◇◆
「アリスとは、また因果な名前を持つものだ。
ルイス・キャロルの童話においてアリスは不思議の国に迷い込み、そこで濃密な物語を繰り広げた。
さて、此度のアリスが迷い込んだのは不思議の国でもなければ鏡の国でもない。
彼女にとっての過去、人間の感情が最も白熱していた時代、悪なる魂に見初められてしまった異界――絶望の海。
生きて元いた家に戻ろうが、志半ばで朽ち果てようが、今回の放浪は決して童話とはなり得ない」
聖杯戦争にただ巻き込まれただけの参加者は、この冬木にも数多く存在する。
あるいは、していた。
元の世界に帰りたいという願い虚しく激戦の中に散ったマスターも、両手の指で数え切れないくらいにはいるはずだ。
そして彼女もその一人。望まずに絶望の満たす海へと迷い込んだ哀れな哀れなマーメイド。
歌って踊れることと年不相応な理知的さ以外は何ら抜きん出たところのない少女は、しかし聖杯戦争の『振るい』の段階を見事に生き延びた。
……それが『生き延びてしまった』になるかどうかは、今後の成り行き次第だが。
「童話に曰く、幼いアリスは白兎を追いかけて不思議の国へと踏み入った。
……だが此度のアリスは腕を掴まれた。白と黒の二色で分かたれた絶望という名の兎に連れられて、無理矢理に物語の中へと放り込まれた。
そこに一切の主体性はなく、戦う覚悟などあるはずがない。
メルヘンとはかけ離れた退廃の幻想の中で、闇雲に振り回されるだけだ」
自身のサーヴァントに振り回されている内は、まだいい。
この冬木には、人の精神を擦り切れるほどに振り回してのける絶望が跋扈している。
いつまでも迷い込んだ被害者のままでい続けたなら、待っている未来は一つだ。
――――すなわち、破滅。現代に生まれたアリスには、ありふれたバッドエンドが突きつけられるに違いない。
「彼女が生き延びるには、良き出会いをするしかない。
不思議の国に迷い込んだアリスが、時にそこの住人に導かれながら先へと進んだように。
そして、理解することだ。自分の迷い込んだ世界を、その果てにあるものを」
(Side:Hope――14:橘
ありす&ライダー)
◇◆
この昭和においても、
橘ありすは346プロダクションに所属するアイドルだった。
普段は市内の小学校に通っているが、仕事の日程によっては学校より仕事を優先することもある。
……つまるところ、ありすの生活は元の世界で彼女が送っていたものと然程変わらない。
ただ、昭和はスマートフォンすらない時代だ。ありすにしてみれば大昔にも等しい。
時代の違いからか、ありすの愛用しているタブレットもこの時代に来てからというもの、何の役割も果たすことが出来ないただの板になってしまっている。
これではただ悪戯に嵩張るだけなのだが、何となく持っている方が落ち着くので、彼女はこれまたいつも通りタブレットを持ったまま行動していた。
今、ありすは割合大きめの車に揺られている。
新曲の収録を終え、事務所に戻る帰り道だ。
ありす単独での仕事だったため、車内には運転手と彼女しかいない。
……もとい、運転手と彼女と『一体』しかいない。
「(いや~、驚きました! アリサさんが歌って踊れるということは私も聞いていましたが、まさかあれほどいい声でお歌いになるとは予想の斜め上でしたよ!
英霊としての知識で知っているだけですが、歌の収録って余程の大御所でもない限り何度もやり直しをさせられるのが普通なのでしょう? しかしアリサさんは……二度ほどリテイクを出されてはいましたが、それでもそのお歳でこれなら十分立派なものだと部外者ながら私は思いますね!
しかし僭越ながらアドバイスをさせていただくなら、もう少し速い曲を歌うべきだ。そうですね、私ならあの曲を三倍ほどの速度で――……)」
……念話を使っている辺りはしっかりしているが、さっきからずっとこの調子だ。
マシンガントークという言葉は、ひょっとするとこの男のために作られたのかもしれない。
そんな馬鹿馬鹿しい発想に至ってしまうほど、彼女のサーヴァントはやかましい男だった。
おまけに何度言っても名字では呼んでくれないし、百歩譲って名前で呼ばれることをよしとしても、その名前まで間違っているのだから始末に負えない。
いっそ涼しい車内、快適に運転しているドライバーにも聞かせてやりたいと、ありすらしからぬやや剣呑な考えが浮かんでくる有様。
すっかりただの板になったタブレットを握る手に力を込めて、霊体のライダーが座っているのだろう隣の席をがばっと勢いよく睨む。
「(あ・り・す・です! 何度言えば分かるんですかあなたはっ!!)」
「(おっとこれは失礼! どうもお疲れのように見えましたもので、雑談でもしていれば調子も戻るかと思いましてね! では話題を変えましょう! これは私の速さにまつわる思い出の話なのですがね、えーとあの時は)」
「(もう雑談はいいですから! 疲れてると思うならそっとしておいてください!!)」
ありすが疲れているというのは、実際当たっている。
収録日にはまだ日数があったのだが、急遽今朝方に、先方の都合で今日行うことに決まったのだ。
細かいスケジュールで行動するアイドルに関わる者としては、とんでもないミスである。
ありすはたまたま今日は他の仕事が入っていなかったため対応自体は出来たものの、学校の授業を比較的慌ただしく抜けてこなければならなかった。
急いで支度をして、収録前に一度だけ練習もして、それから急いで収録へ向かって今に至る。
もっと活動歴の長いアイドルならばこういう状況にも対応できるのだろうが、ありすはアイドル活動をそう長くしているわけではない。
これで疲れを見せるなというのは、つい一年前まで一般人だった小学生には少々酷な話だった。
「(アリサさん)」
「(……何ですか)」
「(不安ですか?)」
「(っ……)」
もちろん、疲労の理由はそれだけではない。
この聖杯戦争という状況そのものが、ありすの精神を著しく疲弊させていた。
馴染みのない時代と町並み。いつ命を狙われてもおかしくない危機感から来るストレス。
令呪を隠すために長めの衣装を探してもらったり、包帯を巻いたりするのもこう何日も続けばそれだけで大分気が滅入ってくる。
「(……正直言えば、不安ですよ。不安じゃないわけがありません)」
「(ですよねぇ。いえ、悪いと言っているわけではありませんよ。むしろ私はホッとしています。
アリサさんは気丈な方です。強がって不安になんて思っていないと怒られるものかと思っていましたから。素直なのはいいことですよ、ええ)」
「(………)」
今度は、ありすは何も言い返せなかった。
今のはいつものマシンガントークとは違う。
多少文字数が多いのは目を瞑るとして、その内容は自分を案じてくれているそれだったからだ。
ありすだって、彼が自分を守るために側にいてくれているのは分かっている。
……分かっていても、時々ついていけなくなるだけなのだ。
彼はその、何から何まで忙しない男だから。
「(私、ちゃんと帰れるんですよね?)」
「(それは保証します。……根拠はありませんが。しかしながら、そこは男
ストレイト・クーガー。私の威信にかけてでも、貴女を元の世界に帰してみせましょう)」
「(……それなら、いいです)」
礼を言うのが照れ臭かったのか、ありすはそれきりそっぽを向いてしまう。
大人ぶっていてもまだまだ子供らしい彼女の様子に苦笑しながら、ライダー、ストレイト・クーガーは一人彼女の前では見せない決意を固めていた。
(―――返してみせるさ。アリサさんは、こんな町で死んでいい人じゃない)
聖杯戦争を裏から糸引く何者かの存在に、ライダーは既に気付いている。
それが誰かまではまだ解らない。ルーラーなのか、あるいは全く別な何かであるのか。
どちらにせよ、やることは同じだ。橘ありすの破滅を願う悪意があるのなら、それを打ち破って彼女をきちんと相応しい場所に送り届ける。
それこそ、サーヴァントとしての―――彼女の剣として呼び出された男の役目だ。
◇◆
「しかしこの世界には、もう一人のアリスがいる。
偶像のアリスがこれから始まる少女だとすれば、こちらのアリスは既に終わってしまった少女だ。
とっくの昔に終わりをいながら、終わることが出来ないままさまよい続ける亡霊の一体。
さしずめ、不思議の国に行き着くことなく死んだアリスとでもいうべきか。
何故なら彼女は、自分の為の物語に出会えなかった。代わりに出会ったのは、幻想の為の物語」
彼女には、救われる未来が確かにあった。
月の聖杯戦争に迷い込み、友人を得て、看取られながら消えていく幸せな終わりがあった。
―――はずだった。しかしその未来は、もう選べない。
電子の亡霊が彼女の為の物語に出会う前に、悪意の手がその魂を冬木へと移し替えてしまった。
そうして彼女は今、冬木に出現した魔城の中で相変わらず独りで過ごし続けている。
生者には住めない魔界の中で、冥界から来た君臨者を従えて誰かが訪れるのを待っている。
「魔城に住まうサーヴァントは怪物だ。……いや、魔王と呼ぶべきだろう。
それに値するだけの力を持っているし、誇張でも何でもなくあれは魔王と呼ばれるべきモノだ。
冥府の淵から底なしの魔力を吸い上げ、奇跡という酒を求めて刃を振るい続ける。
先程オレは言ったな、ここは絶望の海だと。奴が聖杯を手にしたなら、それが比喩ではなくなる。そういう男だ―――そうでなければ、第六天魔王の名は名乗れん」
魔王の天下に人は住めない。
彼が天下統一を成し遂げたなら、そこから始まるのは全ての滅びだ。
数々の戦国武将達の奮闘によって阻止された破滅が、またしても彼の手で成されようとしている。
しかも今度は、もっと致命的な形で。全ての世界を蹂躙する欲を抱き、魔王が鼓動を刻んでいる。
「奴は逃げも隠れもしないだろう。ただ真っ向から戦い、磨り潰す。ゆえに魔王なのだ。
だが魔王を恐れて隠れていても、事態は何も進展しない。むしろ奴のような存在にこそ、希望の刃を叩き付けねばならない。
出来なければ? ―――先のアサシン達と同じだよ。世界は恩讐と絶望溢れる地獄になる。それだけのことだ」
◇◆
冬木の安土城。
神秘の隠匿などとはかけ離れた堂々たるその威容は、目にした全ての人間の心に畏怖を刻んだ。
城の周囲の空は常に禍々しい紫色に染まって紫電が走り、敷地内はいずれも汚染されきっている。
放射能のような猛毒とはまた違う、純粋な魔性によってもたらされる冥界の毒素。
一度だけ派遣された調査隊は、魔王の姿を見る前に衰弱して倒れ伏し、そのまま骸になった。
城は冬木市民全ての知るところとなり、一人の例外もなく全てのマスターに視認された。
……だが、今日まで城に踏み入ろうとしたサーヴァントは今や誰もいない。
踏み込んで魔王の前に立った英霊は、いずれも塵のように蹴散らされた。
現時点で生存しているサーヴァント達は、今のところ近寄ろうとしてすらいない。
城の頂点にいる『王』が、生半可な備えではどうにもならない怪物であることを感じ取っているからだ。そしてそれは的中している。
玉座に座って時を待つサーヴァントは、消耗という概念を知らない。
王は無限の供給を受けながら、視界に入る全てを抹殺する殺戮と蹂躙の化身だ。
冬木市民だけに留まらず、日本人ならば知らない人間はいないだろう戦国の益荒男。
神秘の薄い時代のサーヴァントでありながら、彼の力は常軌を逸した域にあった。
彼は自らをこう名乗った。―――余は、第六天より来たりし魔王である。
人は彼を指差しうつけと笑った。その笑みが恐怖に歪むまで、そう時間は必要なかった。
自分の宝具であり、居城である城を衆目に晒す『うつけ』としか思えない行為。
馬鹿に物を見せようと息巻いた命知らずは思い知った、『うつけ』は自分の方だったと。
人間の頭蓋を盃に、魔王は酒を啜る。
どんな武人でも戦慄を禁じ得ないだろう、殺気に満たされた玉座の間。
そこに一人、明らかに場にそぐわない装いの少女の姿がある。
白い西洋風の装いが嫌でも目立つ、小さな少女。
その手には赤い印が刻まれている―――魔王を従える証の令呪が、紅々と輝いている。
「……つまんないわ、セイバー。誰も遊びに来てくれないんだもの」
マスターの名前は、ありす。この悪意に満ちた世界に迷い込んだ、二人目のアリス。
彼女はつまらなそうに外を眺めながらセイバーにそう言うが、彼はただ口を歪ませ嗤うのみ。
するとありすは、またつまらなそうに唇を尖らせる。……それから名案を思い付いたと手を打てば、城の彼方に見える町並みを見据え、小さく呟いた。
―――お外に行ってみようかしら、と。
◇◆
「彼らは気高きものだ。その在り方は、紛れもなく希望と呼ぶに相応しい。
