迷いを断て!白楼剣!

結局、私の取った選択肢は幽々子さんを探しに行くというものでした。
それは熟慮し、英断を下したと言えるものでは到底ありません。
ただ前回は丸く収まったのだから、今回もきっと大丈夫だろうという下らない楽観の産物です。
そもそも何が正しいのか、結果からでしか論ずることのできない状況では、考えること自体が無意味なもの。
どうせ徒に時間を浪費するぐらいだったら、心が痛むことのない行動をしよう。
私の足を動かしたのは、そんな思考の放棄とも言えるものからでした。


「チッ、雨でろくすっぽ前が見えねえ!! 阿求、てめえも呑気に俺にしがみついてねえで、ちゃんと周りを確認しろよ!!」

「そんなことぐらい分かっていますよ!!」


雨音が盛大に響く中で、それに負けじと私は大声でジャイロさんに吼えます。
幽々子さんを探しに行くことに否定的であった彼を馬と共に、こうして連れ出すことができたのは、
私の何の考えもなしの行動を正当化する為に、何とか捻り出した推測とも言えない推測でした。


永遠亭には、この異変を解決するにあたって必要であろう八意永琳が住んでいる。
当然、荒木・太田打倒を志す者達は、彼女との接触を求め、永遠亭にやって来る。
当の八意永琳も仲間との合流を求め、永遠亭に足を向けることは想像に難くない。
そんな風にして集まった知恵者達の頭脳と能力があれば、想定される荒木達の監視から逃れる術も容易い。
そしてそれを施されたが故に、ペンデュラムは幽々子さんに反応しなくなった。


ジャイロさんに向かって放たれた私の言葉は、そんな浅はかなものでした。
全くのお笑い種です。そんな考えを証拠立てるものは、何一つないのです。単なる私の妄想なのです。
しかし、ジャイロさんは私の顔を見ると、笑いもせずに、ただ「分かった」と言って、折れてくれました。
そこにあったのは同情か、憐憫か、それとも諦めか。必死に前を見て、考え、行動をしてきたジャイロさんには、
何だか申し訳ない気持ちが、その時の私の中に込み上げてきました。
そしてそれに符号するかのように、ジャイロさんのデコピンが再び襲ってきたのを、私は今でも覚えています。


「勝手に言って、勝手に落ち込んでんじゃねーよ、このバ~~カ。それで、どうするんだ?
幽々子が、そんな奴らと合流したっつーんなら、次はどこに向かう?
さっさとポルナレフの気持ち悪い浮かれ顔を、どうにかしてくれよ」


私の気持ちの変化に気付いた故の茶化した行動なのでしょうか。それは嬉しくもあり、心苦しくもありました。
何故ならジャイロさんに対する私の返答は、またしても何ら確証の得られない、薄っぺらな嘘の集まりでしたから。


「永琳さんをはじめとした彼女達が、この異変を解決する当たって、実質的にどう動くかは明白です。
殺し合いを成さしめる原因は、頭の中にある爆弾。ですから、それを取り除くのが、異変解決の第一歩と言っていいでしょう。
そしてそれをする為には、爆弾の構造を調べ、どのように爆発するかを確認することが予想されます。
つまり、参加者の身体の解剖、そして禁止区域での起爆・動作実験です。
この永遠亭に解剖する身体がない以上、必然的に答えは出ますよね、ジャイロさん?」


私が弱々しい声で、途中つっかえながらも、何とかそれを言い終えると、ジャイロさんは地図を勢いよく広げ、指示を出しました。


「禁止区域っつーのは、確かB-4とF-5だったよな。なら、ポルナレフ、てめーはB-4に行け。
俺はもう一つの方に行く。そして帰りがてら、花京院達をここに連れてくる。
阿求、外は雨が降っているし、危ねーから、オメエはここで大人しく隠れて待っていろ! 俺たちも出来るだけ早くに戻ってくる!」


こうして私とジャイロさんは、土砂降りの雨の中を、声を上げながら走っているという状況になったのです。
え? 何で私が外に出ているかですって? それは当然、幽々子さんを探す為です。
と、心の底から言えたら立派なのでしょうが、残念ながら私の場合はそうではありませんでした。
勿論、幽々子さんを心配する気持ちはあります。だけど、それと同時に後ろめたさがあったのです。
何の臆面もなく私の口から出たでまかせを信じてくれた御二人に対する自らのやましさが。
私の取った行動は、純粋に誰かの為に行う尊いものというわけではなく、自分の汚さを誤魔化すための一種の自己保身だったのです。


「幽々子さん!! いませんかー!! いたら、返事をして下さーい!!」


私は自らの中に再度募り始めた罪悪感を振り払うように、急いで大声を上げました。何度も、何度も。
そんな風に喉が枯れんばかりの声を出す一方で、私は幽々子さんは生きていることを未だに信じきれずに迷ったまま。
その心と身体の絶望的な距離は、他者の目には、どれほど滑稽に映っているのでしょうか。


「おい、阿求、あんま無茶すんじゃねーぞ!! 身体が丈夫じゃねーんだろ!?
てめーが、ここでぶっ倒れたら、幽々子を折角見つけ出しても、意味がねぇーんだぜ!?」


私を心配するジャイロさんの台詞を聞いて、私は思わず笑ってしまいました。
別に彼に似つかわしくない私へのあからさまな気遣いが面白かったというわけではありません。
ただ気がついてしまったのです。私がこんなにも必死になって幽々子さんを探している本当の理由を。


要は言い訳作りなのです。病弱な私が我が身を省みずに動いている。
そんな自己犠牲を厭わない姿勢を見せれば、他者を思い遣る心清らかな「私」としての立つ瀬が十分に残せる。
そして必死になり、無茶をすればするほど、私の聖人のような「清らかさ」が顕著になり、幽々子さんへの罪悪感を減らしてくれるという寸法。
自分にも、他人にも向けた、何とも卑怯で下卑た考えです。実際問題、私がいたところで、幽々子さん捜索の助けになるどころか、
ジャイロさんに要らぬ心配をかけ、足手まといにしかなっていないという現状をみれば、それは一つの証左にしか成り得ません。


稗田阿求は自分本位の屑。異変解決に皆との協力が必要不可欠なのに、どこまでいっても自分のことしか考えられない愚か者。
ああ、それが今まで気がつかなかった本当の私なのです。「あの時」も、結局は我が身を案じての行動だったのでしょう。
気がつきたくなかった。知りたくなかった。こんな誇りのない、汚辱に塗れた人生が、私の在り方だったなんて。


