女児ズ短編小説・月音編
『憧れの存在』
先週行われた、青空小生徒会選挙。投票の結果、新しい生徒会長に選ばれたのは、私の同級生で隣のクラスに所属している嫦娥崎 月音さんだった。
「皆さん、この度は私を生徒会長に選んで下さり、本当にありがとうございます。この学校に通う生徒一人ひとりの思いに答えられるよう、全力で努めて参りますので....どうぞ、よろしくお願い致します。」
月音さんは、意見箱を設置して生徒達の意見や悩みを聞いたり、校内美化週間を設けて綺麗な学校を維持しようとしたりと、早速生徒会長として活躍していた。
「嫦娥崎さんが生徒会長になってから、前よりも過ごしやすい学校になりました。」
「嫦娥崎さんに相談したら、悩み事が解決しました!ありがとうございます!」
生徒達からの支持も厚く、月音さんはたちまち学校中で慕われる存在となった。
「凄いなぁ、月音さん。生徒会長に選ばれたのも納得出来るよ。」
「さすがのあたしも、一クラスをまとめるだけで精一杯だもんなぁ。学校全部をまとめられる会長さんってほんとにすごいんだね!」
違うクラスだから直接話す機会はあまりないけど、月音さんの評判は私や旭の耳にも届いていた。困っている誰かの助けになりたいと思っている私にとっても、月音さんは憧れの存在だった。
そんなある日のこと。
放課後、いつものように図書室で宿題を終わらせて、帰る準備をしていた時のことだった。
「えっ、嘘......」
ふと窓の外を見ると、雨が降っていた。走って帰ればどうにかなる....とは、とても言えないくらいには大降りの雨だ。朝はあんなに良い天気だったし、天気予報でも雨が降るなんて言ってなかったのに。
「参ったな.....傘もないのにどうやって帰ろう......」
少し面倒だけど、職員室で借りるしかない。私は図書室を出て、職員室に向かうことにした。
「......あっ」
職員室に着くと、月音さんが先生と何か話していた。
「あら、音羽さん。どうしました?」
「月音さん。雨が降ってきたから、傘を借りようと思って....」
「でしたら、もうすぐ私を迎えに車が来ますので、お家までお送りします。」
「い、良いの?ありがとう...助かるよ。」
「いえいえ、困っている生徒を助けるのは生徒会長として当然ですから。」
月音さんは優しく微笑み、自分の用事を終わらせてから迎えの人に電話してくれた。
車が迎えに来るまでの間、私は月音さんと玄関の前で待つことにした。
「月音さんは、いつもこれくらいの時間に帰ってるの?」
「ええ、生徒会の仕事があるので。これでも、今日はまだ早い方です。」
「そうなんだ、偉いな.....」
「音羽さんは何を...?」
「私は図書室で勉強してたんだ。家だと集中出来なくてさ。」
「なるほど、確かに気持ちは分かります....私も時々、ぬいぐ....いえ、誘惑に負けそうになるので.....」
「そうなの?意外だな、月音さんは集中力ありそうなのに。」
「ふふ、そうでもありませんよ。やはり学校の方が何かと身が入ります。」
少しはにかむように微笑みながら、月音さんはそう言った。皆の憧れの生徒会長も、家に居る時くらいはのんびりしたいのかもしれない。
「....そう言えば、こうしてちゃんと音羽さんとお話するのは初めてでしょうか?」
「確かにそうかも。同級生とはいえクラスは違うし、放課後もお互い別の用事で会う機会が無いしね。」
「そう思うと、今日の雨には感謝しなければいけませんね。雨が降らなければ、今こうしてお話することもなかったでしょうし。」
月音さんはそう言いながら、私の目の前に移動してきた。
「私、ずっと音羽さんとお話してみたかったんです。お噂はかねがね伺っておりましたので。」
「えっ、そうだったの?」
「はい、何でも学校の危機を救ったとか.....凄い転校生が現れたって、学校中で話題でしたよ♪」
「そ、そんな話初めて聞いたよ.....っていうか凄い転校生って、何か余計な尾ヒレがついたような.......」
「ふふっ、そんなに謙遜なさらなくても。音羽さんのお陰でこの学校は守られたんですから、もっと誇って良いと思いますよ?」
「そう...かなぁ......」
「それに、私が生徒会長に立候補しようと思ったのも、音羽さんのお話を聞いてからなんです。」
「えっ?」
「お友達の為に頑張る音羽さんの活躍を聞いて、凄く立派だと思って.....私にも、何か生徒の皆さんに役立つことが出来ないかと色々考えたんです。」
「....それで出た答えが、生徒会長?」
「はい♪」
「随分振り切ったね....」
「正直、初めは不安でした。生半可な覚悟では務まらない大切な仕事を、私にこなせるのかと....ですが、選挙活動を通じて皆さんから応援の声を戴いて、自信を持つことが出来たんです。」
皆の応援.......か。そう言えば、私も転校してきたばかりで不安だった頃、クラスの皆がいつでも助けてくれた。だからすぐに馴染むことが出来たし、強大な敵にも勝つことが出来た。完全に失っていた自信も、取り戻すことが出来たんだ。
「人間は一人では生きていけません。私も、自分一人では生徒会長なんて務まらなかったと思います。皆さんからの応援があるから、私は生徒会長を続けられる.....任期満了まで、私はそんな皆さんを導いていく存在でありたいです。」
「......そっか。それなら、私も月音さんを支えていくよ。私も皆の手助けがしたい、それは生徒会長が相手でも同じことだから。困ったことがあったら、遠慮なく相談してね。」
「音羽さん....ふふ、ありがとうございます.....♪心強いです♪」
嬉しそうに笑う月音さんに、私も自然と笑みが溢れた。雨の日はそんなに好きじゃないけど、今日に関してはありがたかった。こうして月音さんと、仲を深めることが出来たから。
その直後、月音さんを迎えに来た車が学校に到着した。
「月音様、お待たせ致しました。音羽様もどうぞお乗り下さい。」
「ありがとうございます、助かります。」
「こういう下校も、たまには悪くないでしょう?」
「あはは、そうだね。たまには良いかも。」
降りしきる雨の中、私は月音さんが手配してくれた車で濡れずに家まで帰ることが出来た。次の日、旭に昨日どう帰ったのかと聞かれた時にそのことを話して羨ましがられたのは、また別のお話。
FIN.