解放(1) ◆LuuKRM2PEg



 バトルロワイアル。
 そんな題名の戦いによって、六六もの命が運命を狂わされた。
 加頭順、更にサラマンダー男爵やニードルを率いる何者かによって開かれた狂気と絶望の殺し合いによって、狭い孤島の中で多くの命が失われていく。
 元の世界で何をしていたのか、どんな道を進んでいたのかなど関係無い。歩むべき未来が捻じ曲げられて、悲劇が徐々に生まれていく。
 そして今も、誰が望むわけでもなく血と涙が流されていった。


 悪意の犠牲になった、清く優しい者達がいる。
 鹿目まどか。
 高町なのは。
 池波流之介。
 本郷猛。
 美樹さやか。
 五代雄介。


 運命の悪戯によって、道を踏み外してしまった者達がいる。
 志葉丈瑠。
 スバル・ナカジマ。
 ティアナ・ランスター。


 悪辣な殺し合いを強いられても、己の中に宿らせる悪意をひたすら増幅させる者達がいる。
 筋殻アクマロ。
 井坂深紅郎。
 大道克己。


 そんな過酷な運命を強いられても尚、抗おうとする者達がいる。
 守りし者としての使命を背負い、黄金騎士となって戦う冴島鋼牙。
 失った友の遺志に答える為、人々の笑顔を取り戻そうと戦う一条薫。
 例え記憶を奪われようと、残された大切なものを壊させないように戦う村雨良。
 戦いに巻き込まれてしまった大切な人を死なせない為、どれだけの不幸を前にしても戦う響良牙。
 みんなのこころにある花を枯らせない為、悲しみを乗り越えて戦う花咲つぼみ。


 皆、誰にも負けない強い意志を持っていた。
 善と悪の違いはあれど、それでも胸の中に宿らせる想いに一切の揺れはない。だがこの殺し合いは、それを容赦なく打ち砕いていく。
 その悪意を煽る男が、ここにいた。
 溝呂木眞也。
 宇宙の影、アンノウンハンドによって悪魔へと変貌させられたその男はどれだけの犠牲が出ようとも、嘲笑い続けている。誰がどれだけ溝呂木に尽くそうとも、温情を向けることはない。
 何故なら、溝呂木にとって純粋な想いなど塵の価値すら持たないし、命など単なる駒に過ぎなかったのだから。
 そして今も溝呂木は、己が完全な存在に至る為に必要な駒の動かし方を考えている。その相手に善悪など関係無い。ただ、どれだけ役に立ってくれるかの方が遥かに重要だった。




「なるほど、ファウストが五代を殺したか……」

 溝呂木慎也は、闇の力で操り人形にした少女の報告を聞いて、笑みを浮かべている。
 鹿目まどかの姿を語った人形によると、先程の戦いで新たなるダークファウスト──美樹さやか──は五代雄介を殺した後、ソウルジェムが砕け散って死んだらしい。
 人形曰く、美樹さやかはインキュベーターという生命体によって生まれた魔法少女という存在のようだ。ソウルジェムという宝石がある限り、どれだけ肉体が傷付こうとも戦い続けることができる。即ち、ゾンビのような戦士だった。
 だが溝呂木はその話を聞いても、魔法少女が完璧たる存在とは微塵にも思わない。一見すると兵士にするには便利かもしれないが、ソウルジェムという致命的な弱点がある。それを遠くに離しても、今度は本当の死人の如く動けなくなるようだ。これでは、鉄砲玉程度の役割しか果たせないだろう。
 一応、絶望しきれば魔女という化け物になって人々に絶望を齎すようだが、この場では何も起こっていない。恐らく、主催者の仕業かもしれないが。
 インキュベーターとやらは宇宙の繁栄のため、思春期の少女から溢れ出る感情のエネルギーを得ようとして、魔法少女を生み出したらしい。そういう力を持つ生命体は実に興味深いし、この手に収めたいと思う。
 この他にも、溝呂木はスバルから様々なことを聞き出した。彼女はここに来るまで、既に六人もの参加者を殺してその体内に取り込んでいる。その中には、あの本郷猛という男が含まれていると聞いた瞬間、溝呂木は笑みを浮かべた。
 やはり、そんな正義の味方気取りの奴が矜持を打ち砕かれていくのは、とても面白い。早く姫矢准や孤門一輝も同じ目に遭わせてやりたかった。

