解放(2) ◆LuuKRM2PEg





(ほう……あのバイオレンス・ドーパントは洗脳されているだけでなく、その上で変装も行っているとは。どのような技術で行っているのか、実に興味深いですね)

 井坂深紅郎が変身したウェザー・ドーパントは、村雨と呼ばれた仮面ライダーと思われる赤い戦士の宣言を耳にしてそんな感想を抱く。
 この島には最初に戦った怪物や少女達のように、何らかの特異な能力を持つ存在が数多くいる。だから今更どんな相手と出会おうが驚かないと思っていたが、村雨の推測は実に興味深い。もしもバイオレンス・ドーパントを操っている溝呂木という男と接触できれば、進化の手段を得られるかもしれなかった。
 その為にも交渉材料としてティアナ・ランスターとバイオレンス・ドーパントは勿論、ゼクロス達のグループにいる誰かを確保したいが、この状況で飛び込む訳にもいかない。ウェザーの力を最大限に使ったとしても、数も戦力は村雨達の方が圧倒的に上だった。生身の良牙や一条という男に稲妻を落としても、そこから村雨に攻撃されたら元も子もない。
 とにかく今は、チャンスを窺わなければならなかった。あと一人、何らかの火種が欲しい。そうすれば、あの二人を確保する道筋が開ける可能性があった。
 思案を巡らせていると、少し離れた場所で植物が揺れるのをウェザー・ドーパントは聞き取る。振り向いた先では、禍々しい形状の刀を構えた奇妙な怪物が歩いているのが見えた。
 皮膚は平安時代の貴族が着るような衣服を彷彿とさせて、両肩には魚の頭蓋骨とよく似た装甲が飾られている。仮面のように動かない口元に生えた鋭い歯は、薄気味悪さを演出させていた。

(あれはドーパント……いや、何らかの怪物でしょうか? あの黒岩省吾が変身するような……)

 一瞬、ガイアメモリによって生まれるドーパントと思ったが、あのような固体は見た事がない。むしろ、未知の存在であると考えた方が自然だった。
 その怪物にはすぐに興味が惹かれたが、素性が分からない以上は迂闊に声をかけられない。そもそも理性があるのかどうかさえ、判別がつかなかった。
 だからといって、このまま放置するのは惜しい。どうしたものかとウェザー・ドーパントが考えている。




 三途の池で身体を休めてから、筋殻アクマロはひたすら木々の間を歩いていた。
 いくら知略を巡らせて殺し合いに優勝するとしても、たった一人ではやれる事に限界がある。スバル・ナカジマに邪魔者の排除を任せたが、もしも血祭ドウコクのような怪物と出会ったら一巻の終わりだし、既に殺されている可能性があった。
 別に彼女一人が死んだところでどうという事はないが、そうなっては今後の戦いが不利になる。なので、今からでも代わりの戦力を探す必要があった。
 捨て駒になるような弱者なら暴力で屈服させて配下にし、それなりの実力を持つ者ならば上手く同盟関係を結び、あの本郷猛達のように殺し合いを打ち破ろうとする集団があるなら取り入る。この状況では簡単にいかないだろうが、それでも行動しないわけにはいかない。
 腑破十臓が死んで裏見がんどう返しの術が出来なくなった以上、地獄を齎すには主催者達の味方となる方法を取るしかないのだから。

(合流まで時間があるので遠回りしてみれば……おやおや、これはまた凄い状況になっておりますな)

 志葉屋敷のある村に向かう前に、他の参加者を探す為にあえて遠回りをする形で森を歩いていたら、一触即発と呼ぶに相応しい舞台に辿り着いた。
 ドーパントと思われる二体の怪物と、生身の男が二人と、仮面ライダーと思われる異形と、プリキュアと思われる少女が一人と、そしてアヒルが一匹だけ。どういう状況なのかは知らないが、そこにいる者達は睨み合っている。
 恐らく、あそこで戦いが起こっていたのだろうが、何らかの要因で中断せざるを得なくなったのだろう。故に、あの状況は不安定となっており、少しの不確定要素が入れば一気に爆発する可能性もあった。
 尤も、アクマロは下手に飛びこむつもりは無い。上手く行けばあの参加者達を一網打尽に出来るのは確かだが、何の策も無しに干渉したとしても袋叩きになるだけ。素性の分からない連中を前に下手な行動は選べないが、だからといってこのまま放置するのも惜しい。
 もしも奴らが利用出来るのならば、今後の行動で利益となるかもしれないからだ。始めはこの外見で怪しまれるだろうが、正義の味方を気取る者達の同情を誘えるように振舞えばいい。
 とはいえ、少しでも怪しまれたら即刻で切り捨てられるよう、常に優位な立場に立てるように地盤を固めなければならないが。

