コトノハ 第11話『おかえり、私』
初が新たな力『言羽』を手に入れた、その一方で。
「!」
逃げた初の後を追っていた金髪の少女は、学校から少し離れた場所でその様子を目撃していた。
「あっちゃ〜〜〜!遅かったっスかぁ!これはお説教コース確定っス........ん?」
ピピッ、という電子音と共に、少女の持っているトランシーバーから声が聞こえてきた。
『聞こえるか、××××。』
「あっ、は、ハイハイハイ!バッチリ聞こえるっスよ!どうしました?」
『音羽 初の加速符号が覚醒したようだな。何故阻止出来なかった?』
「うげっ!じ、実は...........」
少女は震え声になりながら、トランシーバーの向こうに居る人物に事の顛末を伝えた。
『.......なるほど。一応は阻止しようとしたんだな。』
「は、ハイ!自分ではベストを尽くしたつもりっス!でスから、その〜.......」
『................』
暫しの沈黙。少女は向こうの返答を待ちながら、ごくりと唾を飲み込む。
『構わん。撤収しろ。』
「えっ?ほっといて良いんスか?」
『予定が変わった。もう少し泳がせておけ。』
「わ、分かりました..........」
予想外の返答と急な予定変更に困惑しながらも、少女はほっと胸を撫で下ろした。
「良かった〜、お説教コースは免れたみたいっスね〜........」
『それともう一つ。』
「ハイハイ!何でしょ?』
『帰還次第、私の部屋に来い。一時間以内にな。』
「え?えっちょ、待っ」
............通信はそこで途切れた。
「うわあああああ〜〜〜〜!!やっぱりお説教コース確定じゃないっスか〜〜〜!!やだぁ〜〜〜帰りたくないっス〜〜〜〜〜!!」
少女は頭を抱えて掻き毟り、その場でジタバタしながら泣き喚いていた。
............................
.............
光の片翼で空に舞い上がり、私は闇の怪物と化したもう一人の自分と対峙していた。
「あれが........初ちゃんの加速符号!」
「『言羽』.......ハンパねー力を感じるぜ!」
怪物は咆哮をあげながら、私目掛けて迫ってきた。
『ウォオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
前までの私なら、怖くて逃げていたかもしれない。だけど、今は違う。
「........止まれ。」
私がそう言うと、怪物の身体はたちまち金縛りにあったように動かなくなった。
『グゥウウウッ!?』
「..............」
そして、再び対峙する。私はこれ以上、自分から怪物に攻撃の手を下す気はなかった。
『ナゼだ.......ナゼコウゲキしない!?どうしてワタシをコロさないんだ!!?』
怪物は尚も吼え続ける。私は怪物に近づき、静かに語りかけた。
「言ったでしょ、私は君を受け入れるって。」
『!?』
「『言羽』は、誰かを傷つける為の力じゃない。大切な人を救う為の力だ。」
私の言葉に、怪物は怒りで声を荒げながら叫んだ。
『ふざけるな!!!そんなチカラをツカわなくても、ワタシをコロせばおマエはジブンのチカラにオビえなくてスむんだぞ!!!!』
「...........確かに、そうかもね。だけど」
唇を緩ませ、私は怪物に微笑んでみせた。
「私は、このままで良い。自分の力が怖いままで。」
『ナゼだァ!!??!』
「この力を使うには.....少し怖がりなくらいがちょうど良いから。じゃないと、自分に歯止めが効かなくなる.......君みたいにね。」
『それのドコがワルい!!!ワタシはオソれをステた、だからカンペキにこのチカラをツカえるんだ!!おマエはジブンのヨワさを.....ケッテンをナクしたいとオモわないのか!?』
「君の言葉は、確かに正しいかもしれない。恐れを捨てることでこの力を制御出来るなら、私だってとっくにそうしてる。.....でも、君が居るってことはそれが出来ない未来が確定してる、それだけ私が弱いってことだから.........それなら、私は君とは違う未来を選ぶ。自分の弱さを受け入れて、新しい自分に生まれ変わる。」
『.........ワカらない........どうしてジブンのヨワさをそこまでホコれるんだ!?』
「誇ってなんかない。人間ってさ、誰にでも絶対欠点があるんだよ。勉強が苦手だったり、運動が得意じゃなかったり......だけど、それだけじゃない。皆それぞれに良いところがあって、自分が一番輝ける場所が必ずあるんだ。」