「その場面を見られるなんて、お前は凄くついてるじゃないか」
「はい……全ては、アクマロ様の……おかげ、です……」

 溝呂木の率直な感想に対して、スバルは息も絶え絶えに答える。今の彼女は、満身創痍という言葉が相応しいほどに疲弊していた。
 一時の休みすらも与えられず、ただ只管戦いを続けている。加えて、ゼクロスとの戦いでは右目を潰されてしまった。
 どんな優秀な機械だろうと連続で稼働させては精度が落ちるし、休ませてメンテナンスを受けさせる必要がある。しかし、スバルにはこれまで休ませた形跡などないし、溝呂木自身も行う義理や意思などなかった。
 どれだけ働こうとも、所詮は使い捨ての駒に過ぎない。そんな相手に対して、溝呂木は手心を加える男ではなかった。

(とはいえ、そろそろこいつも潮時か……)

 壊れたように終点の定まらない瞳を向けられて、溝呂木は心中でそう呟く。
 道端で面白そうだから拾ったが、もうあちこちにガタが来ていた。このまま同行させても、どうせさやかのように勝手に死ぬ筈。別にこんな奴の一人や二人が壊れた所で惜しむことなどないが、何もしないまま動けなくなるのもそれはそれで面白くない。
 かといって足手纏いを治すつもりなどないし、そんな手間をかける位なら新しい駒を見つけた方がずっと効率的だ。

(どうせ長くは持たないだろうし、こんなになっては誰かを殺すこともできない……それに、いざという時の盾にすらならないか)

 せめてさやかがまだ生きてさえいれば、他の参加者を相手に特攻させる位はできたかもしれない。数でも質でも役に立たなくなった今、いつまでも持っていては何か不都合が起こる恐れだってある。
 軽く溜息をつきながら、溝呂木は懐からT-2バイオレンスメモリを取り出した。

(どうやら、こいつともおさらばしないといけないようだな……惜しいが、一つの道具にいつまでも拘ったって仕方がない)

 この地には別のガイアメモリがたくさんあるし、何よりもスバルが持っているT-2サイクロンメモリだってある。だから、例え一つ失ったとしても別のガイアメモリを探せばいいだけだった。
 そして、それは人形にも同じことが言える。

「お前に最後の仕事を与える」
「最後の……仕事?」

 T-2バイオレンスメモリを差し出すと、スバルは震える手をゆっくりと伸ばしながら受け取った。
 この程度の動作にも時間がかかる辺り、やはり壊れかかった人形でしかないと溝呂木は思う。だからこそ、仕事を任せられるのだが。

「これを使って溝呂木眞也に成り済まし、一人でも多くの参加者を殺せ……特に俺の偽物は優先的にだ。俺の名を騙るような奴は、お前だって許せないだろ?」
「はい……アクマロ様の、名誉を陥れるような……愚か者は、許せません……」

 そうしてゆっくりと立ち上がった彼女の全身から木の根が飛び出して、そのまま華奢な体躯が飲み込まれていく。数秒ほど蠢いた後、その肉体を覆っていた根が凄まじい速度で引っ込んでいき、本来の青髪が特徴的な少女の姿に戻った。

『VIOLENCE』

 己の額にガイアメモリを差し込んだスバル・ナカジマの肉体は、電子音声が響き渡ると同時に変質していく。小柄な体系から一変して、筋肉が異様なまでに盛り上がった巨大な異形へと変身した。
 T-2バイオレンス・ドーパント。この地に放り込まれてから、溝呂木が二度に渡って変身した怪人の一種だった。