「阿求ッ!!! 見つけたぞッ!!!」


耳をつんざくように、いきなり響いたジャイロさんの声に、私の意識は引き戻されました。
この人は私が少しでも落ち込むを素振りを見せると、すぐに声をかけてきますね。
だけどここに至って、その優しさに反感を抱いた私は涙目になりながら、大声で怒鳴り返します。


「一体何だっていうんですか!!? 私のことは、もう放っておいて下さいッ!!! 私はどうせ生きる価値のない人間なんです!!!」

「ああ!!? いきなり何をほざいてんだ!! この馬鹿!!」

「誰が馬鹿ですか!!? 馬鹿って言う方が馬鹿なんです!! この馬鹿~!! 馬鹿ジャイロ~!!」

「うるせええええッッ!! なにキれてんだッ、この馬鹿女!! とにかく前だ!! 前を見ろっつってんだよ、この馬鹿阿求!!!」


ジャイロさんの、あまりに切羽詰った物言いに負けた私は、涙を払い、渋々と彼の言うとおり前を覗き込んでみます。
すると、私の内にあった卑屈な感情は一気に驚きで吹き飛ばされてしまいました。何と、前方に人影が見えたのです。
雨の中、視界は良好とは言えませんが、目を凝らして見れば、その赤と青の特徴的な服装から、それが誰だか分かります。


「永琳さん!!!」


急激な感情の変化を表すように私の声は突然と上擦り、さながら下手な弦楽器の悲鳴といったものになりました。
そんな金切り声にジャイロさんの馬は驚いたのか、その急いでいた足を止めてしまいます。
これ幸いとばかりに馬を飛び降りた私は、彼女に駆け寄りながら、その名前を再度呼び上げました。
相変わらず雨が地面を叩きつけた音が盛大に邪魔をしてきますが、今度は私の声も永琳さんの耳に届いたのでしょう。
彼女がこちらの方に顔を向けたのが、私に目に留まります。そしてその次の瞬間でした。
彼女の足元から蝶が咲き乱れたのです。


淡い燐光を放つ美しき胡蝶。その人目を奪う麗しき舞を放つことが出来る人物など、一人しかいません。
しかし、その答えに辿り着く前に、私の目に飛び込んできたのは、乱れ舞う胡蝶をその一身に受けて、吹き飛ぶ永琳さん。
そして彼女が持っていた剣が、白刃を振り回しながら、私の方に飛来してくる姿です。


そんないきなりの攻撃を回避できる運動神経など、当然私は備えておりません。
もっとも、咄嗟に両腕を前に掲げることぐらいはできましたが、それだって虚しさ以外の意味を、そこに見出すのは甚だ困難なことだったでしょう。
何故なら、光など大してない雨の中でも十二分に煌く刃は、腕ごと遠慮なく私の身体を切り裂いていったのですから。


無様な死。何ら意義のない人生の終焉。
それが私に訪れたかのように思えましたが、その死が単なる幻視だと気付けたのは直ぐのことでした。
刀で斬られたのに、痛みはおろか出血もないのです。一体何故と思うと、私の後ろの岩にぶつかって地面に落ちた当の刀が、
切っ先を地面に突き刺しながら、私に寄りかかってきます。そしてそれを手にとって、疑問は氷解しました。


「白楼剣」


答えを述べると同時に、唐突に、本当に唐突に私は理解しました。ここで自分が何を成すべきなのか、を。
それは私にとって些か以上の重荷ですし、重責をも感じます。
ですが、たった今、白楼剣と共に手に入れた私の新しい『生き方』が、それ明るく肯定してきてくれます。


私なら大丈夫だ、と。


なみなみと込み上げてくる自信。その勢いのままに、私は早速ジャイロさんに自らの『責務』を伝えようとしますが、
あろうことか、今度は怒りが私を支配してきました。彼の方に目を向けてみると、ジャイロさんが倒れている永琳さんを
紳士のように優しく抱き起こしているのです。額に青筋を浮かべた私は、途端にジャイロさんに食って掛かります。


「あの、ジャイロさん!! こういう時は、仲間である私をイの一番に心配したり、助けたりするんじゃないでしょうか!!?」

「あっれ~~、おたく、いつからそこに居たわけ? 全然気がつかなかったわ~、いやマジで」


こ、このクサレガキャア~~ッ!! その舌を根っこから引き抜いてやろうか~~~~ァッ!!
ワナワナと震えた私は、あらん限りの力で握り拳を作ります。そしてそれをジャイロさんの口の中に突っこんでやるところまで夢想しました。
ですが、悲しいことに、私にはそれをすることができませんでした。ジャイロさんとは、短いですが、同時に長くも付き合ってきたのです。
私に飛来する刃が人体を害するものであったなら、ジャイロさんは間違いなく私の方に手を伸ばしてきたことでしょう。
彼のそういった瞬時の判断能力や行動力、そして優しさを心の底から信じてしまうほどに、私達は浅からぬ関係となってしまったのです。
……というか、改めて言葉にすると、妙に淫靡で卑猥な響きを持ちますね。今更ながらに、恥ずかしさを覚えてきた私は、
それを誤魔化すように急いで永琳さんに声を掛けました。


「永琳さん、お怪我はありませんか? って、貴方相手に変な質問でしたね。とにかく、状況の説明をお願いしたいのですが?」


私がそう言うと、永琳さんは私の顔を見て、ふか~く溜息を吐きました。
あっれ~? 私って、そんなに面倒くさい人間だと思われていたのですか? 結構ショックです。
といって、別に私はそれを糾弾するつもりはなかったのですが、私の感情が図らずとも面に出てしまったのか、
永琳さんは慌てて謝罪の言葉を述べてくれました。


「ごめんなさい。それでは貴方は……え~と?」

「阿求です。稗田阿求。何度か、お会いしたことがあると思うのですが?」

「……そう。じゃあ、ド忘れってやつね。本当にごめんなさい」

「い、いえ、それで一体何が……?」

「その前に、貴方達は輝夜に会った?」

「いえ、残念ながら」

「本当に残念ね。それで話は変わるけれど、貴方達は幽々子って子の知り合い?」

「ええ、まぁ」

「じゃあ、さっきまでのあの子の様子も知っているかしら? あの子、大分錯乱しているようだったから、
無理矢理にでも薬を飲ませて、落ち着かせようとしたんだけど、それがひどい誤解を招いちゃったみたいでね」

