5日目『君がどんな姿でも』
「ただいまー。」
「初ちゃん、お帰りなさい。」
学校から帰ってくると、お母さんが出迎えてくれた。私のお母さんは、平日は基本的に仕事に行っていて、帰っても家に居ないことが多い。だから、たまにこうして出迎えて貰えると少し嬉しくなる。
「ただいま、お母さん。」
「ひと段落ついたら見せたいものがあるの、おいで。」
「え、何だろう?」
荷物を部屋に置き、手を洗ってから、私はお母さんの部屋に向かった。
「これ、ちゃばちゃんが生まれたばかりの時の写真。昨日同僚さんがくれたの。」
「どれどれ.....わぁ!可愛い......!」
お母さんが見せてくれた写真には、両手に収まる程の小さな子猫が写っていた。私の家に里子として来る前の、今よりもっと子猫だった時のちゃばだ。
「生まれて一週間くらいの時の写真なんですって。うちに来たのが生後三週間くらいの時だったから、ほんとに赤ちゃんだった頃のちゃばちゃんね。」
「そうなんだ....赤ちゃんの時から可愛いなぁ、ふふっ......♪」
あまりの可愛さに、思わず笑みが溢れる。この頃のちゃばにも会ってみたかった。
「にゃぅ....」
「あら、ちゃばちゃん。お昼寝から起きたのね。」
「みゃ.....?」
「あらあら、やっぱり覚えてないのかしら。」
「自分が赤ちゃんの時の写真なんて、見てもあんまりピンとこないもんね。」
「そうねぇ....あ、赤ちゃんで思い出したけど...ふふっ、初ちゃんが赤ちゃんだった時の写真といえば......」
「ちょっ、こんな所で思い出さないで!覚えてなくてもあれは恥ずかしいから.....!」
慌ててお母さんの話を遮りつつ、私はおもちゃで遊ぶちゃばを見ていた。
「みゃっ、んにゃっ」
「......ねえ、ちゃば。」
私はちゃばに近づき、そっと問いかけてみた。
「人間になって、良かったと思う?それとも、子猫に戻りたい......?」
「みゃぅ.....?」
自分でも、どうしてこんなことを聞いたのか分からない。ただ、何となくふと思ったことがそのまま口に出てしまった。
「....ごめん、こんなこと聞いても分かんないよね。気にしないで。」
「........」
ちゃばは不意におもちゃで遊ぶ手を止め、じっと此方を見つめてきた。
「ん?どうしたの?」
「.....ぅ、い」
「!」
ちゃばが、私の名前を呼んだ。今まで何個か簡単な言葉を覚えてその場で言ったり、私の友達の名前を呼んだりはしていた。だけど、私の名前を呼んでくれたのはこれが初めてだった。
「ちゃば.......?」
「う、....い......うい」
気のせいじゃない。はっきりと「うい」って言っている。ちゃばはおもむろに立ち上がると、ちょこちょこと此方に近づいてきた。そして、むぎゅりと私に抱きついてきた。
「わ.....ちゃば......」
「うい、....す、き」
「.......!」
初めて出会った時から甘えん坊で、うちに来てからも私の後をずっとついて来て、家に帰ると出迎えてくれて、いつでも私の隣に居てくれて......そんな私の心に寄り添ってくれる大切な存在が、猫の姿から人の姿になっただけの話だ。本当に大切なものは、ちゃばが私を好きでいてくれるその気持ちだった。そしてそれは、私も同じだ。どんな姿でも、ちゃばはちゃば、私の大切な家族なんだ。
「ちゃば........!」
私はちゃばを抱き寄せて、優しく頭を撫でてあげた。
「私も大好きだよ、ちゃば.......猫でも、人でも関係ない.......私を好きでいてくれる君が大好きなんだよ...........」
「みゃ.....みゃぅ、みゃぅ.......♪」
ちゃばは嬉しそうに喉を鳴らし、私の胸元にすりすりと甘えてきた。その姿は本当に愛おしくて、見ているだけで心が幸福で満ちていくのを感じた。
「ずっと一緒だよ......これからもずっと.......」
「いっ、しょ.....ういと、いっしょ.......♪」
「うん........っ♪」
君が人間のままでも、猫の姿に戻ったとしても、必ず君を守り続ける。私はそう心に固く誓い、ちゃばの小さな手の甲にそっと唇を押し当てた。
「あらあら...初ちゃんったら、大胆なことするようになったのね....♪」
「へっ!?あ、ち、ちがっ、これはその.....何ていうか.......!」
「みー.....?」