「さあ、お前の役目を果たしてみろ……捨て駒という、立派な役目をな」

 溝呂木がそう告げると、バイオレンス・ドーパントは背を向けて森の奥に走っていく。
 どの道、彼女はもう助からない上に戦力として全く期待ができない。ならば、ゼクロスや響良牙のような善人や、筋殻アクマロとかいう奴と戦わせて、その果てに死なせるしかなかった。
 そうすれば、奴らの心に人を殺したという罪の意識を植えつけられる上に、運が良ければ消耗も可能かもしれない。だから、彼女の持つ全ての支給品を確保した後に、T-2バイオレンス・メモリを渡したのだ。

(奴らが戦うドーパントは俺ではなく、人形だ……正義の味方気取りどもがその力で、ガキを殺したと知ったらどうなるか見物だな……)

 かつて斉田リコを失った孤門一輝に、リコという少女を体内に取り込んだノスフェルを撃破させた。そうして少女に重傷を負わせて、孤門を絶望させている。
 本当なら孤門や姫矢、それにスバルの知人を相手にゲームを行いたかったが、どこにいるかも分からない相手を探しても、それまでに人形が動ける訳がない。だからゼクロスや良牙で妥協するしかなかった。
 尤も、奴らが絶望する様を見るのも、それはそれで面白い。そう、心中で呟きながら溝呂木眞也は歩みを進めていた。




(すみません、あかねさん……でも俺はここにいるみんなも守らないといけないんです。許してくれとは言いません。でもどうか、無事でいてください)

 響良牙はアヒルとなった志葉丈瑠(良牙本人はムースと思っているが)を抱きしめながら、この殺し合いに巻き込まれた天道あかねの無事を祈る。
 本当なら、一刻も早く呪泉郷に向かわなければならない。しかし方向音痴の自分が一人で行った所で迷子になるだけだし、何よりもムースを庇いきれるとも思えなかった。
 力に自信はあるものの、仮面ライダーエターナルや溝呂木眞也のような実力者が蔓延っているこの島では、どこまで通用するかわからない。あのシャンプーですら簡単に殺されてしまうのだから、一人で出歩くのは危険極まりなかった。
 そして何より、花咲つぼみのような少女をほったらかしにする訳にもいかない。彼女も彼女で強いし、良のような頼れる仲間が一緒にいるのは分かるが、やはり離れるのは不安だった。
 だから今はあかねよりもここにいるみんなを守らなければならない。そんな結論に至った瞬間、良牙は胸の中に憤りを感じてしまう。

(仕方がない……? くそっ、何を考えているんだ俺は! あかねさんの命がかかっていると言うのに……!)

 命を天秤にかけて、少ない方を切り捨ててしまっているような錯覚に襲われてしまい、思わず両腕に力が籠った。一体、いつから俺はそんなクズ人間になってしまったのか……そう考えた途端、遣り切れなさで一杯になってしまう。
 だがその瞬間、腕の中から聞こえてきたアヒルの鳴き声が聞こえてきて、良牙は意識を覚醒させた。

「グエェェェェ……」
「わ、悪い……」

 今、ムースを抱えていることを思い出して、彼は慌てて力を緩める。
 どうして名簿に名前の書かれていないムースがここにいるのかという疑問はあるが、考えてみれば主催者が嘘をついている可能性は充分にあった。あるいはムースの名前を書き忘れてただけかもしれないが、ここで考えた所で仕方がない。

(それにしても、一体誰がムースにこんなことをしたんだ……?)