正しき力を正しき者へ。奇跡の杯が悪しき者の手に渡らぬように、彼は王として君臨する。
先の魔王が闇の王だとすれば、彼と彼女は光の王であり理想の王だ。
……それだけに彼らは、全ての聖杯を求める者にとって無視できない敵となるだろう。
正しき王聖は力そのものだ。そしてそれは、時に希望から形を変える」
彼も彼女も、正しいことに違いはない。
彼は世界を保つ王として。
彼女は世界の美しさを知る、輝きを求める少年のための槍として。
どんな絶望を前にしても決して挫けず、最果てまで駆け抜けていくことだろう。
……それはつまり、願いを持って聖杯を欲する全てのマスターの敵になるということ。
毀れず折れず迷わず果てず、ただ輝き続ける理想という名の暴力。
彼らの前に立った者にとってその理想は、光を騙った絶望に見えるに違いない。
「私情を捨て、感情を排し、ヒトではなく装置として国を治めんとする少年。
かつてそれを目指した槍兵を従えて、正しい結末のために邁進する姿はさぞかし美しいのだろう。
この世界は悪性に満ちている。求める者も、求められるモノも、全てだ。
理想の果てに待つのは絶望という名の墜落だよ。―――それを知ったなら知ったで、奴らは聖杯を砕こうと考えるのだろうがな。
つくづく、どこまでも正道を往く連中だ」
槍兵のクラスで召喚された騎士王の足は地を離れ、その視点は天の高みにシフトした。
彼女は今、宝具である聖槍の性質で女神に近しい存在に変質している。
――――その槍は、世界の輝きを永久に護り続けるもの。
なればこそどれほどの絶望があったとしても、彼女はやはり揺るがない。
それを従える彼も、当然そうだ。彼らは永遠に希望であり、輝きを失うことはない。
それこそが理想の王聖であるゆえに。彼らは輝きを求め、己の槍を振るうのだ。
「高みに至った者は得てして無機質になるものだ。そう、おまえのようにな、マスター」
「……………」
(Side:Hope――16:レオナルド・B・ハーウェイ&ランサー)
◇◆
時は黄昏を過ぎ、夕陽の落ちた冬木には夜の闇が立ち込めつつあった。
一介の地方都市である冬木にはそぐわない豪邸の内から、黒に染まる空を眺める者がある。
―――レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
世界屈指の大財閥の御曹司というロールを与えられた彼もまた、この聖杯戦争に名乗りを上げたマスターの一人だ。
前座の予選段階を勝ち抜き、真の聖杯戦争とでも呼ぶべきステージに到達することを成し遂げた万能のウィザード。
これまでに彼のサーヴァントが撃破した主従の数は七つ。ムーンセルともまた違う『本来の』聖杯戦争だったなら、この時点で既に勝利が決まって釣り銭が出る。
レオのサーヴァントはそれほどまでに凄まじい存在で、並ぶもののない高みにあった。
「まずは一区切り、というところでしょうか――」
無論、安堵するにはまだ早すぎる。
いわばレオ達は今、ようやく聖杯戦争の土俵に立ったところなのだ。
冬木に潜むマスターの残数がどれほどかは不明だが、御し易い敵は一人もいないくらいの認識で丁度いいはずだとレオは考えていた。
油断の末に無様な死を遂げるくらいなら、過剰に警戒して万全以上の体制で迎え撃った方が余程いい。
ルールも何もあったものではない、潰し合いに等しいこの形式ならば尚更のことである。
「―――アルトリア。どう見ますか」
「やや不自然なのは、否めませんね」
レオの傍らに立つ鎧兜の女騎士は、冷気を孕んだ声で彼の問いに答えた。
この騎士こそ、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイが呼び出した至高のサーヴァント。
およそ人間らしさというものを微塵も感じさせない、そこにいるだけで周囲の気温が冬の日のそれに変わっていくかのような雰囲気。
レオほどの人物でもなければ彼女に気圧され、主従関係どころではなくなっていたに違いない。
彼だからこそ、彼女のマスターで居続けることが出来る。聖槍を握り、地から天の英霊へと変質したアーサー王……アルトリアの真名を持つ槍兵の主君が務まる。
彼女の声は常に冷たく、無機質に近い空虚を湛えている。
彼女に悪意や敵意があるわけではない。今の彼女には、そうすることしか出来ないのだ。
そんな聖槍の騎士は、この聖杯戦争に初めて疑念のようなものを示した。
普段のそれよりも冷たさの度合いが違う―――言うなれば押し寄せる猛吹雪のそれに近いような声に乗せて、そういう所感を口にした。
「同感です。―――あまりにも監督する側の行動が鈍すぎる。
住宅街の一件といい例の城の件といい、本来ならペナルティを科されて然るべき蛮行のはず。
特に後者は、周囲への無差別な魂喰いに繋がりかねない暴食の宝具だ。
にも関わらず、今日この日に至るまで音沙汰なし……聖杯戦争として異質だということは知っていましたが、少々きな臭いものを感じてしまいますね」
それはつまり、この聖杯戦争自体が誰か個人の欲望によって仕組まれたものである可能性。
聖杯を正しい形で運用するために戦うレオのようなマスターにとって、それは最も忌むべき事態だ。
聖杯戦争が終わるや否や、聖杯を強奪して逃亡―――などという落ちも考えられる。
無論そんなことを許すつもりは毛頭ないが、そうだとしたら事はこれまでの想定を上回る域で厄介なものになってくる。
「……いずれにせよ、私達のやるべきことは変わらない。そうでしょう、レオ」
「もちろんです。真相がいかなるものであろうとも、僕は必ず聖杯を手に入れる。
そのために僕達はこれまで戦ってきた。仮に糸引く者の姿が裏にあったとしても―――」
「――――ええ。その時は、我が槍で悪しき奸計を刺し貫きましょう。
聖杯を手にするのは貴方だ、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
我が槍、我が馬は貴方の刃として戦場を駆け抜ける。この戦いが最果てに至り、貴方が栄冠を勝ち取るまで、決して止まることはない」
◇◆
「彼女達は、紛れもなく希望側の存在だ。
マスターは未だ無垢だが、サーヴァントの魔女は誰も死なない終わりをこそ望んでいる。
しかしそれは夢物語、理想論にも程がある考えだ。
今や冬木は何十もの願いが混在した、希望と絶望が複雑に絡み合った混沌と化している。
よりにもよってこの戦争に、穏便な終わりだと? あるはずがないし、断じてあってはならん結末だ」
安易な救いは茶番と同義だ。
仮に全てのマスターとサーヴァントが願いを諦め、皆で手を取り合って聖杯戦争を脱する未来があったとしよう。―――それで納得する客などいるはずがない。
願いを叶えるために命まで張った全ての生き様を、その結末は簡単に茶番に変えてしまう。
ゆえにアヴェンジャーは否定する。そして当の彼女も、そんな簡単なことには気付いているはずだ。
要は彼女は未熟な英霊なのである。英霊の座に登録されるかどうかすらギリギリの、召喚されたこと自体がほとんどイレギュラーに近いサーヴァント。
では、何故彼女が召喚されたのか? 星の数ほどいる英霊の中から、この『魔女っ娘』が呼び出されたのか? それにはちゃんとした理由がある。
「『星』だ。彼女達は星を寄る辺に引き寄せ合い、この世界に現れた。
魔女か姫かの違いはあれど、双方が星に強い因果のある存在であることだけは共通している。
それだけに、注目すべきはサーヴァントではなくマスターの少女の方だ。
年端も行かない少女の身で、同じ属性の英霊を引き寄せるほど『星』への因果を持つ娘。では、彼女は一体何者だと思う?」
「……先程貴方が言っていたと思いますが。姫、なのでしょう」
「そう、姫だ。星の姫君たる彼女は、きらびやかな光を放つ緑の星々に愛されている」
星のお姫様―――彼女を元の世界で収容していた団体は、そういう別名を彼女に与えていた。
それは実に的を射ている。彼女は姫だから、星々の寵愛を受けている。
時に求婚しようと星が降り、姫に危険が及べば流星群となって星が姫の元へと駆け付けてくる。
……地上の景色を蹂躙し、多くの犠牲を出しながら、精巣を肥大化させて突き進んでくる。
彼女は今も、空高くに浮遊する緑の星々を自分のための騎士だと信じているのだろう。
だが現実は違う。そこに希望など、何一つない。あるのはどこまでも、底の存在しない欲望だけだ。
「冬木は絶望に満ちている。今後も数多の人間が絶望し、希望を捨てていくのだろうさ。
そして彼女が絶望した時、それは更なる絶望の呼び水として冬木に降り注ぐ。
美しいだろうよ、その光景は。地に赤い花をいくつも咲かせながら、星々は愛する姫を迎えに現れるのだ」
◇◆
入院生活にも大分慣れてきたのか、キャスター、
星野輝子のマスターである少女は毎日を退屈そうな顔をしながら過ごしていた。
慣れれば慣れるほど、病院暮らしは退屈なものに姿を変えていく。
そもそも面白おかしい場所では決してないのだが、それでも毎日を不自由な環境で過ごさねばならない病院という場所は、新鮮さの脱落がとにかく早い。
とはいえ相手は子供だ。扱い方さえ心得れば、機嫌を取るのは容易い。
なるべくキャスターが一緒にいるようにして、誰にも内緒という条件で簡単な魔法を見せもした。
そんなマメな努力の甲斐あって、今のところ彼女はわがままも言わず大人しくしてくれている。
『しかし限界はあるぞ、ホシノコよ。いつまでも今のままではいられまい』
「……解ってますよぅ、そんなこと」
キャスターは、自分のマスターを聖杯戦争に巻き込みたくないと考え、行動している。
聖杯戦争のこと自体彼女には伝えていないし、ステータスが見えることも適当に誤魔化しておいた。
……我ながら『魔女っ娘と友達になれた証』という説明はもう少しどうにかならなかったのかと思ってしまうが、それは一旦置いておく。
右手の令呪も大体似たような嘘を教え、他人に見られてはいけないものと言って包帯を巻かせている。
こうして並べただけでも、キャスターの手際は完璧には程遠い。
もしもマスターがもう少し大人びた人物だったなら、今頃はあっさり嘘を見破られていたはずだ。
宝具、彗星の尾―――『ウル』の言うように、いつまでも隠し通せることではない。
このまま誤魔化し続けていてもいつか、必ず立ち行かなくなる時が来る。それはキャスターも解っている。
『それだけではない。彼女の両親のことも、だ』
「……………」
……少女の両親は、あの日の火災に巻き込まれて焼死している。
救急隊が救助した頃にはもう誰が見ても死亡していると分かる状態だったと、医師から聞いた。
聖杯戦争に子供を巻き込みたくないというのはキャスターのある種のエゴだが、両親の死を伝えていないのにはきちんとした理由がある。
「多分……ご両親を失ったことを知ってしまったら、あの子は壊れちゃうと思う」
言うまでもないことだが、死を間近にするということは人間にとって巨大なストレスとなる。
キャスターのマスターは身動きの取れない状況で、炎が自分に迫ってくる絶望を経験した。
精神が成長しきっているはずがない年齢でそんな状況に置かれれば、心に傷が出来ないわけがない。
今の彼女が安定しているのは、キャスター……『魔女っ娘』が甲斐甲斐しく接しているからだ。
それでもちょっとしたきっかけでフラッシュバックが起こりかねない、危険な状態だとキャスターは医師から聞いている。
そんな少女に対し、両親が焼け死んだ話など伝えてみろ。
……傷の治りきっていない心がどうなってしまうか、分かったものではない。
『うむ……確かにそれは否めんな。
だがホシノコよ、やはりお前は彼女に聖杯戦争のことを教えるべきだ。
事実上の殺し合いと聞けば動揺はするだろうが、無知なままでいるよりはマシなはずだぞ』
「――……少し考えてみます。なるべく早く伝えられるように」
しかし、どう説明したものだろう。
万能の願望器だとかサーヴァントだとか、そういう単語を並べ立てても首を傾げられそうだ。
分かりやすい言葉に噛み砕くなら、『願いごとを叶える宝物を、私みたいな不思議な力を使える人達が取り合ってるの』というところか。
ただこれだと、危機感を抱くどころか聖杯戦争を楽しいものだと認識されかねない。
かと言って真正面から殺し合いだと伝えたなら、怯えられるか冗談と思われるかのどちらかだろう。
……やはり多少怖がられるリスクを押してでも、本当のところを伝えるべきか。
考えられるだけ考えてはみる。いい答えが出せたならそれを伝えればいいし、出てこなくても何かしらの形で……明日にでも彼女に伝えよう。
