女児ズ小説
Moonlit Night Dream
(作者:勇輝)
月明かりが差し込む広い部屋、人一人が寝るには大きすぎるベッド。私はその上に横たわりながら、ドアの向こうで話しているお医者様と両親の会話を聞いていた。
「........非常に残念ですが、これ以上は治療の施しようがありません。月音さんの命は、保ってあと半年でしょう。」
ドア越しに聞こえたお医者様の声は、とても重苦しくて辛そうだった。
「そんな......!月音......うぅ、月音.........!」
「落ち着け、これもきっと運命だったんだよ.....残り少ないあの子の人生を、充実させてあげるのが私達親の務めだ。」
泣き崩れるお母様と、それを励ますお父様の声。当の私はというと、何故かひどく落ち着いていた。今思い返せば、自分でも何となく残された時間を把握していたからかもしれない。
「...........そっか.......私、もうすぐ死んじゃうんだ......」
不思議と、恐怖や不安は感じなかった。死ぬ、ということがどういうことか、幼かった私にはまだ理解出来ていなかった部分もある。だけど、それ以上に、私の不安を和らげてくれたあるものの存在が大きかったと思う。
少しだけ身体を起こし、窓の向こうに広がる夜空を見つめる。そして、小さな声でそっと呼びかけた。
「.......お月様。」
夜空の遥か彼方、金色に輝く月が、私をいつも見守ってくれていた。時々見えない日もあったけれど、今日ははっきりと見える。その日の月は、綺麗な三日月だった。
「あのね、お月様。私、もうすぐ死んじゃうんだって。」
病気で友達が居なかった私にとって、たった一人の話し相手.....それがお月様だった。ほぼ毎晩会えるし、私の話をいつでも静かに聞いてくれる。お月様とお喋りすることは、あの時の私にとって唯一の楽しみだった。
「お月様、死ぬってどういうことなのかな?死んだ人は天国に行くって、お母様は言ってたけど......天国ってどこにあるの?お空の上?お月様は、天国の近くにいるの.....?」
当然、お月様は何も答えてはくれない。それでも、私は話し続けた。時々息が苦しくなるけど、それでも話したいことが沢山あったから。
「もし、私が死んだら......お月様ともっと近くで会える?そうだったら、嬉しいなぁ。私、お月様が大好き。だから、もっと近くでお月様とお話したい.......」
私はそう言いながら、お月様に向かって手を伸ばす。この手が届く距離に行けるのなら、私は死なんて怖くない。お母様達は悲しむかもしれないけど、お月様の傍に居れば空から見守ってあげられる。そう思うと、少しだけ安心することが出来た。
「.....ふあぁ.......眠くなってきちゃった.........ごめんね、お月様。私そろそろ寝なくちゃ。明日の夜も、またお話しようね。」
カーテンを少しだけ閉じ、私は再びベッドに入る。いつも傍に置いてあるお気に入りのうさぎのぬいぐるみを抱きしめ、ゆっくりと目を閉じていく.......
「おやすみなさい.........お月様................」
.........................................
...................
「.........?」
気がつくと、私は知らない場所に立っていた。地面は砂だらけで、所々に穴が空いている。
「ここは......?」
「此処は月よ、可愛いお嬢さん。」
「えっ?」
後ろから声がして、振り向くと二人の女の人が立っていた。一人は金色の髪と瞳、もう一人は紫だった。
「誰.........?」
「私達は、月の女神......彼女が月の光を司る者、そして私が、影を司る者です。」
紫髪の女神様が、微笑みを浮かべながらそう答えた。金髪の女神様も、小さく頷いている。
「女神....様.........?ここは、お月様の上?私.....死んじゃった、の......?」
「いいえ、貴女は此処に来るには早すぎるわ。私達が生きてきた時間の半分も生きていないというのに。」
「ですが、貴女は重い病を抱えている....いずれにせよ、近いうちに此処に来ることになるでしょう。」
「で、でも、私はお月様と一緒にいられるのなら..........」
「駄目よ、お嬢さん。たった一つしかない命、そんなに簡単に諦めては駄目。貴女にはまだ、やりたいこと...やるべきことが残っているのではなくて?」
「それは................」
女神様に言われ、私は考えた。
私がやりたいこと.........
もしも、病気が治って元気になれたなら.......