『.........ナンのハナシだァアアアアアア!!』
怪物は闇を増幅させて拘束を解き、再び動き出した。私は瞬時に離れ、『隻翼』に向かって叫ぶ。
「皆!力を貸して!!」
すると、旭やみっちゃん、玲亜、丸菜......皆の身体が、眩く光り輝き始めた。
「これは.........!」
「凄い、力が湧いてくる!」
「っしゃあ!皆いこうぜ!!《究極符号・完全武装-アルティメットコード・オールウェポン》!!」
みっちゃんの手に、巨大な剣が現れた。それを軽々と振り上げ、迫りくる怪物の腕目掛けて振り下ろす。
「うりゃああっ!!」
『グゥッ!?』
腕は真っ二つに斬られ、黒い粒子となって消滅した。
「なるほどな、このバケモンはハリボテだ!本体はこいつの中に居る!」
「何で分かるの?」
「初が教えてくれたんだよ!なっ!」
ウインクするみっちゃんに、私は大きく頷く。
『言刃』は、自分が言った言葉の意図を相手に的確に伝えることで発動する。たとえ同じ言葉であっても、自分と相手で言葉の解釈がズレてしまえば、この力は上手く発動せず以前のような想定外の現象を引き起こしてしまう。
でも、『隻翼』を通すことで『言刃』は『言羽』に変換され、私が本当に望むことや考えている事が皆に直接伝わっていく。これなら、皆は私の願い通り、本体であるもう一人の私を傷つけることなく怪物だけを倒すことが出来るというわけだ。
「ったく、この脳筋はいっつも真っ先に飛び出していくんだから......」
「へへっ、良いだろ?初がやれって言ってんだからさ!」
「あのねぇ、こういうのは筋道をちゃんと考えて.......」
玲亜とみっちゃんの掛け合いに何処か懐かしさを感じながらも、私は再び化け物に向き直って叫んだ。
「私は君を倒せない、でも君の抱えてる闇を消し払うことは出来る。一人じゃ無理でも、私には友達が......仲間が居る!」
『ナカマ.....だと.......!?』
「欠点があるなら、皆で助け合えば良い!お互いの悪いところを知って、受け入れて、それぞれの良いところで補い合う......私達人間は、そうやって生きていくんだ!!」
『ふざけるなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!おマエらみたいなちっぽけなヤツらに、なにがデキるってイうんだよォオオオオオ!!!』
怪物がそう叫ぶと、今度は旭が言い返した。
「だったら、見せてあげるよ!あたし達......“女児小学生ズ”の力をね!いこう、皆!あの怪物をやっつけて、もう一人の初ちゃんを助けるんだ!!」
「おーっ!!」
旭の掛け声を合図に、皆は次々と符号を発動させ始めた。
「《加速符号・儚き一時の白昼夢-アクセルコード・フォーサイト•デイ•ドリーマー》!!」
「《女児符号・純真の創造-ガールズコード・イノセントクリエイター》!!」
「《女児符号・気象展開-ガールズコード・ルフト-》!!」
有葉、丸菜、エフィが放つ攻撃系の符号で、怪物の身体はどんどん削られ消滅していく。
『グォオォオオオオッ!?クソがッ.....ゼンインケしトべぇええええええええッッッ!!』
暴走する怪物の口から、極太のレーザー光線が発射された。それを遮るように、今度は月那が立ちはだかる。
「この前はよくも私を操ってくれたね。お返しだ、《女児符号・鏡光打撃》!!」
「行け、ザ・ワン!怪物を押さえつけろ!!」
R子が操るスーパーロボット、ザ・ワンが背後から怪物を押さえつける。動けなくなった怪物は、月那が展開したバリアに跳ね返された光線を自分で食らってしまった。
『ガアァアァアアアッ!!』
「ちょっと落ち着きなよ。《女児符号・慈愛空間-ガールズコード・Affection Space》!!」
玲亜が創り上げたドームに覆われた怪物は、徐々に力を失っていく。
『ウゥ.....オォオオオ.......!!』
「最後はあたしが決める!《加速符号・暁天•創造-アクセルコード・ライジング•クリエイション-》!!」
旭が放つエネルギーが、怪物の何十倍もある巨大な斧を形成した。
「これで.......決まっちゃえーーーーーーーーっ!!!!!」
振り下ろされた斧は、怪物の身体を真っ二つに斬り裂いた。本体である初だけを残して。
『グアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!』