そう心に決めながら、キャスターは病院を出るべく霊体化して一階を目指す。
ずっとマスターの遊び相手をしていては進むものも進まない。聖杯戦争を止めたいと思えばこそ、危険を冒してでも偵察に出向く必要があった。
それに―――何だか、嫌な予感がする。
正確には、町全体にどうにも嫌な空気が漂っている。
星の魔女の資質を持つ彼女だから敏感に感じ取れたものなのか、それとも現実に冬木の中の何かが変わったのかは定かではないが、不吉なものであるのは確かだった。
「……あ」
不意にキャスターは足を止める。見れば一階の談話スペースに設置されたテレビが、先日の住宅街火災についてを報じていた。
地方都市を襲った真夜中の悲劇。犠牲者多数、救助の裏には『魔女っ娘』の影。
流石にサーヴァントが全国ネットで報道されるのはまずいなあと反省しつつ、キャスターはその場を通り過ぎる。
――――彼女は気付かなかった。
画面に映し出されている写真の一枚。その空の部分に、一筋の線が走っていることに。
緑色の線。自分のマスターと紐付けされた空の蹂躙者の存在を、魔女っ娘、星野輝子はまだ知らない。
「……魔女っ娘さん、早く帰ってこないかなあ」
星のお姫様は、何も知らない。彼女はまだ、変化の少ない穏やかな日常を過ごしている。
絶望もせず、魔女っ娘という幻想だけを希望にしながら、見せかけの平和に浸かっていた。
◇◆
「世界に輝きを取り戻し、それを永久に守らんとする男の話は先程したな。
この主従もまた、輝きをこそ求めている。とはいえそれは、世界規模の大きな光でなくてもいい。
光に飢えた心を満たす、一人分ほどの輝きを手に入れたい。
信じられないだろうが、彼らの願いはそういうものだ。
小さな願いと思うか? ―――しかし偶像の少女が呼んだ英霊は、生涯を通してもついぞそれを手にすることがなかった。
少女の方も輝きが消えかけて、今や闇を生み出さんとしている有様だ。
今の彼らは、あまりにも求める輝きから遠い場所にいる」
理想と現実の乖離に耐えかね、光を手放した少女。
本来彼女は自ら光を生み出し、それを万人に届けることの出来る人間だ。
しかし偶像(アイドル)もまた人間。彼女は現実の過酷さに絶望し、感情のままに光へ背を向けた。
闇へ堕ちる心をこそ絶望は愛する。彼女もそれに手を引かれ、昭和の冬木で目を覚ました。
今の彼女にかつて望んだ輝きはない。光る力は持っているのに、自らそれを消してしまっている。
「光があるからこそ闇があり、闇があるからこそ光がある。……しかし二つは決して交わらない。
光と交われば闇は消える、世界の真理だ。だからこそ闇は闇に、光は光に還るべきだと誰もが言う。
そう理解してもなお、かの皇帝は輝きへの希望を捨てられない、諦められない。
末期の時を迎えても諦められず、遂にはこんな場所にまでやって来てしまった」
ここは絶望の海、悪意の渦巻く混沌の町。
輝き(キラキラ)なんてものとは限りなく縁遠い場所だ。
恵まれた世界、救いに溢れた世界で求める輝きを手に出来なかった彼と彼女は、こんな世界で願いを叶えられるのか。
至難だろうとアヴェンジャーは断ずる。だが、可能性は絶無ではない。
絶望だけが支配する闇の底でしか生まれない輝きが、この世界にはただ一つ存在する。
「巨大な絶望に抗う時、希望の意思は一際強く輝くものだ。
……果たしてお前達は、その輝きを賜るに値する存在か否か。全てはこれより始まる、本当の聖杯戦争で占われるだろう」
◇◆
今日もこうして一日が終わり、夜が来る。
本田未央の日常は、時を超えて冬木にやって来た日から何も変わっていなかった。
学校には行かず、一日中自分の部屋に閉じこもって過ごす日々。
外出といえば、精々買い物で時たま家を出るくらいのものだ。
幸いなのは、未央に与えられたロールが親元を離れて一人暮らしをしているというものだったことか。
誰にも心配されず、誰にも迷惑をかけずに過ごすことが出来る。
学校は休んでしまっているが、一人くらいいなくたって誰も困りはすまい。
(いつまでこうしてるんだろ、私)
自嘲するように呟いた言葉に、反応を返してくれる相手はここにはいない。
彼女をキラキラしていないと称したライダーも、どこかに出ているようだった。
……輝き(キラキラ)を羨望する彼のことだ。キラキラしていない自分には、きっと興味がないのだろう。
聖杯戦争を勝ち抜くための準備でもしているのかもしれない。だとすると、少しだけ申し訳ない思いになる―――マスターとしてしっかりしなければならないのに、自分は未だに何もかもから目を背けたままだ。
この部屋の中で世界を完結させて、無意味な時間を過ごしながら、だらだら今日まで生き残ってきた。
聖杯戦争は殺し合いだ。
願いを叶える願望器を手に入れる戦いなのだから、報酬に見合った相応のものをマスターは賭けなければならない。
すなわち、自分の命を。
ライダーに直接聞いたわけではないが、命を落としたマスターもきっとそれなりにいるのだろうと思う。
自分がこうして何もせずに生き残れているのは、そう考えるととても恵まれた、幸せなことに違いない。
もしも、失くしてしまったキラキラを取り戻せるのなら――――
取り戻せるのなら、どうするというのか。
他の誰かを殺して、そうでなくともその人の願いを蹴飛ばして聖杯を手に入れる?
…………答えは出ない。そう簡単に出せるものではないし、今の未央には選べない。
溜息をつきながら未央は不意にリモコンを手にし、テレビを点けた。
画面に映し出されるのはまたしても、きらびやかなステージで歌って踊るアイドルの姿。
以前はトップアイドル、山口百恵の姿を見たと記憶していたが、今日は違った。
画面に映っているのは、未央の見知った二人のアイドルだった。
もしもあの時、シンデレラの舞踏会から逃げ出したりしていなければ―――
二人の隣にはもう一人、アイドルがいるはずだったのだ。
本田未央というアイドルが、あのステージでキラキラ輝きながら踊り、歌っていたはずなのだ。
叩きつけるようにリモコンの電源ボタンを押し、未央はクッションを抱き締めて嗚咽を漏らす。
「っ……う、っ…………」
抱いた布地の隙間から漏れ聞こえる押し殺した泣き声は、キラキラなどとは到底結び付かない、泥臭いものだった。
所変わって柳洞寺。
ごく普通の寺院にしか見えないこの場所の地下には、ライダー、
闇の皇帝ゼットの根城が巣食っている。
『此処なるは終着駅、常闇の魔城(キャッスルターミナル)』 。
寺の地下に大型駅が沈んでいるという荒唐無稽な絵が、しかし現実のものとしてここにあった。
「未央の奴は、相変わらずか」
帳の下りた空と寺を背景に、ゼットは星々の浮かび始めた空を見やる。
この景色は、何度見ても飽きるということがない。
とうの昔に手が届かないことを知ったというのに、今日もふと気を抜けば、自然と空に手が伸びている。
聖杯戦争が始まってから今まで、やはり望んだキラキラには出会えていない。
期待はしていなかった。何せキラキラは、自分が生涯を費やしても手に入れられなかった光だ。
少し世界が変わった程度で手に入れられるなら、ゼットはこれほど強く欲してなどいない。
初めて会った時から今日まで、彼のマスターである少女、未央は何も変わらない。
毎日自分の部屋と自分の殻に閉じこもって、せっかくのキラキラを自分で消している。
そのことがもどかしく、何故お前はそうなんだと日々失望しながら―――それでも彼女の中にわずかなキラキラを見ているから、彼女を切り捨てないままここまで来た。
「まだ、遠いな。俺達が欲しいキラキラには、まだまだ遠すぎる」
気の遠くなるほど遠い道のり。その先には、聖杯という極上のキラキラが待っている。
それを手に入れるために、闇の皇帝はこの冬木という町の聖杯戦争に召喚された。
彼は決して諦めない。狂おしいほどに欲する光を手に入れるまで、絶対に。
◇◆
「この男もまた、光に救われた人物だ。
……いや。光に触れることで、光を取り戻した人物というべきか。
幼くして世界の醜さを知り、絶望し、自ら光を消し去った男。
道徳、倫理、私欲……あらゆる感情を捨て去り道具に徹してきた彼はある時光に出会い、情に絆され、そして叛逆の末に失敗した。
それほど美しかったのだろう、彼の見たモノは。
もしも光に絆されていなければ、彼は冷徹な絶望として聖杯を狙ったやもしれないが、救われた男はあくまで元いた場所への帰還をこそ望んでいる」
彼の生涯は、絵に描いたような波瀾万丈だった。
物心ついた時から親に捨てられ、ストリートチルドレンとして生活。
仲間の死をきっかけとして犯罪組織に身を投じ、果てには立派な暗殺者として大成するに至った。
学友に見せる明るく優しい顔はあくまで表面上のもの、いずれ剥がす乱造品の仮面でしかない。
……はずだった。確かに最初はそうだったはずが、いつしかそれは仮面でなくなっていた。
光を捨て去ったはずの道具は、他人の美しい光に照らされて自らの輝きを取り戻し、『彼女達』の輝きを守りたいと願う。
その想いが、よりによって聖杯戦争などという殺し合いへ通じたというのは皮肉なものであるが。
「彼の召喚した英霊もまた、一言では語り尽くせぬ壮絶な人生を経てきた少年だ。
無数の願いを抱えながら、しかしマスターの方針に殉ずる。有り体に言えば、彼は運が良かったのだろう。悪なる聖杯が巡り合わせたにしては、歯車が噛み合っている。
―――しかし、しかしだ。彼はやがて知るだろう、絶望的な真実を。
守りたいと思った『今』。その最も大きな一ピースが、この冬木で絶望の一つと成り果てていることを知るだろう」
殊勝な想いでしがらみに逆らい、その末に願いを叶える戦いに行き着いた少女がいる。
たとえ『今』彼が満たされていようとも、それがいつまた理不尽に奪い取られるか分からない。
聖杯を手に入れる。そしてそんな理不尽が、もう二度と起こらない世界にしてみせる。
そう願って英霊を召喚した少女。彼女こそ、暗殺者の少年に希望を見せた最初の一人。
「それを知った時、男は彼女を止めるのか。それともその戦いに協力の姿勢を見せるのか。
光から闇へと道を踏み外した少女を希望が照らすのか、絶望が後押しするのか―――
……その答えは、今は存在しない。だがいずれ、必ず誕生する。そう、いずれな」
◇◆
聖杯戦争からの帰還。
それがマスター、有栖院凪の掲げる行動目標であった。
変えたい過去は無数に存在する。叶えたい願いも同じくらいにはある。
それでも彼は、あくまで今を愛するのだ。
過去に背を向けて今を守るためにも、彼は聖杯戦争を脱出し、守るべき人達のところへ帰りたいと願った。
―――それから時間は流れ、聖杯戦争は次なる段階へ移行しようとしている。
「……はあ。結局ズルズルここまで来ちゃったわね」
脱出手段の模索。その進捗は、とても芳しいといえるものではなかった。
空間の綻びのようなものも存在せず、欠陥らしい欠陥がどこにも見当たらない。
元の世界へ帰る手がかりをほんの一欠片も見つけられないまま、凪達は今日の日を迎えることになった。
「勝負はこれからだ。大勢のサーヴァントがより激しく戦い始めれば、この町は途端に激しい混沌に染まるだろう。
そういう時こそ、システムは一番ボロを出しやすい。……そういう意味では、やっとスタートラインに立てたというべきかもね」
凪が召喚したサーヴァントのクラスは、彼らしいというべきか、アサシンだった。
真名を、
天樹錬。幼い外見とは裏腹にひどく優秀な魔法士であり、同時に『悪魔使い』の片割れでもある少年。
彼は頭のいいサーヴァントだった。いかなる時も冷静に行動し、その明晰な頭脳で状況を見極める。
凪も感情に任せて戦うタイプではないため、そういう意味でも彼らの性質はよく噛み合っていた。
「ただ、今後も出来るだけサーヴァントとの交戦は控えていくべきだろう。
僕らの目的はあくまで脱出であって、聖杯を手に入れることじゃない。だからそもそも戦うこと自体が不必要な工程だ。
戦う機会は最小限に留めて、情報の収集と隠密に徹し続けるのが利口かな」
「同感。あたしらは、あたしらのやるべきことをやるだけってね」
彼らはあくまで静かに、しかし的確に行動する。
戦いを避け、表舞台に立たず、目的だけを見据えて動く。
その過程で人を殺さねばならないというのなら、凪は躊躇なくそれを実行するだろう。
光に満ちた日常の中で漂白されたからといって、これまで培ってきたスキルを無にするような間抜けではない。
これまで何度も繰り返してきたことを淡々とこなす、それだけのこと。
「願いを持っていないのに聖杯戦争へ巻き込まれてしまった、そういう人間が他にいるなら接触を図ってみるのも一つだね。