 よく見ると、その白い翼は酷く折られている。恐らく、何者かに襲われてこうなってしまい、何らかの拍子で川に落ちて今に至ったのかもしれない。
 あのムースがここまで追い詰めた相手に対する憤りを感じると同時に、この怪我を何とかして治せないかと良牙は思う。今の状態で元に戻ったとしても両腕は折られたままで、戦うどころか日常生活を過ごす事すらも困難だ。
 一刻も早く治したいがこの島に病院はないし、医者だっていない。当然ながら、良牙に医療の知識や技術などあるはずがなかった。
 このままではどうしようもない……そう思いながらムースを抱える良牙は、視線を感じる。
 振り向くと、感情が込められているとは思えない瞳でこちらを見つめている、良の姿があった。

「良か……どうかしたのか?」
「これをそいつに使え」

 そして良は懐から生命の苔の入った瓶を取り出しながら、静かにそう語る。

「その怪我を治すことができるのは、これしかない……このまま放置する訳にもいかないだろう」
「そうだが……いいのか?」
「俺に断る理由などない」
「……つぼみも一条も、大丈夫か?」
「私なら大丈夫ですよ。アヒルさんの怪我を治したいのは、私だって同じなので!」
「私も同じだ……どうか一刻も早く、君の友人の怪我を治してやってくれ」

 つぼみと一条が頷いてくれたのを見て、良牙は思わず表情を少しだけ明るくした。
 ムースとはこれまで何度も争ったが、それでも助けたい事に変わりはない。だから、ここにいるみんなの好意が何よりも嬉しかった。

「わかった、ここは使わせて貰う……みんな、ありがとう」

 軽く頷きながら、良牙は瓶を受け取る。
 ホッと胸を撫で下ろしながら良牙は瓶の蓋を開けて、折れた翼に苔を塗る。骨折にも効くのかと不安を抱いたが、それはただの杞憂だと証明するかのように癒えていった。





 井坂深紅郎は、森の中をひたすら歩み続けるティアナ・ランスターの背中を無言で見守っている。
 黒岩省吾達との戦いで負傷してから、彼女は何かに取り憑かれたかのように前を進み続けていた。一応、傷の応急手当はしておいたが、今のティアナには休息が必要だから、このままでは悪化してもおかしくない。
 だが、井坂は特に何も言う気はなかった。彼女の瞳には野望や執念とはまた違う、凄まじい炎が宿っているように見える。その原料である感情が、コネクタ無しでも使える謎のガイアメモリを成長させる鍵になるかもしれなかった。
 それに例えティアナが何も成し遂げられないまま死んだとしても、別に構わない。手駒はまた新たに見つければいいし、使えなくなった実験材料など処分する以外に道はなかった。
 最低でも、ガイアメモリさえ確保できればそれでいい。コネクタが無いという事は誰でも使えるので、次の手駒さえ見つけられれば観察は続けられる。

(それまではどうか頑張ってくださいね……ティアナさん、貴方には興味がありますがこうも無謀な行動を続けるのであれば、もう用はありません。せめて、そのメモリの糧となる事を私は祈っています)

 ここに来るまで、ティアナは戦いに負けてばかりだった。それにも関わらず、彼女は己の力量を弁えずに無謀な行動ばかりを続けている。そんな相手といつまでも共にいては、いずれ火の粉が降りかかる恐れがあった。
 彼女が用いる魔法はとても興味深いし、謎を解き明かしたいとは思う。だが、この場では自身の生存率を上げながら、主催者を打倒する方法を見つける事が最優先だった。
 だから、不安要素となるティアナは早々に切り捨てなければならない。思案を巡らせながら冷淡な視線を向けていると、肝心の彼女が突然足を止めた。

「井坂先生……あれを見て」

 そんな呟きを聞いた井坂もまた足を止めて、ティアナが指差す方に目を向ける。
 見ると、そこには数人の参加者が集まっているのが見えた。男が三人と、ティアナやキュアピーチと同年代と思われる少女が一人に、小さなアヒルが一匹。この状況でグループが結成されているという事は、どうやら彼らは殺し合いの打破を目指していると考えていい。
 恐らく彼らは皆、何らかの特殊な能力を持っているはず。そうでなければ、この過酷な戦場で生き残るなど不可能だからだ。そんなグループには是非とも取り入って利用し、最後には力の謎を知りつくしたいと思う。
 距離は数メートル離れているので、向こうはまだこちらに気付いていない。

