雨空の昴星 第3話『父の記憶』
カレンとの戦いから一夜明けて、私はいつも通り学校に向かっていた。朝早い時間帯でも日差しは少し暑く、衣替えしてきて正解だと思った。
「ふあぁ.........」
欠伸が止まらない。結局、昨日は『PleiaDeath』のことやクラスメイトを狙うカレンのことが気がかりで眠れなかった。
「まぁ、でも.....昨日あれだけ吹っ飛ばしたし、これに懲りてしばらくは大人しくなってくれるはず......」
「と思いまシたか?」
「!?」
突然耳元で響く不気味な声。慌ててその場から離れると、いつの間にかカレンが立っていた。
「おはようございまっス♪」
首を傾げ、屈託のない笑顔で挨拶するカレン。私はその仕草にまた嫌な寒気を覚える。
「........おはよう」
「何スかその顔はー!まるで幽霊でも見たかのような顔してまスよ?」
「....いや、だって.......何で此処に居るの?昨日吹っ飛ばした筈じゃ.........」
「やー、確かにあれはキツかったっスねぇ。此処から六つ程離れた街まで吹っ飛ばされまシたから。だーけーどー、特別な方法を使って戻ってきちゃいまシた!」
得意げになって話すカレンに、私は怒る気にもなれず小さく肩を落とした。まさかこんなに早く戻ってくるなんて。
「ささ、学校行かないと遅刻しちゃいまスよ!一緒に行きまシょ!おてて繋いで!」
「良いよ手なんか繋がなくて!」
「えー、冷たいっスなぁ〜..........」
私は少しでもカレンから離れようと、スタスタと早歩きで学校に向かう。すると、カレンも私に合わせるように同じスピードで隣を歩き始めた。
「..........何なのさ、君」
「何がっスか?」
「昨日、ずっと考えてたんだ。『PleiaDeath』って何なのか.....君はその組織の何なのかを......」
「ん〜〜〜、そうっスねぇ......」
カレンはしばらく考え込み、少しして再び口を開いた。
「ワタシも詳しくは知らないんスけど、簡単に言っちゃえば人体実験を主に取り扱う科学者達の集まりっスかね。」
「人体実験.....!?」
あの黒服の男達が言っていた、計画の為の礎.....確かあいつらは、女児符号を覚醒させた子どもだけを選んでいた。まさか、私みたいな小学生の女の子達が人体実験の材料にされているっていうのか?
「まー、どういう人体実験してるかはワタシも知らないんスけどねぇ。ワタシはただ、計画の為に青空小学校の生徒七名を選定しろと言われているだけなので。」
「じゃあ、その選ばれた七人は人体実験の被験者にされるってこと!?ふざけないで!!」
「いやいやいや!まだそうと決まったわけじゃないっスよ!あーいや、ワタシもその先どうなるかまでは知らないって言った方が正しいっスかね?」
「どっちでも良い......やっぱり、皆に手出しさせるわけにはいかない!」
私は『隻翼』を構え、カレンと対峙した。
「ちょちょちょちょ!物騒なもの出さないで下サいよー!」
「うるさい!!皆をそんな目に遭わせてたまるか.......私が此処で君を倒す!!」
「そうはさせないぞ、音羽 初。」
「!!」
カレンとは違う、低い男の声。振り向くと、黒いスーツに眼鏡を掛けた高身長の男性が立っていた。
「.........え」
私はその顔を見て、思わず絶句する。
「あっ、主様〜!助けに来てくれたんスね!」
「カレン、お前はお前の責務を果たせ。」
「了解っス〜!」
カレンは敬礼し、学校に向かって走っていった。
「待て!!ぐっ.....!?」
慌てて追いかけようとするが、すぐに男が腕を伸ばし私の胸ぐらを掴み上げる。
「お前の相手は私だ。」
機械のように無機質な声。蔑むような冷たい視線。だけど、私はその男の顔に確かに見覚えがあった。
「何で.........何で..................」
「何で、お父さんが............!?」
...........................
............
私には、お父さんが居ない。
私が小学二年生の頃、お父さんは亡くなった。
私が小学二年生の頃、お父さんは亡くなった。
お父さんは優秀な科学者だった。これまで類を見ないような新しい発明をしては人々を驚かせ、そして笑顔にしていた。
「科学は人類の為だけではなく、この星に生きるもの全ての笑顔を守る為にある。私は、自分の発明で世界中の皆を笑顔にしたいんです。」
いつも口癖のように語っていた、お父さんの夢。お父さんは、自分が考案した発明や実験を披露しては、見に来てくれた人々を笑顔にしていた。そして、お父さんその笑顔が何よりも好きだった。
「ほら、初!新しいおもちゃを作ってあげたぞ!」
「わぁー!お父さんありがとう!」
金色の髪に青い目をした、ロボットの女の子。お父さんが発明してくれたおもちゃの中で、私が一番お気に入りだったものだ。お父さんは、私の為にいつもおもちゃを作ってくれた。おもちゃ屋には売っていない、世界にたった一つだけの宝物だ。
「初ね、おっきくなったらお父さんみたいに人を笑顔にできるお仕事がしたい!」
「そうか、初ならきっと皆を笑顔に出来るよ。お父さんが言うんだから間違いないさ。」
「うんっ!」
自分の夢も、人の笑顔も、そして私のことも大切にしてくれるお父さんが、私は大好きだった。
だけど。
「.......えっ!?はい......はい.............分かりました.............」
ある夜のこと。電話越しに話すお母さんの声で、私は目が覚めた。
「お母さん、どうしたの.......?」
私が眠い目を擦りながらそう聞いた時、お母さんがポロポロと涙を零しながら私を強く抱きしめたのを今でも覚えている。
「......初........お父さんがね............」
お父さんの研究所が、何者かによって爆破させられた。他の研究員達を避難させることに徹していたお父さんは、その途中で再び爆発が起きそれに巻き込まれた。他の研究員は全員助かったけど、火が消し止められた後もお父さんだけは見つからなかった。
お母さんの話を要約すると、そういった事件があったとのことだった。お父さんは最期まで人の助けになろうとして、その命を賭けた.....助けられた人達は、皆お父さんのことをヒーローだと言っていた。
私は納得がいかなかった。たとえ皆が助かっても、お父さんが死んで良いわけがない。きっと何処かで生きていて、すぐ戻ってくるに違いない。
だけど、花だけが供えられ、お父さんが居ない棺を見た時、私は涙が止まらなかった。一晩中泣いて、泣いて、泣き疲れて........
