6日目『世界で一番優しい猫』
雨上がりの日曜日。涼しい風が吹き、何となく穏やかな気分になる午後。
「......久しぶりだな、此処に来るのも。」
今日は父の日。私は、ちゃばと一緒にお父さんのお墓がある霊園にやってきた。
「みゃぁぅ....?」
「此処はお墓だよ。亡くなった人達が眠る場所。」
とは言っても、お父さんはある事情のせいで此処には居ない。けど、せめて形だけでもと思い墓石は作って貰ったとお母さんは言っていた。
「.....此処だ。」
しばらくして、私達はある墓石の前で足を止めた。”Yuzuru Otowa“.......お父さんの名前が刻まれた墓石。科学者だった私のお父さんは、3年前に事故で亡くなった。それ以来、私は毎年父の日になると、こうして此処まで会いに行っている。優しくて大好きだった、たった一人のお父さんだから。
「......お父さん、久しぶり。今日はお母さんがお仕事で来れなかったけど......代わりにちゃばが来てくれたよ。初めまして....かな?」
ちゃばは不思議そうにお墓を見つめている。人が亡くなるとか、そういう難しいことはちゃばにはよく分からないんだろう。
「ちゃば、これをお父さんの前に置いてあげて?」
私は花束をちゃばに手渡した。ちゃばは目を丸くしたまま、しばらくそれを見つめ.....そして、ゆっくりとお墓の前に置いた。
「うん、ありがとう。きっとお父さんも喜んでくれてるよ。」
ちゃばの頭を撫でながら、私はそう言って笑って見せた。正直、私は今でもお父さんが亡くなったことを受け止めきれずにいる。だけど、此処で悲しい顔をしたらちゃばに心配をかけてしまう.....だから、敢えて明るく振る舞わなきゃいけないと、今日の為に心の準備をしてきた。
「みぃ.....」
「ん?どうしたのちゃば、何でもないよ?」
「んぅ........」
少し不安げな表情を浮かべるちゃば。おかしいな、私の笑顔、取り繕えてなかったかな。
「.....そろそろ帰ろうか、お墓は管理人さんが綺麗にしてくれたみたいだし。またね、お父さん。いつも見守っててくれて....ありがとう。」
私はお墓に向かってそう言うと、再びちゃばの手を引いて元来た道を歩き出した。これ以上此処に居たら余計にちゃばの不安を煽る、そう思ったから。
「.....ん?」
霊園を出ようとすると、ちょうど別の家族とすれ違った。皆喪服を着ていて、少し年老いた女の人が遺影を手にしている。ほんの一瞬しか見えなかったけど、そこには確かに犬が写っていた。
「.......ああ、飼ってた犬が亡くなったんだ....」
その人達には聞こえない小さな声で、私はそう呟いた。ペットも大切な家族だ、ああして手厚く天国まで見送ってあげるつもりなんだろう。
「....うう......シロ.....シロぉ.......」
小さな女の子が、泣きながら愛犬の名前を何度も呼んでいた。きっとあの子にとっても、大切な存在だったんだろう。
「...........」
「....みゃ」
「あっ、ちゃば!」
突然、ちゃばが私の手を離してその女の子の方に向かっていった。女の子も、涙を浮かべたまま驚いてちゃばを見つめている。
「...みぃ、みぃ.......」
「....?なに......?」
「ちゃば、駄目だよ邪魔しちゃ.........」
慌ててちゃばを連れ戻そうとした、その時。
「....あり、がとう」
「........え?」
「し、ろ......ありがと、って.....いってる.......」
しろ......シロ。女の子がさっき呼んでいた、亡くなった犬の名前だ。まさか、ちゃばにはシロが見えているのか.....?
「しろ......し、ろ、ここ....に」
ちゃばはそう言いながら、何もないところを指差していた。私には何も見えないけど、ちゃばの目には見えているのかもしれない。亡くなって、魂だけになったシロの姿が。
「......ふふ、あははっ..........」
すると、女の子は泣き笑いの表情を浮かべて、その方向に向かっていった。
「こんなところにいたんだ.....シロ..........私の方こそ、ありがとう.......♪いつまでもずーっと、大好きだからね............♪」
「.....ゆ、優花ちゃん?そこに何か居るの?」
「ううん、何でもない。行こ、お母さん。」
女の子にも、きっとシロの姿は見えていなかったと思う。だけど、ちゃばの言葉を信じたから、姿が見えなくてもそこに居ると分かったんだろう。
「あっ。.......あなた、ありがとう。最後にシロと話せて、嬉しかった。」
「みゃぅ....みぃ......」
「えへへ♪じゃあね!」
すっかり元気になった女の子は、ちゃばに手を振りながら家族の人と一緒に霊園へ入っていった。
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「.....ちゃばは猫だから、人間には見えない何かが見えたのかな。」
後日、私は霊に詳しい久乱さんにその時のことを話した。
「その可能性は十分ありますね.....たとえ姿そのものは見えていなくても、同じ動物同士だからこそ感じ取れる何かがそこにあったのでしょう。」
「そうなんだ.....犬の言葉が分かったのも、ちゃばが猫だから......」
「ただ、真相は本人にしか分からないでしょうけどね。ちゃばさん....猫の言葉までは、私にも理解出来ないので。」
「そうだね。またそのうち、それとなく聞いてみるよ。」
私も、まだちゃばの全てを理解しているわけじゃない。だけど、この経験から一つ分かったことがある。
「ちゃば、ただいま。」
「にゃ〜」
ちゃばが、とても心優しい猫だということだ。お父さんのお墓参りに行った時も、きっとちゃばは私の本当の心境に気づいていたんだと思う。女の子が泣いていた時も、少しでも元気になってほしくてあんな行動を取ったんだろう。
ちゃばは人の心を読み取り、元気付けてあげようとしてくれる、世界で一番心の優しい猫だ。今までの行動は全て、ちゃばだからこそ出来る思いやりの現れなんだなと私は嬉しくなった。
「みぃ?」
「ちゃば。今日はちゃばの好きな遊び、何でもしてあげるよ♪」
「みゃぁ、みゃぁっ!」
私が笑顔を向けると、今度はちゃばも嬉しそうな顔を見せてくれた。私も、ちゃばには笑顔で居てほしい。だから、せめてちゃばの前では、もう暗い顔は見せないようにしよう。