時(いま)を越えろ! ◆gry038wOvE










 ────悪夢のバトルロワイアルから三日!!!!!




















 ────あのバトルロワイアルの生還者・超光戦士シャンゼリオンにして名探偵の涼村暁はッ!!!!!!!































  ──────女遊びをしていたッ!!!!!!!!!!!















「「「「ケーキ!! ケーキ!! まあるいケーキはだ・あ・れ~?」」」」

「「「「フゥゥゥゥゥゥーーーーーッ!!!!!!」」」」

 懐かしき涼村探偵事務所に帰って来た涼村暁。
 彼は、銀行からの借金によって事務所に呼んできた無数のコンパニオンをとともに、そんな、なんかよくわからない歌を歌っていた。
 事務所の机にはドデかく丸いホールケーキがあり、それをみんなで食べている真っ最中なのである。──これは、そのケーキを食べる為の余興のゲームだった。
 ルールもさっぱりわからないが、とにかくこんな歌と共に今回の物語は始まる。

 ……今日に至るまでの三日間、涼村暁はとにかく、今まで以上に遊び通した。
 あの殺し合いの半端ないストレスの山々を、今はこうして他人の名義での借金をぱーっと使い、とにかく豪遊しまくる事で発散していたのである。
 酒を浴びるほど飲み、僅か三日の間で百人近くの女の子と遊び、思いつく限りの高い料理を全て一口ずつ食べて「口に合わない」と返し、このビルの向こうのビルのそのまた向こうから苦情が来るほど歌を歌いまくって、全てを忘れようとしていた。
 もはや後ろを向いても仕方がないと思ったのだ。──確かに、彼の場合も、帰って最初の一日は、彼もとにかく落ち込み、ほむらやラブを喪った悲しみがどっと押し寄せ、彼をふさぎこませていたのだが、そこから先は違った。
 彼はこうして大量のコンパニオンを呼んで遊びまくる事でどこかに忘れようと思い立ったのだ。
 今のこの探偵事務所のこの惨状は、彼なりの逃避だった。

(マジで、いつまでもくよくよしてらんないよな♪)

 ……どうせこの外の世界の人間は、シャンゼリオンの事も殺し合いの事も何も知らないのだ。
 暁はそれらを全く朱美たちに伝えず、自分自身も全部忘れていく事で、普段の日常に一刻も早く戻ろうと努めていた。

 ──今は、とにかくあんな事を振り返るよりも、前を向いて生きようと。
 その方がずっといい。あの石堀ももう倒されてしまったし、ここから先の話はもう暁には関係ないように思えた。自分に出来る事は、死んだ奴らの分まで楽しく明るく生きる事。
 そう。じゃないと、人生が損だ。
 これからまた、殺し合いに関わるなんていうのは絶対に御免だが、こうして帰った場所に暁のいつもの日常があれば、それ以上する事なんてもうないのである。
 だから、全て忘れて前向きに生きられる頭を持つのが一番の正解に決まっている。

「ケーキは愛(←コンパニオンの女性の源氏名です)~?」
「ち~が~う~!! 私はピーチ!! 丸いケーキは燃・え・る!! ケーキはフォムラ(←コンパニオンの女性の源氏名です、どっかの国の人)?」

 ……と思ったのだが、実のところ、三日経っても、全然戻れていないのが暁だった。
 呼んできたコンパニオンの名前が、無意識の内にあの殺し合いで出会った人間の名前に限りなく近い物を選んでいたように思う。
 少なくとも、それを想起させる名前を集めた覚えは全くないのだが、今、暁は自分の周りの人間がほぼ、どこかで聞いた名前なのを感じていた。──見渡す限り、「愛」だとか、「穂村」だとか、「凪」だとか、そんな名前ばっかりである。
 見れば、名前が違っていたとしても、ツインテールだったり、黒髪ロングだったりする傾向もあるようだ。

(まあいっか……)

 それに気づいたが、呼んじゃったものは仕方ない。
 とにかく、時間まで遊びまくるしかないだろう。ここにいる女の子を暗い気分にして返してしまうのも自分の主義に反する。
 そんな感じで、また笑顔で、ノリノリで遊び出す暁。

「NONONO!! ワタシはオーマイゴッド!! マアルイ・ケーキはニンジャ!!」

 フォムラなる外国人少女はルールがよくわかっていないらしく、支離滅裂な事を言い出している。──いや、正直、実のところは誰もこのゲームのルールがわかってないのだが、どうしてか、いつの間にか、こんな謎のゲームが始まり、続いていた。
 ほとんどのコンパニオンが、フォムラ氏によるその言葉で静まり返る。辛うじて何らかの形で統一されていた物が崩壊し、どういうルールで続けるべきかよくわからなかったのだ。
 これはこのゲームも続行不可能だろうというレベルまで、その場はだんだんと陽気さを落としていった。
 フォムラなる外人コンパニオンだけ、その空気にきょろきょろと周囲を見渡し、自分がまずい事をしたのではないかというのを察し始めている。

「──ケーキは暁?」

 と、そんな時に、外国人コンパニオンへの助け船か、誰か、女性がその続きを詠唱した。
 暁もそこで出来てしまった変な空気が払拭されたのを感じ、満面の笑顔でその先を歌う。これであのフォムラという女の子も気に病まずに済むはずだ。

「ち~が~う~!! 俺はクリスタル!! 丸いケーキは──ぼふっ!! べふぉっ!!」

 ──刹那、べろべろに酔っている暁の顔面に、ホールケーキが叩きつけられた。暁には、一瞬何が起きたのかわからなかった。
 とにかく、二秒後にわかったのは、バラエティ番組などで芸人が喰らうケーキを顔に叩きつけるアレであるという事。──暁の口に甘いイチゴケーキの味が広がるが、それと同時に鼻の穴にも瞼の上にも生クリームだらけであった。

