コトノハ 第7話『殺されたがり』
みっちゃんを闇に取り込み、ゲラゲラと笑い転げるもう一人の初。私は湧き出す殺意を抑えきれず、怒りに身を任せて決意した。
「お前だけは.......此処で殺すッ!!!!」
「出来るものならやってみなよ、アハハハッ!」
「うあぁああああああああ!!!」
瞳を赤く染め、殺意と怒りを込めた右手の拳を振り上げながら叫ぶ。
「消え失せろぉおおおおおおおおおッ!!!」
ギュンッ、と空を斬るような音を立てながら、私は初目掛けて勢いよく拳を振り下ろした。しかし、初は微動だにせずそれを片手で受け止める。
「なッ.....!?」
「...甘いんだよ。」
二タッ、と笑ったかと思うと、初は私の拳を掴んだまま思い切り力を込め始めた。
「うっ!?ぐ、あぁあッ!?」
「ハハハ.....折れろ!!」
初の指が私の拳にめり込み、バキバキと骨を砕いていく。赤い血が滴り落ち、やがてべキィッ!という音と共に手首ごとへし折られた。
「があぁああぁああぁあッ!!??!?」
「アハハハッ.....!痛そ〜!」
激痛に耐えきれず、私は地面に倒れ伏す。必死に手首を押さえるが、血は止まらなかった。
「初ちゃん!!」
「行こう、皆!初を助けるんだ!」
そんな私を見て、とうとう耐えかねた皆が一斉に教室を飛び出しグラウンドに集結する。
「来ちゃ、駄目.....だっ.......皆............!」
私は痛みに抗いながら叫んだけど、皆は止まろうとしなかった。
「初ちゃんを.....みっちゃんをよくも!!」
「あたしが行く.....!《女児符号・暁天-ガールズコード・ライジング-》!!」
旭の身体から、眩い光が放出される。その光は徐々に旭の両手に集まっていき、まるで太陽のように巨大な光球が出来上がった。
「はーーーーーーーーーッ!!」
旭はその光球を初目掛けて勢いよく撃ち放つ。地面を、そして空気をも焼き焦がす程の熱と光が、初の放つ闇を掻き消した。
「チッ.........!」
初は咄嗟に攻撃を避け、私達の手が届かない高い所へと移動した。
「また邪魔者が入った.....めんどくさいから殺すのは今度にしてあげるよ!」
そう言い残し、初は姿を消した。私は追いかけようとしたけど、既に身体が限界を迎えていて立ち上がる余力すらも残っていなかった。
「初ちゃん!大変、手が.....!」
「誰か包帯持ってきて!消毒液も!」
「大丈夫、私に任せて。」
群がる皆の間に分け入り、玲亜がやってきた。
「玲亜.....」
「無理しちゃって........《女児符号・慈愛空間-ガールズコード・Affection Space》。」
玲亜がそう唱えると、ドーム状の光が私の身体を包み込んだ。ぐちゃぐちゃになった傷口を光が包み込み、手首から指先までゆっくりと修復していく。
「.........!」
しばらくして、私の手は完全に元通りになった。手首や指を何度か動かしてみても、全く痛みはない。
「どう?大丈夫そう?」
「......うん、大丈夫..........ありがとう........」
玲亜が生み出した空間の中に居ると、さっきまで殺意に満ちていた心もだんだん穏やかになっていく。私が完全に落ち着くまで、玲亜はずっと見守ってくれていた。
.................................
...............
静まり返る教室。みっちゃんが居なくなり、クラスの雰囲気はかなり寂しくなった。
「........私のせいで.............」
私は机に顔を伏せ、必死に涙を堪えていた。あの時、もっと早くにみっちゃんを助けていたら.....私の力不足のせいで、みっちゃんは......