(どなたかあの場を引っかき回してくださる方はいないものか。例えるなら、あそこにいる白いドーパント……あの方が何かをしてくださるなら、我も行動に移せるのですが)

 不意に、アクマロは参加者達が集まる舞台から視線を外して、少し離れた場所に目を向ける。そこには、アクマロと同じように戦場を覗いているドーパントのような白い怪物がいた。
 もしかしたらあのドーパントも、あれだけ集まった参加者に興味を抱いているがどう対処するべきなのか、悩んでいるのかもしれない。そう、アクマロは推測する。
 ノーザの時のように接触するのも悪くないかもしれないが、何を考えているのか分からない相手なので迂闊に近づけない。もしも優勝を目指しているのであれば、逆にこちらが利用されてしまう恐れもある。

(……仕方がありませぬ。どうやら、ここは引かざるを得ないようですな。何も手駒は奴らだけでは無い故、急ぐ事も無いでしょう)

 このまま膠着状態が続くのであれば、長居は無用だった。
 あの参加者達は興味深いが、何らかのきっかけで戦いが始まっては飛び火する恐れがある。こんな所でダメージを追うのは御免だった。
 そう結論付けたアクマロは物音を立てないよう、ゆっくりと歩を進める。無駄に時間を食っただろうが、安全を確保する事が何よりも重要だ。
 そうして離脱出来るかと思った瞬間、アクマロは視線を感じる。それに気づいて反射的に振り向くと、戦場の中にいる鉄球を持ったドーパントが、こちらを見つめていた。

(気付かれた!? いや、たまたま目線が合っただけ……? どちらにしても、あのドーパントと我は離れております。ならば、焦る事も無いでしょう)

 アクマロはほんの一瞬だけ動揺したが、すぐに精神を落ち着かせる。
 例えあのドーパントがこちらに気づいていたとしても、周りには囮となる参加者達が大勢いた。あのドーパントが動き出したとしても位置から考えて、その後に参加者達が食い止めるに違いない。
 ならば焦る事も無いとアクマロが思った、次の瞬間だった。

「あ、ああ、あ、あ、あ……ああああああああああああああああああああ!」

 視線を交錯させていた鉄球のドーパントがいきなり叫び、地面を蹴って一直線に突っ込んでくるのを、筋殻アクマロは見た。




『こんなこと、俺はくだらないと思う! だから絶対、殺し合いなんてやめてほしい!』

 あの五代雄介という男が最後に遺した言葉が、バイオレンス・ドーパントに変身したスバル・ナカジマの心の中でずっとリピートされていく。
 愛する筋殻アクマロにとって邪魔者でしかないプリキュアの一人、キュアブロッサムの言葉を聞いてからずっとそうだった。彼女を叩き潰さなければならないのに、何故かこの腕が震えてしまう。もうこの手で多くの命を奪ってきたのに、今更どうしてこうなるのかがまるで理解出来なかった。

『もうやめてよ……スバルさん!』

 美樹さやかと一緒に行動する際にその姿を騙った、鹿目まどかの声が脳裏に響く。
 こんなのは幻聴だ。彼女の話を聞いても何にもならない。愛するアクマロ様の為にも、早く消えてしまえ。

『あなたはこんな事、本当は望んでないはずだよ!』
『そうよ! これ以上続けたって何の意味もないし……何よりも、つぼみだって悲しむ! だからもうやめて!』

 鹿目まどかに続くかのように、今度は美樹さやかの声まで聞こえてくる。
 もうやめろ。今更、どうして出てくるのか。あたしは参加者を皆殺しにすると決めたから、邪魔をするな。
 彼女達の声を振り払おうとしても、それをすればするほど聞こえてくる。まるで、亡霊となって邪魔をしているかのようだった。
 アクマロへの愛情と、犠牲者達の声。それらが心の中で拮抗して、彼女の動きを止める要因となっていた。
 一体どうすればいいのか……そんな悩みが生まれて、不意に視線を移した頃に彼女は見た。