「朱美ぃっ!」
「正解。まあるいケーキはア・タ・シ」

 ……ホールケーキを叩きつけたのは、いつの間にか湧いてきた暁の助手の橘朱美である。暁は、彼女のむくれた姿を生クリーム越しに見つめていた。

「ハイ、解散! 解散! 帰った帰った!!」

 朱美が、ぱんぱん、と手を叩きながら厳しく言った。すると、妙に物わかりの良いコンパニオンたちは、「つまんな~い」など、本格的に士気を落としたように、それぞれ帰る準備を始め、五秒で帰ってしまっていった。
 ──朱美がたまたま事務所に来てみれば、この有様だったのである。
 ほんの一週間ほど前に暁が失踪した(とは言っても、どうせ借金取りから逃げるか、女遊びに夢中になっていたかしているのだろうと朱美は思っていたが──)きり、三日間ほど朱美も事務所に来なかったが、試しに来てみるとこんな状態だ。
 まあ、いつもの事だが、よく見るといつもよりずっと派手な気がした。

「……まったくもう。暁、一週間もどこ行ってたの!? 悪い物でも食べて入院でもしてたの? 拾い食い? 駄目だよ、落ちてるキノコ食べちゃ……」
「んな事してねえよ……」
「じゃあ何してたの? ──まさか、夜逃げしようとしたとか!?」

 勝手に朱美が決めつけるが、暁は、彼女に何かを語る事はしなかった。──殺し合いに巻き込まれたなどと言っても、誰にも信じてもらえるわけがない。
 だいたい、それを話してどうするのだろう。朱美に慰めてもらうのか? ……いや、あんな暗い事を暁自身も引きずりたくはなかった。いつまでも後遺症に悩まされるより、その出来事を忘れて、もっと楽しい記憶を刻んで進もうとしていたのだ。
 だから、自分が何故いなかったのかは教えなかった。

 朱美の「一週間」という言葉が少し引っかかったが、「へぇ、そんなに経ってたんだ」と適当に頭の中で流す。酔って正常な判断を失っているせいもあるが、そもそも暁はそんなに深く考えない性格だった。
 とにかく、暁は自分の失踪理由について問われても、「うん、ちょっと」とお茶を濁し、今はすぐに洗面所に行って、ケーキを洗い流す事にした。
 それで、ケーキを流すとともに、頭を冷やそうとしたのだが。

「──オヴェェェェェェェェ」

 ……それと共に、洗面所に向けて、何か描写しがたい物を吐き出した。
 思いっきり遊びまくった弊害だ。体力がもう尽きるレベルになったのにも関わらず、三日間ずっと遊んでいる。いくら暁でも、この姿は変だ──と、朱美は思う。
 眠る暇もなく遊ぶ事など、暁でも絶対にしない。眠たくなったら眠り、遊びたくなったら遊ぶのが暁だが、今は、とにかく何が何でも遊ぶ事に夢中になっているようだった。
 その異変に気付けるのは、いつも暁と一緒にいる朱美である。

 彼女は、すぐに暁の横に立ち、暁の背中をさする。

「大丈夫? 暁」
「ん? んー。大丈夫大丈夫。この三日間、一日三回は吐かないと気が済まないんだ」
「それ大丈夫じゃないよ? 暁」

 ここまで急性アルコール中毒で死ななかったのが不思議なくらいだが、彼はそういう死因で死ぬ人間ではなさそうだ。
 とはいえ、酒でフラフラになった暁は、そのまま、壁に背中をくっつけ、するすると流れるように座り込んでしまう。

「朱美ぃ……折角だ、今からお前も俺と一緒に遊びに行くか? どこがいい? 水族館か? 遊園地か? 金ならあるからどこでもいいぞ。好きな物食べさせてやる」

 それは一層、彼の無理を感じさせる言葉だった。
 暁は自分自身でも、今日、これ以上遊べない事は理解しているはずだというのに。
 流石に、朱美も呆れながらも心配したように言った。

「遊べる状態じゃないでしょ、暁。今日はもう大人しくしてなさい。今日は一日、一緒にいてあげるから……」

 そんな朱美の言葉が聞こえたが、その直後にはもう、暁は大きないびきを掻いて眠っていた。



 そうだ……こんな楽しい日常がずっと続けばいい。
 またずっと、自分はこうして……楽しい日常にいられる。

 あんな悲しい事は、全部忘れて……。
 また楽しい一日を始めたい……。

 今は、ただ、この長い眠りに就いて……。
 嫌な事は、全部忘れる……この一時の休息だけが……。



 ────涼村暁は、夢を見る。






 暁は、夢を見ていた。──とても変な夢だ。
 それまでも、この「変な夢」を見る事は度々あった気がするが、いつも起き上がる頃には全部忘れていた。
 しかし、今、こうして振り返ると、いつも見ていたそれは、夢というには、あまりにも整合性のとれた物語であったように思う。
 今の暁は、これまでの夢を思い出し、そんな不自然さを覚えていた。

 人間の夢というのは、本来なら支離滅裂の物であるはずだ。人間は、映画の「アンダルシアの犬」のような、思い返すと不可解で、支離滅裂で、ナンセンスな夢を見る事で、脳内の情報を整理する。
 だが、暁が見ている“それ”は、もしかすれば現実を見ているのではないかと思うほどに、整った一つの物語を形成していた。
 人間の心理的に、それはどう考えてもおかしい話だったのだが、暁がたまに見る──そして、今も見ている──変な夢だけは、かなり丁寧に一から十まで、ある男の視点で構成された、別の人間の現実の人生を覗いているような夢だったのである。

