コトノハ 第8話『残された道は』
学校を出てからどれくらい経っただろう、辺りはすっかり真っ暗になっていた。私と玲亜はもう一人の初を探すも、一向に現れる気配はなかった。
「用がある時に限って出てこないなんてね.....」
玲亜は小さく溜め息を吐く。疲れている様子ではなかったけど、半分諦めムードにも見えた。
「.....ごめん、時間取らせて.......」
「え?良いよ良いよ、私が自分で付き添うって言ったんだし。」
「そう......?」
「うん、だから全然気にしてないよ。」
そう言いながら、玲亜はにこっと笑顔を見せる。
「.....玲亜は本当に優しいよね。」
「そうかな、あいつにはよく厳しいとか悪魔とか文句言われちゃうけど。」
「それは、まぁ.....でも、私は玲亜に助けられてばっかりだよ。」
一度は無残にもへし折られたけど、玲亜のお陰で元通りになった右手を見つめる。
「玲亜だけじゃない.....さっきは旭にも助けられたし、みっちゃんだって.......私も、自分の力をもっと皆を助ける為に使いたいって思ってたのに.........結局........」
「............」
玲亜は少しだけ考えるように黙り込み、しばらくして再び口を開いた。
「私も、初ちゃんには助けられてるよ?」
「えっ.......?」
「....ほんとはね、私も諦めそうになってたんだ。有葉ちゃんや久乱ちゃん、月那ちゃん、みっちゃんまでやられちゃって.......皆の前では言えなかったけど、正直....もう駄目かもって思ってた。」
信じられない、あんなに落ち着いた様子だったのに、心の内ではそんなことを思っていたなんて。
「だけど、思い出したんだ。みっちゃんがやられた時、初ちゃんがたった一人で立ち向かおうとしたこと。あそこで初ちゃんが諦めなかったから、私も、皆も、あいつに立ち向かおうって勇気が湧いてきたんだよ。」
「...........そう、だったんだ.........」
「うん、だから」
そこで、玲亜の言葉は止まった。
「玲亜........?」
「....................っ」
ドサリ、と玲亜は地面に倒れ込む。目蓋は開いたままなのに、瞳が徐々に光を失っていく。
「玲亜!!玲亜ぁッ!!」
「ベラベラベラベラうるさいんだよ.........一回黙ってろ。」
「ッ!!」
振り向くと、いつの間にか後ろに初が立っていた。その手には真っ黒なオーラを纏わせている。
「あれ、一発?ちょっと力入れすぎちゃったかな?まぁ良いや、邪魔者がまた一人減ったし。」
初は悪びれる様子もなく、いつものようにニヤリと笑いながらゴロンと玲亜の身体を足で転がした。私は立ち上がり、初の胸ぐらを思い切り掴み上げる。
「いい加減にしろ........!!君の狙いは私なんでしょ!?だったら私だけを狙えよ!!他の人に手を出すな!!」
「だからさー、こうでもしないとお前が本気出さないだろってずっと言ってるじゃん。」
「だったら望み通りに..............!」
望み通りに殺してやる.........そう言いかけて、私はハッと思い止まった。
違う。それじゃ一年前やさっきの二の舞になるだけだ。本気で殺しに来る相手と戦いたい、初が言った言葉の意味を、私は確かめに来たんだ。
違う。それじゃ一年前やさっきの二の舞になるだけだ。本気で殺しに来る相手と戦いたい、初が言った言葉の意味を、私は確かめに来たんだ。
「.....何さ、怒らないの?そろそろ本気でキレてくれると思ったんだけど。」
「.........ほんとはそうしたい、けど」
初の胸ぐらから手を離し、全身の力を抜いて深く息を吐く。徐々に怒りは収まっていき、私は平静を取り戻した。
「何なのさ、一体。」
「....聞きたいことがあるんだ、君に。」
「.........?」
「さっき、君は言ってたよね。自分を本気で殺しに来る相手と戦いたい、って。......あれ、どういう意味なの?」
さっきまで笑っていた初の顔が、次第に真顔へと変わっていく。
「色々考えたけど、結局分からなかった。君は単純に強い相手と戦いたいのか、それとも誰かに殺されたがっているのか.....」
「...........................」
「教えて。君が本当に望んでいることを。それと.....どうして、君も私と同じ名前を名乗っているのか、ずっと気になってたんだ。」
不思議だ。心が落ち着いていると、今まで本当に知りたかったことを自然と相手に質問出来る。いつも友達を傷つけられた怒りで自分を見失っていたから、こんな簡単なことにも気がつけなかったんだろう。
「...........流石は私だね......完全に考えを見抜くまではいかなくても、私の言葉をそこまで解釈出来るなんてさ。自分同士だからこそ無駄に察しが良いというか........ま、バレたところで別に問題ないけどね。」
何処か観念したかのように、初は溜め息を吐く。そして、赤い瞳で私を見つめ返して言った。
「良いよ、教えてあげる。私も丁度お前に言いたいことがあったんだ、この話を聞けばお前は私を殺してくれると思って。」
「.........?」
初は私に近づき、ゆっくり手を挙げて私を指差した。
「..........私は、お前の“恐れ”そのものだ。」
「.............!?」
驚く私を見て再びニヤリと笑い、初はパチンと指を鳴らす。すると、私達は一瞬にして何処かの薄暗い路地に移動した。
「此処って.........」
「一年前、お前は此処で人を殺した。《女児符号・言刃-ガールズコード・コトバ-》を使ってね。それ以来、お前はその力が怖くなった。力の暴発を恐れ、特に人間相手に使うことを極力避けるようになった.........」
初がそう言い終わったと同時に、私の頬に何かが飛んできて付着した。拭い取ってみると、それは赤黒く鉄のような匂いがする液体だった。
「......これは」