「成る程。誤解ということでしたら、私達が間に入ればどうにかなりそうですね」

「そう。じゃあ、あの子のことは、お願いするわね。あと私には特別敵意や害意は持ってなかったってことも伝えておいて」

「あれ? 妙に他人事じゃありませんか? 永琳さんは、これからどうなさるおつもりなんですか?」

「悪いんだけど、私、これから用があるのよ。だから、ここで失礼させてもらうわ」

「えっ? え~~~~~~~っ?」

「一応、付け加えさせてもらうけれど、私はこの殺し合いには乗っていないわ。それじゃあね、さようなら」


そう言うなり、永琳さんは足早に脱兎の如くこの場を去っていきました。
咄嗟に私が伸ばした手を掠りもさせずに素早く消えゆく様は、さすがは八意永琳といったところなのでしょうか。
しかし、いつまでもそのことに唖然とはしていられませんでした。「あらあら、一人逃しちゃったわね」と、
至極残念そうに呟きながら、幽々子さんがこちらにやって来たのです。


ようやくの探し人との再会。それももしかしたら死んでいるのかもしれないと危惧していた人です。
ここに至って、喜びは一入のはず。しかし、私とジャイロさんに訪れたのは著しい困惑でした。
幽々子さんが持つ親しみやすさを感じさせる柔らかな雰囲気は消えてなくなり、
代わってあるのは対面する者の両肩にずっしりと圧し掛かる重い威圧感。
そそと歩く姿は見た目こそ美しくあれ、その一歩一歩は相手の首を真綿で締め付けていくような強い圧迫感を与える足取り。
まるで肥大するノトーリアス・B・I・Gがゆっくりとこちらに迫ってくるような深い絶望感と戦慄とが、今の幽々子さんにあったのです。
そのプレッシャーで顔中に脂汗を浮かべたジャイロさんは、堪らず訊ねました。


「……幽々子、まさか殺し合いに乗っちまったっつーのか?」

「ふふ、ところでここって何処なのかしら? 見覚えがない場所なんだけど」

「否定はしねーのかよォッ!!」


ジャイロさんが苦渋に満ちた表情で吼えますが、幽々子さんは涼やかな微笑で答えるのみ。
その粗略な対応に、私達の間にはどうしようもない距離ができてしまった、と私には痛感できました。
しかし、ジャイロさんはそれで納得できなかったのか、続けざまに言葉を放ちます。


「マジで、そんなことを考えているわけか、幽々子!? 大体、こんなので最後の一人になってどうするっつーんだ!?」


その質問には幽々子さんも興味があったのか、しおらしく答えます。


「そうね~。まだそこまで深くは考えてはいないけれど、妖夢を生き返らすということでいいんじゃないかしら」

「寝ぼけんてんのか!! 死者が生き返るなんて……!!」

「……ありえない。それとも、あってはいけないと言うのかしら、ジャイロ? 
だとしたら、随分と酷い殿方ね。こんなうら若き乙女に、また死ねっていうんだから」


幽々子さんの言葉に、ジャイロさんは当惑します。彼女の事情を知らない方では当然の反応でしょう。
西行寺幽々子は、とっくの昔に死んでいて、今はこうして生身の肉体をもって生き返っている。
そんな荒唐無稽な話は、幻想郷でも与太話として扱われる類のものなのですから。
もっとも、それ自体はどうでもいいことです。本題は今の幽々子さんを、どうすべきか。
勿論、その答えは既に私は知っています。白楼剣が、それを私に教えてくれたのですから。

「ジャイロさん!」と、私は凛と呼びかけます。


「貴方は永琳さんを追ってください!
彼女はおそらくこの異変を解決するに当たって、重要な『鍵』となる人物です。ここで見失うわけにはいきません!」


こんな状況で、一体何を言っている。そんな顔でジャイロさんは、私の方に振り向いてきましたが、
彼の口から出てきたのは、それとはかけ離れたこんな内容の台詞でした。


「あ~? おたく、本当に阿求、さん? 何かさっきまでと違って自信あるっつーか、頼りがいがあるっつーか、妙に凄味が……ある」

「あの、ジャイロさん、それって女性に向かって言う褒め言葉じゃありませんよね?」

「…………それはともかく、何があった? というか、お前は、ここで何をするつもりだよ?」

「まぁ、私のことは大丈夫ですよ。『確信』があるんです」


私は手に持った白楼剣を握り締め、ジャイロさんが納得するよう、より強く宣しました。


「ふ~~~~ん、俺が永琳を追い、阿求が幽々子を片付ける。つまり、二方面作戦ってわけだ。いい策だと思うぜ~。
だけどよ~、ここにもっと良い作戦があるぜ。俺とお前と、そして幽々子の三人で永琳を追いかける。どうだ、これで完璧だろ?」

「大変素晴らしいと思いますが、そんなに悠長にしていられる暇はないかと」

「いいや、すぐに終わるさ。要は『あの時』の再現をしようってわけだろ?」


ジャイロさんは私が持つ白楼剣に目を遣りながら、したり顔で訊ねます。
私が大人しくそれを首肯すると、彼はニョホホと自信満々に笑ってきました。


「そして、俺も『あの時』の再現をしてやるっつってんだ!!」


そう言って、ジャイロさんは鋼球を勢い良く取り出しました。
その鋼球は、鉄球を失ったジャイロさんが代わりになるものを、と永遠亭にあった医療機器を心苦しくもバラした時に中から飛び出てきたものです。
ポルナレフさんが言うには、それはベアリングボールといい、正確な真球で出来ているとのこと。
サイズとしては小さめですが、ジャイロさんがその真価を発揮させるのには、些かの問題もないでしょう。


「さあ、走れッ!! 阿求ゥゥッ!!」


ジャイロさんの檄と共に、私は背中を押されるように走り出しました。


「そしてコイツを食らええぇえッ!!」


続けざまに響くジャイロさんの咆哮に鋼球の風切り音、そしてギャルギャルギャルという独特の回転音。
直後、鋼球は私のお尻に直撃しました。


「おひゅうっ!?」


と、変な悲鳴が思わず私の口から零れてしまいました。ちょっ、どこに当てているんですか!?
などという抗議が当然出てくるわけですが、その前に急速に私の下半身の筋肉が収斂を開始。
そして私の上半身を置き去りにして、足が前に前にと急速に飛び出していったのです。


「えっ!? ちょ、これ、何、速ッ!! いや、それ以前に走りづらぁっ!!!」


自分が体験したことのないスピードを、自分が体験したことのない変な体勢で走るのです。
それで目的を達成できるはずもありません。案の定、私の足はもつれ、そのまま勢いよく地面へダイブ。
そして私の身体は幽々子さんの横をゴロゴロゴロと情けなく転がっていきました。
途端にジャイロさんの怒声が私の耳に入ってきます。


