屋には張込がいるんだ」
「なんの役に立つものか、来いったら」
 彼は殆んど力ずくです、私は彼といっしょに席を立ってゆきました。……然し毎朝新聞の記者であり、例の記事を書いた当人ということがわかっていますから、楽屋では彼との面会を拒みました、それを押して会う権利はありません、彼は応待に出た若い座員をとらえて「佐多玲子の休演の理由は」と質問しました。
「佐多は、あの人は、病気です」
「病名はなんです」彼はたたみ込みました。
「僕は知りません」
「宿に寝ているんですか、楽屋ですか」
「どっちでもないようです」そう云いかけて若い座員はひどく狼狽《ろうばい》しました、「い、いや知りません、僕はなんにも知りません」
「同じ座員で同じ宿にいて、このくらいの事を知らんのですか」
「知らないものは知らないです、もうなにも云えませんから帰って下さい」
「帰ってもいいよ、だが角谷氏にこれだけ伝えて呉れたまえ、僕は佐多玲子の身になにか間違いがあったと思う、これは先日の記事と関係があると睨《にら》んだ、それで差支えないかどうか、……待ってるから聞いて来て呉れたまえ」
 若い座員は幹部の室へゆきましたが、すぐに戻って来て、「佐多は宿で寝ています」と答えました。
 そして私たちは楽屋を去りましたが、青野は席へは戻らず、「今夜はもう此処《ここ》へは来ないよ」と云ったまま、とびだすように劇場を出てゆきました。佐多玲子の休演は、単に青野や私だけでなく、当夜の客たち全部にとって疑問符だったでしょう、それから終演まで、劇場ぜんたいが、まるで憑《つ》かれたような緊張感に掩《おお》われ、第三幕の猟銃の誤射のときなど、銃声と同時に平土間の客席から女の悲鳴があがったくらいでした。それは演技が真に迫ったのと、おそらくは恐怖に対して敏感すぎる人の、我知らず発した叫び声だったのでしょう、その人の用囲で忍び笑いが起こっていましたから、でもとつぜん「きゃっ」と叫ばれたときは、場内のあらゆる人が(舞台上の俳優たちまで)ほんの一瞬ですがたしかに色を変えたと思います、結局その夜も上々の好評で芝居は終りました。
 明くる日の毎朝は、また三面のトップで佐多玲子のふしぎな失踪《しっそう》を書き立てました。これがその切抜です。「花形女優の奇怪な休演」という大標題です、内容は、病気休演というので記者がたしかめたところ、責任者は言を左右にして会わず、追求の結果「宿で病臥《びょうが》ちゅうなり」との答えを得た、記者は即刻一座の宿泊する旅館を訪《たず》ねたが、そこには佐多玲子はいなかったし、宿の者の話では前夜来その姿を見ないと云う。……数日前、記者は近く悲劇の起こるべき事を予告した、佐多玲子は果してその第一の犠牲者で無いだろうか、眠れる司法当局に問う、佐多玲子はいずれに在《あ》りや? こう結んであるのです、颯爽《さっそう》たるものですよ。
 毎朝がここまで書くのですから、他の新聞も黙殺できなくなり、「殺人舞台」とか、「恐怖の演技」などという標題で、それぞれ記事を掲げました。毎朝にスクープされたあとですから、義理に扱った程度ですが、これは市民の興味をいやが上にも煽り、新生座の公演は十日のうち八日間ぶっ通しに満員続きという、未曾有《みぞう》の、そして極めて皮肉な結果になったのです、そして楽の日が来ました。

[#6字下げ]九[#「九」は中見出し]