「初ちゃん。」
耳元で声がして、ゆっくりと顔を上げる。隣の席に、玲亜が座っていた。
「.......玲亜.............」
私をじっと見つめ、優しく微笑む玲亜。堪えきれなくなった私は、ついにボロボロと泣き出してしまった。
「.....ごめん....っ......ごめんなさい.......!ごめんなさい.........!!」
「大丈夫......怒ってなんかないよ。」
玲亜はハンカチで私の目元を拭き、ポンポンと頭を撫でてくれた。
「初ちゃんは一生懸命みっちゃんを助けようとしたんでしょ?私はちゃんと見てたよ。」
「でも.......私、結局..........」
「あいつも言ってたでしょ?アタシは最強だ、って。ずっと一緒に居たから分かる、そう簡単にはくたばらないよ。あの筋肉バカは。」
玲亜はいつにも増して冷静だった。親友のみっちゃんがやられて誰よりも辛い筈なのに、決して取り乱さなかった。......私とは、大違いだ。
「旭ちゃん、これからどうする?私は、やっぱりちゃんと作戦を考えなきゃいけないと思うんだけど。」
「そうだね、次は絶対負けないように作戦会議しよう。皆、まだ諦めちゃ駄目だよ!あたし達が全滅しない限り、絶対に勝てるんだから!」
旭がそう言うと、さっきまで沈んだ顔をしていた皆も顔を上げて頷いた。
「皆..............」
「初ちゃんはどうする?」
再び私に向き直り、玲亜が問いかけてくる。
「.............私は」
力への恐れ、あいつへの憎しみ。また暴走してしまうかもしれない。正直、怖い。それでも、皆が希望を捨てずに戦い続けるのなら。
私の答えは、たった一つだ。
「......戦うよ、最後まで。私はもう、絶対に諦めない。」
「あいつの力は初ちゃんと同じ、言ったことを現実に引き起こす力.....それを打ち消せすには、初ちゃんの力が一番有効だよね。」
「あたし達の技で対処しきれない技を撃ってくる可能性もあるからね.....そういう時は、技を無効化しろーって初ちゃんが言えばどうにかなるんじゃないかな?」
確かに、私が「初の技を無効化しろ」と言えばそれで解決するだろう。しかし、何度も通じるわけではない。一度防がれても、次は必ず何かしらの対策をしてくるはずだ。
「相手への攻撃はどうする?さっきの戦い、ほとんどあいつにダメージ入らなかった.....防戦一方でも勝ち目はないよ。」
「何であんなに強いんだろうね、もう一人の初ちゃん.....」
「......あいつ....もう1人の私には、“恐れ”がない。だから『言刃』の効果も大きいんだ。『言刃』は自分の精神状態に影響される.....自分の力への恐れを捨てきれてない私と、完全に恐れを捨て切ったあいつでは、力の効果が全然違う。」
「初ちゃんは、自分の力が怖いの?」
「怖いよ.....この力を使って起きたことは、後から修正が効かないんだ。もし相手を殺してしまったら、『言刃』を使っても生き返ることはないんだよ。」
丸菜の問いにそう答えながら、また思い出してしまう。あの日、私がしてしまった事を。
「なるほどね....それは確かに怖くなるのも当たり前だよ。」
「あいつは、私が『言刃』の真価を発揮するのを待ってるんだ。皆を傷つけることで、私を焚きつけて.....そして..........」
私はもう一人の初が言っていたことを思い出した。
「本気で私を殺そうとする相手と戦いたい」
あの子は、自分を殺せる程強い相手と戦いたいのか。
それとも.....誰かに殺されたがっているのか。
そう考えると、あの子には何か事情があるのかもしれないと私は思った。
「..........ごめん。私、ちょっと行ってくる。」
「行くって、何処に?」
「もう一人の私を探しに。戦いに行くんじゃない、少し話がしたいんだ。」
「だったら私も行く。」
玲亜が立ち上がってそう言った。
「玲亜.....」
「多分、話し合いだけで済むとは思えないし。また初が怪我したら大変だから、念の為の付き添いだよ。」
私の肩に手を置いて、玲亜は力強く頷いた。私も頷き返し、玲亜と一緒に教室を後にする。
「待って!」
すると、旭が私達を呼び止めた。
「旭?」
「もし......もし、危ないと思ったらすぐに逃げてね!二人ともだよ!」
「.......分かった、危ない真似はしないよ。ね、初ちゃん。」
「うん、出来るだけ.....ね。旭、引き続き皆をよろしく。」
「うん.....待ってるからね、無事に帰ってくるのを.....」
私達は同時に頷き、もう一人の私を探しに向かった。
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「はぁ......はぁ..........」
流石に、力を使いすぎた。一人潰すだけなのに、かなり無駄な労力を使った気がする。
「手こずらせるなぁ.....思ったよりも.......」
でも、私とあいつでは違うところが三つある。
髪の色、瞳の色。そして、『言刃』に対する恐れがあるか否か。
髪の色、瞳の色。そして、『言刃』に対する恐れがあるか否か。
私は“否”の方だ。『言刃』の力は無限大、この力さえあれば何だって出来る。抵抗を抱く理由なんて何処にもない。
それなのに、あいつは恐れている。自分の力を......だから私を殺せない。不完全で中途半端な力でしか戦うことが出来ない。
「あいつが恐れさえ克服出来れば.....あいつは私を殺せるのに..........」
あいつの友達を傷つけるだけじゃ、足りないのかもしれない。それなら、もっとあいつを怒らせる方法があるはずだ。何か別の方法が。
考えろ。あいつが、恐れを捨てて私を殺しに来る方法を。
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....................
...........
「............そうだ。」
思いついた。あいつを本気にさせる方法を。
これならあいつは、絶対に..........
「ハハッ....ッハハハハハハ........!これで私は..........やっと...........!!」
私は笑った。呼吸が出来なくなるくらいに。
当然だ。私はやっと............あいつに殺してもらえるかもしれなんだから。
続く