「あ、ああ、あ、あ、あ……」

 ここから少し離れた場所に、愛する外道がいる。全てを尽くしてみせると誓った、筋殻アクマロがいたのだった。
 その姿を見たスバルの胸は高鳴っていく。ああ、愛するあのお方が見ていてくれている。このまま他の参加者達を殺せば、アクマロ様はきっと褒めてくれるはず……

『溝呂木眞也に成り済まし、一人でも多くの参加者を殺せ……』

 しかし彼女の愛情は、脳裏に湧き上がった言葉によって途端に収まっていく。

『特に俺の偽物は優先的にだ』

 続くように駆け巡る言葉によって、スバルを満たす愛情は瞬時に殺意へと変わっていった。
 何故、全てを任せてくれた筈のアクマロ様があそこにいるのか? アクマロ様ならば迂闊に正体を悟られるような事をしない筈なのに、どうしてあんな所にいるのか?
 もしかしたら、あのアクマロは偽者なのではないか?

『俺の名を騙るような奴は、お前だって許せないだろ?』
「ああああああああああああああああああああ!」

 その推測に至った瞬間、スバルは……否、バイオレンス・ドーパントは猛獣のような雄叫びを発しながら走り出していく。
 そうだ、アクマロ様の名を騙る愚か者がいると、アクマロ様は教えてくれた。そしてアクマロ様は、そいつを優先的に殺せと言っている。だから、奴を殺さなければならない。
 本当のアクマロ様なら、隠れている最中に姿を見られるような失態を犯したりなどしない。それも分からず、ただ姿を真似ているだけの奴が許せなかった。

(許さない……よくも、よくもアクマロ様を愚弄したな! 絶対に殺してやる!)

 後ろにいるゼクロスという奴やつぼみの声が聞こえるが、バイオレンス・ドーパントはそれを無視して突き進んでいる。
 彼女は知らない。今、そこにいる筋殻アクマロは彼女が愛情を抱いている本物である事を。しかし、幻覚を見せられている今の彼女は溝呂木眞也を『本物の筋殻アクマロ』と思い込んでいて、目の前にいる筋殻アクマロは偽者だと信じている。
 その結果、溝呂木の口から出た全ての言葉が、アクマロの言葉となってしまっていた。

「があああああああああぁぁぁぁぁ!」
「くっ……!」

 闇によって弄ばれている彼女は残酷な真実を知らないまま鉄球を掲げて、アクマロの頭部を目掛けて振り下ろす。しかし、その手に握る武器によって受け止められてしまい、鋭い金属音が響いた。
 その形は、削身断頭笏と寸分の狂いがない程に同じ。その事実がバイオレンス・ドーパントを激高させて、力を更に込めさせる結果になった。

「アクマロ様の偽者が……私の愛するアクマロ様の姿を利用するなんて許せない……殺す、殺す、殺してやる!」
「まさか、あんたさんはスバルはん……何を仰るのです、我は……!」
「黙れええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 声や口調まで似せている目の前の異形に怒りを覚えて、バイオレンス・ドーパントは感情のままに鉄球を振るうが、削身断頭笏によって弾かれる。衝突によって火花が飛び散るだけで、ダメージを与えられない。
 数合打ち合った後、偽物だがそれなりの実力を持っていて、まともに戦っていても勝てないと彼女は推測する。
 ならばと思い、アクマロの肉体に絡み付いてその自由を奪った。当然ながら相手は足掻くも、痛む身体に鞭を打って渾身の力で投げ飛ばす。その甲斐があってかアクマロの巨体は宙に飛ばされ、そのままゼクロス達がいる戦場の地面へと叩き落とされていった。

「ぐっ……血迷ったのですか!?」

 偽物が何かを言いながら立ち上がってくるが関係ない。この手で叩き潰すだけだ。
 ゼクロスや良牙との戦いを経て、既に満身創痍となっている彼女がここまで出来たのは、アクマロへの愛があるからこそ。いつ死んでもおかしくない彼女が生き延びていられたのは、唯一にして絶対の感情が肉体を満たしているからだった。
 無論、そうであっても肉体にせよソレワターセにせよ、酷使し続けていた事に変わりはない。あと少しの攻撃でも、まともに受けたら死んでもおかしくなかった。
 しかし彼女はそれでも構わない。この愛が果たせるのであれば、いくら傷付いても惜しくはないと考えているのだから。
 何も知らない者がそれを見たら、狂っていると思うかもしれない。しかし彼女は今の行動にどんな意味合いを持っていて、更にどのような結果を齎すのかを考えられない。アクマロの指令をただ果たすだけの機械でしかなかった。
 これまでもそうだったし、これからもずっとそうであったのかもしれない。風によって流されていく粉塵の中から現れた、少女の姿を見るまでは。