「おい!! 阿求!! テメエ何してんだ!! 今の、絶好のチャンスだったろうがァッ!!」


雨土の中をすっ転び、泥まみれとなった私は這う這うの体で何とか起き上がると、
ジャイロさんに負けじと叫び返しました。


「ジャイロさんこそ、何が『あの時』を再現してやるですか!!? 
『あの時』はこの刀に鉄球をぶつけていたじゃないですか!! この嘘つきィィィー!!」

「ああ~!!? 俺は成功を再現してやるって意味で言ったんだよ!! 大体、『あの時』はもう剣がブッ刺さってたじゃねえか!!
今回とじゃあ、状況が違うんだから、テメエのおケツ様に当てて加速させてやんのが筋だろうがよおお!!」

「あー、もう!! 屁理屈ばっかり捏ねて!! もういいです!! さっさと永琳さんを追ってください!! このアンポンタン!!」

「俺の完璧な作戦を台無しにしておいて、その言い草かよ!! テメエ、本当に一人で大丈夫なんだろうなあ!!?」

「さっきも言いましたけれど、私には『確信』があるんです!! 大丈夫です!!
それよりもジャイロさんの方こそ、分かっていますか!!? 永琳さんもペンデュラムが反応しないのかもしれないのですよ!!」


その言葉でジャイロさんの表情にも焦りが生まれてきました。
私が異変解決における『鍵』と称した人物の重要性は、彼にも簡単に分かることでしょう。
私とジャイロさんは多くの人と出会い、多くの時間を共に過ごしてきましたが、
やったことといえば、敵と戦ったり、場所を移動したりするだけで、異変解決の糸口など、全く掴めずにいる状態なわけです。
であるからして、永琳さんは私達にとって、お釈迦様が地獄へ垂らしてくれた蜘蛛の糸も同然。ここで手放すわけにはいかないのです。
ジャイロさんは不承不承といった体で馬に乗ると、「阿求、ここでくたばったら許さねーからな」と
捨て台詞を吐き、急いで永琳さんのあとを追っていきました。


「今更ですけど、ジャイロさん見逃して良かったんですか?」


私は、にこやかにジァイロさんを見送る幽々子さんに訊ねました。
彼女は、さして動揺することなく平然と答えます。


「彼は永琳を連れて、ここに戻ってくるのよね? なら、問題はないわ。
それよりも、阿求、こうして二人きりになったわけだけれど、貴方の方こそ大丈夫なの?
貴方は、貴方自身のことを心配した方が良いんじゃないかしら?」


剣呑な言葉が容赦なく突き刺さってきます。その次は弾幕なのでしょうか。
ですが、その前に、と私は何とか質問を挟み込みます。


「どうして幽々子さんはこんなことを?」

「……そういえば、ここってどこなのかしら?」

「答える気はないということでしょうか? ここは地図でいうところのE-5とF-5の境目といったところです」

「F-5……何だか聞き覚えがあるわね~。本当にうっすらとだけど」

「荒木が開幕で言っていた禁止区域を覚えていますか? 先の放送で荒木がそこを禁止区域に定めたのです」

「あらあら、やっぱりそうなのね」

「何が、そうなのですか?」

「阿求、貴方になら分かるんじゃないの? 私は気絶させられ、そこに寝かされていたのよ?」

「さて、どうでしょう? 私如きでは、あの方の深謀遠慮を計ることなどできませんから」

「それは謙遜のし過ぎ、というよりは、単なる過大評価ね。あれは肩書きほど凄い存在ではないわ。
あれが一人の従者として完璧に思えた? 所詮は、その程度。あれは私達の想像の内に十分収まるものなのよ」

「人と人の間に、完璧な答えというものはあるのでしょうか?
また、あるとしても、それは万人に共通するものなのでしょうか?
案外、あの方達には、ああいった関係が適切なのかもしれませんよ?」


そこで幽々子さんの口は閉じられました。それに伴って、私に向けられる視線は一層鋭くなります。
ですが、それは私に言い負かされたからというよりは、私を見定めるためといった方が正しいでしょう。
事実、彼女の口から次に発せられた言葉は、こんなものでした。


「貴方、本当に阿求? 貴方は、もっと他人を顔色を窺って話をするタイプじゃなかったかしら?」


確かに、と思う部分は少なからずありましたが、今の私はそれを思いっきり笑ってあげました。


「ハハハ、面白いことを言いますね、幽々子さん。友達同士での会話に何を遠慮することがあるんですか?」

「フフ、阿求、貴方も面白いことを言うわね。誰と誰が友達なのかしら?」

「私と幽々子さんが、です」

「私は貴方と友達になった覚えはないわね~。そもそも友達というのは、対等な者同士がなるもの。
例えば、こんな殺し合いで誰かの役に立つどころか、足を引っ張ることしかできない人間が、誰かの隣に立つなんて可能なのかしら?」


ズキリと心が痛みました。確かに私は幽々子さんには遠く及ばない存在でしょう。
そして、いまだこの異変で明確な役割を得られない私は、誰にとってもまさにお荷物でしかありません。
そんな人間の言葉など、やはり弱者が生存のために強者に縋りついているだけと思われるのが関の山かもしれません。
ですが、私は言いました。声を大にして。それは何と言っても、私の本心なのですから。


「私は幽々子さんを信じることができます。貴方の隣に立って、貴方を支えてあげることができます」


私が迷いなく言い切ると、幽々子さんは怪訝な顔を浮かべ、次いで悲しみ、驚き、怒るといった何とも複雑な表情をしました。
だけど、それも落ち着いてくると、途端に彼女の舌鋒は鋭くなります。


「信じる? 私の何を? 貴方は私のことなど何も知らないでしょう? そういうのは、おためごまかしというのよ、阿求。
そんなんだから、貴方には本当の友達ができないのよ」

「何も知らないということはありませんよ。勿論、全てを知っているというわけでもありませんが、
それでも貴方を信じるには十分なものだと思います」

「信じて……信じて、何になるっていうの? 結局は裏切られるだけじゃない」

「……成る程。誰も信じられないから、殺し合いに乗るということですか」


ハッと幽々子さん慌てて口を噤みました。
私程度の存在に心の根を晒してしまった不覚に気づいたのでしょう。幽々子さんの常にはない姿です。
しかし、今更時間は巻き戻すことなどできません。幽々子さんは怒りと屈辱とでか、顔を紅潮させ激昂します。