主従の数も、もう相当少なくなってきているはずだ。協力者を探すにはうってつけの時期といえる」
「そうね、それも避けられる戦いは避けるって話に繋がっていくし。……もし交渉決裂で戦闘開始、とかなり出すと少し面倒だけど」
「その時はその時だ」
回避できる戦いは回避して、無用なリスクは背負わない。
その一環として同盟を利用、更に戦闘のリスクを減らしつつ、脱出手段を探る人手も確保する。
とはいえあくまで同盟は利害の一致で結成するもの。
時と場合に応じて凪は相手を切り捨てたり、弾除け同然の囮として利用することも視野に入れていた。
生きるということは上手く立ち回るということ。
悲惨な少年時代を過ごしてきた有栖院凪という男は、そのことをよく知っている。
「何か不安なことや危惧していることはあるかい、マスター」
アサシンの質問に、凪は最初「そんなものはない」と答えようと思った。
口を開きかけたところで、しかし彼はそれを噤んでしまう。
不安要素があるということを、その動作は如実に物語っていた。
「……ただのNPCだとは思うんだけどね。一人気になる娘がいるのよ」
「と、いうと?」
「破軍学園……元の世界のルームメイト。最初に名前を聞いた時は、思わず固まっちゃったわ」
黒鉄珠雫。
凪のルームメイトにあたる少女が彼の通う学園に所属していることを知ったのは、なんてことのない偶然だった。
日常の一風景の中で偶然彼女の名前を耳にし、凪は大層驚いた。
珠雫は闇の底にいた凪にとって、初めて見えた光だ。
気高い強さと優しさを小さな体に秘めた彼女。
彼女が、この冬木にいる。……ただのNPCである可能性の方が高いのは分かっている。それでも、気にするなというのは無理な話であった。
「……もしもその珠雫って子が、聖杯戦争の参加者だったら?」
「その時は助けるわ。あの子が聖杯を求めて戦うというのなら、あたしは全力でそれを助ける」
「言うと思ったよ。……まあ、その辺りは追々調べていく形になるかな。
きみが気になるというのなら、見過ごしてはおけないからね」
「うふふ、イケメンなこと言ってくれるわね」
珠雫が何を求めて戦っていたとしても、凪はきっと彼女を助ける。
たとえその身を修羅に堕とそうと、彼女が日常に戻れるように全力を尽くす。
―――彼の聖杯戦争は、あるいはその時から始まるのかもしれない。
自分が何をすべきなのかを正しく理解した、その時から。
◇◆
「女は無力だった。世界を自分の中だけで完結させ、人と向き合うことを放棄していた。
硝子の靴を履いてその現状を打破し、一つの力を手に入れた彼女は、しかし意図せず昔へと引き戻される。
硝子の靴は届かず、綺羅びやかなライトが照らすこともない日常に。
それでも彼女は、もうその日々を満ち足りたものだとは思わない。
変わってしまった、変えられた日々へと帰るために、女は聖杯戦争に向き合うことを決断したのだ」
この世界にも、シンデレラの物語は存在する。
普通の少女達の元に突如舞い込む、綺羅びやかな世界への招待状。
しかし彼女の元にそれは届かない。彼女の世界は、ここでは変わらないまま。
スターライトステージを降ろされ、大好きな本に囲まれて静かに過ごす慣れたはずの日常。
それを女は拒んだ。自分にはとても似合わないと思っていた眩しい世界に帰りたいと、切に彼女はそう願った。
「無力の殻を被っていながら、内には確たる強さを秘めている。
そういう意味では確かに、彼女とその呼んだ英霊は似た者同士であるのかもしれん。
……もっとも、後者のそれは狂える獣としての強さだがな。
善と悪は切り離されるべきだと考え、その末に眠れる悪を呼び起こしてしまった哀れな男。
世界で最も有名な二重人格者。ここまで言えば、おまえにもその真名が分かるだろう?」
「成程、ヘンリー・ジキル博士ですか」
アイドルの少女が纏う無力の殻。
その内側にあるのが光の強さだとすれば、英霊――ジキルのそれは闇の強さである。
善と誠実を憎み悪徳を愛する、理性的で聡明なジキルとは正反対の人格。
まさに魔獣と呼ぶ他ない獰猛(ハイド)を内に飼う、バーサーカーのサーヴァント。
それが、少女の召喚した英霊の真実だった。
「原典におけるヘンリー・ジキルは苦悩の末に、壮絶な自殺でその生涯を閉じた。
ならば英霊として、この絶望に満ちた町へ呼び出された彼はいかなる末路を遂げるのだろうな。
ジキルが望むように正義を果たし、少女を送り届けた後に静かに消えるのか。
それとも―――ハイドが望むように悪逆を尽くし、狂乱の末に討伐されるのか」
◇◆
バーサーカーのマスター、鷺沢文香は聖杯を求めてはいない。
彼女にはそうまでして叶えたい願いがなかったし、今の彼女の願いを叶えるのに聖杯の力はそもそも必要ないからだ。
文香は願っている、自分が元いた平成の時代に帰れることを。
何事もなかったかのように帰り、変わってしまった日常を過ごすこと。
それが文香の願いである。だから彼女には、聖杯を手に入れる理由がないのだ。
「……ふぅ」
時刻は夜の七時を少し過ぎた頃。
書店の仕事を終えた文香は、自分の住むアパートへと向かっていた。
彼女に与えられたロールは叔父の書店を手伝う文学部の大学生という、アイドルになる前の彼女と同一のもの。
ただし実家暮らしではなく、安家賃のアパートで一人暮らしをしている状況にある。
ここは聖杯戦争の舞台になっている町だ。
日が落ち、辺りが闇に包まれた時間帯に女性一人で外を歩くのはお世辞にも賢い行動とはいえない。
文香もそれを分かっているため、なるべく人通りが多く、視界の良好な道を使うように努めていた。
……聖杯戦争が始まってから、もう結構な時間が経っている。
だというのに文香とそのサーヴァントはこれまでただの一度も交戦を行っていない。
ふと気を抜けば戦争のことを忘れてしまいそうなほどに、文香の日常は穏やかに流れている。
大事なことを忘れてしまわないように、文香は時折敢えてよくない想像をすることにしていた。
今日に至るまでの間に、きっと多くのマスターやサーヴァントが命を落としている。
自分がここまで生き残れているのは運がいいだけで、いつ自分が戦いに巻き込まれたっておかしくない。
そう自分に言い聞かせることで、ここは聖杯戦争の舞台なのだということを強く胸に刻みつける。
そうでもしなければ、本当に気が抜けてしまいそうだった。
鷺沢文香は戦いを知らず、ごく普通の日常で育ってきた女だ。
よく言えば恵まれていて、悪く言えば平和ボケしている。
いつまでも常在戦場の理念さながらに気を張っていることなど、出来るはずがない。
自室の前まで辿り着けば、鍵穴に鍵を差し込んで一気に回す。
そうしてドアノブを押してやると長いこと油を差していないのか、耳障りな音を立てながら扉が開いた。
すっかり過ごし慣れた自分の部屋の匂いが鼻に入ってくる。
部屋に入れば荷物を下ろし、何の気なしにテレビを点けた。
ここは昭和の町だ。地上デジタル放送なんて上等なものはやっていないし、テレビもブラウン管オンリー。
最初は思わず見辛さに顔を顰めたものだったが、今となってはもう慣れている。
「……あ」
点けたテレビに映し出されたのは、歌番組だった。
画面の中でアイドルたちが歌って踊り、昭和テイストな音楽を奏でている。
覚えのある顔がいくつもあった。文香と同じ事務所で活動していたアイドル達だ。
彼女達はこの世界でもNPCとして、立派にアイドル業をこなしているらしい。
ふと、その中でも特に親交のあった小学生アイドルの姿が目に入った。
橘ありす。大人びた振る舞いを見せるが、その中には隠しきれない子供らしさが見え隠れしている少女。
物静かで大人な雰囲気を醸す文香には、ありすは他の人間にはあまり見せない一面を見せてくれた。
彼女もどうやら、元気にやっているらしい。そのことに不思議と頬が少し緩んだ。
「……帰らないと」
文香は改めて、強くそう思う。
人付き合いが苦手な文香にとって、今の生活は居心地だけならものすごくいい。
それでも、やはりここは『もう』鷺沢文香という女のいるべき場所ではないのだから。
眩しいステージに帰り、また苦手だったはずのことをしよう。
……そのためにも、まずは聖杯戦争をどうにかすることが肝要だ。
戦闘はバーサーカーに頼るしかないが、文香自身も何か出来ることを探さなければ。
決意を新たにするマスターを見守る、霊体化したその青年。
バーサーカー、ヘンリー・ジキルは善性を愛する存在だ。
聖杯を求めるのではなく単に帰りたいと願う文香の望みを叶えるために、彼は戦うだろう。
ハイドという悪の想念の一端として召喚されている身だとしても、彼女を導くさきがけとなるために。
(……そう。今度こそ、僕は――――)
◇◆
「善悪の概念は主観だ。しかしこの一線を過ぎたならば悪だろう、という線引きは存在する。
それに当てはめて語るなら、かのセイバーは紛うことなき『悪』に違いあるまいよ。
数えるのが億劫になるほどの魂を喰らい、犠牲として死なせる世界への、人類への敵対者。
少なくとも彼女の犠牲となってきた者の大半は、彼女を『善』だなどとは言わないだろうな。
だが、それでも個人の主観でヒトの善悪は容易く形を変える。
そして彼女を呼び出したマスターは、彼女のことを『悪ではない』と言った。
―――ならばそれもまた、一つの真実なのだ」
屍者の帝国を統べる彼女は、強い。
その剣は気高く鋭く、そして怜悧である。
しかしその強さは踏み台の上にあってこそ輝くもの。
数多の犠牲を下敷きにすることで初めて成り立つ、失うことによる強さ。
彼女の周囲で誰かが犠牲になる度、彼女の霊体に力が蓄積されていく。
――――どこまでも、どこまでも。
聖杯戦争が終わるまでに生まれた全ての犠牲が、そのまま彼女の力になる。
「絶望を踏み台にすることで輝く希望。彼女の力はまさにそれだ。
そして彼女のマスターである少女は聖杯を求めず、誰かを守って脱出することを望んでいると来た」
冬木の町に迷い込んだ五人の偶像(アイドル)、その四人目。
何事においても出来のいい彼女は、聖杯戦争においても優等生の答えを導き出した。
殺すのではなく守るために戦う。聖杯を手に入れるのではなく、この悪夢のような戦いから抜け出す。
それはまさしく希望の光。強き刃をしもべに携えて、彼女の光は眩く輝くはずだ。
「―――その希望は大きな力となり、人々の頭上に降り注ぐだろう。
―――町に絶望が侵蝕していくほどに力を増し、強き英霊が出来上がることだろう。
―――犠牲の上に成る光。数多の歴史が交差する聖杯戦争に、これほど似合った言葉はなかろうよ」
◇◆
昭和時代の冬木市においても、新田美波は変わることなく偶像(アイドル)だった。
元の世界とそう変わらないロールを与えられたことを、美波は幸運だと思う。
生活環境の乖離でストレスを感じることがないというのもそうだが、何よりアイドルでいられるということが大きい。
求められる限りに豊かな色彩を魅せ続ける、今の美波の生活の全て。
それが、この冬木にはある。
そのことが聖杯戦争という非日常の中において、美波の心を支える強固な支柱になってくれているのだった。
時計の針が午後八時を過ぎた頃に、今日のスケジュールがようやく終わった。
売れっ子である美波などはスケジュールも相応に詰まっているが、それにしても今日は別格で忙しかった気がする。
雑誌のインタビュー、写真撮影、踊りのレッスン、その他諸々。
テレビ番組のロケがなかっただけ、まだマシというべきだろうか。
事務所を出た帰り道、春先の涼しい顔が頬を撫でて通り過ぎていく。
静かで、そして穏やかな時間。この町が戦場になっているなど、こうしている分には信じられない。
しかし、聖杯戦争は確実に進んでいる。
その証拠に今の冬木では、数々の常識では説明できないような出来事が頻発していた。
自分達の勝利のためならば、何の関係もない人々を巻き込むことを厭わないマスター、そしてサーヴァント。
そんな存在を美波は、哀しいと思う。
憎らしいと嫌悪したりはしない。彼らにも願いがあり、理由があるから全てを懸けて戦っているのだということは知っているからだ。
そういった戦う意思に理解を示しながらも、同時にやはり彼らの傍若無人な行動は間違いだと思っている。
「セイバーさん。セイバーさんは、どうやったらこの町から逃げることが出来ると思いますか?」
「強いて言うなら―――現状では不可能、と考えている」
何の気なしの質問に返ってきた答えは、美波の予想だにしないものだった。
何故ならその答えは、美波達の聖杯戦争を脱出するという行動方針を真っ向否定するもの。