「……あ、あ、あ、あ、あ?」

 呻き声を漏らしながらもゆっくりと立ち上がってくるのは、バイオレンス・ドーパントにとって……否、スバル・ナカジマにとってよく知っている少女だった。
 見なれた服装は着ておらず、髪型もどこか違う。しかし髪の色やその表情は、見間違えようがなかった。
 そして、その姿を見た瞬間に、胸中を満たしていたアクマロへの愛や偽物に対する憎しみ、更にこれまで抱いていた殺意も、全てが払拭されていく。

「……ティア?」

 何故なら、ずっと会いたいと思っていた親友のティアナ・ランスターが、そこにいたのだから。




「子どもが……ドーパントだと?」

 先程投げた衝撃集中爆弾によって舞い上がった煙の中から現れた少女を見て、ゼクロスは思わずそう呟いた。
 発砲したあのドーパントの姿は何処にもなく、代わりにいたのはレオタードを纏った少女だけだった。一瞬、ドーパントがまた何か奇妙な技を使ったのかと思ったが、少女の傍らにはあのガイアメモリが落ちている。
 つまり、ライフル銃のドーパントの正体は、ここにいるオレンジ色の髪の少女という事だ。
 つぼみと同じ年頃に見える若い少女をどう対処するべきか? 無論、奪う者をこのままにするつもりはない。しかしだからといって、殺していいのかどうかは疑問だった。

『あの子、たちを、を見つけたら、……助けて、あげてください…………。  それが、仮面ライダーの、使命だと、思うから……』

 少女の姿を見た瞬間、五代が遺した言葉がゼクロスの脳裏に過ぎる。
 彼は命が尽きようとしていた時にも関わらず、大勢の命を奪った自分自身にまどかとさやかを助けろと言った。最後の最後まで、自分よりも他の誰かの事を考えていた。恐らくその中には、目の前の少女も含まれているかもしれない……そう思った瞬間、拳を振るう事が出来ない。
 女の願いと五代の遺志がゼクロスの中で拮抗する中、キュアブロッサムが少女の元に駆け寄り、手を差し伸べる。

「大丈夫ですかっ!?」
「触らないで……っ!」

 だが、それは乾いた音と共に呆気なく弾かれてしまった。
 キュアブロッサムは反射的に手を引っ込める一方で、少女は殺意に満ちた瞳で睨み付けてくる。

「何よ……情けでもかけるつもり? 殺すなら、さっさと殺しなさいよ!」
「何を言ってるんですか!? そんなこと、出来る訳ありません!」
「ハッ、あたしには殺す価値すら無いって言うの? 随分と見下してくれるわね……!」

 隠そうとしない苛立ちを発する少女は、キュアブロッサムから目を逸らしてガイアメモリに手を伸ばした。
 しかしその指先が触れる前に、ゼクロスは素早くガイアメモリを拾い上げる。そのまま西条凪が持っていたジーンメモリの時と同じく、ガイアメモリを握り潰した。
 鈍い音が響いた後に手を開いて、ガイアメモリの破片を地面に落とす。しかしゼクロスはそれに気を止めず、メモリの所持者である少女に目を向けた。
 名も知らぬ少女はほんの少しだけ茫然としていたが、すぐにその小さな身体をわなわなと震えさせる。

「なっ……何てことするのよ!? あたしはそれを使って、あんた達を殺さなきゃいけないのに!」
「こんなのを使った所で、誰かに勝てる訳がない……例え人を殺せたとしても、お前自身がいずれ破滅するだけだ」
「そんなの知ったことじゃないわ! あたしは……あたしは兄さんが強いって事を証明する為にも戦い続けなきゃいけないのよ!」