最後に残った闇も全て粒子化し、闇の怪物は完全に消滅した。それと同時に、力を失った初が地面に向かって落下していく。
「初!」
私は初の元へ飛んでいき、落ちていく身体をしっかりと抱き留めた。
「......初、大丈夫?」
私が呼びかけると、初は薄らと目を開けて言った。
「......離せ..........」
「離さないよ。」
「私を......受け入れるだって......?バカなこと言うなよ.......お前は本当に、今のままで良いのかよ.........ッ!」
初の言葉に、私は静かに頷く。すると、初の真っ赤な瞳から大粒の涙が溢れ始めた。
「殺せぇッ!!!私を殺せよ!!!!殺してよォオッ!!!!ほんとは怖いんだよ.......こんな姿になった私自身が......!!」
「.........そうだろうね。君はいつもあんなに強がってたけど.......本当は心の何処かで、ずっと助けを求めていた.........友達を傷つけて、暴走していく自分を止めてくれって..............」
「..........!いつから......気付いてたんだよ...........」
「さぁ、いつだったかな。もしかしたら、最初から気付いてたのかもしれない.....私と君は、同じだから。」
「........何だよ、今更ッ..............」
「ほんとに今更だよね。でも、私は『言羽』を手に入れて、改めて気付けたんだ。君が、自分を殺してほしいって言い続けてた理由に。」
ゆっくりと地面に降り立ち、私は初をぎゅっと抱きしめた。
「君は、望まない姿になった自分を消そうとしてたんだね。だから友達を傷つけて、わざと私を怒らせて殺して貰おうとした.....ほんとの気持ちを素直に言い出せなくて、ずっと一人で抱え込みながら、殺してほしいって私に縋り続けてたんだ......」
初の瞳から溢れる涙を優しく拭い、抱きしめる力を強めていく。私の瞳からも、一筋の涙が零れ落ちた。
「...........ごめんね...........気付いてあげられなくて...........自分のことすら、私は見えてなかった................」
「...........私こそ........ごめん.............酷いこと言って、友達を傷つけて...........」
初の身体が、涙が、光の粒子になって消えていく。ずっと消えたがっていた初の願いを叶えたい、初を苦しみから解き放ちたい.....私の想いが、自分の力に.....『言羽』に、通じたのかもしれない。
「もう大丈夫だよ.......私が君を受け入れるから...........良いところも、悪いところも全部..................だから..................」
『隻翼』に囁きかけるように、私は『言羽』を唱えた。
「もう、帰っておいで。」
ふわり.....と光の粒子が舞い、初は.......もう一人の私は消滅した。いや、私と一つになったと言った方が正しいかもしれない。私は受け入れた。彼女を.........自分の“恐れ”を。そして、これから先もずっと、私は彼女と共に生きていくのだろう。
「 ありがとう 」
「 ただいま、私 」
.............................うん。
おかえり、私。
..................................................
............................
...............
「.....................」
「おーい!」
一人グラウンドに佇んでいると、背後から声がした。
「初ちゃん!」
「初!」
一つ、また一つと重なり合う声。振り向くと、皆が私の方に駆け寄ってくるのが見えた。
「皆................」
「あいつは?どうなった?」
「.........ちゃんと居るよ、此処に。」
胸元に手を当てて、目を閉じる。あの子の温もりが、私の中で生きている証が、自分の手を通じてしっかりと伝わってくる。
「.......終わったんだよね、これで。」
旭の問いに、私は頷く。
「終わったよ。だけど、またすぐに始まるんだ。」
晴れ渡る青い空、鳴り響く学校のチャイム。此処は青空小学校、私はそこに通う小学五年生、音羽 初だ。
「ここから、やっと始まる。私の.........新しい小学校生活が。」
続く