『TRIGGER』

 だが、そう考えたのも束の間。
 横に立つティアナがガイアメモリのスイッチを押し、そのまま右手に差し込んでドーパントに変身するのを井坂は見た。
 すると、グループの一員である男と薄汚れたマントを羽織った男が振り向いてくる。
 ガイアウィスパーのせいで気付かれたかと井坂が思った瞬間、トリガー・ドーパントが走り出してそのまま透明になるのを見た。どうやら、彼女はあの人数を相手に特攻しようとしているのだろう。

(やれやれ、呆れて何も言えませんね……私に力を見せてくれるのは感心ですが、それで危機が及ぶようになっては意味がありませんよ)

 恐らく彼女は度重なる敗北のあまりに、焦っているに違いなかった。加えてガイアメモリの毒素はその感情を暴走させて、人間から冷静な判断を奪っていく。
 結果、今のティアナには自分自身と相手の力量を計る思考など、一片も持ち合わせなくなったのだ。

(ですが、それでも彼らがどんな力を持ち合わせているのかを知るのに、丁度いいです……それこそが、ティアナさんの最後の役目ですから)

 もう、ティアナ・ランスターなど実験台ですらない。目の前で群がっている者達の秘密を知る為の手段でしかなかった。
 これから起こる戦いを、井坂深紅郎は静観するだけ。一応、トリガー・ドーパントが危機に陥ったら助けるつもりだが、駄目なら諦めるしかない。
 ウェザー・ドーパントとなって出てくるタイミングは、見計らわなければならなかった。




「……ッ!」

 奇妙な音声が何処からともなく聞こえてからすぐに、空気が破裂するような轟音が響く。
 それを瞬時に気付いた村雨良は素早くゼクロスに変身して、腕を横に振るった。すると、木々の間から飛び出してきたサッカーボール程のサイズを誇るエネルギー弾が両断され、彼の後ろで爆発を起こす。
 しかしそれで終わる事はなく、巨大な弾丸は次々と発射された。しかしゼクロスは跳躍して避けながら、右手を振るって弾く。
 仲間達の方に振り向くと、響良牙は突然の事で驚いている花咲つぼみと一条薫を守るように立っていた。良牙が抱えていたアヒルは今、つぼみの腕の中にいる。

「大丈夫か……?」
「問題ないです、村雨さん!」
「俺達も大丈夫だ、良!」

 つぼみと良牙が頷くのを見たゼクロスは、後ろにいる一条達にも目を向ける。みんな、怪我をしているようには見られなかった。
 身構えている一条と、やや目を見開きながらも必死にアヒルを抱き締めているつぼみの姿を確認すると、ゼクロスは前に振り向く。すると、ここから数メートル先に右腕がライフル銃のようになっている青い怪物が立っているのが見えた。
 遠くから不意打ちを仕掛けてくるのだから、ドーパントと思われる怪物は殺し合いに乗っている。少なくとも、味方だなんて有り得ない。だから、一刻も早く止めなければならなかった。
 速攻で決断を下したゼクロスは地面を蹴って疾走しようとしたが、その直後に青い怪物の数は四体にまで増える。

「数が増えた!?」
「良牙、恐らくあれは幻だ」
「幻?」

 背後で驚く良牙に対して、ゼクロスは静かに口を開く。

「恐らくヤツは幻で俺達を欺いて、その隙に本体が不意打ちを仕掛けようと企んでいる筈だ……俺も、似たような技を持っている」
「成程な」

 良牙が頷く一方、森の中を並ぶ怪人達をゼクロスは睨みつける。
 弾丸の威力は凄まじいが、この肉体ならそれほど脅威ではなかった。それにここには強豪の良牙もいるので、あのドーパントを倒すのは簡単かもしれない。
 だが、あまり時間をかける訳にもいかなかった。もしも青いドーパントが仲間を連れていたら厄介な事になるだろうし、生身の良牙や一条が致命傷を負う恐れもある。それにつぼみや、つぼみの守っているアヒルもどうなるか分からない。

(……新手か!?)