私は、学校に行きたい。お月様以外のお友達を沢山つくりたい。それから、お父様やお母様と旅行に行きたい。美味しいものを沢山食べたい、楽しい遊びもいっぱいしたい、お勉強して、知らないことをもっと知りたい............
「..........私...........................」
ああ、そうか。
私、本当は........................
「.......生きたい.........もっと、もっと生きたいよ........................!」
病気だから、運命だから。
そう言って今まで、知らず知らずのうちに諦めてきたけれど。
「私にはまだ.....やりたいことがいっぱいあった.....!だから......だから..........っ!」
本当は、生きたかったんだ。もっと皆と、遊びたかったんだ...................
「う.....ぅ...っ......うえぇぇん........」
「あらあら、泣かないでお嬢さん。貴女の本当の気持ち、私達はちゃんと知っていたわ。」
「大丈夫、私達が貴女の為に贈り物を用意しました。さぁ、これを受け取って下さい。」
女神様は、私の手に小瓶を握らせてくれた。コルク栓で蓋をされた小瓶の中には、金と紫の何かが入り混じったような液体が入っている。
「これは.....?」
「再び目が覚めるまで、それを大切に持っていて下さい。きっと貴女の役に立つでしょう。」
だんだん視界がぼやけていく。女神様達の姿や声も、遠くなっていく。
「ま、待って!女神様.....!」
「貴女に、月の加護を...........幸ある未来を、祈っているわ.............」
...........................................
...................
「.............ね.............月音.......!」
「....ん.......?」
お母様に揺り起こされ、私は目が覚めた。いつものお部屋、ベッドの上。何だか不思議な夢を見ていた気がするけど、はっきりとは思い出せない。
「ああ....良かった.......なかなか起きないから心配したのよ?.......それは?」
「え?」
そう言われて、私はふと自分の手に何かが握られていることに気がついた。見てみると、それは金と紫の液体が入った小瓶だった。
「これ........そうだ、私........!」
それを見た瞬間、私は思い出した。私はお月様に行って、月の女神様に出会って.......そして、これを渡されたんだ。
「.........夢じゃ......なかったんだ...........」
私は小瓶の栓を開け、中に入っている液体を一気に飲み干した。砂糖のように甘くて、ほんの少しほろ苦い後味。これはきっと、女神様達が私にくれたお薬なんだろう。
「.....何だか、身体が軽くなった気がする......苦しくない、どこも痛くない..........」
あの薬を飲んでから、私の病状は一気に回復の一途を辿った。お医者様は「奇跡としか言いようがない」と驚いていた。お母様もお父様も凄く喜んでくれて、私は次の年の春から小学校に通えることになった。学校に通ってからは、たちまち友達が増えて、毎日くたびれるまで遊びまわっていた。勉強も沢山したし、色んな場所に行くことも出来た。病気が治った私を待っていたのは、今まで想像したこともなかった楽しい世界だった。
「女神様が言った通りだった.......私、命を諦めなくて.......本当に良かった.............」
.................あれから、五年。
青空小の五年生になった私は、生徒会長に就任した。
「おはよう、月音さん。」
「おはようございます、音羽さん。」
「今日もお勤めご苦労様。月音さんが生徒会長になってから、何だか学校の雰囲気がより良くなった気がするよ。何ていうか....綺麗になった感じ。」
「先週実施した校内美化週間が実を結んだのでしょう。風紀の乱れは環境から来ますからね。」
「なるほど、確かにこれだけ綺麗だと汚すのが忍びなくなるもんね。」
「おっはよー!あ、会長さんだー!」
「おはようございます、暁星さん。今日も太陽みたいに元気いっぱいですね。」
「えっへへー!青空小の太陽といえば、このあたしだもん!そういう会長さんは、優しくて綺麗でお月さまみたい♪」
「お月様.....ふふ、私はまだまだお月様には程遠いですよ。でも、いつか..........」
「......?どうしたの?」
「いえ、何でもありません。さぁ、早く教室に行かないと遅刻してしまいますよ。」
「そうだった、行こう旭。」
「うん!じゃあ会長さん、またねー!」
.....今はまだ、その時ではないけれど。
いつかきっと、胸を張って......幸せな人生を歩ませてくれてありがとうって、お月様に伝えるんだ。
その為にも、私は自分のやるべきことをやり遂げる。
青空小生徒会長、嫦娥崎 月音として、この学校でやるべきことを。
FIN.