 更に、暁の夢は、時折、連続性を保っていた。
 一度、暁の夢の中で死んだ者が、次にまたその夢の続きを見る時にちゃんと死んでいたり、壊れた街は次に夢を見る時も壊れたままであったりする。
 暁の見る中でも、良い夢にはこれがない。女の子と遊んでいる夢にも、おなかいっぱい食べる夢にも、死んだ人間が出てくる夢にも、こんな連続性はなかった。それらはいつも支離滅裂で、ナンセンスな光景も映し出す。
 だが、たまに見て忘れる、その「変な夢」だけが、ある連続性を保つのだ。

 そして、今日に限っては、これまで見てきたその全ての夢が一斉に、暁の脳裏に雪崩れ込んできた。

『──僕たちは……不死身のS.A.I.D.O.Cです!』

 その夢の中の暁は、何かと戦っている。
 確かにシャンゼリオンではあるが、現実の暁と違い、真面目に戦っていた。
 これが、いつも見る夢の内容だった。

『しっかりしてください!! ──くそぉ……また、また一つ尊い命が……!!』

 ──また、同じ夢を見る。
 人が死んでいる。街が壊れている。ダークザイドが地球の侵略を着々と進めていく。
 夢の中の暁は、そのダークザイドを倒す為にずっと訓練をしてきた。
 そこでできた戦友と一緒に、暁はまっすぐに戦っている。どんな極地でも。

『いい夢を見た』
『夢?』
『ああ、以前から似たような夢を見ていたんだが、俺が私立探偵で、女好きでいい加減な性格で……ダークザイドと戦ってはいるんだが、なんか毎日が楽しくて……』
『はは……いい加減な性格のお前が……俺も夢でいいから、そんなお前に会ってみたいよ』
『あはは……そうね、真面目すぎるもんね。暁くん』
『みんなで、夢の世界に行けたらいいな……この世界は、もうすぐダークザイドに──』



 ──一体、いつも俺は何を見ているんだ?



『今だっ! 逃げろ!!』
『長官!!!!! うわあああああああっ!!!』



 ──そうだよ……なんで俺はいつも、こんな夢を見るんだ……!?



『嘘だ……嘘だ! エリが、エリがダークザイドだったなんて……!』
『夢の……世界に、……向こうの世界に行けたらいいな……。いや、これが俺の見ている夢だったら、どんなにいだろう……』
『いい加減で女好きの俺が本当で、こっちの世界の事が、俺の見ている夢だったら、どんなに……どんなにいだろう』
『ああ、もしこれが夢なら、死んでもいい……』



 ──……いや待て。もしかすると、どこかで、こんな瞬間を見たような気がする。



『速水……今までずっと言うのを我慢して来たけど……もう俺たちは駄目だ。世界のほとんどはダークザイドに征服されてしまった。俺たちがどんなに戦っても、もう勝ち目はない……』
『あぁ、わかってる。俺たちの……人類の負けだ』
『もっと、そうだ……一度でいいから、女の子とデートがしてみたかった。もっと青春を楽しみたかったよ……』
『俺もだ……青春のすべてを、戦士としての訓練に捧げてきたからな……俺たち』



 ──……こんな俺が、どこかにいるのか?



『なぁ、速水……ありがとう! ずっと、ずっと……友達でいてくれて! 考えてみれば、俺には友達と呼べるのは、お前だけだった……』
『俺もだ……』
『お前がいてくれたかこそ、俺はここまで頑張って来れた』
『俺もだ……!』



 ──いや……駄目だ。やめろ。やめてくれ! ここから先は駄目だ!



『この次に生まれ変わっても、俺たちは──』
『ああ、友達になろう!』



 ──そうだ……いけない。これ以上、俺にこの夢を見せないでくれ!!



『うわああああああああッッ!!!』
『速水ぃぃぃぃぃぃっ!!!!!』



 ────誰だか知らないが、やめろッ!!! “この夢は、夢じゃない”!!!!!



『誰に向かって物を言っている!! 俺は選ばれた戦士──超光戦士シャンゼリオンだぞ!!』




『────燦然!!!』






「はぁ……はぁ……」

 ──涼村暁が目覚めた時、そこには、橘朱美や涼村探偵事務所の姿はなかった。
 眠った場所じゃない所で目覚めた事になるが、誰かが移動させたわけでもあるまい。

「ここは……」

 何せ、────目の前に広がっているのは、今の夢の中で見た戦乱の光景だ。こんな所に人間を移動させるわけがない。

 何がどうなっているのかわからなかった。
 夢の中に取り残されたわけでもないはずだった。
 今も、暁の中には、今見た夢が鮮明に──残っている。

「はぁ……はぁ……」

 体の中にアルコールの気配はなかった。いや、気分は元に戻り、ああして酔う前までと全く同じ状態だった。──お陰で、気分や精神状態は、到底お気楽にやっていられないまでに憔悴している。
 忘れかけていた三日前に引き戻された気分だ。ただ、仮に酔っていたとしても、今この光景を見れば、それが一瞬で冷めるのではないかと思った。

「……どこなんだ、ここは……」

 ──目の前は、この世の終わりの瞬間のようだった。

 そして、この世界は、そこで時間が凍り付き、全て動かなくなっている。
 まるで、全てが終わる直前、時間がここで止まっているかのように──。
 暁は、その時が止まった世界の中を立ち上がり、歩きだす。

