コトノハ 第9話『初の答え』
「久しいの、音羽 初。」
「化け猫さん........!」
黒い猫耳に赤いマフラー、前にも夢で会った化け猫さんが、塀の上に佇んでいた。
「夢じゃ.....なかったんだ........」
「あれはワシが見せた妖術じゃよ、まあただの気紛れじゃ。.....それよりもお主、また何か悩んでおるようじゃな。」
「............うん。実は.......」
私は、今まであったことや直面している問題を全て化け猫さんに話した。その中で、自分の過去についても初めて打ち明けた。
「..........なるほど、確かにお主の話通りなら、如何なる方法で恐れを克服しようとどの道修羅に成りかねんじゃろうな。」
「.................」
化け猫さんは塀の上から飛び降り、私の周りをゆっくりと歩き回りながら質問を投げかけてきた。
「お主は、『克服する』という言葉をどう捉える?」
「えっと.....自分の欠点を潰していく、っていうことかな..........」
「.........なるほど、それも確かに一理ある。じゃが今回、その理論でいくとお主の欠点そのものである奴を倒す以外に道はないな。他には?」
「えぇっ?.....えっと.........」
他に..........何かあるかな。
.......そうだ。
「努力する、とか。もう一人の私を倒して、恐れを捨てたら.....私は、確かにあいつみたいになるかもしれないけど、自分の努力次第では、もしかしたら力を制御出来るかもしれない.....どうかな?」
私の答えに、化け猫さんは少し考え込むように黙っていた。けれど、すぐに首を横に振って「駄目じゃな」と答えた。
「何で.....何でそう言い切れるのさ!」
「人間というものは、強大な力を手に入れればすぐに調子に乗りおる。ワシはこの目で何度も見てきた......勿論、お主とて例外ではない。」
「で、でも!そんなの、やってみなきゃ分からないよ!私は絶対に」
「ならばその根拠は何処にある?」
「っ!」
「口先だけなら誰でもそう言える。だが未来は不確定なものじゃ。そんな不確定なものを、根拠のない自信だけで絶対大丈夫だとお主は言い張れるのか?」
「..................それは............」
改めてそう聞かれると、一気に自信を失っていく。確かに未来は未確定だ。でも、恐れを捨てた私が力に溺れることは確実だって分かりきっている。もう一人の私.....恐れを捨てた音羽 初の存在がその証拠だ。私もきっとああなってしまうのだろう。
「図星じゃな。お主の自信には根拠などない、ただこの状況を脱する為に出任せを言っているだけじゃ。」
「........じゃあ.....じゃあ、どうすれば.......!どうすれば良いって言うのさ!!」
私は余計に答えが分からなくなって、思わず声を荒げてしまう。化け猫さんは小さく溜め息を吐き、じっと此方を見つめながら答えた。
「ワシから言える事は一つだけじゃ。『克服する』、この言葉の意味をもう一度考えるが良い。克服するということは、果たして欠点をなくす事や努力する事だけか?他にも意味はあるじゃろう、克服という言葉には。」
「................っ」
「考えろ、此処から先はお主自身の力だけでな。答えが出るまで、この場を離れてはならぬぞ。」
「.........分かった.................」
私は考えた。今まで生きてきた中で、一番と言っても良いくらい脳の全神経を働かせた。身体中から汗が滲み出て、頭が痛くなるくらい、必死に、何度も、答えを導き出そうとした。
「......................」
何時間経っただろう。やっぱり、そう簡単に答えは出ない。私は考え続ける。
「.............................................」
一瞬だけ、良い答えを思いつくことはあった。だけど、すぐに落とし穴に気付いて、結局一から解き直す羽目になる。それを何十回、何百回も繰り返す。時間だけが、無情にも刻一刻と過ぎ去っていく。
「....................................................................................................」
夜が明け、朝が来て、空は次第に白みがかる。それだけ長い時間私かけて考えても、答えはどうしても見つからない。考えれば考える程、どんどん分からなくなっていく。
そして。
「............かはッ........」
とうとう脳が限界を迎え、思考回路がパンクした私は、その場にばたりと倒れ込んだ。化け猫さんは、そんな私を叩き起こすことも手を差し伸べることもなく、ただ静かに見下ろしているだけだった。
目蓋が重くなる。
意識が遠のいていく。
もう、何も考えられない。
答えが出ないまま、私は此処で終わるのかな。
そう思った時だった。
「初........初ちゃん............」
女の人の声。私は、この声の主を知っている。優しくて、あったかくて........何度も私を助けてくれた人の声だ。
「..........お母さん...............」
....................
..........