 刹那、十時の方角で足音が響いたので、ゼクロスは振り向く。すると、ドーパントと思われる怪人が、木々の中より飛び出してくるのが見えた。
 筋骨隆々とした紫色のドーパントは空中で左腕を振るい、手の位置に備わっている巨大な鉄球を発射する。
 その標的は、この中では一番弱いように見えるつぼみだった。

「危ない!」
「きゃあっ!?」

 ゼクロスが駆けつけようとした瞬間、そばにいた良牙がアヒルごとつぼみを抱えて瞬時に飛び上がる。それにより、つぼみは何とか無事で済んだが、標的を失った鉄球は地面を容赦なく砕いて、そのまま植物を引き千切りながらクレーターを生み出した。
 良牙達が地面に着地するのを見届けたゼクロスは、鉄球の威力に思わず戦慄する。もしも良牙がいなかったら、つぼみ達は無事ではいられなかったかもしれない。

「すまない、良牙」

 ゼクロスは短く感謝の言葉を告げるが、良牙の視線は地面に降り立ったドーパントに向けられている。しかもその目つきは、とても鋭かった。
 そしてそれはゼクロスも同じ。何故なら、ここにいるドーパントは彼だって知っている男・溝呂木眞也が変身したドーパントなのだから。

「テメエ……溝呂木か!」
「溝呂木? まさか、溝呂木眞也の事か?」
「そうだ! あいつはさやかを操っただけじゃなく、その前にも教会で人を殺した野郎だ!」
「分かった」

 声に激しい怒りを込めている良牙に、一条は頷く。
 溝呂木眞也。それは、美樹さやかと五代雄介が死ぬきっかけを作った男だ。人を操り人形にして多くの悲劇を生み出しているから、許すわけにはいかない。

「俺達の前に出てくるなんていい度胸してるじゃねえか……散々好き勝手やっておきながらよ!」
「……消えろ」

 現れたドーパントは返事をするかのように、良牙を目がけてあの鉄球を放つ。その速度は凄まじいが、良牙は素早く跳躍して軽々と避けた。
 そこから空中で一回転した彼は、勢いよく拳を叩きつける。鈍い殴打音と共にドーパントが揺らぐ中、良牙は反対側の拳を振るった。
 その勢いを殺さないかのように脇腹を目がけて、回し蹴りを叩き込む。良牙の攻撃を受けたドーパントは衝撃で後ずさりながらも、鉄球を元の位置に戻した。
 ドーパントは鉄球を使って殴りかかるが、良牙は両膝を軽く曲げた事で掠る事無く回避に成功。そして反撃と言わんばかりに、筋肉が盛り上がった腹部に拳を叩きつけた。
 そうしてドーパントが後退するのを見て、ゼクロスは再びライフル銃を持つドーパントに振り向きながら、発射された銃弾を砕く。
 そのまま疾走しながら、ゼクロスは考えた。

(こいつらは仲間なのか……? だが、その割には連携が感じられない。それに溝呂木なら、こんなにも堂々と正面から来るか?)

 鉄球のドーパントとライフル銃のドーパントが仲間であるにしてもそうでないにしても、今は関係ない。すぐさま戦闘を止めさせて、拘束する必要があった。
 一瞬でドーパントとの間合いを詰めた彼は拳を振るうが手ごたえは無く、霧のように消えるだけ。しかしそれに感情を動かされる事をせずに地面を蹴り、もう一体のドーパントを両断する。だが、またしても血を流さずに消滅した。
 しかしそれに構わず、ゼクロスは手の甲からマイクロチェーンを発射させて二体同時に怪人の肉体を貫くが、やはり霧散するだけ。
 これで一体残らず消えたので、残るは本体だけかと思った。しかしそれからすぐに、空気を振動させる程の爆音が響いたので、ゼクロスは瞬時に飛び上がる。するとあの弾丸が、彼の立っていた場所を凄まじい速度で通り過ぎて、一気に巨木を破壊した。
 そうして地面に降り立った彼が振り向くと、消滅させたはずのドーパントが六体も現れていて、ライフル銃を向けている。