「何がどうなってやがるんだ一体……」

 街に炎があがっているが、それも揺らめく事さえなく、止まっている。──下手をすると、風さえも止んで、本来ならば呼吸ができないかもしれない。
 空には、地上を焼き払う円盤の大軍が群れをなしているが、それもまた、全て動きを止めていた。今、まさにそこから出る光線が人々を殺している真っ最中になっている時もある。逃げ惑い苦渋に満ちた表情で止まった人間の姿。

「どこだーっ!! 朱美ぃーっ!!」

 今にも死ぬような人々。廃墟。果てのない戦火の嵐。人間を虐殺するダークザイドの怪物たち。どこかへ逃げようとしている緑の車。
 もはや、地上に希望も何も残されていない、地獄の果てのような場所だった。
 暁は、その緑の車が自分の愛車と同じ、「シトロエン2CV」だと気づき、触れようとする。──が、暁の手は、その中を幻のようにすり抜け、触れる事はできなかった。

 ……一体、何がどうなっているのだろう。

「はぁ……はぁ……」

 この場所を歩きながら、そこで時間が止まっている人々や街の中を──ただ無意識に彷徨いながら、暁はだんだんと自分がどこにいるのかを察し始める。
 何故か、異常な疲労を感じた。体はそこまで疲れていないはずだが、ここに来た時から、心が蝕まれようとしている。ここにいると心が苦しく、今すぐにでも逃げ出したくなる。
 いくら歩いても、足や体は全然疲れないのに、──それなのに、息切れだけは起きた。

「──なんなんだよ、ちくしょう……!」

 いつもの夢の中のはずなのに、そこで見られる全てが立体になっている。これまで見た事のない角度、見た事のない場所、見た事のない光景もまた、今、暁の歩いている中には確かにあった。
 暁はここまで強いイメージを持たない。

 ──だとすれば……ここは、現実……?

「くそっ……!! どこだ、朱美!! おいっ!! 返事してくれっ!!」

 暁も、はっきり言えば、ここにあるのは、「夢の中の世界」などではないと、わかり始めている。この光景が、だんだんと懐かしく見えてきたからだ。
 これが何なのか。ここが一体、何の世界なのか。今日まで生きてきた自分が一体何なのか。──あらゆる答えが、暁の脳裏に提示される。
 暁はそれを必死にかき消した。

「はぁ……はぁ……」

 暁は、ただ、何かに惹かれるように歩いていく。
 足を進めたくはないが、足は勝手に進んでしまう。
 多くの廃墟を、多くの戦火を、多くの死体を横目にしながら、それを乗り越えて、暁は、歩いていく。
 だんだんと動悸が早まっていく。この足を止めようと抗おうとする。
 それでも足は前に出てしまう。

「はぁ……はぁ……」

 どこかで見た奇妙な病院。
 採石場。
 見覚えのある男の死体。
 敵の攻撃で燃え上がる炎。
 飼い主を失い、戦場に取り残された犬。


 そして──

「──……嘘だろ」

 そんな暁がその歩みの果てに辿り着いた場所が、“此処”なのだ。
 暁は、大きく口を開け、“それ”を見ていた。──そんな物が、現実にあるはずはないのだ。
 目の前の光景を否定する。


『誰に向かって物を言っている!! 俺は選ばれた戦士──超光戦士シャンゼリオンだぞ!!』


 夢のラストシーンがリプレイされる。
 先ほどの暁の夢の終わり──この人類が敗北する世界で、まだ戦う意志を止めず、人類の意地をかけて、ただ立ち向かおうとする男の立体。
 その後ろ姿を、暁は直にその瞳で見る事になった。


『────燦然!!!』



 まさしく、その瞬間。
 涼村暁が燦然する瞬間に、この世界は止まったのだと、暁は理解した。





 ────そこにいたのは、ここにいる暁が何度も夢の中で見てきた“涼村暁”だったのである。





 ──自分自身が、燦然するポーズのまま、この止まった時間の中で立っていた。
 まるで、精巧に出来た蝋人形を見ている気分だったが、暁にはそれが確かにどこまでも暁と同じ姿である事までわかっていた。
 何故、涼村暁が、涼村暁の前にいるのか。
 涼村暁の前にいる涼村暁が何を見ているのか。
 ──その全てを、今、暁は理解する。

「…………こいつが、…………ここにいる、こいつが…………」

 この男は、暁とは正反対の真面目な軍人で、女の子とデートすらした事がない。
 ただ、青春をシャンゼリオンに費やし、人類の希望の為に戦った一人の人間。──しかし、ダークザイドに人類が敗北する未来が見え始め、絶望し、それでも戦おうとするヒーロー。
 彼は、女遊びもしなければ、誰かに迷惑をかける事もない。
 ダークザイドの戦いを拒否する事もないし、誰かの為に一生懸命になろうとする。
 ここにいたのは、破天荒な遊び屋ではなく、そんな涼村暁なのだ──。



「…………“本当の、俺”…………ッ!!」



 “暁”の真後ろには、大きな炎があがり、その目の先には、ダークザイドの二体の強敵がいた。
 この世界の終わりに、そんな敵たちにただ一人挑む男──超光戦士シャンゼリオン。

 そんな自分自身がそこにいる事に、暁は何の疑問も持たずにいた。
 いや、それこそが本当の自分なのだと、彼は受け入れるしかなかった。



 ────暁の中で、全てが繋がってしまう。



 これまで封じられていた記憶が、解禁された。
 それは、忘れなければならない「暗い現実」の記憶だ。
 暁が辛い事を忘れ、前向きに生きようとした最大の理由が、そこに形作られていたのだった。──全て。残酷なほどに。