「うぇぇん......おかぁさぁん..............」
「あらあら、初ちゃんどうしたの?」
今よりもっと小さい頃の私と、お母さんが話している。これは....いつの記憶だっけ。
「きょうのかけっこ.....ういがびりっこだったの.......そしたら、みんながびり、びりって.....」
ああ、これは多分、幼稚園に通っていた頃の記憶だ。そういえば私、走るの苦手だったっけ。それでよくからかわれたっけな。
「まぁ、そうだったの.......」
「おかあさん....うい、もっとはやくはしれるようになりたいよ.....じゃないと、みんなにだめなこっておもわれちゃう.......」
駄目な子......か。この頃から、私は自分が駄目だって思い込んでたんだな。
「そんなことないわ、初ちゃんはとっても良い子よ。」
お母さんは小さい頃の私を撫でながら、静かな声でそう告げる。
「お母さん、初ちゃんの良いところいっぱい知ってるの。お絵描きが好きで、ひらがなが読めて、そしてとっても優しくて.....どんなにかけっこが苦手でも、初ちゃんには他に良いところがいっぱいある。それを大事に大事にすれば、きっと皆は初ちゃんの良いところに気がついて、困った時に助けてくれるわ。」
「ほんと.....?」
「ええ、本当よ。初ちゃんの良いところも、苦手なことがあるところも、お母さんはぜーんぶ大好きだもの。」
....................!
「わぁ.....!うん!ういも、おこったらこわいけど、いつもやさしくてあったかいおかあさんがだいすきだよ!」
「まぁ、うふふ。ありがとう初ちゃん。....さぁ、もうすぐ夕方だからそろそろ帰ってらっしゃい。美味しい晩ご飯作ってあげるから。」
「うんっ!」
...........そうだ。
思い出した。お母さんに言われたこと。
私には、駄目なところが沢山ある。だけど、皆より得意なことだってある。
あれから、私の駄目なところは、いつだって友達が補ってくれた。そして、友達が困っている時には自分の得意なことで助けてあげた。
欠点のない人間なんて居ないんだ。欠点があるから、人間はお互いを補い合い、助け合うことが出来るんだ。駄目なところがあったって良い。自分が一番得意なこと、自分にしか出来ないこと。それを大切にして、皆の為に役立てれば、駄目なところも受け入れて貰えるんだ。
私の駄目なところは、自分の力を怖がっているところ。私の良いところは、その力で大切な友達を助けることが出来るところ。
この力を使うには、少し臆病なくらいが丁度良いのかもしれない。だけど、怖がってばかりで何もしなかったら、その力の良さすらも活かせない。自分の力を恐れている私だからこそ、私にしか出来ない力の使い方がある。それこそが私の望み、自分が本当にやりたいと思っていたことなんだ。
ようやく分かった。『克服する』って言葉の意味が。
..................
....................................
「...........私.....は.................」
すっかり硬直した身体に鞭打ち、震える足で地面を踏み締め、ゆっくりと立ち上がる。
「............自分の“恐れ”を......受け入れる.........!皆を救うことも、傷つけることも出来るこの力.....凄く怖いけど、私にしか使えないこの力を..........!」
顔を上げ、握り固めた拳を空に向かって突き上げて、私は声を振り絞って叫んだ。
「『言刃』を、使いこなしてみせる!!私の大切な人達を、助ける為に!!!それが........私の答えだ!!!!!!」
その時、突き上げた拳の隙間から白い光が放たれた。ゆっくりと手を開くと、その光は次第に何かを形作っていく。
「これは...........」
やがて光が収まると、私の手には銀色に光り輝くヴィンテージマイクが握られていた。
「見つけたようじゃな、恐れを克服するという言葉の意味.....その答えを。」
ずっと黙っていた化け猫さんが、ようやく口を開く。
「さっきの夢は、もしかして........」
「夢?何の話じゃ、ワシはただお主が答えを出すのを待っておっただけじゃぞ?」
「......じゃあ.........本当に私の力で、答えを導き出せたんだ............」
マイクを再び握りしめ、私は笑みを零す。もう、迷うことは何もない。
「.......行くが良い、人の子よ。今のお主なら出来るはずじゃ、お主が本当に望んでいたことをな。」
「うん。ありがとう、化け猫さん。私行ってくる!」
私は化け猫さんに頭を下げ、青空小学校に向かった。
「........やれやれ、これで本当に一皮向けたようじゃな。後は、彼奴次第じゃ。」
太陽が登り、明るく照らされる通学路。今頃学校は、もう一人の私に襲われている筈だ。
「待ってて.........皆......!今助けるから!」
私は走った。自分が出した答えを忘れないうちに、一秒でも早く皆の居場所に駆けつけたい......その一心で。
..............................
............
「!旭ちゃん、来たよ!!」
「もう一人の初ちゃん.......ううん、違う。あれは初ちゃんじゃない!あたし達の敵だ!!」
「.......遊びは終わりだ.............全員死ね!!!!!!!!!!!!!!」
続く