ふと顔を上げると、壁中が鮮血で染まっているのが目に入った。その血溜まりの中で蹲る一人の女の子は、一年前、此処で黒服を着た謎の集団を殺した私だ。
「..........ッ!」
一気にフラッシュバックする過去の記憶。私の力は暴発したが最後、取り返しのつかない事態を引き起こす.....それを改めて思い知らされた。
「お前の中に生まれた“恐れ”はどんどん大きくなっていった。『言刃』を使うことで、自分がバーサーカーになっていくのをお前は恐れた.......そして、その恐れから生まれたのが私ってわけ。」
「どういうこと.......?」
「私は、お前が恐れた自分自身の姿なんだよ。『言刃』を使って誰かを傷つけることに何の抵抗もない、ただのバーサーカーになったお前の姿が今此処に居る私だ。」
「.............じゃあ、私と君が同じっていうのは、君が“恐れ”としていつも私の中に居るって意味だったの....?」
「そう。お前が本当に恐れていたのは『言刃』じゃない。私.....自分そのものに怯えていたんだ。だから、お前が“恐れ”を克服すれば、私は消える。そしたらお前は完全に『言刃』を使いこなせるようになるんだよ。」
再び初が指を鳴らすと、一瞬にして元の場所に戻ってきた。
「..........私が恐れを克服すれば、君は消える......」
「そう。.....そして」
初は顔を近づけ、静かに囁いた。
「私が消滅した時、今度はお前が私になるんだよ。」
「!?」
私が..........こいつに.............!?
「言ったでしょ、私は恐れを捨てたって。当然だよね、お前が恐れを捨てた姿が私なんだから。」
「じゃあ、私がもし君を倒して恐れを克服したら......!」
「お前が私と同じ姿になって、『言刃』を思うがままに操る真のバーサーカーになるんだよ。」
..........そんな。
私は今まで、自分からもう一人の自分になろうとしていたのか。友達を平気で傷つけるような、最低最悪のバーサーカーに。
私は今まで、自分からもう一人の自分になろうとしていたのか。友達を平気で傷つけるような、最低最悪のバーサーカーに。
「これで分かった?今まで私が言ってた事の意味。」
「........分かった、けど......信じたくない.......私が君になんか、なるはずがない.........!」
「........なるよ、必ず。」
初は尚も囁き続ける。
「あの日、お前はあいつらに何て言った?」
「...................死ね............」
「そうだよね?あの時はまだ自分の力が怖くなかったんでしょ?なら、初心に帰れば良いんだよ。恐れを捨てて、私に一言死ねって言えば、お前はもう自分の力を怖がらなくて済むんだよ。悪い話じゃないでしょ?」
「違う..........私は...................」
「さぁ、私を殺してよ。恐れを、お前が恐れてるものを全部吹っ切れよ!」
「違う!!!!」
私は叫んだ。確かに私は、何度も初を殺したいと思った。だけど、冷静になった今だから分かる。
「そんなの.......私が望む力の使い方じゃない.........!」
「は...........?」
あの日、私は大きな失敗をした。それをまた繰り返したら、私は一つも成長出来ない。
「私は.......もう誰も傷つけたくない........友達も、家族も......自分自身も..........!」
「....ふざけたこと言うなよ......お前が私を殺さなきゃ、お前は一生私に怯えて生きなきゃいけないんだよ!?」
「それは!!.......嫌だけど............でも..........」
「.....................ッ.......」
煮え切らない私に苛立ったのか、初はギリッと奥歯を噛み締める。そして、大きく溜め息を吐いて言った。
「.........こうなったら、意地でもお前の殺意を引き出してやる...........あの時と同じくらい、お前が怒りで自分を見失うまで......お前の友達を傷つけてやる!!」
「っ!!やめて!!」
「うるさい!!お前が臆病だから悪いんだ、結局お前は自分で友達を、そして自分自身を苦しめてるんだよ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
笑い声をあげながら、初は倒れていた玲亜と共に闇の中へと消えていった。私は一人取り残され、途方に暮れてしまう。
「恐れを捨てたら........私はあいつになる...........捨てなかったら、どんどん友達が傷つけられて................でも、恐れを捨てても結果が同じなら........私に残された道は、もう一つしかないじゃん............!」
どっちに転んでも、自分がもう一人の自分になる未来しか見えないこの状況。
嫌だ。
絶対に嫌だ。
どうすれば...............
.................どうすれば.........!
「......ぁあぁあああああああああああ!!!どうすれば良いんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
頭を掻き毟り、地面にのたうち回りながら私は叫んだ。
自分がどうすれば良いか、いよいよ本当に分からなくなってしまった。
誰か、誰か助けて............
誰でも良いから............
誰か..................
..........................................
「.............やれやれ、相変わらず悩んでおるのう人の子よ。」
......その声は............
「久しいの、音羽 初。呼ばれてなくても現れる、通りすがりの化け猫さんじゃ。」
続く