(また幻……いや、そもそもあの中に本物はいるのか? 弾丸は誰もいない所から発射された……もしも、俺達の目を誤魔化せるのだとしたらこのまま戦っても終わらないな)

 ドーパント達を睨みながら、ゼクロスは思案した。
 幻はあくまで幻でしかなく、相手にしてもこちらが翻弄されるだけでしかない。それを操っている本体を叩かなければ、不意を突かれるだけだった。
 ドーパント達の数がどんどん増えていく一方、ゼクロスは意識を集中させる。刹那、七時の方向より気配を感じ、彼はそちらに振り向きながら走り出して、虚空を目がけて拳を叩き込んだ。

「ギャアッ!」

 すると、何もなかったはずの空間が歪んで、そこから醜悪な悲鳴と共にライフル銃を持つドーパントが現れて、よろめきながら地面に倒れていく。攻撃を受けても姿が消えなかったので、今度こそ本物の可能性があった。
 現実として、あれだけ森の中にいた幻は全て消滅している。

「こいつが本体か……」

 ゼクロスが牽制のように拳を向ける一方、ドーパントは左腕で腹部を抑えながらも立ち上がる。相手は震えながらもライフル銃を向けてくるが、その腕を目がけてマイクロチェーンを発射させて絡み付かせた。
 そのまま両腕に力を込めてドーパントの身体は勢いよく持ち上げ、良牙と戦っていた鉄球のドーパントに激突させる。
 その衝撃の影響か、鉄球のドーパントは少しだけ吹き飛んでいった。

「衝撃集中爆弾!」

 矢継ぎ早にゼクロスは右膝に備わった装甲を取り外して、ドーパント達を目掛けて投げつける。すると、爆弾の名が示すように小規模とはいえ爆発を起こした。
 その影響で煙が巻き起こり、視界がほんの少しだけ遮られる。しかしその中を突き破るように、鉄球のドーパントが姿を現した。
 空中で左腕を振るうと、あの鉄球が凄まじい速度で飛び出してくるのをゼクロスは見る。しかし臆する事などせず、避ければいいだけ。
 回避に神経を集中させて、飛び上がろうと力を込める。その時だった。

「うりゃあああああぁぁぁっ!」

 若い少女の叫び声と共に小さな影が飛び出してきて、ドーパントが放った鉄球を吹き飛ばす。
 そして、煌びやかな衣装を身に纏った少女がピンク色のポニーテールを揺らしながら、目の前に着地するのをゼクロスは目の当たりにした。

「お前は……」
「大地に咲く、一輪の花……キュアブロッサム!」

 小さな背中を向ける少女は、ゼクロスに答える事などせずに力強く名乗りを上げる。
 キュアブロッサム。それは花咲つぼみが変身する、砂漠の使途という連中から人々の心を守るプリキュアという戦士の一人だった。
 不意に後ろを振り向くと、一条があのアヒルを抱えている。つぼみは彼にアヒルを任せて、それから急いで変身をして援護をしてくれたのかもしれない。

「すまない、つぼみ……」
「いいえ、大丈夫です!」

 こんな若い少女の助けを借りてしまった事に些か心が痛むのを感じながら、ゼクロスは助けてくれたキュアブロッサムに謝罪する。すると彼女は振り向いて、明るい笑顔を見せてきた。
 それからキュアブロッサムは、勢いよく前に踏み出しながら声を張り上げる。

「溝呂木さん、こんな事はもうやめてください! これ以上、悪行を重ねても何の意味もありません!」
「つぼみちゃん、こんな時に何を言っている……!」
「いいえ一条さん、ここは私に任せてください!」

 一条の疑問をあっさりと払い除けて、キュアブロッサムはそのまま続けた。

「あなたがさやかとまどかを利用したり、五代さんが亡くなってしまったきっかけを生み出したのは私も許せません……私の堪忍袋の緒は、切れています!」
「五代、さやか、まどか……!?」
「でも、だからこそあなたには償う義務があります! 人は誰でも、生きている限りやり直す事が出来ます! あなただって……今の自分から変わる事が出来るのです!」