「そうよ!! 紫は妖夢を殺し、永琳は私を助けるといって私を殺そうとしたのよ!!
あいつらは私を裏切った!! あれほど信じていたのに!! 結局の所、私が信じられるのは妖夢だけなのよ!!
私には妖夢がいれはいい!! それでいい!! それで満足!! 他の奴らなんていらない!! みんな死んでしまえッ!!!」


幽々子さんが今までに見せたことのない感情の激烈ともいえる昂ぶり。
こんな様子なら、私でも付け入る隙ができるのでは、と冷静に思慮を重ねていましたが、どうやらそれは悪手だったようです。
鬼の形相を携える幽々子さんを前にしても、一切たじろがず、毅然と前を見据える稗田阿求。
そんな私は、幽々子さんに違和感を与えるのに十分なものであり、そしてそれは彼女の火照った頭を冷やす良い打ち水となってしまったのです。
続いて話をする幽々子さんには、さっきの怒りはどこへやら、氷のように冷たい微笑が飾られていました。


「成る程ね。短絡的な理由でゲームに乗る、そして優勝を目指すのに、その手段が稚拙で先を見通せていない。
それは平素の西行寺幽々子からはかけ離れた考えであり、いっときの迷妄に囚われているに過ぎない。
だから、白楼剣で斬れば、その迷いは晴れ、西行寺幽々子は正気に戻るに違いない。
阿求、貴方が考えているのは、こんな所じゃないかしら?」


「さあ、どうでしょう」と、肯定も否定もせずに、私は愛想笑いを浮かべました。
しかし、幽々子さんは確信に至ったらしく、私へ向けられる微笑が、次第に嘲笑へと変わっていきました。


「今度は自分を過大評価したようね、阿求。相手が紫や霊夢だったなら、色々と考えたり、言葉を弄する必要があるけれど、
今、私の目の前にいるのは阿求なのよ? いても、いなくても問題ない、誰にとっても無価値な人間。
そんなのを相手に何かを取り繕う必要があるのかしら? ない、わよね?
つまり、私が貴方に向けた言葉は全て本心ってこと。私のどこにも迷いなんてないわ~」

「そう思われるのでしたら、白楼剣で斬られてみてもよろしいのではないですか?」

「あら、だからといって、貴方の思い通りに動くのは癪じゃない。でも、私にかかって来るというのなら好きになさい。
貴方は私を信じる。随分と見え透いた嘘だけど、貴方がそこまで言うのなら試してあげるわ。
貴方の言うことが真実なら、きっとどんな目にあっても、私を裏切ったりしないのよね? 手足を失っても、内臓を抉り出されても。
さ、ゲームの開始よ、阿求。貴方が白楼剣で私を斬るか、それとも私が貴方の言葉を嘘と証明できるか。ふふ、どっちが勝つのかしらね~?」


その狂気染みた台詞を聞いて、私は安堵しました。殺し合いに乗るといいながら、結局殺すということを先送りにしている。
それが意図してか、無意識でかまでは分かりませんが、決定的な判断をいまだ迷っている状態なのです。
どれだけ仮面を被ったとしても、やっぱり根底にあるのは私の知る幽々子さん。あとは、それを表に出してあげればいい。
だから、私は白楼剣を振り上げ、彼女に向かって、思いっきり駆け出しました。


一体、どれほどの弾幕を私は受けたのでしょうか。幽々子さんが放つ光弾は石のように硬く、
私の顔を含めた全身のいたるところは赤く腫れ上がり、猛烈な痛みと熱さを感じさせてくれます。
そんな惨状に、逃げ出したい、ここに来なければよかった、といった後悔が当然のように湧いてきますが
それで私の心が挫けてしまうことはありませんでした。だって、私は生きているんです。
あの執拗な攻撃を受けて尚、あの死を操る幽々子さんを前にして尚、私は生きているんです。
その確かな事実は、私の『確信』を深める励みにしかなりませんでした。


それに私はただ幽々子さんの弾幕を身体で受けていただけではありません。
飽きるほど攻撃をくらって、ようやくそれをかわすタイミングというものを掴んできたんです。
彼女の息遣いに始まる攻撃の予備動作。その一連の流れを見逃さず、私は「えい!」と叫んで横に跳び、弾幕を無事に回避しました。


「これなら私も霊夢さん達のように弾幕ごっこに興じることができるでは」と
この殊勲に心を踊らせましたが、残念ながらそれは僅か一瞬で否定されることになりました。
まるで私の行動を見計らっていたかのように、回避した先に別の光弾が飛んできていたのです。
咄嗟に剣でそれを振り払おうとしますが、それよりも早く私の顔面に直撃。
「あっ、う!」という情けない悲鳴と共に口と鼻から血が飛び出しました。


風船のように膨れ上がった私の顔に、更なる血が彩られ、凄惨という言葉をより良く表現してきます。
きっと地獄の苦しみとは、こういうのを言うのでしょう。しかし、幽々子さんの攻撃は、それだけでは終わりませんでした。
何と先ほどかわした弾幕が、私を嘲笑うかのように反転し、もんどりうつ私の身体を地面へ勢いよく叩きつけたのです。


痛みによる悲鳴と交代するかのように、口の中に入ってきた泥の味が、私の意識を呼び覚まします。
ほんの一瞬ですが、どうやら私は気を失っていたようです。全く、自分でも嫌になるくらい貧弱な身体です。
攻撃はただの一度もかわせず、おまけに私の身体はズブ濡れ、血塗れ、泥塗れといった最悪の三拍子。
反対に幽々子さんは、頭上で何匹もの胡蝶がヒラリヒラリと舞い、雨を弾いているおかげで、その身体は依然綺麗なままです。


私としては正義の味方のつもりだったのですが、これでは、どっちが正義で悪かは分かりません。
というか、傍目からでは、汚れた罪人が必死に女神に許しを請うているような哀れな姿に見えるかもしれませんね。
まぁ、でも、水も滴るいい男、もといいい女、と言いますし、と考えてしまうあたり、まだ私の心には余裕があるのでしょう。
しかし、身体の方はというと、やはり限界を迎えつつあります。早くに決着をつけなければならないでしょう。
私は白楼剣を支えにして、何とか泥の中から起き上がると、決然と口を開きました。


「だから、馬鹿なんですよ、貴方は!! 殺し合いに乗っておいて、相手を殺さない!?
そんな悠長にしている暇はあるんですか!? 何か意味があるんですか!? 貴方は一つ一つの決断が遅いんです!!
そんなんだから、妖夢さんは死んだんです!! 貴方がもっと早くに決断して動いていたら、きっと結果は変わっていた!!
分かりませんか!? 妖夢さんは誰かに殺されたんじゃない!! 貴方のそのマヌケさに殺されたんですよ、幽々子さん!!」