再び目が覚めた時、私は初めて受け入れた。
お父さんが、もうこの世の何処にも居ないという現実を。
お父さんが、もうこの世の何処にも居ないという現実を。
...............
..............................
「.......何で........お父さんが.........!?」
死んだ筈のお父さんが、目の前に居る。それだけでも信じられないのに、そのお父さんが私に敵意を向けていることがもっと信じられなかった。
「........音羽 初。私と共に来て貰うぞ、我ら『PleiaDeath』の計画の為に。」
「.........!?」
お父さんが......『PleiaDeath』の一員......!?
「っ、離して!!」
私は、咄嗟に《言羽》を使う。お父さんの手の力が自然と緩み、その隙をついて私は脱出した。
「どういうこと.....何で死んだ筈のお父さんが生きてて、『PleiaDeath』に協力してるのさ!?」
お父さんは目を閉じ、右腕をゆっくりと横に伸ばす。すると、スーツの袖が破けて腕が槍のような形状に変形した。
「.....私は、再び生を受けた。Dr.アトラの手によって......新たに授かったこの命は、『PleiaDeath』の偉大なる計画の為に使う。それが私の使命だ。」
「Dr.........アトラ......?分かんない......お父さんが言ってること、全然意味分かんないよ!!」
私の叫びに耳を貸すことなく、お父さんは右腕の槍を私に突き立てようと向かってきた。
「っ.......!!」
間一髪でそれを躱し、私は『隻翼』を構え直す。でも、その手は震えていて、《言羽》を使おうとしても声が出ない。
「........どうした。反撃しないのなら大人しく私と来い。」
「..............嫌だ..........」
震える声で、たった一言そう絞り出す。『隻翼』をポケットに仕舞い、私は息が詰まりそうな喉奥を無理矢理こじ開けるように叫んだ。
「嫌だよ.......お父さんと戦うなんて.........!」
「..............」
「......私だよ....お父さん.......初だよ......?覚えてるでしょ........?いつも私に、おもちゃとかいっぱい作ってくれたよね.......?」
「.............................」
「お父さんは、いつも.......誰かの笑顔を守る為に、発明に取り組んでたんでしょ.....?思い出してよ.......前みたいな優しいお父さんに戻ってよ.........!!」
「.......................................................」
私の叫びは、
「やむを得ん、強行手段を遂行する。」
お父さんに届くことはなかった。
「......っ!!」
再びお父さんの腕が変形し、今度は無数のコードとなって私の身体中に突き刺さった。
「がぁあああぁああぁあぁあああぁあああああぁあああぁああぁああああああ!!!!!」
コードが刺さった瞬間、たちまち全身に激痛が走り、同時に意識が遠のいていく。
「約束の数........まずは一人。」
「......ァ.....アア..........!!!オ......ドウ..........ザ.............!!!」
視界がぼやける。意識が遠のくせいか、それとも涙のせいか。そんなことを考える余裕もなくなり、全身が痙攣する度に力が抜けていく。
「....................悪く思うな。」
そして、脳内に響いたその言葉を最後に、私は完全に意識を失った。
..................................
...............
「........ほう。」
P.D.ラボの研究室。Dr.アトラはタブレットに映る映像に目を見開いた。そこには、気絶した初を連れ去ろうとする悠弦の姿が映っている。
「流石はユヅルだ.........自分の娘が相手だろうと、ワシの計画に反せず任務を遂行するとは...........」
Dr.がそう言いながらタブレットを叩くと巨大なモニターが映し出され、七つの枠が表示された。その中の一つに「Ui Otowa」という名前を打ち込み、Dr.はニヤリと唇を歪ませる。
「ようやく一人......それも、一番の大物を最初に釣り上げたか.......ククク、順調だ......これで計画が大きく動く........!クハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
半分機械と化した身体をガタガタと震わせ、けたたましい笑い声をあげるDr.。その様子を、一人の少女が影から見ていた。
「.......報告。Dr.アトラが音羽 初の身柄を確保。例の計画が本格的に動き始めました。」
『分かった。此方からも通達だ、荊姫 カレンが青空小学校に潜入している。お前も直ちに其処へ向かい、生徒達を保護せよ。』
「了解。鬼桜 杏、任務を遂行します。」
続く