驚いてセイバーの方を見る美波に、彼女は更に続ける。
「どのようにしてマスターを、世界の垣根をも超えた範囲から集めているのかは分からない。
だが、考えてもみろ。お前がこのような戦いを主催するとして、不正な出口の存在を許容するか?」
「聖杯戦争を成功させたい側の立場だったら……そうですね、しないと思います。
すごく念入りにミスがないかをチェックして、完璧な状態にしてから人を呼びますね」
「つまり、そういうことだ。少なくとも現時点での冬木は、その『完璧な状態』に限りなく近付けられているはず。
……聖杯戦争なんてものを仕切れる連中だ。そこから脱出の糸口を模索するのは、少々現実的とは言い難い」
セイバー、
ティア・ハリベルの考察は至極尤もなものだ。
一組二組の主従が奔走した程度で出口が見つかってしまうような舞台など、欠陥品もいいところである。
「そしてこれは私の完全な勘だが―――この聖杯戦争の裏には、恐らく相当深い闇がある。
願いを叶えさせてやるという善意で主催されたものでないのだけは確かだ。だとすれば尚更、都合のいい逃げ道があるとは思えん」
聖杯を望まない美波がこうして招かれている時点で、マスターの選定条件に願いの有無が関わっていないことは明らかだ。
身勝手とすらいえる別世界からの召喚。冬木という舞台に幽閉し、戦う意思のない者にすら戦いを強要するやり口。
そこにセイバーは、巨大な闇を見出した。何かがいる。願いを叶えるという魅惑の響きの裏に、大きな何かが潜んでいる。
「ただ……これはあくまで今の時点での話だ。今後聖杯戦争が更に活発していけば、いずれは黒幕達の予想だにしない事態も一つや二つは起こるだろう。
そうなれば、冬木の完全性が揺らぐ可能性は十分に出てくる。……まだ絶望するには値しない」
つまり、まだまだ先は長いということか。
セイバーの言いたいことを理解した美波は、改めて気を引き締める。
残っている主従の数が減ってくれば、当然聖杯戦争は一層活発化していくはずだ。
今はまだ戦いとは遠い場所にいる美波も、いつかは聖杯戦争の本来の姿を見ることになるのだろう。
……そこには恐怖があり、ひょっとしたら膝を折りたくなるような絶望も待っているのかもしれない。
「……そうですね。希望をなくしたら、それこそ終わりです」
―――戦いを知らない一般人なりに、新田美波は覚悟する。
この先どんなことが起こったとしても、絶対に諦めないという覚悟。
どんなに深い絶望に晒されても、希望だけは捨てない覚悟。
アイドルは、人々に夢と希望を与える仕事だ。
そのアイドルが悲しい顔をしたり、ステージを降りてしまう。
それは誰かに与えられるはずの光を自ら放棄すること。だから新田美波は、諦めることだけはしたくないと思う。
全て終わる、最後の時までは―――絶対に。
◇◆
……そこまで語り終えて、アヴェンジャーはおもむろに踵を返した。
マスターの青年は、それを引き止めはしない。
元々彼はアヴェンジャーに何かを語ってほしかったわけではないのだ、そもそも止める理由というものが存在しない。
ベッドの上に座ったまま、立ち去ろうとするアヴェンジャーの背中を見送る紅い瞳の完全者。
霊体となり、またいずこかへ消えるのかと思われたそのサーヴァントは、一度だけ己のマスターの方を振り向いた。
「オレが語った役者が全てではない。……あと四組。イレギュラーを含めれば、そこに更に二組と一人が加わる。
しかしこれ以上語るのは無粋というものだ。―――何、安心するがいい。おまえはいずれ、必ずそいつらとも出会うことになる」
強い意思で正義を追い求める鋼鉄の男。
憎悪の化身と化した聖女を連れる、漆黒の決意を持つ復讐鬼。
プログラムエラーが生み出した、そもそもからして歴史に存在しない剣士。
そして―――人々に見果てぬ憧れと希望を与え続け、『平和の象徴』の名を恣にした英雄を従える遊戯少女。
彼らのことを、アヴェンジャーは語らなかった。
敢えて。―――語ろうとはしなかった。
「聖杯戦争は歪んでいる。正常に運営できるはずがないし、する気もないのだろうな。
巨大な悪意と絶望に冒され、未来も希望も既に大半が喰らい尽くされ残っていない。
……されどもだ。この世界は決して、おまえを退屈させたまま終わりはしないだろう。
――――
カムクライズル。人の身にありながら、神の名を冠する哀れな完全者よ。
今は黙して見ているがいい。奴の奏でる絶望を、悪意を、ヒトの織り成す幻想を」
「……貴方は」
カムクライズル。
それは、ある歪んだ悲願(ユメ)の最果てに生まれ落ちた者。
全ての才能を一人の少年に宿す狂気の人体実験の成果物にして、絶望に魅入られた少年。
そして今は、忘れ去った者。成したはずの希望を奪われ、完全なる不完全として再構築された存在。
「貴方は、何を知っているんです。巌窟王エドモン・ダンテス」
「知っているとも、全てな。だからこそ、オレは貴様にこう言おう」
ポークパイハットを深く被り直し、稲妻の走る眼光で真紅の眼差しを然と見据えながら―――
「――――待て、しかして希望せよ、と」
世界で最も有名な復讐鬼は、静かに哂う。
【クラス】
アヴェンジャー
【ステータス】
筋力B 耐久A+ 敏捷C 魔力B 幸運- 宝具A
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
復讐者:A
調停を破る者である。
莫大な怨念と憤怒の炎を燃やす者だけが得られる、アヴェンジャーというクラスの象徴。
忘却補正:B
忘れ去られた怨念。
このスキルを持つ者の攻撃は致命の事態を起こしやすく、容易に相手へ悲劇的な末路を齎す。
自己回復(魔力):D
読んで字の如く、自身の魔力を自動的に回復する。
戦闘中でも休息中でも関係なく一定量の回復を続けるため、基本的にガス欠になりにくい。
【保有スキル】
鋼鉄の決意:EX
地獄の如きイフの塔に投獄されてなお、絶望することのなかった鋼の精神。
彼の場合は文字通り規格外と呼べる域に達しており、その精神を脅かすことは何物にも叶わない。
全ての精神効果を自動削除し、更に明確な倒すという意思を持って敵と戦う際、攻撃力に大幅なプラスが加えられる。
黄金律:A
身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。
大富豪でもやっていける金ピカぶり。一生金には困らない。
窮地の知慧:A
数多の窮地へその身一つで挑み、脱してきた知慧。
いわゆる詰みの状況に立たされた場合、瞬間的に敏捷がAランクにまで上昇し、A+ランクの幸運を獲得する。
ただしこの上昇効果は永続しない。
【宝具】
『厳窟王(モンテ・クリスト・ミトロジー)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人
彼は復讐の化身である。
如何なるクラスにも当てはまらず、エクストラクラス・アヴェンジャーとして現界した肉体は、その生きざまを昇華した宝具と化した。
強靭な肉体と魔力による攻撃を可能とし、自らのステータスやクラスを隠蔽、偽の情報を見せることも出来る常時発動型の宝具。
真名解放の効果も存在するが、今のところ不明。恐らく次のFGOマテリアルで公開されるものと思われる。
『虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)』
ランク:A 種別:対人/対軍宝具 レンジ:1~20 最大補足:1~100人
地獄の如きシャトー・ディフで培われた鋼の精神力が宝具と化したもの。
肉体はおろか、時間、空間という無形の牢獄さえをも巌窟王は脱する。
超高速思考を行い、それを無理矢理に肉体に反映することで、主観的には「時間停止」を行使しているにも等しい超高速行動を実現するのである。
余談だが、原作ゲームでは高速移動に伴う「分身」による同時複数攻撃といった形を取っていた。
【weapon】
『厳窟王(モンテ・クリスト・ミトロジー)』
【人物背景】
復讐者として世界最高の知名度を有する人物。
通称「巌窟王」もしくは「モンテ・クリスト伯爵」として知られる。
悪辣な陰謀が導いた無実の罪によって地獄の如きイフの塔(シャトー・ディフ)に投獄され、しかして鋼の精神によって絶望せず、やがてモンテ・クリスト島の財宝を得てパリへと舞い降り──フランスに君臨する有力者の数々、すなわちかつて自分を陥れた人々を地獄へと引きずり落としたという。
【マスター】
カムクライズル@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
【マスターとしての願い】
-
【能力・技能】
あらゆる才能を備えた、万能の天才。
この世に存在する全ての才能を開花させることが出来るが、その代償に才能の獲得に邪魔となり得る思考や感情、感性や記憶といった人間に必要な様々なものが欠如または封印されてしまっている。そのため人格は非常に不安定。
【人物背景】
かつて様々な天才達が集う高校、『希望ヶ峰学園』によって作り出された存在。
かの学園はあらゆる才能を備えた万能の天才を人工的に作り出すことを目論んでおり、カムクライズルという名前も希望ヶ峰学園の創設者、神座出流より取られている。
彼はその計画によって生み出された人工の天才で、元は何の才能も持たないとある少年だった。
しかしその人格はほとんど消滅してしまっており、人間味を彼から感じ取ることは出来ない。
【方針】
聖杯戦争を見届ける
◇◆
◇◆
深夜の冬木市で、二色の火花が散っていた。
蒼い火花と、朱い火花だ。
割って入ろうものなら普通の人間はおろか、生半可なサーヴァントでさえも瞬時に肉塊と化すような刃閃の応酬。
蒼い炎を纏い、燃えているのに冷気を与えるという矛盾した刃を振るうのは、驚くなかれ。
この世界では新進気鋭の人気アイドルとして名を上げている女子高生、『
渋谷凛』と瓜二つの顔立ちを持った少女だ。
無論『本来の』渋谷凛にこんな力はないし、そもそも彼女はこの世界においてはNPCと呼ばれる何も知らない部外者である。
……では、今剣を振るっている少女は渋谷凛によく似ているが、結局のところ別人なのか? それも違う。
彼女は紛れもなく『渋谷凛』だ。どこにもいない、いるはずのない――夢の世界の『英霊・渋谷凛(ネバーセイバー)』。
遠く離れた空の世界に住まう人々の大切な記憶が作り上げた伝承に、月の聖杯がオリジナルの心と記憶を当てはめた存在。
異例中の異例。存在しないはずの剣士。ゆえに、ネバーセイバー。
「ハ――ユメはユメで終われない、ですって?」
一方でそれを迎え撃つサーヴァントは、蒼く凛々しいネバーセイバーのそれとは全く正反対の熱を帯びている。
彼女もまた、ありえざる存在だった。ネバーセイバーとはまた違う理由で、存在しないはずのサーヴァント。
星の数ほどある並行世界の中でただ一つ、魔術王を名乗る英霊が人理の焼却を実行し始めた世界。
そこには哀れな男がいた。主君の無念を自分の痛みのように抱き続け、祈り、祈り。
男は魔術王より聖杯を賜り、ありえざる『反転した聖女』を作り上げた。
彼女というサーヴァントが存在する可能性は、そのたった一つの終わった世界にしかない。
それが小数点を遥かに下回る、ごくごく微細な確率でこの冬木と結ばれた。
その結果が、怨念の炎を撒きながら憎悪とともに剣を振るう黄金の瞳を持つこの反転英霊(オルタ)だった。
「それなら私が潰してやるわ。幻如きに出来ることは何もないと、斬首の痛みで教えてあげましょう」
冷徹な宣言が放たれた途端、ネバーセイバーの足元がマグマでも湧いたようにどろりと歪む。
次の瞬間、魔力に変換された怨念の炎が勢いよく噴き上がった。
ネバーセイバーはほとんど反射的に飛び退くことでそれを避けたが、待っていたと言わんばかりに敵の刺突が飛んでくる。
渋谷凛という少女には決して回避できないはずのそれを―――『この』凛は容易く対処する。
習ったこともなければ見たこともない、そもそも現実にあるのかどうかすら分からない剣術。
………………そう、現実には。
反転した聖女は言った、幻如きに成せることは何もないと。
それは彼女自身にも当てはまる言葉だ。
彼女の真名は『ジャンヌ・ダルク』。言わずと知れた、百年戦争の聖女である。聖女であって、英雄ではない。
聖女であるジャンヌには本来、別な側面からの召喚という可能性そのものが存在しないのだ。
そのありえない可能性を体現したこのジャンヌ・ダルク―――もとい『
ジャンヌ・オルタ』とでも呼ぶべき英霊は、作られた英霊。