 その叫びは、大量の粉塵が風で流れていく森の中で大きく響いた。
 あまりにも予想外の行動を取るキュアブロッサムにゼクロスどころか、良牙も呆気に取られている。
 しかし、その隙に鉄球のドーパントが攻撃を仕掛けてくる事はない。それどころか、金縛りにでもあったかの如く、ピタリと止まっていた。

「変わる……変わる……今更、何が出来る……!」
「出来る事はいくらでもあります! 大切なのは、溝呂木さんが一歩前に踏み出す勇気です!」
「勇気……!?」

 怒鳴るキュアブロッサムを前にドーパントは鉄球を掲げるが、その腕は震えている。やろうと思えば頭部を潰せそうなのに、行動に進もうとしない。
 まるで、望んでいないのに人殺しを強いられて、躊躇いや迷いを抱いているようにも見える。本当は、誰かを犠牲にする事を快く思わない奴なのだろうか?
 一瞬だけそう思い当ったが、同時にゼクロスは強い疑問も抱く。そういう迷いを心の内に抱える男が、笑いながら人を操るのだろうか。溝呂木眞也という男はBADANと同じで、人を虫けらの様に利用する男なのだから。
 そんな男が、キュアブロッサムの説得程度で信念を捻じ曲げるような事をするのかどうか、疑問だった。

(待てよ……そもそもこいつは本当に溝呂木なのか?)

 そして思案する内に、ゼクロスは一つの可能性を導き出す。
 目の前のドーパントは、溝呂木は持っていたガイアメモリによって変身できるドーパントだ。故にその正体は溝呂木である可能性は高いが、こちらは変身した場面を直接見た訳ではない。
 根拠は少ないが、もしもこの推測が正しいのならドーパントの正体は、溝呂木が操っている何者かである可能性もある。いや、溝呂木のやり方から考えれば、そちらの方が自然だった。
 恐らく、手駒となる人間を炊き付けてからこちらを消耗させて、その隙に不意を仕掛けてくる作戦なのかもしれない。もしもその術中に嵌っていたら溝呂木の思い通りになっていただけでなく、罪の無い命も犠牲にする恐れだってあった。

「キサマ……何者だ」

 だからゼクロスはその鋭い眼光をそのままに、ドーパントへ問いかける。

「わた……いや、俺は溝呂木だ……お前達の……」
「違う、キサマは溝呂木ではない。キサマが本当に溝呂木眞也なら、わざわざ正面から戦いを仕掛けて来ないはずだ」
「えっ……どういう事ですか!?」
「溝呂木なら、大人数を相手に戦わないだろう。こいつの正体は鹿目まどか……いや、鹿目まどかに化けた緑色の怪人だ。恐らく溝呂木はそいつを操って、俺達にぶつけるつもりだったのだろう」

 驚愕するキュアブロッサムに、ゼクロスは静かに答えながら周囲を警戒した。
 最悪の可能性として、こうして問いかけている間にも溝呂木は虎視眈々とチャンスを窺っているかもしれない。もしも目の前にいるドーパントごと、ここにいる者達を一気に殺害する手段があるのだとしたら、一刻も早く食い止めなければならなかった。
 もしかしたら、さやかの親友である鹿目まどかである確率すらもあり得る。キュアブロッサムが、まどかとさやかが一緒にいたと言っていたからだ。
 だがまどかの名前は、既に放送で呼ばれている。それにも関らずしてまどかがこの世界にいるという事は、何らかの手段でその姿に化けているとしか考えられなかった。
 BADANには人間社会に潜伏する為、人間の姿に化ける怪人が多くいる。ダブルライダーに殺されたミカゲや、ヤマアラシロイドの正体を隠しているニードルがその例だ。
 だからこのドーパントも、それと同じ事をしているとゼクロスは考えていた。


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最終更新:2013年03月15日 00:33