「……どうやら、全て思い出したようですね──涼村暁」

 そんな時、暁の後ろから、聞き覚えのある声がした。
 振り返ると、それは、あの殺し合いの第二回放送を担当した男だった。白衣とめがねをつけた、小汚いホームレス風の風貌──。
 あれっきりすっかり忘れていたが、今こうして、暁の目の前で、その男はニヤリと笑っているのを見ると、その名前を思い出す。

「ニードル……ッ!!」

 そう、この男の名前はニードル。
 三日前まで暁が参戦していたあのバトルロワイアルの主催者の一人であり、暁の忌むべき相手であった。
 志葉丈瑠とパンスト太郎の名前を呼んだのが彼で、その放送を聞いた時、石堀光彦や黒岩省吾や西条凪と行動していた事も暁は思い出す。──考えてみると、呼ばれた名前やその同行者の方が印象的だった。
 遂に、暁の時間は三日前にも引き戻された。
 暁は、間違いなく……あの殺し合いの参加者だったという事実から逃れられない。

「……あなたの言った通り、今、ここにいるあなたは“本当の涼村暁”ではない。あなたの目の前にいる涼村暁こそが、本当の涼村暁なのです」

 そう、それが──、これまで忘れていた、あの殺し合いの中でも、暁が一切触れる事のなかった真実だった。
 暁も、今まで生きてきた中では全く気づいていなかったが── “ニードルと言葉を交わしている暁”こそが夢で、“ダークザイドとの戦いに挑んでいるこの暁”こそが現実の存在なのだ。
 自分自身は、誰かの空想の産物であり、本当の人間ではなかった。

 このニードルたちは、涼村暁の持つ「脳内世界」から、参加者を具現化し、それを殺し合いに投じたのである。
 それまでに暁に死なれた場合、殺し合いの終了を待たずして暁、黒岩、速水、ゴハットの四人が消滅してしまう為、ベリアルたちの力でこの世界の時間を止めているのだ。
 その為、この世界は他のあらゆる世界のように、「管理」はされていなかった──。

「──あなたは、この荒んだ世界にいた一人の“真面目な軍人”の涼村暁が、絶望的な戦場で望んだ儚い夢に過ぎないんですよ」

 ニードルが、これ以上ないほど残酷に、いま暁の認めたくない事実を告げた。
 それでも、まだ心のどこかで納得できないように、暁は言う。

「俺が……夢……?」

 この世界にいた男──涼村暁は、S.A.I.D.O.Cに属する軍人だった。
 地球を狙う侵略者・ダークザイドから地球を守る為、己の青春を犠牲にして訓練を続け、超光戦士シャンゼリオンとなってダークザイドを迎え撃とうとしたその人生に、ここの暁のような遊び心を挟む暇はない。
 彼は日々、過酷な訓練に耐え、地球の平和を守ろうとした。いわば、戦士になり、この世界に平和を齎す為に生まれてきたような人間だった。
 一人でも多くの人間を救い、人類にやがて希望の光を灯す為──彼はそれに耐え続け、実線でもシャンゼリオンとして、戦い、人々を守り続けた。

 しかし、ダークザイドの侵攻は日に日に強くなり、シャンゼリオンたちだけの力では戦えなくなり始めていた。
 毎日、街が壊れ、人が殺されていく。──それを見るたびに、自分は、何の為に青春を犠牲にしてあれだけ鍛えてきたのか、だんだんわからなくなる。
 やがて、宗方チーフは戦死し、仲間だった南エリは裏切った。
 そして、──暁と共にこの世界で戦ってきた唯一無二の親友、速水克彦は、死んだ。
 あるいは、橘朱美も、黒岩省吾も、ゴハットも、この世界に存在したモデルがいるのかもしれないが、仮にいたとしても、その全てが、この暁が知る彼女たちよりも残酷な真実を持っている事は、言うまでもない。
 この世界において、全ての人類の敗北は、もう目に見えていた。全てが終わろうとしている。

 それでも、戦いのない平和な世界を望み続けた一人の軍人は、終わりに近づいていく世界で──最後に夢を見た。


 こんな世界じゃなければ……。もっと、全部が楽しい世界なら……。
 実を言うと、せめて一度くらいは、女の子とデートがしたかった。
 子供の頃は、本当は戦士なんかじゃなくて、探偵に憧れていた。
 この犬、可愛いな。きっとお金を持った人に飼われていたんだろうな。
 真面目できつい訓練なんて、本当は嫌だった。何度も逃げ出したいと思った。
 でも、世界の為にそんな事は言えなかった。
 ここにいる速水たちと、終わる事のない楽しい日々を送りたい。
 エリは仲間だ。敵じゃない。エリが敵なんて嘘だ。
 僕はせめて、もっとバカになれたら楽しいかもしれないな……。


 その男のあらゆる理想が、ここにいる、不真面目な“もう一人の涼村暁”の世界──シャンゼリオンがふざけながらダークザイドと戦う世界という「夢」だったのだ。
 ──その夢は、どこまでも淡い色を灯していた。
 暁という破天荒な男たちの物語と、戦いと呼べぬふざけた戦いを繰り広げ続けるそんな世界の真実は、ただの一人の男の悲しい夢に過ぎない……いつか醒めるのが夢だった。