聖女の無惨な死を嘆いたフランス軍元帥の手で生み出された、復讐(アヴェンジャー)のジャンヌ・ダルク。
……消え損ねた、うたかたの幻だ。
「……そうだね。私も、夢を見てるって自覚はあるよ」
ジャンヌの放つ怨念の炎に冷気の炎で食い下がりながら、ネバーセイバーはそうこぼす。
一見すれば弱気のようにも受け取れる発言だが、『青天に歌え蒼の剣(アイオライト・ブルー)』を握る力は微塵も弱まっちゃいない。
周囲に漂うあらゆる怨念が熱を帯びて襲い掛かってくるという悪夢のような光景にも、ネバーセイバーは一歩も引かない。
これが夢だから、ではない。所詮夢と終わらせないからこそ、彼女は今剣を握っている。
「それでも―――諦めたりなんてしない。こんな不確かな私だけど、何故かそれだけは強く言い切れるんだ」
基礎スペックの利は、ジャンヌ・オルタの側にある。
防戦一方といえばそれまで。ネバーセイバーは事実、今の時点で結構な疲労を余儀なくされている。
対するジャンヌ・オルタの方はといえば、まるで攻撃の手が衰える気配がない。
このまま戦いを続けたなら、先に倒れるのは間違いなくネバーセイバーの方である。
……このまま、なら。
ネバーセイバーは大きく地面を蹴って後退し、ジャンヌ・オルタから一定の距離を確保する。
その動作を確認した瞬間、ジャンヌはそれ以上近付いてこようとはしなかった。
聖女だったと同時に優れた武人でもあった彼女は、即座にネバーセイバーの後退の意味を理解したのだ。
―――宝具が来る。サーヴァントとしてのスペックでは格上でも、宝具次第では容易に強さの序列が覆るのが聖杯戦争である。
そして彼女の理解した通り、ネバーセイバーは宝具で戦況を打開しようと目論んでいた。
懐から取り出す、大いなる力を秘めた石……召喚石。
これがネバーセイバーの第二宝具、『召喚石・傷ついた悪姫(ブリュンヒルデ)』 だ。
真名を解放することで、闇の魔力纏いし『覚醒魔王』を召喚することが出来る。
「いいわ。なら、アンタのそのちっぽけな宝具ごと――その下らないユメを焼き尽くすだけよ」
同時にジャンヌもまた、宝具の解放を決めた。
先刻から何度も繰り出されている怨念の炎も、元を正せば彼女の宝具によるものである。
それは竜の魔女として降臨したジャンヌが持つ呪いの旗。
復讐者の名の下に、自身と周囲の怨念を魔力変換して焚きつけ、相手の不正や汚濁、独善を骨の髄まで燃やし尽くす灼熱の大軍宝具。
「『召喚石――』」
魔力が召喚石に収束していく。
魔王を呼び出すための真名が、半ばほどまでネバーセイバーの口によって紡がれた。
魔王の彼女もまた、元は渋谷凛と同じようにアイドルをしていた少女だ。
それが夢の中、『空の世界』で真の魔王の力を手にした姿。
「『吼え立てよ』――」
怨念が魔力に変わり、それは炎の姿を帯びていく。
万物を焼き尽くす復讐の炎こそは、憎悪によって磨かれた彼女の魂の咆哮。
全ての邪悪をここに。今こそ、報復の時は来た。
辱められ、痛め付けられ、拷問の限りを尽くされて死んだ聖女の復讐劇。
二つの宝具が闇夜に激突しようとした――まさにその時だった。
「ッ!?」
驚いたような表情で虚空を見上げるのは、今まさに憤怒の炎を放たんとしていたジャンヌ・オルタの方だ。
それはすぐに苛立ちに満ちた顔へと変わり、盛大な舌打ちと共に掲げかけた呪いの旗を降ろす。
その予想だにしない展開に、真名解放を先に仕掛けたはずのネバーセイバーも虚を突かれた。
解き放ちかけた魔力を消し、踵を返した復讐者を黙って見据える。
「命拾いしたわね。今夜はこれまでにしろとの素敵なお達しがあったわ」
どうやらマスターから念話で撤退を命じられたらしい。
これ以上戦いを続ける気はないというが、しかし感じる殺気の量に変化はない。
……あるいは、これがアヴェンジャーというクラスの特性なのか。
恩讐を元に英霊となったからには、このレベルの殺意を持っているのはある種の前提条件なのかもしれない。
「―――ネバーセイバーとか呼ばれていたわね。次は殺すわ、覚えておきなさい」
背筋に氷の棒を突き入れられたかのような寒気。
あの『空の世界』で戦ったどんな相手とも違う、どこまでも純粋にただ『恐ろしい』相手だった。
堕ちた聖女、慈悲なき者が霊体になって消えるのを見届け、やっとネバーセイバーはマスター、岸波白野の方を振り返る。
……アヴェンジャーのサーヴァントが消えるのとを見届け、やっとネバーセイバーはマスターである私、岸波白野の方を振り返った。
>ネバーセイバー、怪我は?
「大丈夫。流石に結構疲れさせられたけど、目立った怪我は特にしてない」
今のアヴェンジャーとの戦いが、ネバーセイバーの……私達の初陣だった。
この聖杯戦争に呼ばれてから結構な時間が経ち、ようやく現れたサーヴァント。
……ひどく、恨みに淀んだ目をした少女。エクストラクラス、アヴェンジャー。
彼女は、……強いサーヴァントだった。あの月の聖杯戦争を含めても、間違いなく上位に食い込む強者に違いない。
「……ずっと押されっぱなしだったのはちょっと悔しいけどね」
>そんなことはない。君は立派に戦ってくれた
「……ん。ありがと、マスター」
労ってやると、ネバーセイバーは少し照れたように微笑んだ。
アイドルとして活動しているこの世界の渋谷凛のことはテレビで見たが、こうして接していると、ネバーセイバーの方の彼女もれっきとしたアイドルなのだと感じさせられる。
……ネバーセイバー。アイドル。心に届く歌を高らかに歌い上げる、
希望の歌姫。
初戦はあまり良い結果には出来なかったが、聖杯戦争はまだ始まったばかりだ。そうでなかったとしても、私は諦めない。
どんなことがあろうとも、何があろうとも。
――――私は、生き続けることを諦めない。
「説明してもらえるかしら、マスター?」
「……お前、俺の最初に言ったことを覚えてないのか」
命ぜられるままに戦いを切り上げてマスターの元まで帰投したアヴェンジャーは、明らかに苛立っている様子だった。
それに対して彼女のマスターである、どこか冴えない容姿の男性……笹塚衛士は思わず溜息をつく。
「俺がお前に命令したのは偵察だ。仮に戦いになったとしても、相手の戦い方を見る程度で切り上げろと俺は言った」
「……じゃあ何? 確実に葬れる敵だろうと見逃して帰ってこいと、そう言ったってわけ?」
笹塚は「そうだよ」と言いながら、苦い顔をして煙草の煙を開け放った窓の向こうに吐いた。
彼はこれまで、復讐のためにあらゆる鍛錬を積んできた。
テロリストまがいの破壊技術も学んだし、射撃でならその道のプロにも負けない自信がある。
そんな彼でも、生まれの問題だけはどうにもならない。魔術師の家系の出身者でもなければ、異能を持つわけでもない笹塚。そんな彼にとって目下最大の回避したい事態が、魔力の消耗で思うように戦えないという展開だった。
自己回復のスキルを持つ彼女はそう燃費の悪いサーヴァントではないが、大火力の対軍宝具を真名解放するとなれば話は変わってくる。
使用のタイミングはよく見極めて、確実に仕留められる瞬間を狙って行うべきだ。少なくとも笹塚はそう考えているのだが、彼女にはどうも通じていないらしい。
笹塚に言わせれば、さっきの状況は『確実に勝てる』場面ではなかった。だから大事を取ってヒートアップし始めていたジャンヌ・オルタを撤退させる選択を下したわけだ。主目的の戦力確認は十分達成できたのだし、何の問題もない。彼には、だが。
「……呆れた。そんな考えで聖杯を手に入れようだなんて、大言壮語もいいところね」
これ以上は無駄と判断したのか、突き放すように言い残してジャンヌが霊体化。
それを見届けた笹塚はもう一度窓の向こうに煙を吹いて、それから短くなった煙草を揉み消しもせずに投げ捨てた。
「…………手に入れるさ。何を犠牲にしても、な」
口の中だけで呟いた声に、言葉を返す者はいなかった。
◇◆
◇◆
夜空を見上げる男の姿があった。
煙草を咥えてたそがれる男の目に浮かぶ感情は、郷愁だろうか。
ここに来るまで、色々なことがあった。思い出したくもないような、色々なことだ。
柴来人であることをやめて、自分の正義を貫くために活動している中、彼は聖杯戦争の存在を知った。
それからの行動は早かった。どうにかして聖杯戦争に接触するため、あらゆる形でアプローチを図った。
……その甲斐あって、柴来人―――今は鋼鉄探偵と呼ばれている男は無事、冬木の地を踏むことが出来ている。
いざ聖杯戦争が始まってみて、自分の想像が甘かったことを思い知らされた。
サーヴァントは強大だ。話には聞いていたが、精々超人の延長線とどこかで舐めていたのは否めない。
ましてこの世界には、ライトのようなサイボーグを修復するような施設も技術もない。
頼れる伝手も皆無に等しい。そんな孤軍の状況で、ライトはいつも以上に慎重に立ち回ることを余儀なくされていた。
聖杯という、己の正義を世界に示す『切り札』を手に入れるためにも……決して負けるわけにはいかないのだから。
「こちらに警察の追っ手は向かってきていないようです。郊外だったのが幸いしましたね」
「そうか。……くそ、せっかくの拠点を丸ごと吹き飛ばすことになるとはな。だがこれで、奴ももう俺の前には現れんだろう」
鋼鉄探偵となる前から縁のあった、どうにもいけ好かない男。
ライトと共に冬木の土を踏んだ彼は、よりにもよって聖杯を破壊すると言った。
聖杯の存在は間違っている。だから俺が破壊し、聖杯戦争を終わらせてみせる―――と。
「聖杯は必要だ。あらゆる願いを叶える……究極の幻想。
そんな反則技にでも頼らなければ、俺達の世界を変えることは出来ない」
そうして二人は決別した。
これまでにもライトの方から関わってくるなと、俺とお前は敵同士だと一方的に絶縁状は突きつけていたのだが、彼は懲りずに何度も現れた。
どこでどう調べたのかライトの拠点を突き止め、話があると言って乗り込んできたあの男。
何度自分の考えは変わらない旨を伝えても、彼はライトの説得を諦めようとはしなかった。
そしてライトもまた、悟ったのだ。―――言葉ではこいつを諦めさせられない。
「悪かったな、アーチャー。俺の身勝手で無茶をさせた」
「謝られるようなことではありません。私は貴方のサーヴァントなのですから、そのご意向に従うのは当然のことです」
「…………そうか」
それからのことは、ご想像の通りだ。
ライトがアーチャーを実体化させ、武力でもって完全な決別を告げた。
結果として拠点を全損させる羽目になりはしたが、追ってこないところを見るに流石の彼も諦めたらしい。
これで邪魔者はいなくなった。それと同時に、いよいよ後戻りは出来なくなった。
「馬鹿が。最初から、そんなことをするつもりはない」
ライトは自らを叱咤する。
鋼鉄探偵ライトは―――柴来人という男は、正義という言葉に取り憑かれている。
一言ではとても定義し尽くせない正義の概念に苦悩し、迷い、遂には社会の敵になった。
国家に弓を引いたライトに、ブレーキなんてものは存在しない。
彼は戦うだけだ。
自分の信じた正義が成る時まで、地を這い泥を啜ってでも生きて戦い続ける。
その『正義が成る時』が、すぐそばにまで迫っているのだ。
聖杯。万能の力があると伝えられる、その『究極の幻想』でならば、きっと正義の音色は世界に響き渡る。
「俺は勝つ。どれほどの願いを踏み台にしてでも、必ず聖杯を手にしてみせる。
―――そのために力を借りるぞ、アーチャー。聖杯を掴むのは、お前と俺だ」
「はい。この大和、必ずやマスターの手に聖杯をもたらしてみせましょう」
たとえ―――全ての希望の敵になったとしても。
◇◆
(Side:HERO――24:
七海千秋&ヒーロー)
(Side:Phantasm――XX:
人吉璽朗)
◇◆
「―――Hmm……そりゃまた随分と派手なことをやるご友人だな」
「全くだ。前々から気の短い奴だとは思ってたが、あんなことをしてくれるとは思わなかった」
あるマンションの一室。
呆れたようにも苦々しげにも見える顔で、先刻鋼鉄探偵より手痛い絶交の挨拶を打ち込まれた青年はカップ麺を啜っていた。
春だというのにマフラーを着用しており、それで安物のジャンクフードを食べている絵面はなかなかどうしてシュールである。
彼の対面に座っているのは、……一度見たら二度と忘れることがないだろう、圧倒的な存在感を放つマッチョマン。
女の子の部屋らしい穏やかな空気の中、彼の体だけが劇画調に見えている。
あまりにも存在感が強すぎて、視界の方が彼を勝手に脚色してしまうのかもしれないと、彼のマスターである七海千秋という少女は思った。