私がそう叫ぶと、幽々子さんの顔は歪み、何やら言葉ともつかない言葉が、彼女の口から矢のように飛び出してきました。
そしてそれと同時に彼女の手の平に今までにないほどの眩しい光が収束し始めます。
私はそれを見て、ニヤリと笑うと、残る力を振り絞って、前に走り始めました。


幽々子さんの幾つもの弾幕を受けて分かったことは、攻撃をかわすタイミングの他にもう一つあります。
それは威力のある攻撃しようとする時は、それに比例して時間がかかるというものでした。
だから、私が付け入る隙があるとしたら、まさにそこ。彼女が私を殺したくなるほどの怒りを煽ってやればいいのです。


だけど、結局の所、それは素人の浅知恵、苦肉の策以外の何物でもありませんでした。
私が勢いよく一歩目を踏み込むと、幽々子さんの手の平にあったエネルギーが霧散。
そして歪な顔をしていた彼女は急変し、にっこりと優しく私に微笑んできたのです。


「考えが浅いわね、阿求。挑発であることが見え見えよ」


その言葉が終わるや否や、幽々子さんの頭上を羽ばたいていた胡蝶が、私を目掛けて一気に舞い降りてきました。
ええ、分かっていましたとも。私程度がどれだけ考えを巡らしたところで、幽々子さんに敵うわけがありません。
それほど私は頭が良くなく、それほど彼女は頭が良い。だから、これは当然の帰結と言っていいでしょう。


ですが、今の幽々子さんの濁った目で、果たして見通すことができたでしょうか。
私には、ジャイロさんが与えてくれた回転の力が、まだ残っていることに。
確かに、それはほんの少しのものです。あと一回力を使えば、あと一回地面を蹴れば、費えてしまうような儚い力。
だけど、私と幽々子さんの距離は、もうその一回の力で十分に届くのです。






ああ





でも





それでも





私の掲げた剣は届かず、私の目の前には壁となって胡蝶が現れました。


無常にも、無様にも、このまま終わってしまうのでしょうか。





いや、終われない! 終われるわけがない!!


まだ私は何も成し遂げてない!!





かわせ! かわすんだ!! 何としても胡蝶を潜り抜けろ!!


折角、ここまで来たんだ!! あと一歩!!





もう先のことなんて知らない!! 私の全霊をここに賭す!! 


それでも足りないなら!!


お願い!!


メリー!! ジャイロさん!! 神子さん!! そして妖夢さん!! 私に力を貸して!!!





「うおおおおおおお!!! 彼の者の迷いを断てぇ!! 白楼剣ッッ!!!!」




      ――

   ――――

     ――――――――





「あら」と目を覚ますと、私は随分と見慣れた光景の前に座っていた。
雄大な枯山水の庭に、それを囲う低い堀越しに見える優美な桜。
そしてそれを眺める私の手元には熱いお茶とお饅頭が置いてある。
なんて事はない。これは白玉楼の日常の風景なのだ。


チョキン、チョキンと不意に何かを切る音が聞こえてきた。
目を向けてみると、黒いリボンに銀髪のおかっぱ姿をした小さな女の子が、庭園の植木に剪定を加えている姿がある。
「ああ、妖夢」と安堵すると同時に納得できた。さっきまでのことは夢だったんだ、と。


「ようやくお目覚めですか、幽々子様?」


私の口から微かに漏れ出た声に反応して、妖夢がこちらに振り返った。
その表情には幾分かの呆れが見え隠れし、おおよそ主に対する従者としては、あるまじき態度だけれど、
今の私にはそれすらも愛しく思えた。私は優しく笑って答えを返す。


「どうやら、そのようね。本当にひどい夢だったわ」

「はぁ、どんな夢だったんですか?」

「さぁ、どんなのかしら? それよりも、妖夢、こっちに来てお話でもしましょう。何だかとっても久しぶりのような気がするわ」


私がそう言うと、途端に妖夢の顔に不機嫌といった感情が広がった。
私としたことが何か失態でも演じてしまったかしら。私は慌てて彼女に訊ねる。


「どうかしたの、妖夢? そんなお饅頭みたいに膨れちゃって」

「お忘れですか、幽々子様? 今日は剣の手合わせをして下さるという約束ですよ?」

「あら? そんな話だったかしら?」

「そんな話です」


妖夢はそう言うと、私の正面に立ち、居合い抜きのように刀を構えた。
それと共に発せられる彼女の殺気は凄まじく、私の背筋を粟立たせる。
何と妖夢は気組みだけで、この私に死を想起させたのだ。
怖いと思う反面、従者の成長に嬉しさを覚え、私はしばし感慨に耽った。


とはいえ、どれだけ感情を刺激されようと、今は誰かと闘う気にはなれない。
先ほど見ていた陰惨な殺し合いという夢のせいなのだろう。
約束を破る形となってしまうのは申し訳ないが、私は妖夢に断りを入れた。


「ごめんなさい、妖夢。今はそんな気分じゃないのよ。手合わせは、また今度にしましょう」

「……かかって来ないというのなら、こちらから行きますよ」


そう言って、妖夢は大地が爆ぜるかのような勢いで私の懐に踏み込み、瞬息の剣を振るった。
それは彼女の放っていた殺気と相まってか、十分に私の死を予見させるもの。
だけど、私は抵抗することなく、微動だにすることなく、それを受け入れることができた。


「すごいじゃないの、妖夢。ちょうど紙一枚分ってところかしら。本当に腕を上げたのね」


パチパチパチ、と軽い拍手を送り、私は妖夢を称賛した。
彼女の剣は私の予想通り首元でピタリと止まっていたのだ。
しかし、私の反応は妖夢の予想とは違っていたのか、彼女は刀を鞘に納めると、こんなことを訊ねてきた。


「どうしてかわさないのですか、幽々子様?」

「不思議に思うことがある? だって、相手は貴方じゃない、妖夢」

「それは私が未熟だからということでしょうか?」

「あら、そんな風に取っちゃったの。それは誤解よ、妖夢。貴方の剣があまりに速かったから動けなかったのよ」

「御冗談を」

「ふふ、それとあと一つ。貴方は決して私を傷つけないって信じていたから」

「成る程、では何故私をそこまで信じれるのですか?」

「だって、私は妖夢のことを今までずっと見てきたのよ。それは信じると判断するには十分な材料になるんじゃないかしら?」

「だったら、どうして紫様のことは信じてあげないのですか?」


その言葉を聞くと、私の頭の中に夢の内容が鮮烈にフラッシュバックされた。
荒木と太田の登場に始まり、阿求、メリー、ツェペリ、ポルナレフ、ジャイロ、神子達との出会いと別れ。
そして荒木の放送で告げられる妖夢の死に、彼女をまさに殺さんとする八雲紫の写真。
私は動悸が激しくなり、息も絶え絶えになる中で、何とか言葉を搾り出す。