 その朝、署長のところへ角谷貞夫が訪ねて来ました、署長は快く会いました。
「いい成績だったそうで、おめでとう」
「色いろ不愉快な事もございましたが、お蔭さまで成功しました、御尽力にはお礼の言葉もありません、有難うございました」
「お礼は僕から云うところさ」署長はパパストラトスの箱をすすめながら、「久し振りで芝居らしい芝居を、それも唯で観《み》せて貰ったんだから、一本どうだね」
「頂きます」角谷は煙草に火を点《つ》けてから、ちょっと眩《まぶ》しそうな眼をしました、「ときに一つお願いなんですが、もう一週間ばかり続演の許可が頂けないでしょうか」
「…………」署長は黙っていました。
「劇場のほうは貸すと云って呉れます、せっかくの入りですから、実はみんなが惜しがりまして」
「いけませんね」署長はゆっくりと、ひと言ずつこう答えました、「僕はここで寝ぼけ署長という名を貰っているんだよ、このうえお人好しという名は貰いたくないからね」
「それでは第一の脚本を変更しまして」
「角谷君」こう遮《さえぎ》って、署長はじっと相手の眼をみつめました、「君には、僕が、それほどの馬鹿にみえるかい」
 角谷貞夫は恟《ぎょ》っとしました、そして眼を伏せたきり暫くは身動きもしませんでした、それはまるで頬《ほっ》ぺたに平手打ちをくった人のような、うち萎《しお》れた姿でした。署長は煙草を(例の下手《へた》くそな)手つきで弄《もてあそ》びながら、しんみりとした調子でこう云い添えました。
「僕は君たちの劇団が好きだ、これまで恵まれなかったことを、毎《いつ》も残念に思っていた、然しこんどは君たちの演技力が、はっきり観衆にわかったじゃないか、……この市でこれだけ成功すれば、必ず興行界に注目される、頑張りたまえ、君たちの善闘の酬《むく》われる時が来た、新生座は間もなく第一流の劇団になれるよ」
 新生座は十日間の公演を終り、予想外な収穫を得て市を去りました。二日めの夜の出来事と、毎朝紙の記事が捲《ま》き起こした謎《なぞ》は、未解決のままで、暫く市民の好話題になっていました、青野なぞは一座を追って、次の興行地まで探訪の手を延ばしたくらいです、然し謎はついに謎のまま、いつか噂《うわさ》も消え、やがて忘れられてしまいました。
 さよう、あれは事件があってから半年ほど経ってのことでしょう、或る日、青野から電話で呼び出しが掛ったので、私は例の「パン亭」へでかけてゆきました。彼は独《ひと》りで麦酒《ビール》を飲んでいましたが、私が掛けるのを待兼ねたように「いっぱい食った」とどなりだしました。
「いっぱい食った、正《まさ》にいっぱい食ったよ」
「いきなりなんだ、いったいなにを食ったんだ」
「あの新生座事件さ」彼は少しもう酔いの出た顔で、私を睨《にら》みつけながらこう云いました、「あいつは狂言だ、殺されるから助けて呉れという、最初の手紙も、猟銃の弾丸も、客席からの女の叫びも、なにもかも計画的な狂言なんだ」
「だって君、それは現に君自身が探訪して……」
「だから食ったって云うんだ」青野は麦酒を呷《あお》って続けました、「あの一座は解散に瀕《ひん》していた、あの興行が乗るか反《そ》るかだった、この市で成功すれば救われる、失敗したら解散だ、詰り一座の運命を賭《か》けて来たんだ」
「それは穿《うが》ち過ぎだと思うな、だって、あれが巧みな宣伝だとしよう、然しその結果、毎朝紙で書かれた記事はどうだ『当局は即刻上演中止を命ずべし』とあったじゃないか、そして実際のところあんな騒ぎになったら、上演中止になり兼ねないぜ」
「それがならなかったじゃないか」
「うちのおやじだからさ」
「それを新生座では知っていたのさ」
 いや! 私は反対しようとしました、初めて旅館へ訪ねていったとき、署長が「僕だよ」と云うまで、一座の者にわからなかった事実を知っていますから、然し次の瞬間、角谷貞夫が公演延長の依頼に来たときの会話を思いだして、はっと私は口を噤《つぐ》みました。「寝ぼけ署長の上にお人好しまで貰うのは厭《いや》だ」それから「僕がそれほど馬鹿に見えるかい」というあの言葉です。
「本署長が五道三省なら大丈夫だ、彼らはそうみこんでやった」青野は続けてこう云いました、「そしてあの狸《たぬき》も、あの嗜眠性《しみんせい》脳炎おやじもそいつを承知していたんだ、承知のうえで、えへらえへらと訳のわからないことをしやあがった、書いちゃいかんぜ、青野さん」
 彼はたいそう上手《じょうず》に署長の声を真似《まね》ました、「あの猫撫で声はどうだ、書いちゃいかん、さもないと後悔するぜ、青野さん、へっ、ところがこっちは書いちゃった、むやみに書いちゃった、宣伝はみごとに当って、あのとおりの大成功だ、そして、でここに哀れをとどめたのは青野庄助ただ一人さ」
「然し佐多玲子を取巻く恋愛事件まで狂言じゃなかったろう、玲子の失踪《しっそう》まで拵《こしら》えたというのは念が入りすぎているぜ」
「あれだけは狂言外だ、然し内容はごく単純だったのさ、渡辺謙一というのが、あの母娘を中心に新しい一座の組織を企《たくら》んでいたんだ、そしてまず玲子を脱走させたんだが、結局は失敗して渡辺だけ一座を去ったらしい」
「ずいぶん精《くわ》しく調べたもんだね」
「寝ぼけ署長を筆誅《ひっちゅう》してやろうと思ってさ」彼はぎろっと眼を光らせました、「あの狂言を承知で片棒|担《かつ》ぐなんて涜職《とくしょく》だからな、然しおれにはできなかった、あの狸おやじの大きな愛情がわかったから、……君はまだ知るまいが、新生座はあれから好評続きで、間もなく東京で自分たちの小劇場を建てるそうだ、そのきっかけはこの市での成功だ、おやじの寛大な愛情がその蔭にある、狸はあの細っこい眼で、なにもかもじっと見ていたんだ、そっぽを見るような風をしてね、おれはあの嗜眠性脳炎おやじが大好きだ、おれはすっかり惚《ほ》れちゃったぞ」
 そう云うなり青野庄助は卓子の上へ俯伏《うつぶ》してしまいました。――そうだ署長は見ていた、私もそう頷《うなず》きながら「我水を見る」という署長の言葉を、口のなかで呟いてみました。



底本:「山本周五郎全集第四巻 寝ぼけ署長・火の杯」新潮社
   1984(昭和59)年1月25日 発行
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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