 そうやって絶叫する少女の瞳は猛禽類の如く鋭さを放っており、やがてポロポロと涙を零し始めた。
 まるで平常とは思えない少女の様子に、ゼクロスは言葉を失う。そして同時に、ガイアメモリの恐ろしさを思い出した。
 ガイアメモリを使うとドーパントになって力を得られる代わりに使用者の精神を著しく汚染させてしまい、最後に命を落としてしまうと言う話を五代から言った。
 つまり加頭順は、最初から参加者達を罠に嵌める気でいたのだ。恐らく、薬物の中毒患者のように壊れさせて正常な判断力を奪い、反逆の手段を全て奪うつもりでいるのかもしれない。カメンライダーやプリキュアのように何らかの力を有する者ならともかく、一条のような何の力も持たない人間がこれを使ったら、集団が崩壊するきっかけが生まれるはずだった。
 そしてこの少女も、ガイアメモリの過剰使用によって精神が壊れてしまったのかもしれない。一度そうなってしまっては、元に戻るまで地獄の苦しみを長い時間味わわなければならないだろう。最悪、一生戦わなければならない可能性だってあった。
 そう考えた瞬間、少女に対する殺意が一気に薄らいでいく。彼女の凶行は決して許されないが、それでもこのまま倒した所で女は喜ばないかもしれなかった。
 詳しい事情は知らないが、壊れるきっかけとなったガイアメモリを主催者から与えられなければ、まだこうならなかったかもしれないから。
 ゼクロスがそう考えた瞬間、乾いた音が鼓膜に響く。それは、キュアブロッサムが少女の頬を平手打ちした音だった。

「ふざけないでください! お兄さんを……暴力の言い訳にしないでください!」

 そしてキュアブロッサムは、瞳から涙を滲ませながら少女に怒鳴り始める。
 それに驚いたのか、少女は目を見開いていた。

「何をするのよ……!?」
「あなたのお兄さんは、あなたがこうして傷つくのを望むような薄情者なのですかっ!?」
「なっ……兄さんは、兄さんはそんな人じゃない! 兄さんを侮辱するな!」
「じゃあ、どうしてあなたはお兄さんが望みそうにないことをしているのですか!? そもそもあなたのお兄さんは、自分の強さを誰かに見せびらかして喜ぶような人なのですか!? 他人に力を見せびらかす人が強いだなんて、私は絶対に思いません!」

 饒舌になるキュアブロッサムからは、変身する前に見せた気弱な雰囲気は微塵も感じられない。だからといって憎しみは感じられず、むしろ少女の事を思っているようにも見えた。
 ゼクロスは、どうしてキュアブロッサムがそこまでするのかが理解できない。そして兄妹や家族がどれくらいに大切な存在なのかも分からないのが、あまりにも惜しいと感じていた。
 ただ、少女の気持ちだけは少なからず理解出来ている。BADANにいた頃、ずっと隣にいたミカゲの為に戦いたいと思った事が何度かあった。だから少女も、兄とやらの為にドーパントになってでも、戦ったのだろう。
 キュアブロッサムの叱咤を前に青ざめる少女は、何も言えそうに無かった。その言葉が堪えたのか、狂気と殺意は少なからず和らいでいるようにも見える。
 ゼクロスはそんな少女を見下ろしながら、静かに言葉を紡いだ。

「お前の兄とやらがどんな奴で、お前が兄の為に何をしようとしているのかを俺達は知らない」
「……だから、何なのよ」
「だが、お前の兄は……今のお前を見たら泣くんじゃないのか……?」

 茫然とした少女に言い聞かせるかの如く、ゼクロスはそう告げる。
 本当ならこんな事を言う義理など無いのだが、この少女をこれ以上戦わせてはならないと、ゼクロスは考えていた。恐らく少女にとっての兄とは、自分にとって泣かせてはならないあの女と同じような存在なのかもしれない。
 少女に共感を抱いたのかは分からないが、とにかく止めなければならないような気がした。

(……これで、いいのか?)

 ふと顔を上げると、やはりあの女は笑っている。瞳から涙を流し続けているが、それでも笑顔を浮かべていた。
 彼女は何も言わないし、こちらから問いかけても何も答えて来ない。しかし、奪おうとする者からみんなを守れば、笑顔でいてくれるのは確かだった。
 女が何者なのか、ゼクロスは知らない。しかし、彼女の事を考えるとからっぽな筈の心は疼いて、涙を流させてはならない為の行動を取るようになってしまう。
 だからドーパントになった少女も、殺す訳にはいかなかった。