「よ、妖夢……き、急に、な、何を言っているの?」

「幽々子様は、誰かによって、むりやり紫様と御友誼を結ばされたのですか? 答えは違います。
幽々子様は私を見てきたように、紫様の色々なところを見て、御友人となることを選んだはずです」

「だ、だから、何だっていうの?」

「お分かりになりませんか? 幽々子様の目は節穴ではないと、たった今、証明されたのですよ」


お酒が五臓六腑に染み渡るようにスーッと、その言葉が私の中で溶けて、広がっていった。
ああ、確かに私が見てきた八雲紫は、私の大切な従者の命を奪うような輩ではない。
そういった行為を平然とやってのけるようなら、私は紫とは友達にならなかったはずだ。


それを理解すると、他人に化けたり、幻を作り出したりする数多の妖怪の名が、私の脳裏に浮かんできた。
またはそれに準ずるようなスタンド能力といった可能性も、今では十分に考えられるだろう。
何てことはない。私が自分で勝手に袋小路に入り込み、そこを彷徨っていただけなのだ。


突然、私の頬に一つ、二つ、と涙が零れ始めた。
あの出来事が顕界で起こったことだというのなら、否応なしにこの事実に突き当たってしまう。


「妖夢……貴方は、これが夢だって言うのね?」

「胡蝶がヒラリヒラリと舞っていたのは、幽々子様の頭の中と、お見受けします」

「ふふ、痛いところを突くわね。でも、私が言いたいのは、そうじゃないの。これが夢だというのなら、貴方は……」

「幽々子様、私達にとって死とは永遠の別れではありません。幽明の境の向こうにある白玉楼こそ、私達の住処、私達の魂の安らぎ処」

「私が貴方に生きて欲しいって願っちゃ駄目なの?」

「幽々子様の御仕事は一体何だったでしょうか。未練は魂を縛る鎖。幽々子様は、そのことを良く御存知のはず。
それに私はこんなにも偉大な方に仕えていたんだって、どうかあの閻魔めに自慢させて下さい」


私が迷っていたこと、私が考えていたこと、そして私はしてきたことは全て、妖夢を貶めていたのだ。
それを今更ながらに気づかされた。とはいえ、それをここでおめおめと認めたら、ますます妖夢の立つ瀬が無くなってしまうだろう。
だから、私は涙を払ってから、鷹揚に笑って、こんなことを訊ねてみる。


「あら、妖夢、それって私に生きて、あの異変を解決しろってことなのかしら?」


妖夢は屈託のない、とても柔らかに笑みを、私に送ってくれた。
答えは、言わずもがな。全く、とんでもない課題を与えてくれたものだ。
だけど、それで妖夢が誇れる主になれるというのなら、やるより他はないだろう。
何と言っても、私は幽冥楼閣の主にして、幽人の庭師・魂魄妖夢の主である西行寺幽々子なのだから。


「さて、そろそろ行かなくっちゃね」


気力を漲らせて、縁側から立ち上がると、さっきまでは無かった白玉楼の門が現れた。
きっと、そこを抜けて行けば、あの忌まわしき場所へと辿り着くのだろう。
今更、躊躇いなどない。私は自らの意志を現すように力強く前へ歩を進めていった。
しかしその途中で、私にはまだ遣り残したことがあることに気づき、その場を急いで振り返った。


「例えこれが夢や幻だとしても、最後に……妖夢」


私の呟きと同時に、妖夢が涙を見せながら、私の胸の中に飛び込んできた。
だけど、私はそれをヒラリとかわし、縁側に置いてあった饅頭を手に取り、それをほうばる。


「幽々子様~~」


先ほどとは打って変わって、妖夢の情けない声が聞こえてきた。
それに幾ばくかの懐かしさを覚えつつ、私はほっこりした笑顔で言葉を返す。


「ほうだんよ、ひょうむ」

「せめて、食べ終わってから言って下さい!」


もぐもぐ もぐもぐ ごっくん


「冗談よ、妖夢。さ、こっちに来なさい」


おずおずとこちらに寄ってくる妖夢を、私は勢い良く抱きしめた。
ほのかに伝わってくる妖夢の温かさ。それはもう二度と感じることはできないのだろう。
それはとても寂しく、とても辛いことだ。でも、今度は私が生きて、妖夢にそれを伝えることができる。
いや、そうしなければならない。それが主として、愛する従者への務め。
その為にも、私は荒木と太田を打倒して、あの異変を解決する。


「妖夢、名残惜しいけれど、もう行くわね。あんまり阿求を待たせても可哀想だし」

「……幽々子様、どうか御武運を」


何よりも嬉しい妖夢の励ましを背に、私は門を潜り抜けて行った。




     ――

   ――――

     ――――――――





冷たい雨が降り注いでいた。空を見上げれば、どんよりと曇り、陰鬱にさしてくれる。
だけど、その雲もいずれ晴れることだろう。雨が止まない日はないように、
本気を出したこの西行寺幽々子に解決できない異変などないのだから。


さて、と下を見てみると、傷だらけ、泥だらけの阿求が私の顔色を必死に窺っていた。
「マヌケめ、阿求!! お前のおかげで、人殺しへの迷いが吹っ切れたぞ~~!!」などと叫んだら、
彼女はどんな反応をするのかしら。そんなイタズラ心が刺激されるけど、さすがにそれをやるのは無粋なこと、この上ない。
勝負に負けたことは、少々悔しくはあるが、それ以上に嬉しくもあるのだ。だから、今は素直に阿求の勝利を祝ってあげよう。


「ただいま、阿求……」


それに続く私の言葉を待たずして、阿求は安心したように顔に笑みを浮かべ、力なく地面へ倒れていった。
私は慌てて、彼女の傷つき、疲れ果てた身体を支えてあげる。そしてその瞬間、私に罪悪感と後悔の念が一気に吹き寄せた。
妖夢と比べたら、阿求は何と弱々しく、何と細い身体なのだろうか。このまま抱きしめたら、枯れ枝のように簡単に折れてしまいそうだ。