その手はピコピコと、先日発売されたばかりの日本初の携帯ゲーム機『ゲーム&ウォッチ』を遊んでいる。
「えっと……? 人吉さんがそのライトさんって人のサーヴァントに大砲ぶっぱをされたけどなんとかその場を逃げ出して、そこを騒ぎを聞いて駆け付けた
オールマイトが見つける。そして人吉さんの話を聞き、ここまで連れてきた……で合ってるよね?」
「うむ、合っているぞ。百点満点の答えだ七海少女」
「悪いな、七海さん。こんな遅くにお邪魔してしまって」
「悪いことなんてないよ? だって人吉さんは、私達と協力できる人みたいだし……」
聖杯戦争の中には、民間人へ被害を出しながら戦うような傍迷惑な連中が一定数いるものだ。
特にこういった規模の大きな聖杯戦争ともなれば、必然的に無辜の人々がとばっちりを受けることも増える。
それを少しでも減らすために、ヒーローのサーヴァント……オールマイトは暇を見つけては冬木市内をパトロールしているのだった。
鋼鉄探偵ライトの旧知である、このマフラーの青年……人吉璽朗を見つけたのはその最中のことである。
突如夜の郊外に響いた爆発音。オールマイトが急いで駆け付けると、丁度現場から離れようとしている璽朗と出くわした。
最初は下手人かとも思ったらしいが、話してみるとどうやら違うことが分かり、より深く話をするためにもこうして七海の部屋まで連れてきたというわけだ。
「ありがとう。……ヒーローもだ。あんな目に遭ったのは不運だったが、貴方のようなサーヴァントと出会えたのは幸運だった」
「HAHAHA、ヒーローと呼ぶのはやめてくれ。オールマイトでいい」
「……だが、真名が……」
「ヒーローの手の内が割れていない時の方が少ないんだ。たかだか名前を知られたくらいで負けるようじゃ、No.1ヒーローとして恥ずかしすぎる」
平和の象徴。No.1ヒーロー、オールマイト。
聖杯戦争という間違った戦いを止め、皆を元の世界に返したいと願う少女にはピッタリのサーヴァントだと璽朗は思う。
その性能も文句なしだ。どんな逆境にも折れず曲がらず突き進む、絵に描いたようなヒーローのお手本。
……璽朗もこういうものに憧れていた。天弓ナイトという仮面超人(ヒーロー)の姿を脳裏に過ぎらせながら、彼は話を本題に移す。
「俺も七海さんと同じく、聖杯戦争をどうにかして止めようと思っている。
………俺にはどうも、この戦争が願いを叶える権利を懸けた儀式だなんて聞こえのいいものには思えない。
裏で糸を引いて嗤っている黒幕(だれか)がいるようにしか思えないんだ。サーヴァントもいない上に、貴重な武器のエクウスもない。
そんな有様でも、やれることはやる。あんた達も考えてることは同じ―――でいいんだな」
「……うん。なんとなく分かるんだ。私が呼ばれたってことは、きっとこの戦いはただの儀式じゃないって」
七海千秋は、絶望に堕ちた少年少女を更生させるために作り出されたプログラムだ。
データの海に埋没していたはずの自分をわざわざ組み直し、形式は違えどもう一度コロシアイへと放り込む。
何らかの意図がなければ、これほどまどろっこしい真似はしないだろう。
悪意があるとしか思えない行動の裏に、七海は絶望の影を見た。
―――彼女はそれを倒すためにサーヴァントを召喚し、今に至る。
人吉璽朗もまた、絶望の影を見た人物だった。
自分は鋼鉄探偵ライトと共に冬木に招かれたが、ライトはサーヴァントを召喚したというのに自分には令呪すら宿っていない。
まるで悪意のある誰かが、指を咥えて見ていろと言っているよう。
影を見ると同時に、彼も決意した―――何としてでも聖杯戦争は止めさせる。そうしなければならないと強く思った。
「……絶望はとても大きくて強いけど、みんなの希望を束ねれば……倒せない相手じゃない。
私はそれを知ってるんだ。……だからお願い、人吉さん。人吉さんの力を……貸してくれないかな」
「むしろこっちから頼みたいくらいだ。何せこの通り、俺はサーヴァントすら持っていない」
「ハハハハハ!! 何だ何だ、二人だけだと少し寂しいと思っていたんだが、一人増えると途端に気持ちが大きくなってきた。
人吉青年に七海少女! 絶望だかなんだか知らないが、そんなものに好き勝手されるのはむかっ腹が立つよな!
―――だから吹き飛ばしてやろう、我々で。我々の希望で!」
彼らは、希望のさきがけだ。
昭和の聖杯戦争、その裏に潜む巨大な悪意と絶望。
それを打ち砕き、この町を覆う闇を晴らさんとするパズルの一ピース。
住む世界は違えども、その心に偽りはない。
強い想いはやがて希望を呼び起こし、束ねた大きな希望はどんな巨大な絶望にも打ち勝って未来を作る―――創る。
そう知っているから、『超高校級のゲーマー』の少女は目指すのだ。
あの時。あのジャバウォック島で成し遂げた希望の勝利を、もう一度。
◇◆
誰かが願った幻想を今、Change the World
◇◆
―――瞳の奥に、底のない淀みを渦巻かせた男だった。
電子配線が複雑に張り巡らせた部屋の中には、まだ彼女と彼しかいない。
しかしこれからはもっと増えることになるだろうと、彼は確信していた。
冬木の町は既に、危険な狂騒の種を芽吹かせつつある。
人間衛星アースの登場、禍々しい邪気を湛えた安土城、住宅街の大火災に市内で急激に増加した爆発事故。
聖杯戦争の存在を知らない一般人達も、もう薄々は気付いている頃だろう。
この町で今、何かが劇的に変わろうとしている。
いや、もう変わり始めているのだ。
それがあまりにも少しずつだから誰も気付かなかっただけで、世界はいつの間にか全くの別物になっていた。
そのことを誰もが理解した時、冬木は大きく揺れるだろう。
とても愉快な形に沸き立って、それはそれは心地よい音色を奏で出すに違いない―――男はそう思っている。
「ところで、なんで昭和なの?」
思い出したように椅子に座った緑髪の少女がくるっと振り返り、淀んだ瞳の男に質問する。
それは彼女にとって、最も大きな疑問だった。
聖杯戦争をやる意味はわかるし仕組みもわかる。何を望んでいるのかもわかっているつもりだ。
ただ、何だってわざわざこの昭和という時代を使わなければならないのか。
コンピュータやスマートフォンはおろか、前時代のいわゆるガラケーすらない大昔。
交通の便もお世辞にもいいとはいえず、こんな時代を使うことへのメリットが少女にはわからない。
普通、現代に照準を合わせて舞台を設定するものだと思うのだが、何か意図があってのことなのだろうか。
その問いに、不吉な雰囲気に包まれた男は柔和な笑みで答えた。
「この時代は、最も社会が熱狂という病に罹りやすい時代なんだ」
昭和という時代には、数々の熱狂があった。
情報の伝達手段がそこまで発展していない時代だからこそ、彼らはその一つ一つに強く心を動かされてきた。
社会に深い爪痕を残した学生運動の一件が何よりも分かりやすいだろう。
誰かが起こした暴動がやがて日本中に伝播し、数え切れないほどの学生を狂奔させたように。
この時代に住む人間は、熱狂という名の熱病に対する免疫が極めて低いのだ。
そしてそれは、この聖杯戦争の趣旨と見事に合致する。
―――彼らには病んでもらわねばならない。この冬木という町を悪意と絶望の坩堝に変えるためには、彼らの存在が必要不可欠なのだ。
「かつて彼女は平成の時代で世界を滅ぼした。
絶望という無形の病魔を伝染させ、それだけの被害を生み出したんだ。
たかが地方都市一つ、私の見立てでは一日もあれば絶望の底に落とせるだろう」
「へぇー……」
「もちろん、そのためには君にも働いてもらう必要がある。その力は既に持っているはずだよ、私のマスター」
世界は、絶望しなければならない。
眠れる聖杯英霊が目を覚ました時に、彼女が心地よく絶望できるような世界に仕立てる必要がある。
言ってしまえば、聖杯戦争など茶番に過ぎない。
最後の結末は既に決まっているし、途中紆余曲折があろうとも、あるべき場所に落ち着くことを彼らは得心している。
あとはレシピに従って、ホーリーグレイルを出迎えるための景色を整えておくだけだ。
「ところでアポトーシスのおじちゃんはどうするのー? おじちゃんも何か考えてるんでしょ?」
「なに、見ていれば分かるさ。試したいことも……無数にあるんだ。君にもいずれ見せてあげよう、モナカ」
―――アポトーシス。それは細胞の自殺を意味する。
このクラスに適合する英霊は数少なく、そのいずれもが人類を滅ぼすために生まれたとしか考えられない悪性の塊だ。
その中でも今回冬木に召喚された彼は、一際抜きん出たものを持っている男だった。
光というものがほんの一欠片さえ入る隙間のない、絶対の悪。
人類を害する病気(Sick)のような男。
魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類に続いて人類から分岐し、人類の先を進んだ第六の種族―――ただ一体の新生物。
【クラス】
アポトーシス
【真名】
シックス@魔人探偵脳噛ネウロ
【ステータス】
筋力A 耐久B+ 敏捷B 魔力E 幸運B 宝具EX
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
悪性生命体:EX
アポトーシスのエクストラクラスを獲得する存在は、人類に害を成すために生まれたとしか思えない害悪の魂を持つ者に限られる。
その点で悪意の塊であるシックスというサーヴァントは最高クラスの適正を持つ。
このスキルを持つ者の攻撃を受ける際、対象の耐久値は2ランク低下する。
更に彼と接していると、深い悪意を持たない者は一定時間経過する毎に精神へダメージを受ける。
【保有スキル】
絶対悪:EX
人間では絶対に耐えられない、桁違いの悪意を持つ。
全ての精神効果を削除し、善の属性を持つサーヴァントへ特攻が適用される。
悪の属性を持つ者に対してはAランクのカリスマと同様の効果も発揮し、更に一定確率で命を投げ打ってもいいと影響を受けた者に思わせるほどの驚異的な効果を生む。
またその規格外の悪性から、彼に読心系の力を使った場合、術者は精神に大きなダメージを被る。
細胞変化:A+
自身の細胞を金属に変化させることが出来る。
怪盗Xの強化細胞と彼自身の家系が開発した特殊合金の結合技術によるもの。
細胞組織を金属化させることで筋力と耐久を跳ね上がらせ、凄まじい力と剛性を獲得できる。
戦闘続行:A+
往生際が悪い。決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。
彼の場合、決定的な致命傷とは頭部の破壊のことを指す。
そのため体の大半が吹き飛ばされたとしても頭が残っていれば生存可能。
セキュリティコード:EX
現在、彼への攻撃はいかなる理由か全て無効化される。
【宝具】
『第六の種族(シックス)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人
魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類に続いて人類から分岐し、人類の先を行く第六の種族。
彼の祖先は約七千年前から武器製造を営んでおり、職業柄人を殺傷する手段だけを考え続け、そのために必要な「悪意」の強いものに家督を継がせていった。
その結果代を経るごとに悪意の定向進化が進んでいき、遂には外見こそ人間だがDNAレベルで人間と異なる、常人には耐えられぬ強い悪意を持った新種が生まれるに至った。
それこそが彼。彼は生前『新しい血族』と称して悪意の強い人間を集めたが、そのいずれも新人類ではなかった。
この宝具は世界でただ一体だけの新種、シックスという生物そのものを指す。
彼自身が宝具化されたことで身体能力や各種ステータスが生前のものよりも上昇、強化されている。
またその他にも超人的な能力を持ち、水の流れを読む、大地の急所を見抜くなど、かつて配下にした五本指の力も全て使用することが可能。
【weapon】
変化させた細胞
【人物背景】
七千年の歴史の末に生まれた、『絶対悪』と称される男。
人類にとって病気(Sick)のように有害で、常識では考えられないような残忍さを持つ。
生前は人類を滅ぼすことを目論んで部下を率いり暗躍したが、人間の奮戦で配下の五本指をもがれ、最後は魔人ネウロによって殺害された。
【サーヴァントとしての願い】
より多くの【悪意/絶望】を見る
【マスター】
塔和モナカ@絶対絶望少女 ダンガンロンパ Another Episode
【マスターとしての願い】
聖杯戦争を引っ掻き回す。後はなるようになるなる!