「分かってるわよ、そんなこと……分かってるけど……あたしは……あたしは……!」

 少女は涙を零しながらも呟くが、そこから先の言葉が出てきていない。
 こうなってはもう、何も奪えない筈だった。ガイアメモリを砕いた以上、魔法のような幻影を使った所で何の脅威にもならない。逃げ出すような気力すらも、感じられなかった。
 そんな少女から目を離して、ゼクロスは良牙の方に振り向く。するとその先には、鉄球のドーパントが謎の怪人と戦っているのが見えた。
 見た所、アクマロの偽物と呼ばれた怪人がドーパントを押しているように見える。溝呂木との戦いで現れたまどかの変身したドーパントが忠誠を誓っていたので、奪う者である事に間違いはない。
 しかし、何故あのまどかがアクマロを襲っているのかが理解出来なかった。

「チッ、何がどうなっている? アクマロって奴は敵なんだよな……? なのに、なんで同志討ちをしているんだ……?」

 そして良牙も状況が読めてないようで、戦いを眺めているだけになっている。
 ここで奴ら二人を纏めて倒す事も出来るが、もしもあれが何らかの罠だったら痛い目を見るかもしれない。故に、考えなしに乱入する事が出来ないが、ここで放置する訳にもいかなかった。
 どうしたものかと、ゼクロスは考える。

(ん……何だ、この風の流れは?)

 穏やかさを取り戻しつつある風の流れが、徐々に激しくなっていくのを感じた。それに伴って、森の中に差し込んでいた太陽の光が薄くなる。それに違和感を覚えたゼクロスは空を見上げると、巨大な暗雲が見えた。
 突然現れた黒い雲によって光が遮られ、辺りが一気に冷える。それに驚愕する暇もなく、稲妻が落ちてきた。

「なっ!?」
「チッ!」

 雷鳴が轟くと同時に、良牙とゼクロスは咄嗟に跳躍した瞬間、轟音と共に地面が砕ける。しかしそれで終わる事は無く、雷は暗雲からどんどん発せられていき、周囲の植物を無差別に焼き払っていった。
 二人は持ち前の反射神経で回避行動を続ける中、嵐の勢いはどんどん激しくなっていく。吹き荒れる暴風によって木の葉は吹き飛び、ついには枝まで折れてしまった。
 しかしゼクロスはそれに気を止めず、仲間達の方を振り向く。キュアブロッサムは未だに茫然としているオレンジ色の髪の少女を説得しているが、耳に届いているかなど分からない。一条も、アヒルを守る様に抱えながら、必死に暴風を耐えているようだった。
 だが、安心は出来ない。もしも稲妻が彼らを襲ったら、命が危なかった。プリキュアは知らないが、生身の人間である一条と良牙やアヒルに落ちたら死ぬ以外に想像出来ない。
 だから、彼らだけでもすぐに逃がさなければならなかった。

「おい、良! あれを見ろ……竜巻だ!」
「何?」

 しかしすぐに良牙の狼狽するような声が聞こえたので、ゼクロスは振り向く。
 すると、数メートル離れた先から、巨大な竜巻が生い茂った木々や大地を舞いあがらせながら、轟音と共に接近していた。
 それは雷と同じく、時として人の命や建物に甚大な被害を与える自然現象の一種。しかし、こうして起こっている竜巻は自然の物とは到底思えなかった。つい先程まで空は晴天に恵まれていたのに、何の前触れもなく暗雲が現れて天気が急激に変わるなど、余程の外的要因が無ければ有り得ない。
 もしかしたら、緑色のドーパントのように自然を操る力を持つ怪人が近くにいる。ゼクロスはそう推測するが、犯人を探す余裕などなかった。先程のように竜巻へ飛び込んでも、あの中にドーパントがいるとは限らない。
 新たに現れた巨大な竜巻が周囲を破壊するのを前に、ゼクロスは思わず身構える。しかし次の瞬間、上空を覆う巨大な雷雲から閃光が迸って、雷鳴が轟いた。
 そして、轟音と共にゼクロスの視界は光に飲み込まれた。




 晴れ渡った空だったにも関わらず、何の前触れもなく空が暗雲で覆われたのは筋殻アクマロも驚いたが、だからといって動揺などしない。
 この地には奇妙な力を持つ者が数多くいるし、その中に天候を操る輩が混じっても不思議ではなかった。恐らく、隠れていた白いドーパントが力を発揮したから、この現象が起こったのだろう。
 しかし、奴が動き出したのならばあまり長居は出来ない。もしも漁夫の利を得る為に仕掛けたのならば、殺される恐れがある。そう推測したアクマロは、スバルが変身したと思われる鉄球のドーパントを削身断頭笏で一閃した。惚れ薬で下僕にしたのに、敵と認識するならばもう用などない。ここで切り捨てなければならなかった。
 怯んだ隙に胸部を蹴って吹き飛ばすと、ドーパントは竜巻に巻き込まれた事で一気に舞い上がる。その悲鳴は暴風によって飲み込まれる一方、アクマロは巻き添えにならないように背後へ飛んだ。