「阿求、こんな身体で、あんなにまで頑張っていたというの」


それ自体は返答を期待した問いかけではなく、自戒を促す単なる私の独り言だ。
しかし、阿求は怪我にも負けぬハッキリした口調で、私に言葉を返してきた。


「声が、聞こえたんです」

「声?」


阿求の素っ頓狂な物言いに、私は顔中に疑問符を貼り付けて、思わず訊き返す。
そうすると、今度の彼女は、私の様子に笑いながらも、優しく説明を加えてくれた。


「白楼剣を手にした時、妖夢さんの声が聞こえてきたんです。『大丈夫。自分を信じて。そして幽々子様を信じて』って。
だから、頑張れたんです。だから、幽々子さんは大丈夫だって『確信』が持てたんです」


全く、あの子は死んでまで、私に気を配っていたというのか。
これほど主を思いやれる従者は、他にはいまい。幻想郷のみならず、世界中の皆に胸を張れる私の宝物だ。
そんな誇らしい妖夢の為にも、そして彼女が誇れる主である為にも、私はここで今、宣言しよう。


「安心なさい、阿求。一人前の従者の主が、半人前なわけないでしょう。
私はもう迷わない。私は紫を、阿求を、私は自分の友達を信じるわ」



【E-5 北東の平原/昼】

【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:スッキリ爽やか
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する
1:私は紫を信じるわ。
2:永琳に阿求の治療をさせる。
3:他の仲間との合流。
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。
※八意永琳への信用はイマイチです。


【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:精神充溢、疲労(極大)、全身打撲、顔がパンパン、ずぶ濡れ、泥塗れ、血塗れ
[装備]:白楼剣@東方妖々夢
[道具]:スマートフォン@現実、生命探知機@現実、エイジャの残りカス@ジョジョ第2部、稗田阿求の手記@現地調達、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:自分を信じる。それが私の新しい生き方です。
2:ジャイロさん、永琳さんらと合流。というか、身体中が痛いです。
3:幽々子さんも見つけたことだし、皆で永遠亭に戻る。
3:メリーを追わなきゃ…!
4:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
5:荒木飛呂彦、太田順也は一体何者?
6:手記に名前を付けたい。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※西行寺幽々子の攻撃のタイミングを掴みました。


【E-5 北西の平原/昼】

ジャイロ・ツェペリ@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:疲労(大)、身体の数箇所に酸による火傷、右手人差し指と中指の欠損、左手欠損
[装備]:ナズーリンのペンデュラム@東方星蓮船、ヴァルキリー@ジョジョ第7部、月の鋼球×2@現地調達
[道具]:太陽の花@現地調達、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:ジョニィと合流し、主催者を倒す
1:永琳を追う。
2:途中で花京院と早苗を拾い、皆で永遠亭に戻る。
3:メリーの救出。
4:青娥をブッ飛ばし神子の仇はとる。バックにDioか大統領?
5:ジョニィや博麗の巫女らを探し出す。
6:リンゴォ、ディエゴ、ヴァレンタイン、八坂神奈子は警戒。
7:あれが……の回転?
8:遺体を使うことになる、か………
[備考]
※参戦時期はSBR19巻、ジョニィと秘密を共有した直後です。
豊聡耳神子博麗霊夢、八坂神奈子、聖白蓮霍青娥の情報を共有しました。
※はたての新聞を読みました。
※未完成ながら『騎兵の回転』に成功しました。


【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)、少し濡れている
[装備]:ミスタの拳銃(4/6)@ジョジョ第5部、携帯電話、雨傘
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(15発)、DIOのノート@ジョジョ第6部、永琳の実験メモ、幽谷響子アリス・マーガトロイドの死体、永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×3(永琳、芳香、幽々子)、カメラの予備フィルム5パック
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。
       他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
       表面上は穏健な対主催を装う。
1:レストラン・トラサルディーに移動。
2:輝夜、てゐと一応ジョセフ、リサリサ捜索。
3:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る。
4:基本方針に支障が無い範囲でシュトロハイムに協力する。
5:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒。八雲紫、八雲藍、橙、藤原妹紅に警戒。
6:情報収集、およびアイテム収集をする。
7:リンゴォへの嫌悪感。
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
ジョセフ・ジョースター、シーザー・A・ツェペリ、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました。
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。
※『広瀬康一の家』の電話番号を知りました。
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です。
※『妹紅と芳香の写真』が、『妹紅の写真』、『芳香の写真』の二組に破かれ会場のどこかに飛んでいきました。


○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOへと接触?)
 →爆弾の無効化。


【C-5 魔法の森/昼】

ジャン・ピエール・ポルナレフ@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:気合十分、疲労(大)、身体数箇所に切り傷、胸部へのダメージ(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品 、???(※)
[思考・状況]
基本行動方針:メリーや幽々子らを護り通し、協力していく。
1:B-4周辺で幽々子捜索!! うおおおお!! 絶対見つけ出してやるぜえ!!
2:1の結果如何に関わらず、しばらくしたら永遠亭に戻る。
3:メリーの救出。
4:仲間を護る。
5:DIOやその一派は必ずブッ潰す!
6:八坂神奈子は警戒。
[備考]
※参戦時期は香港でジョースター一行と遭遇し、アヴドゥルと決闘する直前です。
空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。3部ラストの承太郎の記憶まで読み取りました。
※はたての新聞を読みました。
※ノトーリアス・B・I・Gが取り込んでいた支給品のいずれかを拾ったかもしれません。次の書き手の方にお任せします。


○支給品説明
  • 月の鋼球(ベアリングボール)
永遠亭にあった医療機器に使われていた鋼球。
鋼球とは軸受けの摩擦を軽減する玉のこと。この鋼球のサイズは親指の先っぽくらい。
また月の産物である為に、その素材は鋼やセラミックスより上と思われる。
つまり硬度が非常に高いうえ、耐摩耗性、耐食性、耐薬品性、絶縁性など優れた性質を持っている。



145:MONSTER HOUSE DA! 投下順 147:Fragile/Stiff Idol-Worship
145:MONSTER HOUSE DA! 時系列順 147:Fragile/Stiff Idol-Worship
137:さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 八意永琳 167:天よりの糸
137:さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 西行寺幽々子 164:路男
140:マヨヒガ 稗田阿求 164:路男
140:マヨヒガ ジャン・ピエール・ポルナレフ 147:Fragile/Stiff Idol-Worship
140:マヨヒガ ジャイロ・ツェペリ 164:路男

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最終更新:2017年07月20日 22:25