【weapon】
ルーラーの宝具『絶望の象徴(モノクマシリーズ)』を一部使用可能。
【能力・技能】
『超小学生級の学活の時間』という才能。
カリスマというよりも人心掌握、マインドコントロールに近い才能で、特に子供に対してよく効く。
また非常に高いハッキングの技術も持つ。彼女いわく『魔法』。
【人物背景】
希望の戦士を名乗り、塔和シティを子供に支配された地獄へ変えた張本人であり黒幕。
希望の戦士の中で最も強い悪意を持ち、彼女は最後まで改心することがなかった。
本編終了後は召使いの青年によって『超高校級の絶望』を継ぐ者となるべく教育を受け、そこで忌み嫌っていた『大人』になってしまう。
……が、今回は彼女がそうなる前に呼ばれているため、精神性は絶対絶望少女の頃のまま。
◇◆
その日の、午前零時を回った瞬間のことだった。
自室で、野外で、あるいはそれ以外の場所で各々時間を過ごしている全てのマスターの前に、突如あるものが出現したのだ。
―――モニター、である。それも、昭和という時代には今ひとつ合わない未来的なデザインのモニター。
部屋にいる人物には壁や天井から、外にいる人物には何もない空間から。
何の前触れもなく生えてきたそれは、しかし聖杯戦争の参加者以外には見えていないようだった。
繁華街を歩いていたマスターが驚いて周囲を見渡しても、誰もそれに気付いている様子がなかったのが何よりの証拠だ。
つまり、これは通達―――今までずっと無干渉を貫いていたルーラーから参加者への、初めての接触に他ならない。
『テステス、マイクテスッ! あ~、あー、……聞こえてるよねぇ?
それでは冬木市にお集まりのマスター、並びにサーヴァントの皆さんへお知らせします。
これはルーラーから皆さんへの大事なお知らせです。繰り返します、これはルーラーから皆さんへの大事なお知らせです……』
独特のトーンと気の抜けたような口調。
それはルーラー、裁定者という単語から連想されるものとはまったくかけ離れていた。
街宣車か何かのような呼びかけが五、六回ほど続いた後、突然画面にノイズが走り始める。
……そこに現れたのは、そもそも人の顔ですらない。
白と黒のツートンカラー。片方は愛らしいクマのぬいぐるみのようなデザインをしているが、もう片方は体が黒く目が赤くギラついている。
このクマが、ルーラー? 聖杯戦争を取り仕切る裁定者だって?
マスター達は皆、異口同音に同じ疑問を抱く。
『えー、それでは皆さんこんばんは。
ボクの名前はモノクマ。この学園の―――じゃなかった。
この聖杯戦争を取り仕切る……ルーラーなのだッ! ……って言いたいけど、実はモノクマはしがない使いっ走りなのです。
ルーラーに会いたいって気持ちもわかるけど、この愛らしいボディに免じて許してね……』
オヨヨ、とわざとらしく泣き真似をする姿が絶妙に癪に障る。
『うぷぷぷぷ……皆さん今日まで本当によく戦い、よく殺してきました。
その努力が今、ようやく報われる時なのです。な、なんと! 現時点で生存している全ての主従が、これから始まる『本当の聖杯戦争』に参加することが出来るのです!!
……あり? 何だか皆知ってるって顔してるなあ。―――ま、いいや! つーわけでまずは手始めに恒例の討伐令行ってみましょ!!』
画面の中のモノクマが器用にその場で一回転すると、どこから取り出したのか大きなホワイトボードをモニターへ映し出す。
そこには討伐令の対象となっているサーヴァントと、そのマスターの名前が記載されている。
一般的な聖杯戦争の例に漏れず、討伐に成功した者には報酬も与えられるようだ。
◇◆
ルーラーからの通達
ただいまの時刻を持ちまして、以下の主従・聖杯戦争関係者に対し討伐クエストを発布致します。
見事対象の討伐に成功した主従には、追加令呪を一画とスペシャルな特典を報酬としてお渡しします。
またこの定時通達終了後、皆様には該当主従の顔写真をお送りしますので、ぜひ役立てていただければと思います。
皆様、奮ってご参加ください。
1:七海千秋及びそのサーヴァント・ヒーロー
2:人吉璽朗(サーヴァントは召喚できていない模様)
3:岸波白野及びそのサーヴァント・ネバーセイバー
◇◆
『えー、討伐クエストは以上になります。
うぷぷ、名前が上がっちゃった子はご愁傷様でした。
まあ運と実力があれば案外どうにかなるんじゃない? 知らないけど』
鼻をほじる真似をしながら、モノクマは適当にそう言った。
しばらくホワイトボードを表示したままにしていたが、やがて画面の右端からもう一体のモノクマが華麗なドロップキックを決め、ホワイトボードを画面外へ追いやってしまう。
今回の通達で伝えたかったのは討伐令の件だけなのか、早くもモノクマは締めに入ろうとしていた。
『それでは今回の通達は以上になります。
一応毎日午前零時に通達を行うつもりだけど、状況を見て早くしたり遅くしたりすることがあるのはご愛嬌ね。
もしも何か分からないことがあったら、いつでもどこでも気軽にボクを呼んでください。
みんなのモノクマはどこにいてもすぐに駆け付けるけど、あんまり破廉恥なのはダメだからね……?』
クネクネと身を捩らせながら顔を赤面させるモノクマの姿が、それから五分ほどアップにされ―――それから唐突に、通達は途切れた。
どこからともなく出現したモニターは、霧か何かのようにその場で解けて消えてしまう。
それから、モニターのあった場所からひらひらと舞い落ちてくる三枚の紙切れがあった。
……討伐令の対象になった主従の顔写真が、ご丁寧に名前付きで記載されていた。
◇◆
かくして謎に包まれていたルーラーは、マスター達の前にその触覚だけを現してみせた。
だが討伐令と称して発布された二つの主従と一人の男が、何の悪行にも手を染めていないことに現時点で気付ける人間は少ないだろう。
彼らは皆、希望の因子となり得る存在だ。
英雄(ヒーロー)、幻想(ファンタズム)、そして夢幻(ネバー)。
いずれ絶望に染まる冬木に希望の光を降り注がせる可能性が最も高い三要素を、敢えて絶望の位置に置く。
絶望の顔をした希望を、希望を名乗る絶望が追い回して殺すとは、なんとも絶望的な光景ではないか。
塔和モナカに対して、アポトーシスのサーヴァント、シックスは言った。
『彼女』はかつて、絶望という無形の病魔を全世界に伝染させることで世界を滅ぼしたと。
それは一切の虚飾なき事実だ。彼女は絶望という病でもって世界を蹂躙、人類から未来を奪った。
しかし彼女は一人の希望とその仲間達の前に二度敗れ、事実上世界から放逐される。
それでもなお、彼女は見つけた。そして手を伸ばしたのだ、聖杯戦争という新たな儀式(オモチャ)に。
彼女に合わせて世界が変わる。
現実だったはずのものが、幻想に――電脳に変わっていく。
昭和五十五年の冬木市は確かに現実のもので、そこに生きる人々もNPCとは呼ばれていても、れっきとした意思のある人間だ。
だというのに、誰一人気付くことはなかった。
冬木という小さな世界は、大きな絶望の手によって既にスキャンされていたのだ。
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ゼロとイチの幻想電脳領域と化した冬木の中枢で、女は笑いながら踊り狂う願い達を眺めている。
シックスが悪意を統べる者ならば、彼女は絶望を統べる者。
――――全ての願いは絶望に帰結する。
【クラス】
ルーラー
【真名】
江ノ島盾子・アルターエゴ@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
【ステータス】
筋力- 耐久- 敏捷- 魔力EX 幸運A+ 宝具EX
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
対魔力:-
魔術行使に対する耐性スキル―――なのだが、彼女はその性質上このスキルが機能していない。
真名看破:EX
世界の支配者であるため、サーヴァントのデータを過去の細部に至るまで全て持っている。
隠蔽能力も貫通することが出来、彼女の前にプライバシーのたぐいは一切ない。
神明裁決:-
ルーラーとしての最高特権だが、彼女はあまりにもルーラーとして異質すぎるため、このスキルを所持していない。
【保有スキル】
超高校級の絶望:EX
悪性ともまた違った、絶望をこよなく愛する精神性。
常人には到底理解することが出来ないという点では、アポトーシスの『絶対悪』スキルに似ている。
精神効果を自動でシャットアウトし、相手の絶望することを的確に見抜くことが出来る。
超高校級の分析力:A+++
江ノ島盾子が超高校級の絶望として覚醒する前から持っていた、本来の才能。
非常に高い分析力を持ち、およそあらゆる状況において先を予測することが出来る。
電脳英霊:EX
彼女は電脳世界の英霊であるため、召喚された瞬間に世界と同化してその特性を変容させる。
今回の聖杯戦争の舞台となった世界は確かに現実世界だが、このスキルによって『江ノ島盾子・アルターエゴが自由に世界を改変できる』擬似電脳世界と化している。
建造物の構築や地形改変、NPCへの記憶操作、果てには新種の病気のような都合のいいものまで自在に作成可能。
キャスターのクラススキル二つの適用範囲と応用の幅を馬鹿みたいに広げたスキルと考えれば合っている。
また、彼女を直接殺傷することは出来ない。
【宝具】
『絶望の象徴(モノクマシリーズ)』
ランク:E 種別:対人・対軍・対世論宝具 レンジ:- 最大補足:-
一つの世界を絶望のどん底に叩き込んだ、絶望の象徴であるクマのマスコット。
白と黒のツートンカラーに愛らしい顔立ち、コミカルな言動をするのが特徴。
この宝具では以下の種類のモノクマを操ることが出来るものとする。
『学園長』:ルーラーを名乗っている個体。那由多の残機を持つため、正攻法ではまず殲滅できない。
操っているのはルーラー本人で、声は加工されている。内部に爆弾が内蔵されており、この爆発を受けた対象は必ず死亡する。
またこの『学園長』に危害を加えようとした場合、宝具『絶望の制裁(オシオキ)』が自動発動する。
『モノケモノ』:重火器を内蔵した巨大な個体。高い攻撃力を持ち、サーヴァントにも匹敵する力を発揮可能。
『塔和モノクマ』:厳密には彼女が生み出したものではない、塔和シティに出現した大量のモノクマ。
様々な種類があり、全員戦闘能力を持つが前述の二種類に比べると弱い部類。現在、操作権は「電脳英霊」スキルで塔和モナカに譲渡されている。
『血戦法廷(スクール・コート)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:50 最大補足:16
彼女が『コロシアイ』で用いていた、殺人者を暴き出して処刑するための施設。
発動と同時に彼女に選ばれたメンバーが法廷内に幽閉され、裁判が開始される。
本来は犯人を暴くためのものだが、今回はそもそも共同生活を送っているわけではないため、そういう用途で使用されることはない。
あるとすれば、それは最後。ルーラーの前に立った希望達と絶望であるルーラーの最終決戦の時だろう。
『絶望の制裁(オシオキ)』
ランク:D++++++ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:15
ルーラーが持つ唯一にして最大の攻撃宝具。
というよりも、彼女が行う攻撃行動はすべて自動的にこの宝具として定義される。
非常に高い殺傷能力を持ち、耐久力とその他軽減効果を全て貫通する必殺の『処刑』。
また『血戦法廷』の内部で使用された場合、『裁判に敗れた対象は必ず処刑される』という概念を帯び、必中の攻撃となる。
―――それはルーラー自身であろうと例外ではない。
【weapon】
『絶望の象徴(モノクマシリーズ)』
【人物背景】
一つの世界を絶望のどん底に叩き込んだ『超高校級の絶望』。
死後もなお電脳世界にプログラムとして出現し、登場人物達に絶望を与え続けた。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯戦争を完遂させ、【全世界級の絶望聖杯】を完成させる。
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これは、『希望』という『幻想』を追う物語――――眠り続ける聖杯に幻想(ユメ)を見せる物語。
ゆえに、そう。 聖杯幻想、と呼ぶべきだ。
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最終更新:2016年09月30日 16:21