「速水克彦、黒岩省吾、ゴハット、橘朱美……あなたの世界の住民たちは全てそうです。そこに立っている“涼村暁”の夢の世界に存在している、彼のイメージや記憶、あるいは願望に過ぎません。──だから、この世界が動き出した時、この“涼村暁”の死と共に、全部が消滅します」

 ニードルは、全てを明かし、ニタリと笑った。

 ──この世界の人類の敗北は、夢の中で見た通り、もはや明白だ。
 このまま、元通り時が動きだしてしまえば、暁の命はあと十分と保たないだろう。
 すると、今度は彼の脳内にあった世界も、崩壊の予兆さえなく、一瞬で消滅していってしまう事になる──。

「……ッ!」

 ──だが、暁は、そんな現実に、必死で抵抗しようとする。
 勿論、現実はどうしても覆らない。それでも、何としてでも否定しようとした。

「……そんなバカな話があるわけないだろ!? 俺は、ちゃんとここにいる! ずっと、俺は生きてきた──俺は誰かの夢の中の住人なんかじゃない!! これはあんたの使う変な術かなんかに決まってんだ……!」

 暁は、奥歯を震わせながら、自分の身体を殴るように触れてそう言った。
 お前が生きていた毎日は、全部誰かの頭の中で繰り広げられていた妄想なのだ──そう言われて、簡単に受け入れられる人間がいるはずはない。
 心臓の鼓動も確かにある。自分自身が触れているものは、幻や夢じゃないはずだ。今日までの人生は誰かが思い描いたシナリオじゃない……。

「……あなた自身にも、もう全部わかっているでしょう? まあ、自分が虚構の存在だと認めたくないのは、当然の事ですが──」
「うるせえッッ!!!!」

 平然と喋り続けるニードルに、暁は怒号で返した。
 それは、それ以外に返す言葉が全くない証だった。──ニードルの言葉を頭の中に入れたくないのだ。

「……だいたい、なんなんだよオマエ! ──人を勝手に殺し合いに巻き込んで、みんな殺しちまいやがって! それで、今更、人の事を夢だとか何だとか偉そうに!!」

 ちゃんとした反論が、頭の中から引きだせなかった。
 それは、この止まっている暁の意識が、今の暁の中にも微弱ながら存在しているからだ。──それは、暁自身が本当は夢なのだと告げているという事である。
 自分が本当は、ダークザイドとの戦いに絶望した軍人の見た、儚い幻なのだと……。
 しかし、それは、どうあっても簡単に認めるわけにはいかない真実なのだった。

「あなたは本当に、自分の立場がわかっていないようですね……」

 ニードルは、肩を竦ませる。
 暁に対する同情心など、彼の中には微塵もない。むしろ、彼に全てを教え、その心をもてあそんでいるのが楽しくて仕方がないといった様子だ。
 眼鏡を光らせたニードルは、暁にその先を告げる。

「──言ってみればあなたがこれから先、生き残るには我々に協力し、忠誠を誓うしかないんですよ。私が来たのは、ただあなたに真実を教えて絶望させる為じゃありません」
「何っ!?」

 ニードルの言葉に、一瞬、何故か希望のような物さえ感じた暁であった。
 ただ真実を教えて絶望させる為に来たわけではない──それならば、彼らに忠誠を誓えば、このまま生きていけるのだろうか。と。
 そんな、下種のような希望を抱き、縋ろうとする。

 ──消えたくない。
 ──一人の人間として生きていたい。
 ──この夢を終わらせたくない。
 ──夢のまま終わりたくない。

 そんな気持ちは、暁の中にも確かにある。夢や幻の存在は、もし消えたら、人々の記憶からもなくなってしまうのだろうか。
 速水克彦も、黒岩省吾も、ゴハットも、橘朱美も……全部、存在が消えて、このまま人々の中から忘れられてしまうのだろうか。

「あなたにはこれから三つ、未来の選択肢があります。一つ目は、我々に仇なし、あなたたちが負ける事。そこに待っているのは死です。二つ目、あなたたちが万が一勝った場合。あなたは、この世界の進行と共に消滅する。三つ目、我々の仲間になれば、この世界は永久に時を止め、守られ続ける──あなたたちの世界は、半永久的に動き続けられる」

 ニードルは、暁の未来の三つの選択肢を伝えた。ただ、暁はこれを半分も聞いていなかった。頭の中が真っ白になり、ニードルの言葉を解する事ができないのだ。
 だが、言われずともわかっていた事だ。──そして、あまりにも窮屈な選択肢しかない事まで、暁は既に理解している。
 ベリアルに歯向かう事は勿論、暁の他、暁の世界の人間たち全ての死に直結するかもしれない。──だから、その道を選ぶ事はできないのだ。

「一つ目と二つ目の選択肢を選んだ場合、あなた自身も、橘朱美も、住んでいる世界と共に消えますよ?」

 ニードルが、釘を刺すように言う。眼鏡の奥の歪んだ顔つきが憎かった。

「──……くっ!」

 しかし、暁の脳裏に、橘朱美の笑顔が浮かんだ。
 つい先ほど、酔った暁を介抱してくてたあの秘書だ。──暁は彼女に辛く当たる事もあったが、それでも、他のたくさんの女の子よりも、彼女を想う心があった。朱美も、なんだかんだ言いつつ、暁を献身的に支えてくれる良い秘書だった。
 それは、友達として、相棒としても、あらゆる意味でも──どうあれ少なからず、確かにあった感情である。
 朱美の存在まで嘘だとは思いたくない。