(この機を逃す訳にはいきませぬ……スバルさんは惜しいですが、我を裏切るのであれば仕方がありませんな)

 あの惚れ薬の効果はまだ続いていたような気がするが、考えてみれば説明書に全ての真実が書かれているとも限らない。了承も得ずに殺し合いを強いるような主催者なのだから、効果が発揮する時間が一時間足らずだったとしてもおかしくなかった。
 しかしスバルが吹き飛んだ以上、真相がどうであろうと関係ない。今はこの場を乗り切る事が重要だった。
 可能ならこの騒ぎに乗じて他の参加者を仕留めたいが、ここに味方はいない。単独で戦いに参加するなど、危うすぎる賭けだった。
 荒れ狂う風に吹き飛ばされないよう、アクマロは両足に力を込めて前を進む。そんな中だった、木の陰に隠れて戦場を覗き見ていたあの白いドーパントが前に現れたのは。

「あんたさんは……!」
「御機嫌よう。私はずっと貴方に興味を持っておりましたよ……どうやら、ドーパントではなさそうですが、今は構いません」

 まるで社交辞令のような態度で穏やかに語るが、その声からは邪念しか感じられない。きっと、あのノーザと同じで表面上は友好的だが腹の内は善からぬ事を考えているのだろう。
 そして、白いドーパントは右腕を天に掲げると、アクマロの推測が真実だったとでも言うように暗雲から稲妻が放たれた。ただし、その標的はアクマロではなく、敵である筈の参加者達だったが。

「長々と話す暇はないので手短に言います……この私、井坂深紅郎と手を組みませんか?」
「……それは、どのような意味で?」
「言葉の通りですよ。私は貴方に興味があるので、共に戦いたいと思っているのです……無論、メリット与えるつもりです。この首輪を解体する為に、力となりましょう」
「それは、誠ですか?」
「私は機械工学やガイアメモリに関する知識を持っています。それさえ用いれば、状況を打破するきっかけを作れるでしょう……その為にも、貴方の力が欲しいのです」

 井坂深紅郎と名乗ったドーパントは、雷を放ち続けながら綽々たる態度で語る。
 その話は、もしも本当ならアクマロにとって非常に興味深かった。元々首輪について調べる予定だったし、その為に協力者が得られるのは有難い。そして幸いにも、こちらにはサンプルとなる首輪が多くある。それを利用すれば、取引の際に大きな力となるかもしれなかった。
 この首輪さえ外せれば少なくとも主催者達に命を握られる事は無くなるだろうし、構造を知りさえすればあの血祭ドウコクを倒す糸口も掴めるかもしれない。
 無論、その後には井坂という男を殺すつもりだが、それまでは協力関係にあるのもいいだろう。

「成程……宜しい、我もあんたさんの力となりましょう。この場では、協力者が大いに越した事はありませぬ……」
「それは嬉しい返事ですね。ではまずは、この場を切り抜ける為に力を合わせましょう」
「それもいいですが、まずはあんたさんの力ももう少し見せていただけませぬでしょうか? 我も、先程からあんたさんに興味がありましたので」
「ふむ……それは構いませんが、退かなくてよろしいのですか?」
「彼らを放置しては、邪魔者となるでしょう? 何、我も力を貸します」
「……それも、そうですね」

 ドーパントが頷いた後、アクマロは仮面ライダー達の方に振り向いて、腕を翳した。そして、暗雲から降り注ぐ稲妻に合わせるかのように、アクマロも掌から雷を放つ。
 これはアクマロにとって、井坂の品定めだった。いくら協定を結ぶとはいえ、数の不利を引っ繰り返す力を持たなければ、役に立つとは思えない。だから、ここで確かめる必要があった。
 もしも戦いが不利になるのであれば、井坂一人を囮にして逃げればいい。それまでは、邪魔者どもを少しでも消耗させるだけだった。


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最終更新:2013年03月15日 00:33