「……嘘だろ? な? ニードル……あんたもわかってるよな? こっちの世界が夢なんだよ。見ろよ、時が止まってる世界なんて……そんなの出鱈目に決まってる」

 いや、いっそ、この悪夢のような世界こそが夢でなくてどうするのだろう。
 暁のいた世界は楽しかった。──それが現実でなければ、暁は嫌だ。
 ここに広がっている人類の最期が真実であるなど、認めてはならなかった。
 きっと、この絶望の世界に住んでいた暁もそうだったのだろう。
 それは、暁の真実への最後の抵抗であったが、あえなくニードルに打ちのめされる事になった。

「やれやれ。懲りないですね。これは私たちが、あの実験の為に止めているんですよ。──この人間の脳内世界から人間を具体化し、殺し合いに招いたら更なるエネルギーが回収できると考えました。そして、結果は大成功でした」

 暁は、それを聞いて、ついに力を失い、落胆してへたり込んだ。
 実験……その為に、自分は、こうして──。
 しかし、それを咎める気にはならなかった。暁の頭の中は、それどころじゃない。
 ニードルの性格への恨みつらみよりも、今はただ、自分の世界がこのまま滅んでしまう事への──ひたすらな抵抗が優先された。
 認めたくなかった、自分の存在のアンバランスを暁は受け入れなければならないのだろうか。

「じゃあ……本当に──そこの男が、“そこにいる俺”が望んだ、“俺たちの生きる世界”は、このままだと消えちまうってのかよ……ッ!!! 本当に……本当に……ッ!!」

 泣き叫ぶような怒号で、暁は誰にも見られたくないような顔でニードルに縋ろうとする。
 ニードルの足を掴もうとしたが、暁の手は彼の足をすり抜けてしまう。
 ニードルが幻なのか、暁が夢なのか──それは明らかだった。
 暁自身が、この世界では肉体を保つ事ができないのだ。──そうでなければ、夢と現実が同居している事になってしまうから。

「──ええ。だから、この世界の為に協力してくれますね? ……まあ、まずは、仲間と合流して貰って、彼らの隙をついて一人でも殺してくれれば、それであなたを仲間と認めましょう。その後、しばらく我々に従えば、あとはあなたの世界は永遠を保つ事が出来る……」

 ニードルが、邪悪な笑みとともに、暁を見下ろしていた。
 暁はその表情を見上げ、今のニードルの言葉を噛みしめる。

「仲間……」

 仲間──それは、おそらく、あの殺し合いを共に生き残った“彼ら”の事だ。

 ゴハットが生かしてくれた女の子、高町ヴィヴィオ。
 暁と同じ探偵で一緒に暗号を解いた、左翔太郎。
 物騒な武器を持った怪物、血祭ドウコク。
 敬語で喋る、ラブと比較しておっぱいが小さめな女の子、花咲つぼみ。
 逆におっぱいが大きい、巴マミ。
 ちょっと口が悪く年上の暁にもタメ口を利く、佐倉杏子。
 頭にバンダナを巻くというオタクみたいな事をしている男、響良牙。
 中学生とは思えないあのスタイルが良い女の子、蒼乃美希。
 気弱に見えるが実は熱い真面目野郎、孤門一輝。
 暁と同じ苗字で甘い物が好きで女好きな少し気の合う男、涼邑零。
 暁と一緒にヴィヴィオを助けに行った時の仲間、レイジングハート・エクセリオン。

「──ッ!」

 全員を思い出した瞬間、暁の中で、何かが醒めた。

(あいつらを裏切れっていうのかよ……ッ!)

 その中で暁が裏切れる人間は──ドウコク以外にいない。
 いや、しかし、仮にドウコクを裏切るとして、隙をついて殺すなんていう方法は絶対に無理だ。

 かつては、軽い理由で殺し合いに乗ろうとしたが、なんだかんだと、暁は自分がそんな事のできるタイプの人間ではないと気づき始めていた。
 このシャンゼリオンの力を平和の為に利用してやろうなんて青臭い事は思っていないが、同時に、その力で人間を傷つけるような真似も──涼村暁にはできないのだ。

『──諦めるな!』

 何て事なく聞き流していた孤門の言葉が暁の中に蘇る。
 ふと、この絶望的な世界を前に、その言葉が再生されたのである。

(────そうだよ……何やってんだ、俺ーっ!)

 暁は、崩れ落ちたような状態から、力を尽くし、再び立ち上がった。
 そして、目の前で「燦然」しようとしている暁の姿を目に焼き付けた。

(この俺を見習えよ、俺っ! 俺はまだ諦めてないのに、俺が諦めるのかよ!?)

 ──この目の前にいる涼村暁は、こんな絶望の中でもダークザイドに立ち向かおうとしている。
 だが、この暁は、今、自分の世界が壊れる恐怖に震え、本当の敵に立ち向かうのを諦めようとしていた。
 確かに暁は、長続きせず、根気もない男であったが──それでも、本当の敵を見誤るのは、涼村暁の生き方ではない。

「──おい、ニードルッ!!」

 目の前の敵の名を、暁は、裏返った声で叫んだ。
 そして、ふてぶてしく笑い、彼の顔面を見つめた。
 そんな暁の姿を見た時、ニードルは、彼がようやくベリアル帝国に忠誠を誓う決意をしたと思って、更にニヤリと嗤ったのだが、それは全くの勘違いであったといえよう。

「さっきっから聞いてれば──あんた、ぐだぐだ何を言ってるんだよ……!」

 ──彼は、敵を見つめる瞳で笑っていたのだ。
 ニードルに返される言葉は、全く予想外で、ニードルの顔を曇らせた。

「──考えてみな? ……この俺が、たとえ死んだってあんたらみたいな暗い男に従うかっての! 俺は、あんたみたいな気に入らない人間の言いなりなんかにはならないの!」

 そうだ。暁は、野良犬のような男だ。
 会社勤めなど、絶対にありえない。誰かの下で働く事など、天地がひっくり返ってもありえない事だ。
 自由気ままに生き、自分で自分のやりたい事をやる。
 たとえ、そのために誰が犠牲になり、誰が悲惨な人生を歩んでも、暁は構わず、我が道を往く。──今は、自分のポリシーの為に、自分と自分の世界が消えるとしても、その犠牲を払って進む覚悟を持ってニードルを睨んでいたのだ。

「……橘朱美がどうなってもいいんですか? あなたは少なからず、想ってるはずですが」

 ニードルは、再度、冷やかな言葉で釘を刺した。
 暁に最も効果的な言葉だと思ったからだが、今度は、その言葉が暁に突き刺さる事はなかった。──そう、ここから先は永遠に。

「ああ……! でもな。……でも、それでも……たとえ朱美の為でも、そのために、別の仲間を騙して殺すなんてのは、この俺のプライドに賭けても、絶対にやっちゃならない事だ! たとえその為に世界が滅んでも、俺はお前たちを絶対に潰すッ!!」

 ──これは、暁自身のプライドに賭けての挑戦だ。
 既に覚悟は決まっている。たとえ、自分の世界中の人間が、消滅の果てに自分を恨んだって、暁はその追求から逃げおおせて見せる。
 ただ、絶対に、暁は、“自分がやりたくない事”は絶対やらない人間であり続ける。
 だから、それならば……ニードルやベリアルを絶対に倒してやるという意志が生まれている。

「……だいたいな、ここにいる、この今にも顔にラクガキできそうな俺は、世界は違えど、この涼村暁様と同じ色男だぜ?」

 そう言って自分の身体に肩を回し、ピースをする暁。この世界の物には触れられないので、少し暁(現実)の方から浮かせている暁(夢)の手。
 その笑顔は、今までの無邪気な笑顔と何も変わらなかった。
 諦めるな──その言葉を胸に、この絶望的な世界にも希望を微かに抱いている。



「──この俺はな、もし、この止まった時(いま)を超えたってな……きっと、このままそう簡単には死ぬ人間じゃないんだ……」



 そう──。



「……だってな、ニードル」



 だって、彼は──



「俺は……俺たちは、たとえ夢でも現実でも……選ばれた戦士──スーパーヒーロー、超光戦士シャンゼリオンなんだぜッ!!」



 ──これでも、ヒーローだから。



 この世界のシャンゼリオンが掲げた言葉を、涼村暁は倍にしてニードルに叩きつけた。
 すると、ニードルも諦めがついたらしく、すぐに嘆息した。
 ばかばかしい、と思っているようだが、その反面、暁一人が戦力に加わった所で戦果の向上があるなど期待していない。思いの外、簡単にあきらめたようだ。

「……わかりました。交渉決裂ですね。──いずれ来る、あなたの世界の崩壊を楽しみにして待っていましょう」

 ニードルがいやらしく笑い、時空魔法陣を発動して、彼の元から去る。
 その背中を見送った後、暁は、少しだけ体の力を抜いた。
 暁は、ただ一人、その止まった時間の中にいる自分の姿を見て、祈った。
 ダークザイドに負けまいと、この状況で燦然して戦おうとするその姿に、今、この暁は少なからず勇気を貰っている──。

(……なあ、頑張ってくれよ、俺……! 絶対、ダークザイドなんかに負けるなよ! 俺の……そして、朱美たちの命がかかってるんだからな!)

 ──そして、取り残された暁も、やがて、その世界から自動的に姿を消した。






 ──暁は、気づけば、時空管理局の船アースラの中にいた。
 どこかの世界で倒れていたのを、その世界の人間に保護され、アースラに運ばれる事になったのだ。
 その世界が、暁の帰るべき世界──「夢」のシャンゼリオンの世界ではなかったのは、彼にとって、僅かに不幸な事であったかもしれない。
 いうなれば、それは、朱美たちと会う最後のチャンスだったからだ。

 このままベリアルを倒し──元の世界に帰って、朱美たちと生きていけるのはどれくらいだろう。
 ほんの少しかもしれない。
 もしかしたら、ほんの一瞬さえ、あのシャンゼリオンは戦ってくれないかもしれない。
 そうなると、暁と朱美の最後の思い出は、ゲロを吐いていたところをさすってもらった話になってしまう。

 いや、しかし──それでも、ベリアルを倒すという意志は暁の中では変わらない。


(ベリアル帝国……俺は、誰に何と言われようと、そいつを滅ぼす!! 俺が……俺がたとえ消えちまうとしても……俺は、お前をブッ潰さなきゃならない!!)

 ニードルも、ベリアルも……この世界たちを管理している全てに、暁は抗う。
 良くも悪くも、管理されてあのダサい黒い服を着させられて規律通りに働かされ、結婚・就職の全てを管理されるなど、絶対に耐えられないような魂の男である。





(んでさ……もし、みんな死んじまった果てにまた、死者の世界とかそんなもんがあったなら──)

 たとえ、どうやっても抗えずに死ぬとしても、その時はその時で前向きに──

(ほむら、今度は成功するまでお前をナンパする……!)

 ──成功しなかったナンパと、

(それから、ラブちゃん、依頼料、払ってくれよ……!)

 ──果たせなかった依頼料徴収を、望むだけだ。





【涼村暁@超光戦士シャンゼリオン GAME Re;START】



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最終更新:2015年09月07日 19:56